管理者との対話
学校が終わり帰宅した陽平は先ず明日の予習を行う。授業中は全く眠くなかったのでしっかり授業は聞いていた。なので予習も捗り、時間的にも予習のための復習を行う事も出来た。勉強としての効率が上がったのは良い効果だ、と思いながら明日の授業用に教科書やノートを鞄に詰め込む。
そしてお気に入りの音楽をかけながらいつもの掲示板を開く。
-----------------------
【陽平と愉快な仲間たち】
253 名前:孤独の剣士
ちょっと掲示板をご無沙汰してたらとんでもない事に!
ダチが俺の街に来たからレベル上げ手伝っている内にとんでもない事になってるな。誰か、時間延長の宝玉ってのの説明をプリーズ
254 名前:早撃ちの一発マン
俺も情報弱者になってしまった。今、掲示板読み返してるんだが、いっつぁんと合流出来たのはいるのか? そこんところどうなった?
255 名前:孤独なすねこすり擦り
どうやら合流は上手く行ったみたいだが、詳細は書き込まれていないな。なんかあったのか? プレイヤー同士でやり合ったとか?
256 名前:孤独の剣士
え? マジか? プレイヤー同士でやり合って、片方が死ねば完全犯罪か?
257 名前:早撃ちの一発マン
いやいや、待て。やり合うとか早計だろう。そもそもいっつぁんの所は二十人近くいるんだろう? いっつぁんの所に喧嘩売るヤツとかいないだろ? いっつぁん自身がそんな罠張るとも思えんしな
258 名前:孤独なすねこすり擦り
判らんぞ? 始めからプレイヤーをブッチする罠だったとか
259 名前:ぼっちの魔法剣士
やっぱりそうだったのか!
プチ ふにゃぁぁぁ
ちょっと待ってください。孤独なすねこすり擦りさん。貴方、以前、こう言っていましたよね?
260 名前:孤独の剣士
あ、眠りのぼっちの魔法剣士さんの名推理が始まった!
261 名前:早撃ちの一発マン
あの子は何処だ?
262 名前:孤独なすねこすり擦り
し、知らん! その時俺は夢の中で鈴木さんとデートをしていた!
263 名前:ぼっちの魔法剣士
聞き捨てならないセリフが。
まぁ、それはともかく、ぼっちの魔法剣士こと俺と、臆病者さんと三刀流が出来なかった剣士さんは無事いっつぁんたちと合流出来たぞ。
あまりにも色々ありすぎて掲示板に書き込む気力が無かっただけだ
264 名前:孤独の剣士
それを聞きたい。何があった?
265 名前:早撃ちの一発マン
情報がなさ過ぎ。詳しく頼む
266 名前:ぼっちの魔法剣士
おう。
まず合流して、いっつぁんの所の大所帯を実際に見てきた。本当に二十四人いやがった。攻略組が五チーム出来てて、生産職が五人いた。
あ、その前に他の街に入る時には、その街の住民の許可が要る、ってのは言わないとな。街の外で会って、門の所のプレートで認証登録する感じだった。街の中は完全に同一と見ても良さそうだ。
で、俺と臆病者さんと三刀流が出来なかった剣士さんでパーティ組む事になった
267 名前:孤独の剣士
違う街の連中でもパーティ組めるのか。
あ、そうじゃない。ボスの情報をくれ。一人で倒すのにどれぐらいのレベルが要る?
268 名前:ぼっちの魔法剣士
俺は一人でボス突破したぞ? レベルは三十だ。前に書かれた攻略法はしっかり正確だったから、アレを参考にして大きく失敗しなければ突破できると思う
269 名前:孤独の剣士
ならダチを連れての攻略なら問題無さそうだな
270 名前:ぼっちの魔法剣士
一人で攻略して、次にダチを連れてまたボス戦って事も出来るぞ。マジックポーチは一人分しか出ないが
271 名前:孤独なすねこすり擦り
ポーチは全員が一つは貰えるって事か?
272 名前:ぼっちの魔法剣士
ああ、それで当たってる。ってか、草原はポーチが無いとキツいぞ
273 名前:早撃ちの一発マン
草原はスライムなんだろ?
274 名前:ぼっちの魔法剣士
スライムもいればクマさんや鹿さんもいる。だから戦う相手に合わせて武器を変える必要がある。スライムに銃はオーバースペックだから、持ち替える必要とかあるんでマジックポーチがけっこう重要だ
275 名前:早撃ちの一発マン
スライムなんだろ? 無視か無双で良いんじゃね?
276 名前:ぼっちの魔法剣士
けっこう見つけにくいが、スライムは上手く核を潰すとそれで倒せる。倒したスライムはそのままにしておけば勝手に小さな魔石になる。すねこすりのノーマルドロップよりは高く売れるし、レアドロップだけど時間延長の宝玉も出る
277 名前:孤独の剣士
それだ! その時間延長の宝玉って?
278 名前:孤独なすねこすり擦り
名前からして夢の滞在時間が増えるのか?
279 名前:ぼっちの魔法剣士
正解。八時間延長だって。陽平の書き込みから問題無かったみたいだな
280 名前:早撃ちの一発マン
これから探索エリアが広がる事を考えたら妥当なアイテムだな
281 名前:孤独なすねこすり擦り
草原で、またひたすら経験値稼ぎか
282 名前:ぼっちの魔法剣士
それについて、新情報有り
283 名前:孤独の剣士
何っ!?
284 名前:早撃ちの一発マン
な、なんだってーっ!
285 名前:孤独なすねこすり擦り
そ、そんな…
286 名前:ぼっちの魔法剣士
もう人類は切望するしかないのです
287 名前:孤独の剣士
がーん!
って、巫山戯て悪かった。謝るから真面目に答えてくれ
288 名前:ぼっちの魔法剣士
草原に他の種族を発見。なんと鶏人間!! さらに完全に機械の種族もいた!
言葉は判らないが、ちゃんとコミュニケーション出来る!! しかも独自の技術を持っているみたいだ。魔力で動くバイクモドキもあった
289 名前:孤独なすねこすり擦り
キタ──────────!
290 名前:早撃ちの一発マン
キタ───(°∀°)────!!
291 名前:孤独の剣士
スゲー新展開じゃね?
292 名前:ぼっちの魔法剣士
鶏人間はなんか別の世界から逃げてきて草原にいるみたいだけど、元の世界に戻るのが願いらしいって話しがあった。で、草原では夢魔とか言う淫夢に取り憑かれると不定形生物に乗っ取られてしまう、とかって状況と戦ってた
293 名前:早撃ちの一発マン
めっちゃ、重い。何? その、地獄
294 名前:孤独なすねこすり擦り
夢魔って俺たちもヤバいのか?
295 名前:ぼっちの魔法剣士
寝てると夢の中で淫夢を見るらしい。朝起きたら下着が悲惨な状況になってるとか。その状況を確認したらパートナーと一生懸命子作りをして、生きてるって素晴らしい、生まれてきた子供たちにも幸せになってほしい、とかって思えれば祓えるってよ
296 名前:早撃ちの一発マン
つまり、俺らは夢魔に取り憑かれたら助からないと…
297 名前:ぼっちの魔法剣士
まぁ、俺らはあの夢の中では寝ないけどな
298 名前:孤独の剣士
あっ
299 名前:孤独なすねこすり擦り
た、確かに
300 名前:早撃ちの一発マン
下着が悲惨な事になる程の淫夢かぁ。一度ぐらいは経験したかったなぁ
301 名前:孤独なすねこすり擦り
夢魔に取り憑かれてなる不定形生物ってどんなん?
302 名前:ぼっちの魔法剣士
スライムみたいな表面張力の水玉みたいな形状だけど、身体の一部を触手のように伸ばしてそこから火の魔法を放ってた。聞いた話では取り憑かれた後は無気力になって意識が消えていくらしい。完全に意識が消えたらグネグネになるとか
303 名前:孤独の剣士
倒し方は?
304 名前:ぼっちの魔法剣士
火の魔法とかのエネルギー活性化系統の攻撃は力を与えてしまうみたいだ。鶏人間たちが使ってた停止の魔法の杖が有効
305 名前:早撃ちの一発マン
つまり、まずは鶏人間と接触する流れか?
306 名前:ぼっちの魔法剣士
あの夢がゲームじゃ無い部分がそれだ。おそらく、他の連中が行っても同じ流れにはならない可能性が高い。鶏人間たちにとっては外つ人がまた来たぞ、って流れになると思う
307 名前:孤独の剣士
外つ人、ってのがプレイヤーの呼び名か?
308 名前:ぼっちの魔法剣士
鶏人間たちにとってはそうらしい。機械の種族からは夢見る街の住人とか言われてたと聞いた
309 名前:早撃ちの一発マン
つまりは全てが現実のようなユニークシナリオって事か
310 名前:ぼっちの魔法剣士
シナリオ自体があるかどうかも判らん。
どうにも行き当たりばったり感が拭えない
311 名前:孤独の剣士
で、停止の魔法の杖ってどうやって手に入れるんだ?
312 名前:ぼっちの魔法剣士
今のところは不明だ。一応落ちてた杖は拾って陽平んところの生産職に渡してあるから、なんとか複製を造ってくれるのを期待するしか無い
313 名前:一
いっつぁん登場っす!
314 名前:孤独なすねこすり擦り
待ってました!
315 名前:ぼっちの魔法剣士
あのバイクはどうなった?
316 名前:一
まず判っている結論から言うっす。
あの街は、持ち込まれた物は複製が売られる様になるっす!
つまり、鶏人間のバイクも停止の魔法の杖も販売品として売ってるっす
317 名前:孤独の剣士
なんだってー! すると鶏人間に接触しなくても杖やバイクが買えるって事か
318 名前:一
持ち込まれた俺たちの街でしか確認してないっすから、他の街で売り出されるかは未だ不明っす。最悪の場合でも持ち込まれた物を順繰りに渡していけば、渡された街でも販売されるワケっす。そう言う抜け道がある事を考えると、同時発売しても良いような気がするっすから、有りそうだとは考えてるっす。
319 名前:ぼっちの魔法剣士
金のありがたみが増えるな。スライムから獣まで、色々狩りまくらなきゃならないな
320 名前:孤独なすねこすり擦り
流石に高そうだな。今まで無駄にため込んでいたと思ったが、これからは足り無くなってくるのかぁ
321 名前:孤独の剣士
で、いっつぁん。おいくら万円?
322 名前:一
すまんっす。まだ確認してないっす。生産職が売っていた魔力駆動装置部分を買って、それをモーターに接続。そのモーターで発電させるユニットを造って、売っていた電動式バギーに搭載したと言ってたっす。EVだと電力が不安っすが、この方式なら発電しながら運転できるって言ってたっす
323 名前:ぼっちの魔法剣士
電動バギーなんか売ってたのかよ!
324 名前:一
陽平が言ってたっすが、あの街では知っている事が重要らしいっす。スタンガンとか求めて探さないと、有っても気付かないとか、存在していたかさえ曖昧らしいっす
325 名前:早撃ちの一発マン
それは俺も経験あるぞ。銃ばっか求めていたから、刃物の関係は本気で見えていなかった。買おうと考えて初めて気付く、って感じだった
326 名前:孤独の剣士
夢の中、って事かぁ。ちょっとだけ怖くなったな。もしも夢の主が俺たちの事を忘れたら……
327 名前:孤独なすねこすり擦り
忘れなくとも、要らない、とか思われたら…
328 名前:早撃ちの一発マン
孤独なすねこすり擦りが無い無いされちゃう
329 名前:孤独なすねこすり擦り
無い無いとか言うな。怖いわ!
330 名前:孤独の剣士
無い無いされたヤツは放っておいて。俺たちもそれを聞かなきゃ、それに気付かなかった、って事か。
331 名前:一
売っていると知っていれば、売り場で確認出来るっす。先ずはそこを気にして確認して欲しいっす
332 名前:早撃ちの一発マン
確認するモノを再確認させてくれ
333 名前:一
魔法の店で停止の杖っすね。ホームセンターで電動バギー、魔力駆動装置、鶏人間の使っていた金属の塊のようなバイクモドキ。ついでに魔力駆動装置を使った発電装置ってところっすね。もしかしたら魔力駆動装置を使った発電システムを搭載した電動バギーとかも売ってるかも知れないっす
334 名前:早撃ちの一発マン
鶏人間の使っていたバイクモドキって使えないのか? 鶏人間専用仕様?
335 名前:ぼっちの魔法剣士
アレはダメだ。俺も一度乗ってみたが、振動が激しくて手が痺れるだけじゃなく、シートが無いから中腰で乗り続けなきゃならない。尻を乗せても良い場所は有るが、たぶん一日で腰が壊れるぞ
336 名前:孤独の剣士
拷問器具かっ!
337 名前:孤独なすねこすり擦り
だからバギーに載せ替えたのか。って、直接は乗せられなかったのか?
338 名前:一
強弱の制御方法が、操作する者の魔力を出す微妙な強弱しか無かったっす。たぶん皆さんがスロットルを握れば一瞬で暴走っすね
339 名前:孤独なすねこすり擦り
魔力の微妙な調整を行う制御回路が製作出来なかった、って事か。これって改善出来そう?
340 名前:一
持ち込まれたのが夕べっす。一晩、と言うか数時間でモーター発電機にまでした生産職を褒めて欲しいっす
341 名前:孤独の剣士
それは確かに凄いな。いや、すまん。他人の努力を軽視する傾向は直さないとな
342 名前:孤独なすねこすり擦り
俺もすまない。軽はずみに言ってしまった
343 名前:一
気持ちは判るっす。生産職には凄い評価が出てると言っておくっす
344 名前:ぼっちの魔法剣士
さて、そろそろ明日の準備して、寝る用意しておこうかな。早くバギーを確認したい
345 名前:一
そう言えば、昨日コーヨーさん達はウチの街で終わったっすよね?
346 名前:ぼっちの魔法剣士
あ、そう言えば! この場合何処で復活するんだ?
347 名前:一
これも検証になるっすね
-----------------------
掲示板はこれぐらいだろうと見切りを付けて、陽平も片付けを始める。明日の予習は終わっているので必要な教科書とノートを鞄に入れるだけだ。
そしていつもの様にスマホに長い電源ケーブルを繋いだままベッドに入り込む。
後は眠って夢の中へと行くだけだ。
そう思っていたが、なかなか寝付けない。
手には魔法陣を表示したスマホがしっかり握られている。条件的には今までと何も変わりが無いはずだ。
今までなら横になって一分もしないうちに眠りについていた。
「(夢へ行く資格が無くなったか?)」
うっすらとそんな事を考える。もしくは夢の中がアップデート中とか、機械の鳥であるへブラクワイが街にいるせいで人数制限で追い出されたか? などと色々な可能性を考えていた。
寝る時にこう言った色々な事を考えるのは久しぶりだなぁ、などと考え始めた頃、陽平は夢の中に落ちていった。
○★△■
白い世界だった。
何も見えない。いや、見えているが、それが全て真っ白い靄しか無ければ、見えてないのと同じだ。
その状況でも自分の意識ははっきりしている。いつもの様に夢の世界に行こうと思っていたのに、なかなか寝付けなかったと言う事も覚えている。そしてここが夢の中だと言う事も実感出来ている。
「ここは、一番始めにチュートリアルを行った所か?」
あえて声に出してみる。しっかり自分の喉から声が出て、自分の耳にも聞こえ、空間に響いたのを実感した。
現実と同じ感触を持つ夢。つまりいつもの夢の中だ。
「なんかの理由で俺のゲームデータがリセットされたかな?」
本来なら街の中にいきなり出現しているはずだ。終わったのが生産職の一人の工房前だったから、その場所に出現しているのがいつもの流れだ。
そんな事を考えている間に靄が少し疎らになり、その先に一人の人物が浮かび上がる。
チュートリアルの時に先導してくれたOL風の鈴木さんだ。いや、服装が黒のスーツになっている。
「お久しぶりです、陽平様」
「お招きに預かりまして。で、どう言ったご用件で?」
「はい。陽平様に少しお話しがございます。先ずはこちらにいらっしゃってください。ご案内いたします」
「判りました」
チュートリアルでは無さそうだと感じ、この後の展開に期待しながら陽平は鈴木さんについて歩く。
すると一気に場面が変化する。流石は夢だなぁ、と感心しながら陽平は周りを見回す。
そこは光がほどよく降り注ぐ森の中の雰囲気を持つ場所で、遠くには小さな滝とそこから続く川が流れているのが見えた。
目の前には洋風庭園にありそうな大理石で出来た大きめの東屋があり、そこに一人の男が腰掛けていた。
その男は陽平を見ると立ち上がる。それを見た鈴木さんが陽平を東屋の中に導く。
「ようこそ陽平君。私はこの世界の一部の管理を任された存在だ。自己紹介したい所だが私の名は未だ無い。良ければ君に付けて貰いたい。ああ、その前に座ってくれ。ほんの少しだが君と話しがしたいだけなんだ」
少しだけ考えたが、特に何も思い浮かばなかった陽平は、指差された先に腰を下ろした。
陽平から見て、この世界の一部の管理を任された存在は、二代目若社長という雰囲気を持っている。
おしゃれだが何処か胡散臭い、と言う雰囲気も少しだけ漂わせている。
「で、話しとは?」
何か言いくるめられそうな雰囲気が有ったので、出来るだけ手短に済ませよう、と陽平は要件を言えと切り出す。
「まぁ、落ち着いて。先ずはお茶をどうぞ」
気付くと目の前にテーブルが有り、そこにホンのわずか湯気を立てている紅茶があった。ソーサーには角砂糖も乗っている。
ソーサーごとカップを手に取り、まずは香りを確かめる。
確かに紅茶だ。紅茶には詳しくないが、気持ちの良い香りがしてくる。
そして砂糖を入れる前に一口。
始めの一瞬だけ、舌触り的に飲みにくい感じがするが香りでそれらが相殺された雰囲気を感じた。もしかしたら硬水で煎れた本格派か? と考えるが真意は判らない。陽平の舌も知識もそれをはっきりと言い表せる所には無かった。
砂糖を一つだけ入れてスプーンで溶かしていく。
もう一口飲んで、そしてカップを置いた。
「で?」
と話しを切り出した所で気付いた。
夢の中で『飲んだ』。味わった。喉を通る感触をしっかり感じた。
「話があるのはその事なんだよ。飲んでみてどうだった?」
「美味かった。……だが、なぜだ? 美味かったのは覚えているが、具体的な味が思い出せない…」
「ああ、やっぱりか。それはとある国の、紅茶にこだわりのある者の記憶から再現した紅茶なんだけど、受けた気持ちは再現出来ても、感じた味の情報は再現出来なかったみたいだね」
少しだけ、目の前の男の話した内容を吟味する。
「あ、ああ、つまり、同じ味を感じた記憶が俺には無かった、と言う事か」
「正解。美味しかったという気持ちの記憶は持っていても、未知の味には対応出来ないって事だね」
「随分チグハグだな。これも夢の限界か?」
「そのようなモノだ。次はこれをどうぞ」
気付くと目の前に小皿が有り、そこに小さくカットされた果物のようなモノが置かれ、横には小さなフォークがあった。
大凡のルールは判ったので、躊躇無くフォークを取って果物らしき一欠片を口に入れる。そこで衝撃を受けた。
甘すぎる!
思わず吐き出したい気持ちになるが、我慢していると目の前に透明なガラスのコップに入った水を見つけた。それを取って飲み込む。
流石は夢。コップの水は冷たく、飲んでも減らなかった。そして口の中をすっきりさせてくれる。
「初めての激甘だったぜ」
少し恨みが籠もった目で男を見る。
「だが、甘さは経験があるだろう? それが強くなっただけだよ」
「それはそうだが、それを言うと、味なんてのは微妙な強弱の組み合わせじゃないか」
「うん。そこだよ。確か旨味とか甘みとか五種類の味の組み合わせだったよね。しかも人によって味を感じる細胞の分布がそれぞれで、味の感じ方が違う場合もあるとか」
「食生活でも分布比率が変わるらしいな。大雑把な味とかなら同じように感じるだろうが、細かい味については人によって違うってな」
「そうそう。しかも舌で感じる味はほんの一部で、大半は鼻で感じる匂いってのもあったね」
「…で、何が言いたい?」
「まぁまぁ。そんな剣呑な雰囲気出さない。先ずはお茶を飲んで落ち着こう」
目の前のテーブルには先ほどと同じように紅茶が置かれていた。
「(落ち着くためには珈琲の方が好きなんだがなぁ)」
そんな事を思いながら同じように一口含む。
「なんだ! さっきと違ってしっかり味がある!」
思わず腰を浮かせて叫んでしまった。
「どう言う事だ?」
「今度は夢の情報じゃ無く、現実と同じように物質情報を載せてみた」
「…つまり現実と同じ物がここにある、って事か」
「本当の物があるワケじゃないけどね。それにデータからの再現だから全く同じ物にしかならない。これの意味は判るよね?」
「情報コピーで同じ物。揺らぎが無いのか。揺らぎも加えられるんじゃ無いのか?」
「そこなんだよ。揺らぎを加えるのはかなり複雑になる。しかし無いと発展が望めないだろ? だから現実と同じように分量で変わる様にはしてあるよ。こちらで用意した店ではコピー品が売られることになるけど、コピーはコピー元と同じ味にしかならない。揺らぎを感じるには手作業で一つ一つを作る必要があるね」
「あんたらは、新しい味の発展を望んでいるのか? それとも俺たちが夢の中の世界に依存する事を望んでいるのか?」
「……ふふふ。やはり君を選んで正解だったようだね。とりあえずその二つの答えを言おう。味なんてどうでも良いと思ってるよ。そして依存されたら困るとも思ってる」
「なのに、それをするかと考えている、って事は、……居心地が悪くなるのか?」
「正解。いいねぇ、一を聞いて十を知る。なかなかやるじゃ無いか」
「茶化すな」
「うんうん。実は君のお国の情報機関が入り込んでて、色々画策しているみたいなんだよね」
「そんなのこの国だけの話しじゃないし、排除するなんて簡単だろ?」
「彼らもまた、大事なプレイヤーさ」
「排除しなければどうなる?」
「一般人。特に外国の者たちが利用する事を妨害出来る様にしようと計画しているようだよ。まぁどの国も似たような感じだけど」
「ありがちな話しだな。だが出来ないだろ、そんな事」
「出来ないから、何をするか想像も出来ないんだよねぇ」
「それは判るが。だからどうする?」
「参加枠を増やそうと思ってるんだ」
そこで陽平は再び短い思索に沈んだ。
「……死んだら記憶を失う、と言うルールを取っ払うのか?」
「凄い! 流石陽平君。でも、それは議論されたけど却下されちゃったよ。ただ、思い出せないけど、嫌悪するとか避ける傾向になる、と言う所は無くして、再挑戦できるように変更しようと思う」
「その場合、自分で自分を復活させる事はできるのか?」
「再挑戦したら復活もリセット。そもそも再挑戦自体がリセットだしね」
「PKやPKKに関しては?」
PKとはプレイヤーキラー、とかプレイヤーキルと言われる、同じプレイヤー同士で殺し合う事を指す。大概は強いプレイヤーが弱いプレイヤーを経験値稼ぎやドロップアイテムのために殺す行為の事で、ゲームの中だから殺しても罪には問えないだろう、と言う概念から行われるのがほとんどだという。PKKとはそんなPKをPKする事を指し、主に復讐や治安維持的な概念で行われたりする。
「プレイヤーがプレイヤーを殺した場合は、一週間以内にそのプレイヤーを復活させなければ、牢獄に一年間入らなければならないシステムにしたよ。夢の世界に来ても何にも無い牢獄で、動けない、誰とも会話できない、見る物も無い空間で実時間で三千時間ほど過ごして貰う。もちろん、起動術式を持って夢に入った時間だけの合計だから、実質一年ぐらいかな」
「洗脳できる程の拷問だろ、それは」
「うん。だから決してPKなんてしない方がいいよ、って言いたい。実際プレイできなくなるのと同じ意味だけど、どうだろう?」
「フレンドリーファイヤーってのがあるから、ワザとかどうかの判断が欲しい所だな。それに、他のプレイヤーが殺されたプレイヤーを復活させた場合、贖罪のチャンスを失うことになるな」
フレンドリーファイヤーは敵を攻撃中に誤って味方を攻撃してしまう事を指す。
「その判断が難しいんだよね。全てのプレイヤーの心を読むのなんて出来ないし、フレンドリーファイヤーか敵からの攻撃かの判断とかも難しいんだよ。贖罪するつもりがあるかどうかもね」
「ん? それだとPKの判断自体も難しいんじゃないのか?」
「PKは命を奪った攻撃には本人が反応するから、それで見るんだ。そもそもプレイヤーが死ぬって事自体が大事だからね」
「フレンドリーファイヤーしてても、最後の攻撃じゃ無いとPK判断しないのか。それはそれで危ういな」
「ああ、確かに。ギリギリの動けなくなる程度の傷を負わせて放置、とかって出来ちゃうね。どうしよう?」
「どうしよう? って…。スマホとかに数時間の行動を記録させておくとか出来ないのか?」
「んー、少し待ってくれ」
その後、暫くは男とその回りの風景さえも停止した。まるで時間停止だな、などとお気楽な感想を思う。
喉を潤そうと紅茶のカップに手をかけるが、カップはピクリとも動かなかった。
「お待たせ。追加で参加させる人数が減るけど、皆のスマホに数時間分の記録を残す事が出来るという判断になったよ。ただし、それはプレイヤーには利用できないモノだし、こちらもPKの時とか不具合が有った時のログとして利用するだけ、と言う制約があるけどね」
「プレイヤーにとっては有り難い制約だが、いったい誰が言い出した制約なんだ?」
「それは、謎としておいてくれ。ただ、君たちにとっては何よりも信頼できる存在、と言う事だけは確かだ。それ以上は言え無いけどね」
「ふーん。まぁいいや。で、話しを戻すと、飲み食い出来る様になるわけだ?」
「そう。ただし満腹感は感じないし、空腹感も感じない。排泄も無しだから、そうするしか無いんだよね」
「排泄は、なぁ…。で、料理とかも出来る様になるのか?」
「出来る。しかし無くても困らない。おそらくこの先も空腹とかは搭載されないだろうね」
「つまり、重要じゃ無い、余計な事という扱いか。で、何が重要なんだ?」
「陽平君。それは自分自身で見つけてくれたまえ」
「ちっ、乗らなかったか」
「はっはは。ありがとう。今回はとても実りの有る会合だった。また頼む事があったらよろしく頼むよ」
「今回の事。皆に知らせても良いのか?」
「構わない。あ、ああ、スマホに記録される事は言わないで欲しいな」
「ああ、どうせプレイヤーは利用できないんだしな」
「重ねてありがとう。君にはちょっとしたボーナスを送らせて貰うよ。それと、私の名称も考えてくれ。期待しているよ」
そして陽平の回りは再び靄がかかった。
次の瞬間、陽平はいきなり尻餅をついた。
「痛てて、って、なんだぁ?」
場所は夢見の街ミイヤの中に有る岡田小梅の工房前だ。そして座り込む陽平の左右に、小泉澪と鈴木千佳が立ったまま現れる。
「陽平君? どうしました?」
座っている陽平に小泉澪が疑問をぶつける。
「ああ、何でも無い。それより、皆は揃ったかな?」
起き上がり、周りの状況を確認する。昨日は生産組も含めて八人でログアウトの時間を迎えたが、その八時間前に佐藤一たちやゼロツーたちがここでログアウトの時間を迎えていた。
重複するような無様な事は無いだろうが、出来れば至近距離に表れるとかは無しにして貰いたいと思う陽平だった。
生産組は表れると同時に工房に走っていく。それと同時に佐藤一たちが現れた。
「さーて、今日もスライム狩りだ~」
「ぶ~、飽きたよぉ」
佐藤一と林一華がいつものやり取りを始める。生産組はへブラクワイの様子が気になるようだ。
「うん。いつもの始まりだな」
「陽平君?」
陽平がこの場所に来る前に行った場所での時間が、ここでは無かった事になっている事に一種の安心感を覚える。
「仮面! 話がある。皆も聞いてくれ」
「なんだ? 掲示板の内容になんかあったか?」
佐藤一にとって、掲示板はつい先ほど書き込んだばかり、と言う意識だ。それ以前の事柄については学校で話し合っている。ここでいきなり話しと言われても心当たりが無かった。
「つい先ほど。俺がベッドに入ってからだが、ここに来るまでの間に、俺はこの夢の管理の一部を任されている、と言う存在と会ってきた」
「あっ、陽平君がさっき地面に座り込んでいたのは」
「ああ、会って話しをしていた所で座ってからな。そこからいきなりここへ移されて、突然椅子が無くなった状態だった」
「いきなりだなぁ。で、どんな話しをしたんだ?」
「まず、この夢に来る人数を増やすと言っていた。どうやらお国の連中がこの夢の世界を利用しようと考えているらしい。それは良いんだが、下手な事をされて俺たちがここに来るのを邪魔される可能性がわずかだがあったらしい。だから人数を増やす方針にしたそうだ」
「それはお前に話す事なのか?」
「ああ、あっちで勝手にやってれば良いだけの話しだよな。で、人を増やしても単なる物好きでも無い限り、マゾいRPGなんてやってられないだろう? そこで料理が出来る様にすると言っていた」
「つまり飲み食い出来る様になるって事か!」
「ああ、空腹感や満腹感は感じないし、排泄も無しのままになるから、味を楽しむだけになるがな」
「それはある意味朗報だな。食わなくとも行けるんだろ?」
「この世界の居心地を良くして、じっくり攻略に取り組んで欲しいみたいだったな」
「なるほど。人を増やして居心地を良くして、ここに来る事を妨害する動きを封じようと言うワケか」
「それと死んだ場合とPKについても変わるらしい」
陽平は死んだ後に夢の中のゲームを忘れ、それらをなんとなく忌避すると言う傾向を無くして、再挑戦可能にする方針と、PKをした者は牢獄で三千時間過ごさないとならない、と言うゲームを辞めるしか無くなるペナルティを語った。もちろんスマホに行動記録がつく事は内緒で。
「つまりPK即引退かよ。間違って仲間をキルしちまうと引退って事になるな」
「間違った場合は一週間以内に復活させれば良い。指定されたアイテム奉納だから、仲間と協力して集めれば引退は免れる。まぁ、仲間をキルするような攻撃をするな、と言う戒めにもなるな」
「なるほど。きつめだが筋は通ってるな。で、街の事は何か言ってなかったか?」
「街?」
「料理が出来ると、店を持つとか考えるヤツも出てこないか? だとすると他の街、特にこの俺たちの街で商売したいとか言うヤツは出てくると思うが」
「ああ、人が多くないと店なんてやってられないよなぁ。今も他の街に部屋を借りる事が出来るが、その敷居が低くなるんじゃ無いかな。例えば、自分の街で店を開いて、他の街の同じ場所で店を開けば、店が繋がって自分の街の店で、他の街の客を迎え入れる事が出来る、とかな」
「他の街へは一度許認可が必要だから、それをパスしてれば店限定で行き来できるってワケか。それが出来れば街同士の距離も縮まるな」
「まだ人が溢れる程増えたってワケじゃないからな。当分は先の事だろう。個人的には美味い珈琲を飲ませる店が出来る事を願う」
そこでふと、スマホが震えたような気がした。着信振動はもっとはっきり震えるはずだと訝しみながらスマホを取り出すと、一件だけメールの着信があった。差出人は名無し、件名は採用、内容は店を繋ぐのは良いね、役所に仕込んでおくよ、だった。
陽平が確認した途端にそのメールは消え、着信記録からも消えていた。
「どうした? 誰かから連絡来たか?」
「いや、気のせいだった。それよりも、生産組はゴーレムの製作も考えておいた方が良いな」
「ゴーレムですか?」
生産組を代表して中村梓が聞き返す。
「店員ゴーレムとか、ウェイトレスゴーレムとか、お掃除ゴーレムとか、需要が有りそうだと思う」
「あ、なるほど」
「個人的には戦闘の補佐としてのゴーレムも欲しいけどな」
陽平としては小泉澪と鈴木千佳の遠距離攻撃タイプの二人の盾役になるゴーレムがいれば、戦闘に幅が出ると考えている。現状は陽平が二人からあまり距離をとって行動出来ないのが難点だという意識だ。しかしそれが陽平の身を守っている事も理解している。
「俺の方はこんなモンだな。仮面から皆に伝えておいてくれ」
「国がちょっかい掛けて来ている、ってのは隠すか?」
「別に構わないってよ。具体的に何かをしているワケでも無いし、入り込んでる連中もプレイヤーとして期待してるらしいしな」
「概要としては人が増えるのと飲み食いできるって事だな。それ以外も知りたければ、って所か」
「任せる。知りたければ自分で調べる、と言うのも強さの一環になるとは思う。教えて貰えると思ってるヤツは攻略には向かないしな」