パーティ
前回のお話し。
喫茶店だと思って入った店がアンティークショップで、実は魔法の店だったでござる。
と、何故かござる調で語ってしまったが、チュートリアルでは全く触れられていなかった魔法がここにあった。
「えっと、魔法の使い方って説明されてるかな?」
キョロキョロと店を見回すと、レジとおぼしき場所の奥に大きく書かれた看板があった。
【魔法が刻まれた杖を持って魔力を注ぎ込むと、杖が強制的に魔法を発動させてくれる。その発動過程を感覚で覚えると、杖が無くとも魔法を発動できるようになる。違う種類の魔法を使いたければ、その魔法が刻まれた杖や魔法媒体を取得する必要がある】
「なるほど。杖が魔道書みたいな扱いなのかぁ。覚えた魔法の応用ってのは独自には出来ないのかな?」
陽平は、炎の魔法を覚えれば、応用で炎の弾、炎の槍、炎の竜巻などが出来ないかと考えてみた。それぞれ別の杖で覚えなければならないのか、応用で使えるようになるのかで、魔法の利便性に関わる。
しかしそれに関する説明の看板などは無かった。
「コレは実際に使って、実地で検証しないとならないな」
攻略サイトでもあればなぁ、などと呑気な事を呟きながら『火の初級魔法』と書かれた杖をレジに置き、レジの入金口にお金を入れ、直ぐにおつりが出てくる。これで商品が購入済みになった。
購入済みじゃ無いと店の外に持ち出せないのだが、それを実行した事の無い陽平には何が変わったのか、違いがわからない。しかししっかり金を払っているので堂々と店の外に持ち出す。
「人生初魔法! 行ってみようか!」
陽平は左手に鉄パイプを担ぎ、右手に魔法の杖を持つ。そして杖を掲げてから建物が無い方に構える。
すると、まるで杖が自分の腕の延長のような一体感を持ち、杖の中に流れる魔力の流路が、自分の身体の中に流れているような錯覚を感じた。
「この流れている力が魔力。そしてこの規則的な流れ方が火の魔法か!」
単純だが膨大な力。覚えるのは難しくは無さそうだが、慣れるのはかなり難しいのでは無いかと感じる情報が陽平の頭の中に流れ込む。
「あれ? これって…」
陽平は流れる流路に既視感を持つ。
「これって、先端と最期を繋げれば魔法陣になるんじゃね?」
そう思った次の瞬間、杖の中に流れていた魔力が杖の先端で円形に流れを作り、五角形の星形を含む魔法陣を形成した。
実際には何も見えない。だが、身体の中から流れ出ている魔力が認識出来るので、見えない流れが魔法陣を形作っているのが感触として判る。
魔法陣の面は杖の角度には関係無く、仮の目標にした正面の空中に正対していた。陽平が目標を隣のビルに変えると、杖を動かしていないのに魔法陣がビルに対して正対する。
さらに魔法陣を形作っている魔力とは別の魔力が杖自体に溜まっていく。
「後から溜めた魔力が魔法の威力に成るのか。慣れたら同時に蓄えて発射とか出来そうだけど、慣れない内は魔法陣、溜め、発射の三テンポになりそうだな」
そして目標をビルから何も無い空中に向け直し、杖に向かって『撃て』と言う気持ちを語りかけるように発する。
すると杖の先にボンッ! っと火が燃え上がり、その一瞬で消えた。
まるで空中に漂っている可燃性のガスに一瞬で引火して燃え尽きたような感じだった。
「これは俺のイメージが悪いのか?」
再び魔力を流し込み、魔法陣を展開させて、今度は火炎放射器の様に炎が吹き出し続ける様を想像する。
今度は炎が杖の先から数センチ離れた場所から出て、約一メートル程伸びた。
確かに火炎放射器に見えない事も無いが、魔法の杖と合わせると炎の槍か炎の薙刀の様に見えてしまう。
そして三秒程で消えてしまった。
「炎も赤からオレンジ色って感じで、温度も低そうだな。これが数秒出ても何の意味も無いんじゃね?」
焚き火の炎の中に紙をくぐらせても、炎に触れるのが一秒以下だと焦げ跡さえ付かないだろう。
さらに三度目の検証をするかどうかで悩んだが、どうしてもやる気が出ないので別の機会にする事にした。
「これがMP切れってヤツか? 身体を動かすのは問題無いが、魔法を使おうという気力が沸かない、って言うかほとんど無いな。使いたいとも思えない。これで無理にでも使うと気絶とかだったらヤバイよなぁ」
今の所、敵モンスターは路上にしか出ていない。室内で魔法を放つのはモラルとして良くない行為になりそうなので、魔法の過剰放出の実験を行うのは路上と言う事になる。もし結果が気絶なら、当然敵モンスターに好きなようにされて大事なモノを失してしまうワケだ。迂闊に実験するわけにも行かない。
「ステータスはレベルアップで変更されるって言ってたよな。だとすると魔力もレベルアップで上昇するワケだ。今は二回で魔力切れっぽくなったけど、今後の事も考えると魔法は魔力切れまで使って魔力上昇値を上げなきゃな。一回のレベルアップでどのくらい……。やべっ! ステータス確認してなかった」
そしてチュートリアルでステータスの存在は聞いていたが、それを確認する術を聞いていなかった事を思い出す。
「えっと、定番なのは『ステータス!』『自己鑑定!』『開け!』『ゴマ味噌!』『ソルトレーク!』『クナシリ!』『リンドバーグ!』……」
その後、『にっかり青江』まで叫んだが、漸く声に反応して空中に画面が出てくる形式じゃ無いと判断した。
「ステータスの見方って普通はチュートリアル案件だよなぁ。なのに教えて貰えなかった事を考えると、魔法とか換金方法と同じで『店』でどうにかなる、って事かな? とりあえず、自分で調べろって言う項目なんだろうなぁ」
この夢の世界のゲームルールだと、特殊な技能は道具を使って補う、と言う傾向が強い。そう考え、もっといろんな店に入ってみる方針で決定した。
今度は出来るだけ遠出はしない方針を維持しつつも彷徨う地域を広げて行く。
相変わらずすねこすり、赤へる、野衾ばかりが出没する。それがイタチの様な妖怪が加わった。
初め、それは猪や山犬やネズミの大群で現れたが、一匹以外は妙な薄さを感じた。まるで魔法の杖を振りかざした時の魔法陣の様だった。
「あ、逆だな。魔法陣は見えないのに在ると判るが、アレは見えているのに無いと判るモノだったな」
先に魔法の杖で魔力を感じる事を体験していたため、その違和感をはっきりと感じた。
つまり魔力で作られた幻だと直ぐに判った。
なので幻の方は無視し、本体だけを狙う。幻は五体も見えるが、本体は一匹。イタチだから細長い胴体に長い尻尾、そして短い手足をしている。なので一度目標として見つければ見失う事も少ない。さらにここはコンクリートに囲まれた街の中だ。森や山の中でなら見失う事も多いが、ここでなら逆に目立つ存在だ。
幻にさえ惑わされなければすねこすりと同じ程度の敵モンスターだった。
「それでも森の中だと状況が逆転するな。出来るだけ街の中でレベルを上げておかないと」
陽平はその内魔法を使う敵モンスターや、鉄パイプではほとんどダメージにならない大きさの敵モンスターも出てくると考えている。
「これから敵モンスターが強くなる事を考えると、やっぱ刃物系だよなぁ。剣や刀は格好良さそうだけど、素人が振り回すんじゃ逆に危ないってのが自分でも判る。なら槍とか薙刀とかの長物が安全、確実って所かな」
そして陽平自身が次のレベルの敵モンスターを充分に倒せると思える槍を購入しようと金稼ぎを続ける。
そのついでにと、火の魔法も気力が戻ると共に使い切る感じで放つ。
その成果もあって、充分に強めの槍を購入出来そうな金を集め終わった頃には、火の魔法を五回連続で放てるようになった。
しかもイメージを変えて青白い高温の炎をガスバーナーの様な炎の刃に形成する事に成功した。
しかし、出せるのは一回に三秒弱。
長めのナイフかショートソードの様に振るとしても、良くて二回。ほとんどは一振りすれば消えてしまう。しかも炎の部分に触れている時間が短ければ、表面を重度の火傷ぐらいには出来るが、一体を倒しきるとは行かなかった。
「初級の杖だからこんなモノなのか、それとも俺自身の魔法の才能が無いのか」
陽平の感触では杖に溜めた魔力をしっかり放出し尽くしているから、それ以上は出力は上がらないと考えられた。
ならば、溜め込む魔力が大きい杖を使えば威力が大きいか、持続時間の長いモノになるんじゃ無いかと推察する。
「先ずは槍を買って、慣れてからだな。先は長そうだ」
一つ溜息を吐いてから馴染みになったホームセンターへと向かおうとした時、交差点の角の向こう側に騒がしい雰囲気を感じた。その後。
「い~やー!」
女性の悲鳴が聞こえた。
「他のプレイヤーか?!」
陽平は鉄パイプを右手に持ち直し、魔法の杖を腰のベルトに差し込んで走り出した。
そこには、赤へるにヒットアンドウェイで嬲られる薄いピンク色のパジャマを着た少女がいた。
「避ける事だけに集中しろ!」
逃げる行為や反撃する機会を伺う事さえしなければ、少女でも赤へるからダメージを受けなくはなるだろう、と言う思惑で声を発した。しかし、人の声を聞いたせいで逆に驚き、完全に動きが止まってしまった。
その少女に赤へるが迫る。
「ちっ!」
陽平は少女にさえ当たらなければ良い、と言う考えで鉄パイプを回転させるように赤へる目掛けて投げつける。
そして背中側の腰の上に横向きに固定させた剣鉈を引き抜き、鉄パイプを避けた赤へるに迫る。少女の脇を通り抜け、ゴルフスイングの様に剣鉈を振り、赤ヘルを真っ二つに切り裂いた。
直ぐに体勢を整え、他の敵モンスターがいないかを警戒しつつ、赤へるが完全に消えるのを待った。
直ぐに赤ヘルは姿を消し、後には一枚の天保通寶だけが残った。
「ふぅ。怪我はどうだ? 歩けるか?」
「あ、あ、ありがと、陽平君」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて驚いた陽平がしっかりと少女を見ると、どこかで見たような気がした。
「えっと、君は……、えーと、えーと、えーと、えー…」
「同じクラスの小泉澪です」
「こいずみみお…、あ、ああ、確かそんな名前だった…」
「はぁ」
小泉澪は案の定、と言う気持ちで溜息を吐いた。
ちなみに陽平は同級生の半分程の名前しか覚えていなかった。一応学年始めの自己紹介や教室内でのやり取りで聞いた事はあったが、特に接点が無かった生徒の名前はうろ覚えだ。
実際それで困った事は無かったし、教室での牽引役は佐藤が担っているので、佐藤が常にちょっかいを掛ける陽平の事は教室中が知っていた。
「で、その小泉さんも、この夢の中のゲームに来たんだな」
「は、はい…」
陽平は投げ飛ばした鉄パイプを取りに歩き出すと、小泉澪も着いて歩く。
「チュートリアルは終わったのか?」
「はい。陽平君の言ってた通りでした」
「俺が言った? 佐藤との話を聞いてたのか」
「はい。と言うか、教室のほとんど全員が聞いてて、たぶん、何人かが同じように試してますよ?」
「え? マジ? でも、それなら、始めの俺の苦労も聞いてたよな?」
「は、はい…。私も半信半疑だったので…」
悲鳴を上げ、もう少しで倒されてしまう状態だった小泉澪の様子から、単に興味本位だった事が判る。
「危ないなぁ。もしこの夢の中で倒されたら、現実の身体にも何か影響が出る可能性もあるのに」
「え? 聞いていませんか? 実際に夢のゲームに参加したと言ってた人が、ある日突然、その事を完全に忘れてしまったと言う話で、夢のゲームの中で倒されたんだろうって噂が」
「あっ、そうなんだ? 現実の肉体が死ぬとかじゃなくて良かった。でも完全に忘れるのかぁ。夢だから当然だけど、つまりは参加資格が無くなるみたいなモンなんだろうなぁ」
鉄パイプを拾い、剣鉈を腰の鞘に差し直して、改めて小泉澪の格好を見る。薄いピンク色のパジャマだ。足は裸足。しっかり寝ていた時の状態だ。
「とりあえず小泉さんはどうする? この世界でさっきの赤へるとかをぶっ殺す戦いを続けられる? もし無理そうなら、適当に見物して終わるか、ワザと倒されるって道があると思うけど?」
「た、倒されるのは怖いです。でも私に戦えるでしょうか?」
「それは判らない。喧嘩上等の屈強な男でも鶏一羽絞められない、って話もあるからなぁ。で、どうする?」
「そ、そうですよね。どうしよう…」
「それじゃ、一度試して見るか?」
そう言って陽平はリュックの中からスポーツサンダルを取り出し、腰のベルトから剣鉈を外して小泉澪に渡す。
「俺が動きを止めるから、それでトドメを刺せるかやってみてくれ」
スポーツサンダルは陽平の足の大きさに合う物を買ったのでサイズが合わない。だが歩くぐらいは出来るので、敵モンスターの動きを止めてやればトドメを刺す行為なら問題は無いだろう。
「剣鉈は振れそうか?」
「少し重いですが、なんとか」
「なんならコッチ使って見るか?」
陽平が差し出したのは初級の火の杖。
「魔法の杖だ。持って見ればこの夢のゲーム世界での魔法が判るようになる」
「魔法…」
小泉澪の目がキラキラしているのがはっきりと判る。
「うん、判る。ワクワクモンだよなぁ。先ずは持って見て、円形にして魔法陣を完成させる。それが俺からのアドバイスだ」
持つ前なら陽平が何を言っているのか判らなかっただろう。しかし実際に持って見ると杖に魔法が刻まれている事が実感として判る。
そして小泉が杖を掲げ持ち魔力を通すと、杖の先に魔法陣が円を描き、力を持つ。
「え? なんか俺の時と違う…、あ、ああ、いや、小泉さん、高温の真っ白い炎が粘り気のある団子になって、目標に向かって飛んで行くイメージで放ってみて」
「は、はい! 行きます!」
小泉澪の気合いで魔法陣の先から強い光の玉が弾き飛ばされた。
それは数メートル先のアスファルトの地面に着弾して弾け飛んだ。着弾地点のアスファルトは黒く焼け焦げている。
地面に膝をつき、両手で身体を支えつつ、うな垂れる陽平。時折、握り拳をアスファルトに叩き付ける。
「あ、あの、陽平君?」
「気にしないでくれ。魔法のセンスの違いに悲しくなっただけだから。明日はきっと笑うから、今はそっとしておいてくれ」
「え、えーと…」
陽平は心の中の岸壁で、夕日に向かってバカヤロー! っと叫んで走り出した。
心の中で。
「うん、落ち着いた。とりあえず小泉さんは魔法に適性がある様だ。まず一撃目は魔法を放って、それが避けられた場合に剣鉈で対応、って事でいいか?」
「は、はい。やってみます」
そして陽平は手近な所を行き来して敵モンスターを探す。まだなんとなくのレベルだが出現パターンは掴みかけている。その経験に基づいて周囲を散策すると、ちょうどすねこすりを見つけた。
そして一度小泉澪の所まで戻る。
「見つけた。すねこすりだ。大きめのネコの妖怪で、素早い動きで足の内側に擦り寄ってくる。特に攻撃らしい動きはしないが、擦られると体力がガクッと削られるから、足下に来たら思い切り蹴飛ばせ」
「はい!」
「じゃ、釣ってくる」
そしてすねこすりの元に走り、すねこすりが陽平を倒すべきターゲットに認定した所で小泉澪の場所までゆっくりと戻りつつ、すねこすりの攻撃を避ける。
特にすねこすりの動きと攻撃をしっかり小泉澪に見せる事を重視する。
「こいつは攻撃を避けられたら、方向転換をする時に一時的に止まる。そのタイミングを覚えてくれ」
すねこすりの攻撃を避けつつ、アドバイスを飛ばす。すると小泉澪のいる方向に火の魔力を感じた。
陽平でも一度魔力を知れば、直接見なくとも魔法を準備している状況が判るようだ。
「俺はこの場所を動かないようにする。だから好きなタイミングで撃て!」
小泉澪を見ずに、すねこすりから目を離さないまま叫ぶ。
「はい! 撃ちます!」
その後、丁度陽平の横を通り過ぎたタイミングで魔法が放たれたのを感じた。その力が、すねこすりが方向転換する場所に向かう。
そして、すねこすりに命中。
すねこすりは炎に包まれ、半分ぐらいが消し炭になりかけた所で消えた。
(焼き尽くさなくとも、命が絶たれたと言う判断で消えるって感じか)
今まで物理的に倒してきたから、魔法での倒す判定が気になっていたが、ごく当たり前の判定だと判った。
炎もすねこすりも消えた後に小さな金のインゴットが現れる。
「レアドロップだ。おめでとう、ってどうした?」
金のインゴットを拾って小泉澪の方へと向かうと、小泉澪は地面にへたり込んでいた。
「済みません。その、何と言うか、やる気が出なくて…。このまま寝たいな、なんて」
「ああ、魔力切れか。暫く待てば回復する。ただ、それ以上魔法を使おうとするとどうなるか判らないから、今の状態を覚えて、それ以上は無理をしない様にな」
「魔力切れ…。なるほど…」
「とりあえずコレ。その金のインゴットで三万七千円になったはずだ。それを換金して服と靴をなんとかしよう」
小泉澪は今回が初討伐だ。つまりレベル一で魔法を二発使った事になる。魔法に対してあまり適性が無い陽平でも、いくつかレベルが上がってから魔法を使った時に二発でへたった。それを考えると、小泉澪は陽平よりも魔法に対する適性が高いのが判る。
暫くその場での休憩にはいり、陽平だけが立ったまま周囲警戒を適当レベルで続ける。
元々敵モンスターの出没頻度は多くない。この周辺限定の現象かも知れないが、陽平にとっては何度も往復を繰り返した場所だ。手抜きでも問題無いと確信出来る。
「魔力の回復具合はどんな感じだ?」
「普段なら一晩以上寝ないと直らないと思った怠さが、本当に無くなってます。凄いですね、これ。今ならもう一発ぐらい撃てそうです」
「念のため二発撃てるまで回復させてから移動しよう。で、敵モンスターを倒してみてどう感じた?」
「ごめんなさい。よく判らなかった」
「ある意味、レーダーを見ながらボタンを押した、ってだけの状況に似てるからなぁ。次は刃物で直接トドメを刺してみるか?」
「うっ、やっぱり、やらないとダメ?」
「チュートリアルで聞いたが、妖怪系だから倒した後に消えるらしい。実体系のヤツだと生身を切り刻んだ後に捌く必要もあるらしいからな。このゲームを続けたければやらないとならないってのは必須条件なんだろう」
「うん…、やってみます」
小泉澪もこの夢の中のゲームに魅力を感じているようだ。この後に飽きたり辛くなって辞める事もあるだろうが、現状では続けたいと考えているのが判る。
「来るなー!」
そろそろ移動しようかという頃。見えない角の奥の方から女性の勇ましいも、逃げていると思われる悲鳴に近い声を聞いた。
「またプレイヤーか? 行ってみる。小泉さんはどうする?」
「ゆっくり後を追います」
「判った。じゃ、先に行く」
ミオはブカブカだがスポーツサンダルなので、走ろうと思えば走れなくも無いが、万一があるので歩く事にした。
しかし、そんなにも離れていない場所で声の主と邂逅する事になる。
それは陽平と同じぐらいの、少女と女性の中間と言う感じの年頃に見えた。格好としては、上はキャラクターがプリントされたTシャツ。下はスエットのズボンだけと言う軽装というかほぼ寝間着だった。
そのTシャツ少女が陽平に気づいた。
「あっ! 陽平! た、助けて!」
陽平は自分の名前を呼ばれた事に驚きを示す。そしてTシャツ少女が自分の知り合いだったかを真剣に悩み始めた。
「な、何を悩んでるのよ!」
Tシャツ少女が陽平にすがりつく。
「え? いや、知り合いたっだかなぁ? って」
「お、同じクラスメートに何言ってんの!」
「そ、そうだったのか! どおりで見た事あるなー、って感じてたんだ。そっか、疑問が解消されて良かった、良かった」
「何言ってんのー! ほら! 来たーっ!」
見ると一匹のムササビが飛膜を広げて空中を滑空して迫ってきていた。
陽平はすがりついたTシャツ少女はそのままに、片手で鉄パイプを振り上げて飛んできたムササビ、つまり野衾を叩き墜とした。
地面に墜ちた野衾は衝撃で動けなくなった。その衝撃から復活する前に、鉄パイプを再度叩き付ける。グチャッ! と砕ける音がして野衾は息絶え、少ししてから消えていった。
それを確認したTシャツ少女はその場に座り込む。
「大丈夫か? えっと、誰だっけ?」
「鈴木千佳よ! 本当にクラスメートの名前を覚えてないの?」
「そういうのは佐藤に任せてある」
「な、なるほど」
教室内での佐藤と陽平との付き合い方は教室の皆が良く知る所だった。なのでその言葉に納得するモノを感じた鈴木千佳だった。
「鈴木さん!」
そこに小泉澪が近づいて鈴木千佳を確認して挨拶してきた。
「小泉。あんたも来てたのねぇ」
「鈴木さんが来てたのにビックリしました」
「ちょっとだけ興味があった、ってだけだけどね」
鈴木千佳も教室での佐藤と陽平の会話で、自分もやってみようかな、と言うぐらいのつもりだった。小泉澪と違い、鈴木千佳はコンピューターでのMMORPGと言う遊びは行った事が無い。せいぜいスマホでのパズルゲームぐらいで、小学生の頃に友人宅にて家庭用ゲーム機でRPGを、さわりの部分だけプレイした経験しか無い。
それでもヴァーチャルリアリティなどの知識やラノベに関する話題は知っているので、パニックにならず受け入れられる器量は持っているようだ。
一通り経緯を聞いた陽平は鈴木千佳にこれからの事を聞く事にした。
「小泉さんにも聞いたんだが、鈴木さんがこれからどうするか聞きたい。適当にこの世界を見物だけして終わるか、さっきみたいな敵モンスターを倒し続けるゲームをしていくか」
「えー。まさか、本当に夢の中にもう一つの世界があるなんて思ってもみなかったからねぇ。実際に見ちゃうと、一度っきりってのはもったいないよねぇ」
「それも判らなくは無いが、ここに居続けるのは結構厳しいぞ」
「うーん。小泉はそこん所どうするの?」
「陽平君に援護して貰って、実際に敵ってのを倒す経験をしようとしてた所。私もまだ来たばっかりだから」
「そっか。それならアタシも小泉と同じようにやってみようかな」
「ちなみに聞きたいんだが、チュートリアルで一回、敵モンスターを倒す経験はしてたよな?」
「ああ、あのスライム? とかって水玉みたいなのをクロスボウで狙い撃つとかならやった」
「え? 私の時はカラスみたいなのがヨロヨロと歩いているのを、鉄の玉を投げてぶつけるのでしたけど」
「チュートリアルに悪意を感じる…」
チュートリアルを提供する運営側に、真剣に攻略に勤しむプレイヤーか、途中退場予定のお客様プレイヤーとで対応を変えている疑惑が出てきた。
「とりあえず鈴木さんは小泉さんから杖と剣鉈を受け取って貰って、それで一匹倒してみよう」
陽平からの提案で、小泉澪が陽平から渡された剣鉈と魔法の杖を鈴木千佳に渡す。その際、魔法の杖の使い勝手を小泉から説明して貰う。
「うは。魔法! 魔法だよ! 魔法!」
初めての火の魔法を放った鈴木千佳は陽平よりも喜んでいた。しかし強さとしては陽平よりは強いが小泉澪よりは弱いと言う感じだった。
そして陽平が釣って赤へるを鈴木千佳の射程圏内に誘導する。
「俺はここで避け続けるから、避けられた赤へるが方向転換するタイミングを狙って魔法を撃ってくれ。俺には当てるなよ。くれぐれも俺には当てるなよ。それと、絶対に俺には当てるなよ」
「くどい!」
何度も言ったせいでイラついたのか、一発目は外れた。狙った場所は良かったとは思うが、タイミングが遅かった。
とりあえず、鈴木千佳の攻撃は外れたので、赤へる自体の攻撃は陽平に集中したままだ。なので鈴木千佳には再度魔法を使えるか聞いてみた。
「まだ魔法を撃てるか?」
「うー、キツいかも。魔法ってこんなにキツいのぉ?」
ついさっきまでは威勢が良かったが、二発目の魔法を撃った後はいきなり怠そうになった。
「それが魔力切れだから、それ以上は使うなよ」
そこで陽平は悩んだ。鈴木千佳に剣鉈で攻撃させるか、魔力が回復するのを待つか。しかし、つい先ほど鈴木千佳から聞いたチュートリアルの話を思い出す。
小泉澪はヨチヨチ歩きのカラスに金属の玉を投げつけるチュートリアルで魔法適性が高かった。鈴木千佳は動きの無いスライムにクロスボウで一撃。
「鈴木さん! コレを使って見てくれ」
陽平は赤へるを器用に避けながら、胸に取り付けたベルトを外して拳銃をホルスターごと鈴木千佳に投げる。
「うわっ。こんな危ないモノ投げんな!」
取り落とさなかったが、受け取ったモノが拳銃だと知り鈴木千佳は焦る。
「コレ、どうやって使うんだよ!」
拳銃の構え方と引き金を引くぐらいは知っているが、実際に現物を使うとなると細かい操作には心当たりが無い。
「まず、ホルスターから抜いて、知っているように構えろ。その時、引き金には指を掛けないで人差し指は伸ばしたままにするんだ。そしてとりあえず赤へるを撃つポイントに照準を合わせて見るんだ」
「こ、こうか?」
「片手じゃ無く、右手首を左手で包むように、両手で構えろ。そして拳銃の筒から真っ直ぐ光が伸びているのを想像するんだ。その光が撃つポイントに来たら引き金を引くと考えるんだ」
「うん」
「基本的に拳銃なんて当たらない。だから、一度に二発ずつ撃つつもりでいろ。厳密じゃ無くてもいいが、バンバンと撃って当たらなかったら、改めて狙いを直してバンバン、だ。弾は九発装填されているから四回勝負で、最後の一発は保険と考えろ」
「う、うん。バンバン、バンバン…」
一度で覚えさせるには、情報量が多すぎるかと思い、少しだけ落ち着くのを待つ。
「実際に撃つ準備だ。銃身の上半分を左手で持って後ろ方向に思い切りスライドさせてから手を放せ」
このアクションは鈴木千佳も知っている。撃鉄を上げるのと同じ意味だ。ここは無言でスライドさせる。
「最期だ。銃の左側。四角いボタンみたいなレバーが安全装置だ。それがかかっている時は銃が撃てない。準備と覚悟が出来たらレバーを動かせ」
「動いた!」
「狙って、赤へるが撃つポイントに来たら引き金を引いて、バンバンだ!」
そして鈴木千佳は方向転換するために身を翻した赤へるに向かって引き金を引いた。
二発の銃声が響き、赤へるに二発命中。
「初っぱなで二発中二発命中かよ。凄いな」
銃を構えたまま固まっている鈴木千佳を見ながら呟く。そして赤へるが消えた場所をみると、金色の四角い粒が転がっていた。
「またレアドロップか。いや、初討伐ボーナスって事かな」
小さな金のインゴットを拾い、固まったままの鈴木千佳の元に歩く。
「どうだった?」
「え?」
そこで初めて陽平が近くにいる事を気付いたようだ。
「まずは銃の安全装置を掛けようか。話はそれからだ」
「え? あ、あ、ああ…」
まるで催眠術にでも掛かったように陽平の言葉に従う。そしてレバーを動かしてから漸く肩の力を抜く。
「お…」
「お?」
「面白いよ! コレ!」
「お、おお。気に入ったようで良かった。だから銃口を人に向けるのは止めようね」
興奮し始める鈴木千佳を極力宥める。安全装置が掛かっているとしても、銃口を人に向けてはいけません。
それから小泉澪と鈴木千佳を伴ってホームセンターへと向かう。
その道中にも、小泉澪は魔法の杖で魔法陣を出したり引っ込めたりの魔力操作の練習を続け、鈴木千佳は弾倉を外してからスライドを引いて、銃から弾を抜く作業や、安全装置を片手で操作する練習などを続ける。
そんな二人の様子を見ながら、チュートリアルでは本人の特性を見抜いた体験をさせていたんだな、と改めてこの夢のゲームシステムを作った存在の特異性に感心する。
ホームセンターに着いてからは、陽平の勧めでジャケットやズボン、下着やタオル。そしてジャングルブーツとバッグを購入。
さらにサブ武器としての剣鉈を購入した所で二人の予算が尽きた。
陽平自身は巾着袋を複数購入。三人で倒した時の換金物資を入れておくのと、三人それぞれの財布にした。
武器は陽平が持っていた魔法の杖と拳銃を引き続き使う事にして、金集めに集中すると言う方針に。
銃の試射場から鈴木千佳を引き剥がすのに苦労したが。
そして三人で協力し合う形で進む事にし、少し遠出する事にした。先頭は陽平。後方支援で小泉澪と鈴木千佳だ。
そして現れたのは河童が一匹だった。
陽平自身も姿は見たが、どういった動きをしてくるかは不明の敵モンスターだ。
「河童だな」
「アレが河童…」
「あ、あんなのカッパじゃない!」
「うん、レインコートには見えないな」
「そう言うお約束は良いから」
陽平の渾身のジョークを鈴木千佳が軽く流す。
河童は陽平の半分ぐらいの身長で、全身は緑色で濡れたような色合いだ。川に流れている様な腐った葉やツタを身体に纏わり付かせて、泥と葉で汚れている。猫背で、さらに四つん這いに近い姿勢を取っていて、実際の体格が推測し難い。口は尖っているが、鳥の嘴には見えない。類似を探すならチンパンジーかも知れない。目元などは毛で隠れていて、頭に皿があるのかは確認出来ない。背中は昔の雨具としての蓑を背負っている様に見えなくも無いが、詳細は不明という感じだった。
「どんな動きをしてくるか判らん、気を…うお!」
陽平が言いかけた所で河童が迫ってきた。後ろに通すと小泉澪や鈴木千佳が狙われるかも知れないので避けずに強引に受け止めた。
その力は強く、鉄パイプでガードしたのに、身体全体が後ろに弾き飛ばされる。さらに陽平の身体が後ろへと押し込まれる。
「ぐぎぎ、ぎ…」
「陽平! 近すぎて撃てない!」
「判ってる! 俺が抑える! 近づいてゼロ距離で撃て!」
「あ、そっか」
陽平と河童の力比べに状態になり、動きが完全に止まった所に鈴木千佳が駆け寄り、陽平の横で片膝立ちになると河童の腹を狙って銃弾を三発撃ち込む。
河童が怯んだ所で陽平が鉄パイプの下側を蹴って振り上げ、河童を弾き飛ばす。そして陽平と河童との間に少しだけ距離が出来た所で、小泉澪の炎の魔法が河童に直撃した。
「ふぅ」
陽平が溜息を吐く。小泉澪と鈴木千佳も安堵の表情を浮かべていた。
「皆ご苦労さん。初めての連携としては上手く行ったな」
「アレ、アタシの銃だけで終わってたんじゃ?」
「人間相手ならな」
「ああ、そっかぁ。内臓があるとは限らないのか」
「この世界で死ぬと、この世界の事は忘れてしまうそうだから、それが嫌なら慎重に行かないとな」
「…うん」
河童のドロップは金のインゴット三枚だった。
「初討伐だとレアドロップなのかな? それとも初めの内だけかな?」
とにかく情報が少なすぎるので考えを確定させないようにする。
まだ連戦を続けるのは無理と判断し、その場での回復に専念。小泉澪は立ったままだが、目を閉じて深い呼吸を繰り返す。鈴木千佳は弾倉に減った分の弾丸を補充する。陽平は力を抜いたままだが、周囲の警戒を続ける。
五分程休んだ所で行動を再開。
しかし直ぐに次の敵モンスターが立ちはだかる。
今度は河童では無くすねこすりだった。だが三体同時だ。
直ぐに陽平が反応して突っ込む。
「俺がヘイトを取る! 二人は攻撃に集中!」
一番近いすねこすりを思い切り蹴り上げ、他の二体には掠る程度だが鉄パイプを当てる事が出来た。コレで三体のすねこすりが陽平を第一の攻撃ターゲットに設定したはずだ。
通常のオンラインゲームのMMORPGの場合、戦闘において役割を分けて編成するのが効率の良いゲームの進行方法だ。すなわち、最前列で敵の攻撃を防ぎつつも、敵からの攻撃目標になって耐え忍ぶタンク。タンクが止めている敵を直接攻撃するアタッカー。そして後方から魔法や弓で攻撃や味方の回復などをする後方支援。
ゲームの世界観やプレイヤーのレベルで構成が変わるが、敵がプレイヤーを攻撃する際、攻撃目標を一番始めに攻撃してきたプレイヤーか、ダメージを多く与えてきたプレイヤーか、一番近いプレイヤーにターゲットを定める種類の場合、このような構成の方が効率が良い。
今回、陽平はタンク兼任のアタッカーの位置についた。
陽平のメイン武器である鉄パイプだと、取り回しの自由度は高いが一撃の攻撃力では拳銃や火の魔法に適わない。なので、銃や魔法が確実に当たるように振る舞った方が最も手数が少なく、疲労を最小限に出来ると言う判断もある。
そして、魔法を使う小泉澪と拳銃を撃つ鈴木千佳が、自らの攻撃手段を楽しんでいると言う事情もある。
攻撃して敵を倒すと言う出番を少なくしたら、どちらかから文句が出る、と言うのが一番怖い陽平だった。
ヘタレめ。
「うるせー!」
「はい?」「なに?」
「何でも無い。それより二人とも、一回で決めろよ」
「はい!」「判ってる!」
そして二人が攻撃を決めて二匹のすねこすりを倒した所で、陽平も一匹のすねこすりにトドメを刺した。
一度戦ったら五分休む。それを繰り返しつつレベル上げと金稼ぎに奔走した。
ただひたすら、黙々と。
「う~、飽きたぁ」
とうとう鈴木千佳が音を上げた。
「俺も飽きた。そろそろ頃合いだと思うから、一度換金して装備を変えてみるか」
「あの、いくらぐらい貯まりました?」
「実際に換金してみないと判らないが、一人あたり二十万はあるかな」
「やった。デザートイーグルが買える」
「勘弁してくれ」
「えー? ダメ?」
「口径の大きな銃は反動が強い。そういうのは銃自体もワザと重く作られてる。そんなのを取り回すには、俺たちはまだレベルが低い。レベルが上がって腕力が上がらないと、文字通りの重荷にしかならないぞ」
「ぶー。まぁ、言いたい事は判るけどぉ。じゃ、どう言う銃が良い?」
「今のと同じ九ミリの弾丸を使う銃で、弾倉に弾が多くこめられるヤツ。そして交換用の弾倉を三つ、四つ、って所かな。二丁拳銃は…まだ早いか」
「二丁拳銃! 良いじゃない!」
「勘弁してくれ。両手撃ちでやっと当たるレベルなんだから、片手撃ちだと命中率下がるぞ。それが両手だとさらに命中率下がるから案山子同然になるだろ」
「ぶ~」
「予備として全く同じ規格の銃を持っておくのは悪い手じゃないけどな」
「だよね!」
浮かれている鈴木千佳に引きずられるようにホームセンターに戻り、先ずは銃を揃える。
鈴木千佳はグロック17を二丁購入。今まで使っていた陽平の買った銃は陽平に返却された。小泉澪にも強引にベレッタのAPXシリーズの小さなタイプを持って貰う事にした。
次に剣鉈。コレは皆が同じタイプの物をサブ武器として持っていて貰う。メインの攻撃が外れた時に、とっさに引き抜いて切りつける事を想定して何度も抜き差しさせた。
そして小泉澪には魔法の杖を、水、風、土、そして火の四属性の初級魔法の杖を全て買って所持して貰う。今まで使っていた火の初級魔法の杖は陽平に返却。
最期に陽平は、鉄パイプとは泣く泣くお別れをして、陽平の身長よりはほんの少しだけ長い槍を購入してメイン武器にする事にした。
「さよなら僕の鉄パイプ。水道管だか、足場管だか、ガス管だか知らないが、何度も命を助けてくれてありがとう。君の事は決して忘れないよ」
陽平の小芝居には誰も付き合ってはくれなかった。
そしてこれで三人が武器を三つずつ持つ事になった。
予備の武器が無いと言う不安も無くなり、もう少し遠出しても良いかもと三人で話し合っていた所でアレが現れた。
三人のそれぞれの右肩の上に、スマホが浮いている。
「あ、目覚ましだ。もう起きる時間かぁ」
「コレが目覚まし」
「続きは学校で、って事になるのかな…」
もう少し会話を、と思っていても強制的に意識が途切れた。いや、目が覚めた。