クラスメイト・エリアボス
ちょい短めです
目を開けると夢役所の裏手にある二車線道路の真ん中だった。
そう言えば前回はここで終わったんだったな、と思い出している間に小泉澪、鈴木千佳、中村梓、吉田恵が次々に現れる。
「おはよう!」
先ずは陽平から挨拶する。
「おはよう…ですか?」
現実の時間が何時なのかは不明だが、夜中である事はほぼ確定している。その中でおはようと言うのはおかしく無いか? と考えた小泉澪だった。
「適当な挨拶が思いつかなかったからな。業界風にしてみた」
どの業界などと区別はしないが、昼夜が関係無い仕事の場合は仕事を始めるために集まる時間におはようで挨拶しあうのが通例になっている場合が有る。
「なるほど。そうですね。おはようで良いと思います。おはようございます」
「「おはよう」」「はよーっす」
「今日はどうします?」
「その前に、中村さんと吉田さんはしっかり参加する事に決めた、って事で良いのかな?」
「その。まだはっきりとは言えないんですけど、皆がいるなら続けたいと」
中村梓が答える後ろで吉田恵も頷いている。
「うん。その程度で良いと思うよ。皆も遊びでやってるんだからね。辛くなってからやめたって誰も文句も言わないと思う」
「そうですね。ですが、どうせ遊ぶのなら、真剣に取り組んだ方が面白いですよ」
「あー、それはアタシもそう思う。現実じゃ出来ない役割だけど、夢の中限定だけどプロと呼ばれるような仕事をして、他の連中に認められたらスッゲーやりがいあるからさ」
「が、頑張ってみます」
この夢の中のゲームで、調合師や錬金術師がどのような役割を持つのか、陽平たちも気になっていた。
そして今日、一発目の敵モンスターは二匹の河童だった。
少し奥に入りすぎたか? と気持ちを改めつつ、どのような攻略法が確実か思索を巡らす。
しかし河童は待ってはくれなかった。
一匹は陽平に。もう一匹は後衛へと駆け出す。
慣れたとは言え、河童の突進は強烈だ。今の陽平では一匹の突進を止めるので精一杯になる。なんとか一撃を入れて二匹とも陽平を狙わせようとしたが、手が届かないぐらい離れていたので無理だった。
が、後衛に向かった河童は小泉澪の風で巻き上げられ、追撃の風でビルの五階以上の高さにまで放り出された。
その間に河童を止めている陽平の真横に鈴木千佳が滑り込み、河童にゼロ距離ショットを三発叩き込む。
ぐちゃっ!
アスファルトに落下して潰れた河童の音を聞きながら、陽平が銃弾を受けた河童にトドメの槍を突き刺して終わった。
鈴木千佳は落下して潰れた河童が動き出さないか、銃で狙いを付けていたが、引き金を引く事も無く河童が消えたので安全装置を跳ね上げて終了した。
パチパチパチパチパチ。
その鮮やかな連携に中村梓と吉田恵が拍手を送る。それに対して鈴木千佳は照れながらも手を振って答えた。
「うん。一瞬、どうしようかと迷ったけど、結構すんなりと連携が取れたな」
「はい。良い動きでした」
ドロップは金のインゴット五グラムが二個。今の陽平たちならこのレベルの方が稼げそうだと判断する材料になった。
そこに陽平のスマホが電話の着信を知らせる。
「ん? 誰だ? あ、佐藤か。はいはい。こちらヤンキー。ホテル、どうぞ」
スマホを耳に当てて、佐藤からの通話を繋げる。
ちなみに、ヤンキーというのは『Y』のフォネティックコードで、米軍が無線でアルファやブラボーと言う言い回しの一つになる。ちなみにホテルは『H』の言い換えだ。
『こちらホテル。ヤンキーパーティに緊急支援要請』
緊急支援を求めると聞いて、皆に緊張が走る。
「強敵か? 状況を報せ」
『クラスの皆さんが大挙してお越しくださいましたよ、コンニャロー。手が足りない。なんとかしてよぉ陽平モン!』
「皆来たのかぁ。ああ、判った。で、今は?」
『ホームセンターで走り回ってる。男子のほとんどは試射場に直行してはしゃいでる状態だ』
「了解。一応聞き取り調査して、武器を振り回す系統か、銃系統か、魔法系統か、それ以外かを調べてくれ。ユニーク装備持ってるのがいたら、その詳細もな。俺たちも直ぐ向かうから、それから引率つけて初討伐に向かわせよう」
『おう。早く来てくれ。じゃヨロシク』
通話を終えたスマホをポケットに入れて皆を見る。
「クラスの残りが来たそうだ。直ぐにホームセンターに向かう。いいか?」
「はい。構いません」
「なんか、凄い事になったなぁ」
苦笑いで小泉澪と鈴木千佳が答える。中村梓と吉田恵も頷いた。
そして短時間で戦闘を済ませる方式で移動を開始した。
既に陽平たちを苦戦させるエリアではなくなっているが、油断といううっかりミスが怖い。しかも魔法も銃もフレンドリーファイアーという同士撃ちの危険は常にあるので、急いでいる時にこそ気を引き締めろと陽平は注意を促す。
一番前で敵モンスターと一番近くに接触するのが陽平のみだから、と言う事も一番重要だった。へたれだし。
「うるへぃ」
しかし、そう注意したが、そこまでの危険も無くホームセンターへと到着した。
「おう陽平、ご苦労さん」
仮面を着けた佐藤一が陽平を見つけて手を上げる。
陽平以下五人は、笑いを堪えるのに必死だ。
「何を今更笑ってんだよ。昨日も見ただろ」
「いや、昼間のやり取りを思い出して、改めてみるとやっぱ仮面が本体だと確信しただけだ」
「本体ちゃう! 仮面は仮面やねん。本体とちゃうんねん」
「落ち着け仮面。変な方言になってるぞ」
「仮面は落ち着かん。本体が落ち着くんや」
「だから本体の仮面が落ち着け」
「ちゃうねーん!」
話が進まないので話題変更。
「それで、点呼は取ったか?」
「ああ、二十四名中二十三人を確認した」
「つまり全員同じクラスだと? 残り一人は誰だ?」
「山本だ」
「……………」
「って、そうだよなぁ。お前が覚えているわけも無いか。簡単に言えばクラス内でも浮いてるぼっちだったヤツだ。人付き合いが苦手で、いつも一人でスマホを弄ってた」
「スマホを弄ってるなら来そうな感じだがなぁ」
「誰かに話しかけられるのが嫌でスマホを弄ってた感じだからなぁ」
「実は来てるけど、皆がいるから出てこない、って事は?」
「それもあるだろうな」
来ていないかも知れないので、山本光雄に関しては置いておく事にした。このサバイバル状態でも話しかけるのが苦痛に感じる場合もありえるのだし。
「それで、内訳は?」
「新規の男子七名の内、剣士系一名、格闘系二名、銃系二名、斥候系一名、魔法系一名だ。女子六名は、剣士系はいなくて、魔法が二名、銃が一人、斥候が一人、その他が二人だ」
「その他ってのは?」
「一人は吉田さんと同じボーリングだった。もう一人は簡単な投石機を作ったとか言ってたな」
「クラフト系は間違いなさそうだな。じゃ、俺たちの所でその他系を預かって、あとは仮面たちのパーティをバラして振り分けるか?」
「仮面ちゃう。でも、その他系を引き受けて貰うのは有り難いな。コッチはそれぞれ一回か二回、一人ずつ戦わせるのをフォローしとけば、後は放り出せるしな」
直接戦闘が苦手なタイプなら、パーティ登録をして一緒に着いて歩くだけでレベルが上がる。調合や錬金などの生産系はレベルを上げ、育てる事には必ず意味があると考える陽平たちがレベル上げや資金面をバックアップする役割を取る事にした。
それは戦う者だけを集めたパーティと比べると所得金額も減るしレベル上げにもハンデになるが、特に攻略スピードを競うワケでも無いので、陽平自身は構わないと考えた。
実際、陽平は生産系を育てて、この夢の中のゲーム世界で何が出来るのかを見る方に興味があった。
佐藤一の方は、今の五人パーティを二人と三人に分け、五人と六人を引率して、一人ずつすねこすり辺りを倒させていく方針にした。
その後、役割と個人の好みを考え、攻撃と後方支援のバランスを考えて各自にパーティを作らせる方針だ。その時に今の佐藤一のパーティにならなくとも仕方ないと考える。
そして陽平の元に斎藤董子と岡田小梅の女子二名が加わった。
まず、服と靴、そして下着類や鞄を購入させ、人としての尊厳を回復させる。寝間着は寝る時は楽で良いが、外で着続けるのは心に余裕が生まれない事にもなりえる。ましてや十六歳の女子では尚更だ。
そして斎藤董子は錬金に適性があり、吉田恵と組ませる事にした。
問題は岡田小梅。陽平がチュートリアル特典を聞いたらハサミの形をしたブローチだと言う。
「ハサミ? ハサミにしては柄の方が長いし、先が分厚くない? 鑑定しても良いか?」
で鑑定した所【ユニーク装備 火神の加護 鍛冶・細工補正 譲渡不可】と出た。
「鍛冶、細工に補正が掛かるようだ。って事は、ハサミじゃ無くやっとこ、いや、ペンチか」
細工物、と陽平が言った瞬間に岡田小梅が目を輝かした。
「あ、あたし、少しだけ銀細工をやってるんです。まだ初心者なんですけど…」
「夢の中で経験を積むとか、良い修行になりそうだな」
「は、はい!」
「理想を言えば、調合と錬金で出来た素材で作った細工物が、何らかの追加効果を持つようになれば助かるな」
「はい、がんばります」
岡田小梅が元気よく答え、中村梓と吉田恵、そして斎藤董子が揃ってが頷く。
君ら無口過ぎ。と密かに思う陽平であった。
二人には魔法の杖を追加で渡し、岡田小梅には細工用のペンチ類と銀、アルミ、銅、鉄の針金を買って渡した。移動中は魔法の杖に魔力を流して魔法陣を出す事で魔法の鍛錬を行い、戦闘後などの休憩中に手慰みとして細工を行って貰う。
行為がそのまま熟練度になって、ステータスに反映される仕様なので、とにかく伸ばしたい項目を実行する以外に無い。
実は忘れていたが、中村梓にもドラッグストアで使えそうな物を購入して貰った。
アルコールや精製水、ミョウバン、重曹とかは判るが、片栗粉や押し入れに置いておく除湿剤とかも購入。陽平を大いに悩ませた。
当然ながら普通に売っている回復薬も購入。それを精製して効果を高めるそうだ。
用意が整ったら早速移動。まずは役所で二人のステータススマホを貰ってからパーティ申請。七人でもパーティは編成出来たのは幸いだった。
そして役所の裏手の道路を狩り場にする。ここは陽平、小泉澪、鈴木千佳の三人がそれなりの連携を必要とする場所なので、七人いてもそこそこの収入になる。
出てくる敵モンスターは、河童二匹、河童一匹とすねこすり二匹、毛羽毛現一匹、と言う感じになった。
このエリアで初めて見た毛羽毛現は、陽平の槍や鈴木千佳の銃を簡単に躱すと言う厄介なモンスターだったが、炎の魔法が少しでも掠ればあっという間に燃え尽きた。炎の魔法さえ出来ればボーナスキャラだった。
他に鬼火と言う人魂みたいな炎の敵モンスターが現れたが、風魔法で吹き飛ばそうとした所、その風に煽られて簡単に消えてしまった。
なかなか拍子抜けの感じだが、ソロでプレイしていた場合はかなり手こずる事になっていただろう。
効率も良く、金も経験値も稼げていたので陽平以下全員が調子に乗っていた、と言うのはある。
『(もう少しぐらい強い敵モンスターでも良いんじゃないか)』
それが全員の思いになっていた。
そして巡回すると決めていた道を外れ、役所から遠ざかる方向に向かう事になった。
『(少しずつ進んで、手に負えなくなりそうになったら戻ろう)』
陽平も、小泉澪も、鈴木千佳も同じ考えになった。
だが、少し進んだ先で、陽平たちは世界が閉じると言う経験をした。
景色が消え、場所は移動していないのに別の世界の様に感じる。
「これは、まさか、ボスエリアか?」
「あっ」
陽平の呟きに小泉澪も納得を感じてしまい、自分たちが踏み入れないようにしていた場所に入り込んでしまった事に後悔する。
「どうする? 陽平?」
鈴木千佳もゲームはパズルゲームぐらいしかやらないが、パズルゲームにもレベルの壁としてのボスが出てくるので、現状は理解出来る。
「レベルを上げた後、パーティを再編してから挑むつもりだったんだがなぁ」
このゲームは負けて死亡扱いになるとゲームをしていた時の記憶を失う。
なので決して死なないように進めるつもりだった。
「電話は通じないか」
スマホで佐藤一に連絡を取ろうとしてみたが、スマホ自体が『LOCK』と表示され、操作が出来なくなっていた。
「みんなすまない。俺のミスだ。ここで死んだらゲームの中の記憶を忘れてしまう。せっかくゲームを始めたばかりなのに、本当にすまない事をした。ゴメン」
「私も、こうなる事が予想出来たのに、調子に乗ってました。私こそごめんなさい」
「アタシたちだって、陽平たちに全部任せてたんだから、同罪だよ。別に謝る事じゃないよ」
「そうですよ」
岡田小梅も言い、中村梓と吉田恵、そして斎藤董子も頷く。しゃべれって。
「すまん。そう言ってくれると助かる」
「さっ、ボス戦です。気合いを入れていきましょう」
「そうだな。これが最後になるかも知れないんだから思いきり行こう。連携はあった方が良いが、この際、全員が全力で当たろう。味方にさえ当たらなければ好きに攻撃をするって事で良いか?」
「良いと思います。負ければ忘れる事になりますが、後悔しないやり方で行きましょう」
「良いね。アタシも撃ちまくるよ」
「わたしも邪魔にならないように魔法を撃ちます」
「はいです」
「です」
「うん」
全員の覚悟が決まった所で、ボスであるモンスターが見えてきた。
それは大きなネコだった。成犬のゴールデンレトリバーぐらいの大きさのあるネコだ。しかも尻尾は二股に分かれている。
さらに両脇に毛羽毛現、鬼火を侍らせ、さらに幻を見せるイタチが二匹いる。
「なるほど、こう来たか」
掲示板情報だとソロプレイヤーが挑戦して誰も生き残れなかった、などと言う話があったが、蓋を開けてみれば理由は簡単だった。
つまりソロでは勝てない。
「ネコは俺が抑える。皆はその他を消してくれ」
「「はい!」」「判った!」「うん」
始めは悔いが残らぬように、とか言っていた陽平だが、勝てる見込みが出来たので自信満々に指示する。
そして戦闘が始まった。
陽平はネコに向かって槍を突き出す。それを見てから避けるネコ。そこに強い風が吹き、鬼火を消し去る。
風は陽平にも当たったが、背中で受けた陽平の身体を少しだけ押す程度だった。だが正面から風を受けたネコは一瞬だけ目を閉じ、顔を背ける。それを機に取った陽平がネコの顔を目掛けて槍を突き刺し、槍はネコの左目を突き刺した。
ギャシャーッ!
ネコが悲鳴とも怒声ともつかない声を上げて飛び退るが、陽平はそれを追いかけるように前に出る。
その陽平を挟み込むように毛羽毛現が迫るが、炎の魔法を受けて一瞬で燃え上がった。
片目を失い、防戦一方になったネコに連撃を入れ、決して休ませない戦法でネコを抑え続ける。
そんなネコと陽平に構わずに化けイタチが後衛に迫る。それは何体ものイタチの幻を出し、魔法を使った事が無い者には区別がつかないと言う幻が本体と共に迫る。
しかし陽平を始め、このパーティは全員が魔法経験者だった。
幻には惑わされず、確実に本体に攻撃を入れる鈴木千佳と生産職の四人。
程なく、残っているのは陽平と戦う大型犬並みのネコ一匹になった。
「陽平! 離れろ!」
鈴木千佳が叫ぶ。と同時に陽平が飛び退った。
そこに小泉澪の風が吹く。河童でさえ巻き上げる突風だが、ネコは怯むだけだった。しかし動きが鈍れば、と鈴木千佳の銃が爆音を上げて発射される。
これまで、一回の戦闘で銃のマガジンを交換すると言う事は無かったが、化けイタチにも撃ち込んだせいで弾が尽き、マガジンが自動で落ちる。落ちる空のマガジンは無視し、弾が込められたマガジンをベルトから引き抜いて銃に押し込む。
そのまま銃撃を再開した。
流石に銃の威力。撃ち込まれた銃弾が十発を越えた頃には、ネコはほとんど動かなくなった。
蹲りながらも陽平を睨み付けるように見ている。
「はぁ、はぁ、流石に手強かったぞ」
ネコを抑えるために、連撃の手を一瞬でも緩めない、と言う方法を取ったので息が上がってしまった。しかし、中腰になり、槍をヘソの高さで水平に構えると、真っ直ぐネコの眉間へと槍を突き刺した。