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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
14/23

レアドロップと綿貫光洋

 日曜日。明日の朝は月曜日だというその日の夜。


 陽平は小泉澪、鈴木千佳、そして生産組の中村梓、吉田恵、斎藤董子、岡田小梅、山本光雄の七名を伴って夢見の街ミイヤの中で、出没する敵モンスターを討伐しながら彷徨っていた。


 主な目的は生産組五人のレベル上げと討伐報酬の金銭稼ぎだ。


 「何が無くとも先立つ物が無ければどうにもならない! やぁっておしまい!」


 陽平の何がなんだかよく判らない号令の元、生産組がすねこすりや赤へるを元とした初期の敵モンスターを狩り続けていく。


 陽平が号令を掛けるまでも無く、生産組は初期敵モンスターならば楽に狩れる。


 だが今回は主に山本光雄のレベル上げが目的だった。


 山本光雄はコミュ障だが、言われた事を単純に実行する分には何の抵抗も無い。なので陽平は一方的にやるべき事を言って、「さぁやれ!」と突き放すだけだ。

 その際、その事を充分にこなすことが出来る先輩である生産組の面々をフォローに回すことによって、山本光雄の負担を限りなくゼロに近づけている。


 そのおかげもあって、それまで一言も口を開かない山本光雄もレベルが二桁になった。


 陽平たちとは三から五はかけ離れているが、生産組としては充分なレベルだ。


 そろそろ生産組は独自研究に回した方が良いのでは無いかと考え始めた頃、陽平は山口敦からメールを受信した。


 曰く【装備調えたからお前なりの意見を聞きたい】と。


 装備を見るのは生産組でも充分に有効活用できる。なので生産組を引き連れた八人体制で山口敦の元へと向かった。


 ホームセンターでは、山口敦は連射できるショットガン、渡辺健二は混合ガソリンを使うチェーンソー、武藤寛太は両手に魔法の杖、松本剛は片腕に小型チェーンソー、片腕に連射式ショットガンを持っていた。


 「すまん。渡辺。ひゃっはーと叫びながら汚物を消毒しまくってくれ」


 「あ、やっぱり? 俺もそんな気がしたんだ」


 「判ってるなら、十メートルはジャンプできるバイクを探してきてくれ」


 「ひゃっはー!」


 「それを返事とはして欲しくない!」


 陽平の叫びは陽平パーティ八人の統一した意見だった。


 「他に必要そうなのはあるか?」


 ひゃっはーと盛り上がっている渡辺健二や松本剛を無視して魔法の杖を二本持っている武藤寛太が陽平に問いかける。


 「例えばだが、荷台にクレーンがついたレッカー車とか有ったら、獲物を逆さ吊り出来そう何だがな」


 「おお、なるほど。だが、そんなのがあったら、尚更世紀末な雰囲気じゃ無いか?」


 「せめて一狩り行こうぜ、な程度に抑えてくれると嬉しい」


 「ひゃっはー!」


 チェーンソーのエンジンを吹かし回転ノコギリを回しながらチェーンソー自体をグルグルと振り回して調子に乗る渡辺健二。


 「危ねぇから振り回すな!」


 「ひゃっはー!」


 そこに陽平へと佐藤一からメールが届く。


 【そろそろ頃合いだから陽平も門に来てくれ】


 そう言えば今日は掲示板の連中が尋ねてくるんだったな。と呑気に考えながら、ひゃっはー組も引き連れて門へと向かう。


 陽平としてはこの機に山本光雄のボス攻略を済ませておきたかった。


 そしてひゃっはー組を先に行かせて八人でボス戦。慣れるためもあるので生産組だけで戦わせつつ、もしもの時用に陽平たち三人が控える。


 あっという間に取り巻きが消え、ボスキャラの化け猫の突進に苦労していたが、ほとんど逃げ回りながらチマチマと攻撃を当てるスタイルで、さほど危険な状況は無く終了した。


 報酬のポーチは山本光雄の分の一つだけ。後は幾ばくかの換金アイテム。しかし生産組は純金素材として使うそうだ。


 現実では貨幣価値を認められた純金のインゴットは、別の目的に利用することを法的に禁止している。これは偽金作りに利用されることを防ぐ処置の一環だが、このゲーム世界ならば法の支配が及ばないというズルで加工素材にするそうだ。


 回収が終わって一応と言う事で全員で門の外に向かう。


 そこには佐藤一のパーティ、渡辺健二のパーティ、そして見知らぬ二人の男性がいた。


 「陽平! ようやく来たか。こちらハンドルネーム臆病者さん。アバター名はゼロツーさんだ。そしてもう一人はハンドルネーム三刀流が出来なかった剣士さんで、アバター名はそぼろさんだ」


 「よろしく陽平です。そして後ろにいるのがウチのパーティの戦闘担当二人と生産組五人です。今は全員のエリアボス突破を確認したので、これから街に戻るつもりです。それで仮面、この二人は街に入れるのか?」


 ゼロツーとそぼろに挨拶した後、佐藤一に聞いた。


 「いきなりは入れなかったな。でも横のプレートにスマホを置いて申請すれば、街の住民の許可があれば入る事が出来るみたいだ。既にゼロツーさんは登録を終了した」


 そこでさらに質問しようとした陽平の言葉を遮るように爆音が響いた。渡辺健二がチェーンソーのエンジンをかけ「ひゃっはー!」と叫んび、それを見た山口敦が連射式ショットガンを空中に向けて放っていたからだ。


 「てめえらうるせぇ! ひゃっはー言ってるだけじゃなくその装備で獲物と戦ってこい!」


 佐藤一が切れて叫ぶ。


 すると渡辺健二たちはひゃっはーと叫びながら草原を進んでいった。


 「あいつら、あの路線で行く気か?」


 「武器に因るんだろ。渡辺なんかは刀に拘ってたみたいだしな」


 「刀じゃ無理だからチェーンソーか。良いんだろうか?」


 「まぁ、結果はそのうち持ち帰ってくれるだろ」


 「だな。すみません、騒がしくって。とりあえずそぼろさんの門への登録をしちゃいましょう」


 佐藤一の誘導で二十代前半と見える男性が門の横に設置されている石碑風の登録パネルにスマホを乗せる。さらに佐藤一が自分のスマホを近づけてから承認の作業を行えば門を通過するための許可が下りることになる。


 そして別門の二人を連れて、ひとまずは夢役所に行こうと話が整った所で別人の声が響く。


 「うぉぉぉ! 本当にいる!」


 皆が振り返るとそこには陽平たちと似た雰囲気を持つ男が、陽平たちを見ながら興奮した様子でいた。


 「俺は一、通称いっつぁんです。そちらは?」


 佐藤一が前に出て聞くと、その男は和やかに笑いながら駆け寄ってきた。


 「俺はぼっちの魔法剣士だ」


 男が自己紹介すると、ゼロツーやそぼろは元より、その場にいた全員がぼっちの魔法剣士の周りをじろじろと見つめた。


 「すんません。今、お友達って近くにいますか?」


 「いないよ! ダチは今レベルアップに忙しいんだよ! なんで俺の周りをじろじろと見るのかと思ったら、イマジナリーフレンドがいるか確かめてたのかよ! いないよ! いや、本当にダチはいるんだよ! イマジナリーフレンドじゃ無いんだよ!」


 「あ、本物のぼっちの魔法剣士さんだ」


 佐藤一の言葉に、ぼっちの魔法剣士以外がウンウンと頷く。


 「掲示板だけじゃ無く、ここでも弄られるのか」


 「そんな事より、こっちに来て門への入場許可の申請を行ってください」


 佐藤一がすげなく行動を促す。


 そんな事って、とブツブツと言いながら肩を落としたぼっちの魔法剣士が登録パネルに申請し、それを佐藤一が了承する。


 「へー、別の門へは中の人が招かないと入れないのかぁ。一種の安全地帯扱いなんだな」


 「ぼっちの魔法剣士さんは、夢役所に登録した名前は何ですか?」


 「ああ、俺はタヌキにした」


 「そうですか。あ、こちらは臆病者さんで登録名はゼロツーさん。こちらは三刀流が出来なかった剣士さんで登録名はそぼろさんです。そして俺はいちと書いてはじめと登録しました」


 「おお、会えるはずも無い掲示板の中の人と実際に会えるなんて感動モンだな! よろしく、えっとぜろつーさんとそぼろさん」


 「詳しい自己紹介とかお話しは夢役所のロビーでしましょう」


 これ以上は他の門からの訪問者はいなさそうなので、移動を促す。


 「仮面。すまんが先に行っててくれ。俺たちは生産組の提案でスライムや蟻を少し狩って、サンプルとして持ち帰って見るつもりだ」


 歩き出そうとした佐藤一に陽平が断りを入れる。


 「スライムに蟻か。ならさほど時間はかからないか、生産組の話は聞きたいだろうから出来るだけ早く戻ってくれればいいぞ」


 「おう」


 そして陽平たち八人は草原に向かった。


 佐藤一は林一華らのパーティメンバーと共に、ゼロツー、そぼろ、タヌキの三人を夢見の街ミイヤの夢役所に案内した。


 役所のロビー。


 「そっか~。役所のロビーってこう言う人数で使うモノだったんだなぁ」


 佐藤一が勧めた席に着いたそぼろが涙目になりながら呟く。それをゼロツーとタヌキがしんみりと頷いて同意する。


 「この広さでたった一人。独り言がホールに響くのが虚しくて、役所に来なくなったからなぁ」


 「初めの頃は、時々何かが変わったかと期待して来てみたけど、それも虚しくなったよなぁ」


 「ああ、街の中の妖怪を倒して憂さ晴らしするんだが、途中からドロップも拾わないで消えるのを眺めてたとかもあったなぁ」


 「しみじみとしてるトコすんません。記念撮影しても良いっすか?」


 「あっ、いっつぁんの口調が掲示板モードだ」


 「こっちの方が馴染みがあると思いまして。じゃ、ここに並んでくださいっす」


 「あ、俺も写真データが欲しいんだが」


 「後でスマホの連絡先交換して一括でメールするっす」


 「おお、それで頼む」


 そして佐藤一のパーティメンバーも入れて、再びの撮影大会になった。


 「本当はお茶とか出した方が良いんでしょうが、この世界って飲み食いは出来ないっすよね?」


 再び椅子に着き、情報交換になった。


 「ラノベのヴァーチャルリアリティだと、いくら食っても太らない、とかって設定で飯テロしてたりするんだよなぁ」


 「排泄が無いのは助かるけどな」


 「でも、口の中に唾液は出るんだよなぁ。涙も出るし」


 「誰か、こっちで血が出るような怪我とかした事があるっすか?」


 「いや、無いな」


 「初めの頃は少しの怪我でも致命的って感じだったが、今じゃそう簡単には傷つかないからなぁ」


 「そう言えば、怪我するのか? 誰か、ちょっとナイフで傷つけてみてくれるか?」


 「いやいや、やばいっしょ。血の出る程の怪我がヒットポイントにどんな影響を与えるか判らないし、やった方も変な二つ名付くとかの可能性もあるし」


 「ああすまん。そう言えばそういうのがあったな。同意の上で実験としてやっても、何があるかは判らんか。下手したら俺の方もあえて痛みを受ける者とか二つ名が付いたら立ち直れん」


 「そうっすね。怪我については、そのうち嫌でも経験しそうっすから、今は保留にしますっす。ただ、草原の獣は切れば血を出しますっから、一応聞いてみたっす」


 「そう言えば、さっきチェーンソー軍団が草原に向かっていったよな?」


 「え? 何? それ!」


 「ああ渡辺のパーティっすね。アレも初の試みっす。アレでどうにかなれば、少しは進展する可能性がある、って所っす」


 そこに陽平のパーティが役所に入ってきた。


 「陽平! お疲れ。首尾は?」


 「渡辺たちも帰って来たぞ。血まみれだったから、家帰って身体洗ってこいと言っておいた。一応あいつらの成果は受け取っておいた」


 「おう、じゃ、こっちで話に加わってくれ」


 そこで一旦仕切り直し。陽平たち八人が席に着いた所で、陽平が赤黒い小石をテーブルに置いた。


 「まずはコレだ。スマホの鑑定機能で調べてみてくれ」


 その場にいた陽平たち以外が一斉にスマホを小石に向けた。


 【魔石(小)魔道具の力の元および構成材料になる 買い取り価格五万五千】


 「魔石か。陽平、これは?」


 「渡辺たちの成果だ。大きいが家畜に近い感じの牛がいたんで、連射式ショットガンで頭ぶち抜いたらあっさり倒せたと言っていた。で、腹割いて心臓を取り出したんだが、取り出した心臓がみるみる萎んでコレになったそうだ。次にコレだ」


 陽平はさらに小さな赤黒い石を取り出してテーブルに置く。


 【魔石(極小)集めて錬金技能で一つの塊に錬成することが可能 魔石(中)までの大きさにしか出来ない 買い取り価格五千】


 「これは?」


 「スライムだ。あのスライムには核となる部分は見えなかったが、剣を突き刺せばあっさり倒せる。銃だと爆散してしまうがな。で、倒したのを回収したら、いつの間にかコレになってた。最後にコレだ」


 陽平はポーチから手の平に乗る大きさの、小さな宝箱を取り出してテーブルに置いた。


 皆が一斉にスマホを向けるが。


 【宝箱】


 としか判明しない。蓋を開けないと鑑定できなかった。


 皆が鑑定したのを確認した陽平が蓋を開ける。中には直径二センチほどのビー玉の様な透明の球体が一つだけあった。


 【時間延長の宝玉 一つにつき一人だけ恒久的に滞在時間を八時間延長する】


 「おい!」


 鑑定結果を見た佐藤一が立ち上がって陽平を問い詰める。


 「どう言う事だ!」


 「喚くな仮面。鑑定で見た通りだ。俺もそれ以上判らん。蟻を倒して回収してたんだが、二回目でそれがいつの間にかあったんだ。いわゆるレアドロップというヤツかもしれん」


 「ああ。要は、蟻やスライムは掃除屋として無視するんじゃ無くて、飽きる程討伐するべき対象だったワケか」


 「その可能性は高いな。って言うか、やっぱ先ずはそこからがゲームスタートってワケだったんだろう。街自体がチュートリアルだったって事だな」


 陽平のセリフに、その場にいた全員が大きく溜息を吐いた。


 「他には?」


 「特にないが、渡辺たちが倒した牛のモモを切り取って回収して来たそうだ。後で実際に食えるか試すらしい」


 「そっか。そっちはまぁ、渡辺たちに人柱になってもらうとして、陽平、この時間延長の宝玉を使って見てくれないか?」


 「やだよ。お前が使え。ここでたった一人で黙々とレベルアップとかしたくない」


 「ああ、一人につき一つのアイテムだしな。タヌキさん、使ってみるっすか?」


 「泣くぞ」


 タヌキ。掲示板名はぼっちの魔法剣士。再びぼっちになるお宝は使いたくないと言う。


 「とりあえず人数分確保してから使うべきって感じだな」


 「俺たちもアイテム取得には精を出さなきゃならない様だが、使う時は皆でタイミングを合わせた方が良いな。ってか、頼むから使うタイミングは教えてくれ」


 そぼろが懇願するように言う。


 「そぼろさんは、知り合いとか誘ってないんっすか?」


 「仕事仲間はこう言う系統は興味無さそうだし、学生時代の仲間は今んとこ疎遠だしなぁ。実際誘ってみようと考えたんだが、近くにいる連中じゃ来てもあっさりやられるか、いても文句言うだけで攻略の役にも立たないって感じで誘うだけ無駄だと思ってな」


 「あー、ウチの連中はそれぞれ思惑はあったっすが、自分で来たいと願った連中ですから、その点は幸運だったっすね」


 「それはそうと、ゼロツーさん、タヌキさん。俺とパーティ組みませんか?」


 「組むのは構わないが、その思惑は?」


 そぼろがゼロツーとタヌキにパーティを組む事をもちかけ、ゼロツーが理由を尋ねる。


 「俺は一人なんで、誰かとパーティを組みたいって単純な理由ですよ。ただ、俺といっつぁんトコの連中とはレベル差があって、なんとなく逆に脚を引っ張りそうだな、って思って」


 「ああ、逆に足を引っ張りそうだ、って意見は同感だな。ここの連中には自由にやってもらう方が良い結果を出しそうだ」


 「ゼロツーさんの所には来れる人はいないんですか?」


 「実は今日、新たに俺と同じ街に来たヤツがいる。装備品関係は金に飽かせてたっぷり持たせて、経験値稼ぎをさせてる所だ」


 「続きそうですか?」


 「ゲーム的な知識はスマホレベルだが、戦闘センスはかなりありそうだったな。明日にはソロでボスを突破するだろう」


 「ほう。じゃ、その方も一緒にスライム狩りを始めませんか?」


 「判った、相談しておく」


 「あ、俺んとこのも連れてきていいですか?」


 タヌキがそう言うと、場が一瞬冷える。


 「見えない相手とのパーティか。結構難易度高いな…」


 「いるよ! 本当にいるんだよ! イマジナリーフレンドじゃ無いよ! 明日には登録するから、名前はまだだけど、本当にいるんだよ!」


 そぼろの呟きに涙目で訴えるタヌキだった。


 「それにしても『そぼろ』と『タヌキ』か。もう少しアバター名を考えなかったのか?」


 ゼロツーが呟いたセリフは、何故か良く響いた。


 「ゼロツーさんは?」


 「俺は名前からだ」


 「と言う事はジローとかレイジですか?」


 「どっちとは言わないが正解」


 「俺のそぼろは、他のMMOで使ってたキャラの名前だったんだ。そのノリで付けたが、今はかなり後悔してる」


 「俺のタヌキは実名の名字から。実は綿貫って名字なんだ」


 「ワ、タ、ヌ、キ。ああ、ワを取るとタヌキか。なるほど、和を取るとか、初めからぼっち志望だったわけだ」


 「し、しまったー! あ、あ、あ、と、登録名って変えられなかった? 変更手続きって出来たよね? ちょっと見てくるー!」


 叫んだタヌキは転げ落ちるように椅子から離れると、直ぐ近くのステータスカード登録窓口に駆け込んだ。


 ここは夢見の街ミイヤ。タヌキがいた街では無いが、変更が可能なのかどうか、先ずはタヌキ自身に確かめてもらおうとして、誰もそれを指摘しなかった。


 暫くして、ホクホク顔でタヌキが帰って来た。


 「俺のことはコーヨーと呼んでくれ!」


 「変更できたのか?」


 「おう! 手数料で二十万取られたが、変更は受け付けてくれた。見てくれ!」


 そう言って突き出したスマホにはコーヨー・レベル30と書かれていた。


 「ほう、他の街の役所でも出来るのか。うん、良い検証になったな。俺は自分の所でやってみるわ。手数料の違いとかあったら後で掲示板の方に書いとくな」


 「あ、あ、あ、しまったー! そうだよ! 自分とこでやった方が安そうだったんだー。何やってんだよ俺ぇ!」


 「まぁ、そんなくだらないことは置いておいて」


 「ひどっ!」


 「俺はそぼろからシンに変えるから、今からでもシンと覚えてもらうと助かる」


 「俺の事は置いておかれて、出てきたのが俺と同じように名前の変更の事だった…」


 「弄りやすいなぁ…」


 ゼロツーの独り言はほぼ全員の意見と同じだった。


 「さて、そぼろさん、いえ、シンさんたちの方は大凡これで良いとして、陽平は何かあるか?」


 佐藤一が収束させるべく、話題の切換を行う。


 「当面は蟻やスライムを相手にするだろうから、武器の選択だな。一応獣相手の装備も必要だが、それだとスライムとかにはオーバースペックになる。魔法は今まであまり使っていなかった系統を選んでもらえば良いが、銃は弓矢とかボウガンに切り替えた方が良いかも知れない。剣や槍も突き刺すとかにした方が素材を無駄にしないだろうしな。俺も念のためチェーンソーも持つし、弓矢にも挑戦してみるつもりだ」


 「チェーンソーか。実際獣相手に役に立つのか?」


 「渡辺たちは血まみれで細かい肉片まみれだったからなぁ。それが嫌ならスタンガンとかが有効かも知れない」


 「なるほど。生き物相手ならそっちの方が効きそうだな」


 「銃みたいになっていて、電極を飛ばすヤツが有ったと思う。直接電極を押しつけるタイプも持っておいた方が良さそうだが、格闘の素人にそれで倒せというのは無理だから、あくまで予備という扱いだろうな」


 結局チェーンソーは小型の物を一つ。銃型のスタンガンを二丁。手持ち型のスタンガンを一つというのが追加する一人分の推奨装備と言う事になった。


 これは剣、銃、魔法を主体とする戦い方に限らず、全員が持つべき装備として推奨する、と告知するメールを登録者全員に送る事になった。


 無理に揃えなくて良い、使わなくて良い、ただ生き残る確率を上げられそうなアイテムだという事だけだ。あくまで自己責任。選択するのは自分自身だ。


 これにはシン、ゼロツー、コーヨーも納得して感心していた。


 「なるほど。自己責任と言う事が徹底してる。これなら確かに伸びるな」


 ゼロツーが呟くとシンも頷く。


 「だな。逆にコレがあるから彼らの仲間がここに来れたのかも知れない」


 「可能性はあるな」


 「え? それって当たり前だろ?」


 二人の意見にコーヨーが異を唱える。


 「そうでも無い。人ってのは結構面倒くさがりなんで、楽な方に流されがちだ。深く考え慎重にと言うのは出来るが、その上で思い切り走れる、と言うのはなかなか面倒くさい。これが出来ると言うなら資質と言うしかない」


 シンが答える。


 「ああ、慎重に、と言えば慎重にしか出来ない。彼らは慎重にした方が良いぞ、と言っておいて勝手にして良いが自己責任だからな、と付け足す。それに対して臆する事も無く、それでいて慎重にする事も忘れない。確かに資質だな」


 「うーん、簡単な気はするんだが…」


 「それはそれで良いさ。それも自己責任だ」


 「やっぱよく判らん。それよりさ、今日はこれからどうする?」


 「俺たちが連むのは明日で良いだろ。今日は戻って、街から街での通話が可能か確かめたら装備の見直しだ。スライムを飛び散らせないように倒すとかのために俺もスタンガンと弓を買って練習するつもりだ」


 「ああ、俺も帰りにスライムを狩ってみるが、その後は街に戻って装備を整え、もう一人のレベル上げに付き合うつもりだ」


 「そっか、じゃ、俺もそれで。なぁ、明日はスライム狩りだろ? それなら連む必要無いんじゃ無いか?」


 「それでクマにあったらどうする?」


 「あっ」


 「連んでれば、試しにクマと戦ってみるって事も出来そうだけどな。スタンガンはおそらくかなり有効だと思う」


 「あー、メインに熊狩を持ってくるのは辛いけど、たまにならってのは、うん、そうだな。やっぱ連むか」


 「うん。可能なら、そのまま俺たちが少しだけ先行するって事も出来そうだしな」


 「く~、まだ見ぬ世界を誰よりも先に踏破する! それが冒険だよな!」


 慎重にすべきという話に感心はしていたが、やはり『冒険』する事には興味がある三人だった。


 そしてスマホに連絡先を登録して、先ずは同じ街の中で通じるか実験。写真として撮った画像データを交換して、今日の所は自分の街に帰る事になった。


 「じゃ、明日の夜。寝るまえの時間に掲示板で」


 ゼロツー、シン、コーヨーは現実の世界でアドレスを交換するつもりは全く無い。それはプライベートの確保という意味はあるが、正直、お互いをしっかり信用していないと言う意味でもあった。


 そして今後もその方針は変えないで行こうという暗黙の了解みたいなモノがあった。ただ、コーヨーだけは聞かれれば簡単に答えそうなので、あえて話題を振らないようにしていた。


 勢いでやってしまいそうな残念な子。それが佐藤一を初めとするほとんどの者の印象だ。


 同じ意味でやってしまいそうな脳筋こと渡辺たちのパーティを遠ざけておいたのは陽平のグッジョブだと言うのも佐藤一たちの評価だった。




 「俺は綿貫光洋。高校一年だ。俺は今、夢の中に出来た世界の中でゲームのような冒険をしている。恋人募集中だが、馬鹿な女は要らん。馬鹿な友人も要らん。でも俺は馬鹿の振りをするが、盛大にあなどってくれ」


 「なんなのその自己紹介は?」


 ここは夢の中に出来た街、ビギナータウン238。現在は夢の街レターと改名された街の中に、綿貫光洋ことコーヨーと、彼と同級生の宮本謙信が妖怪と戦っていた。


 そして宮本謙信がだいぶ慣れた戦いの最中に勝手に呟いた綿貫光洋に突っ込みを入れた所だ。


 「何故か自己紹介しなければならないと思ったんだよなぁ。なぜだろう?」


 「そんな事より、もう少し稼げる場所に移動しても良いだろ? この調子じゃ今日中にボス突破とか難しいんじゃないの?」


 「ああ、ボス戦は俺も付き合うから、正直今でも大丈夫なんだが、やっぱ外に出ると力不足は明確になるからなぁ。まぁ、ボス手前の三匹同時とかやってみるか?」


 「サブマシンガン二丁撃ちなら余裕なんだろ? 魔法の杖も一通り使ったし、剣でも三匹ならやれそうだから、いい加減許可してよ」


 「判った。じゃ、とりあえず役所に行って登録しよう。名前が無いと紹介も出来ないしな」


 「うん。名前かぁ。なんにしようか」


 「本名が謙信なんだから竜とかドラゴンってのはどうだ?」


 「それは流石に名前に負けちゃうよぉ」


 「じゃ虎はどうだ? ちょっと洒落て不識ってのいいかも」


 「ふしき、って呼びやすい?」


 「言い難いな。じゃ虎にしよう。呼びやすいし」


 「それで虎のモンスターが出てきた時は区別付く?」


 「む? 文句が多いぞ」


 「安易な名前にするからでしょ」


 綿貫光洋は脳筋タイプ元気活発高校生に見える。対して宮本謙信は気弱で運動音痴な秀才タイプに見える。しかしそれは見た目だけで、成績が上位に入る宮本謙信は成績でも運動でも綿貫光洋に勝てない。


 宮本謙信は運動音痴に見られがちだが、実は平均的な体力は充分に持っているので、徒競走でも水泳でも、中ぐらいの成績は充分に維持している。


 つまり綿貫光洋がずば抜けているだけだ。


 宮本謙信は綿貫光洋こそが天才という人種なのだろうと思うが、綿貫光洋自身はその言葉を嫌う。


 しかし他人がそれを言っても一切否定しない。ただヘラヘラと「そっかー。へー」などと言うだけだ。ただ宮本謙信が言う時にだけ文句を言う。宮本謙信にだけは事実を知ってもらいたいと願っているワケだ。だが、事実を知っているが故に綿貫光洋が真の天才だと思わざるを得ない。


 「おっ、おあつらえ向きに河童のダブルだ。まずは重タイプ二匹同時をやってみようか!」


 河童を目の前に綿貫光洋は宮本謙信の真後ろに回る。これでターゲットは自然に宮本謙信ただ一人と言う事になった。


 「うん。行くよ!」


 既にサブマシンガンを撃つ事にも慣れ、両手持ちでも問題無く撃てる。否、一番初めから二丁マシンガンでやらされていたので、嫌でも慣れるしか無かったと言うのが本音だ。


 そう言った点で言えば綿貫光洋は教育者としては落第なのだろうと宮本謙信は考える。自分が始めに苦労したと言う経験が無いから、いきなりでも出来るだろうと軽く考えがちなのだ。言えば理解して、手順を踏む事を考えてくれるが、ほとんどは「やってみれば簡単だろ」という言葉で済ませてしまう傾向がある。


 その綿貫光洋にかろうじてついて行ける宮本謙信が凄いのだが、それは綿貫光洋のすごさに隠れる事になるのも常だったりする。


 そして河童への射撃。


 二丁のサブマシンガンでしっかりと二匹を狙い続け、引き金も小刻みに引くのを繰り返す。そして撃ちすぎ防止で、河童が倒れたと思ったら直ぐに引き上げた。そして残心も忘れない。河童が倒れたので攻撃を中止したが、サブマシンガンの銃口は河童に向いたままだ。


 さらに自分の位置を変えるために右に周り込むように静かに移動する。


 そして河童が消えてドロップが出た所で、周りを見回してから息を吐いて力を抜いた。


 「ふぅ。終了」


 そう声を出し、ドロップを拾いに行く前にその場にしゃがみ、サブマシンガンの弾薬のカートリッジを交換する。それが終わってからドロップの回収だ。


 拾う前に一度周りを見るのも忘れない。


 綿貫光洋はその宮本謙信の行動に合格点を出した。


 この街の中でならそこまで警戒する必要はないが、草原やさらにその先になった場合は必ずこの慎重さが必要になると考えている。


 明日以降は他のプレイヤーと組んで行動するから、宮本謙信には慎重派、綿貫光洋は考え無しの行動派として活動する事を打ち合わせてある。なのでコレは一種の演技指導でもある。


 その後、すねこすり三匹やイタチ二匹が襲って来たが難なく倒し、役所へと到着した。


 「で、なんて名前にするんだ?」


 「単純にケンにするよ」


 「お、面白く無い」


 「名前に面白みとか伏線とか必要無いからね! 大事なのは覚えやすい、親しみやすい、区別しやすいだから!」


 たわいも無い会話をしつつ、二人は夢役所の中に入っていった。




 「俺は川端信。何処にでもいる会社員だ。具体的に言うととある学校に教材を卸している会社だ。仕事は営業と開発とコンサルトという、うん、経理以外はほとんどという良くある中小企業だ。そして一番の懸念は、何故俺はこんな自己紹介をしているんだろう? と言う事だ。ほんと何故だ?」


 川端信。夢の中のゲームではシンと名乗る。掲示板では三刀流が出来なかった剣士と名乗り、つい先日まではたった一人でゲームを続ける事を掲示板で愚痴っていた。


 それなのに今度は他のプレイヤーとの兼ね合いに悩まされていた。


 「パーティプレイが出来るのは良いんだが、あいつらに俺がついて行けるか?」


 シン自らが誘った事とは言え、ゼロツーとコーヨーからはヤバイ匂いが漂っていた。


 二人の事は掲示板で一言ずつの言葉を投げ合う様な、会話とも付かない意見の投げ合いをしている状況ではかなり馴染みがあった。しかし実際に会ってみると人としての生々しさと共に、隠した裏側の人間性が見え隠れしている。


 切っ掛けさえあれば、現実の世界でも暴れ回るような野獣性を隠し持っている。しかもそれを巧みに隠している所が怖い。


 「まぁ、でも、夢の中のゲームでしか会わないんだから、実質的な被害にはなりそうも無いか。俺としてはあいつらが暴れた方が面白い体験が出来そうだから、自由にやってもらうだけだよな」


 ある意味無責任。ある意味割り切った考え方をして思考を切り捨てた。


 こう言う割り切りが出来ないとサラリーマンなんかやってられない。と言うのが川端信の経験則だ。


 実社会でろくな経験をしていない、とも言う。まぁ、良くある話だ。


 思考を切り替えた川端信はアーチェリーの弦を引く。


 武器を弓に変える際、問題になるのは正確性と連射性、それと威力だ。敵が鎧を着た人間であるのなら、威力重視でクロスボウが良いかも知れない。連射するなら短弓、正確性を求めるのなら競技用のバランスを調整できるアーチェリーが良いだろう。


 しかし『冒険』に携行して行く武器としてだと、細かい区別をしていられない。一つの弓に正確性、連射性、威力の全てが求められる。だがそんな都合の良い物があるはずも無く、全てが一長一短になる。


 乱暴に連射する、と言う状況が常にあると想定しなければならないので、複雑な構造や余計な部品は命取りになる。


 結果として選んだのが、バランス調整が出来るバランサーやスタピライザーを取り付けるマウントも無く、コンパウンドボウの様に滑車が付いているワケでも無い、それでも競技用としても使える本格仕様だがシンプルなアーチェリーだ。


 威力は力を付ければ問題無い。連射性能と正確性は自分が努力すれば良いと言う力業だ。だが、コレが正解の一つだと実感できる。


 まずホームセンターの試射場で慣れるまで撃ちまくった。


 一応の納得を得たら、今度は街の中で妖怪たちを相手に連射の練習だ。


 すねこすりや赤へるを弓で倒していくと、この街は本当に初心者用の街だと感心する。何も無い状態で放り出された時は苦労したが、それを乗り越えさえすれば、武器や戦う事に慣れるための、まさしくビギナータウンだ。


 川端信は一匹のムササビの妖怪野衾が消える前に二本目の矢を撃ち込む事に成功した。


 「連射もそこそこ上手く行く様になったな。次の日曜に、アーチェリー体験ができる場所を探してみるか」


 日本国内で実銃を撃つ機会や真剣を振る機会は、完全な素人にはまず無い。だがアーチェリーなら出来るだろうと考えて、起きたら検索してみようと心に決めた。


 レベルアップの効果が現実に反映されるかは実感が無いが、こう言った今まで触った事も無い道具に慣れて活用できる技術ならば現実世界に持ち越せるかも知れないと考えたからだ。


 それで何が変わるかは不明ではあるが、少なくともこの世界での経験が無駄にはならないと言う証明にはなりそうだった。

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