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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
18/23

魔導バイク改造と曖昧な夢の時間感覚

 佐藤一たちが目覚めのために消えた。そしてその場には機械の鳥であるへブラクワイと生産組である中村梓、吉田恵、斎藤董子、岡田小梅、山本光雄だけが残った。


 「ピーピェー(本当に消えるのだな)」


 「あの。私たちも八時間後には消えるはずです。その後、ここで何時間後に戻ってくるかは不明なんです。なので、へブラクワイさんの調整を直ぐに済ませたいと思います」


 「ピー。ピェーピーピーピー(よろしく頼む。なに、我は行く所も無し故、何時間でもここで待っているので安心されよ)」


 そして機械の鳥であるへブラクワイの翼の調整が始まった。


 ホームセンターで買ってきた新品の部品や新しいオイルに入れ換えるだけだが、そのためには問題の無い羽を一度外さなければならない。その作業で破損させては本末転倒だ。修理の時と同じように慎重に進める事になった。


 それでも一度行った作業なので、一時間程で終了した。


 今度はホームセンターでアルミ製の脚立を買ってきたので、その上に登って貰ってからの飛翔となった。


 脚立の天辺から翼を開いて飛び降り、直ぐに羽ばたきを開始する。今度は地面に羽をぶつける事も無く、強い羽ばたきを見せて飛んでいった。


 「ピー。ピーピー、ピェーピー(うむ。調子が良い。生まれたてのようだ)」


 機械の鳥であるへブラクワイの調整は終わった。


 「次はこっちかぁ」


 中村梓は村田伶治たちが持ち込んだバイクモドキを見つめる。


 「えっと、誰か運転できる?」


 自転車は乗れてもオートバイは心許ない。それは山本光雄もそうなのだが、唯一の男子と言う事で仕方なく乗ってみた。


 結果は動かす事はゴーカートのように動かせるが、問題はサスペンションだ。草原ならまだなんとか乗れるだろうけど、アスファルトの舗装道路では振動が最悪の領域に来る。腰を浮かせていても、ハンドルを持つ手が痺れて持っていられなくなる。


 金属製のタイヤと振動吸収という概念が無い車体構造が主な原因だが、これを乗りやすく改造すると言うのは不可能に思えた。


 「ん」


 そこで山本光雄の提案でホームセンターに行く事にした。街に持ち込まれた物がホームセンターで売られるという不思議現象に期待した賭けみたいなモノだ。


 ホームセンターに興味を持ったへブラクワイを伴って歩いて行き、店の中を散策すると、アウトドアのコーナーに今まで存在しなかった物が置いてあった。


 電動式一人乗りバギー車。


 いわゆるEV車だ。形は小型のバイクにタイヤを四つ付けた様な恰好をしている。バギー車としては簡素な作りのタイプだが、不整地で乗りこなすスポーツ的な娯楽用のしっかりした形をしている。何より前輪、後輪に形式が違うがサスペンションが装備され、ゴムのタイヤがついている事が大きい。


 そしてもう一台。同じEV車だが、こちらは完全に車タイプで二人乗りだ。


 先ほどの方は四輪バイクという形だったが、こちらの自動車タイプが一般的にはバギーと呼ばれるタイプと言って良い。


 二種類とも作りは簡素で、改造には打って付けに見える。


 二種類ともにEV車だ。これから草原で長時間活動する事を考えたら、充電が必要な電気自動車は使い処が難しくなる。もちろんEVの機能はそのままに魔力による駆動が出来る様になれば一番良いが、両立する仕組みを作るには今の生産組には難しい。


 なので完全な魔力駆動方式に改造するしか無い。


 一応これがガソリンによる内燃機関だとしてもEVよりも駆動音などで欠点が多いので除外だ。


 悩みに悩んで、結局両方を一台ずつ購入する事にした。


 生産組が使える金額は、クラス全員からのカンパによるので、それなりの額は使えるが、それでも初期投資などで散財していた。そこにこの二台の金額はかなりの痛手で、残金をほとんど使い切るような形になった。


 「ん」「うん」「ん」「ん」「ん」


 皆で仕方ないねと頷き合い、会計でスマホをかざして配達を選択する。これで工房に配送されたはずだ。


 その後は、もう残金は雀の涙程しか無いが、買うつもりは無くともホームセンターを散策した。


 そこに、村田伶治たちが持ち込んだ魔道バイクモドキも販売されていたのを見て、皆が拍子抜けした。さらに魔法駆動のユニットのみの販売も行われていたので、一度街の中に出て、すねこすりから河童までを連続で強襲して稼いで来たのは言うまでも無い。


 生産組もなかなかワイルドに育ってきている。


 「これ、私たちが魔法駆動のバギーを作ったら、ホームセンターに売りに出されるんでしょうねぇ」


 中村梓が溜息を吐きながら感想を述べる。


 「うん」「ん」「うん」「ん」


 「そうですねぇ」


 結局は作らないとならないし、数が必要なら自分たちが作るよりも買ってきて貰った方が楽できるから良いんじゃ無いか? と言う他の四人の意見に中村梓も溜飲を下す。


 買う物は買った。と言う事で工房へと戻り、早速届いたバギーからモーターを外す。二度とモーターを接続させない方針なので扱いは乱雑だ。しかしライトなどは電気式のまま残して活用するためバッテリーはそのままにする。家庭用コンセントから充電が出来るが、落ち着いたら小型のモーターを魔力駆動の回転に噛ませてダイナモとして発電させて給電する仕組みを考えている。


 後はホームセンターで買ってきた魔力駆動ユニットをモーターの位置にはめ込み、固定具を自作する作業だ。


 バギー本体の骨組みと魔力駆動ユニットとを繋げるマウントと呼ばれる接続金具を自作しなければならないが、それは鉄板を切り出して、必要なら折り曲げ、ネジ穴を開けるか溶接をしなければならない。


 溶接は溶接機を購入してあるが、錬金術師の二人の手が空いている場合は錬金魔法で融合させる方が効率は良い。


 ここで、本来ならばモーターと魔力駆動の回転数やトルクの強さを測り、適したギアシステムを構築する必要があるのだが、それらについての知識が無い者たちなのでモーターの代わりに魔力駆動をそのまま搭載してしまった。


 魔力駆動はモーターに近い回転数を出せるが、トルクはモーターの倍近くある。ほとんどが金属の塊である鶏人間たちのバイクを強引に動かす程のモノだから当然ではあるのだが、ベアリングなどで回転効率を上げた機構を持つバギーにはいささか力を持て余す事になる。


 具体的には低速域での加速力と高速域での加速力がほぼ同じになったり、かなりの重量物を運搬する事が可能だったりする。だが、簡単構造のバギーにはいささかオーバースペックで、有り余った力を有効利用しようとすると車体そのモノに負担をかける事にもなる。


 そんな魔力駆動をモーターと同じ感覚で取り付け、魔力伝達をハンドルから出来る様にして、魔道バギーの一号機が完成した。


 色々と足り無い部分、付け足したい機能などは多々ある。だが初めての魔力駆動による車両の完成だ。


 やり遂げた感じを満喫しつつ、早速試運転となった。


 テストドライバーは山本光雄。鶏人間のバイクの時に引き続きのテストドライバーだが、今度はワクワクして乗り込んだ。


 そしてすねこすりが出る一般道路まで押して移動し、シートベルトをしてハンドルをしっかり握る。これで後はアクセルを踏めば、と言う所で思い出した。


 「(ハンドルを握れば魔力が供給されるようにしか造ってなかった)」


 結果。いきなり暴走した。


 速度を出すのはアクセルを踏む。と言う固定概念もあって、ハンドルを握った時点で暴走を始めたためパニックに陥る。


 いや、魔力の供給を止めれば良い、と言うのは理解しているが、暴走中にハンドルから手を放す勇気は一切無かった。


 そしてちょっとだけ動かせたハンドル操作でバギーは転倒。


 コロコロと転がって横倒しの状態でなんとか停止した。


 ハンドルは痛い程強く握っているままで、タイヤは煙を上げて回っていた。


 「「山本君!」」


 中村梓たちが走って救助に向かってくるのを感じて、ようやくハンドルから手を離せた。


 「だ、大丈夫」


 横倒しのままのバギーから返事をして、中村梓たちを安心させる。


 その後、シートベルトを外してなんとかバギーから抜け出し、横倒しのバギーを元に戻す。


 バギーは四輪バイク形態では無く、自動車タイプを選択して改造を施していた。


 バイク形態は本当にバイクに跨がっている体勢と同じなので、転倒しそうな場合はバイクから自ら放り出されるようにする必要がある。それはある程度以上の慣れと経験と勇気が必要だ。


 自動車タイプは跨がずに乗れる背もたれのあるシートが設置されていて、ガッチリと身体を固定するシートベルトもある。ロールバー、もしくはロールケージと言う鉄パイプで構成されたドライバーを保護するケージもあるので、たとえ転倒したとしても潰される事は無い。


 なので今回、山本光雄は怪我一つ負っていなかった。


 パニックになったのと目が回ったぐらいだ。


 そして問題点を言い合いながら魔道バギーを皆で押して工房に戻っていった。


 端から見ると「うん」「ん」「む」とかだけで何を話しているのか判らなかった、とへブラクワイは後に語った、とかなんとか。


 問題点は魔力を直接供給する形式だと細かい魔力操作が必要になるという難問だった。つまりアクセル操作を魔力の供給量だけで行うと言う難事だ。


 それを解決するのに必要なのは一時的に魔力を溜めて、一定量を放出するコンデンサの様な物と魔力を溜めておけるバッテリーの様な物だ。


 二つとも未だ発見してはいない。魔力供給源としての魔石はあるが、これは消費するだけの電池と同じ様な物なので、魔石に充電する方法が見当がつかない状態だ。


 皆で暫く悩んで、魔力駆動は一時的に諦める事にした。


 近いうちに実現させるのは当然だが、今は実用を取ろうと言う事にした。


 未だ電気式モーターを積んだままの四輪バイク型のバギーを見る。その後部に荷台を取り付けて、そこに魔力駆動ユニットをモーターに取り付けた簡易発電装置を取り付ける事にした。


 要は魔力で発電し、その電気でEV車を走らせようと言う事だ。


 仕組みは単純だ。太陽光発電に使うポータブル電源に、モーターを回転させて発生した電気を送れば、ポータブル電源が勝手に電力を蓄えてくれる。ポータブル電源には普通にコンセントが装備されているから、そこからEV車のバッテリーへ給電すれば良い。


 バッテリー残量はEV車自体に取り付けられているから、それを見て手動で魔力駆動ユニットを操作すれば無駄な供給をしなくてすむ。

 過充電を防ぐチャージコントローラー付きのポータブル電源を選択すれば、安全性も確保出来るだろう。


 問題はバッテリーが二系統存在する事で効率的では無い事と、仕組みが大きくなる事ぐらいだ。それは専門家でも無い高校生の限界でもある。


 方針が決まれば後は実行するだけだ。


 配置を考え、必要な骨組みを作り、そこに魔力駆動ユニットとモーターを組み込んでいく。整備性を考え、ポータブル電源は取り外し可能な仕組みで台座を作り、全体を一つの塊にした。それを四輪バイク型バギーの後部に作った荷台にボルトで固定して完成だ。


 バイクのハンドル部分に魔力駆動ユニットに繋がる魔力伝達ラインを繋いで、そこに魔力駆動ユニットへの接続のオン、オフが出来るスイッチを繋いだ。


 その接続をオンにしてハンドルを握ると、作り付けた後部荷台から駆動音がしてくる。


 バイク型バギーの表示は充電中になっているが、構わずスイッチを入れ、走行モードに移行させる。そしてアクセルを回すと、バギーはゆっくりと走り出した。


 充電方法が特殊なだけで、基本は市販されている電動バイクと同じ物だ。


 ほぼスクーターに乗る感覚で運転できる。四輪なのでハンドル操作が車ともバイクとも微妙に違うのだが、街中の舗装路をトロトロと走る分には問題は無かった。


 そして五人が交互に乗りまくる。


 現実で原付免許を取得してバイクを買うか? などと調子に乗っている五人であった。


 「調子はどうだ?」


 五人が一通りバイク型バギーを満喫し終えた時に、陽平たち三人が生産組を訪ねてきた。


 生産組が時間延長の宝玉を使うと決めた時に、戦える者が連絡のつく場所に居た方が良いだろうと、直ぐに時間延長の宝玉を使っていた。


 そして今までスライムと蟻を中心に狩りを行っていたが、そろそろ滞在時間も終わりそうだと感じて、一度生産組の様子を見に行こうとなったのだ。


 「陽平君。お疲れ様です」


 「お疲れ。見たところ形にはなったのかな?」


 「いえ。基本は電動のバギーそのまんまです。魔力駆動は発電にしか使っていませんので、魔力駆動を使えているとは言え無いと思います」


 「間に電気を介在させているとしても、魔力で動くんだから使っていると言っても良いと思うけどね」


 そして失敗の経緯を聞いて、色々納得していた。


 その間は小泉澪と鈴木千佳が吉田恵から説明を受けて電動バギーを試し乗りして楽しんでいた。ほとんどデパート屋上の遊園施設でゴーカートを乗り回すノリだった。


 「要はまだまだ金が掛かると言う事か。時間延長の宝玉と魔石はいくつかドロップしてたから、魔石の方は換金した方が良いかな」


 「ああ、魔石は研究したいんで、少しだけでも残して貰いたいですが、今は仕方ないですねぇ」


 「スライムから集めた極小の魔石は四十程ある。これを全部渡しておくから、好きなように使ってくれ」


 「はい。ありがとうございます。あ、あのバギーの試作一号機は陽平君たちが使いますか?」


 「三人で乗れるタイプが出来たらそれをくれ。一号機は追加実験用に色々弄って行きたいんじゃ無いか?」


 「ええ。まだまだ納得出来る物じゃないんで。では三人乗りか四人乗りタイプを試作してみます」


 「一度持ち込めばホームセンターに売られるんだよな。なら四人用か六人用が良いかもな」


 「あ、そうですね。他の皆の分も必要でした」


 「始めは骨組みとシートだけの、直ぐに降りて展開できる吹きっ曝しの物で充分だと思う。そのうち装甲車みたいな物も必要になるかも知れないけどな」


 装甲車と聞いて中村梓が想像したのは戦車だった。


 「装甲車ですかぁ。それは重そうでね」


 「ガードしても重さが無いと弾き飛ばされてしまうからな」


 「なるほど」


 「アニマルガードとか付けて、鹿とは言わないが、イノシシなら弾き飛ばせるぐらいのモノが出来れば、草原自体は突破して次のステージに行けると思う」


 「はぁ。装甲車の存在が必要条件なのでしょうか?」


 「本当なら草原の獣さんたちから逃げ切れるか、戦って突破するのが条件だと思うけどな」


 「条件って誰が判定するんでしょうね」


 「あ、ごめん。そうだった。条件じゃ無く、大凡の目安だ。草原を越えた次は、草原を越えられるぐらいの力が無いと難しいと言う感じになるんだと思う」


 「つまり、草原の先はそれぐらいの強敵になるわけですね」


 「だとは思うけど、ここがそう言うセオリーに則っているかが疑問なんだよな。まぁ草原の獣さんよりは強いのが出てくると思っておいた方が無難って事は間違いないけどな」


 「ですね。すると、皆さんの武器とかも考えないとなりませんねぇ」


 「あ、氷の…、じゃなかった。停止の杖の複製はどうなった?」


 「あれは…、街に持ち込まれた事で魔法屋で売りに出されてました」


 「ああ。複製とか頑張る必要が無かったワケか。残念…だったか?」


 「残念と言えば残念なんですが、ホッとしていると言えば、言えちゃいます。正直、どう複製して良いか見当もつかない物でした」


 現時点で火の魔法の杖も複製は不可能だ。売られている物を買って使っているにすぎない。


 「そっか、それは追々情報が入ってくるかも知れないから、あまり焦る必要は無いとは思う。だけど知ろうとする努力はしなければならない、って所が厄介な話なんだよな。まぁ、追々だ。それと、他の武器については何か思いついた事はあったか?」


 「いえ、こちらもバギーの改造でいっぱいでしたので」


 「だよなぁ。そういうのは俺たちが思いつかないとならないワケだが、なかなか思いつくモンじゃ無いってのがなぁ」


 ホームセンターで武器を見繕っている時も、意識していないと有効な武器などでも見逃す傾向が強かった。例えばスタンガンや連射式ショットガンなどだ。スタンガンを探そう、と言う気持ちで見れば直ぐに見つかったのだが、それを思いつくまでは完全に見逃していた。


 いや、その場所に存在していたかさえも曖昧だ。


 陽平にしてみれば『夢』なのだから当たり前だと思う。夢の中だと、気になった部分に場面が移動したり、同じ場面を何度も繰り返したりする。しかもそれが二回目だという意識も無く、同じ場面を繰り返していても初めて体験する場面だと認識する。その認識をするために、意識的に同じ場面を繰り返しているのだが、夢を見ている本人にはその自覚が無く、なんとなく先の展開が読めるなぁ、などと呑気な事を考えたりするだけだ。


 夢の展開上、都合が悪くなれば繰り返していた場面でもあっさり覆すような場面になったり、全く別の場面で、全く別のストーリーが展開されたりするのが『夢』だ。


 『夢』とは記憶の整理と言う者がいるが、陽平は現実でのストレスを発散させる都合の良い空想世界と言う説の方が納得出来た。


 都合の良い世界。それが『夢』。


 『誰』に取って都合が良いのかが重要だ。それがこの『夢』の世界でのルールになる。


 複数人が入り込み、一定の現実的物理法則を踏襲しつつ、魔法という非現実の力を振るえるこの『夢』が、現実の一人の人間の見る『夢』では無いと言う事は想像出来る。だが、だからと言って、この『夢』を見ている『者』のアテがあるワケでは無い。少なくとも現実的物理法則はともかく、魔法や社会構造、金銭での取引を理解している者で無くては実現しないだろうと陽平は思っている。


 つまり、陽平から見れば、自分たちが気付かない部分は『気付かない』と言う事がこの『夢』を見ている『者』にとって都合が良いのだろうと考える。


 要は段階を踏ませたいのだろうと。


 段階を踏んで成長すれば『魂』が強くなる? その考え方は簡単に否定した。


 段階を踏んでも、単純に器用になり体力が増えるだけだ。逆境を耐え忍んでも、その時だけ耐えられて、それ以後は簡単に諦める様になる事もあり得る。


 魂の力なんて無い。その時の考え方でしか無い。だから『魂』の力などと言う話は完全否定した。


 ならば段階を踏ませる必要性は?


 陽平は大きな力を使う覚悟と慣れを鍛えているのでは無いかと想像した。


 予想では無く、想像だ。何の根拠も無いし、その目的については想像も出来ない。


 結局、夢の世界に来ている者たちを『強く』しようとしている事だけは判る。そのためのふるい落としをしている事も判る。とりあえず、今はここまでしか判らない、と言う所で思考を切り替えた。


 「そろそろ今回延長した分の時間も終わる頃だ。片付けを始めよう」


 「あ、はい。そうですね。へブラクワイさんにももう一度説明しないと」


 中村梓は皆に片付けを指示。四輪バイクのバギーを押して工房に入れ、使った道具類を片付けに入る。陽平たち三人も簡単な手伝いを買って出て、片付けはあっさり終わり、目覚めの時間になった。


 ○★△■


 陽平はいつもの時間に目が覚めた。


 スマホでも判る事だが、あえてパソコンを起動させてネットの情報サイトを開く。そこには今日のニュースがピックアップされていたが、陽平が必要としたのは日付だ。


 「うん。しっかり、いつも通りに目が覚めたな」


 夕べ、いつも通りに寝て、約八時間と少しの時間が経過した朝だ。


 情報サイトの天気予報も、明日以降は別だが、本日の天気は一日を四分割した天気を表示していて、過ぎた時間の天気は表示されなくなる。そこもしっかりと朝の天気が表示されていた。


 朝の天気は曇り。夜遅くに雨の可能性があり、遅くなる方は傘の準備を、などと書かれていた。


 納得した陽平はパソコンはそのままにトイレと顔を洗いに行く。


 そして朝食を済ませた陽平は学校へと出発するわずかな時間にいつもの掲示板に書き込みを入れた。


 思えば掲示板に書き込みを入れるのは初めての事だった。


-----------------------

 【陽平と愉快な仲間たち】


252 名前:陽平

   時間延長の宝玉を使った陽平だ。

   鑑定の通り約八時間延長されて、朝はいつもの目覚ましの時間に目が覚めた。

   特に日を跨いだとか、八時間多く眠ったとかは無い。目覚めもすっきりで、あっちで十六時間動き回っていた疲れも感じない。とりあえず今日の日中は様子見だが、何か変化があれば報告する。以上だ。では学校に行ってくる


-----------------------


 それだけを書き込んでパソコンを閉じた。


 前後の脈略をぶった切った突然の書き込みだが、判る連中には判るだろうと、結果だけを書き込んだ。もしも補足を求める者がいても、本人は学校へ行くと書き込んだのだから、状況を理解出来る他の者が説明するだろう。


 そして学校へ登校。


 朝一番で佐藤一に詰め寄られる。


 「で、どうよ?」


 「今朝はだし巻き卵とシャケの焼いたのに大根おろし、漬物に味噌汁だ」


 「そうか。俺はトーストに目玉焼きを添えてみた」


 「な、なにぃ! 仮面! 貴様何者だ! 本物の仮面をどうした?!」


 「やはりそう言うと思ったぞ。確かに目玉焼きとは言え俺がフライパンで卵を焼くなどと言う行為をするはずが無いと思ったのだろう? 確かに俺もそうだ! だが、最近は朝をすっきり目覚められるからな。ネットで上手な目玉焼きの作り方を検索して再現する時間的余裕が出来たのだ! どうだ! 恐れ入ったか!」


 「目玉焼きの作り方を検索とは、朝からなんという難題をこなしたんだ! ロウソクは最後の一瞬に一番光り輝くという。仮面! 貴様、今日、死ぬのか?」


 「む! それは否定出来ないが、おそらく大丈夫だ。食い終わってから気付いたが、目玉焼きもケチャップで味付けしたが、塩胡椒を忘れて、微妙にあっさりした味になったしな」


 「そうか。塩胡椒の差で一命を取り留めたのか。紙一重だったな」


 朝一からいつも通りの会話が続く。陽平と佐藤一の会話は教室では一番の注目事項になっているが、その内容に一部は呆れ、一部はいつも通りと安心し、一部は目玉焼きの作り方を検索していたりする。


 「で、どうだった?」


 「正確な時間は計れていないが、おそらく八時間の時間延長は確認した。全員がほぼ同じ時間に終わりを迎えたと思うが、それは俺の所の二人と生産組に話を聞いた方が良いな」


 「お前の体調とかはどうだ?」


 「朝はいつも通り疲れも無く目覚めた。授業中に眠くなるとかが無いか調べないとならないが、今のところは追加の疲労は感じていないな」


 「つまりはデフォルト、と言う事か」


 「何時間まで延長できるのかも問題だな。八時間プラス八時間の十六時間が限界だとは思うが、疲労が出ないと言う事はそれ以上もある可能性もなぁ」


 「睡眠無しで冒険を続けるとしたら十六時間が限界か。だが飲み食いしないで戦えるあの世界だからなぁ」


 「単なる勘だが、あの世界で二十四時間とか過ごしてたら、こっちの現実の方が短かく感じるんじゃないか? そうしたら主従逆転だ。こっちがついでで、向こうがメインになる可能性がある」


 「夢の世界への依存、か。現実より面白いと感じるヤツも多そうだな」


 「あそこに行けるのが一日に一度、と言うのは、そう言う依存を避けるため、か?」


 「何処まであの夢が『善性』を持っているかって話しになるな」


 周りは皆、佐藤一と陽平の会話を聞いていた。そこで残りの皆も登校して来て、全員が揃ったのを佐藤一が見繕う。


 「よし皆揃ったな。まずは小泉、鈴木。二人は陽平と一緒に時間延長の宝玉を使ったよな? 陽平とほぼ同じように八時間程で目覚めたか? 体調はどうだ?」


 「あ、私も陽平君が消えた後で直ぐ目が覚めたので同じだと思います。体調も変化ありません」


 「アタシもだな。陽平が消えた後、直ぐだったから小泉が消えたのとかは確認してない。体調とかはいつもと同じだと思う」


 「そうか。じゃ次、生産組はどうだ? いつもより疲れたとか眠いとかは無いか?」


 「どう?」「うん」「ん」「うん」「ん」


 「皆いつもと変わり無いそうです」


 中村梓がとりまとめてから代表で答えた。


 「テレパス能力って夢の中の能力じゃ無かったんだなぁ…」


 「呆けるな仮面! まぁ、とにかく、時間延長の宝玉は一回きりの八時間の延長なら問題無いと言う事だろう」


 「あ、ああ。合計十六時間までなら、現実の世界と夢の世界の区切りがつく限界だと思われる」


 「限界以上に使ったらどうなる?」


 そこで井上智久が質問した。


 「不明だ。そもそも二個目の宝玉を使えるかどうかも不明だが、俺や陽平の意見としては十六時間以上夢に入るのは危険だと認識している」


 「具体的には?」


 「お前らは現実の世界の自分を充実させるために夢で修行している様な部分があるから安心なんだが、夢の中で楽しむのが生きがいになったりしたら、現実の時間が煩わしくなってくる可能性がある。下手したら起きてる最中はイライラしっぱなしで、誰彼構わず喧嘩をふっかけるような性格になっちまう可能性がある」


 「さ、流石に、それって、どうよ?」


 「そう思えるようなら安心なんだがな。だが夢に長く入り続けて、現実よりも重要になってきたら、早く夜になれ、早く寝る時間になれ、と昼間の間中考えるようになっちまうかも知れない。そうなったら依存症と同じだ。アル中ならぬ夢中だな」


 「あるのか? そんな事」


 「例えばパチンコとか競馬とかを例にとると、アレって負け続けても偶に勝つ事があるよな? 勝てば儲かるのはあるんだが、同時に勝ったという成功体験が脳に快感を与えるんだ。それは一回でもかなり心地良く感じて、もう一度それと同じ快感を感じたいと思う欲望が湧く。これって、原始時代から狩りの成功体験とか危険な状況からの脱出体験とかを学習する本能なんだが、儲かる、とかよりも成功と言う快感を感じたいと、どんどん金をつぎ込んじまう。ちょっとだけ儲かっても、その快感じゃ満足出来なくて、儲かるんだからという言い訳を使って、結局全財産を使い果たしてしまう。それがギャンブル依存症ってヤツだ」


 「それの夢バージョンか」


 「ああ。あの夢の中では、死ぬかも知れない賭に出て戦う、なんて状況もままある。成功して生き延びたら、それは生存できた成功体験として脳が快感を感じる。つまり簡単に生存するための戦いに依存しやすくなる、って環境だ。長く居続けると、現実の身体を鍛える、なんて目標を言い訳にして、夢の中で戦う事が目的になるぞ」


 佐藤一がそこまで話した所で、朝の予鈴が鳴った。間もなく朝のホームルームのために担任が来るだろう。だが教室は教師が入る前から静かなままだった。


 「おはよう」


 二年二組担任、千秋真之が教室に入ってくる。いつも月曜と木曜の朝は髭を剃ってくるが、それ以外の日には無精髭が目立つ独身教師だ。愛称はチアキちゃん。生徒が裏で勝手に付けるあだ名だが、教師たちの中では一番無難な愛称だった。


 「起立」「礼」「着席」


 池田弥栄の号令で立ってお辞儀して座ってをして朝のホームルーム。


 「誰か休んでいるのは、いないな。体調が悪そうなのはいないか? じゃ次だ。これから進路希望の用紙を配る。希望がガッチリ決まってるならそれを書いてガッチリと書いておけ。ふんわりとしか考えて無ければふんわりと書いとけ。とても残念な事に、この世は働いて金を稼がないと生きていけない。だから進路ってのは将来の仕事を決めるって事でもある。仕事ってのはなぁ、毎日毎日、同じような事をそつなく、失敗する事無く、繰り返していく作業だ。毎日毎日同じような事だ。飽きたからって止められない、変える事は出来るがそうなったらそれまで築いてきた信用も経験もゼロになると思え。はっきり言ってもったいない。だからしっかり生涯を通してやりきれる仕事を選んで、それに見合う学力なりを身につける努力をしなければならん。そのための進路相談だ。しっかり考えろ」


 世知辛い世の中の常識を説いて枠が三つだけ書かれた用紙を配る。


 「佐藤、何かあるか?」


 とりあえず伝達事項はそれだけ、と言う所で千秋真之教師がクラス委員では無く佐藤一に聞く。クラス内の事を聞くなら佐藤一という図式は教師にも知れ渡っている。


 「俺からは特に……、あ、ああ、スマホ禁止令ってどうなりました?」


 「ああ、あれか。金がかかるとか面倒とかでほぼ話しは無くなったな。授業中に使わなければその話しは復活しないだろう。逆に言えば、って事をしっかり考えろよ」


 「了解しました」


 「ああ、そうそう、なんか小宮山先生が言っていたが、お前ら、授業中に寝ないでしっかり授業聞いてるそうだな。三浦先生は昨日の小テストで、このクラスだけ高得点だったとか言ってたぞ。なんか、悪いもんでも喰ったか? 佐藤?」


 「あ、えーと、ど、どうなんでしょう?」


 「なんだ、はっきりしないな。陽平。お前は何か知ってるか?」


 「実は、ベネチアンマスクをしてショットガンを持った佐藤を、夢の中で見るようになったんです」


 「なんだそりゃ? ベネチアンマスクって、あの、中世ヨーロッパの仮面舞踏会の時のあのマスクだろ? 変な夢見てるな。なんか悩みでもあるのか?」


 「…」


 「ん? あ、イヤ、お前の夢見の話しじゃなくてな。って、おい、陽平と同じようにマスクかぶってショットガン持った佐藤を夢で見たヤツ!」


 頭を抱えている佐藤を除いて、クラス全員が手を上げた。


 「………、あー、クラスの成績は上がってるんだよなぁ…。うん、そうだよな、うんうん、よし! 問題無し! 皆、勉強を頑張るように。以上だ」


 「「「えぇーっ!」」」


 逃げていった千秋真之教師に教室からブーイングが起こるが、直ぐに収まった。


 「よ、う、へ、い~」


 佐藤一が陽平を睨み付ける。


 「俺は嘘は言っていない!」


 「うるせい!」


 それからはいつもの日常が始まった。

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