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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
16/23

夢魔と魔道バイク

 村田伶治、大槻圭子、川端信、綿貫光洋、宮本謙信の五人が鶏人間たちが集まっている場所に導かれ、その後、鶏人間たちのバイクに乗せられることになった。


 バイクにタンデムで二人乗りかと思われたが、鶏人間のバイクは二台が合体して中間に二人が座る椅子を形成する事が出来る仕様だ。


 形態は二台のバイクの間に折り畳まれている足場のパイプを伸ばすと、そこに手すりと太めのパイプが座る場所として二つが縦に並ぶ。搭乗者は太めのパイプに跨がる恰好で乗って、足場と手すりで身体を支える構造だ。


 極々簡単に表現すると、二人乗りの自転車からタイヤ関係を取っ払い、骨組みだけになった物を二台のバイクで挟み込む、と言う感じだ。


 それを六台のバイクを繋ぎ合わせ、三台の簡易的な護送車にする事になった。


 さらに別の二台が一台になって、先ほどダチョウモドキから放り出された『何か』を運ぶための輸送車になった。


 その『何か』については村田伶治たちには教えられなかった。


 五人が三台に別れて乗車、と言う事でシングルなのは村田伶治だ。これは会話をした村田伶治がリーダーと見られ、他の者と分けられると言う意味もあるのだろう。


 そして連れられてきた場所は村田伶治たちが鶏人間たちと出会った場所から歩きでなら一時間弱という場所。約五キロ程の場所だった。


 鶏人間たちのバイクは帰投するだけと言う状況であり、草原の上を走行すると言う事から時速三十キロ程度の速度で走っていたと村田伶治は体感から予測した。それでも乗り心地は最悪で、約十分弱の走行は一種の拷問では無いかと感じた程だ。


 「(このバイク、サスペンションとかの概念が無い)」


 良く見ると鶏人間たちは少し腰を浮かせて運転していた。


 「(じ、自力サスペンションかよ)」


 自転車で言えばサドルに相当する場所は座る場所では無く、跨がって、身体が左右にぶれるのを防ぐためだけのモノだったようだ。馬がギャロップ(襲歩)の歩法をしている時の馬の乗り方に近い姿勢でなければ尻から骨盤、そして背骨に甚大な被害を及ぼすと思われる。


 「(先に言ってくれよ、と言いたい所だが、奴らにとっては常識なのかも知れないな)」


 おそらくは彼らの一時的なキャンプ地に到着。


 おそらくと表したのには理由がある。キャンプ地であるのは判るがテントは無く、長めの棒を地面に突き刺しただけの簡単な境界があるだけの空間だったのだ。


 縦横三メートル程の敷地を一辺あたり六本から七本の棒が取り囲んでいる。ただそれだけだ。壁も無ければ屋根も無い。コレなら地面に線を引いただけでも良いんじゃ無いか? と言う程の手抜き加減だ。さらに地面に直座りな形式らしく。椅子やテーブルどころか座布団も無い。まんま、地面だ。


 そんな『敷地』が数カ所あり、村田伶治たち五人もその一つに通された。


 これは村田伶治たちを冷遇しているのかと思われがちだが、隣の敷地を見ると同じように棒で囲った敷地に鶏人間たちが地面にしゃがんで歓談している様を見れば、コレが彼らの当たり前なのだろうと想像出来る。


 まぁ、村田伶治たち五人は、地面に四つん這いになって痺れる尻を労っている最中なので細かいことはもう少し先になるだろう。


 そして数分後。徐々に皆が復活してきた。


 「約十分程の行程だったから被害は軽くてすんだな」


 「あ、あんなの乗り物じゃねぇ」


 「だよねぇ。あの人たちって、良く平気で乗ってるよね」


 「ああ、奴らは尻を乗せていないで、ずっと浮かせてたぞ。膝でクッションかけて、腕にも体重乗せてたな」


 「そう言う乗り方だったんだぁ」


 「まぁ、乗り方についてはどうでも良いが、これからどうする?」


 川端信が話題の軌道修正をする。


 「当面は情報収集だな。ここの連中が善か悪かなんて関係無い。俺たちにとって敵か味方か、そのどちらでも無いかの見極めが必要だ」


 村田伶治の言葉に四人が頷く。


 「出来ればで良いんだが、あのバイクを何台か得られれば、と言うのも追加だな。アレの仕組みを使って俺たちに都合の良い車両を作れれば、と言う思いはある」


 と川端信。


 「この場所まであのバイクで十分ほど。警戒しながらの歩きだと約一時間はかかるかな。往復だけで二時間ってのは僕たちにとっては大きいしね」


 宮本謙信が同意して重要性を語った。


 「連中が使っていた魔法の杖についても情報が必要ですね。何らかのパワーアップの切っ掛けにもなりそうです」


 大槻圭子が発言した時、少し離れた場所から数人の鶏人間たちが近づいてくるのが見えた。壁なんて無いから、外からも中からも見放題だ。


 「コケコケ(少し宜しいですかな?)」


 「あ、はい、どうぞ」


 代表は鶏の着ぐるみを着た老人だった。はげ頭だが鶏冠は無く、微かに見えている皮膚に白い毛は無い。

 その代表を守るように二人の鶏冠付きの鶏人間が付き、さらに二人が敷地の外で警戒のために待機している。


 着ぐるみ老人が村田伶治たちの対面にしゃがむ。


 完全なウンコ座りだ。ヤンキー座りとも言う。コンビニ前でたむろするチンピラ学生かよ、と言う思いを無理矢理に飲み込む村田伶治。


 護衛の二人も老人を挟む位置で同じようにしゃがんだ。


 この座り方が鶏人間たちのスタンダートのようだ。


 それに対して村田伶治たちはアグラなので完全に尻を付けている状態だ。これは文化的な違いでは無く、生態的な違いがあるのでは無いかと宮本謙信は予想した。


 「コケココココココケコケッコーコケ(拙者はロブウの畔に住まう氏族のコーロウ丘の抗の者たちを統べる老鶏の一羽である)」


 「自分は夢見る街の人間の一人です」


 村田伶治は、彼らには個別の名前が無く、地域と役割が名称の変わりになっていると予想した。つまり彼らは全体主義だ。そこに『私は村田です』と自己紹介しても混乱を招くだけだろう。なので人間の一人と自己紹介した。


 「コケッコー、コケコケ(やはり外つ人であられるか。此度はなに故この地に?)」


 「自分たちは新しき場所を探索する目的と修行して強くなる目的を持っています。それ故に偶然この地を訪れたにすぎません」


 「コケコケコケコケッコー(それが外つ人の生き様というのは聞き及んでおる)」


 「こちらからも伺っても宜しいでしょうか?」


 「コ(うむ)」


 「貴方方と我々とは文化的な違いがかなり見受けられます。これは自分たちは当たり前の行動を取っているつもりでも、相手にとっては侮辱だったり禁忌だったりする場合もありえます。なので、不躾になり得るでしょうがこの際に詳しくお聞きしたい」


 そして聞くことが出来た鶏人間の生態は驚異としか言い様が無かった。


 鶏人間は生まれる時は胎生で、腹の中である程度成長してから出産される。それは人間と同じなのだが、その姿形はほとんど鳥だ。


 黄色いヒヨコから鶏冠のある鶏への成長途中の小雛から中雛的な姿をしている。


 そして成長するにしたがって鶏の形と人間の形を合わせたような姿になっていく。


 ほぼ大人と見られるのは鶏冠がしっかりと色づいた頃で、現在、キャンプ地にいるほとんどの鶏人間がそれにあたる。


 そして年を取るに従い鳥から人間形態に身体が変わっていき、老鶏と呼ばれる頃にはほとんど人間の老人と変わりが無くなる。


 そのため、年を取ると鶏の着ぐるみを着るのが一般的になると言う。人間で言えばカツラに相当しそうな話だが、鶏人間たちにとっては一種のステータスシンボルで、名誉ある衣装という位置づけらしい。


 ちなみに『若鶏が鶏の服を着る』と言う言葉があるらしく、実績も無いのに偉いフリをすると言う蔑みの意味があるそうだ。


 年を取ると人間と見分けがつかなくなるが、完全に人間とは異なる生き物と言う事だ。


 さらに鶏だけじゃ無く猛禽類の鳥人間もいて、彼らは若い時限定ではあるが空を飛べると言う事だった。


 頭がクラクラする思いを抑えつつ、村田伶治は人間の生態を語った。そして個人主義から全体主義まで、様々な社会形態をとって生活している、あまりまとまりが無い集団だと説明した。


 だが結束すればそれなりの力を持った集団になり、同じ人間の集団同士で協力したり争ってきたりした、と言う説明には含みを持たせた。


 つまり下手な争いはお互いのためになりませんよ、と。


 それが通じたのか、それとも逆の意味に取られたのかは不明だが、着ぐるみを着た老鶏は静かに見つめてくるだけだった。


 「それと、自分たちが見た、貴方方が戦っていた、こう、うねうねと蠢いて炎を吐き出したアレは何なのでしょうか?」


 「コッコッコッコッコ(その方たちはアレが何かは知らぬと?)」


 「初めて見ましたし、アレに類似するモノも知りません」


 「コ。コッコッコッココケッコケッコケケッコー(ふむ。この地に立つ者ならば知っておかねば取り返しのつかぬ事になるか)」


 老鶏が語った事によると、うねうねしていたアレは元々鶏人間の幼子だった。


 鶏人間たちが夢魔と呼んでいる正体不明の何かに取り付かれ、それを放置していると心と体を支配されて世界そのものを喰らう悪魔になる。


 その対象は子供に限らず、大人でも取り憑かれたりするが、大人だと夢魔と気付いた時点で対処すれば問題がない。子供だと子供自身が気付かなかったりするので手遅れになる。


 予兆は淫夢。夢の中ですけべぇな夢に溺れ、夢の中で何度も果てるような夢見を繰り返していると次第に疲弊し、心が弱くなって取り込まれていく。


 溜まっているわけでも無いのに目覚めたら下着が派手に汚れていたら要注意という。しかし子供だと下着が汚れることも無く、子供にとっては気持ち良いだけの夢になりがちなので予兆を見逃す。特に子供は欲望に対する抵抗が弱いため、欲望に溺れ易く取り込まれ易い。


 そして無気力になり、目覚めていても虚ろな感じになったらほぼ半日程で身体が黒く変色し、その後に一気に黒い塊へと変ずる。


 そうなったら完全に別の生き物となり、元の心は消える。


 すなわち死だ。


 後は存在するだけで世界を喰らう化け物が残るだけ。


 その化け物は空間を喰らう。


 その化け物が長くいた場所を歩くと、目的の場所までの時間が短くなる。世界が狭くなったのだ。今まで完全な直線で行けた場所が、少し横にずれると言う事も発生した。喰われた場所を中心に世界が歪んだのだ。


 もしもこの化け物を放置しておくとしたら、世界は消え失せてしまうだろう。


 それ故に発見次第抹殺を一族の使命にした。


 現在、村田伶治たちが居る鶏人間たちのキャンプ地は、そんな化け物を狩るための戦士たちの前線基地で、鶏人間たちの本当の街の周りを囲むように配置されたキャンプ地の一つだと言う事だ。


 ちなみにだが、大人が取り憑かれた場合は直ぐに番いたる伴侶を相手に子作りを行い、世界の存続を心から願うだけで祓えると説明された。さらに、鶏人間たちは生まれてからほぼ一年以内には伴侶が決定するので、子作り相手がいないと言う事は無いそうだ。


 この話は周辺の他部族にも共有され、他でも夢魔狩りは行われている。だが不可抗力とは言え、夢魔堕ちを生み出してしまうことは部族の恥とされ、あまり公にはしない方向で処理するのが通例になっている。


 村田伶治たちにも、ここで夢魔狩りを行っていた事を他言することは避けて欲しいと言われた。


 しかし、村田伶治は夢魔の脅威を伝える事は必要な事なので、仲間内だけの限定ではあるが情報の共有は認めて欲しいと願い、それは老鶏により了承された。


 「夢魔の原因は判らないのですか?」


 「コケ。コケコケコケコーッコッコッコ(残念なことに。何しろいつ見るか判らぬ夢の中の話。我らに推し量る術は無い)」


 夢魔自体を生きたまま捕獲し、調べようとしても、存在するだけで世界を喰らうのであれば調査自体ままならない。


 そして他部族への他言無用を再確認した所で村田伶治たち五人の身柄は解放されることになった。


 その際、鶏人間たちの使っているバイクと魔法の杖が欲しいと願い出たが、共に貴重であり、数が少なく、高価なために却下された。


 それから数十分後。村田伶治たちは草原を歩いていた。


 「ここまで来ればもう大丈夫かな」


 「気配探知とかのスキルとか魔法とかは無いですけど、見通しが良すぎるのでその心配は無いでしょうね」


 村田伶治の言葉に反応したのは宮本謙信だ。


 「バイクであの場所まで送ってくれるって言ってたのに、なんで送ってもらわなかったんだ?」


 「ココまでの位置をしっかり把握したかったからな。それに、時間を掛けてじっくり考えたい、ってのもあった」


 綿貫光洋のぶっきらぼうな物言いにもしっかり答える。


 「まず鶏人間たちが役割分担重視の群れ社会を形成していた事。夢魔と戦っている事。バイク、魔法の杖が高価であると言っていた事から金銭的取引を行う社会を形成していいるらしい事。どこかに彼らのあのバイクを作れるぐらいの本格的な街がある事。鶏以外の部族がいる事。こんな所ですか」


 大槻圭子がまとめる。


 「ああ、全体的にコミュニケーションは取れるが、個人として付き合うのは難しいかも知れない、って結論になりそうだが…」


 群れ社会の弊害を考えて、全体としての付き合い云々と言おうとした所で、周囲に気を配りショットガンを構え直す村田伶治。


 それを見て他の四人もそれぞれの武器を構え直す。


 現れたのは駝鳥だった。鶏人間たちに追われていた夢魔が乗っていた騎乗用の駝鳥だ。


 しかも様子がおかしい。


 「泡吹いてるな。視線もフラフラして何処を見ているかも判らん。何かの病気か?」


 野生の動物を狩る場合、狩る前の動物の動きには注意が必要だ。決して多くは無いが牛系統で言えば狂牛病など、人間にも悪影響を及ぼす病気を持っている場合がある。


 そう言った動物とは戦いを避けるか、決して接近戦をしない様に仕留めるのが理想だ。唾液や返り血などから感染するリスクを減らす必要がある。


 目の前の駝鳥もその類いに見えた。


 「スタンガン! ダブル!」


 現在スタンガンを直ぐに撃てるように装備しているのは川端信と宮本謙信だ。その二人に叫ぶと駝鳥に向かって直ぐにワイヤーが飛んだ。


 宮本謙信のワイヤーは避けられたが、川端信のワイヤーのプラグは駝鳥の首の付け根に突き刺さり、駝鳥に高圧電流を流した。


 瞬間的に駝鳥が跳ね上がる。


 その次には駝鳥の首から力が抜け、頭がぶらりと垂れ下がった。完全に気絶状態だ。


 だが、駝鳥の身体は羽を広げ、両足をばたつかせて突進してきた。


 「うぇっ! 駝鳥って首落としても走るんだっけ?」


 大きく駝鳥を避けながら綿貫光洋が叫ぶ。


 「鶏なら聞いた事があるけど、駝鳥はどうだったかな。とりあえず、ショットガンでトドメを刺せ! 返り血は浴びるなよ」


 村田伶治の指示で綿貫光洋がショットガンを構えて、狙いを付け、遠ざかっていく駝鳥の胴体目掛けてスラッグ弾を撃ち込んだ。


 途端に弾かれたように横転する駝鳥。


 鳥とは言え騎乗用の駝鳥だ。身体は大きく特に胴体部分だと、スラッグ弾は貫通しにくい。なので何処に当たったかは判別が難しい。


 「トドメにあと二、三発撃ち込め」


 またも綿貫光洋がショットガンを撃つ。大槻圭子もショットガンを構えているが、もしもを想定して弾丸の温存を選択した。


 倒れている駝鳥にスラッグ弾を撃ち込むと、そのたびに駝鳥の身体が跳ねる。


 完全に事切れているように見えるし、もしも生きているとしても身体の中がズタズタになっているはずなので、満足に身体を動かす事は出来ないはずだ。


 綿貫光洋が持つショットガンは連射が出来るモノだが、現在は単発で発射させるモードだ。その装弾数はカートリッジ式で八発。その内の五発を発射し終えて、カートリッジを交換して駝鳥の様子を伺う。


 「どうやら終わったようだな。何かの病気を持っていた様子だから、念のためきっちり燃やしておこう」


 全く動かなくなった駝鳥を確認して村田伶治が指示を出すと、川端信だけがスタンガンから魔法の杖に持ち替えて炎の魔法を放つ。


 しっかりと燃やし尽くす必要があるので、魔力を抑えつつ炎を継続させる。


 病気の肉を食った獣が誰かを襲って、その誰かが病気になったら目も当てられない。それを防ぐためのいわば消毒だ。


 ひゃっはーと叫ぶべきだろう。


 「叫ばねぇよ!」


 様式美を無視して、ただ無言で燃やし続ける川端信。


 「もう魔力が限界だ。代わってくれ」


 決して魔法が得意なワケでは無い川端信が魔力切れを訴えて、宮本謙信が交代した。


 完全に炭にする必要は無い。沸騰する以上の熱で五分以上熱し続ければ、大抵の病原菌は死滅させられる。必要なのは芯まで余す事無く熱する事だけだ。


 そして交代した宮本謙信が炎を出した直ぐ後にそれは起こった。


 駝鳥の、ほぼ炭になっている表面がボコリと膨れた。さらにその奥から泡が発生した後に消えず、その下から発生した泡に押し上げられる様な増殖を繰り返し、元肉の塊が伸びていく。


 それはさながら泡が増殖して出来た蛇のようだった。


 「こ、こいつは…、全員警戒! おそらく夢魔だ」


 村田伶治が叫ぶ。既に皆が見ていたので説明は必要無い。考えなければならないのは攻撃方法だ。


 「あれだけ火に炙られていたのに平然と増殖してくるとは、火は効かないと考えた方が良いか? 誰か氷魔法を使え!」


 「誰も持ってないのを知ってるくせにそういう事言うな!」


 村田伶治のボケに綿貫光洋が律儀に突っ込む。


 ビギナータウンで手に入れた魔法の杖は四種類。火、水、風、土だけだ。氷魔法は存在しない。氷だから水魔法の応用で行けそうな感じはするが、必要なのは水と冷気になる。水は水なので冷気とは関係が無い。水魔法は水を生成してそれを動かすだけだ。


 ちなみに動かすと言う行為は魔法の杖に付随する効果で、魔法による念動力として働く。しかし水魔法の杖なら水しか動かせず、火魔法の杖なら火だけだ。水なら水の分子を上下左右に動かす事は出来ても、分子振動を操作するレベルでは無いので温度を変化させる事は出来ない。


 手を擦りあわせれば熱を生み出す事は出来る。しかし人の力では冷気を生み出す事は不可能だ。せいぜい気化熱を発生させる事ぐらいだろう。地球の歴史でも気化熱の発見は三百年程前。循環型熱交換方式の冷気発生装置が出来てから二百年弱しか経っていない。それほど冷気を作り出すには技術が必要になる。


 それ故、鶏人間たちが魔法の杖で氷を出していた事に驚き、それを欲したのは当然と言える。


 冷気は熱気とは正反対だが同じ効果を生む。


 熱でも冷気でも火傷を起こす。火傷はすなわち細胞の破壊だ。それは生物にとってはどちらも致命的な現象だ。しかし火のように無機物にまで影響を与える事は少ないため、使いようによっては互いに不足を補う使い方も出来る。


 要はあれば便利と言う事だ。


 そして今は持っていない。


 ダメじゃん。


 「お客様の中に氷魔法が使える方はいらっしゃいませんかー?!」


 「ゼロツー! 混乱した振りは無駄だから止せ! とにかく物理で削ろう」


 「ああ、ちきしょう! 氷の魔法の杖ぐらいは何かと交換してでも貰ってくるべきだった。とにかく! スタンガンを試そう」


 未だ夢魔らしきモノは蠢いているだけで村田伶治たちを敵とは認識していないようだった。それ故、巫山戯る余裕があったのだが、火以外のアクションを起こせばそうも言っていられないだろう。


 川端信と宮本謙信は魔法の杖をしまい、再びスタンガンを構える。他の三人はショットガンだ。そして川端信が夢魔らしきモノに三メートルまで接近する。宮本謙信はその後ろに控える。


 「初めはシン。次がケン。電気ショックが効かないと判ったら直ぐにショットガンに切り替えろ。それも怪しければ全力で逃げるぞ。ではシン。……撃てっ!」


 村田伶治の号令で狙いを付けた川端信がスタンガンを撃つ。先端にプラグがついたワイヤーが発射され、夢魔らしき物体に突き刺さった。


 そして夢魔らしき物体は弾けるように増殖した。


 燃やしていた駝鳥の胴体は一メートル程に縮んでいたのだが、そこから蛇のような紐が十数本飛び出してきた。


 そして目がある様には見えないが敵を探すようにキョロキョロと動き回る。


 「二人とも下がれ! 電気は逆効果か。ショットガン準備。…撃て!」


 連射式のショットガンから二、三発ずつの弾丸が発射され、イノシシでさえ弾け飛ばす程のスラッグ弾が十発近く浴びせられた。


 そのせいで駝鳥の胴体部分はほとんど無くなった。細々とした肉片が散乱しているだけだ。しかし、元駝鳥の胴体があった場所には黒い塊がそのまま鎮座していた。


 鶏人間たちが戦っていた夢魔だ。


 ここで夢魔だと確定した。


 流石に増殖した蛇のような紐は消し飛んだが、それは直ぐにまた生えてきた。


 「ヤバいな。逃げる準備をしておくか」


 準備と言っても、どの方向に逃げるのかを考えるだけだが、素直に『門』の方向へと逃げるわけにも行かない。鶏人間たちのキャンプ地に向かうわけにも行かないし、大雑把に『門』と『キャンプ地』を線で結んだその直角方向が無難だろうと予測される。


 村田伶治は直角方向を指差す。


 「逃げる準備を」


 それだけで四人には通じた。皆がしっかりと頷く。


 村田伶治も夢魔にショットガンを向けながらじりじりと後退を繰り返し、何時走り出すかのタイミングを計っていた。


 そこで足を取られた。


 無様に尻餅をつく。


 「って。なんだ?」


 後退する村田伶治の足を引っかけたのは金属の塊だった。


 急いで立ち上がり、金属の塊を飛び越えて夢魔と距離を取る。そして金属の塊を改めて見る。


 「これって鶏たちのバイクじゃないか。どう言う事だ? 皆、そこら辺に鶏人間がいないか確認してくれ」


 「あ、こっちに氷の魔法の杖が落ちてました」


 大槻圭子が杖を持ち上げて言う。


 「K5! 試しに使って見てくれ!」


 壊れている可能性も、そもそも鶏人間以外にも使えるかどうかも判らない物だが、この状況で一番欲しかった物だ。ダメ元で大槻圭子に使用させてみる。


 大槻圭子は言われたままに、いつもの魔法の杖のように魔力を込めて、それから魔力で弾き飛ばすつもりでいた。


 しかし違和感を感じて途中で止める。


 杖から魔力が抜けるのを待って、再び構える。


 今度は目を閉じ、魔力の流れに集中する。


 「なるほど」


 それで納得したのか、今度は中止せずにさらに魔力を流し込んでいく。


 他の四人も魔法の杖を使い込んだ経験から、魔力を感じる事は出来るようになっている。その感覚から見ると、大槻圭子が通常の魔法の杖に流し込む魔力の二倍以上を流し込んでいる様子が感じられた。


 「K5?」


 村田伶治が心配になり声をかける。


 「行きます」


 その次の瞬間に大槻圭子は頷くように顔を傾け、上目遣いで夢魔を見つめてから杖を突き出した。


 それと同時に夢魔の周りが白く濁る。


 鶏人間たちが使っていた時は氷の塊を作って投げつけていただけに見えたが、大槻圭子が行っているのはそれとは違う行為に見える。


 やがて、夢魔はほんの少しだけ縮んだ様に見えた。しかし黒っぽい胴体は健在で、氷に覆われるとか、氷がぶつかった様には見えない。


 大槻圭子が魔法を発動させてから約十秒程経ち、彼女はようやく力を抜き息を吐いた。


 その途端に今まで変わりが無いと思われた夢魔がひび割れた。身体に亀裂がドンドンと入り、そして弾け、粉々になって消えた。


 村田伶治は大槻圭子の魔法の効果だと判ってはいたが、それが本当に夢魔を滅ぼしたのか、それとも隠れただけか、遠くに飛ばしただけなのか判断がつかなかった。なので本人に直接聞いてみる事にした。


 「K5。報告!」


 「はい。この魔法の杖は氷の魔法ではありませんでした。あ、いえ、氷の魔法も使えるのですが、本質は設定した空間内を停止させる魔法でした。小さな空間を作ってその中を停止させ、周りに水を発生させれば大きな氷も作れます。鶏人間たちはそうやって利用していた様でした」


 「では、K5は夢魔の周りに絶対零度の空間を作ったのか?」


 「いえ。私の魔力ではそれは不可能でした。ですがマイナス五十度ぐらいには出来たと思います。そして少しですが温度が馴染んだと思われてから、一気に空間を解除しました」


 「なるほど。ガラスや陶器が温度差で割れるのと似たような現象だったワケか。お疲れさん。魔法を使った感触はどうだった?」


 「かなり面倒くさいですね。今までの魔法の杖がオートマ車だとすれば、これはマニュアル車ですね。失敗しないために無理を通そうとすれば多くの魔力が必要だったみたいです。しっかり慣れればこちらの魔法の杖と同じぐらいで使えそうではありますが。慣れていなかったので、私の魔力では二発目は不可能です」


 「そうか。街に帰るまでに全員が慣れておいた方が良さそうだな。後はいっつぁんのトコの生産職に複製を頼むしかないか」


 空間停止の魔法の杖は宮本謙信に渡すように言う。後は順繰りに全員が使って慣れていくだけだ。


 そして今度は地面に倒れている鶏人間たちが使っていたバイクを見る。


 「推測してくれ。何故このバイクと魔法の杖はココに放置されていたのか?」


 村田伶治の問いの答えはほぼ出ているようなモノだ。


 「簡単に言えば、ここで事故ったか、戦いかで乗ってたヤツが死んで、鶏人間の方はスライムか蟻に食われた、ってだけだろ?」


 「ま、それしか考えられないよな。で、魔法の杖もそうだが、このバイクもパクろうと思うんだが、何か意見はあるか?」


 「まさか、高価な物なんだから元の持ち主のところへ返しに行きましょう、なんて言うヤツがいるとでも?」


 「ゲームならカルマって概念もあったしな。そういうのを気にしてるヤツなら、そんな温い事言うヤツもいるかな? なんて思っただけだ」


 「動物さん達を狩り殺している段階でカルマとか言われてもなぁ?」


 「まったくだ」


 判りきった結論をわざわざ言葉でやり取りする事で全員の微かなわだかまりも一蹴する方法は、全力で命がけの戦いをする者たちにとってはかなり大事な行程だったりする。


 「さてと」


 村田伶治はバイクを引き起こして直立させる。


 バイクはスタンドもないのに倒れなかった。その理由は太いタイヤにある。しかし実際は横幅十センチほどの金属製のタイヤが四本が並べてあり、四本それぞれが独立して動く構造のようだ。


 「良くこんな構造で走れたな」


 川端信がその構造を見て感想を述べる。その言葉通り、単純に直進する以外の性能は無いに等しい。このバイクを操る鶏人間たちが凄いのだろう。


 「なぁ? 動くのか?」


 綿貫光洋が聞いてくるが、村田伶治や川端信にはバイクの起動スイッチが見つけられなかった。


 「えっと、このバイクも、魔法の杖と同じで魔道具なんじゃ無いかな?」


 宮本謙信の言葉で、おおよその見当がついた。


 「誰か乗ってみたいヤツ」


 「はいっ!」


 村田伶治の問いに元気よく挙手する綿貫光洋。


 嬉々としてバイクに跨がる綿貫光洋を見て、他の四人は密かに人柱という単語を心の底に飲み込んでいた。


 「よっしゃ行くぜ!」


 跨がる部分にどっしりと尻を乗せ、ハンドルを両手でがっしりと握る。するとバイクが勢いよく発進した。


 それはもう、勢いよく。


 「ぎゃー!」


 乗っている綿貫光洋がマジで喚く程に。


 そして暫く草原を爆走し、大げさに転けた。


 「あぁ。やっぱり…」


 村田伶治たちはヤレヤレと事故現場に向かって歩いて行った。


 「で、コーヨーよ。使って見てどうだった?」


 「その前に俺の心配をしてくれるヤツを探してくれ」


 「無駄な事はしたくない」


 「俺って実は不幸だったのか?」


 「で、コーヨーよ。使って見てどうだった?」


 「…シクシク」


 草原で大の字に横たわったままの綿貫光洋は己の不幸に泣いたと、後の記録に記されたという伝説は微レ存。


 「で?」


 「制御が上手く行っていなかったから断言は出来ない。たぶん細かい魔力操作の技術が要るんじゃないか?」


 要は思い切り魔力を流したから暴走したというだけらしい。


 「次はケン。魔力は慎重にゆっくり少しずつ流してみてくれ」


 五人の内ではレベルは低くとも一番魔力操作に長けていると思われる宮本謙信に乗らせてみた。


 宮本謙信は鶏人間たちのキャンプ地で聞いた事を参考に、尻を乗せずに膝を曲げてクッションを生み出す。そして腕にも体重をかけて軽い四つん這い状態になりながら少しずつ魔力を流す。


 するとバイクはゆっくりと前進を始めた。


 「わぁ。ゴーカートみたい」


 遠心クラッチのバイクやオートマの車を運転した事が無い宮本謙信には、地方の遊園地で乗ったゴーカートが一番しっくりくる表現だった。


 宮本謙信はバイクを動かし、自転車ほどのスピードで周囲を回る。そして一周して戻って来た。


 「曲がるには内側の車輪にブレーキをかける感じでした」


 「かなり車体に負担をかける構造だな。まぁ、それ故に頑丈そうな図体をしているというワケか」


 次に川端信が乗り、宮本謙信よりもスピードを出して運転していた。聞くとバイクの経験は無いが自動車のつもりで乗ると良いと言っていた。


 街に着くまでは川端信が運転手と決まった。


 バイクは二台を合体させるジョイントが仕込まれている。それを利用すると、強引にだが四人を乗せる事も出来るようだった。


 足を引っかけて手すりに掴まっていると言う状態だが。


 元より乗り心地など期待できない物なので、逆にそう言った簡単構造の方が納得も出来る。


 ただ一人、宮本謙信だけは足下を流れる速度に怯えていたが。


 途中、途中で獣と遭遇したが、空間停止の魔法の杖の練習を繰り返しつつ、五人は順調にビギナータウンへと戻って行った。

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