魔法使いと悪魔の契約
小林優美はパーティメンバーの小野良美、池田弥栄、遠藤多喜恵の四人で草原の獣を狩っていた。
まず遠藤多喜恵が斥候として先行して獲物を見つけ、池田弥栄がスタンガンで昏倒させ、小林優美と小野良美がトドメを刺すというルーティンワークだ。
既に時間延長の宝玉は四人とも使っており、一晩で十六時間の夢を行動出来るようになっている。
現在は小野良美がトドメを刺した鹿の心臓を小林優美が穿り出している所だ。
「うー、血だらけぇ~」
小林優美が肩口まで腕をねじ込んだせいで、血と脂でベトつく腕を振っている。
「はい腕出して、水筒の水で洗うよ」
「お願い~…」
「優美も解体にそこそこ慣れたみたいだね」
「うぅぅ。少しの血に怯えていた、あの繊細で可憐な私は何処に行ったの?」
「化けの皮が剥がれただけだからココにいるよ」
「ひ、ど、いぃぃぃ。あ、魔石になった」
「じゃ移動しようか。掃除屋も集まって来てるし」
二十メートル程先にちらほらと蟻やスライムの影が見え始めた。
「どっちに行く?」
遠藤多喜恵が聞く。
「ちょっと待って」
小林優美が手に持っていた魔石をじっくりと見つめ、その後に目の高さほど持ち上げる。そしてもう一方の手を胸の高さで上向きにし、上から魔石を落として受け止めた。
「良し! こっちの方向に行こう」
「適当だけど、目標があるワケじゃないから良いか。一応夢見の街の方向は各自で覚えておいて」
小野良美の決定で小林優美の示した方向へと移動を始める。
一応言っておくと、小林優美がリーダーで、行動目標は彼女が決めているが、決定権はほぼ小野良美にある。まぁ、小野良美が賛成しない小林優美の決定に従う者がいないというのが現状だ。
その方が小林優美にとっても安心できる方式ではある。
そして小林優美が決めた方向へと暫く進み、先行していた遠藤多喜恵があるモノを見つける。
それは馬の群れ。
一頭の馬をリーダーにして群れで移動している状況を見つけた。
その状況自体は自然な成り行きなのだが、この世界では状況は異なる。
この夢の中のゲーム世界では、ほぼ一つの群れが一カ所に止まり、戦闘を待っている状況が『基本』だ。それが群れがまとまって移動している状況は不自然極まりない。
「馬の群れが一カ所に向かってるよ。どうする?」
遠藤多喜恵の報告を聞いて思案する。
状況的には馬が餌場を探してか、脅威から逃げるために移動している、と見るのは自然ではあるが、ココがゲームの世界であるのなら逆に不自然だ。
「後ろ方向は? 何かが追っているとかってある?」
「ここからじゃはっきり見えないけど、目で見える範囲には何も無い、と思う」
小林優美の問いに遠藤多喜恵が答える。
「じゃ、馬の向かう先に何かがある可能性が高いって事、かな? 多数決! 馬の後を追うか、無視するか!」
前触れも無く多数決を実行すると宣言する。まぁ、小林優美といると良くあることだが。
「馬の後を追う!」
小林優美が選択肢の一つを言って自ら挙手する。
「多数決の結果、全員一致で馬の後を追うことにします。って、誰か一人ぐらいは反対がいるかと思ったんだけど?」
「なんかのイベント臭いからね」
「どうせなら冒険しなくちゃ、って佐藤君たちも言ってたし」
「あ、どうせこのメンバーだと反対するだけ無駄かと…」
池田弥栄だけは少し後ろ向きな意見だったが、一応参加するのはやぶさかでは無いらしい。
方針が決まれば、走る馬を見失わない様に、しかも派手に物音を立てることが無い様にしながらも全力で追いかけることした。
草原とは言え、舗装道路ではないので全力疾走はなかなか難しい。しかし、どう言った理屈なのかは不明だが、レベルアップによって身体能力は上がっている。
「走りにくい」と文句を言って、小走り程度の力量で草原を進んでいるが、四人全員がマラソンの強化選手の枠に入れるぐらいの速度を出して走っていた。本人たちは気付いてはいないが。
馬は最高で時速七十キロから八十キロの速度で走れる。競馬場で瞬間的な最高時速は八十八キロだった記録もある。しかしそれはあくまで短距離の瞬間的な速度であり、集団で移動するための移動速度は速くとも三十キロが限界だ。
脅威から逃げるという状況でも無ければ、時速十キロから二十キロの間ぐらいでの移動が普通だ。
その速度について行ける脚力を暫く維持している小林優美たちが異常なのだが、それでもゆっくりと距離を離されていった。
「はぁ、はぁ、い、一旦止まろう、はぁ…」
馬が丘の向こうに見えなくなった所で小林優美が音を上げる。他の三人は声を出す余裕もなく、息を整えるのに忙しい。
暫く足り無くなった酸素を補給し、全身に行き渡らせた所で馬の消えた丘を見つめる。
「馬を追いかけるってのが無茶だった」
「まぁ、本来なら荒唐無稽な話しだけど、けっこうついて行けてたしねぇ」
「この夢の中の世界で、倒れそうになるぐらい息が苦しくなったのは、初めてです」
「で、でも、本当にレベルアップしてるんですねぇ」
自分たちが出した速度を実感していた遠藤多喜恵が自らの身体能力に驚いている。
「うん、強くなってるよねぇ」
「でも、このまま、もっと強くなれるのかな?」
小林優美の楽観的な感想に小野良美が疑問を呈する。
「レベルが上がれば強くなれるでしょ? そりゃ、まぁ、レベル上げに苦労するだろうけど?」
「ゲームだとレベル一桁で、体力も一桁とか二桁だけど、レベル五十とかにでもなれば体力が三桁後半になるのもザラよね? でもそれって、レベル五十で体力が二十倍以上っていう上がり方してない? ココもそう言うタイプになると思う?」
「二十倍って、二キロのペットボトルを持ち上げる力で四十キロのモノを持ち上げることが出来るって事ですよね?」
「二十倍ですめば良いけど、ゲームによっては五十倍とか百倍なんてモノも有るしね」
「二キロのペットボトルを持ち上げる力で二百キロ…」
「小学校の高学年なら、無理すればペットボトルの三本とか四本は持ち歩けるから、それをレベル一桁と見なせば、レベル五十ぐらいで八百キロ近くを動かせるとか言う計算になるかもね」
「大雑把過ぎない?」
「まぁ、夢の中だからそれも可能なのかも知れないけど」
「本来は出来ないの?」
「現実的な人間の身体じゃ無理なんじゃないかな? 細胞構造的に?」
「ああー、まぁ、夢の世界と言う事で、なんかごまかせるんじゃ無い?」
「うん。魔法も有るしね」
「あ、そっか。魔法が身体を動かしてるんだ」
「なるほど。筋肉じゃ無く身体を動かすと言う現象を魔法で実現させてるなら、肉体的制限も無いか」
「そもそも、こっちの身体も魔法で出来ているって可能性の方が高いし?」
「そうだった。私たちの肉体は、今は寝てるんだった」
「でも陽平君は、実際に力が上がってたよね?」
「力は魔法だけど、身体を動かしている、と言う情報は伝わってるって事かな? そこら辺は未だはっきり判らないけどね」
「それなら、寝起きに軽い筋肉痛が残るぐらいで、悪い影響は出ないかな?」
「たぶん? もし、現実世界でも魔法が使えるようになったとしたら、影響は大きそうだけど」
「社会は大混乱だよねぇ。っと、そろそろ体力も回復したかな?」
「ん、じゃ、とりあえず見えなくなった所まで行って見ようか」
とりとめの無い話で時間を潰し、体力と呼吸が回復したので歩いて丘の上を目指す。
現実世界であれほど走った直後であれば、軽く三十分は動かす事は出来ても力を込めることは出来なくなるはずだった。それがほぼ全力を出せる程に回復している。
始まりの町の中で体験した自動回復が街の外でも機能している。
ゲームでも体力や魔力が減ったとしても、ジッとしているだけでゆっくり回復する。この世界がゲームを模して造られていると言う事がはっきり判る確証の一つだ。
下草の少ない丘の上まで来ると、目の前には更なる草原が広がっていた。しかし、その先に一見して深いと判る森が見える。
走っていったはずの馬たちは何処にも見えなかった。
「走った方向から馬はあの森を目指した、のかな?」
「もっと疎らな森なら別だけど、あそこまで密集している森だと、馬は入りたがらないんじゃないかな? もっとも、現実なら、って注釈が付くけど」
「ゲーム的なイベントなら森の中に何かある、って事だよね」
「強敵がいる場合もあるけどね。じゃ、行こうか」
小野良美が最悪の予想を口にするが、平然と歩を進める。実際に最悪の場面が見えているワケでもないし、判らないと言うならば馬を追いかけるという判断の延長でしか無いからだ。
「遠藤さん。先行偵察お願い」
「はい!」
小林優美が遠藤多喜恵に頼む。元々遠藤多喜恵は斥候職だ。装備はほぼ小林優美たちと同じだが、戦闘スタイルは軽戦闘になる。長剣も持っているがナイフ系統を好み、ショットガンも所持しているが拳銃をよく使う。力で押し切る、では無く細かく立ち回ると言うスタイルだ。
胸ポケットに入れた金属製の栞に一度だけ触れて確認し、前傾姿勢で走りつつ草原の草を見つめる。その中に、微かに馬が通った跡を見つけた。その草を踏みつけた名残は真っ直ぐ森へと向かっている。
片手を上げ、小林優美たちに合図を送り、その場所へと誘う。
「修復される速度が速いんで、もう跡が消えかかっていますが、足跡は真っ直ぐ森へと向かっていました」
「私たちの回復も早いけど、環境の回復も早いんだねぇ」
「先に森に入って偵察します」
大まかな方向を伝えた後は、遠藤多喜恵が再び三人から離れて先行する。その後を三人がゆっくりと進む。そして三人が森へと入って少しした後、器用に木の根の上を飛び跳ねるように移動してきた遠藤多喜恵が合流した。
「木の根っこの上を移動って危なくない?」
小野良美は馬の行方よりも遠藤多喜恵の移動方法の方が気になったようだ。
「ここは馬が走って通り抜けられる程木の間隔が広いから、風もけっこう流れてて、空気も乾燥してるから苔とかは生えてないので、滑りにくいので大丈夫です。比較的ですが木の根が地面の上に出ている木が多いので、今履いているジャングルブーツの靴底だと、木の根の上を選んだ方が歩きやすいし安全だと思います」
「なるほど。苔の生え方で歩き方も変える必要があるんだねぇ」
「で、馬は見つかった?」
「馬は完全に見失いました。でもなんか、彫像みたいなのを発見しました」
「「「彫像?」」」
「ずんぐりむっくりの人型の像です」
他の怪しいモノや危険そうな物は気がつかなかったと言う事で、四人は像を確認する事にした。
直ぐにその場所へと到着した。そこには確かに人型の動かない像が六体、不自然に並んでいた。まるで周囲を警戒しながら歩きで進む冒険者の集団のようにも見える。
「なんか、着ぐるみみたい?」
「あー、中に入って動かす前提の、段ボールロボットって感じ?」
「あ、それだ。子供の工作じゃ無く、大人が丁寧に作ったって感じだけど」
「中には入れるのかな?」
「鎧なら着るのが前提だろうけど、ゴーレムとかなら中身は詰まってそうだね」
小林優美と小野良美が掛け合いのように感想を言い合う。その間に池田弥栄は像を細かく調べ、遠藤多喜恵は周囲の警戒で動き回っている。
「弥栄ちゃん。何か判った?」
小林優美が像を細かく観察している池田弥栄に問う。
「間接部分も一体構造みたいで、動きそうに無いです。本当に『像』みたいですね」
「つまり単なる像か、動いたとしてもゴーレムって事かな?」
「この世界のゴーレムってどう言う形なんだろ?」
「え?」
「ほら、例えば金属の板があったとして、ゴーレム的にそれが腕だとしたら、関節も無いのに曲がるのか? って事」
「ああー、岩が幾つも集まって人型してるとか、泥のゴーレムとかならともかく、木の魔物のトレントとかが動くのか? って事か」
前者の場合は、魔法という不思議な力で物体を外側から人型になる様に動かしていると予想されるが、樹木の場合は曲がる機能が無いのに曲げている方法が別系統だろうと考えられる。
具体的には空間そのモノを曲げて、外見的に曲がっているように見せているだけ、と言う場合が考えられる。もちろん魔法という不可思議な力を使って、曲がる機能を再現している場合もあるし、他の方法かも知れない。
とにかく魔法というモノの法則もはっきりと判らない現状では、動作原理の予測はほぼ無駄になるだろう。
「まぁ、この像が動くかどうかも判らないし、それは置いておきましょう」
「だね。で、他の疑問だけど、誰が、どんな理由でここに像を置いたのか、って事だけど、それも、まぁ、置いた存在に聞かないと判らないかぁ」
「像があるんだから、石碑か何かあるんじゃないかと、淡い希望を語って見たりすんだけど…、どう? 何かある?」
小野良美が聞くが、像を調べていた池田弥栄も周囲を警戒していた遠藤多喜恵もただ首を横に振るだけだった。
溜息を吐いてこれからどうするか相談しようとした矢先、周囲の光景が歪んでいることに気付いた。
「皆集まって!」
小野良美と同時に歪みに気付いた小林優美が反射的に叫ぶ。その声に応え、四人が小林優美の元に集まる。遠藤多喜恵に至っては小林優美の真後ろで背中が触れる位置にまで来ていた。
「歪んでるよね? 反対側は変わっているように見えないから、前方の一カ所の変化と見ていいかも」
小野良美が見たままの状況を言う。
「何かあれば、真後ろに逃げるって事だね」
小林優美が全員に対しての方針として言う。これらは瞬間的に誰もが考える事だろうが、二人の掛け合いとして語られる事で単純化するので大きく間違うことが少ない。なので他の二人も自分が何をすべきかに集中出来るのでありがたいと感じていた。
遠藤多喜恵は前方の歪みを警戒しつつ、逃げる方向へと移動して逃げるルートの安全を確認する。池田弥栄は歪み自体を観察して、何らかの攻撃があった場合の対処としてショットガンを取り出して構えた。
そして皆が変化を見守る中、前方の歪みは白い色を持ち始め、やがて大きな扉を持つ門が現れた。
更に門の扉がゆっくりと開いていく。
開いた扉の向こう側は、白い雪景色の様な林の中の様な風景だった。
暫く、門の向こう側から何かがこちらに現れるのかと待ち構えていたが、門の向こうの風景に動くモノは何も見つからない。
「これは、向こう側に行けって事かな?」
「も、戻れるんでしょうか?」
「戻れるかどうかは判らないし、危険かも知れないけど、『冒険』すべきかどうかを決める状況だよね」
弱腰の遠藤多喜恵に、小林優美が言う。その声から、無謀な方策を取ろうという事がしっかり判ってしまった。
「い、行くんですか?」
「ここで行かないと、この夢に来た意味が無いよ」
「そ、そうですけどぉ」
「皆、装備を再チェック。向こうは寒いみたいだけど、羽織るモノとか持ってる?」
「入れっぱなしの寝間着しか無いはず。着るモノとか、ほとんど意識してこなかったよね?」
小野良美の問いに小林優美が答えるが、他の二人も同じ意見だった。
「仕方ないか。寒ければ寝間着をジャケットの中に着込むか、それでも我慢できなければ一旦戻る事を考えるしか無いよね」
「うん、それで。じゃ、一旦、向こうの様子を見に行こうか。私たちで手に余るようなら、他のパーティの応援を頼みに戻るとかも考えておかないとね」
そこで、今までも何回も繰り返した装備品の再チェックを行う。この行為に慣れ、行動を起こす前に癖のようにチェックするようになれば半人前の戦士から卒業と言っても良いだろう。だが、陽平たちを含め、そこまで行っているクラスメイトは未だいない。
小林優美たち四人はいつもの行軍のフォーメーションになり、目の前に現れた扉にゆっくりと入っていく。
そして全員が門をくぐり終えた瞬間、周囲から感じる圧力が変わった感触を味わう。同時に雪景色に見えていた白い世界に色が着く。そこは今までと変わらない温度の空間だった。だが、突然真後ろに何かの存在感を感じた。
思わず真後ろを振り返ると、そこには小林優美たちに迫る様に歩いてくる『像』の姿あった。
驚きながらも小林優美たちは瞬間的に構える。
それは像の方も同じだった。
「な、何者です!」
六体の像の内、一番近くにいた像が右腕を突き出しながら聞いてくる。
おそらくは突き出した腕の先から何かが飛び出る飛び道具のようなモノを仕込んでいるだろうと瞬間的に判断し、小林優美が一番前に出てポリカーボネート製の透明な盾を構える。
正直、ネズミや化け猫程度なら充分に機能してくれるポリカーボネート製だが、人の持つ飛び道具に耐えられるとは考えていない。それでも攻撃を引きつけ、仲間に攻撃が向くのを防ぐのがタンクとしての役割だと考え、被弾覚悟で前に出た。
その小林優美の後方、左右に小野良美が魔法の杖、池田弥栄がショットガンを構えて展開する。遠藤多喜恵は拳銃を持ってはいるが、周囲の状況を見るのに忙しい。
「待て!」
池田弥栄が恐怖から引き金を引きそうになっていたが、その声に反応して指を外す。
その声はずんぐりむっくりの人型の像の内の一人が発したモノだった。
丁度中間の位置にいて、右腕を真横に伸ばしている。
「突然現れたので驚いたのは判るが、だからと言って攻撃を仕掛けて良いモノでは無い。そういった時は一旦下がって確認だと言われているだろう」
「はっ、申し訳ありません」
突っかかってきた先頭の一人が跳ねるように真後ろに下がり、他のずんぐりむっくりが小林優美たちを取り囲むように展開する。
意外にずんぐりむっくりたちは軽快に動くようだ。自重などは無いように軽く跳ね回っているが、その足が着く地面が大きくヘコんでいる。
「なんか、パワードスーツみたい?」
「とにかく交渉しなくちゃね」
小野良美の言葉は置いておいて、小林優美は会話を始めることにした。
「あの! 貴方方は人間ですか?」
「なに?!」「貴様っ!」「良く見れば幼子では無いのか?」「子供と大人の中間ぐらいか?」「あー、ベナークを知らないのか」
小林優美の問いに、ずんぐりむっくりたちが、それぞれにしゃべり出す。
「私はロクソルトの女騎士団のリューと言う。其の方らは何者だ? なぜこのような所にいる? 先ほど、いきなり現れたのはどのような術によるモノか?」
ずんぐりむくりたちの中心にいる、おそらく隊長格であろうと見られる一人が聞いてきた。
「私たちは夢見の街から来た学生です。年は十六から十七ほどです」
「ユメミノマチとは聞いたことが無いな。十七で働きもせず学徒であると言うのなら、そこそこ裕福な家の者たちか?」
日本で義務教育が始まって約百四十年ほど。それ以前から寺子屋などで子供の教育が行われていたが、それ以外では親が子に必要最低限の教育を行う事や、丁稚として職場に入った時に職業に必要な教育が行われる程度が一般的だった。そう言った必要最低限の教育さえもあまり積極的では無い地方も多く、西暦も二千年を超えた現在でも満足な教育を受けられない者も多い。
もしも西欧の中世相当の文明度ならば、裕福な家庭で無ければ十六を越えて学生と言っては道楽者や穀潰しと言われるのがオチであろう。
「社会的には中世と同じぐらいかな? インフラも同じ程度って考えるべきかなぁ」
小野良美が小声でそんな事を呟く。
「そちらの国ではどうなのか知りませんが、私たちの国では十五ぐらいまでは学生である事が義務になっています。更に二十歳過ぎぐらいまでは学び舎に通うことは通例になりつつあります。ですから特に裕福だから遊んでいるわけではありません」
「むっ?」
なぜか売り言葉に買い言葉で小林優美が反論的に言ってしまった。その言葉に気を悪くしたのか、隊長格が一言唸った。
これは拙いか? と小野良美が心配するが、隊長格は少し妙な動きを始めた。それは、腹の下の方に手を入れ、何やらごそごそと動かしている。そして、『カチン』と音が響いたと思ったら、ずんぐりむっくりの胸板部分が上に開いた。
そこには制服のようなモノを着た一人の女性が入っていた。
胸板部分が完全に上に開くと、両肩部分が脇の下を軸に外側に開く。これによって、ずんぐりむっくりから上方向に抜け出すことが出来る構造になっているのが判った。
中に入っていた女性は、腕を一本ずつ引き抜くと、ずんぐりむっくりの両脇部分に手をかけて自分の身体を持ち上げ、ずんぐりむっくりから完全に抜け出た。
「やっぱり、鎧と言うよりパワードスーツ的な構造みたいね」
「欲しい」
「手に入れる手段について、聞き出す必要があるかぁ。難しそうだなぁ」
小声で話している内に、隊長格の準備が整ったようだ。隊長格がずんぐりむっくりから出ると同時に他の二人が同じようにずんぐりむっくりから出て隊長格の身支度を手伝っていた。他にいる三名はずんぐりむっくりから出ないで隊長格を守るように展開したままだ。
女騎士団と言うだけあって、全員が女性なのはほぼ確実なようだ。
「改めて言おう。私はロクソルトの女騎士団、その第二隊隊長を務めるリューと言う。其の方らは何処の者か?」
「私たちは私たちの国とは関係無く、個人で夢見の街に辿り着き、個人の意思で周辺の探索を行っている者たちの集団に属しています。集団に属しているとは言え、協力関係は築いていますが、強制や命令で動いているわけではありません。なので貴方方にとっては他国の者でも無ければ貴方方の国の民でも無いと言う事になります」
「? 待て、少しおかしいぞ。其の方らは国があるのだな? その国の民では無いのか?」
「私たちの本来の国はあります。ですが、ここからはどのような手段を使っても行く事が出来ない場所にあります。私たちの属する集団のごく少数だけが夢見の街に辿り着き、そこを基点に周辺の探索を行っている最中です」
「にわかには信じられないな。どのような手段でも行き来できない場所であるのなら、其方らが此処にいるはずではないのではないか?」
「はい。私たちはつい先ほどまで、別の場所にいました。そこで草原を駆ける馬の集団を見つけ、その後を追ったら、森の中で全く動かない六体の彫像らしき物を見つけました。その像を調べていると周りの空間が歪み、気がつけば周りの風景が変わり、先ほどまで全く動かなかった像が動いて迫り、其方らは何者だ? と言われているのが現状です」
小林優美は一気に状況を説明した。実際は門が現れ、わざわざその門に飛び込んだのだが、そこは説明しないことにした。
正直、小林優美にとっても説明になっていない説明だという認識はある。しかし状況を、言わないことはあるが、嘘を含めずに説明するならコレしかないと言うレベルで言えたと思っている。
「うぅむ。クララ! 今の話を聞いてどう感じた?」
「はい。おそらく嘘は言っていません」
リュー隊長と同じようにずんぐりむっくりから出てきた制服姿の女性は、他人の嘘を見破る能力があるようだ。それが経験から築き上げた能力なのか、魔法的な能力なのかの判断は出来ない。
「つまり、其方らは其方らの意思とは関係無く、マガの森に来てしまった、と言う事か?」
「まがのもり、とはどう言った場所なのでしょうか?」
「そこからか。簡単に言うと、どの国にも属することの無い地域の一つで、ほぼ森になっている。隣接する国は三つばかり存在するが、どの国も所有権を主張できずにいる」
「え? 領土とかって、言った者勝ちじゃないんですか?」
地面に印は付けられない。正確な測量が出来るのならば別だが、ほとんどは『ここら辺一体は我が領土だ』と言うだけで、後々別の者と同じ主張がかち合い、争いになるのが普通だ。
「普通はそうだな。そして大抵はそれが原因で戦争になったりする。だが、ここは魔獣が住み、入っても生きて帰れるかも判らぬ危険な森として認識されている。それ故、三つの国にとっての緩衝地帯として手つかずになっている」
「そんな場所に貴方方は何故?」
「それは其方らに聞きたいことだったのだが、其方らは不可思議な現象で意図せず此処に移動させられたのだったな。我らは、極秘の作戦を遂行中なのだ。作戦についてはどのような相手であっても明かすことは出来ぬ」
「まぁ、それは判ります」
「それ故、我らは其方らに関わる余裕も無い。本来なら我らの作戦が完了するまで拘束せねばならない所だ」
「それが出来ないなら、殺しますか?」
「フッ。騎士団の中にはそう考える愚か者共もいるだろうが、このマガの森で自分勝手な暴挙を行う愚考を取るわけにもいかん。正直に言うと私は其方らがマガの森の魔獣が化けた姿である可能性もあると考えている」
「あっ」
最後にあっ、と言ったのは、いまだにずんぐりむっくりを着たまま、最前列で小林優美たちににらみを利かせている女性だった。
「私たちは魔獣が化けた者ではありませんが、まぁ、簡単に殺される程弱いとも考えていません。貴方方がどの程度強いか、と言う事が判らないのではっきりとは言えませんが、貴方方の作戦が続行不能になるぐらいの損害は与えられると考えています」
「其方らが突然マガの森に移動させられたというのに落ち着いているのは強き者であるという自信からか」
見た目だけの判断であれば鼻で笑う程度の話しだが、この森の中では捨てきれない可能性がある。
「単なる無知蒙昧だけなのかも知れません。この森の中で魔獣と戦うと言うのは危険な行為なのですか?」
「ふむ。判断に困るな。まぁ、良い。この森に限らず、強い魔獣の中にはファミリアを持つモノも多い。この森ではその傾向が強いのでな」
判断に困ると言うのは、小林優美たちが本物の人間か、魔獣関連の存在や他国の工作員という可能性までを含めた判断の事だ。小林優美たちも大凡でそう考えているだろう事は察しがついた。
「ファミリア…、家族、親しい間柄? あ、眷属とかの事かな?」
眷属と言う言葉には血のつながりのある親族の事を指し、家来や従者を指す事もある。その本来の意味とは別に、小林優美は漫画の中で敵役が自分が作り出した小さな生き物を消耗品のように使い捨てていた場面を思い出していた。
「つまりこの森の中で魔獣を相手に戦う事は、大量の同族を一気に相手するようなモノなのだ」
「あ、ここでは群れと言う意味の方が強いのか」
「故に此処では出来うる限り戦いは避けるか、ファミリアを呼ばれない内に短時間でトドメを刺す必要があるのだ」
「なるほど。なら魔獣の群れを見つけたら、気付かれないうちに退避しないとならないワケですね」
「いきなり目の前に現れたら不可能だがな。それに番以外に群れを作る魔獣は稀だがな」
「あれ? 群れを作らないのにファミリアですか?」
「ああ、群れを作らぬ魔獣なのだが、人との戦いとなると遠くにいるはずの魔獣が何故か集まり、本来なら食料になるはずの下位の魔獣も群れを成して襲ってくるからな」
「じゃ、魔獣と戦う時は、その魔獣の群れと、その魔獣よりも弱い魔獣の群れ、全てと戦う事になるわけですか」
「このマガの森限定の事だがな」
「うわぁ。この森で一番強い魔獣と戦う事になったら、森にいる魔獣全てと戦う事になるって事でいいですか?」
「おそらくな。それを試した者がいるのかも判らんし、いたとしても生き残ってそれを伝えていないだろうと言う事は判っている」
「ああ、だいぶ理解しました。もしも魔獣が現れたら、いつもの要領で倒せば良い、と思ってましたが考え直します」
「それが良いだろうな」
「ちょっと皆で相談するんで、少し待って貰って良いですか?」
「ああ、丁度開けた場所なので我らも小休止を入れようと思っていた所だ」
森の中でも木が疎らになった、比較的開けた場所は良くある。特に雪が降るような気温の低い地域では、熱帯雨林の様な密林は少ない。少ないだけで無いワケでは無いが、今いるマガの森は灌木や背の高い草、ツタ植物はかなり少ない傾向を持っていた。木々も疎らで、上の方は葉で空を遮っている感じだが、小林優美たちの身長の倍程の高さまでは真っ直ぐに伸びた木の幹が見えるだけの、見通しが悪い感じでは無い。
ただ奥の方まで見ようとすると、上の方の葉でほとんど光が届かず、疎らでも木々が重なって視界を遮り、暗い行き止まりのような印象を受ける。
おそらく小林優美たちだけなら、確実に迷うだろう。
女騎士団と少しだけ離れた位置に四人で固まり、今後のことについて相談する。
「コンパスって持ってきてる?」
「持ってますが、基点は現在地ですよね?」
「ああ、うん。帰る時はやっぱこの場所じゃないかな? だとしたら、此処の位置を見失っちゃダメだよね」
「はい。地球の東西南北と同じかは判りませんが、針はしっかり北と思われる方向を指してます」
小野良美の問いに遠藤多喜恵が答える。
コンパスはかなり初期に購入していたが、夢見の街や草原では役に立っていなかった。針はしっかりと回るように出来ていたが、今までどの方向に向けても動かなかったのだ。コンパス自体をコマのように回してから止めると、針は慣性で回ったが、暫くすると毎回違う位置で止まるだけだった。
それがこのマガの森ではしっかりと機能する。それは世界そのものを移動したと言う確かな証拠だった。
「流石にこういう事態は想定してなかったから色々と準備不足なんだよね」
「良美? そういう時ってどんなのが必要になる?」
小林優美が小野良美に聞く。
「例えば、木に巻き付けて目印にする使い捨てのビニールの紐とか、野宿の道具とか、予備の武器や弾薬をいつもよりも多めに、って所かな? 直ぐには出ないけど他にもあるよね?」
「あー、荷造り用のビニール紐とかの明るい色のヤツは役に立ちそうだったね。野宿は必要そうだけど、どうすれば良いのかな?」
「コンパスのことでも判るけど、私たちの身体が此処でどうなるか判らないのよね。もしかしたら喉が渇くかも知れないし、お腹が減るかも」
「え? 食料とか水も持ってきてないよ?」
「うん。下手したら現地調達かも」
「お腹壊さないかな? あっ、食べたら出す方って…」
下世話だが必ず必要になるだろう事象に行き当たった。
「あっちの女騎士さんたちって、交代で二人ずつ、お花摘みに行ってるよね」
「アレってスコップなのかな」
スノーボードと同じサイズぐらいの板に取っ手がついただけの物を交代で持って行っているようだ。
「穴掘って埋めるのが最低限のデリカシーって事かな? そもそも野生動物は垂れ流しが基本だしねぇ」
「匂いで存在を察知されるとか言う話しもあるし、安全を確保する上で必要なんだろうね。あと、後からブツを見られるのがイヤだというのがあるのかな? 無いのかな?」
「ブツとか言わない。でも、中世だと部屋の中で壺の中に出して、それを野外にぶちまけてた、って歴史を持つ国もあるしねぇ」
「日本でも、肥だめに溜めておいて、発酵させて堆肥にするのもやってたしね」
「やってた、じゃなくて今でもやってる所はあるよ。山奥とかの下水道が通ってない地域とか、個人の小さな田んぼ用みたいだけど」
「うー、私たちの身体って、本体は家で寝てるはずだよね?」
「うん」
「食べたつもり、ってのは判るんだけど、出したつもり、って通用するのかなぁ?」
「それなのよねぇ」
そこで全員が沈黙してしまった。本来はこれからの目的や目指すべき場所などを考えなければならない状況だったはずだが、自らの尊厳に関わる話しに本気で悩み始めた。
何しろ現実では寝ていて、リアルな夢を見ている状態だ。
夢の中で用足しをしていても、現実の身体は漏らしたりしていないのが一般的だ。幼児か肉体的な変調で抑えが効かない場合を除いて、通常は無意識のレベルで抑えている。それでも漏らすというのであれば、精神的な理由か、半覚醒の状態でしてしまって構わないと許可を出してしまっていると考えられる。
小林優美たちが気にするのがまさに、夢の中で許可を出してしまい、肉体がそれに従ってしまう可能性だ。
朝目覚めたら、下半身がとんでもないことになっていた、などと言うのは出来うる限り無くさなければならない可能性の一つだ。
「で、どうする?」
「とりあえず、その欲求が出るまで様子見? 出たら、小だけはして、大はその結果待ち、かなぁ?」
「まぁ、実際、それしか無いよね。我慢し続けるなんて、下手したら不調の原因になって、命の危険まで起こりそうだから」
「「うん」」「そうですね」
小林優美の結論に皆が同意する。
「あとは、これから、私たちがこの後をどうするか、だけど…」
「基本は二つね。あの女騎士団について行くか、別行動を取るか」
「おすすめは?」
「騎士団について行って、この世界の事をレクチャーして貰う事かな。別行動を取っても魔獣の危険は変わらないだろうから、知ってる人たちがいるのは心強いよね」
「じゃ、基本はその方向で。もしも拒否られちゃったら、諦めて別行動で良いんだよね?」
「なんか極秘作戦遂行中って感じだから、拒否られる可能性のが高いんだけどねぇ。そうなったら一番近い街の方向を聞いて、そっちに行くしか無いよね」
そして休憩を終えた騎士団と話したが、やはり行動を共にする許可は得られず、比較的近い街の方向を聞いて別行動を取ることになった。
「いろいろお世話になりました」
「そのような例を言われる程でもないがな。もしも再会することがあれば、其方らがどのようにして此処に来たかの詳しい経緯なども聞きたいものだ」
「再開できたらゆっくりお茶しましょう」
「そうだな。では無事を祈る」
「お元気で」
そして小林優美たちが先に歩き出し、森の奥へと消えていったのを確認した後に女騎士団たちが歩みを再開した。
そしてしばらくの後。
別れた場所から十五分程、土が剥き出しの場所を選んで歩いてきた小林優美たちが歩みを止める。
舗装された道路であれば歩きで一キロは余裕で稼げたであろうが、下草などで足を取られることは無いが道なき道なので別れた場所からは七百から八百メートル程の距離だ。それでも木々が邪魔をして完全に元の場所は見えないし、感じられない。
「さてどうしようか?」
小林優美が皆を振り返り聞く。
「うん。このままこの方向に進んで街を探すか、元の位置に戻るか、あの騎士団の後をつけるか、全く別の方向に進むか、それとも此処で休むか、って所かな?」
「その前に、私たちの戦い方を変える必要があると思ったから、その相談とかも」
「ああ、仲間を呼ばれるとかだから、銃とかの大きな音が出る物は使わない方が良いかも、って事からかぁ」
「この森は木の葉っぱで屋根になってる場所も多いし、それほど響かないとは思うんだけど、銃関係はけっこう大きな音出すからねぇ」
「初めて間近で銃声を聞いた時は本気でビビったものね」
「銃が使えないとしたら、かなり厳しいんじゃ?」
「なんだっけ? 銃の音を小さくするヤツ? そういうのを買っておけば良かったよね」
「サイレンサーだっけ? どれぐらい小さくするのかは判らないけど、聞いた話だろボクサーがサンドバッグを本気で叩くくらいの音はするみたい」
「ごめん。具体的なんだけど想像出来ない」
「うん。私も」
「まぁ、無い物ねだりは意味ないから脇に置いておくとして、銃は使わない?」
「悩む所だよね。使わないせいでやられちゃう、ってのは意味ないし。かと言って使ったら使ったでやられちゃう可能性が高くなる場合もありそうだし」
「一度魔獣の強さを実感するべきかな?」
「戦ってみる必要はありそうだけど、その前に観察かな?」
「うん。だね」
その時、小さな空気の違和感を四人全員が感じた。
「何? 今の?」
「遠くで太鼓が鳴ったような…」
「あっまた!」
「この森のせいで音が籠もってるみたい」
「これじゃどっちから音が鳴っているのか判らない」
「どうする?」
「この音が私たちにとって危険を意味するかどうか、ね」
「私たちとは全く関係が無い、と言う方が可能性としては大きいけど?」
「そうだよねぇ」
「じゃ、まずは観察って事で、音源と周囲の状況を再確認かなぁ?」
「うん、皆少し広がって聞き耳を立ててみて」
小林優美の判断で皆がそれぞれ三メートルずつ離れて、静かに音を聞いていた。そしてしばらくの後。
「少し移動してる? 音の頻度が上がったって感じも受けたけど…」
「私的には、元のアノ場所に近い位置に聞こえる」
「私もです」
「あっ、あの人たちが魔獣と戦闘、とか?」
遠藤多喜恵の最後のセリフで、皆に緊張が走る。
「どうする? 助けに行く?」
「逆に迷惑かも、と言う場合もありそうだけど…」
「私だけ先行して、様子を見てきましょうか?」
「ちょっとまって。此処でスマホの通話って機能する?」
「あっ、確認していませんでしたね」
急遽持っているスマホで連絡を取り合う。そして通話はこの四人だけの範囲で可能だと言う事が判った。
「佐藤君たちとは連絡できないみたいね」
「とりあえず私たち四人の連絡用には使えるけど、やっぱ原理は不明ねぇ」
通常、携帯電話は市内各所に設置された電話局のアンテナを介して電話回線に繋がっている。そのためアンテナが無い地域では携帯電話同士と言えど通話は出来ない構造だ。
アプリによってワイファイやブルートゥースの電波を使ってトランシーバーのように交信する方法もあるにはあるが、常に一定の交信状態や音質を維持することが出来ないので公式な通話方法としては認識されていない。
「まぁいいわ。それじゃ遠藤さんは女騎士団の様子を見に行って。私たちもそっち方面に移動しておくから」
「判りました」
そう言って遠藤多喜恵は走り出し、木々の間を駆け抜けて見えなくなる。
「じゃ、私たちも進もうか」
出来るだけ使わないようにと意識しながらもショットガンを準備する。
小林優美は透明なシールドとショットガン。小野良美はショットガンはバッグにしまったままにして、水の魔法の杖と火の魔法の杖を左右の手に持っている。池田弥栄はショットガンをストラップで背中に一丁背負い、両手に一丁持っている。先行した遠藤多喜恵は右腰の所に一丁、腰の背中側に一丁の拳銃を常備して、両手は空けてあるのが常態だ。
暫く小走り常態を続けた時、小林優美のスマホから呼び出し音が鳴る。それを片手で操作して、走ったままスピーカ音声で繋げる。
「はい。遠藤さん。どう?」
『女騎士団が魔獣と思われる獣の群れに取り囲まれて、戦いになってます』
「助けは必要かな?」
『劣勢ですね。一人は倒れて動きません』
「魔獣の数は?」
『えっと、森のせいではっきりは判りません。見えているだけで乗馬馬サイズが十数頭。その身体で足の長いイノシシみたいなスタイルです』
「判った。加勢しよう。私たちが合流するまで遠藤さんは状況観察に努めて」
『はい』
それから、さほど経たずに戦闘の音が大きく聞こえる様になってきた。
遠藤多喜恵が先行してから短時間なので、そもそもが大して距離が離れていたわけでも無い。だが、それでもこの森での音の通りの悪さが目立つ。
「ショットガンは撃つ?」
「うん。思い切り使おう」
併走している小野良美が小林優美に聞く。そして小林優美は未来の危険な可能性よりも、目の前の命の方を重要視しようと決めた。
直ぐに大きな木の幹に身体を隠した遠藤多喜恵の後ろ姿が見えた。
「遠藤さんは見つからないように立ち回って後方支援! 出来る?」
「やります!」
「皆! 思い切りやっちゃって!」
「「「はいっ!」」」
小林優美の活で戦闘が始まった。
女騎士団はずんぐりむっくりのパワードスーツモドキを着ている。
「(そう言えばあのパワードスーツのこと聞きそびれてたな)」
そんな事を思いながら、一人のずんぐりむっくりの前に出て魔獣に銃口を向け引き金を引く。
ガガーン!
小林優美たちにとっては聞き慣れた音だが、初めて聞く女騎士たちには衝撃を感じる程の轟音だった。
そして、爆音が響いた後には頭の真ん中に大きく凹んだ痕と血が見え、そして魔獣は事切れて倒れた。
「牛やライオンよりは柔いのかな?」
「簡単に判断しない! 油断しないで!」
「判ってるよぉ」
小林優美の軽口に小野良美が怒鳴りつける。と同時に杖を掲げて火の玉を撃ち出す。
火は粘着性をイメージして作られており、一頭の魔獣の頭に纏わり付いて魔獣をパニックに陥れた。そして地面に頭をこすりつけて振り払おうとする。そこに池田弥栄がショットガンを撃ち込んでトドメを刺した。
小林優美たちのショットガンには、全て単発のスラッグ弾が入っている。しっかり狙わないと十メートル以上だと外れやすい物だが、突進してくる魔獣にすれ違いざまに撃つのなら、落ち着いていれば外すことは無い。
小林優美たちは草原での戦いで、その落ち着きを獲得していた。さらにショットガンに慣れることも出来ているので、腰だめに撃っても大きく外すことは少ない。
おそらく現実では、そこまでの命中精度は期待できないだろう、と言うのは全員が認識している。皆、夢の中のステータス補正だと言う事は判っていた。
「貴様ら!」
小林優美たちが魔獣二頭を倒した所で、倒れたずんぐりむっくりを守るように立ち回っていたずんぐりむっくりが声を上げた。
「あ、隊長さん。チーッス」
あえて小林優美が軽く言葉をかける。と、同時にショットガンを撃つ。
ずんぐりむっくりはどれも同じ意匠で区別がつかず、どれが会話をした隊長かが判らなかった。もしかしたら倒れているのが隊長かも、と少し不安になっていた所だった。
「な、なんなんだ! 貴様らは!」
あまりの展開について行けず、乱暴に声を荒げる。もしかして此処で全滅、と言う状況でパニックになりかけている、と言うのがよく判った。
「(もしかしてあんまり実戦経験ないのかな?)」
「援護します。倒れている人はどうですか? あと、もう一人は何処に?」
小野良美が簡潔に答えると同時に状況を聞く。
「あ、ああ、この者は、ベナークを取らねば確認出来ん。もう一人は我らを裏切った」
現在、戦えているのは四体のずんぐりむっくりだった。始めは六人だったが、一人は倒れ、残りの一人は裏切ったらしい。
「遠藤さん! 裏切り者の所在は判る?!」
隊長の言葉を聞いて小林優美が怒鳴る。と、同時に発砲。
爆音と共に仲間の魔獣が倒れる様を見て、魔獣が少し遠巻きになりつつある。
「少しは知恵が回るのかな?」
「そんな感じですね」
「拙い! ファミリアを呼ばれるぞ」
「え? この群れがファミリアじゃ無かったんですか?」
「こいつらはたんなる群れだ。番の時期で集まったんだろう」
ブボォォォォォォォー!! ボォォォォー! ボォォー!
リュー隊長が怒鳴るように答える言葉に合わせたかのように乗馬馬サイズのイノシシ型魔獣の吠え声が響いた。
その吠え声は複数の魔獣から発せられ、森の木々に異様に響いて鳴っていた。
「遅かったか。来るぞ! ファミリアだ」
「えっと、隊長さん? 逃げられません?」
「おそらく四方八方から来るぞ!」
「あちゃー…」
「あの、隊長さん。ファミリアというのは、今まで戦っていた魔獣よりも弱いんですよね?」
「そうだ。だが数が多いぞ」
小野良美が隊長に聞く。その答えにある程度活路を見いだせた。
「隊長さん。騎士たちを集めてください。私たちが周りを囲みます。優美、ショットガンを散弾にしましょう」
「了解! 弥栄ちゃんも!」
「はいっ!」
遠藤多喜恵は裏切った騎士を追いかけている。実は魔獣を倒した感触から、遠藤多喜恵の戦力が無くとも魔獣の群れを倒せると誤算してしまったのが原因だ。
仕方なく三人で取り囲むことにする。
小野良美もショットガンを取り出し、ショットガンの弾丸だけを入れたポーチをバッグから取り出して腰に掛けた。
「皆! 集まって!」
まだ騎士団が戦い始めた乗馬馬サイズのイノシシ型魔獣は残っている。その数四頭。十数頭からは確実に減ったし、そのままだったら余裕で倒しきっていただろう。だが、ファミリアを呼ばれてしまった。
これから湧いて出てくるファミリアとの戦いを有利にするべく、残りの四頭をショットガンに装填したままのスラッグ弾を使い切るつもりで殲滅する。
「良し! 残り四頭も倒しきった! 散弾の方で再装填! 隊長さん! 私たちが再装填している間は特に頑張ってください!」
「其方らの武器の使い方はなんとなく判った。矢を入れ直している間が無防備になるのだろう。その間、我らで持ちこたえよう。だが、我らの矢も間もなく尽きようとしているぞ」
「私たちが攻撃している最中は温存してください!」
「わ、判った!」
そして小林優美たちがショットガンの弾倉に散弾を装填し終わった頃に、狼のような獣が現れ始めた。
見える所だけで十五頭前後。隠れているか、偶然森の木で見えない所を合わせて二十頭ぐらいかも知れない。なんとなく三十頭はいない気がした。
更にイタチ程の大きさの獣、ネズミ程の大きさの獣が現れる。イタチは十数頭。ネズミは二十頭ぐらいだろうか。下草はほとんど無いとは言え、動き回っているのではっきりしない。
「街の中の妖怪たちが一挙に、ってぐらいだから、油断しなければ行けるよね?」
「「「……」」」
小林優美が軽口のように言うが、賛同は得られなかった。
ドンッ! ギャッギャッギャギャギャッ!
池田弥栄のショットガンが散弾を飛び散らせた。と同時に狼モドキが悲鳴を上げてのたうち回る。
ショットガンに装填された散弾は九粒弾。一般に鹿撃ち用と言われる散弾だ。
単三電池を一回り太くした程の筒の中に鉛の球が九つ入っている。今まで使っていたのは同じ筒の大きさの中に鉛の弾が一つしか入っていない物だった。威力も九粒の方が分散してしまうため一撃の能力は低くなるが、分散している分、当たりやすくなるとも言える。
距離がある場合や乱戦になった時には一粒弾よりも複数の粒が入った物の方が良いだろうという判断だったが、早速功を奏した。
ちなみに、小林優美たちが持つショットガンは散弾専用で、銃身にライフリングという螺旋の溝は掘られていない。
ライフリングとは発射された弾が銃身の中を通る際、螺旋の溝により回転するようにする構造のことだ。回転する弾丸は真っ直ぐに飛びやすく、命中率を上げてくれる。
しかしこれは複数の弾を同時に発射する散弾には適さない。もしもライフリングの切ってある銃身で散弾を発射すると複数の弾が銃身の中で不規則に暴れ、銃身を傷つけるか暴発の危険まである。さらに銃身から飛び出た瞬間、弾丸が横方向に進む可能性まである。
そのため複数の鉛の粒が入った散弾を使用する場合はライフリングの切られていない銃身を使う必要があり、併用するためにもライフリングが無くても使用出来る一粒弾のスラッグ弾を使用している。
ライフリングが入ったスラッグ弾専用のショットガンもあるが、散弾とスラッグ弾を使い分けしようとすると二丁のショットガンが必要になるため、多少威力や射程が劣ってしまうのを我慢しても併用できる物を選んだ結果だ。
もっとも、夢見の街で購入した武器を含む道具類は壊れる事はあっても劣化はしない仕様になっている可能性が高い。ほとんど手入れ自体していないのに、煤が溜まるなどの不具合も発生していない。
佐藤一や陽平たちは、事象として再現されているから結果だけを表しているのでは無いか、などと言っていたが、陽平たちの言い分を理解している者は少ない。
とにかく、手入れや細かい適応条件などが必要な現実の道具よりも使い勝手はかなり良くなっているのは確かだ。
そして現実世界で本格的な鹿の狩猟をする場合は、百メートル先の獲物にじっくりと狙いをつけて散弾を発射するスタイルになるが、現在は離れていても五十メートル先で森の木々に隠れてしまい、二十から三十メートル手前の木の陰から獲物が飛び出してくると言う状況で、狩猟とは言え無い。
しかも獲物は逃げるのでは無く狂気的な様相で襲いかかってくる。
このような状況ではじっくり狙いをつけるなど到底無理だ。直感的に銃口を向けて勘で撃つしか無い。
そう言った場合、ショットガンは腰だめに構える方が視野が広く取れるので、とっさの事態に対応出来る。その反面命中率が下がるという欠点がある。それに対して、長距離を狙い撃つ時のように銃床を肩の根元に押しつけ、銃身の持つ直線と目の位置を近づける狙い方だと、命中率は上がるが視野が狭くなる。
現状は集団戦だ。そのため仲間の状況もしっかり把握しないと連携が取れなくなるので、視野が狭くなるのは選択できない。
なので小林優美、小野良美、池田弥栄はショットガンを腰だめに構えて連射している。
総じて一撃でトドメを刺しているのは池田弥栄だけだ。小林優美と小野良美の弾丸は外れるか、狼モドキの後ろ足や腰などにかろうじて当たるだけになっている。一度どこかに当たれば動きが鈍るのでトドメを刺すのは楽になるが、同じ獲物相手に二発の弾丸が必要になるのは効率が悪い。
さらに、ほぼ狂乱状態に近い魔獣たちは胸や腹、足を撃たれても、動きが若干鈍くなるだけで動きを止めない傾向が強い。
もしかして心臓が止まっているのか? と言う傷でも暫くは動き回って襲ってくるので銃弾がヒットしたから倒した、と言う認識は持ってはならない。
「撃ち尽くす! 援護準備!」
小林優美が女騎士たちに、顔を外に向けたまま叫ぶ。小林優美たちの使っているショットガンは八発の弾を装填出来る。それを早々に撃ち尽くす事になった。
小林優美はその場にしゃがんで、装填を開始する。同時に小林優美の後ろにいた騎士がずんぐりむっくりを着込んだまま立ち上がり、両腕を前に突き出す。すると腕部分の四つの盛り上がりの一つからダーツのような短い矢が飛び出て、迫ってくる狼モドキに刺さった。
矢には毒でも塗ってあるのか、致命傷では無いはずだが狼モドキはのたうち回った後に絶命した。
「毒…、ですか?」
「毒蛇の歯の根元にある毒袋から採った毒だ」
「なるほど」
小野良美の質問に、撃ちながらも律儀に答えてくれた女騎士の一人に軽い会釈で礼を示して納得する。
「(あっという間に絶命したから、たぶん神経毒だと思うけど、他の未知の毒の可能性もありそう。とにかく毒のある生物とかも知らないから、知識が必要だよねぇ)」
神経毒は主に筋肉に命令を伝える神経に作用し、横隔膜などを動かす筋肉が不具合を起こして呼吸困難になったりする。中には脳の神経にまで影響を与えるモノもあり、血流に乗って重要な部位にまで到達してしまうと対応が出来なくなる。
ちなみに、傷口を少し切ってから口で血を吸い出す、と言う対応処置は、口の中に傷や虫歯があると口の中から毒の影響を受ける事になるのでお薦めできない。
「はいっ! 装弾完了! 代わります!」
今まで立ってずんぐりむっくりの腕から飛び出す毒矢で対抗していた騎士がしゃがむ。それを確認してから立ち上がり、再び腰だめに狼モドキを狙い撃つ。
ネズミ程の大きさのモノもいるが、ショットガンは狼モドキとイタチモドキに集中させる。
もしも、狼モドキやイタチモドキが狙いやすい位置にいなければネズミモドキも狙うが、小さく動きが速い魔獣に装弾数の少ない弾は使っていられない。
打ち合わせもしていなかったが、三人ともその傾向で狙い撃っていた。
その甲斐あってか、三十頭近くいた狼モドキは全滅し、残りはイタチモドキとネズミモドキだけとなった。
「あとはイタチとネズミだけ!」
「ならば我らが!」
「駄目っ! 焦らないで!」
狼モドキとイタチモドキを同じレベルで狩っていたが、イタチモドキだけは討伐しきれなかった。それは狼よりも身軽で素早い事が原因だ。
まるで柔らかい筒状の物体が地面を滑るように移動するイタチの走り方に翻弄され、ショットガンの狙いから簡単に外れてしまう。
狼モドキであれば、走り方から次の瞬間の位置は予測できるが、イタチモドキは右に曲がるか、左に曲がるかの予測が難しい。他に気を取られずに集中して見ていればある程度は判るだろうが、他の魔獣や仲間の状況を目で追っている最中だと簡単に見失ってしまう。
さらにネズミも猫よりは小さいと言うだけで、現代日本で見たら化けネズミと言っても良い程の体格だが、動きはイタチモドキの素早さに劣らない。イタチモドキよりも若干直線的で考え無しのように見えてしまうが、森の中では見失うのに充分の動きだ。
騎士たちにとっては既知の獣で、討伐するのに慣れた相手かも知れないが、ずんぐりむっくりの鎧を着たままの騎士たちにその速度に着いていく事が出来るようにはとても見えなかった。
そして騎士たちが前に出たために小林優美たちはショットガンを撃てなくなった。
散弾を装備したショットガンとは言え、二十メートル程ならば散弾の広がる範囲は余裕を持って五十センチと見積もれば良いが、それは正確に狙える腕があればこそと言える。小林優美たちの腕では味方への被弾を避ける撃ち方はほぼ不可能と見て良い。
そして騎士たちは、イタチモドキとネズミモドキに纏わり付かれ、各所を囓られ始めた。
「「うわー!」」「こ、このぉ!」
「なんで出て行くかなー?」
小林優美が呆れながらに、魔獣でモフモフ状態のずんぐりむっくりの一体に近づく。
ずんぐりむっくりの騎士は振りほどこうと腕を振り回し、身をよじっている。さながら下手な舞いを待っているような恰好だ。その腕をかいくぐり、小林優美はナイフで纏わり付く魔獣を切っていく。
勢いが乗ってくるとずんぐりむっくりのボディ自体もナイフで削ってしまうが、そこは必要経費として諦めて貰おう、などと考えながらナイフを振るった。
ある程度引き剥がすと、ずんぐりむっくりに取り憑いていたイタチモドキやネズミモドキは小林優美の方が脅威になると判断したようで、ずんぐりむっくりを踏み台にして小林優美に飛びかかってくる。
それをバックステップで躱しながら、空中のイタチたちをナイフで叩き墜としていく。
文字通り叩き墜とすだけだ。
もっと腕があれば空中で切り裂けるだろうが、現在の小林優美の力量ではナイフの刃を立てて切り裂こうとしても棒で殴ったような結果しか得られない。
中には致命傷な程に切れている場面もあるが、まぐれと言って良いレベルだ。此処でコツを掴めれば技としてステップアップ出来るはずだが、小林優美にとってはそれどころではない。
とにかく覆い被さるように迫り来るイタチモドキやネズミモドキを振り落とすためにほぼメチャクチャにナイフを振り回している状態だ。
そして叩き墜とされたイタチモドキたちは、解放されたずんぐりむっくりの騎士に踏み潰されていった。
地を這うように移動する獣が相手ならば、躊躇さえしなければ踏み潰すのは一番効率的だ。踏み潰した時に身体のバランスを崩さ無い様にするのが難点だが、ずんぐりむっくりの鎧の重量であれば無視できる。
小林優美にも踏み潰す必要がある状況があったが、躊躇して動きが止まった後に別の騎士に踏み潰されて難を逃れた。
「すまない」
飛び出してイタチまみれになっていた隊長が謝罪する。状況は既に収束し始め、残すイタチモドキは三匹、ネズミモドキは五匹だけで、此処にいる全員にとっても脅威にならない数になった。
「残敵掃討。落ち着いていけば問題無いですよね?」
「もちろんだ」
小林優美の問いにずんぐりむっくりの隊長が力強く応えた。
その雰囲気を感じたのか、イタチモドキたちが周囲を警戒するような仕草をした後、初めはゆっくり、そして距離を離してからは一目散に逃げ出していった。
「向こうも正気に戻ったようですね」
「もう来ないのかな?」
「私たちの常識では来ないはずです。でも此処でその常識が通用するかが問題ですけど」
「まぁ、いいや。一応終わった事にしちゃおう」
「じゃ、まずはこの場所を離れましょうか」
小野良美の判断を聞いて終了宣言した小林優美は座り込みたかったが、周りはグチャグチャの血まみれた肉片が敷き詰められている状況だった。
ファミリアの襲来という難局は越えたが、このままだと血の匂いを嗅ぎつけた別の獣との戦闘になるかも知れない。そうなったら再びファミリアの襲来だ。何としてもそれは避けたい。
小野良美の移動を促す言葉は全員の気持ちだった。
倒れたままのずんぐりむっくりを二人のずんぐりむっくりで持ち上げ、急ぎ足で移動。周囲の警戒は小林優美たち三人と隊長が担当した。
そして数百メートル。疲れた身体に鞭打つように進んで、なんとか血の匂いから遠ざかった。
「遠藤さんと連絡取れるかな?」
警戒しつつも、体力の回復を第一として休憩。一応立哨として立っている小林優美が小野良美に聞く。
「電話してみる」
小野良美がスマホを使って遠藤多喜恵を呼び出す。そして暫く会話。
「で? どうだった?」
「逃げてた騎士は捕まえたって。で、木に縛り付けてあるけど、放っておいたら獣の餌食になるかもって。で、合流をどうするか? って聞いてきたけど?」
「ん、もう暫く休憩したいけど、遠藤さんだけを孤立させ続けるワケにもいかないよね。こっちから迎えに行くのが当然なんだけど、騎士の皆さんが動けるかどうか、だよね」
見ると、騎士たちはほとんどがずんぐりむっくりから出て座り込んでいる。担がれてきた騎士だけはずんぐりむっくりのままで横たわっている。
「直ぐに移動は無理かな?」
「うん、じゃあ良美と弥栄ちゃんの二人で遠藤さんを迎えに行ってくれる?」
「迎えに行くのは良いけど、何処に? GPSは使えないけど?」
「遠藤さんに、銃を撃って貰って、その音で、って出来ないかな?」
「かなり難しいと思うけど、電話で合図して撃って貰えれば、音の強弱で近づいているのか、遠ざかっているのかは判ると思う」
「あと、遠藤さんは、あの場所からどの方向に移動したかは言ってた? それが判れば大凡の方向も判ると思うし」
「ちょっと聞いてみる」
この森の特性で、銃の爆音でさえも距離があれば消音されて聞こえなくなってしまう可能性が高い。そのような場所でなら、反響で音が後ろから聞こえるなどと言う混乱は起きにくいが、そもそも聞こえなくなってしまうのなら意味が無い。
「うん。大凡南西方向に進んだワケね。とりあえず西方向に進んでみる。……うん、二発目はこっちから連絡するね。じゃ、一旦切るね。…うん、三十秒後に」
小野良美が話していた声は皆に聞こえていたので、ほぼ内容は判った。
「じゃ、三人で別方向に聞き耳を立てて銃声を拾おう」
小林優美の号令で三人が別方向を向いて耳の後ろに手を広げる。そして静まりかえった森の中で約一分が経過。
「…聞こえなかったね?」
「駄目でした…」
「じゃ、私と池田さんで捜索に行ってきます。先ずは真っ直ぐ西に進んで、ある程度で遠藤さんに連絡して銃を撃って貰います」
「あ、待って。大凡で良いから百メートル程で銃を撃ってくれるかな? もちろん遠藤さんにもこっちにも連絡してから」
「あ、なるほど。なら百メートルずつで撃つ事にします」
「撃つ前と撃った後に連絡は良美の方からお願いね」
「了解。じゃ、池田さん、行こうか」
「はいっ!」
そして二人で離れていくのを見送り、五分後ぐらいに電話が鳴った。
第一回目の実験。
しかし、その銃声は聞こえなかった。念のためもう一発撃って貰ったがこれも聞こえず、下草は無いとは言え、道なき道を木々を避けつつ五分も進めば、銃声さえも聞こえなくなる特性を持つ森だと言う事が再認識されただけだった。
更に五分進んで再度実験というのも意味が無い気がしたので、五分おきに銃を撃つのは変わらないが、連絡は遠藤多喜恵とのみに限定させる事にした。
「さて、隊長さん。そろそろ動けますか?」
ずんぐりむっくりの騎士たちと残った小林優美は隊長に話しかける。
「ああ、もう大丈夫だ」
「じゃぁ、先ずは倒れている人の手当ですね」
「う、それなんだが、おそらく、もう…」
「何言ってるんですか。先ずは確認ですよ。推定だけで人の命の判断なんかしちゃ駄目ですって!」
「あ、ああ、そうだな」
そして隊長はずんぐりむっくりから出た生身の状態のまま、倒れたずんぐりむっくりの所に向かう。他の三人も同じように移動して取り囲む。
隊長の指示でずんぐりむっくりの上半身を起き上がらせ、胸のパネル部分を持ち上げるとぐったりとした女性の姿が現れる。
隊長はそのぐったりした女性の首筋に手を当てたり、閉じている瞼を広げたり、胸に手を当てたりしていたが、暫くして首を振った。
「死因は何ですか?」
ぱっと見では外傷らしきモノは見えなかった小林優美が聞く。
「パルの撃った矢がかろうじて刺さったのだろう」
隊長はそう言い、ずんぐりむっくりから引きずり出された女性の遺体を横に倒して背中を見せる。そこには直径五センチ程度の血の跡が見えた。
ずんぐりむっくりの装備している矢には毒が塗ってある。それが背中から突き刺さって死に至ったようだ。
「パルという人が裏切ったわけですね? 裏切りの理由については判りますか?」
「理由については思い当たる事が多すぎて、逆に特定出来そうも無いな」
「けっこう恨まれてるんですか?」
「妬まれている、と言う方が合ってるがな。いや、部外者に言う話しでは無いな」
「そうですか。まぁ、聞いてもどうしようも無い話みたいなので、聞かない事にします。それで、この方はどうします?」
「小刀と形見をとって、この場に埋めて行くしか無いな。ま、埋めてやれるだけ運が良い。我らも、この先、生きて帰れる保証も無いしな。上手く行っても最後の者は野垂れ死にだろう」
「…全滅覚悟のこの作戦って何なんです?」
権威主義国家で貴族による権謀術数が飛び交う状況であれば、国家の大事な資産である兵隊を自分たちで減らすと言う愚かな事も当たり前に行われるだろう。それを踏まえて、小林優美は聞いてみた。
「…我らは王命により成された騎士団だが、主な任務は姫の護衛だ。その姫が病に倒れ、薬師共は手に負えないと言う始末。呪い師共は呪いでは無いかと言って、解呪のためにこの森のどこかにある可能性があるマナの実が必要と言ったのだ。それを採るために我らは此処に来た」
「姫様の元を離れてですか?」
「ああ、始めは街の冒険者組合に依頼をしたのだが、その様なあやふやな依頼は受け付けられないと断られた。無理に依頼を出して貰ったが受けてくれる者は皆無だった。王に具申し、森の探索に慣れた兵士を募ってくれと願ったが、取り巻きの連中にアレコレ言われてな。結局我らが実を得られるまで帰らずの誓いを立てさせられ、たった六人だけで出向いてきたというわけだ」
「うわぁぁ。もろに邪魔者を排除したという感じですねぇ。姫様って王位継承権は持ってたんですか?」
「ああ。姫様は第二子であらせられ、第三子の弟君が王太子になる予定だ。だが、あまり才覚が無いという噂なので姫様が、と言う声が最近大きくなってきた」
「何やってるんだか、って感じですねぇ。姫様も少しバカな振りでもしておけば良かったのに」
「ん? 王になりたがるのは当然だろう?」
「王になったからと言って、好き勝手に出来るワケでも無いでしょう? 逆に政治に忙殺され、命の危険も増し、人の恨みも直接買う事になる損な役割だと思いますよ? それだったら自分だけの責任で動ける公爵当たりの地位と金を貰って好き勝手した方が断然お得だと思うんですけどねぇ」
「ああ、似たような事は姫様も言ってたな。だが想定以上に弟君の評判が悪くてなぁ」
「弟君の教育を担当していた者たちが、弟君を操ろうとしている者たちの手先だったってワケですねぇ」
「だろうな。だが今となっては無意味な詮索だがな」
「それで、話しを元に戻すと、この森にマナの実って本当にありそうなんですか?」
「呪い師によればな。かつてこのマガの森でマナの実を得ていたという記述があったらしい」
その言葉に気になる所を感じた小林優美はスマホを取り出して周りの木々を鑑定してみる事にした。
【マナの木モドキ(正式名称未詳) マナの木に似た樹木 マナの木の近くに群生する マナの木を守るため魔法使いギイゼが自らの魂と引き換えに悪魔ゼヤルに作らせた 魔獣との戦いで群れるのはこの木が原因】
「うわぁぁぁ」
色々な意味を含めて小林優美が声を絞り出す。
この世界では悪魔との契約が実際に行われて、それが目の前に残っている。これが単純に伝え語りだとしたら、そう言う伝承なんだろうなぁ、と言う感じで聞き流してしまっただろう。だが今持っているスマホは夢の中のスマホで、常識は通じない。こう言った事柄なら本当の事実を表示している可能性が高い。
「…と言う事なんですが、悪魔の契約って実際に行われているんですか?」
「我も子供への語り聞かせでしか聞いた事が無いな。そもそもマガの森自体が、我が国よりもかなり昔からある様だしな」
「ああ、悪魔との契約自体、大昔の事柄ってワケで、既にその正史も失伝しているって事ですね」
「もしかしたら呪い師共には何か伝わっているのかも知れないがな」
「なるほど。ならこの森にはマナの木が実際にあり、マナの実がある可能性もあるかも知れませんね」
「だが、探し出せたとして、それを扱う事が出来るのかどうか…」
「それは呪い師たちの領分でしょう。一度向こうに責任を押しつけて置かないと一方的に割を食う事になりますよ」
「ああ、そうだな。なら早い所出発した方が良さそうだ」
隊長は立ち上がり、死した仲間の遺体を埋めるように指示を出す。
「リュー隊長? マナの木探しを手伝いましょうか?」
他の騎士たちが適当な場所に穴を掘り始めたのを見ながら小林優美は隊長に話しかけた。
「部外者にこれ以上関わらせたくは無いのだがな?」
「何を今さら、って気がしますけどね」
「うっ。まぁ、確かに。だが、其の方らに益は無いだろう? 国に帰った後でも我らから出す報償など、其の方らにとっては得にもならなさそうだが」
リュー隊長は小林優美の持っているショットガンを目で追った。
「アレを頂けません?」
そう言って死んだ騎士の纏っていたずんぐりむっくりを指差す。
「ベナークをか? 確かにアレは此処に置いていくしか無い物だが、荷物は回収するつもりだったのだが」
「ええ、もちろん荷物などはそのままお返しします。もしくは別れるまでは運搬を担当します。仕組みというか、見た事の無い道具なので、興味があると言うのが本音ですね」
そう言って隊長の返答を待とうとした矢先、小林優美のスマホが呼び出し音を鳴らす。
「あ、失礼。はい、私……」
しばらくの会話の後、リュー隊長に向き直る。
「逃亡中だった騎士を見つけ出して拘束したそうなんですが、無理矢理ずんぐ…、えっとべなーく? を外そうとした所で自害したようです。状態はそのままにしているらしいので、行って確認して貰えますか?」
「そうか。なら、そうだな。ディアの埋葬が終わり次第向かうとしよう、案内してくれ。そしてその間にお前にベナークの扱い方を教えておこう」
「はい。じゃ、向こうにはもう少し待って貰いますね」
裏切り者の騎士を拘束した場所へ皆で向かう旨を伝えてからスマホを仕舞う。
その後はリュー隊長によるベナークの取り扱い教習。
先ずは背中の毒矢の処理。矢を抜き、水で何度も拭き取ってから厚手のハンカチを貼り付けただけだ。貼り付けに使った接着剤は、目の前にある木をナイフで切れ込みを入れて、出てきた微かな樹液を使って貼り付けた。これが長時間利用できるかどうかは不明だが、ハンカチが無くても問題無い状況だと考えれば、動かしている最中に脱落しても構わないと言う判断だ。
ベナークの内側は厚手の服を複数枚重ねたような内張があった。そこに魔法の術という感じの書き込みや仕組みは見えない。単に着ぐるみの中に入っただけの感触に近い。
だが、しっかりと足の先まで中に入ると、微かにだが魔法を使った時のような喪失感が感じられた。
「(あ、魔力を使って動かすんだぁ。なら、ずっとコレを装着している騎士団って、常に魔力を使っている状態だから、保有魔力量が高いのかな?)」
声には出さず、そんな事を考えてみる。
「個人によって全く動かせなかったり、想定以上の動きをしてしまったりで、慣れが必要になる場合もあるが、どんな感じだ?」
未だハッチは閉じてはいない。リュー隊長は小林優美の顔を覗き込みながら様子を聞いてきた。
「ハッチは開いたまま少し動かしてみます」
頷いたリュー隊長が離れたのを確認し、前に一歩歩いてみる。
が、しかし。
その一歩は五メートル程の前方への飛び出しになった。
「うわっ。ああ、流し込む魔力の量で強さや早さが変わるんだ。なら普通に歩く時は少なめで、多く流し込むと強くなる、ってワケね」
その後。小林優美は魔力の量を調節しながら、ベナークで体操したり、木を蹴って飛び跳ねたりを繰り返した。
リュー隊長は呆けたようにそれを眺めているだけだった。
「驚いたな。初めて扱って、あれほどに動かした者はいないぞ。いや、慣れている者でもあれほどの動きはなかなか出来ないはずだ」
「そうなんですか? 流し込む魔力の量の調節だから、リュー隊長ならもっと動けると思いますが…」
「魔力? ベナークは魔力で動いていると?」
「え? 知らないんですか?」
リュー隊長によると、ベナークの動作原理は秘匿され、バラしてみても判らないらしい。頭部や四肢に正体不明の部品はあるが、見た目的には単に貼り付けてあるだけの塊にしか見えないそうだ。
そしてベナークに乗り込んで喪失感を感じても、それが魔力の喪失感であるとは判らず、自身の体力の一部を吸い出されて動いていると感じていたそうだ。
そこで小林優美は、一旦ベナークから這い出て、バッグから魔法の杖を取り出した。
「コレは水を扱うための魔法の杖です。コレを持って魔力を流し込むと魔法陣が形成され、水を呼び出して投げつける事が出来ます。やってみますね」
小林優美は杖を掲げ杖の先に魔法陣を作り上げる。そして人の頭ほどの大きさの水玉を作り出し、空中に浮かべたままにする。
「魔力を使い続ける事になりますが、このように浮かせたままにする事も出来ます。そして投げつけも、やれと心の中で命ずるだけです」
次の瞬間、水玉は勢いよく飛び出し、十五メートル程離れた木の一本にぶち当たる。木は倒れはしなかったが当たった所が抉れていた。
「そ、其の方は呪い師だったのか…」
「ベナークを操っているリュー隊長も出来るはずですよ? この杖はベナークの代金代わりに差し上げますんで、魔力操作の練習に使って見てください」
「い、いいのか?」
「はい。魔力は吸い出される感じがすると思いますが、逆に多く流し込んだり、抑えたりすれば扱いが上達するはずです」
夢見の街で購入した魔法の杖が、こっちの世界の人間に使えるかどうかを試す意味もあって、気軽な風を装って渡した。さらに小林優美がこの世界から離れた時に、魔法の杖がそのままこの世界に残ったままになるのかも不明だ。
それらは、ベナークにも適用され、夢見の街にベナークを持ち帰れない可能性もあった。
全ては初めての事ばかりなので、やってみるしか無い、と言うのが現状だ。
「おお、凄いぞ。コレなら私も呪い師を名乗れそうだ。…う」
調子に乗って魔法の水弾を打ちまくっていたリュー隊長が突然へたって座り込んでしまった。
「リュー隊長?」
「あ、なんか、もの凄く怠い、のだが…」
「ああ、魔力の使いすぎですね。暫く休んでいれば回復します。魔力は使い込んでいく程に少しずつ増加していく傾向がありますが、慣れない内は使う回数を意識してください」
「あ、ああ…」
返事もおっくうな程気力が尽きてしまったようだ。リュー隊長はそれでも魔法の杖を他の騎士に渡し、数度試して見ろと命令していた。そこの所は流石は隊長と言う所だと小林優美は感心した。
「(リュー隊長は六発ぐらいは撃ててたって事は、やっぱりベナークという魔法の鎧で魔力を使っていて、魔力量自体は増えてたんだろうなぁ)」
一通り魔法の杖を体験した後は埋葬を済ませ、全員で祈ってから移動を再開した。
そしてゆっくり歩く事十五分程。
小林優美の先導でコンパスで確認した西方向へ移動する。この西が、太陽が沈む方向かどうかも判らないので、方角については表現を控えている。
かなり近づいた印象があるので、スマホで電話して銃を撃って貰う。その銃声は微かながらも聞く事が出来た。
それから三分もしないうちに合流を果たせた。
その後は情報のすりあわせ。小林優美がベナークを装備している事から、リュー隊長に魔法の杖を譲渡した事。マナの実を得るための少数での決死隊である事などを小林優美がリュー隊長にも聞いて貰いながら説明。そして遠藤多喜恵がパルと呼ばれる裏切り者の騎士に対する拘束をした後の顛末を説明した。
リュー隊長はパルの埋葬を命令。その命令に他の騎士たちは少し躊躇しながらも渋々と作業を始める。
「リュー隊長? 裏切り者の埋葬ですか?」
「ああ、言っては何だが、こんな裏切りを命じる連中には自決してまで従うような魅力ある者など一人もいない。つまり、パルは親しい者を人質に取られていた可能性が高い。パルもまた被害者なのだ」
「なるほど。どうせ繋がりの無い使い捨てのチンピラで脅しを掛けてきたんでしょうね。どこかに相談も出来ずに裏切るしか無かった、と言う事ですか」
「まぁ、それでも結局は仲間殺しだからな。埋葬はするが祈ってはやれん」
その後、パルの使っていたベナークは遠藤多喜恵が譲り受けて使用する事になった。見返りとして遠藤多喜恵が持っていた火の魔法の杖を譲渡。リュー隊長はコレが一番有り難いと言っていた。
普段斥候が基本的な行動になる遠藤多喜恵がベナークを使う事になったのは、遠藤多喜恵の魔力操作能力があれば人間以上の身体能力を発揮する事が出来ると言う一点のみで、小柄で見つかりにくいという利点を失ってはいる。しかし小野良美は魔法の杖を主に使用し、池田弥栄はショットガンや拳銃を普段使いする関係から、ベナークでは取り回しに難がある。
もちろん体力が増強される事や防御力が上がる事は利点ではあるが、攻撃力を犠牲にする程でも無い。
夢見の街に戻って、生産職に改造を願えば大きな戦力になる事は判るので、必ず持ち帰ると言う決意は高い。なので最悪でも一領のベナークだけは街に入れる必要があり、念のために二領以上のベナークは確保したいと小林優美は考えていた。
「さて、準備も出来たし、そろそろ出発しますか? それとも野営の準備でも始めます?」
小林優美がリュー隊長に聞く。
「時間的には野営の準備をしたいが、少し移動しよう」
埋葬したとは言え、同じ場所で一晩を過ごすのはあまり良い気分では無い、と言うのは共通認識みたいだ。
そう考えながらコンパスを眺めて、今までの行動を振り返る小野良美。
「今いる場所は私たちがリュー隊長たちと初めて出会った場所に近い所。まぁ、裏切り者が逃げた方向なんだから、元来た方向に近いのは当たり前か。リュー隊長が進んでいた方向は東で、同じ方向に進むとさっきのファミリアとの戦いの場所になっちゃうから、進むとしたら北方向かな?」
「ここから北に進むと、本当に一番始めに騎士たちと出会った広場になるの?」
「大凡だけどね。まぁこの森だから、十メートル横を通っても気付かないなんて可能性も高いけど」
「そっか。まぁ移動はしておきたいし動こうか。遠藤さん、斥候お願いできる?」
「はい。このベナークに慣れるためにも動いておきます」
返事と共に遠藤多喜恵の装着しているベナークのハッチが閉まる。そして身体が沈み込んだと見えた次の瞬間には前方へ飛び出していた。その勢いのまま右へ、左へと木々を避けて弾むように進み、あっという間に見えなくなった。
「凄いな。本来は我らの物のはずなのに、あのように使うなど想像だにしなかった」
遠藤多喜恵の動きを見てリュー隊長が感嘆の声を上げる。
「リュー隊長も直ぐにあれぐらいは出来るはずですよ?」
「そうか?」
「はい。たぶん、鎧とは重く動きが鈍い物だと言う固定観念みたいなのがあって、ああいう動きを考えていなかった所為もあると思うんです」
「ふむ」
小林優美は昨今のテレビアニメを思い出す。主に継続的に視聴するワケでも無いが、解説的な物やお気に入りのシーンを動画でアップされているのを見る程度でも大凡の傾向は判る。その中でも十階建てのビルよりも大きな人型ロボットが残像が見える程に素早く動いていると言う表現を良く見るようになった。手足の先が軽く音速を超えるような動きをしているはずなのに表現されていない、などと言うご都合主義は置いておいても、中の人がどうにかなっていそうな動きを平然としている表現にそんなモノかもと言う認識になっている。
そして魔法で動く鎧なら、中の人を『不思議な力』で保護しているのだろう、となんとなく思っている。
この『まぁ、そういうモノなんだろう』と言う意識も魔法に影響しているのは事実だった。
逆に『そんな事はあり得ない』と言う常識や理屈を優先する考え方だと、無意識にブレーキを掛けてしまうのが魔法だ。
だから漫画や映画の中などで、主人公が非常識な動きをするのを『見て』いる事が魔法の有る世界では重要だ。魔法の無い世界では非常識で危ない行為を真に受ける事になるからしっかりとした線引きは必要だが…。
それらの事から、魔法ならばこんな事が出来るだろう、と言う小林優美たちの意識からくる行動をリュー隊長たちが見る事は、大きな意味を持つ。
実際、騎士たちは『この鎧はああいう事が出来るのか』と関心していたので、これからの動きが変わる事になる。
そして遠藤多喜恵の誘導により小林優美たちとリュー隊長たち騎士との初めての邂逅場所に再到着した。
「良し、野営の準備だ」
リュー隊長の号令で三人の騎士たちがそれぞれに動き出す。一人はリュー隊長の護衛に残り、一人が地面から落ち葉などを掻き分けて土を剥き出しにして行く。残りの一人は見える範囲での移動で焚き火に使えそうな物を集めに回った。
「どうしよう? 私たちは食料持ってきてないよ?」
「水は魔法で出せるけど、食料は出せないしねぇ。それにタオルはけっこう持ってきてるけど、毛布とかは嵩張るから持ってきて無いしね」
「ちょっとリュー隊長に野営の仕方とか聞いてみようか」
雨が降りそうならば別だが、ある程度安全が確保出来る場所でも無ければテントを張る事は無い。そして森の中であれば火を焚いて獣除けにすると言う事も出来ない。
食事のために火を焚く事はあるが、食事が済めば火は消すしかない。
夜の間火を焚いておくと、焚き火の光で夜目が利かなくなってしまう事もあるし、焚き火の光は虫を呼び、虫を食べる小動物を呼び、小動物を狙う肉食獣を呼ぶ事にもなってしまう。
なので暗闇の中、見張りが立ったまま動かずに周囲を監視し、残りは座った姿勢で仮眠をとり、時間を決めて交代をすると言うのが騎士たちの通例だそうだ。
小林優美たちはリュー隊長に野営の仕方を聞いて、冒険の旅の厳しさを痛感していた。
「三日程、昼に移動、夜に仮眠を繰り返した後、丸一日は移動せずに見張りと仮眠だけの日をとって、体力と気力の回復を図るのが長期の行軍の基本だな。強敵との戦闘があれば回復の日が長引く事もあるし、疲労が蓄積すれば移動がままならない事も多い。二十人以上になる中隊規模なら襲われる事も少ないし、人数的に一晩ぐっすり眠れる事もあるから長い行軍も可能なのだがな」
「少人数の場合はほぼ休憩しか出来ない日々が続くというわけですね」
「ああ、だが騎士の訓練で体験するぐらいで、実際にやってる連中なんて我らぐらいだろうな」
リュー隊長の国に限らず、周辺の国家群は国と国との戦争を想定はしている。しかし実際は国の周辺の魔獣との戦闘ばかりで、他国との戦争は百年以上行われていないそうだ。
なので訓練以外での長い行軍は体験していない。
商人や貴族の移動などは決まった道筋を行き来するだけで、国の兵士たちが定期的に魔獣を狩っている場所の往復だけだそうだ。
それ故、貴族や兵士、そして騎士たちも危機感が薄れてしまい、貴族たちも己の利権獲得に力を入れるぐらいしかやっていないそうだ。
「戦いが無いワケでは無いのに、ある意味、平和ボケしてるって感じですね」
「その通りだな。だが、だからと言って戦争をやれとは言えないけどな」
「まぁ確かに」
「それでお前たちはどうする? 野営の見張りに組み込んでもいいのか? 食事は?」
「見張りのローテーションに組み込んでください。食事は…、とりあえず私たちの方は無視してください」
「無視? どう言う事だ?」
「えー、とりあえず、です。今晩一晩は、リュー隊長たちはいつも通り食べてください。私たちは食べないですけど」
「良いのか?」
「ちょっと事情があるんで、そういう事に」
小林優美たちは、今までの夢見の街での活動で空腹を覚えた事は無かった。喉の渇きも感じる事が無かったし、その所為か出す方の欲求もなかった。
それは現在も続いているような感じはある。
それなりの戦闘をこなしているし、そこそこ時間も経過している。しかし水を飲みたいとも、腹に何かを収めたいという欲求も湧かない。おそらくこの世界でも、自分たちの存在は夢の中なのだろうと実感出来る。
だからと言って、今いるこの世界が夢の中だとは感じられなかった。
自分たちが何処まで違う世界の影響を受けるのか、はたまた受けないのか、その見極めは難しいままだった。
「よもつへぐい、って言葉があったよね?」
「あの世へ行ってあの世の物を食べると、この世に戻ってこられなくなる、ってヤツ?」
「そう、それ。私たちに影響すると思う?」
「可能性その一、影響無し。その二、この世界から帰れなくなる。その三、夢見の街には帰れても現実では目覚めなくなる。その他、それぞれの可能性の派生がいくつか。どれだと思う?」
小林優美たちが四人だけで打ち合わせを行い、小野良美が素っ気なく答える。
可能性だけならいくらでもあるが、試して見るワケにもいかない。結果的に現状維持しか答えがないので素っ気なくもなる。
この時点では陽平が謎の運営と接触して、満腹感も飢餓感も感じず排泄も必要無いが飲み食いは出来る、と言う変更を伝えられたと言う状況は聞いていなかった。コレは単に関係者全員に伝える作業を担った佐藤一が夢の中のスマホで通知するよりも、目覚めた後の現実でのネット掲示板で告知しようと考えたためで、実質的な優先度もその程度と判断したためだ。
もしも佐藤一が知った時点で伝わっていれば、小林優美たちは見た目だけでも喉を潤し、保存食を食べて見せるぐらいは出来ていたはずだが、後の祭りという事だ。
実際はリュー隊長は飲食での毒の混入を警戒されたか? と言う程度の認識だったが、小林優美たちは自分たちが普通の人間では無いのを知られたか? と警戒していた。
どちらも杞憂ではあるが、本人たちにとっては互いに踏み越えられない一線として深入りしない結果になった。
「はいはい。誰かが人柱になるわけにも行かない、って事でしょ」
「それより、初めての野営での夜の警戒だけど、大丈夫そう?」
「基本は真っ暗の中、ジッと動かずに動くモノが無いか観察し続ける、って事でしょ?」
「その鎧に周辺感知とか夜目とかの機能ないの?」
「ベナークね、ベナーク」
「動甲冑とか魔導甲冑のが判りやすいんだけどねぇ」
「ちょっと試して見る。遠藤さんもお願い」
「はい」
小野良美の提案でベナークを持っている小林優美と遠藤多喜恵がハッチを閉じて完全にベナークを装着した状態になった。頭も丸いドーム状の覆いに包まれ、一見して外が見える状態には見えない。
しかし中ではまるで覆いに包まれている様には感じない程外の状況が見えていた。
「(これって網膜投影とか認識領域に直接映像を送り込んでるのかな?)」
閉じる前に見た兜にあたる部分の内部にのぞき穴のような構造は見られなかった。ハッチが閉じられ、兜が定位置に来るとのぞき窓が開くのかと思ったが、実際に装着したら首から下の鎧部分は見えるのに、首から上は何も装着されていないように『見える』。
試しに腕を上げ、自分の頭を触ってみようとしたが、コン、コンと外殻同士が触れる音がして、兜がある事が判った。
「(魔法で見えているのなら、夜目が利いたり、木の向こうが透過して見えたりしないのかな? 赤外線とか見えるなら、それはそれで楽になるんだけど)」
そう思って目をこらしたり、明るさ調整! などと意識を集中させるが視界に変化は見られなかった。
「駄目みたい。単純に外が見えるようにだけ、ってなってる、のかなぁ?」
小林優美がベナークの中から小野良美に語りかけながら、ベナークにかかっている魔法について疑問点を呟いてみる。
「そっか。遠藤さんはどう?」
「こちらも見える以外は反応ないですね。かかっている魔法の術式が見えたら、って思いましたけど、見えてもたぶん読めませんよねっ!」
ベナークの中から答えた遠藤多喜恵の言葉の最後が裏返る。
「どうしたの? 遠藤さん!」
「あ、すみません。その、目の前に魔法の術式みたいなのが現れたので…」
「え? 魔法の術式、って言葉に反応したって事?」
「かも知れません。えっと、術式消えろ、って違う違う、ダメダメ」
「えっと、遠藤さん?」
「消えろって言ったら、削除しても良いですか? とか言う感じの問いかけをされたと思います。で、慌てちゃって…」
「削除は拙いわね。じゃ、不可視化とか収納とかかな? 単純に起動とか?」
「試して見ます。術式不可視化。あっ消えた。あれ? ちょっと周りの見え方が弱いような…」
「可視化してから起動ってしてみて」
「はい。術式可視化。あ、見えた。えっと、術式起動。…さっきまでと同じ普通の見え方に戻りました」
遠藤多喜恵の結果を聞き、小林優美も術式を展開させてみる。
「こっちも出来たよ。これって術式のエディターなんじゃないかな?」
「手直しとかする編集機能もついてるって事?」
「手直しって…、あっ、ちょっと思いついた。術式ライブラリー! うわっ! 出た! 幾つも術式が保存されてるみたい。でも、どれがどれだか判らない」
「言葉で検索とか出来ない?」
「うん。えっと、夜間監視用、って出た! じゃ、術式起動! どわわわわわ」
「優美!?」
「明るすぎー!」
「ほっ。驚かせないでよ。じゃ、元に戻せる?」
「えーと、術式ライブラリー、通常視界、術式起動。…直ったー!」
「この事って隊長さんからは聞いて無いのよね?」
「魔力で動くとかも知らなかったみたいだしねぇ」
「話しとく?」
「言っておいて損は無いとは思う」
「じゃ、私が話しとくから、他にどんな機能があるか、調べておいて」
「判ったー」
返事をした小林優美が遠藤多喜恵と相談しながらの試行錯誤を始める。始めにやったのは取説的なテキストが無いか、と言う当たりは現代の新設設計の家電に毒されている所だろう。それを見送り、小野良美はベナークについて発見した事をリュー隊長と三人の騎士たちに話す。
「何と言う事だ。今日初めてベナークを知った其方らに教えを請う事になるとは」
「こんな機能があったとは…」「始めから知っていれば野営がもっと楽だったのに」「コレは秘密にされていたのかな?」
騎士たちが言われたままに試して、それぞれが感嘆している。
「リュー隊長? ベナークという鎧は全ての騎士たちに与えられているのですか?」
「あー、騎士だけじゃ無く、騎士以上の位を持つ者は専門の職人に頼む事になっている。戦場に出る貴族用のベナークはなかなか派手だぞ」
「じゃあ、その職人のところで、こう言った機能については口止めがされているって事でしょうか?」
「むっ! 確かに作っている職人が知らぬと言う事は無いはず…。だが…」
「貴族がいるらしいですが、その貴族もこの機能を知らなさそうですか?」
「我が見た事のある貴族たちは、立って歩いて座ると言う動作しか見た事が無いしなぁ」
「ああ、何もやらないで邪魔なだけなのに現場で偉そうにするタイプばかりですか」
「公には出来ないセリフだな。返答は控えさせて貰う」
苦笑いでリュー隊長は答えた。
「なら貴族も知らない可能性が高いですね。そうすると危険度が増しましたが…」
「? 危険?」
「職人しか知らない、でも機能は付けたままで騎士たちに配ってますよね? だとすると職人の上からの指示と言う事になります。それも貴族の上か、実権として王族並みの国に関わる力を持つ者たち」
「むぅ。それは陛下が思惑を持って事を為していると言う事か?」
「もしくは、条件さえ整ったら王族さえ逆らえない組織、と言う事も考えられます」
「王族さえ傀儡になりつつあると姫様がおっしゃっていたが…」
「どちらにせよ、この情報は命の危険を孕みます。王族ならば黙っていろ、と言われて終わる事も考えられますが、それ以外だと秘密裏に消される事も充分にありえます」
「うむ。とりあえずこの場で使うのは良いが、暫くは我らだけの秘密にしておいた方が良いか」
「いざという時に使えないのでは意味がありませんから、秘密が守れる者だけの時は使い慣れておくべきではありますけどね」
「うむ。そうしよう」
それから騎士たちと小林優美、遠藤多喜恵は互いに知り得た情報の交換や実働実験を繰り返した。
その夜は先ず小林優美が約二時間、遠藤多喜恵がその後の約二時間を担当し、その後を騎士たちが交代で受け持つと言う事になった。
しかし、その夜は獣の脅威も無く平穏に過ぎ去った。
後に小林優美は、身動きせずにジッとしている事が一番の苦痛だった、と語ったが、音を立てずにゆっくり動くのは構わなかったと知り、盛大に溜息を吐く事になった。
「小規模とは言えファミリアの襲撃があった直ぐ後だからな」
「ああ、獣たちの縄張りとかもグチャグチャでしょうねぇ」
「それでも出会い頭というモノもあるしな。一晩、何も無く過ごせたのは幸運だった」
「それで、これからの方針なんですが、一番大事な事を聞きたいと思います。リュー隊長たちは、姫様を助けたいと考えていますか?」
小林優美が夜の歩哨の間に考えていた内容についてリュー隊長に聞く。
「当然だろう。そのための女騎士団だ」
「あ、聞き方が悪かったかな。マナの実で姫様の病が治ったとして、そこまでが女騎士団の仕事ですか?」
「……」
今度の質問には答えなかった。リュー隊長も判ってはいる。病を治したとしても、それは一時しのぎで、次の人為的な災いが必ず起こるだろうと言う事は。
「姫様は聡明な方のようですので、姫様と相談して決めれば良いと思いますよ? 場合によっては一時的に逃げると言うのも手では有ると思います」
「そう、そうか、そうだな」
「そう言った選択肢のために、ベナークの魔法については黙っていた方が良さそうですね」
「ああ、そうする。…感謝する」
「では出発の準備を始めましょう」
小林優美との会話を終えたリュー隊長は、疲れが取れたようなすっきりとした顔をしていた。
そして小林優美たち四人での相談。
「私たちの中では良美が一番魔力が高いよね?」
「使ってる回数からしたら一番かも? それが?」
「私が鑑定するより、良美が鑑定する方が融通が利くんじゃ無いかと思って」
「融通、の中に何が含まれているかで返答が変わるわよ?」
「うん。マナの木の鑑定をして貰って位置を特定出来ないかと思って」
「ああ、なるほど。それで融通か。確かに目の前にあるワケじゃないから直接鑑定する事は出来なくても、モドキの群生状況からその中心を推定するぐらいは出来る、かも?」
「そんな感じで。それ以外でも色々試して貰って、せめて進む方向ぐらいは知りたいかな、って」
「そうね。とりあえずやってみる」
そもそも鑑定は夢の中のスマホの能力だと思っていた。しかしベナークという魔力で動く鎧の事から、使用者の意識と魔力で能力が限られる実体を目にした。その事から小林優美は夢の中のスマホも使用者の意識や魔力で変化する可能性を見ていた。
その意をくみ取り、小野良美はスマホを森に向け、先ずはマナの木とマナの実を鑑定する。しかし、見えているワケでも無い物の鑑定は出来ない事だけが判った。
次にマナの木モドキの鑑定を行う。その結果は前日に試したのと同じ結果であり、魔法使いの自己犠牲により悪魔が作り出したマナの木を隠すためのモドキの木。
此処までは同じ。その意識を切り替えて、掲げたスマホはそのままに、意識を一本の木では無く森全体へと向ける。
【マガの森 マナの木モドキで構成された森 魔獣が魔獣に協力して外敵を排除するように仕向けられている 魔法使いギイゼの後悔とそこから発生するねじ曲がった怨嗟が力の源】
「(あれ? 魔法使いはマナの木を守る事を望んでたんじゃないの? それが後悔?)」
結果的にマナの木は守られている。なのに後悔とは? その疑問は置いておいて、マナの木の位置を知る事に意識を戻す。
「(まず知りたいのは方向だから、モドキの密集率とか、魔法使いの後悔の質が濃い方とか判らないかな)」
そう考えながら夢の中のスマホで鑑定を繰り返す。そして暫くは同じ文言での鑑定結果を見る事になったが。
【マナの木モドキ 魔法使いギイゼの後悔(3/10)】
「(見つけた!)」
どう言った原理なのか不明だが、ギイゼの後悔を10分割で表示している状況を探り当てた。
小野良美は慎重に同じ条件で鑑定を繰り返し、一番数値が大きい方向を割り出す。
「(この方向、かな?)」
大凡の方向を探り当てた。
「どう? 良美?」
「これで合ってるのか判らないけど、魔法使いギイゼの後悔が強い方向は判った。でも、コレだとマナの木じゃ無く魔法使いの方向になるかも知れないけど」
「何のアテも無いんだから、それでも充分に手がかりにはなると思う。で、どっち?」
「真南だね」
それからリュー隊長と相談し、部隊全体を真南に進ませる事になった。
その後も細かく進路を修正し続けると、進む道を妨害し、戦いを挑んでくる魔獣の数が増えてくる。
しかも魔獣の姿が異様になっていく。
それまでは獣が相手だった。しかし、徐々に獣とは言いがたい形態に変化した獣モドキが現れた。
それは身体の各所から不規則に角が生えているイタチのような魔獣だったり、四つ足の獣なのに、前足が猿のような手の平がついていたりなどなど。
中には人間がデザインし、金属と革を縫い合わせて作った四つ足の獣用の鎧、と言った物を身につけていると説明された方が自然な感じのする鎧狼もいた。
小野良美は『遺伝子異常』と言うよりは『遺伝子操作』と言う印象を受ける。
つまり『作られた魔獣』と見た。
しかし悪魔はマナの木モドキを作ったが、そう言った魔獣を作ったという情報は無かった。そこでそんな魔獣との戦いは他のに者任せてスマホで鑑定を行ってみた。
【作られた魔獣 魔法使いギイゼの怨念から生まれた 生物に見えるが実体は毒素の塊】
【作られた魔獣の毒素 呪いを元にした有害物質 散布された後は霧状物質で細胞破壊効果があり長く残留する 本体の作られた魔獣を活動停止状態にすれば消えるが破壊された細胞はそのままになる】
「(霧状の毒かぁ。ちょっと拙いかな?)」
鑑定結果を見て小野良美は少しだけ焦る。当の小野良美と池田弥栄の二人はベナークという鎧は着ていない生身の状態だ。おそらく一番始めに影響を受けるだろう。
そう思って池田弥栄をスマホに捉えて鑑定してみる。
【池田弥栄 状態 健康 作られた魔獣の毒素はレベル差によりレジスト】
自分が知りたいと思う情報がいきなり見えた事に驚きつつも安堵する。
「(レベル差という事は私たち四人はほぼ同じように抵抗して無害化できると言う事だと思う。問題は騎士たち。あの鎧に防毒効果があるかどうか…)」
更に解毒方法を意識して再度鑑定。
【作られた魔獣の個体ごとに生成される毒形態の呪い 個体そのモノを滅す事で毒も消えるが破壊された細胞は破壊されたまま 本体である個体を滅した後 自然治癒 治療魔法薬 治療魔法 修復魔法で治療・再生させる事は可能】
「(念のために夢見の街のドラッグストアでドリンクタイプの治療薬らしき物は買って置いたけど、此処で使う必要が出てきたかぁ…)」
今までは戦闘でダメージを負っても外傷になる事は無く、疲労感や魔力の喪失感も数分もすれば勝手に回復していた。なので回復薬が売られていても必要性を感じなかったのだが、夢見の街から出る状況で念のために買っておく事にした。だが念のために少量を持っておく、と言う程度だっため、一人当たり二、三本しか持っていない。この後の展開でどれほど治療薬が必要になるか判らないため、簡単に消費しない様にしなければと考えた。
小野良美がそう思考を巡らせている間に今回の戦闘は終了していた。
元々ベナークを操っていた騎士たちだからこそ、小林優美たちのベナークの使い方に順調に慣れ始めていた。
それ故異形の魔獣であっても力押しで簡単に倒せるようになった。
それまでも騎士たちはベナークを操って、跳ねるように移動する事は出来ていた。現在はその跳ねる力が三倍以上になり、出せる速度も二倍近くまで高まった。これにより群れで襲われても簡単には包囲されなくなり、腕での振り払いや足での蹴りでも倒せる状況が作りやすく、その事で戦いに対する余裕を感じられるようになった。
小林優美と遠藤多喜恵に至っては、ベナークを駆りマナの木モドキの木を蹴って、木から木への横の移動を繰り広げていた。
「見て見て~、立体機動~」
今までは地面の上を移動する二次元の動きだった。そこに魔力操作で性能が上がった事で『飛び越す』という選択が出来る様になった。これで二次元半。そこに三次元の動きをしてみせる小林優美たちの姿を、リュー体長ら騎士たちは呆れたように見上げていた。
「いやはや。ここまで戦い方が変わるとはな…」
「リュー隊長。身体の調子はいかがですか?」
呆れつつも自分もやってみたいとウズウズしているリュー隊長に小野良美が語りかける。
「ん? 特に問題は無いが?」
「先ほどの異形の魔獣は生き物では無く、呪いの毒で出来たモノでした。身体の表面に限らず、内側とかでも痛みや疼きなどはありませんか?」
「なに? そんな危険な魔獣だったのか。いや、特に感じるモノは無いが…」
リュー隊長は仲間の騎士たちを呼び寄せ、小野良美に言われたことを騎士たちに話す。しかし誰も体調の変化は感じなかったと言う。
小野良美の所見ではレベル差でのレジストかベナークの機能なのかの判断はつかない。一応今回の毒の被害は無かったが、これから先、更に強い毒があるかも知れないので警戒はしてくれと言う話しで終わった。
それからも異形の魔獣による襲撃は続き、呪いの本体に近づいている雰囲気を全員が感じている。
「そろそろ手強くなってきたな。一旦短めの休憩にして、装備品の改めを行う」
リュー隊長が言う。要はお花摘みだ。戦いになったらほとんど尿意は感じ無くはなる。しかし戦いが長時間化する場合もあり、その時は垂れ流ししながらの戦闘と言う事になるのが普通だ。だが、出来ればそんな事はない方が良い。と言う事でこまめに休憩を取って、体力も万全にしておこうという配慮だ。
だが小林優美たちには無意味な配慮だった。自分たちでも夢の中の身体の異常さを今さらながらに感じていた。
「やっぱ、出さなくても良いみたいね」
「優美。汗はかいてる?」
「別に潤いが無いワケでも無いのに、汗をかいたという感触も無いね。この構造なら蒸れててもおかしく無いとは思うけど」
「うーん。元々、ベナークという魔法の鎧に備わってる機能なのか、私たちの身体の所為なのかが不明よねぇ。騎士さん達に聞くわけにもいかないし」
「あ、野営の時なんですが、騎士たちがベナークから出た後に、交代で全身を拭いてました」
「野営の時かぁ。単に一日の汚れを落としていただけなのか、汗を拭き取っていたのかが微妙…かな?」
「あっ、そうですね。すみません」
「謝んなくても良いけど、やっぱ謎のまま、かぁ。まぁ、私たちが使う分には問題は無いワケだしねぇ」
「下手な発言をして、今まで以上の不信感を与えることは無いですよね」
「ホント。下手したら私たちゾンビか死霊扱いだよ。まぁ、深く関わらないようにはしたいから、信頼関係とかは要らないんだけどね」
「うん。それでも後ろからズドン、とかは無いようにはしたいんだけどね」
「せめて、それが無いように貢献しておきたいよね」
その後も小林優美たち四人での話し合い、自分たちの命も大事だから、ある程度で騎士たちを強引に逃がすという事態も想定して役割も決めた。
そして再び移動を開始。それからはファミリアの時に見た獣たちは見かけることは無くなり、呪いの魔獣のみが襲ってくるようになった。
「呪いの魔獣との遭遇割合が上がってるな」
約百メートルほど進む度に、一体から三体ぐらいまでの呪いの魔獣との戦いになった。小林優美たちにとっては夢見の街での妖怪との遭遇戦よりも少ない感じだが、森を抜けてきた騎士たちにとっては遭遇し過ぎと言う感触だ。
「簡単に倒せはしますが、このまま続けばこちらの体力が尽きてしまいますね」
リュー隊長の焦りを含んだセリフに小林優美が答えた。
「うむ。其方らはこの状況をどう見る?」
「まず野営を考えると、この状況じゃ休むことも出来ないので、夕べ野営した場所まで戻る方が良いですね。ですから、野営の時間までの半分程度の距離を進んで戻る、と言うのが確実…かな?」
最後の方は不安になって小野良美に問いかける感じになった。
「野営をしても全体的な体力は失い続けているワケだから、早めに決着は必要だけどね。先ずはこの先、どのくらいかかるか? と言う事で、斥候に先行して貰おうか?」
「うん、だね。じゃ遠藤さん、頼める?」
「ウチの方からも一人出そう」
その後、騎士の一人でクララという女騎士が遠藤多喜恵と先行することになった。二人ともベナークを装着しているが、移動速度は遠藤多喜恵の方が早い。なのでクララが主体で移動し偵察を行い、それを遠藤多喜恵がフォローすると言う事で打ち合わせが完了し、出発した。
斥候としてのクララの移動は基本に忠実で、身を低くして地面の上を滑るように走るスタイルだ。四つ足かと思える程に前傾姿勢で、両手もしっかり地面をかいている。ベナークの構造上、膝を胸元まで引き上げる程の柔軟性は無い為、つま先での蹴りで進んでいるような恰好だ。
上から見ると水底を泳ぐ魚のようにも見える。これはベナークを装着してから、相当の時間を訓練に捧げなければ体得できない技能だ。
上達した魔力操作の関係で木々を蹴って空を飛ぶように移動している遠藤多喜恵は、ベナークの扱いに関してはクララに勝てないと思い知った。
おそらくベナークで体術を主とする戦いになった場合、あっさりと組み敷かれてしまう可能性が高い。まぁ、そうなったらベナークから出て、生身でベナークと戦えば生身の遠藤多喜恵が勝つだろう。あくまで相性の問題だ。
対するクララも遠藤多喜恵の動きを見て、自分がベナークの能力を生かし切れていないと痛感していた。斥候役として見つからないように低く移動する事は出来るが、それでも鎧を着た状態なので限度はある。地面を蹴る時に掘り返してしまった土が後方に跳ね飛んだり、身体全体が下草などをなぎ倒して進む時の葉音などなど、けっこうな音を立てて突き進んでいる。
それに対して遠藤多喜恵は立木を横に蹴って次の木に向かって跳んでいるが、その時に多少木が揺れる程度で済ませている。本来ならベナークで立木を殴った時の様な音がしているはずなのに音がしないと言う事は、しっかりと木に足をつけてからジャンプしていると言う事だろう。
そう、ジャンプだ。蹴りでは無い。
しっかりと立木に足をつけて跳躍している。そもそも、木から木に飛び移っているので、基本的にはジグザグに行くしか無い。それを遠藤多喜恵は木の横をすり抜ける軌道で飛びだし、片手を突き出して木を撫でるようにして体勢を整え、身体を回り込ませている。そのおかげでほぼ直線に近い移動となっている。
木の上で生活する獣でもそんな移動方法はしない。それをベナークの力押しで成し遂げている遠藤多喜恵のセンスに舌を巻く。
おそらく、ベナークの扱いが上達したとしても思いもつかなかった方法だろう。だが知った、と言う事は大きい。完全に再現が出来なかったとしても、似た事は可能かも知れない。さらに対応を考える事は出来るし、誰かに伝えることも出来る。
今回の遠征はほぼ死を覚悟して同行していたが、得るものが大きく、それは生き延びたいという気持ちを強くしていた。
ふと、木の幹に器用に掴まったまま停止した遠藤多喜恵がベナークの手を振る。
それに気付いて足を止め、遠藤多喜恵を見上げると、前方の一点を指差す。その先を目で追うと、呪いの魔獣の大群がジッとして、黒い、大きな塊を形作っていた。
いや。
黒い塊の中から呪いの魔獣が分化して生まれている状況だった。
呪いの発生源。
そう思ったが、周囲を観察すると似たような黒い塊がいくつかある。その状況を確認するため木の幹に身を隠しつつ立ち上がる。
十数個ある黒い塊の中心を見つけた。
それは座り込んだベナークだ。
だが一目見て形が古いと判断出来る。女騎士団に入団して初めてベナークを装備したクララだが、その前から色々なタイプのベナークを見てきた。中には馬に乗ることを想定したベナークもあり、尻から足の内側の装甲が無いのが特徴を持つ。
座り込んだベナークはその騎乗タイプに似ていた。
しかし雑さを感じる。損傷として凹んでいる部分もあるが、何か他の物を代用して形を整えたと言う雰囲気を感じる。全体的に黒く斑になっているのは。おそらく経年劣化で朽ちかけているのだろう。それも相まってベナークを模した泥人形の様にしか見えない。
もしも遠藤多喜恵と同行していなかったら、あの呪いの魔獣が生み出される黒い塊か、座り込んだ古いベナークに突っ込んでいただろう。
人数がいるのなら、斥候は単独では行わない。一人だけでは監視をしつつ報告に戻る、などの行動が取れないし、場合によっては重要な報告のために一人を犠牲にする、と言う手段がとれないためだ。更に今回、上からの遠藤多喜恵のフォローで無駄死にする可能性を潰して貰った。
今回は人数が少ないので仕方が無かったが、最低でも二人以上での斥候を行う事の重要性を再認識したクララだった。
もっとも、人数がいればクララは斥候に出る役割にはならなかったはずなので、いつか小隊の指揮をとる時に役立つ教訓でしか無いが。
しかし、その教訓もクララが生き延びたいと願う方向に持っていった。別の言い方をするのなら臆病になった。せめて、自分が知り得た知識を誰かに伝えるまでは死ねない。いや、死にたくない、と考えた。
そのため、目の前に呪いの魔獣が発生している状況を見て、直ぐに撤退し、リュー隊長にこの状況を伝えるべきだと勝手に判断した。
「(状況、位置は確認した。急いで戻らなくちゃ)」
クララはほぼ反射的に身を翻してリュー隊長たちのいる場所に戻ろうとした。しかし、やはり焦っていた。反転で身をひねった時の腕と、地面を蹴った足が身を隠していたマナの木モドキを叩いてしまった。
それは大きな音では無かった。腕程の長さの木の枝を軽く放り投げた時に落ちる音と同じ程だ。だが呪いの魔獣たちはしっかりと反応した。
黒い塊から生まれてくる呪いの魔獣の速度が増して、次々に分裂しては音源へと走り出す。
「ひっ!」
クララは悲鳴を上げて走り出す。
一体、二体程度ならベナークで振り払えば簡単に倒せる。だが、気がついた時には十体以上が取り囲み、次々にクララに襲いかかってくる。
『死ぬ?』ゾクッとした。冷たい喪失感が胸の奥から発生し、全身に広がった。戦いにおいて死ぬことを恐れるなぞ、騎士たる者にあるまじき事だ、と普段は豪語していた。実際身体が傷つき痛みがなかなか消えない事態も経験しているし、それを忌避する感情を持ったことも無かった。だが、新たな可能性や将来性を感じた事で、自分が得た物を伝える事無く、誰にも知られずにこの世界から消えていく事に恐怖した。
『恐怖』は生物が生き残るために自ら獲得した本能だ。それ故、抗うことは出来ない。
『恐怖』は抗えない。出来るのは受け入れ、慣れるだけだ。『恐怖を克服』すると言うのは単に強引に慣れているだけだ。『恐怖』が消えたわけでは無い。
そんな初めて本気で感じる恐怖に囚われたクララは、パニックになりながら呪いの魔獣から逃れようとする。
独楽のように身体を回転させて呪いの魔獣をなぎ倒して行くが、懐に飛び込まれた魔獣が張り付いたまま装甲を囓り始める。身体の前面ならばそれも振り払えるが、背中側は貼り付けたままだ。
とうとう地面に倒れ込み、ベナークの重さで潰すように転がり始めた。
こうなると第三者が引き剥がしに協力するのは難しくなる。出来るのは新たな呪いの魔獣がクララに近づかない様にするだけだ。
遠藤多喜恵は地上のクララを救出する前にベナークのハッチを押し上げ、腕を抜いてスマホを取り出す。そして小林優美にスピーカーモードで通話を繋げると、通話の確認もせずに胸のポケットにねじ込み、ベナークのハッチを閉じて地面に降り立った。
『遠藤さん?』
ベナークの内側から小林優美の声が籠もった感じで聞こえてきた。
「すみません! 敵の本体と接触、戦闘になりました。援護をお願いします」
『わ、判った!』
次々に発生する呪いの魔獣をなぎ倒しながら小林優美に支援要請する。
倒し続けているが発生の方が若干多い。このままでは詰まると感じた時にクララが起き上がった。纏わり付く魔獣が減って、多少は落ち着いた様だ。
だが遠藤多喜恵と共闘すること無く、全力で逃げるために走り出した。
始めは距離をとって体勢を整え、遠藤多喜恵とタイミングを合わせるかと思ったが、脇目も振らず全力で跳ね飛ぶように走る。その姿はあっという間に見えなくなった。
しかし直線的に逃げようとするクララは纏わり付く魔獣を振りほどけず、ドンドンと飛びかかる呪いの魔獣に押しつぶされてしまった。
そこへ遠藤多喜恵が逃げてきた。
既にもっと遠くへと移動していると思っていたクララが、呪いの魔獣に押しつぶされ、乱暴に囓り取られている姿を見てゾッとする。
クララは動かない。既に事切れているのか、気絶しているのかさえ判明しない。なので望みをかけてクララの上の魔獣を薙ぎ払っていく。
遠藤多喜恵自身に対しても呪いの魔獣は襲いかかってくるので、それを倒しながらと言う事になり、ドンドンと追い詰められて行った。
「そんな……でも………頑張って………でも…」
ベナークの中で、泣きながら魔獣を叩き落とす。
魔獣の持つ力は普通の獣と似たような感じだが、それでも数が多く、生き物のように自らが傷つく事を避ける自己保存の本能が無いので、乱暴な噛みつき攻撃でベナークの装甲がボロボロになっていく。
その様を見ながらも、自分自身を守らなくてはならない。自分の守りの手が空いた一瞬だけ、クララを囓る魔獣を弾き飛ばす。それしか出来ない自分を悲しんだ。
そして遠藤多喜恵の心が折れそうになった時、小林優美が駆けつけた。
「遠藤さん!」
ベナークを装備していて、騎士たちよりも早く移動できる小林優美だけが他の者たちを置いて駆けつけた。
そして遠藤多喜恵に飛びかかる呪いの魔獣を叩き落とす。さらにポリカーボネイト製の盾を使いつつ、拾った木の枝を棍棒にして呪いの魔獣を叩き回る。
遠藤多喜恵の身体から一気に力が抜けるが、それを我慢して強引にクララの方に向かい、クララの方に纏わり付いている魔獣を引き剥がす。
しかし見えたのはグチャグチャにされた肉と血まみれの砕けた骨。クララが事切れているのは間違い無かった。
それを確認した遠藤多喜恵はクララの横に跪いて「ひっく……ひっく…」と泣いていた。そしてベナークのハッチをかけると上半身を浮かし、マジックバックからドリンクタイプの治療薬を取り出し、赤黒い挽肉になりかけた肉塊にぶちまける。
それでどうなるとも思わない。単なる自己満足だ。だがやらずにはいられない。
次の治療薬をぶちまけ、三本目の最後の治療薬もぶちまける。
「ひっく……ひっく」
マジックバックをまさぐり、治療薬が無くなったのを確認してから仕方なくベナークのハッチを閉じる。自分の泣き顔をクララに見られたくない。ただそれだけの気持ちで。
小林優美はかける言葉も無く、暫く単独で戦い続けた。
そしてリュー隊長と二人の騎士、そして小野良美と池田弥栄が到着した。
「一旦引きましょう!」
リュー隊長たちが来てくれたので漸く撤退できると感じ、小林優美が叫んだ。
敵の数が多いと撤退するのも戦力が必要になる。たとえ留まって戦い持ちこたえることが出来る力が有っても、撤退に移行した途端に崩されると言う事もザラだ。
それを本能的に感じ取っていた遠藤多喜恵と小林優美は、それまでの間動くことが出来なかった。
だがベナークを装着した騎士三人と生身だが小野良美と池田弥栄の二人が加われば撤退は可能だと判断出来た。
「待ってください!」
撤退の声を聞いて遠藤多喜恵が叫んだ。
「ここで引いたら、この人の死が無駄になります!」
現状まで倒し続けた呪いの獣はかなりの数だ。そして呪いの獣と言う事は繁殖で増えるのでは無く、呪いから生成されるのだろう。
繁殖で増えるのなら、一時的に数が減ったとは言え元に戻るのはそれなりに時間がかかる。しかし呪いであれば、繁殖程の時間は必要無く短時間で元の数に戻る事も可能だろう。
遠藤多喜恵の言葉はそれを示唆していた。
そしてリュー隊長と小林優美もその意味を理解した。
六人で行動していて、そのうちの三人を失った騎士たちはこれ以上の不利な状況を加える事が出来ない。つまり、この敵が減った瞬間的な状況を逃したら、逃げ帰るしか手が無くなる。
だからと言って、この場で反撃を行っても勝てる保証は無い。
だが逃げ帰る事はすべてを失う事を意味する。それを思い出したリュー隊長は戦う選択を取った。
「行くぞ! 各自全力を持ってあたれ!」
「「応!」」
そして騎士の三人は駆け出した。
「仕方ないな~。皆、終わっちゃったら、ごめん」
「判ってるって」
「です!」
「皆。ごめんなさい」
小林優美の声に小野良美と池田弥栄が答え、そして遠藤多喜恵が謝罪した。
「謝んなくて良いよ。じゃ、行こっか。遠藤さん、状況を皆に判るように教えて」
小林優美が促し、同時にリュー隊長たちを追って走り出す。皆もそれに追従して走り出した。
「この先に、ベナークを五、六体まとめたぐらいの大きさの、黒い呪いの塊があります! 呪いの魔獣はその塊の中から増殖して発生しているようです! そして、その塊の中央に古いベナークが座り込んでいますが、それが呪いの発生源と見られます! ですが、確証はありません! あの騎士の方が他の何かを見た可能性はありますが不明です! ごめんなさい! それしか判りません!」
遠藤多喜恵は走りながら怒鳴って報告した。
全ては騎士の三人と、小林優美たち三人に聞かせるため。
「判った! 獣をなんとかしつつ、中央のベナークを狙うのが、今のところの目標だな!」
リュー隊長が叫んで返す。
走り出してからも呪いの獣との戦闘は続いている。だが騎士たちと小林優美たち全員がいるので蹴散らす事は簡単だった。ほとんど足を止めずに進めている。
そして直ぐに呪いの発生源へと辿り着く。
リュー隊長はそれを視認。
「展開!」
呪いの獣はベナークを装着していれば腕の一振りでしのげる敵だ。なので一カ所に固まらずに取り囲むようにばらける方式を選択した。
ダダーン!
それまで弾丸を温存していた生身の池田弥栄が中央のベナークに向かって散弾を放つ。
それは確かに当たったが、大きな傷を負わせたようには見えなかった。
「お約束としては、周りの塊を蹴散らした後じゃないと本体にダメージを与えられない、ってトコかな?」
小林優美がゲーム的意見を言う。
「で、でも!」
池田弥栄は更に中央の座り込んだベナークに散弾を浴びせ続ける。そして装填してある八発を撃ち尽くした時にはベナークの装甲の一部を弾き飛ばす事に成功していた。
「下がります!」
池田弥栄は叫んで小林優美の後方に身を隠す様に下がって、撃ち尽くしたショットガンに弾丸の装填を始める。今度は一粒弾を入れている。
小林優美は呪いの魔獣が発生する塊の一つを担当し、そこから発生してくる魔獣を次々に叩き潰していく。しかし、発生と潰す速度がほぼ均衡し、黒い塊には近づけないでいた。だが池田弥栄をガードする役割だけが自分の役割として割り切っていた。
遠藤多喜恵も黒い塊の一つを担当。後ろに小野良美をかばいながら小林優美と同じように呪いの魔獣を叩き潰していた。
小野良美は遠藤多喜恵の後ろでしっかりと集中し、遠藤多喜恵の頭上を回り込む軌道で炎弾を黒い塊に投げつけている。しかし、火の魔法、水の魔法共にはっきりとした損害を与える事が出来ず、魔獣の意識を少しだけ逸らす程度の役割しか出来なかった。
なので魔力を絞り、形ばかりの炎弾を牽制目的で放つだけだ。活躍できない分、しっかりと観察して貢献しようと、時折スマホで鑑定を繰り返した。
リュー隊長は一人で。二人の騎士は二人で一つの黒い塊を担当した。
コツを教えて貰ったとは言え、魔力操作が拙い二人の騎士は強い力を恒常的に出す事が出来ず、二人で協力してリュー隊長、小林優美、遠藤多喜恵と同等の成果を上げている。
後から来て、初めてベナークを操ったという一般人らしき者たちに後れを取ったのは悔しいが、今はそんなくだらない事は忘れようとクララに誓おうと考えていた。
クララは三人いる副隊長の一人で、戦闘の実力では三番目になる。だが三人の中で一番面倒見が良く、下からは一番慕われていた。なので今回の特別遠征では残された者の面倒を見るポジションになるはずだった。しかし副隊長の二人の進言によりクララが選ばれた。その事は副隊長二人が臆病風に吹かれたと陰口をたたかれる事になったが、実際は出身の家の都合もあって、上からの指示だと言う事もはっきりしている。家が名を出したくないので副隊長二人の進言と言う事になったという、笑うに笑えない理由だった。しかしクララはそんな事で波風を立てて、残された者たちの扱いに支障を来すのが嫌で素直に受け入れた。
そんなクララが命を賭して減らした呪いの魔獣だ。このチャンスを生かす事だけを二人は考えた。
どうせ始めから生き残る可能性は無い行軍だ。ならばクララのため。彼女から受けた恩義を返すために、といつも以上の力を出して魔獣を叩き潰していた。
そして暫くは同じ状況が続いた。
だが少しずつだが確実に削ってはいる。それは小林優美たちの体力も同じで、息切れし始めていた。
「良美! 状況!」
小野良美が時折スマホで鑑定しているのは見ている。なので進捗具合いでも良いから知りたいと考えた。
それに対し小野良美は返答を躊躇した。確かに削ってはいるが、呪いの状態は変わらずと表示され、呪いの魔獣はやっと二割を削った所だった。
コレを言うと皆が戦いの最中であるにもかかわらず挫けてしまう可能性を考えた。
「そろそろ戦闘方法が変わる可能性があるよー! 気を抜かないでー!」
「わ、判ったー!」
コンピューターで行うゲームの場合、敵の体力が半分を切った時をスイッチにして攻撃パターンが変わる場合がある。
それは半分だったり、四分の一だったり、一割を切った時だったりと様々で、有ったり無かったり複数有ったりで、ゲーム制作側のさじ加減だったりする。ゲームの難易度を調整するための手法で、同じパターンで延々と削ってお終いとはいかない、戦い甲斐のある敵と言う面白みを演出するためのモノだ。
今、小林優美たちが戦っている相手がこのパターンを持つとは限らないが、とりあえず数割は削った、と言う意味で小野良美は言ったと小林優美は理解した。
実際、攻撃のパターンは千差万別に変化するのが当たり前で、フェイントや攻撃失敗自体がフェイントになったりと油断できるはずも無い。攻撃方法がゲームの様な同じパターンの繰り返しと言う方がおかしいのだから。
だから、小野良美は油断するなと言いたいと勝手に判断して、その言葉を重く受け止める小林優美だった。
だが小野良美は焦っていた。
決め手が無い。
たとえるなら煙のように湧いてくる呪いに対して、手で吹き払っているだけの状態だからだ。
命が惜しければ撤退。しかしその場合は全てが失敗と言う事になる。騎士たちにとっては責任を取らされて死か、それに準ずる処遇を受けるだろう。それ故、この戦いに命を懸けている。つまり撤退はあり得ない。だがこのままでも敗北による死という失敗が待っている。
一時的な撤退も現状では敗北と同等なので、詰まる所、このまま押し切るしか無い。
その押し切る力が足り無い。イヤ。力では無く手段だ。呪いという感情から来る力に対して、明確な攻撃方法が無い。
「(何? この無理ゲー)」
呪いと言う言葉を聞いて、こう言った場合も想定してはいたが、基本は魔法でどうにかなるんじゃないかと考えていた。
魔法もまた心の力と言えると考え、ならば心の力の呪いに対抗出来るだろう、と勝手に解釈した。正直、それ以外の対処法は思いつかなかった。
神に祈ったり、有り難いお言葉を唱えれば呪いが解呪されるのなら、この世から呪いそのモノが無くなっているはずだ。
それに小野良美自身、人に対してアレコレと力を与えてくれるような神を知らない。神を自称する存在を崇めている団体の胡散臭さは傍目から見てよく判るので、そう言った団体が崇めている神を信じるつもりも無い。
せいぜい、大自然を神と見立てて奉っている場所に手を合わせる気持ちがあるぐらいだ。
つまり、小野良美にとって神とは存在しないのと同然、と言う程度の認識だ。
それに今いる世界の神も知らない。今いる世界では神に祈れば呪いを浄化する力を注いでくれる可能性もあるのかも知れない。
そういった事の確認を怠った後悔が小野良美を責める。
だが此処で何もしないわけにはいかない。
「隊長さん! いえ! 騎士の誰でも構いません! 誰か、呪いを浄化する手段について心当たりはありませんか?!」
精一杯怒鳴った。
「すまん! 私は聞いた事が無い! 誰か知らないか?!」
直ぐに隊長が怒鳴って返す。
「あっ、死者送りの術者が、似たような事をしたとか、聞いた事が!」
騎士の一人がそう返すが、特別な術者のみが使える手法ではあまり意味が無い。しかしそこで小野良美は少しだけ閃いた。
「し、死者を送る言葉とか、祈りの言葉を教えてください!」
遠藤多喜恵に攻撃を完全に任せ、小野良美は片膝をついて魔力回復に努めてながら聞いた。
「あー、えっとー、り、輪廻を司る、トーラミラスの元で、新たなる生を授かる事を祈る、とかだな」
戦いながらリュー隊長が答える。息が上がりかけている。
「あと、古き衣は大地に、清き魂は天に、全ては輪の中で回る。回り、回りて高みを目指せ。我ら神の子。御霊の子。神の元へと回り、戻れよ、と言うのも有りますね」
別の騎士が祈りの言葉を付け足す。
小野良美はこの二つの言葉から、この世界の宗教が、神を自称する存在を崇めるモノでは無く、魂の輪廻を元にする信仰だと分類した。
特定の神を称えるような宗教だと、呪いに対抗するためには神の名を延々と唱えなければならない場合もあるし、特定の神が起こした奇跡を具体的に称えるなどの場合もあり、知識が必要になったりする。
それに対して此処の信仰でなら、どんな言葉でも思いが同じならば有効という場合が想定される。
とにかく時間も無いし、試して見ない事には判断が出来ないので、小野良美は水魔法の杖を掲げて精神統一する。
杖は水だが、水を生み出すつもりは無く、杖の魔法力を具現化する力だけを利用しようと考えた。だが、それが無理なら、浄化の力を持った聖水を作り出せればと期待する。
「(言葉では無く、意味、と言うか、意思みたいなモノ。感情では無く、えっと、そう、願い。何を願う? 呪いの浄化? たぶん、それだと真正面から力がぶつかるだけだから、あの呪いを発生させている魂が安らぎを得られるように、と言う感じかな)」
早急に対処しなければならない緊急事態。ほとんどアドリブに近い形で、小野良美は杖に魔法を流し、魂の安らぎを願った。
しかし、杖は反応しなかった。
だが諦めるわけにはいかない。小野良美はそのまま魔法力を流したまま願う。
強く。強く。真剣に。ただそれだけを。
すると、杖から魔法陣が流れ出てくる。しかしそれはいつもの水の魔法陣では無く、見た事の無い紋様だけで構成された新しい魔法陣だった。
一瞬だけだが小野良美は不安になった。しかし、他に手は無い。小野良美は魔法の発動を意識した。
それと同時に杖の魔法陣から光が飛び出し、次の瞬間には杖が弾けてバラバラになってしまった。
「杖が…」
魔法が失敗した?
小野良美の持っていた水の魔法の杖から出た光はどこかに消えて無くなった。小野良美自身の魔法力もごっそりと削られ、立っていられない程の倦怠感が襲いかかり、術の失敗と合わせて力が抜け、座り込んでしまった。
「(終わった…)」
倦怠感と絶望感で呆然とする。その様子は他の者たちがしっかりと見て、そして理解してしまった。
「良美ー! 諦めるなー!」
小林優美は叫んだ。小野良美にでは無く、自分自身に言い聞かせるように。
「このまま削っていけば良いんです!」
遠藤多喜恵が続いて叫ぶ。
「ま、まだまだ弾はあります!」
池田弥栄も叫ぶ。
「ああ、行けるぞ! 手を抜くな!」
リュー隊長が叫ぶ。
「まだまだー!」「さっさと倒れろー!」
二人の騎士も叫ぶ。
皆の声を聞き。小野良美は力が出ない身体を無理矢理起こそうとした。魔力は無い。回復には少しかかる。
「(うん。ショットガンは持ってた。まだ頑張ろう)」
まだ皆は戦っている。自分だけが力を抜いて良いワケが無い。
「うん。頑張ろう」
そう呟いた。
その時、小野良美は地鳴りを感じた。
「え?」
足下を見て、そして周囲を見回す。
地鳴りはドドドドドと言う足音に変わっていく。それがドンドン近づいている。
「な、何だ?」
呪いの魔獣を叩き潰しながら、リュー隊長も迫り来る足音に不安になる。
そして、見えた。
木々の間から姿を現したのは馬の群れだった。
「あ! あれぇ?」
疑問形になったが、小林優美が驚いたのは、その馬の群れがこの世界に来る切っ掛けになった存在だったからだ。
そして馬の群れは小林優美たちやリュー隊長たちの回りを囲むように走りまわってから呪いの魔獣へと突っ込んで行った。
黒い塊から生み出されてくる呪いの魔獣は、馬に踏み潰されるとあっさりと消え、黒い塊自体も馬に蹴散らされて消えていった。
それは本当に一瞬の出来事だった。
今までの小林優美たちの戦いは何だったのか? と思わず言ってしまいたくなる程あっけないモノだった。
だが馬の体格を考えると当然の結果とも言える。背中の高さでさえ、小林優美たちの目線よりも高い位置にある。ましてや馬の頭の位置は手を伸ばしてやっとという位置だ。体重も七百キロを越え、小林優美たちに換算すると一頭で十五人分程の差がある。
その巨体がぶつかり、踏みしだくのだ。ベナークの増強効果があるとは言え、人の力と拮抗していた呪いの魔獣も文字通りに蹴散らされた。
そして黒い塊が消え、中央の座り込んだベナークのみとなっても、馬は逃げ去る事は無かった。
小林優美たちと同じように座り込んだベナークを取り囲んでジッと見つめている。
「…く……い」
ほんの少しの間があったが、一瞬だけ静寂に包まれた。その時、小さな呟きが聞こえた。
リュー隊長は小林優美を見る。その小林優美もリュー隊長を見て頷く。
全員がゆっくりと歩き、座り込んだベナークに近づく。
「く…しい。痛い…。なぜ…」
苦しい、痛い、何故、と言う言葉を繰り返している事が判る。
だが会話が出来る様な感じは受けない。あくまで独り言なのだろう。
小野良美はスマホを掲げて鑑定を行った。
【魔法使いギイゼの魂が縛り付けられた動かぬ鎧 マナの木を守るための取引から悪魔はギイゼの魂を鎧に縛り付けて永遠の苦しみを与えた 苦しみに摩耗した魂は後悔の逆恨みから呪いを振りまき始めた 悪魔はその後悔の念を啜って楽しんでいる】
未だ身体に力が入らない小野良美は、その鑑定結果を読んでその場に膝をついた。
つまり、悪魔はマナの木を守ろうとしたギイゼと取引をしてマナの木モドキを作った。その代償としてギイゼの魂を引き渡したのだが、悪魔はその魂を延々と苦しませて、ギイゼの魂の心が折れる様に仕向けた。その結果、ギイゼの魂は苦しみに耐えきれず安易に魂を引き換えにした事を後悔し続け、さらにそれを逆恨みして呪いを振りまく存在になった。
始めは純粋な善意だった。
だが悪魔と取引を行うと言う事を甘く見ていたのだろう。悪魔は決して欺してはいない。おそらく嘘も吐いていなかったのだろう。引き渡し後にギイゼの魂をどうするかは悪魔が好きにすると言う契約なのだから。
単純にギイゼが浅はかだっただけだ。
相手は悪魔だ。幸せな結果になるはずも無い。
小野良美は鑑定結果を全員に話した。
「か、悲しくてムカつく話しだ」
リュー隊長が歯を食いしばって呟く。全員が同じ気持ちだ。
「良美! どうすれば良い?」
「ちょっと待って」
小林優美の要請に再びスマホを掲げようとしたが、その時、小野良美の一番近くにいる馬が小野良美をジッと見つめている事に気付いた。
「え?」
真正面では無く、馬の横顔が見えている。
馬は左右横向きに目がついていて、真正面を見るのはやや苦手な形になっている。ある程度遠くであれば真正面を見る事は出来るが、鼻先ぐらいの位置だとほとんど見えない。なので近くを見る時は横を向いた形で左右どちらかの片目で見る。
そんな馬の横顔が小野良美を見つめていた。
しっかりとした知性を感じされる目だ。その目が小野良美に語りかける。
言葉では無い。ただ、自分に任せろ、と言っている様に思える。
「え、えっと、お任せします」
馬が何をしようと言うのか判らなかった。だが何か因縁めいたモノを感じて任せる事にした。
小野良美の声を聞き、小林優美たちも気持ちを抑える。その雰囲気を察してか、馬たちが前に進んだ。さらに小野良美に目配せした馬一頭だけが座り込んだベナークに近づく。
そして愛おしそうに鼻先をベナークにこすりつける。
次に、馬は口を広げ、ベナークの肩を囓った。
「「えっ?」」
思わず声が出てしまった。愛おしそうに見えたから何らかの関係がある間柄だと思ったのに、単にお腹が減ってただけ? と半分呆れかけたが…。
小林優美の直ぐ近くにいた別の馬が一瞬で真っ黒に変色し、次に煙のように霧散していなくなってしまった。
何があったか判らなかった。しかしその後直ぐ、全員にある情景が心に浮かぶ。
それは、馬に乗って走り回っている青年の姿だ。楽しそうに笑っている。着ている服は一般人が着る普通の物だが、革製の簡易プロテクターをつけている。その手には長槍が握られ、馬上からライオンのような魔獣を狩っている。
そこまでだったが、馬上で槍を振るっていた男が魔法使いギイゼである事は直ぐに判った。
さらにギイゼが生きていた頃は、魔法使いは騎士や剣士を兼任し、騎士の上位職として扱われている事が判った。
そこで意識が現実に引き戻された。
「あ、あれ? 今、一瞬見てたのって、夢じゃ無いよね?」
小林優美が呟くように言う。
「其方も見たのか。馬に乗ったギイゼだった」
「あ、やっぱり」
「夢じゃ無く、昔の情景?」
小野良美が呟くまでの間、少しあったが、その後に馬は再びベナークを囓った。それに伴い、今度はリュー隊長の横にいた馬が真っ黒になってから爆ぜて消えた。
そして情景が浮かぶ。
石造りの広い部屋。幾つものテーブルや棚などが並び、部屋の角には二メートル四方程の石組みの簡易炉が二基設置されている。
金属を熱して形を整える事だけを想定した炉だが、至る所に魔法陣が刻まれたブロックが設置されていた。炉に向かうのは不思議な模様が描かれたエプロンを着けた筋骨隆々の男で、図面を見ながら金ばさみで挟んだ金属片を叩いていた。
その金属を叩く音を聞きながら、魔法使いギイゼが広いテーブルに広げた様々な大きさの数枚の紙を相手に、文字や図形を書き殴っている。
その紙に描かれている姿はずんぐりとした人の形を取っており、魔法陣と注意書きらしき文字がびっしりと書かれ、そして追加されている。
そこで情景は消えて、小林優美たちは現実に引き戻された。
「今のって、この魔法の鎧を作ってる所?」
「たぶん、一番始めにベナークの基礎設計をしたのがギイゼだったんじゃ無いかな?」
「ベナークの生みの親?」
小林優美たちが確認を行っているが、馬は構わずに次の場所を囓った。
今度は一番端にいた騎士の二人の横の馬が弾けた。そして情景が浮かぶ。
立派な木があった。
巨大な、垂直に真っ直ぐに伸びる一本の木。マナの木。それが言われずとも理解出来た。しかし小林優美たちには世界樹という名前を思い出させる。
それはその根や枝葉の内側に全世界を収める程の巨大さは無い。もしもそうなら人の目には木としては認識出来ないだろう。それに高層ビルを見慣れた小林優美たちにとっては『木』としては大きい、と言う程度でしか無い。しかし一般的な大木と言われる樹木の倍は高くそびえ立つ姿は圧巻であった。
枝葉はまるで傘を広げたように広がり、小林優美は『傘下に収める』と言う言葉を思い出していた。実際に枝葉の部分はドーム型を縦に潰したようになっており、文字通り傘の形に近い。他のマナの木は見ないが、マナの木モドキの形状から、ある程度まではドーム型や涙滴型に枝葉が成長し、高さの限界が来た所で横方向への成長になったと推測できた。
そのマナの木を見上げる一人の男がいた。工房にいた頃よりも少しだけ年を取っている魔法使いギイゼだ。
作りかけのベナークという印象の、兜の部分が存在しない、生身の頭が見えている重鎧を身につけている。
そしてそのギイゼを見つめる者がいた。マナの木から溢れる精気から生まれた精霊。
ギイゼにはマナの木の魔力が流れているだけにしか見えなかったが、実際は幾つもの小さな精霊がマナの木の回りを巡りながらギイゼを見ていた。
小さな精霊は、あまり意識というモノを持つ事が出来ない。しかし幾つもの精霊が寄り集まり、一つになる事で徐々に意識を安定させ、やがてそれは意思へと変化して行った。
そこでまた一区切り。更に次に繋がる。
魔法使いギイゼはマナの木の近くで魔獣と戦う修行を行っていた。マナの木の近くは魔力が豊富で、魔獣にとっても心地良い環境だ。しかし近すぎると魔力過多で体調が狂うので、魔獣がマナの木を害する事は無い。
そこでギイゼがとったのが、マナの木の巨大な枝葉の傘から少しだけ離れた位置で魔獣と戦い、枝葉の傘の下に入って回復すると言う効率的な方法だった。そのためギイゼは他の騎士たちよりも戦い慣れ、魔力も多く内包できる程に成長していた。
他の騎士や魔法使いたちはこの領域に到達できないので、この効率的な方法を実践する事が出来ない。故にギイゼは他者よりも突出した力量を持つ特別な存在になっていった。
そのギイゼが身体についた返り血や脂を落とそうと湖に行った時、それと出会った。大きく、確かな存在になった精霊と生き物とが融合した精霊獣。
人によっては聖獣、神獣、幻獣などとも言う。
現世の者にとっては獣でも無く、神でも無い、不確かな存在。害すれば災を招き、親しまれば幸を呼ぶとも言われるが、基本的に人の営みには無関心。時折、肉体を持って五感を楽しむ行為を行うが、その時で無いと人には認識も出来ない。
形は変幻自在。一般的な獣の容姿をとる事もできるし、獣の要素を幾つも持たせる事も出来る。翼を持った四足肉食獣のような姿だったり、上半身は猛禽類、下半身は四つ足の獣のような姿などなど。はっきりとした形をとる事もあるが、ほとんどが曖昧な状態で、見る者によって印象が変わったりする。
その精霊獣が肉体を持って森の中を駆け巡り、風を感じ、肉体の躍動を感じ、心地良い疲労を楽しんだ。曖昧な姿ではあるが、仮でも肉体があれば五感は楽しめる。その後、疲れ、乾いた肉体に水を流し込むという快感を得るために湖に赴いた。
その時にギイゼと鉢合わせた。
普段であれば、姿を見られても無視して好きな方向へと走って行き、肉体を消して精霊体になってしまえば関わらずに済む状況だ。しかしこの精霊はギイゼを見た事が有り、そして覚えていた。
そこでちょっとした悪戯心で精霊は威嚇した。
本当にちょっとした悪戯心だ。たとえるのなら、赤ん坊に向かって『いないいないばー』とするような軽い結果になるだろうという気持ちで。
だがしかし、不確かな獣に湖で威嚇されたギイゼはそれを湖に住む魔物と判断し、剣を抜いた。
ギイゼにとっては魔獣から威嚇されるなど、日常茶飯事であった。そのため、恐れる事も無く、撃ち倒すべく突進した。
精霊獣は驚いたが、面白いとも思った。
獣同士が生きるために戦う姿も知っている。ほとんどが食うため、食われないために戦う。縄張り争いも結局は食うためだ。時には親がこのために戦う事もあった。だがギイゼは食うためでは無く、強くなるために戦っていた。『何故?』と言う疑問も湧いたが結局は判らずじまい。生きる事に執着を見いだせない精霊にとっては、生きるために殺して食うと言う行為でさえ、知ってはいても理解しているワケでは無かった。ましてや守るために強くなる。そのために命がけで強敵と戦うと言う行為を繰り返すギイゼは不可思議な存在だった。
ならば、そのギイゼと戦えば、その謎が判るかも知れない。精霊はそう考えた。
もしも戦う事によってギイゼが死んでしまったら? もしくは自分自身が死んでしまったら? 人間であるならばそういった可能性を考えて実行する事を躊躇ったりするのだが、精霊にとっては生にこだわりは無く、生きていれば有りえるだろうと言う展開は無くても構わないと言う考え方だ。
だから精霊は全力で戦った。
ギイゼも返り討ちにすべく全力で倒しに行った。
そして幾ばくかの時間が過ぎ去った。ギイゼと精霊獣にとっては数分か数時間かもはっきりとはしない。時間経過さえ意識できない程にギリギリの全力を出し続ける攻防が続いた。
思考は相手の状況に対してどう動くか? と言う事だけに特化し、筋肉が上げる悲鳴さえも考慮に入れず、最短で再効率の動きを自動的に繰り出し続けた。それはまるであるがままの大自然の動きのようであり、一切の無駄が無い状態で有るにもかかわらず、全てが余裕で有るような不思議な感覚を二体にもたらした。
ほんの一瞬ではあるが、ギイゼと精霊獣は一つの自然現象になっていた。
理屈では無い一体感を感じた。
だがそれはほんの一瞬の出来事。もう一度その感覚を味わいたくとも、現実に存在する肉体はそれを許さなかった。
ギイゼと、肉体を持った精霊獣は肉体のオーバーロードにより、自らの肉体の悲鳴により意識を刈られた。
本人たちが意識もしない程の一瞬で意識が切れた。
もしも現代人であればブレーカーがいきなり落ちた、と表現する事だろう。本人たちにとっては、戦っていた次の瞬間には何故か目が覚めた状態だった、としか言い様が無い。相手の意識が残っていれば、そのまま死を迎えて終わる状況だ。
だが、謎の一体感が功を奏したのか、気を失うのも、目覚めるのも同時だった。
そして互いが互いを見つめ合った時には、既に戦う気持ちが失せていた。それはお互いに目を見た時に納得出来た。それと同時に互いの肉体が漸く緊張を解いていく。再び身体に力を入れようと思っても無駄な抵抗になる程の力の抜け方だった。
一度起き上がり、互いを確認した後なのに、再び倒れ込んだ。しかし今度はしっかりと意識はある。ただ身体が動かないだけだ。
そしてギイゼは大笑いした。精霊獣は大きく嘆息した。
その日からギイゼと精霊獣との付き合いが始まった。
精霊獣は単なる乗馬馬の姿をとり、ギイゼにしか背に乗せないと言う態度をとった。ギイゼもまた仲間に説明する事も無く、その馬を専用として何処へ行くとも一緒に行動を取った。他の者たちの目がある所では他の馬よりもやや賢いと言う程度に力を隠し、ギイゼの指示で精霊獣の力を発揮した。
湖の水の上を走り、木の幹を蹴って真横に走り、人も獣も分け入る事の無い山を踏破した。
その実際を知る者はギイゼ以外にはいなかったが、山を二つも三つも超えなければ辿り着けない場所をもその日の内に行き来する結果を出すギイゼと馬の活躍は直ぐに知られる事になった。
それが直接の原因では無いが、王がギイゼの名を覚える程になると妬む者たちが動き出した。そしてベナークの開発などでギイゼを妬む貴族の一派を唆し、ギイゼに王の命令としてマナの木を献上せよと命じた。
これは一貴族の独断で実際は王の命などでは無かった。しかし王をトップとして貴族が支配する封建社会の特徴として、位が一つでも上であるなら命令に対する拒否権が認められない。そのためギイゼは拝命する事しか出来なかった。
だがギイゼにはマナの木を切り倒す事など出来なかった。本当に王の命令ならば、人一人では抱えきれない程の枝の数本でも持ち帰れば満足してくれるはずだったが、妬む貴族が相手ならばマナの木を根こそぎ持ち帰れと何度も命令するだろう。
それはマナの木に支えられたこの世界の崩壊を意味する。
少なくともマナの木のある森は乱れ、魔獣があふれ出して近隣の村や町は滅ぶ事になるだろう。場合によっては国そのモノの危機だ。
マナの木の回りで修行をし続けたギイゼには感覚で理解出来た。
だが貴族たちはそれさえもギイゼの所業だと言い張るだろう。
結局ギイゼには、任務途中で命を落とした、と言う事で死ぬ事しか出来なくなった。
それが国を、国に住まう人々を救う唯一の手段になった。
しかしマナの木があれば何度も同じ事が続くだろう。ギイゼを亡き者とした貴族が調子に乗り、邪魔な者たちをマナの木の伐採に向かわせる状況が手に取るように判った。
そこでギイゼは禁術として封印されていた悪魔召喚を試みる事にした。
願うはマナの木が軽率な貴族に利用されない様にすること。対価は自分の魂。
そしてそこに誤算が生じた。いや、判っていた事だった。
悪魔はギイゼの魂を得ると、その魂に肉体を持っていた時よりも敏感な感覚を与え、その上でギイゼの魂を苦しめた。
それが魂が存在する限り、永遠に続く苦しみになる。
判っていた。いや、知識で知っていただけだった。
だが、実際に苦しみ出すと直ぐに精神が摩耗した。『やめてくれ』と願った。泣き叫んだ。懇願した。惨めな程に媚び、哀れみを求めた。
しかし苦しみは続いた。
次に『いっそ消滅させてくれ』と願った。
苦しみながら、魂が消えて無くなる事を願った。
だが魂が摩耗して消えそうになると、悪魔は魂を補強した。
次にギイゼの魂は苦しみを受け入れ、心を壊す事を願った。しかし悪魔はそれさえも許さなかった。
とうとうギイゼは、自分がこんな目に合うのは国の貴族たちが悪い、と恨むようになった。だが魂が苦しむと記憶も曖昧になっていく。
貴族の誰が原因だったかもあやふやになり、単に貴族が悪い、憎い、となり、ついに国王が悪いとなり、最後は国に住む全ての人々が悪いとなった。
『憎い、憎い、憎い、憎い。俺がこんな目に合っているというのに、ぬくぬくと平和を享受しやがって』
『死ね! 不幸に苦しみながら、悶絶し尽くして死ねぇ!』
『憎い…』
恨み節を叫び続ける状況から、ついには言葉にさえならない憎しみの怨念の塊になった。
悪魔はほくそ笑み、その怨念の力を使ってマナの木モドキを作って森に広げた。
ギイゼの怨念と悪魔の心を覗いた小林優美たちは、体調不良を起こしてその場に四つん這いになった。
中には吐き戻している者もいる。
青い顔をして震え、目からは涙が止めどなくこぼれ落ちる。それは哀れみからでは無く、恐怖からくる涙であり、震えだった。
「はぁ、はぁ、判ったよ。あなたは私たちにギイゼの魂を滅して欲しいんだよね? それが唯一の救いだから」
小林優美が四つん這いになりながらも、湧き出た冷や汗を拭い、声を出した。
「でも、魂を滅するって、どうやって?」
小野良美が身体を起こしながら呟く。
「え? 魂に魂をぶつけて対消滅って…」
池田弥栄がおののきながら反復する。
「私たちの存在に魂を上乗せするって…」
遠藤多喜恵が空を見つめながら呟く。
「そのために私たちを呼んだって…」
小林優美が少し怒りながら空に向かう。
「え? 私たちって精霊なの?」
と遠藤多喜恵が呆けたような声を出す。
「私たちの存在は…」
小野良美。
「え? じゃ、お馬さんはどうなるの?」
池田弥栄が聞く。
「そんな…」
小林優美が呟いて四人に対する不可視の存在との会話が終わった。
「其方ら! おそらくはあの精霊獣と会話していたのだろう? 何を言っていた?」
リュー隊長が立ち上がりながら聞いてきた。
「はい。説明します」
精霊獣によると、ギイゼの魂を解放するには魂そのモノを滅して、消し去ってしまわなければならない。魂が存在していれば、たとえ生き様は全て忘れたとしても生まれ変わって新しい人生を歩む事が出来るが、魂が滅したら生まれ変わる事も出来ない、完全な無となる。
そうしなければならない程にギイゼの魂は恨みに染まり、悪魔に因縁つけられてしまった。
そして魂を滅する方法だが、物理的な手段ではギイゼの魂に影響を与える事は出来ない。そして魂に魂をぶつける事で削っていく方法を示された。
精霊獣の魂で。
そのために精霊獣の魂を乗せられる物が必要になった。それが小林優美たちの存在だった。
小林優美はリュー隊長たちには説明しなかった事だが、小林優美たちの本体は寝ていて、その魂が存在力を持って限りなく精霊に近い存在になっていて、肉体を持つ者と同じ存在という特殊な状態だと精霊獣は説明した。それ故、精霊獣の魂を上乗せして、武器のように使う事が出来るらしい。
「つまり、精霊獣は自らを犠牲にしてギイゼと共に消える事を選択し、そのために其方らを呼んだ、と言う事か」
「はい。私としてはこの願いを叶えたいと思います」
「其方らに危険は?」
「多少は。悪魔にとっては舐っている飴玉を取り上げられる様なモノですし…」
「悪魔か。それに対する方策は?」
「基本的に悪魔は気持ちに対して影響を与えて言葉で瞞すそうです」
「気持ち?」
「はい。気持ち良い事をしたい、楽したい、好きな事したい、優越感を感じたい、美味しいもの食べたいなどなど、ほぼ欲望に働きかけて、言葉巧みに契約を持ちかけるとかするらしいです。他にも絶望感や恐怖、忘却や考え違いを誘発するらしいです」
「むぅ。対策が難しいな。どうする?」
「短時間で、何も考えずに一気に決着をつける方向しか有りませんね。時間感覚を惑わされて、長時間、何かを考える暇を作られたら、誰でも危ないと思いますが…」
「確かにな。我らに出来る事はあるか?」
「私たちが迷ったり立ち止まった時に渇を入れてください」
「それしか無いか。我らにも精霊は力を貸してはくれないのか?」
「たぶん、私たちが他の場所から呼ばれた、と言うのが理由のようで、すみません、詳しい理由は私たちにもはっきりとは…」
「そうだな。すまん。所詮我らには精霊の理は判らぬな。それよりも急ぐか。精霊獣が囓り取った怨念が復活しそうだ」
「あ、はい」
リュー隊長に促され、小林優美たち四人はギイゼの怨念が纏わり付く鎧を取り囲む位置につく。
「えっと、どうすれば?」
池田弥栄が小林優美を見て聞いてくる。
「たぶんこの鎧に手をついて、心を鎧の中に向ける、って感じで良いとは思う。邪魔しようとする悪魔の誘惑や幻惑とかが来るとは思うけど、自分たちの今の行動と気持ちを信じてね」
「今の気持ち。えっと、ギイゼさんと精霊の心を解放してあげたい、と言う気持ちですね」
「結局は消えてしまう魂だけど、苦しみと恨みに縛られたまま存在するよりも、解放されて消える事が本人たちの望みだと思うしね。たぶんそこら辺を悪魔が責めてくると思うし、気持ちを変えずに解放される事を願おう」
「は、はい」
ショットガンや盾は背中に背負い、杖はマジックバッグにしまい込み、両手を空けて鎧に掲げる。小林優美と遠藤多喜恵はベナークを装着していたが、ハッチを開いて上半身だけを剥き出しにして生身の両手を突き出す。
「行くよ! せーの!」
小林優美の合図で四人が同時に鎧に両手を当てる。
そして悪魔の抵抗が始まったが、小林優美たちが想像した程ではなかった。
いや、実際は心変わりをして互いに疑心暗鬼になり、銃を仲間に向けて発砲していたほどの疑惑と誘惑を積み重ねてきた。しかし四人の心には精霊獣の魂が鎧のように取り囲み、悪魔の精神攻撃から守っていた。
その精霊獣の魂も鎧の内側にくすぶるギイゼの魂と対消滅していき、ドンドンと消えて行っている。
だがそれで良いと四人は思う。
精霊獣の魂で出来た防護が消えてしまえば、悪魔の攻撃が直接四人に来る事になるが、それはギイゼの魂が解放された事を意味する。問題は精霊獣の魂が足り無かった場合だが、それを気にする気持ちは起きない。
精霊獣の魂がその気持ちを抑えていたから。
「大丈夫!」
小林優美が声に出して言う。その声に自信を深める三人。いや、小林優美自身も自らを鼓舞した言葉なので四人だ。
自信は心の力を安定させる。
その安定が魂の力を強くする。
小林優美たち四人は落ち着いた気持ちの中、ギイゼと精霊獣のぶつかり合いを感じていた。
それは、ギイゼと精霊獣が初めて対面した時の再現だった。
何も考えずに相手を倒す事だけに身体を使う戦い。
ぶつかり、自らの身体が欠けていく事も予定通りという行動で相手を追い詰める。
まさに初対面の時の再現。
ギイゼは笑っていた。
精霊獣も笑っているようだった。
笑いながら互いに消えていく。
「……ぁぁ…、楽しいなぁ…」
ギイゼの言葉だったのか? 精霊獣の言葉だったのか? それとも小林優美たち四人の内の誰かの言葉だったのか?
誰の発した言葉かも判らぬが、それには満足だけがあった。
そしてギイゼの魂は消えた。精霊獣の魂も消えた。後には小林優美たち四人とリュー隊長と二人の部下。そして古びた鎧の残骸だけが残った。
ギイゼの魂が消えた事で、悪魔がそこに留まる事が出来なくなった。ギイゼの契約した悪魔は、魔術で呼び出し、契約を結ぶ事でこの世にいる事ができる、と言う類いの存在だった。
その悪魔が小林優美たちを恨む事は無い。恨みや妬みなどの負の感情は悪魔の力の元で有り、悪魔がそれを発したら本末転倒になる。さらに他の悪魔にとっても餌にしかならないので、悪魔にとってはカードゲームに一回負けた、と言う程度の事で拘る必要は無い。他のもっと美味しい犠牲者を探す事が悪魔の本能的な行動だ。
何故かその知識がその場にいた者たちの頭に流れ込んできた。ギイゼと精霊からの礼だったのかも知れないが真相は誰にも判らなかった。
そして全員が力尽きてその場に座り込む。
もしもの時のサポートとして控えていたリュー隊長たちも、体力の限界に達していた。
柔らかな光が森を照らす。
見ると、今までマナの木モドキが林立するだけだった森の姿が一変していた。
目の前には巨大なマナの木。ギイゼと精霊獣の記憶で見た立派なマナの木があった。時刻はもうすぐ夕方に近い頃だろうか。微かに柔らかな赤が混じっている光を感じる。
「マナの木の魔力は魔獣を遠ざける…」
リュー隊長が幻視した記憶を思い出して呟く。夜になっても、この場所であれば安全に過ごせそうだと一息つく。
「あれ? 鎧は?」
小林優美が疲労から少しだけ回復し、身体を起こして回りを見回す。
誰も気付かなかったが、ギイゼの鎧は跡形も無く消え去っていた。経年劣化も有ったのだろうが、それでも欠片さえ残さなかったのは、本当にその場所に在った事さえ真実だったのかを疑う。
だが、鎧のあったであろう場所に、ボタボタと何かが落ちてきた。
それは暗い色のボールのような塊。
「な、何?」
小林優美が慌てて立ち上がろうとするが、身体がぐらつき、何度も膝をついてしまう。
だが落ちてきた塊は、落ちた後には一切動かない。単純にモノが落ちてきただけだった。
「な、何?」
再び小林優美が、今度は落ち着いた声で聞く。
それに応えたのは小野良美だった。
「マナの実?」
手にスマホを持って、その画面を見つめている。それを見て、小林優美もスマホを取り出してカメラを起動し、目の前の塊を鑑定した。
【マナの実 果実部分は状態異常(眠り・麻痺・呪い・混乱・毒・魔力異常など)無効及び魔力増強の効果がある そのまま食べても果汁を搾っても有効 種はマナの木を芽吹かせる事が出来るが 魔力溜まりでなければ上手く育てる事が出来ない 夢の街の役所前なら育つ マナの木のある他の夢の街を繋ぐ】
げほっ! ぐほっ! がほっ!
思わず咽せた。
「大丈夫か?」
咽せた小林優美を気づかってリュー隊長が声をかける。
「あ、大丈夫です。平気、平気。あ、これ、マナの実だそうです。実の部分は毒とか呪いとかを解く効果があるって」
「何! 本当か?」
「は、はい。種の部分はマナの木の芽が出るらしいですけど、魔力溜まりとか言う特別な場所じゃ無いと育たないらしいです」
「そうか…。姫は助かるのか」
それから、夢の街の事を除いて詳しい鑑定結果を伝えた。さらに種は自分たちも欲しいと。
落ちた実を集めて数えると、マナの実は二十個を越えていた。なので半分ずつにする事にした。
実を集め終わり、分配し終わったら交代で見張りをしながらマナの木の根元で休息。見張りさえも疲れて眠ってしまったが、獣にも襲われる事も無く、全員が回復する事が出来た。
そしてリュー隊長たちは都に。小林優美たちは夢見の街へと帰還するために出発した。
「今回は本当に助かった。礼を言う」
「いえ。私たちの方こそ助かりました」
リュー隊長と小林優美が話しながら進む。向かう先は小林優美たちがリュー隊長たちと初めて有った場所だ。景色がかなり変わってしまったが、元々道があるわけでもないので大凡の方向で進んでいるだけだが。
そして進み始めて直ぐ、前方に異物を発見した。
それは壊れたベナークを上半身だけ解除した状態で体育座りしている一人の女性だった。
「嘘!」
遠藤多喜恵がそれを見て反射的に叫ぶ。
「クララ?」
リュー隊長もまたあり得ないモノを見たと言う叫びを上げる。
それは前日、先行偵察の折、ギイゼの後悔が生み出した呪いの魔獣に食いちぎられ、毒に犯されて倒れたリュー隊長の部下の一人だった。
「血まみれだけど、乾いてる? なんか治ってるのかな?」
小林優美が観察しながら呟く。その直ぐ後ろでは小野良美がスマホを掲げて鑑定していた。
【クララ 放心状態 健康 瀕死状態だったが遠藤多喜恵の治療薬で回復】
「あっ、ふふふ」
鑑定結果を見て小野良美が思わず笑ってしまった。
怪訝に思う皆が小野良美を見つめる。
「遠藤さん。クララさんが倒れた時、必死に治療薬をかけてたよね?」
「え? あっ!」
遠藤多喜恵はズタボロになり力尽きたクララの身体に、夢見の街で購入した治療薬を全て使っていた。その時はほとんど効果が見られなかったので手遅れだと思っていたが、実際はゆっくりと効いていたようだ。
「クララっ! おい! しっかりとしろ!」
小野良美と遠藤多喜恵との会話を聞いたリュー隊長がクララに近寄り、放心状態のクララの頬を叩く。
「ふぁ…。たいちょう?」
「クララ…」
「あ、あれ?」
目の焦点が合ってきて、周囲を見回すクララを、リュー隊長が抱きしめる。他の二人の騎士も泣いていた。
「あ、あの、リュー隊長?」
クララだけが、抱きしめられている状況が判らず困惑していた。
暫く後、小林優美たちが持つ治療薬を全てリュー隊長たちに渡す。
「本当に良いのか?」
「私たちは街に帰ればそこで手に入れる事は出来ます。それよりもリュー隊長と姫様たちの方がこれから色々と大変でしょう。本当はもっと渡したいのですが、再び此処に戻る事は難しいと思うので、手持ちのモノは全て渡しておきます」
「ならば、我のベナークを受け取ってくれ。コレならば其方らにとっても価値があるのだろう?」
「隊長! ならば我らのベナークを使ってください」
「だが…」
リュー隊長の二人の部下がベナークを解除して脱ぎ出す。少しやり取りがあったが、部下のベナークは一般的な支給品で、リュー隊長のベナークは賜り品だそうで、傷が入るぐらいは構わないが無くしたり譲り渡す事は後々問題になるらしいと部下のベナークを渡す事に落ち着いた。見た目は完全に同じで違いはわからなかったが。
これで小林優美たち四人全員がベナークを装着する事になった。
コレでは貰いすぎと感じた小林優美の判断で、四人が持つコンバットナイフもリュー隊長たちに渡す事になった。
そして別れ。
出会ったポイントらしき場所に到着すると、そこには空間の歪みが出来ていた。その中にはしっかりと門が形成されて開いていた。
小林優美たちにとっては二度目になる歪みの門は、確かに『向こう側』を白く映し出していた。
「それでは、リュー隊長、お元気で」
「其方らも」
小林優美たち四人が歪みの門に入ると門は閉じ、二つの世界の繋がりは完全に絶たれた。




