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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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掲示板

 いつもの朝。いつもの日課を済ませて学校へと登校する陽平。


 鞄を机に引っかけて椅子に座る陽平を佐藤が待ちかねていた。


 「で、どうよ?」


 ニヤニヤ笑いをしながら、いつもの問いかけをしてくる。


 「夕べは夢の中に佐藤のそっくりさんが出てきて、全裸で河童に抱きついて茂みの中に消えていった。そんな夢を見たような気がしたんだが、それ以外は…、なんかあったっけ?」


 「いやいやいや? なによその夢? 俺河童になんか会ってないからな? ってか夕べの夢を覚えてないのか?」


 佐藤は陽平が夢の中のゲームで失敗して死んでしまったのかと想像した。


 「夕べはちゃんと覚えてるぞ? 夢役所という所で自分のステータスとか見れるスマホを貰ったし、そのスマホに地図機能もついてたから歩き回って地図を埋めてたな」


 「なんだよ。そっちの方が重要じゃねぇか。んじゃ、それについて詳しく聞かせて貰おうか」


 「河童は良いのか?」


 「河童と全裸で取っ組み合う趣味は無い!」


 「そう言いつつ、茂みに…」


 「行かねぇ!」


 そして陽平から夢役所の情報が語られた。


 「おおっ! 死んでしまうとは情けない。あぁ、情けない。が、出来るのか」


 「情けないって、確かに情けないが、一応復活な?」


 「金を積み立てておくんじゃ無く、友情を積み上げなければならないワケか」


 「迷惑プレイヤーがそれさえも悪用し出したら、また変わるかも知れないがな」


 「そういう迷惑プレイヤーとかに強力な敵モンスターを差し向ければ良いんじゃね?」


 「あんま、プレイ自体には手を出したくない感じなんだよな。まぁ本当のところはよく判らん」


 「掲示板情報でも、運営の意図している所が謎だと言ってたな」


 「チュートリアルでも教えてくれる事は本当に最低限だったしな」


 その後、佐藤一と一緒に行動した加藤孝史と武藤寛太を交えて陽平たちと分かれた後の情報を交換した。


 別の場所では小泉澪と鈴木千佳が友人たちに取り囲まれて、一生懸命に細かい解説を強いられていた。


 そして授業が終わり帰宅すると、陽平はいつもの様に予習、夕食、風呂を済ませた。昨日はその時点で眠りについたが、今日は十一時頃まで起きているつもりでいた。小泉澪や鈴木千佳には何も言っていないので、最悪の場合は陽平がいない状態で戦いに出てしまうかも知れないが、敵モンスターが単独で出てくるエリアの外には出ないだろうと予想している。


 約二時間。空いた時間で関連する掲示板を読みあさり、その中で実際に行ったと思われる者の投稿を拾い出そうとしていた。


 始めはまとめサイトから始めたが、ほとんどのまとめサイトの管理人は実際には参加出来ていない様なので、選抜する情報がチグハグだった。


 その中で実際に参加出来たと思われる管理人のまとめサイトを発見。


 陽平の知る限りでは、同じ内容が基本として書かれていた。


 さらに、掲示板はパスワードが設定されており、内容を見る事さえ出来なかった。


 【店を持つために登録する場所の名前を入力】


 その答えがパスワードだと言う。


 そこで陽平は素直に『夢役所』と入力した。


 直ぐに掲示板のスレが複数出てくる。


 スレには、【始まりの町を語るスレ】【魔法を語るスレ】【町を出ようとしたヤツが消えた】【復活早よ来い!】【俺の町自慢】【妖怪知識を分け合うスレ】【銃を語るスレ】などなどがあった。


 そこで先ずは【始まりの町を語るスレ】を開いてみた。


 初めの内はチュートリアルに対する文句ばかりだったが、チュートリアル担当者の話になると、それぞれの担当者が違う人物設定だったのが判る。それから担当は自分の理想の女性観だの、父親像だの、理想の自分だのとの話が盛り上がり、肯定したり否定したりする言葉が乱立していた。


 中頃になると『誰にも会えなくて寂しい』とか『NPCでも良いから誰かぁ』と言う文言が増え、終盤になると『一人ですねこすり三匹同時はキツイ』『河童を見たら逃げろ』などと書かれていた。


 総合すると、クラスや知り合いに勧めても、ほとんどが夢ゲームに参加出来ていないようだ。直接アドレスを教えても、そのサイトにたどり着ける者はいなかったらしい。


 「俺たちが行けるのは、何か設定が変わったのか? それとも俺たちで実験してるとか、かな?」


 そこで時計を見ると十時半を回った所だった。予定していた時間よりも余裕はあるが、眠くなったのでサイトを閉じた。


 そして就寝。


 ○★△■


 気がつくと目の前に小泉澪と鈴木千佳がいた。


 「よう。今何時?」


 陽平の始めの一言がそれだった。


 「こんばんわ。今は十時ですね」


 「アタシは九時半。もう、早くやりたかったからねぇ」


 「そっか、俺は十時半を少し過ぎた頃だったな」


 「やっぱり、寝入る時間は関係無いみたいですね」


 「皆は目覚ましの時間は?」


 「私は六時半です」


 「アタシは七時」


 「俺も七時だ。コレも関係無いって事は、寝ている時間内のどこかの時間帯でこっちに来ている、って事になるな」


 「はい。そして、コッチにいるのは体感で八時間ぐらい、だと思うんですが」


 「俺もそのぐらいに感じている」


 「ねぇ! もう行こうよぉ」


 じれた鈴木千佳が急かす。


 「ああ、とりあえず佐藤たちを探そう。それと、余裕が出来たから装備を少し見直したい」


 そこでホームセンターへ行く事にした。運が良ければそこで佐藤一たちとも合流出来るだろう。出来なかったら佐藤一たちの運が無かったと言う事にしよう、と陽平は心に決める。


 しかしその前に一仕事増えた。


 赤へるを鈴木千佳が仕留めたあと、女性の声を聞いたからだ。


 三人で声のした方向に走る。


 そこにはジャージの上下に裸足という格好ですねこすりから逃げ回っている女性一名と、その後ろで腰を抜かしているスエットに裸足の女性の二名がいた。


 「あ、優美さん、良美さん」


 二人を見て小泉澪が声を掛ける。


 「小泉さんの知り合い?」


 「クラスメイトだって話は、言うだけ無駄か」


 鈴木千佳にも呆れられた。


 「澪~! なんとかしてぇ」


 立って、なんとかすねこすりを躱し続けている方から悲鳴が出た。


 「えっと、どうしましょう?」


 小泉澪は何故か陽平に聞く。


 「裸足でいきなり蹴れ、ってのは酷いか。離れた所を倒しちゃって」


 「はい!」


 そして小泉澪が風の魔法で大きく巻き上げ、空中で鈴木千佳が射撃した。


 「鈴木さん、腕上げたねぇ」


 「でしょ? 地面近くだと当たっちゃう危険もあるから空中で仕留めたよ」


 「おおっ、凄い凄い」


 陽平が鈴木千佳を褒めている間に、小泉澪が小林優美と小野良美の元に駆け寄る。


 「二人とも大丈夫?」


 「わたしは大丈夫だけど、良美がやられて立てないみたい」


 「良美さん? 何処か怪我を?」


 「あ、怪我は大丈夫。なんか力が入らなくて」


 「すねこすりは脛を擦ってヒットポイントを削ってくるからね」


 「アレがすねこすりかぁ。単なるネコのオブジェクトかと思った。良美は三回ぐらい擦られたよね?」


 「うん。優美も一回擦られたよね?」


 「一回だけだからか、フラついたけどそれほどでも無い」


 「判った。じゃあ、自然回復するまでここで休もう。ゲームみたいに自然回復力は結構あるから」


 小泉澪の提案で暫し休憩する事になった。その間、陽平が二人に聞く。


 「えっと、クラスメイト、だっけ?」


 「澪の言う通り、クラスメイトでも覚えてないんだねぇ。まぁいっか。わたしが小林優美、そしてコッチが小野良美。ちなみにわたしは一年の時も陽平とは同じクラスだったから」


 「そっか。まぁ、それはともかく、小林さんと小野さんはチュートリアルはしっかり受けた?」


 「ああ、攻撃適性? 澪から聞いてるよ。わたしは片手剣を振り回してた。良美は石投げだって」


 「石投げは魔法だけど、片手剣は何だろ? 使ったのは剣だけ?」


 「片手剣とラウンドシールドを使ってた」


 「ラウンドシールドって、あの鍋の蓋?」


 「そう、それ」


 ラウンドシールドとは片腕に持つ円形の盾の事で、形状として鍋の蓋に似ているだけだ。


 「もしかしたら小林さんはタンクなのかな」


 「あー、そうかも。言われて、なんかしっくりくる」


 そこで、陽平は剣鉈を小林優美に渡し、小野良美には炎の杖を渡した。


 小泉澪と鈴木千佳がフォロー役に徹して、陽平が釣ってくる、と言う役割になった。


 結果はあっさり。


 二人ともMMORPGは長く遊んでいるので、しっかり落ち着き、得物があるのならば後れを取る事も無い。先ほどはいきなり体力を奪われ、死の恐怖を感じた事による竦みで動けなくなっただけだった。


 初討伐ボーナスも手に入れた所で、元々の目的地であるホームセンターへと向かう。


 「そう言えば、皆はチュートリアル特典は何を貰ったんだ?」


 「陽平君の話を聞いていたから、私も飾りを選びました。このヘアピンです」


 そう言って小泉澪は髪の毛を抑えているヘアピンを見せる。


 「アタシも飾り。ほらっ」


 鈴木千佳が見せたのはミサンガだった。そして視線が小林優美と小野良美に向かう。


 「わたしも飾りだよ。このドッグタグ」


 そう言って小林優美は胸元から首飾りになっている楕円形の金属板を引き出す。


 「私はシール。今はここに貼ってる」


 小野良美は左の手の平を出す。そこにはタトゥーの様に見える魔法陣が描かれていた。タトゥーにしか見えないが、今はここに貼っている、と言う言葉から張り直せるのだろうというのが判る。


 そこで陽平はステータスが見られるスマホに鑑定がある事を思い出し、それで飾り装備を見てみる事にした。


 【ユニーク装備 空のマフラー 風属性 風魔法補正 譲渡不可】


 「ぶっ、げほっ、げほっ」


 思わず咽せる陽平。


 「どうしました?」


 「スマホのカメラ機能に鑑定ってあるから、飾り装備を見てみてくれ」


 結果は。


 小泉澪のヘアピン【ユニーク装備 英知の留め金 全魔法補正 譲渡不可】

 鈴木千佳のミサンガ【ユニーク装備 願いの絆 器用補正 成功率上昇 譲渡不可】

 小林優美のドッグタグ【ユニーク装備 命の命題 生命力補正 譲渡不可】

 小野良美のシール【ユニーク装備 真理の法則 四属性魔法補正 譲渡不可】


 「うわー。凄いの一言ですねぇ」


 「なかなか良いじゃん」


 「序盤の装備としてはチートだよねぇ」


 「飾り装備を選んで良かったです」


 「俺は個人の識別になるかと思って飾りを選んだつもりだったんだが、まさかのユニーク装備だったとは…」


 「これなら、おそらく最終局面でもこの装備を利用してそうですね」


 未だステータススマホを持っていない二人にも鑑定結果を見せて、その装備品に驚きの声を上げている。女子高生が四人でワイワイ楽しんでるが、一人だけの男子高校生はかなり肩身が狭い思いをしていた。


 そしてホームセンターに到着した。そこには佐藤一、加藤孝史、武藤寛太の三人が装備品を物色していた。さらに中村梓、吉田恵が佐藤たちの指導で装備を選んでいた。


 「梓! 恵!」


 二人を見て鈴木千佳が走り出す。そして三人で抱き合い、梓と恵は泣き出してしまった。


 「千佳~、怖かったよー」


 「千佳と会えて良かった~」


 「大丈夫だよ、大丈夫」


 精神的にかなりギリギリだったようだ。鈴木千佳が慰めて、なんとか落ち着きを取り戻しつつある。


 「二人を保護して、いけない事でもしたのか?」


 陽平が疑惑の目を佐藤一に向ける。


 「貴様は俺をそう言う目で見ていたのか?」


 「主にそうだ」


 「ちっ! ならば仕方ない。だが、何かをやる時間も無かったぞ。保護してから二十分も経ってない」


 「お前なら十回は出来るだろ?」


 「色々な意味で凄いぞ、それ」


 「で、実際に倒させたのか?」


 「いや、まだだ。とにかく怯えまくってたからな。一度落ち着かせようと思ってた所だ」


 ゲームとは言え、リアルな感触が返ってくる仕様だ。倒せば消える妖怪でさえ手を下せないとなれば、このゲームを続ける事自体が苦痛だろう。


 「で、そっちは?」


 「小泉さんの話によると、小林さんも小野さんもMMORPGの経験は濃いそうだ。小林さんはタンク、小野さんは魔法に適性って所だ。一応初討伐はして貰った」


 「なるほど。問題はほとんどゲーム未経験の中村さんと吉田さんか」


 先ずは小林優美と小野良美の換金と装備を揃え、それを見て貰ってから陽平たちの奢りと言う事で中村梓と吉田恵の装備を揃える事にした。


 服や靴を身につけて、かなり落ち着いたとみた陽平から二人に質問していく。


 まずチュートリアルで中村梓はボーリングで書き割りのモンスターを倒したそうだ。その言葉に頭を抱える陽平と佐藤一。


 「どんな適性があるんだろう?」


 「うー、判らん。そもそも、全ての適性も判って無いしなぁ」


 「中村さんは、ここのホームセンターの中を見て回って、何か気になる物はあったかな?」


 「えー、どうだろう?」


 「じゃあ、チュートリアル特典で最後に何を貰った?」


 「千佳から聞いてたから、飾りってのを。コレ」


 中村梓が手に持って見せてきたのは、モノクルという片眼鏡だった。落下しても下まで落ちないように細いチェーンも着いている。


 陽平はそれをスマホの鑑定で確認してみる。


 【ユニーク装備 流転の瞳 調合補正 譲渡不可】


 「なるほど。薬とかの調合が適性だ」


 「何! 飾り装備って適性に関係あんの?」


 陽平の鑑定を見て佐藤一が驚く。


 「陽平! 俺のマスクを見てくれ!」


 佐藤一はそれまで懐に入れたままにしていたマスクを取り出して陽平に見せる。それはベネチアンマスクを呼ばれる、額から鼻の頭までを隠す仮面で、仮面舞踏会などで使われるような華美な装飾が成されていた。


 「凄いな。鑑定しなくとも判るぞ。中二病の証というアイテムだな?」


 「た、たぶん違うぞ! 違うと言ってくれ! だから正確に鑑定してくれ!」


 「鑑定結果なんか意味ないアイテムだと思うんだが…」


 「た、頼む~」


 「仕方ないなぁ、はじめ君は~」


 何故かダミ声で答えてスマホをかざす陽平。


 【ユニーク装備 看破の仮面 弱点・罠の看破 譲渡不可】


 「なんと!」


 「おめでとう佐藤君。これで君は常にコレを身につけている事が確定した」


 「なんてこったー!」


 佐藤一も恥ずかしくて着けるのを躊躇っていたが、罠や弱点を教えてくれると言うのなら、逆に着けない方が危険と言う事になる。その事に絶望の声を上げた。


 仮面を着けて悶えている佐藤一を余所に、陽平は吉田恵にチュートリアル特典を聞いていた。


 「ワタシはこれ」


 そう言って吉田恵が出したのは小さな結晶のような石がついた首飾りだった。


 【ユニーク装備 知恵の石 錬金に補正 譲渡不可】


 「錬金術キター!」


 陽平が何か言う前に、陽平のスマホをのぞき見していた佐藤一が叫んだ。


 「あの? どうすれば?」


 何故かハイテンションな佐藤一に怯えつつ、吉田恵が聞いてくる。その後ろには中村梓もいて、同じ気持ちを表すように頷いている。


 「よし! この二人は陽平に任せる。俺たちの方は小林さん達の方と組む」


 「なるほど。分配としては正しいか」


 こう言った、人の配置や動かし方に関しては佐藤一に一任している陽平だった。陽平が納得したと受け取った佐藤一はそのまま小林優美と小野良美の方へと駆けだした。


 「じゃあ中村さん、吉田さん。二人がどういったプレイになるかは俺も良く判ってないけど、俺たちと一緒にそれを探してみようか? 無理そうだったらこのゲームに来なければ良いだけだしな?」


 「はっ、はい。よろしくです」


 「お願いです」


 「じゃあ、服以外の専用装備を考えよう。先ずはこのホームセンターを一通り回って、薬の調合に使えそうな物や、錬金術に使えそうな物を感じ取ったら言ってくれ」


 そして二人を連れて歩き出す。


 しかし一通り巡っても、二人の琴線に触れるモノは無かった。せいぜい、折りたたみテーブルぐらいだろうか。


 逆に陽平が金属製のすね当てを見つけて購入に時間を掛けた程だ。


 次にホームセンターから出て、魔法の杖を売っていた店に行く事にする。そのためにスマホの電話機能で小泉澪と鈴木千佳を呼び出す。


 小泉澪は小林優美と小野良美とで話し込んでいたし、鈴木千佳は銃の試射室で腕が痺れるまで撃ちまくっていただけだったので遠慮無く呼び出せた。


 五人が集まったので方針を再度話して移動を開始。


 アンティークな魔法屋で物色を始めると、まず中村梓が一冊の本を見つけた。


 それは麻紐で綴じられた冊子で、表紙には調合入門と書かれていた。しかしページを捲る事は出来ないようだった。


 「たぶん購入しないと読めない仕様なんだろう。いくらと書いてある?」


 陽平が聞くと、冊子を裏返した中村梓が「三万八千」と申し訳なさそうに答える。


 「やっぱ生産系はある程度レベルが上がってからと考えられてる様だな。構わないから買っちゃって」


 中村梓をレジに向かって押しだし、陽平は財布から現金を取り出してレジに放り込む。


 おつりが出てきた時点で冊子が捲れるようになった。それを中村梓が読むと、目つきが変わった。


 「あ、あの。道具と材料…」


 「OK。そこに展示してある初級調合セットで良いか?」


 「はいです」


 セット品や一度に運べないような物は、その値札を持ってレジに向かうシステムのようだ。


 さらに三万八千の出費。プレイ四日目の陽平だから支払えるが、いきなり調合のみでプレイしようとすると必ず行き詰まるな、と考えながら支払いを終える。


 するとレジの台に昔の旅行鞄のような箱形の古そうなスーツケースが現れた。


 中村梓がスーツケースを倒してから開けると、中にはガラス製の器具がぎっしりと詰め込まれていた。スーツケース自体はベルトを巻いてあり、背中にリュックのように背負える様になっている。


 「あとは材料か。材料もここで手に入るのか?」


 「えっと、材料は薬屋です」


 「あ、なるほど。後でドラッグストアに行ってみるか。じゃあ次は吉田さん。錬金関連の物はなにかあった?」


 「これ」


 吉田恵が指差したのは、いかにも魔道書という感じの革で装丁された分厚い本だった。


 「調合も錬金も、先ずは知識から入るって事か」


 吉田恵に本を買わせ、開かせて大まかな所を読ませる。そして必要な物が、魔法陣を描く紙と筆記用具、窯炉、るつぼ、パングリッパーなどの器具、そして材料が必要だと判った。


 窯炉は金属を溶かすための炉で、陽平の握りこぶしがギリギリ二つ分ぐらいの大きさが初級用として売っていた。コレは魔力を通すと魔法の杖と同じように反応し、鉄さえも簡単に解かす高温を発生させる仕組みらしい。


 そして錬金に使う材料は、ホームセンターに売っている釘などを利用しても良いし、レアドロップの金のインゴットを利用してもいけるようだ。高度な錬金には貴金属店から購入するか、どこかからか採掘する必要があるらしい。


 材料は追々集めるという事にして、先ずはレベルを上げなければ必要な魔力も足り無いだろうと言う事になった。


 「レベルは魔力を中心に上げた方が良いが、器用さもかなり必要なはずだな」


 暫定的な処置として火の魔法の杖を持ってもらい、金稼ぎとレベル上げを行う事になった。レベルが上がって力がついたら銃に持ち替えて貰う事を考えたりもした。


 そして五人組になった事で、敵モンスターが単体で出てくる場所では効率が悪くなった。少なくとも三匹以上は必要と言う事で、役所の周辺を狩り場にする事に。


 すねこすり相手の初討伐はすんなりいけた。


 鈴木千佳が近くにいてフォローしていると言う状況が二人を落ち着かせたようだ。同級生ではあるが、二人にとっては姉のような存在になっているのだと陽平は感じた。


 役所に着いた時は二人のステータススマホも取得。


 ついでにパーティ申請を行ってみる事にした。


 説明書きによれば、パーティ申請すれば五十メートル以内の戦闘であれば経験値分配が行われるとあった。分配率はスマホで設定でき、設定には全員の了承が必要だ。そこで陽平は相談して均等割りで設定した。これで中村梓と吉田恵が直接戦わなくとも経験値が入る事になる。


 これには二人がかなり恐縮したが、おそらく二人の成長が攻略の鍵になると言う陽平と小泉澪の意見で押し通す事になった。


 そして役所の回りをグルグルと回るパワーレベリング。


 二週目で佐藤一たちが役所に到着してステータススマホを貰ってきたので、電話のアドレス登録を行った。


 佐藤一によると、小林優美と小野良美はかなりのプレイヤーで、既に五人組の主導権を握っているらしい。他のクラスメートが参入して来たら、彼女たちに指導係をお願いするそうだ。なのでパーティ登録はしていない。


 そしてまたホームセンターに戻るという佐藤一たちと分かれてレベリングを再開、と言う所で時間切れ。


 続きは次回と言う事になった。


 ○★△■


 目覚ましを止めていつもの朝の日課。


 そして学校へと到着。陽平の高校は隔週で土曜が休みになるので、明日から二日間は休みになる。


 「で、どうよ?」


 登校するなり朝の挨拶も無しに、佐藤一が陽平にいつもの様に話しかける。


 「? 佐藤の声は聞こえるが、佐藤の姿が見えない。これはどう言う事だ?」


 「なんだ? 目の前にいるじゃないか」


 「ああ、すまない。君じゃ無いんだ。おーい、佐藤! 佐藤一は何処だ?」


 「だからここにいるだろ? 俺が佐藤一だ」


 「本当にすまない。君じゃ無いんだ。俺が知っている佐藤一は、仮面舞踏会かベネチアカーニバルかという仮面をいつも掛けている中二病満載の悲しい性格の佐藤一なんだ」


 「勘弁してくれー」


 佐藤一が机に突っ伏して泣き真似する。既に登校していた武藤寛太や小野良美が耐えきれずに笑い出した。


 「実は夕べ、夢に入る前に、実際のプレイヤーが立ち上げたと思われるまとめと掲示板のサイトを見つけた」


 「何!」


 泣き真似から勢いよく顔を上げる佐藤一。


 「掲示板はパスワードを入れないと見る事も出来ない仕様なんだが、行った事があるヤツなら答えられる質問だった」


 「つまり実際に行けた連中が書き込んでる掲示板か。なんで夕べ教えてくれなかったんだ?」


 「内容がな。ほとんどのプレイヤーはソロで、孤独の中、ひたすら敵モンスターを倒すだけのプレイをしているだけらしい。しかも役所よりも外側には推定だが強力なボスがいるらしくて、進めないそうだ」


 「あそこでソロってキツいだろう。ひたすらレベル上げしても超えられないボスってのは、レイドボスか?」


 「判らん。唯一挑戦したヤツと面識のあるヤツの話だと、挑戦しに行った後は記憶がなくなったようだと書き込んでたな」


 「げっ、死んだのか。それはキツいなぁ」


 「それがあるから冒険的挑戦が出来ないんだろうな」


 「冒険者にあるまじき態度!」


 「お前なら挑戦するか?」


 「それはまた別のお話」


 「まぁソロプレイでは超えられない可能性が高いだけ、って感じはするが」


 「俺たちみたいに、中で他プレイヤーと連むとか出来ないってのは何故だ?」


 「さぁ? アドレス教えるからお前の方で書き込んで聞いてみてくれ」


 陽平自身はチャットなどのやり取りは苦手だったりする。


 「判った」


 陽平がアドレスを教えると、他の連中まで集まってアドレスを書き写していた。


 そこに山口敦、渡辺健二、松本剛の三人が陽平を取り囲む。


 「陽平、話がある」


 「脳筋トリオが俺に? 屋上とか男子トイレとか行くのか?」


 「誰が脳筋だ! それにカツアゲじゃ無いんだから体育館裏とかにも行かねぇよ。そうじゃ無くてな、俺たちも行きたいんだが、なかなか行けなくてな。なんかアドバイスとかあるか、聞きたいんだよ」


 「俺も狙って行けたワケじゃないからなぁ。ダウンロードサイトは、二度と行けなかったか、確認したか?」


 「ああ、前に入れたヤツのところは何度も行けたんだが、今入れてるヤツのサイトは何故か行方不明だ」


 「なら、サイトは合ってるはずだよなぁ。あ、単なる思いつきなんだが、前のアプリはしっかり消したか? それと、寝ている時もスマホはしっかり身につけてたか?」


 「前のアプリ? あ。アンインストールはし忘れてたかも知れないな。ちょっと確認してみる。それと、身につけるって、目覚ましとして枕元に置いておくだけじゃダメなのか?」


 「俺は長めの充電コードを付けたまま、手に持った状態で寝てるぞ」


 「それって、寝返り打ったりとかしたらヤバくね?」


 「俺もそう思ったんだが、しっかり身体に着けていないと意味が無いとか思ったんだよなぁ」


 「そっか、悪ぃ。今夜はそれで試して見るわ、でもなぁ、なんでそんな風に思ったんだ?」


 「起動させたら青い背景に魔法陣が浮き彫りにされてただろ? それを見つめてたらそんな気がしたんだよなぁ。うーん。何でそう思ったかとか、改めて聞かれると謎だなぁ」


 「判った。とにかく、偽のアプリを消して、魔法陣を見つめてから手に持ったまま寝る、って事を試して見るわ」


 「あ、一番大事な事を思いついた」


 「! なんだ? 教えろ!」


 「寝る前に、しっかり授業の予習をして、起きてからの用意を全て済ませてから布団に入る、ってのが一番大事だな」


 「うっ、だ、大事、なのか?」


 「少なくとも、俺はそうしてる」


 「そ、そうか。判った。やってみる」


 山口敦はバスケットボール部、渡辺健二は剣道部、松本剛は柔道部で、陽平からは脳筋トリオと呼ばれている。基本的に身体を動かす方が好きで、夕食後にも一汗かいてから風呂に入って爆睡すると言う生活スタイルだったので、家では机に向かう事は少ない。なので陽平の方法だと夕飯後の日課を減らさなくてはならないので、かなり躊躇ったわけだ。そもそも夢の中のゲームというのも、面白そうと言うよりは鍛錬になりそうだからやってみたいと言う動機だった。


 陽平としては次の日の愁いを解消してからしっかり眠る必要があると思ってのアドバイスだが、脳筋トリオがどう受け取ったのかは謎だ。


 その日の夜。


 夕飯後に風呂に入り、三日後の授業の予習を終える。その後にプレイヤーの掲示板サイトを開いて閲覧していった。


 掲示板には前日は見なかったスレが新たに立っていた。


 【陽平と愉快な仲間たち】


 「ぶっ!」


 人生初吹き出しだった。


 漫画などでは良くある表現だが、実際に陽平が現実世界で吹き出すとかやるとは思っていなかった。


 液晶画面を拭ってから気持ちを改めてスレッドを開く。


-----------------------

 【陽平と愉快な仲間たち】


1 名前:一

  俺は一。『はじめ』だが『いっつぁん』と呼んで欲しいっす。陽平が一番始めにゲームの中に入って、今は陽平一人に女子が四人というパーティで美味しくプレイしてるっす。かくいう俺も男三、女二の五人パーティでプレイして、昨日、初めて役所に行けたっす。まだまだ新参者っすがよろしく頼むっす


2 名前:孤独の剣士

  >>1乙。

  って、ちょっと待て! パーティ? マジ? 出来んの? そこんとこ詳しく!


3 名前:俺も孤独な魔術師

  これって一人1ワールドじゃなかったんだ?


4 名前:ぼっちの魔法剣士

  ホントに同じゲーム? 夢の共有ってどうなってるの? 教えていっつぁん


5 名前:一

  先輩方ヨロシクっす。

  まずは同じゲームかの説明が要りそうっすね。簡単ですがチュートリアルの状況を言っとくっす。

  一番初めは霧の中からで、飛行機のCA風な鈴木さんが案内役として出てきてくれたっす。次に道場の館長みたいな白髭で着物を着た爺さんがステータスについて教えてくれたっす。次にいかにも体育教師風なおじさん手前の高橋さんに武器についてレクチャーして貰ったっす。最後に毛羽毛現を斧で叩き切ってチュートリアルは終了したっす


6 名前:ぼっちの魔法剣士

  チュートリアルは本気で同じゲームっぽいね


7 名前:孤独の剣士

  やっぱ名前は同じでもキャラは違うワケか


8 名前:俺も孤独な魔術師

  問題はパーティだよ。1つのワールドに複数人が入れたんだ?


9 名前:一

  実は俺も陽平も同じクラスっす。しかも女子もクラスメイトで、現実世界で確認も出来てるっす


10 名前:孤独の剣士

   キタ──(°∀°)───!!!


11 名前:俺も孤独な魔術師

   キタ───(°∀°)────!!!


12 名前:ぼっちの魔法剣士

   キタ────(°∀°)─────!!!


13 名前:孤独の剣士

   いっつぁん! いやさ、一先生! どうかゲームへの参加方法をお教えください


14 名前:ぼっちの魔法剣士

   是非是非! お願い! ぷりーず。てぃーちみぃ!


15 名前:一

   実は俺らにも判ってはいないっす。クラスメイトも入れないってのがまだまだいるので、どうやったら入れるのかは不明っす。

   でも、陽平によると、システムのアップデートは俺らのプレイを見て随時行われている様なので、最近仕様が変わった、と言う場合もあるみたいっす


16 名前:孤独の剣士

   なんと─────!

   そうだったのか!


17 名前:ぼっちの魔法剣士

   仕様変更の実例ってある?


18 名前:一

   未だ未実装っすが、復活が金からアイテムに変わったって陽平が言ってたっす


19 名前:俺も孤独な魔術師

   あれってレベル×百万だっけ?


20 名前:一

   三日以内にドロップしたアイテムを3つに変更っす


21 名前:俺も孤独な魔術師

   ちょっと今晩、役所行ってくる


22 名前:ぼっちの魔法剣士

   俺も。もしいっちの言う通りだったら…


23 名前:孤独の剣士

   希望がwwwww


-----------------------


 掲示板の書き込みはここまでだった。


 流石に入場者を選別している掲示板なので人数はいないが、実際のプレイヤーらしき雰囲気はあった。これで信用を勝ち得たら、色々な検証にも情報を共有してくれるようになるだろう。


 佐藤一の成果に感謝しつつ陽平はサイトを閉じ、ベッドへと潜り込んだ。

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