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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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草原の種族 その1 鶏

 村田伶治は偽装用に用意された仕事部屋で、偽装用の書類を作りながら報告のリアクションを待っていた。


 本来ならばさほど重要では無い任務なので、朝に報告した内容に関するリアクションは翌日以降という事も良くある。

 特に今までは『前日と同様』と言うような報告しかしてこなかったので、ほとんどが一日遅れだった。


 しかし例の『いっつぁん事変』から上の対応が変わった。


 手順を踏めば誰でも夢の中のゲーム世界に行ける可能性が上がり、実際に新たに加わった同僚が同じ世界に行く事が出来たからだ。さらに夢の中のゲーム世界の画像を持ち帰る事が出来、そこで武器を振り回す学生の姿を生々しく見る事が出来たのは大きいと村田伶治は考える。


 画像は出来る限り融通してもらったのを全て提出し、会話の内容も状況ごとに要約したモノを詳しく書き起こして提出してある。


 それを見て何らかのリアクションを取るのは当然な成り行きだ。それが村田伶治の結論だった。村田伶治の新しい同僚である大槻圭子も同じ意見だ。しかしなぜか不機嫌で書類作りを行っていた。


 「大槻一尉。何故か不機嫌になっていると見えるが、何か不満があるのか?」


 「主に行為に及ばなくともあの世界に行けた事に多少なりとも不満があります」


 「学生たちが行けたんだ。ほとんど当たり前だろう。上の連中もそう考えたから女性である貴官を選んだのだろう」


 「欲求不満解消と臨時ボーナスが…」


 「お前なぁ…。もしそれで行けたとしたら、多くの研究者と観測機器の中で行為をしなければならなかったと言う可能性は考えなかったのか?」


 「え? そうなのですか?」


 「俺は初めの頃、体中に電極貼り付けて、観測室って言う見世物小屋の中で熟睡させられたぞ」


 「…ふむ。それはそれで…」


 「勘弁してくれ…」


 同僚のあまりの弾けっぷりに真面目にやるのが馬鹿らしくなる村田伶治だった。


 そこに電話が鳴る。ランプから内線だと判る。直ぐに受話器を上げ、ボタンを押して繋げる。


 「村田一尉」


 受話器にそう返事をして相手の声を聞く。


 「はっ、村田一尉。ただ今より大槻一尉を伴って資料室に向かいます」


 『出頭する』では無く『向かいます』と使ったのは村田伶治たちだけの符丁だったりする。


 そして急ぎ足で隣の建物に向かい、指定された部屋に入る。


 そこはパイプ椅子と折りたたみ長机、そしてホワイトボードだけの、簡易に作られた良くある会議室だった。


 そこには四人の男達がいた。階級章は村田伶治と同じ一等陸尉。全員が同位という状況だが、それは全て偽装用の階位に過ぎない事が雰囲気で判る。しかしあくまで表面上は同位として対応しなければならない。


 「村田一尉、大槻一尉、入ります」


 挨拶としての軽いお辞儀の十度の敬礼をする。


 「良く来てくれた。コレで今回集まる全員だ。早速だが始めさせてもらう」


 取り仕切るのは、いかにも事務方のエリートを思わせる姿勢の良い男だ。おそらくかなりの役職持ちだと思われるが、それは今は関係無いと村田は自分に言い聞かせる。


 「先ずは村田一尉。例のスマホを出して、魔法陣を表示させてくれ」


 言われたままに表示させ、手に持ったまま突き出す。


 ここまで、部屋にパイプ椅子と机はあるのだが、誰も座っていないので立ったままでの対応だ。


 村田伶治が出したスマホを部屋にいた四人が覗き込む。さらに自らのスマホを出して、同じように魔法陣を表示させる。


 「上からは、コレで我々四人が同じ街に行けると予想している。今夜、我々四人が貴官と同じ街で情報を共有する事を期待している」


 「質問を宜しいでしょうか?」


 「許す」


 「自分と違う街に行く連中もいると?」


 「ふふ。六名が準備を進めている。違う街で草原経由で合流出来るかを試行する予定だ」


 「その後は?」


 「現在では訓練施設としての利用を模索しているが、悪用される可能性を調査する事も任務の一環となる。貴官は今まで通りの情報収集を続けてもらう。我々四人は自力での戦力確保を行うので手出し無用だ。他に何か質問は?」


 「現場での交流、及び情報の共有はいかがしますか?」


 「我々は独自の情報共有のラインを構築するので無用だ。貴官からの報告は今まで通りで頼む」


 「了解しました」


 「では戻って良し」


 「失礼します」


 村田伶治と大槻圭子はお辞儀をして部屋を出た。そして元の部屋の戻るまで一言も言葉を交わさなかった。


 いつもの仕事部屋に戻り、少しだけ肩の力を抜く。そうは言っても、この部屋も上から盗聴されている可能性もあるので、無茶な発言は控えるようにしている。


 「別部隊の導入か。意外に早かったな」


 「自分は草原を経験していないのですが、訓練場としてはどうなのですか?」


 「対人訓練はどうだかは判らないが、生き残りを主題とした訓練としてはステップを踏んでくれていると感じるな。まだ自分もゲームのシステムに守られて訓練している段階だと思われるがな」


 「自分も早く草原に出たいです」


 「報告書のボス部屋の情報は頭に入れてあるか? あるなら実力的には何も問題無い。今夜行った時には登録を行ってからボス討伐に行こうと思う」


 「了解しました。楽しみです」


 「あと、一般人の振りをしておけよ」


 「スポーツインストラクターと言う事にしておきます。メインはボクササイズで」


 「なるほど、良さそうだな」


 その後、知り合った状況を創作し、互いに齟齬が出ない様にと打ち合わせを行った。


 そして夜。


 大槻圭子を蹴飛ばして部屋に戻し、村田伶治はいつもの様に就寝した。部屋に鍵をかける事も忘れなかった。


 ○★△■


 村田伶治はホームセンターから少しだけ離れた、敵モンスターが出没するポイントで意識を取り戻した。


 夕べ、時間切れになった場所だ。特に、今、その場所に敵モンスターはいないが、もしかしたらと考えて、スマホの時計機能を開く。


 時計には目覚ましでセットした時間が表示されているだけで、現在時刻は表示されてはいない。だが、目覚まし設定の枠は二つとも空いていた。なのでその一つに目覚ましの五分前の時間に合わせてセットした。これで時間切れになる五分前に知らせてくれると良いと考えてスマホをポケットにしまった。出来るかどうかは不明だ。これも検証という行為だな、と笑う。


 「何をニヤけているのですか?」


 突然大槻圭子が声をかけてきた。


 今まで誰もいなかった所に、いきなり大槻圭子が出現した。確かに夕べの終わりの瞬間には一緒にいたので、同じ場所に出るのは予想出来るはずだったが、今まで一人でこの街を占有していた村田伶治にとっては初めての経験で驚いてしまった。


 「び、びっくりした」


 「同じ場所で終えると同じ場所で再開するのですね」


 「ああ、始まりは少し離れた場所の路地裏とかだったから、大槻一尉もコレは初めての経験になるのか?」


 「はい。と言う事は、今日顔合わせを行った四人も、今頃路地裏に出現していると言う事でしょうか?」


 「そのはずだが、意図的な接触は避ける事にしよう。ただ、会って確認する事も任務のウチかどうかが問題だな。一応同じ街に出現できたかは確認が必要だろう」


 「それでどうします?」


 「まず、大槻一尉の登録とスマホ、そしてボス討伐の予定はそのまま実行だな。彼らとは偶然出会ったら挨拶をするぐらいで良いだろう」


 「はっ、それと、夢の中では自分の事をKファイブと呼んでください」


 「Kファイブ? K、五? ケーコか!」


 「はっ。村田一尉がゼロツーならば、自分も似たようにケーファイブと呼ばれたいと考えました」


 「けーふぁいぶか、了解した。いかにもコードネームっぽいな」


 「表記はK5で行きます」


 「判った。先ずは夢役所に向かおう」


 途中、来ているかも知れない四人の同僚とも会う事は無く、夢役所で大槻圭子の登録を終え、そのままボス討伐へと向かった。


 既に攻略法が確立しているボスは、単なる通過儀礼でしか無い。型どおりに攻めてあっさりと通過。マジックポーチを得て草原へと出た。


 そこで村田伶治はスマホを出し、川端信へと通話を試みる。


 『こちらシン』


 「ゼロツーだ。今草原に着いた。そちらは後どれぐらいで来られるか?」


 『役所を過ぎたから後二、三分かな』


 「判った。草原に出たら連絡をくれ」


 『了解』


 川端信との通話を終え、さらにスマホを操作する。


 『おうコーヨーだ』


 「今草原に着いた。今どこにいる?」


 『俺たちも草原に出てるぞ。こっちから探すから待っててくれ』


 「判った」


 しばらくの後、村田伶治と大槻圭子の周りに川端信、綿貫光洋、宮本謙信が集まった。


 綿貫光洋の友人として紹介された宮本謙信が、他の連中から身体をペタペタと触られて、存在を確認されたのは言うまでも無い。


 「夢の中の世界ではイマジナリーフレンドは実在するのか」


 「夢の中だから何でもありなんだろう」


 「いやー、現実だと僕はコーヨー以外に見えないみたいで苦労しました」


 「ちょっと待て! ケン! お前まで何言ってんの? それじゃお前がイマジナリーフレンド見たいじゃ無いか! 違うだろ? 実在するよな? な? 本人だよな?」


 と、一通り弄った後は大槻圭子と宮本謙信の紹介を軽く行った。


 「さて、この五人で進むとして、当面のリーダーは誰にする?」


 「ゼロツーで良いんじゃね?」


 「そうだなゼロツー頼む」


 「まぁ、揉めるのも意味ないな。とりあえずやってみる。意見があればドシドシ言ってくれ。では先ずはスライムと蟻を目標とする。メイン武装は弓や鉈などの軽武装。クマなどの獣も出てくるらしいから、スタンガンとショットガンの位置は再確認しておいてくれ」


 村田伶治の指示で皆が装備を再確認する。


 「スライムはそうでも無いが、蟻は少しは手こずるらしい。各自気を抜かずに行こう。では…、そうだな、方角はここから見えている『塔』『森』『山』、そして今いる『門』で区別しよう。方角を指示する時はそんな感じで。では門の森の周りを回る感じで移動する」


 草原は明るい。太陽がほぼ真上にあるので時間の変化で日の傾きが変わるかも不明だ。スマホの時計が止まっている事もあり、この世界で時間経過を計る事は困難だと結論づけている。


 移動するフォーメーションは先頭に綿貫光洋、宮本謙信が並び、中間の列に川端信と大槻圭子、最後尾を村田伶治が歩く。


 「お、さっそくスラスラを発見!」


 綿貫光洋が軽快に言う。現れたのはスライム一匹。


 「まず弓の効果を見る。一発ずつ様子を見ながら撃ってくれ」


 「了解! うりゃ!」


 表面張力で饅頭型になった水滴の様なスライムに向けて、綿貫光洋が弓を引いて一撃を入れた。


 矢が突き刺さったのを確認して、村田伶治がスマホを掲げて鑑定を行う。


 【スライム 草原の掃除屋 矢が突き刺さり体力半減 致命傷では無い】


 「致命傷では無い様だ。もう一発頼む」


 「うりゃ!」


 再び綿貫光洋が矢を放つ。しかし、それでもスライムは倒れなかった。


 「意外にしぶといな、もう一発だ」


 「はい。撃ちます!」


 今度は宮本謙信が矢を放つ。だが三本の矢を突き立てたまま、スライムはポヨポヨと移動しようとしている。


 「おいおい。本当に最弱か?」


 川端信が呟くが、それに応えてくれる者はいなかった。


 「コーヨー。突き刺さった矢を引き抜いて回収してみてくれ」


 カーボン製の矢は貴重品だ。それなりの本数は持ってきているが、それでも使い捨て出来る程持ってきているわけでも無い。本来なら対象が死んでから回収する手筈だが、村田伶治は生きているスライムから引き抜いて回収しろと指示した。


 綿貫光洋は持っていた弓を宮本謙信に預け、スライムに駆け寄るとサクッと三本の矢を回収した。


 それでもスライムはポヨポヨとしている。


 「次、K5、銃で撃ち抜け」


 「はい!」


 大槻圭子は少し横に移動してから膝立ちになり、狙いを付けて銃を二発撃つ。


 銃弾を受けたスライムはその場で弾け飛んだ。


 村田伶治がスマホで鑑定しようとしたが、何処にもスライムは見つからなかった。


 「どう言う事だ?」


 「銃がオーバーキルするのは判ったが、弓が通用しないのは何故だろうな」


 村田伶治の疑問に川端信もまた疑問で返す。


 「あっ、あー」


 その時宮本謙信が何かに気付いて声を上げ、他の四人が一斉に彼を見つめる。


 「あ、あの、その、か、核じゃないかな? なんて…」


 「核?」


 「あ、ああ、スライムには核があって、それを壊さなければ死なない、とか言うのか?」


 「え? あったのか?」


 「拳銃弾の衝撃には耐えられないが、矢の速度ぐらいだと壊れないか。少し厄介だな」


 「次で試して見よう」


 村田伶治がナイフを二本取り出し、スライムを探す。そしてそれは簡単に見つかった。


 一気に駆け寄った村田伶治は二本のナイフで器用にスライムを切り開いていく。時々スライムが抵抗するように跳ね回るが、ナイフの面を使って器用に押さえつけつつ、切り開く作業を続けた。


 「あったぞ」


 二本のナイフで挟み込むように抜き出したそれは、ほぼ透明な少しだけ固い球のような組織だった。


 同時に核を取り出されたスライムは表面張力を失ったかのように水っぽくなり、しおれていった。


 取り出した核は暫くすると縮まっていき、小さな魔石の欠片になった。


 「なるほど。ケンの言う通り核だな。同時に魔石でもある、と」


 「コレ、回収しても大した金にならないんだろ? だったら相手するだけ無駄じゃね?」


 「確かにな。次は蟻を試して見るか」


 スライムは草原の草に隠れて少しだけ見つけにくいが、蟻は黒っぽい色合いやスライムよりも大柄な身体なので見つけやすい。


 「三匹確認。コーヨー、ケン、弓だ」


 「おう」「はい」


 村田伶治の指示で二人が弓を射る。コーヨーの矢は一匹の頭を、ケンの矢はもう一匹の腹に突き刺さった。


 頭に刺さった方は、矢が地面にまで貫通して、地面に縫い付けられた状態だ。腹の方は貫通しているが角度的に地面には届かなかった。


 そして腹に貫通した方と無傷な一匹がこちらへと向かってくる。


 「シン、k5、銃だ」


 村田伶治の指示に二人は無言でしゃがみ、膝立ちになる。そしてほぼ同時に蟻を撃ち倒した。弓を持つ綿貫光洋と宮本謙信、そして銃を構える川端信と大槻圭子は構えたまま動かない。その視線は、倒したはずの敵モンスターが動き出さないか、隠れているモンスターが飛び出してこないかを賢明に探っていた。


 「距離詰めて確認。少しでも動いたらトドメを刺せ」


 結果として、頭を矢で突き刺された一匹以外はきっちり死んでいた。頭を突き刺された方も動いてはいるが、本当に生きている状態なのかは判別がつかず、トドメの銃弾を二発打ち込む事になった。


 「周辺確認。警戒継続、戦闘態勢解除」


 村田伶治がそう声をかけて五人は肩の力を抜いた。


 「やはり効率は悪いな。一度草原の獣と言うのを実体験してみたいと思うんだが」


 「俺もそう思った。オーバーキルなのを無理に手加減するんじゃ、これからにも悪影響を及ぼしそうだ」


 「私もシンと同意見です」


 「俺もだ。態々このメンバーでする事じゃ無いよなぁ」


 「ドロップの事もあるけど、獣でも出るんならそっちの方が良いのかもね」


 全員の意見の一致を見て、村田伶治は武器をスタンガンとショットガンに変更し、ショットガン組とスタンガン組を交互に配置した。


 先頭は拳銃型スタンガンを構えた川端信とショットガンを構えた大槻圭子。二列目には少し広がって、ショットガンを構えた綿貫光洋とスタンガンを持った宮本謙信。最後尾にショットガンを持った村田伶治が続くフォーメーションだ。


 『門』の方向を背に『森』の方向へと進む。


 途中スライムと蟻に遭遇したが、ショットガンを左手に保持したまま、右手だけで撃った拳銃弾で簡単に蹴散らした。


 そして初めての獣は大きな鹿だった。


 角は大きく枝分かれしているが、木の枝のように鋭く、ヘラジカでは無いと言うことは判る。だがヘラジカ並みに大きな個体だった。


 「ショットガン!」


 村田伶治の号令で先頭の大槻圭子が大鹿の腹にスラッグ弾を撃ち込む。


 それは強烈で、大鹿といえど一発で横倒しになった。


 「スタンガン!」


 続いての号令で川端信が大鹿に近づいて拳銃型のスタンガンを発射。ワイヤー付きの電極が大鹿の胸の近くに突き刺さり、高電圧を流し込む。


 それにより大鹿は痙攣しながら泡を吹いて気絶した。


 「k5! ナイフでトドメ!」


 大槻圭子は後ろの位置にいた宮本謙信にショットガンを放ると、腰に差していたナイフを抜いて大鹿の首筋を大きく切り裂いた。


 直ぐにバックステップで元の位置に戻り、宮本謙信からショットガンを受け取って大鹿に向ける。


 しかし大鹿は暴れることも無く呼吸を止めた。


 「よし。周辺警戒。俺は心臓をえぐり出してみる」


 横倒しになった大鹿の前足を押し上げながら、軍用ナイフでバキバキと音を立てて鹿の胸を切り裂いていく。そして切り裂いた口に脚のつま先と手をねじ込み、全身を使って胸を開くように力を入れた。


 だが、開いたのはほんの少しだ。


 力を抜けば再び閉じてしまう。


 「頼む」


 その一言で大槻圭子が動き、開いた口に片腕をねじ込み、見えないままで中をまさぐる。


 「取れました」


 取り出されたそれは大槻圭子の手の平から少しだけはみ出すぐらいの真っ赤な塊だった。


 大槻圭子の腕も肘から手の平にかけて血まみれになっている。村田伶治はポーチから水筒を取り出し、その血まみれの腕ごと血を洗い流す。


 「お? ゼロツー、水筒なんてあったのか?」


 「水筒自体はキャンプ用品の所で売ってたぞ。水は自宅の水道から汲んだだけだが」


 一通り血を洗い流すと、水筒をしまって今度はタオルを取り出して大槻圭子の腕に引っかける。


 その間ずっと動かなかった大槻圭子だが、手の平に違和感を感じて声を出した。


 「心臓が変化しています。小さくなって行く?」


 その声に皆が取り出された鹿の心臓を見つめていると、スライムのよりは大きめの魔石に変わった。


 「なるほど、情報通りだな。K5、それは保管しておいてくれ」


 「はい」


 「さて、心臓の他に素材アイテムになりそうなモノはあるかな?」


 村田伶治が倒れた大鹿を見ながら呟く。


 「現実世界なら角、肉と言う所だと思いますが、うぷ、魔法の有る世界ですから目玉とかもアイテムになるかも知れませんね」


 宮本謙信が血の匂いに咽せながらも答えた。


 「さて、鹿程度ならなんとかなるのは判った。問題はクマだろうな。で、この先に進むか、それとも鹿の素材を持ち帰ると言う選択肢があるが、皆はどうしたい?」


 「いっつぁんたちの話と、俺たちが実際に対応した事実とで、少し違和感があったな。たぶんレベル差だと思うんだが、その点はどう考える?」


 村田伶治の行動方針を問う言葉に川端信が別の疑問をぶつける。


 「K5はまだレベルが二桁になったばかりだったよな?」


 「はい」


 「ショットガン。それもスラッグ弾だという条件が重なったせいもあるが、今度同じ様な鹿が現れたら、九ミリパラで対応させてみるか。レベルが三十代と十代で同じ武器でも違いが出るかが気になる」


 「パーティでレベル差が是正されるとか言うのもありそうだが、そこまで言うと完全にお手上げだな」


 川端信が両手を挙げてつまらないと言う顔をする。


 「パーティにいる時と個別行動する時で意識を改めなければならない、と言う可能性か。確かに検証の幅がありすぎる。だがしっかり意識しておかないと無駄死になんて事態にもなり兼ねんしな」


 「まぁ、今はこのパーティで行くんだろ? 一緒に戦ってればレベルも平均的になってくんじゃね?」


 「コーヨーの言う通りでもあるが、それには時間がかかり過ぎるんだがな。まぁ、細かい検証は別の機会にするとして、今は進むか戻るかの選択だな」


 「んじゃ俺は進むに一票」


 「俺もこのパーティなら進んでも問題無いと感じた」


 「はい。私も問題無いと思います」


 「ぼ、僕も行って良いと思います」


 「良し進もう。装備は変えず、フォーメーションはローテーションさせるか。先頭はK5とケン、次列がシンと俺、最後尾をコーヨーと回転させる」


 村田伶治の指示で、大鹿と出会う前の配置を一人分ずらした形にした。


 そして再び『森』方向へ進む。


 次の敵はクマだった。それも大型。


 「ショットガン!」


 出会い頭、村田伶治は大槻圭子に叫ぶ。同時に自分もショットガンを放った。熊も戦闘態勢を取っていたが、いきなりのスラッグ弾は想定していなかったのか、無残に被弾した。


 大槻圭子の弾が熊の頭の右上。右耳を弾き飛ばした。ほぼ同時に撃たれた村田伶治の弾は熊の左前足を直撃。しかし倒れる程では無いようだ。


 「スタンガンダブル!」


 続いて村田伶治が宮本謙信と川端信に指示。拳銃型のスタンガンからプラグ付きのワイヤーが発射され、熊が痙攣する。


 「スタンガンは撃ち続けろ! ショットガン!」


 拳銃型のスタンガンはワイヤー付きのプラグを発射するため、二発目を直ぐに撃つ事は不可能だ。だが、撃ち込んだワイヤーに再び高電圧を流し込む事は出来る。

 ちなみに、撃ち出すプラグ付きワイヤーはカートリッジになっていて、交換が可能になっている。


 スタンガンで何度も痙攣と激痛に見舞われたクマは敵対する村田伶治たちを補足しきれない。そこにスラッグ弾が何発も撃ち込まれ、ついには何も出来ないまま倒れる事になった。


 「撃ち方止め。警戒!」


 村田伶治の指示で銃口は向けたままだが攻撃自体は停止した。


 暫く皆が動かない状態が続く。そして約一分。クマが呼吸をしていない事を確認した。


 「状況終了」


 村田伶治が戦闘という状況が終了した事を告げると、皆は消耗した弾薬の補充を始める。


 真っ先にスタンガンのカートリッジを交換し終えた宮本謙信と川端信が立ち上がって周辺警戒を始める。綿貫光洋は初めから警戒要員として後ろを中心に周辺に気を配っている。


 そしてショットガン組が弾丸の再装填を終えたのを確認した村田伶治はクマの死骸に近づき、ショットガンを向けたまま足蹴にしてみる。


 反応無し。


 傷による一種の気絶状態という可能性も無くなったので、一つ息を吐き、持っていたショットガンをポーチに収納した。


 うつ伏せで倒れているクマの腕を取って、クマを仰向けにしようと試みる。


 「ぐっ。お、重い…。ちょ、ちょっと手伝ってくれ」


 重さ約三百キロ。脱力してぐったりしている上、巨体なので余計に力が必要だ。


 川端信と宮本謙信に手伝ってもらい、かろうじて仰向けにすることができた。鹿の時は横倒しだったが、クマの場合は仰向けに出来たので、胸を切り裂くことは容易だと考えたが、実際に切り裂くのは軍用ナイフを使っているとはいえ、かなりの重労働で、開こうとしても鹿よりも筋肉量が多くて苦労することになった。


 結局クマの両腕に川端信と宮本謙信が乗っかり、村田伶治と大槻圭子が胸を開いて心臓を取り出した。


 「いちいちこの解体をするのは骨が折れるなぁ」


 「解体という程解体してないが、全くだ。あまり実りは無いな。まぁ獣を倒すにはレベル三十も有れば充分と言うのは判ったがな」


 川端信が疲れたという意思表示を込めて言うと、村田伶治も同意する。


 「剥ぎ取りナイフを突き刺して時間が経過すれば、素材が細かく手に入る、とかって魔法でも無いかねぇ」


 「アイテムボックスの容量とかも関係してくるだろうから、そんな魔法が有っても先のことになりそうだな」


 一通り愚痴を言い終えた後は、元クマの心臓の魔石を収容してその場を後にする事にした。


 時間的にはそろそろ折り返し点だと、引き返す事を考え始めた時にそれに気がついた。


 遠くの景色に違和感が発生している。良く見ると草原を複数の何かが走っている様だ。数と大きさははっきりしない。方向的には村田伶治たちの方に近寄っているように見える。


 「俺たちを狙っているのか? それとも偶然こっちに来る方向だったのか?」


 村田伶治が自問するように呟く。


 「偶然に一票。狙っているにしたら、この距離で見えているってのはあり得ないだろう」


 「俺も偶然だとは思う。で、どうする?」


 綿貫光洋も偶然に同意する。


 「コレを運営が用意したイベントだとみるか、それ以外の偶然の巡り合わせとみるべきか、だが」


 「ああ、イベントの可能性があったか。だとするとスルーはマズイか?」


 「さらに言えば、初めてのイベントだ。イベント発生と同時に条件が変わる場合も考えられる」


 「デスゲームか、目覚められなくなる、とかか。両方とも可能性は低いと思うが、それ以外に何かあるかも知れないしな」


 「ん? 可能性が低いって事の根拠を聞いても良いか?」


 川端信の分析に綿貫光洋が問う。


 「見ただろ? 時間延長の宝玉。アレがあると言うことは、滞在時間の延長は自分たちで行う事だと思うんだが?」


 「なるほど。わざわざ草原のドロップアイテムにしている所を見ると、この領域で戻れなくなることは無さそうだな」


 「あっ。イベントの途中で僕たちが現実に戻ったらどうなるんだろう?」


 宮本謙信の思いつきに皆も考え込む。


 「とりあえず、これがどうなるのかは実際に経験して見ないことにはな。それで、皆はどうする? デスゲームの可能性も無くなったワケじゃないぞ?」


 村田伶治の言葉でさらに場が静かになった。


 「俺は行くぜ。元々デスゲーム上等って思ってたしな」


 「うう。僕はどうしよう…」


 「私は行きます。コレも経験です」


 「あー、行くなら俺も付き合うよ」


 「俺も行く事にする。行かなければ、一人で悶々と戦っていた時の二の舞だからな」


 村田伶治の言葉で引き締まった。最後ははっきりさせていない宮本謙信だけになる。


 「ぼ、僕も行くよ。ここで取り残されるとか、無理を言って連れてきてもらったのに、そんな事は出来ないから…」


 「だー! はっきりしねぇな! ちゃんと決めろ! 自分の意思で行く、行かない、どっちだ?」


 綿貫光洋が焦れて叫んだ。


 「い、行くよ! 行かせてください。あ、足手まといになるかも知れないけど…」


 「よーし、はっきり言ったな」


 そして走り寄ってくる集団を待つ事にした。


 まず初めに判ったのは、その集団が獣などの集団暴走では無いと言うことだった。


 望遠鏡の類いを持ってこなかった事を悔やみながら集団を見つめる。すると、だんだんと形がはっきりしてくる。


 「先頭はダチョウに見えるんだが」


 「ダチョウの後ろは、白っぽい、小型の馬ですか?」


 「お、俺にはバイクに乗った世紀末集団に見える」


 「あ、モヒカンだ」


 「あれ? 先頭は後続を率いているんじゃ無くて、逃げてる?」


 次第にはっきりしてくる。


 先頭はダチョウみたいな、おそらくは鳥類。それも背中に乗って走らせると言うタイプの騎獣というモノの様だ。


 そのダチョウに似た鳥の背中には子供ぐらいの大きさの何かが乗っている。


 「子供か?」


 「大きさ的にはそうかも知れんが、思い込みはマズイな」


 後ろの集団は…。


 「鶏?」


 「人間がニワトリのコスプレをしてる、のか?」


 バイクに似た何かに乗った男達。肌は白っぽいが、顔は肌色が見えている。目や口は人間風に見えるが、髪の毛は無く、鶏冠が大きく自己主張していた。


 「コケッコーッ!」


 「コッコーッ!」


 そして長い棒の先が輪になった物を片手で持ち、運転しながら振り回していた。


 「腕は人っぽく見えるが、羽毛っぽいのも有る感じか?」


 「えっと、ダチョウ擬きに乗っかった子供っぽい何かを集団で追いかけている世紀末コケッコー軍団? で、良いのかな?」


 「「あっ」」


 突然、ダチョウに乗っている子供っぽい何かから、鞭のような紐状の何かが複数伸び出した。


 そしてその紐状の何かの先端から炎が吹き出し、後ろの世紀末コッコ-たちに襲いかかった。


 さらに炎が途中で爆発してコケッコーたちを吹き飛ばす。


 それに対しコケッコーたちは輪の付いた棒を振り回すと、今度は輪の先から氷の塊が飛び出てダチョウの方に飛んでいく。


 「あれは魔法の杖なのか?」


 いくつもの氷の塊が飛び出し、ついにダチョウが倒れる。


 放り出される子供ほどの大きさの何かが二つ。


 一つは転がってそのまま動かなかったが、一つは逃げるように蠢き出す。


 うねうねと紐状の何かが二十本近く湧き蠢き、それぞれから爆発する炎が吹き出る。しかし鶏風の男たち? の氷の魔法で迎撃され、空中で爆発を繰り返す。さらに途中でバイクから放り出されたと思える男達が復帰し、飛び出る氷の量が炎を上回る。


 一度当たれば後は数の暴力。


 体勢を崩した蠢く何かは、多くの氷の塊に押しつぶされて行き、ついには大きな氷の塊の下敷きになった。


 「え、えーと、どうしよう…」


 何故か完全な傍観者になっていた村田伶治たちが呆然とし、ようやく宮本謙信が呟きを発した。


 「うん、初めは異世界ラノベでありがちな、お姫様が乗った馬車が盗賊に襲われている状況を想像したんだよなぁ。で、アレってなんだったんだろ?」


 川端信が呟くように語る。


 「蠢いてたよなぁ」


 「タコとかじゃ無く、ヒュドラとか想像しちゃったけど、それにしては細かったかな」


 綿貫光洋と宮本謙信が感想を述べる。


 「えー、これからどちらかに付かなければならないとしたら、我々は鶏人間の方を選ばないとならないのですか?」


 大槻圭子の言葉に四人の表情が固まる。


 「あ、俺、ペットボトルのお茶の蓋を閉め忘れた気がする。ちょっと帰って確認してくる」


 川端信が思い出したかのように言う。


 「そう言えば、呼んでた本の端を折って栞代わりにしておいたのを戻し忘れた気がするな。急いで戻し直さないと」


 と村田伶治。


 「え? あ、あー、スニーカーの紐が緩んでたな。うん、急いで締め直さないと」


 さらに綿貫光洋。


 「え? え? えー? えーっと、冷蔵庫に貼り付けたマグネットの位置が曲がってた気がする?」


 ようやく宮本謙信がひねり出す。


 「あの、それ、やらなければならないのですか? さっさと帰った方が良くないですか?」


 と、もっともな事を言う大槻圭子。


 「そうなんだが、素直に帰らせてはくれない雰囲気だからなぁ」


 村田伶治が結論を言う。鶏人間たちとうねうねしていた何かとの戦いは、五人から少し離れた場所で行われていたが、村田伶治たちに見えていた時点で鶏人間たちも認識していた。ただ優先順位が低かっただけだ。ここで逃げるような真似は悪手となる。そして優先順位が繰り上がったことで鶏人間たちの内の二人がバイクに乗って五人に近づいてきていた。


 バイク。おそらくはそうなのだろう。二つの車輪が前後に付いた、移動手段としての道具。その定義で言えばバイクだ。人力で動かすなら自転車、動力付きならオートバイと呼べる。どちらも同じバイクだ。


 だが鶏人間の乗っているバイクはタイヤがおそらく金属製で光沢を放っている。横幅も太く、人間の横幅と同じぐらいはある。アレでは接地面積が大きすぎて、前進するだけでも自動車並みのパワーが必要になりそうだ。何よりハンドル操作での方向転換も自動車並みになって、かなり効率が悪いだろう。車体を傾けることも出来そうに無い。


 そんな二台のバイクが村田伶治たちの目の前に停車した。


 そしてバイクから降りた二人の鶏人間が降りて近づいてくる。


 「コケッコケ!(暫し待たれよ)」


 「コケッコー(問いたいことがある故)」


 そう鶏人間が問いかけてきた。


 「嫌だなぁ。コケッコーなのに、何を言っているのか判っちゃう」


 呆然と呟く宮本謙信。嫌だなぁの部分も含めて、他の四人も同じ気持ちだった。


 「コケッ! コーコッコ(そなたらは何者であるか? なにゆえこのような所に?)」


 「コケッコ! コーコッココココ(答えよ! 返答次第ではただではおかぬ)」


 「コッコ。コココココ(そういきり立つな。まだ敵と決まったわけでは無い)」


 片方は短気で、片方は冷静であるとは判るが、村田伶治たちはこの状況そのものに頭を抱えていた。


 村田伶治は他の四人の方を見る。すると皆はじっと村田伶治を見つめていた。村田伶治が自分を指差すと、四人は揃って頷く。そして村田伶治はがっくりと肩を落として溜息を吐いた。


 「あ、あー、俺たちはあっちの方から、今さっき来たばかりなんだが、君たちと、さっきのうねうねしてたモノとも初めて見る感じになる。と、言う状況なんだが、その、通じてるか?」


 村田伶治が背中越しに『門』の方角を軽く指差して答える。果たしてこちらの言葉が通じているだろうか? と言う懸念が大きい。


 「コ? コーッコッココ(ぬ? 外つ人であるか)」


 「コケ! コケッコウ(まさか! だが、この風体は…)」


 あ、通じてた。と言う思いが五人に浮かぶ。もし通じなかったら、それを理由に帰れたのに。と言う思いも続いたが。


 「コケ、コケ、コッコーコ(すまぬが、お主たちには我らと同行して頂きたい)」


 「ココケッコー、コケコッコー(逆らうというならば力ずくと言う事になろう)」


 「う、やっぱり…」


 村田伶治にはそうなりそうな予感があった。簡単に言えば、二つの国が戦争をしている最前線で、さらに他国の兵士が戦いを見ていた、と言う状況だ。拘束して審議確認、場合によっては戦争が終わるまで保護という名目の捕虜になる場合もある。


 面倒なことになった、と思うが、力ずくで脱出すると言う考えは収める事にする。それは最後の手段だ。先ずは様子見という所なんだが、他の四人がそれを納得してくれるか、と言う点は気になった。


 「コッココーコッコ(こちらに着いてまいれ)」


 「判った」


 村田伶治が両手を挙げて素直に言葉を発すると、他の四人も同じように手を上げた。

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