冒険の始まり
チュートリアルが終わっていよいよゲームスタート
視界がはっきりすると、目に飛び込んできたのはレンガ造りの壁だった。
「ここは街の中か? レンガ造りの建物なんて、異世界感がハンパ無いな」
場所としてはレンガ造りの建物に挟まれた路地裏という感じだった。直ぐ近くには建物が途切れた場所があるのか、まぶしくてはっきりとはしない。
改めて自分自身を見てみると、一番の特徴は首に二回巻いたロングマフラーだった。その下は寝る時に着込んだ寝間着代わりのスウェットだ。足には何も履いていない。
「こ、これがスタート装備? ひ、ひでぇ」
普段着さえも着ていない事に驚愕する。
「確かに寝る時の格好だったけど、これはないだろう。とにかく急いで装備整えないとなぁ。先ずは靴か?」
スウェットのポケットをまさぐってみても、何も入っていない。
「普通は最低限の装備を買えるぐらいの金とか持たせてくれるモンじゃないのか?」
文句を言いつつ、陽平は路地裏から抜け出す。そこは。
「嘘だろ…」
陽平が見たのは、現代日本の街の風景だった。
人は全くいないが、アスファルトとコンクリートで舗装された平らな道路。車と歩道を仕切るコンクリートブロック。等間隔で植えられている街路樹。デザインや質感は全く違うが、違和感を感じさせないビル群が続いている。
陽平が振り返ると、そこはレンガ造り風に見せたおしゃれ感を出したビルだった。
「マジか? 異世界感がハンパないとか言っちゃってたよ、俺」
周りを見るとオフィスビルがほとんどで、少し離れた場所に小売商店が入ったテナントビルが在った。とりあえず靴が欲しいと考えた陽平は裸足のままアスファルトの道路を歩く。
「足の裏の感触もしっかり固いアスファルトを踏んでいると判るなぁ。これ、本当に夢かぁ?」
幸い暑さも寒さも感じない。実生活でも今の時期はこんなモンか、と考える。
そしてテナントビルの前に立つと、一階はドラッグストアだった。二階は学習塾で、三階はサラ金。
「ドラッグストアならサンダルぐらいあるかな?」
スリッパぐらいならあるんじゃ無いかと店に入ろうとしたが、店頭に並べてある商品を見て足が止まった。
【ボックスティッシュ 五箱 二九八円】
「金が無い」
改めて着ているスウェットのポケットをまさぐるが、出てくるのは埃や毛玉ぐらいだった。
「つまり、さっさと金を稼がないと靴さえ買えないって事か」
街にも店の中にも人は全くいない。なので購入は出来ないが見るだけは見ておこうと店の中に入る。
「金策ってどうすれば良いんだ? いや、敵モンスターを倒せば良い、ってのは判るんだけどなぁ」
ドラッグストアの中は現代日本で見かけるドラッグストアと変わりはあまり無かった。
ただ、置かれている薬や医療グッズ、文具や菓子類のメーカーや名称が全く違っていた。
(著作権問題で同じ物は出てこないって事か? 夢の中なのに?)
使われている日本語や商品の色合いも違和感は感じない。単に制作者の都合だろうと納得しかかった時に一番の違和感を感じた。
それはレジの横に【アイテム買い取り窓口】と書かれたもう一つのレジを見つけたからだ。
「なるほど。こういう所でドロップ品を買い取って貰うと言うワケか。しっかりゲームしてるな。だとすると…」
陽平は存在するはずの違和感が無い事に気がついた。
回復ポーションが無い。
薬屋なんだからポーション類はあって当然だろう、と考えて見回すが、それらしきガラス瓶などは見つからなかった。
「あっ、ここでは回復薬って言ってたな。ポーションという形式じゃ無く薬って呼んでいたからガラス瓶に入った液体って限定されないって事だよなぁ」
チュートリアルを思い出しつつ店内を見回すと、その考えが正しい事が判った。
通常なら【頭痛・生理痛に○○】と書かれているポップに【状態異常に○○】と書かれていたり、【店長おすすめ! 中回復薬☆三つ】などと言うポップが至る所にあったからだ。
他にも【ギターのマークの万能薬! 体力と魔力の回復にお薦め】とか【湿布タイプの小回復薬☆二つ 常備薬にどうぞ!】や【手軽に使える携帯に便利な絆創膏型小回復薬☆】などなど。
「なんだろう? この残念感。確かにゲーム的で便利そうなんだけど、そうじゃないだろ、って言いたくなる感じがなんとも…」
精神的ダメージを受けつつも一通り見ていく。
(紙おむつが特売…。強姦が出来るって言ってたから…)
などと余計な事を考えながら巡り、先ずは金策だよなと改めて考える。
ドラッグストアを出た陽平は敵モンスターを倒すと言う事を考えるが、敵の出没場所と武器について途方に暮れた状態になった。
「木の棒や石は簡単に手に入るって言ってたよなぁ」
街路樹はあるが、適当な長さを持つ固い枝、と言う様な物は落ちていない。
街路樹の剪定などは役所が行っていて、剪定で出来た葉や枝はその場で綺麗に回収される。そもそも人がぶら下がれるような枝は始めから切り取られているから、陽平が武器として使えそうな物を得ようとしたら街路樹その物を切り倒さなければならない。
当然、そんな事をすれば犯罪者だ。
もちろん陽平自身、そんな事をするつもりも無い。
「そもそもノコギリ一本無いしな」
切り倒しても暫くすれば元のように復元するようなゲームなら、とは考えるが、下手をすれば犯罪者扱いになるかもと言う賭けはしたくない。
「ちくしょう。ゴミ一つ落ちていない、ってのが、こんなに厄介だとは思わなかった」
日本の都市部なら『武器』になる様な物を街中に放置すると言う傾向はほとんど無い。これが郊外であれば河原や雑木林などもあり、『石』や『棒』などは直ぐに見つかっただろう。
だがオフィスビルの占める割合が高い場所では、そう言った物を見つけるのはかなり難しかった。
「コインパーキングに車も止まってるし、あっちは工事現場か? 普段の街の中って感じなのに、人がいないってのはかなり不気味だ」
そして彷徨う事数分。裸足でアスファルトの上を歩いていたために足の裏が痛くなって来た頃、前方にそれを見た。
「? ネコか?」
歩道と車道の境目の緑石の上に丸まる一匹の猫を見た。
「ネコもオブジェクト扱いなのかなぁ」
そんな事を考えていると、そのネコが顔を上げて陽平を見た。
「あれ? なんかのキャラクター? NPCとか?」
呆けた事を考えている間にネコと思われたモノは陽平に向かって駆け寄る。それはさながら地面の上を滑るように走る矢印の様だった。
「何だぁ?」
驚く陽平の足下に迫ったネコは、陽平の右足の内側、踝の上辺りに身体をこすりつけるようにして駆け抜ける。
足の間をすり抜けたネコを追うように後ろを見ようとした陽平だが、身体に力が入らず、思わずフラついて膝をつきそうになる。
突然の自分自身の変化に驚きつつも、踏ん張って膝をつくのは防いだ。そして後ろを見ると、駆け抜けたネコが方向転換して再び陽平に迫ろうとしていた。
「ヤバッ!」
ネコの攻撃方法は不明だが、身の危険を感じた陽平は残った体力で必死にネコを躱す。
「よ、よく判らないが、敵ってヤツか?」
今度は近場で方向転換したネコが再度陽平に迫る。
「こなくそー!」
攻撃されたとはいえ、ネコを殴るのは少しはばかれたので、先ずは捕獲してみる事にした。
タイミングを合わせてネコの首を両手で握り、そのまま体重を掛けて地面に押しつける。
「シャーッ!」
が、押さえつけたと思った瞬間に強引に振りほどかれて弾き飛ばされた。
「なっ、ネコじゃ無い?」
体格は普通の家ネコなのに、力は人間の成人ぐらいはある。
「ネコを殴り殺すなんて、愛猫家に殺されてしまう様な行為だけど、敵じゃ仕方ないよなぁ」
半ば諦めを込めて呟く。その間にもネコは反転して迫ってくる。
そして陽平は握り拳を振り上げ、タイミングを見計らって、ネコを蹴り上げた。
「ギャーッ!」
「誰も蹴らないとは言って無いぜ」
などと言って蹴り飛ばしたネコの行方を見る。蹴り飛ばされたネコは立ち上がろうとしているが、脳震盪を起こしているのか足下がおぼつかない。
「チャーンス!」
フラつくネコに駆け寄り、ネコの首を掴み、駆け寄った勢いのままに大きく振り上げてからアスファルトの地面に叩き付けた。さらに追い打ちで再び振り上げ、今度はガードレールに上から叩き付けた。
金属製だが丸いパイプ状のガードレールでも、背骨から叩き付けられたらひとたまりも無い。
ネコから手を放して様子を伺う。
「倒したか?」
果たしてこの行為が吉と出るか凶と出るか。陽平はじっとして推移を見守る。
すると横たわったネコはスッと消えて無くなり、金色のアイテムだけが残った。
「あっ、金だ」
金色のアイテムはタブレットガムの様な四角い粒に見える金のインゴットだった。重さは五グラムぐらいだろうか?
「ドロップアイテムがあるって事は、やっぱ敵モンスターなのかなぁ? えっと、消えたって事は妖怪系って事?」
ネコの妖怪って結構あるよなぁ、などと呟きつつも、換金出来るアイテムが手に入ったので店を探してみる。
しかし先ほどのドラッグストアからは少し離れてしまっていて、一番近いのはコンビニエンスストアだった。
「コンビニでも換金出来るかな?」
一応入ってみようと中に進むと、一つは普通のレジで、奥のもう一つのレジが買い取り専用レジと書かれていた。
しかし店員はいない。見えないだけか? と思ったが気配も無い。しかし一応はと金のインゴットをカウンターの上の受け皿に置く。
「換金お願いしまーす」
陽平がそう声を掛けると直ぐに『ピンポーン』と言う電子音が鳴った。と同時にレジ横のモニター画面に【妖怪すねこすりのレアドロップ 金のインゴット五グラム 三万七千円 換金しますか? [はい][いいえ]】と表示された。
「え? レアドロップだったの? あ、返答待ちか」
現金が直ぐに欲しい陽平は躊躇わずに[はい]を指で押す。するとモニター下の受け取り口に札と硬貨が出てくる。
「現金ゲットだぜ」
と言って一息つく。
「先ずは武器と靴だよなぁ」
そう言いつつコンビニの店の中を見回すと、ひげそりやマスクの横に置いてあった。
「まぁ、便利っちゃー、便利だけどねぇ…」
気を取り直して眺めてみると、極簡単な鉄の棒が数種類。そして皮の胸当て、ベルト、そして踵のあるスポーツサンダルと言う種類のサンダルがあった。
「本格的な防具とかは専門店で、って事なんだろうな」
専門店は別口で探さなくてはならないが、当面の身支度としてスポーツサンダル千九百九十円と直径三センチの金属製パイプ三千五百八十円、そして念のため果物ナイフ九百八十円を購入した。
「鞄やベルトとかは専門店で、だな。ホームセンターとかが良いのかも知れないが、駅前みたいな感じの場所にはなかなか無いよなぁ」
妖怪すねこすりを撃退出来た事で先の展望が見えた。なので先ずはすねこすりを中心に狩って金策をする事にした。
武器として持つ金属パイプの長さは立った陽平の顎の下ぐらい。大凡百四十ぐらいだ。重さは約一キロ。素人が棍として持つのなら適当と言える物だ。
遊びで棒を振り回すのではなく、武器として一日中力を込めて振り回すのであれば、陽平にとってコレが武器との相性の基準になるだろう。力の込め方、バランスの取り方を初めて経験する事になるのだから。
慣れる程使い込まないというのであれば別だが、初めて本気で武器攻撃を行う場合はかなり印象に残るので、影響はかなりあると言って良い。
ただ、コレは陽平の場合であり、スポーツ競技を趣味にしている場合や家畜や魚を捌いた経験がある場合は異なるとしか言い様が無い。
そしてパイプを片方の肩に担いだり、天秤棒のように担いだりしながら練り歩き敵モンスターを探す。
その末に見つけたのは赤い塊だった。
正確には朱色をしているが、均一では無く、濃くなっている所もあれば薄くなっている所もある。大きさは中型犬程で、形としてはネズミに見える。しかし、目は大きく正面に一つしか無い。
「あれも妖怪か?」
陽平には馴染みの無いモノだったが、陽平の気持ちなど関係無いとばかりに赤い大型ネズミは突進してきた。
慌ててパイプを振り降ろすが、力も体重も乗せていない、ただパイプを前に出すだけの行為だった。だが、突進は逸らす事が出来た。
そしてようやく陽平の戦闘態勢が整う。
「油断しちまったぜぃ」
陽平はパイプを赤い妖怪に向かって真っ直ぐに突き出す。
近寄らせないのが一番の目的だが、棒状の武器は相手の視線に真っ直ぐ合わせると、相手からは一つの点にしか見えなくなって遠近感が狂う、と言ううろ覚えの知識からだった。
それが功を奏したのか、赤い妖怪は攻めあぐねているようだ。
そこでパイプの角度を変えないように意識しながら赤い妖怪に向かって走り、パイプで突き攻撃を行った。
狙いは大きくて一つしか無い目だ。
「ピギャーッ!」
多少はずれたが、結果として妖怪の目を潰す事に成功した。
「一つ目だから、余計に遠近感が狂ったんだろうな。もしかしたらパイプ自体が見えていなかったのかも」
いきなり目潰し攻撃が成功した事を考察しつつ、今度はパイプを振り上げてから思い切り振り下ろす。
そして頭蓋骨を砕き、赤い妖怪は消えていった。
ドロップは古銭。楕円形をしていて真ん中に四角い穴が空いている。穴の上下に天保通寶と浮き彫りされ、裏には當百と妙なマークが浮き彫りにされていた。
妙なマークというのは後藤家の花押なのだが、陽平にはその知識は無かった。
「これって昔の金だよな。これも店で換金しろって事か」
気になった陽平は直ぐにコンビニに駆け込み換金してみた。
【妖怪赤へるのドロップ 天保通寶 二千円 換金しますか? [はい][いいえ]】
「あれって赤へるって言うのかぁ。聞いた事無かったな」
広島の方の野球チームとは関係無い。
その後陽平はすねこすり、赤へると連闘し、時々野衾というムササビみたいな妖怪を倒し続ける。所持金は最初のすねこすりがレアドロップで高かったが、その後は通常のドロップで大きくは稼げていない。それでも十万に手が届くかと言う所までは稼ぐ事が出来た。
「そろそろ本格的な装備が欲しいよなぁ」
そうコンビニで買ったプリンスイーツを頬張りながら呟く。
「小遣い的にコンビニスイーツを手当たり次第ってのは無理なんだよ!」
現実ならば小遣いに余裕があってもそんな事はしない陽平が言い訳をする。
そして漸くホームセンターを見つけて中に入る。
「まず武器から見てみるか」
【バスターソード 三十五万】
【全身鎧 スチール製 四十五万】
「はい、手が出ません! やっぱ、板金を切り出して削っただけじゃなく。しっかり剣として打ってあるモノなんだろうなぁ。鎧もスチール製って事は鋼鉄って事で、つまりは鉄じゃ無く鋼って事だよなぁ」
鋼は鉄と炭素を混ぜた合金で、純粋な鉄よりも硬い。その分加工に手間が掛かるが故の高価だろう。
剣はショートソードからツーハンデッドソードまで様々あり、価格も一万から百五十万。刀もあり、道中差しから打刀、太刀、大太刀まであった。価格は五千円から百五十万。
歴史的な名品では無く、実用品として最近作られた物が売っていた。
他にも槍系統、青竜刀、棍、メリケンサック、弓、クロスボウ、そして銃まであった。
「流石は命がけで戦うと言う設定のゲーム世界。拳銃が五万で売ってるよ」
実際に米国のガンショップでなら、護身用の拳銃が五百ドル程度で売っている。
「コンバットマグナムが十五万かぁ。剣とかより銃の方が確実なんじゃね?」
こう言った場合、店員におすすめを聞くと言う方法があるはずだが、いかんせん、店員どころか人っ子一人いない。その代わり、ポスターのように武器の利点や欠点などが書かれた説明書きが多く置かれている。
【投げナイフ、弓、銃などの射撃武器は、遠方より攻撃できる利点があるが、攻撃面積が小さく、しっかりと狙わないと無防備状態と変わり無い。さらに弾数にも制限があり、敵が遠距離攻撃を持つ場合以外は欠点の方が大きくなる傾向がある。使用者の照準能力により状況は変化。役割の違う複数人でパーティを組む事が推奨される】
「なるほど。格好いいからって選べないな」
別の看板に【←試射場】とあった。試し撃ちが出来るのなら、とその方向に向かう。向かった先はコンクリートに囲まれた地下駐車場のような空間で、四つの枠とテーブルがセットされていた。
米国領での射撃体験だと、三十分程で三千円から五千円程度で実弾射撃経験が出来る。ここは販売目的にしている試射場で、さらにゲーム内のため無料で出来るようだ。
陽平は先ずは小型の拳銃を手に取って、五メートル先の的に向かって射撃してみた。
結果は六発中、一メートル四方の紙製の的に二つの弾痕を残す結果になった。しっかり狙わずに、格好付けて片手で撃ったので、紙に収まっただけ上出来と言える。
マガジンを交換して再度挑戦。今度は両手持ちにして一発ずつ狙って撃つ。
一メートル四方の紙の中央に直径四十センチ程度の黒丸が描かれているが、その黒丸の中に収まったのが三発。その外が二発。一発は紙に収まらなかった。ちなみに中央の直径十センチ程の赤丸の中には一発も収まらなかった。
「当たらねぇ」
漫画や遊びの中で、照星を照門に合わせるという知識は知っている。だが実際に五百グラムほどの重さの拳銃を構え、的に向かって正確に合わせるのは難しい。さらにかなり軽くなる様に作られてはいるが、トリガーを引く時の動作でもずれが生じる。
こう言ったモノは慣れによって矯正する事は出来るが、飽きる程撃ちまくる、と言う時間が掛かる作業だ。
素人がいきなり銃を持ったからと言って、有効な武器になるとは限らないと言う例である。だが強力な武器なのは確かだ。成人男性を押し倒す程の衝撃を直径一センチ程の衝突面積で貫くのだから。
銃をメインの武器にする事は諦めた陽平だが、サブのサブとしてならと考慮する。
手に持つのはメイン武器。腰にナイフなどのサブ武器。そして胸に着けるタイプのホルスターに銃、と言う構成を考え、良いんじゃ無いかと考えてホクホクする。
それから、ついでとばかりに他の銃の試射も体験してみる。
コンバットマグナムは反動が大きく、跳ね上がりをどうしても押さえ込めないので連射が出来なかった。敵モンスターが猪以上の大きさになったら再考しようと誓う。
サブマシンガンは拳銃弾を使う短機関銃で、素早い動きのネコ、ネズミ、ムササビなどを狩るには充分な能力を発揮する。しかし、拳銃弾が一発百円から二百円ほどなので、ドロップが二千円の敵モンスターには二十発も使えば足が出てしまう計算になる。
全力を出せば鉄パイプでもなんとかなる敵モンスターに対してサブマシンガンを使うのは、コスパ的にも割に合わない。金は国が出す、と言うのなら頼もしい武器だが、採算を取りながら行くのであれば考慮が必要だった。
ライフルやヘビーマシンガンも試射したが、ライフルは長距離を狙って撃つための物だと改めて知った。二十メートル程に近づいてから戦闘になるような状況だと、拳銃の方が余程取り回しが利く。
敵モンスターが五十メートル以上離れた場所から射撃してくるのなら、ライフル系統の武器が必要になるだろうが、現在の戦闘スタイルでは邪魔になるだけだった。
一通り撃ったので満足。
結局陽平はセール品の銃を一万九千八百円で購入。布製のホルスターとベルト、三十発入りの弾丸も合わせて購入し、約三万の出費となった。さらに軍用のワンショルダーバッグも九千八百円で購入。
かなり痛い出費となった。
そして武器を見る前に服のコーナーに向かう。ミリタリーと銘打った一角で、ジャケットとカーゴパンツ、そしてジャングルブーツを購入。合計一万五千円。
インナーとしてのシャツ、パンツ、靴下、タオル、ベルトを二セットずつで合計四千円。
サブ武器として剣鉈を一万五千円で購入。
「結局メインの武器は鉄パイプのままだった」
初めに揃える装備が多いのは当然だが、寝間着代わりのスエットだけで放り出されるのが問題なんだ、と空に向かって吠える陽平だった。
店員は誰もいないのだが試着室を借りて着替えを済ませる。今まで着ていたスエットは念のためバッグに入れておく。まだまだ守りとしての装備は物足りないが、一応の人心地は付いた。
飾り装備のマフラーを巻き直して気持ちを改める。
「金稼がないと…」
鉄パイプを眺めて呟き、ホームセンターを出て妖怪狩りを再開する事にした。
念のため、今まで通ってきた道を何度か往復する事にする。通常のコンピューターゲームであれば街の直ぐ外にいるスライムを延々と狩っているだけの状態だ。
「流石に飽きるけど、メイン武器をしっかりとした物に替えるまでの辛抱だ」
そしてすねこすりと赤へるを何匹か倒した後、ドロップの天保通寶を拾ってジャケットの胸ポケットに入れた所で右肩の上の方で違和感を感じた。
見ると右肩の上に陽平のスマホが浮いていた。画面表示は平日設定の目覚まし時間。それをしっかりと認識すると、次第にピピピピピと言う電子音が大きくなっていった。
(あ、起きる時間か)
そう認識した次の瞬間にはベッドに横たわり、スマホを握っている自分に意識が切り替わった。
「あっ」
突然の場面変更に戸惑う。それでも直ぐに目覚まし音を止めて現在時刻を再確認する。
「なんか、強制的に起こされた感じだな」
起きる時間なので仕方ないという思いはある。しかしさらなる睡眠を、と言う気持ちも起きないすっきりとした目覚めだった。
「なるほど。しっかり睡眠を取った、と言う感覚だな。これって催眠術みたいなので誤魔化されているだけ、って事だと問題ありそうだな」
(何にしろ、先ずはトイレ)
と起き上がり、陽平のいつもの一日が始まった。
そして学校に登校し、朝のホームルームが始まる前までの時間に佐藤が話しかけてきた。
「で、どうよ?」
「あじの開きと卵焼き、それと納豆に味噌汁だ」
「いや、朝食のメニューを聞いたワケじゃなくってな」
「お前はどうよ?」
「トーストにベーコンエッグ、そしてコーンスープだ。ちなみに自分で作るからいつも似たようなモンだ」
「愛されてないんだな」
「いやいやいや。おかんもおとんも早いから俺が起きる頃には出勤してるって前にも言ったよな?」
「お前の家庭事情のために貴重な脳内メモリーを使うワケが無いだろう」
「やはり戦争だな」
「実は行けた」
「何?!」
「まとめサイトからリンク辿ってアプリ入れて、言われたように起動したまま寝たら、チュートリアルが始まった」
教室にはまだ全生徒が揃っているワケでは無いが、それでも二十人程は登校して待機していた。普段はおしゃべりの声が響くが、陽平の言葉で一斉に静かになる。
「マジかよ。どんなだった?」
佐藤が教室の生徒を代表するかのように質問を続ける。
そこで陽平は自分が体験した事を客観的に話していく。特に自分が感じた事や考察は入れないが、自分が発した台詞も出来る限り再現する。まぁ、ほとんど意味は合ってるが言葉は違うと言う形態だったが。
「ほぼ掲示板情報通りだな」
「そうなのか? 掲示板を確認する前に行ったから、結構苦労したぞ」
「Tシャツとパンツだけで放り出された、ってヤツもいるからそんなモンらしい」
「裸族でなくて良かったよ。靴履いたまま行けたヤツっているのか?」
「その手の話は聞かないなぁ。結構、マジで行く事を構えてるヤツって行けて無いらしいからな」
「お前もイケテナイんだったよな」
「待て、そのニュアンスは他意がある様に聞こえたが?」
「ソンナコトナイヨ」
そこで朝のホームルームが始まり、一時中断。その後十分の休み時間ごとに佐藤は聞いてきて、陽平が辿ったまとめサイトもスマホを見せて紹介した。
「例のアプリをダウンロードできるサイトは一度しか行けなかったな。あれってまとめサイトのページの一つと言われてもおかしく無い感じだったけどな」
「え? 俺が行ったサイトは何度も開けたぞ?」
「青い画面でダウンロードボタンが一つだけだったぞ。利用規約とかも無かったし」
「よくそんな怪しいボタンを押したなぁ」
「なんか妙なタイミングで指が勝手に動いた」
「ああ、あるある。リンク辿って移動してる時なんか良くやるよなぁ」
「それと、お前が言った通り、目が覚めてからの眠気も無い」
「マジか? 欺されてないか?」
「一応、授業中にも眠気を感じる事は無かった。さっきの古典の授業でもだ」
「逆に凄いな。アレはどんなに起きていようとしても逆らえないと評判なのだが」
「お前だけだろ、それは。もしかしたら催眠術でしっかり眠ったつもりになっているのかも知れないからな。暫くは様子見が必要かも。自分自身では気がつかない様に掛けられているかも知れないから、その点の観測も頼む」
「それは約束出来ないな。なぜなら、俺も行く予定だからだー! だー! だー! 自主エコー」
「なるほど。じゃあ頼むな」
「いやいや。だから、なんで行けない事が前提なんだ?」
そんな感じでいつもの日常が過ぎ去る。
学校の授業が終わると「夢で会おう」と逸る佐藤とも別れ、家へと向かう。途中、均一ショップに立ち寄るが、スマホを身につけたまま眠ってもスマホを損傷させないというアイテムは売っていなかった。まぁ、当たり前だが。
陽平と佐藤との会話を聞いていたクラスメイトもまた、佐藤と同じ事を考えていたのを知るのはその晩の夢の中だった。
学校から帰宅し、いつもよりも早く予習を行う。そして夕食後、直ぐに風呂に入り、上がると早々にスエットに着替える。
夢の中で初めはスエットだけだったが、敵モンスターを倒した金で装備を揃えた。その装備のまま目覚めたら、ベッドの中ではスエットだった。つまり、今日、スエットで寝ても、夢の中では買い揃えた装備だろう、と予想している。
そして二十一時過ぎにはしっかりと眠ってしまった。
○★△■
陽平が気がついたのは、今朝、目覚める直前の夢の中だった。
「良かった。装備は買い揃えた物のままだ。スエットだったら叫んでる所だ」
装備はミリタリーのジャケットとカーゴパンツ。ジャングルブーツに剣鉈と拳銃だ。ワンショルダーバッグを背中に斜めがけして持っている。飾り装備のマフラーもしっかり装備している。バッグの中はシャツやタオルと着替えたスエットだ。
「バッグの中身も元のままだけど、別の装備を買う時にはスエットは売ってしまった方が良さそうだな」
一応と言う事でワンショルダーバッグの中身を確認して呟く。もしも今着ているジャケットが着れない状態になった時のためにスエットは持っているが、別の予備が出来れば持ち続ける意味も無い。
「自分の荷物を置いておける拠点とか部屋とか作れないかな? あ、移動方法が問題か」
もしもゲーム中に転移系の移動方法があるのなら、一カ所に拠点を設ける意味も大きい。だが転移系では無く、実際に歩くなどで移動するしか方法が無い場合は、拠点となる場所は一時的にしか使わなくなる傾向がある。
例えば、北海道に拠点を作っても、列車で東京へと移動し、さらに九州へと戦闘地域を移す場合は、北海道の拠点は空き家同然になるだろう。荷物を置いておいても、捨てるのと変わりが無くなる場合もある。
「何にしても、始めたばかりじゃどんなシステムがあるかも判らないからなぁ」
戦闘拠点を移すタイプだと、一時的に荷物を置ける場所が有っても、戦闘拠点を移す時に荷物を全部持ち出さなければならない。
回復薬は自分で作れるらしいので、薬作成の設備の形も気になる。手荷物で持ち歩けるような物なら問題は無いが、工房にでも置くような設備なら生産拠点が必要になるだろう。
「何にしてもレベルアップと金稼ぎだ」
同じ場所を何度も何度も往復し、漸く十万を超える金額を稼ぐ事が出来た。
「やっぱ飽きるなぁ。でも達成感はあるんだよなぁ」
戦闘でレベル上げと金稼ぎを行うロールプレイングゲームでありがちの苦悩を呟く。
ちなみにロールプレイングゲームとは役割を演じて物語を進行させていく遊びで、一番初めの原点は木の枝などを振り回す子供の遊びだという話も有る。その後、テーブルの上に紙に書いたマップを置き、ゲームマスターの誘導で遊んでいくテーブルトークRPGと言う形態が出来、それをコンピューターゲームに取り入れたモノがRPGとして親しまれるようになった。
テーブルトークRPGの同好の士は、ゲームの大会を開く時などに役割のコスプレ衣装に身を包んで遊びに興じる、と言うのも珍しく無い。
陽平がいるこの夢の中でも、陽平自身が戦う英雄になるための主人公を演じている、とも言える。
鉄パイプ装備だが。
「とりあえず武器を変えるか? 剣、刀、槍、棍って所だけど、どれが良いかなぁ」
再びホームセンターへと向かおうとした所である店に目が行く。その店は西洋アンティーク風を装った綺麗な店だ。
「あ、喫茶店めっけ。普段は敷居が高いから、ここは豪遊してみるか」
普段の陽平ならコーヒーが飲みたければ自販機で缶コーヒーになる。小遣いからコーヒー代ぐらいなら捻出する事も出来るが、コーヒー一杯で食事一回分は高校生の身分ではかなり厳しい。なので喫茶店でコーヒーを飲むというのは贅沢という範囲に入る。
しかしこのゲームの中では全くの初心者レベルなのに半日で十万近くを稼いでしまっている。
かなり金銭感覚が狂う。
だが、実際に命を賭けて戦っている、と言う状況であれば当たり前の金額とも言える。
この感覚をきっちり切り替える事を間違えないようにしようと陽平は身を引き締めた。
「でも今は良いよなぁ」
とウキウキ気分で店の扉を開けた。
止まった。
立ち止まって店の中を見回した。
喫茶店じゃ無かった。
ぱっと見の雰囲気は完璧にアンティークショップだ。しかも『豪華な』と言う言葉じゃ無く『古めかしい』と言う装飾語が似合いすぎる、埃っぽい西洋の道具屋と言うイメージだった。
本棚や陳列棚が所狭しと置かれ、古本やコイン、ブローチ、用途不明な手回しハンドルが付いたゴツい金属の塊。振り子時計や陶磁器、果ては古びた竹箒なんてモノまで有った。
「アンティークな店があったので入ってみたらアンティークショップだった。うん、俺が悪いな。はぁ、少し古道具でも眺めて落ち着くか」
陽平自身の舌は旨いコーヒーを啜るモードに入ってしまっていたが、強引に平常モードに戻す事にした。
「理科の実験で使う様なフラスコやアルコールランプだな。コッチは薬棚かぁ、あ、天秤と、漏斗? ビーカーに乳鉢…」
その説明書きを見て陽平は肩を落とす。
【初級調合セット 回復薬などの調合に最適 セット価格三万八千円】
陳列棚のガラスケースに入っているブローチの説明書きを読む。
【守りのブローチ 防御力アップ 革のコートを一枚羽織ったと同じ防御力を追加してくれます 五万五千円】
壁に設置されている刀掛け台に刀のように置かれている一メートル程の棒には。
【火の初級魔法が刻み込まれた魔法の杖 三万三千円】
「こ、ここは魔法の店だったのかぁ!」