ぼっちでコミュ障
山本光雄はぼっちでコミュ障だ。
それでも学校ではイジメが無く、適度に距離を置いてくれるので登校拒否にならないでいるのは幸運だった。
他人との対応が苦手で、次にどのような言葉を選んで会話を継続させるかで考えすぎてしまう。
多くの言葉の中でどれを選ぶべきかが頭の中で駆け巡り、結局タイミングを逃してしまうのだ。それが重なり余計に考えが迷走し、どう対応したら良いかが不安になった結果のぼっちだった。
だからと言って一人で居たい、と言うワケでも無く、ワイワイと騒がしい皆の輪の中に居るのは楽しかった。出来れば自分もその輪の中に参加してワイワイと遊びたかった。だが、過去の失敗や、その時の心ない者たちの対応で傷つき、大きな壁を作ってしまった。
せめて通常の会話ぐらいは出来る様になりたい。
でも怖い。
それが山本光雄の状況だった。
そんな時、同じ教室の陽平が夢の中のゲームに参加出来たという話題で盛り上がった。
山本光雄もネットで夢の中のゲームの噂は知っていた。しかしいつものネタだろうと思い、真剣には取り合っていなかった。
だが陽平が行けたと言う事が決定的だった。
山本光雄は普段はスマホを見つめて皆とは関わらないように表面を装っていた。しかし実際はクラスメイトの事を良く見ていた。
その中で注目していたのは佐藤一と陽平だ。
佐藤一はクラス委員では無く、それを行うつもりも無いのにクラスのまとめ役だ。他の皆もそう捉えている。
その反面、陽平は独特な孤立を保っている。クラスメイトの名前も覚えていない程に他人に興味が無く、友人として付き合っているのは佐藤一とごく少数だ。
しかしコミュ障というわけでも無く、他人とは普通に会話できている。頭も良く、佐藤一との会話ではコロコロと話題が変わる事に見事に対応している会話のやり取りは、山本光雄にとっては理想の姿だった。
ただ、あまりにもコロコロと話題が変わるので、教室の他の者たちも二人の会話に入ろうとはしない。下手に会話に入ろうとしても話題について行けなくなるのが目に見えているからだ。
それでも陽平の性格はクラスメイト全員が理解した。
常識的で頭が良く機転も利くが、基本的に余計なことはしない。だが受け入れたのならば力を惜しむことは無い。
と言うある意味、単なる常識人という性格だ。
まぁだからこそ、陽平が夢の中のゲームに行けた、と言う話をクラスメイト全員が信じた。見栄や軽いネタで嘘を吐く性格では無いと知っていたから。
山本光雄も信じた。
そして自分も行ってみたいと考えた。
行けても何が出来るかは判らない。ただ、皆が知っている状況を自分も知っておきたかった。共通の話題として、後に語ることが出来れば、と言う夢もあった。
そして、本当に行けた。
いきなり始まったチュートリアルでは普段着にエプロン姿の鈴木と名乗る女性がほぼ一方的に語りかけて来た。一方的ではあるが事務的では無く、それでいて対話の必要が無い対応は山本光雄にとってはとても楽だった。
ステータスを教えてくれる後藤と名乗る男性はチェックのシャツにオーバーオールと麦わら帽子で、こちらも一方的だが親切に教えてくれた。
戦い方を教えてくれる高橋という男性は柄の入ったスウェット姿だった。実際に戦う状況で一つの石の玉を差し出し、その玉に転がるように命令を込めろと言った。
訳がわからずも、言われたままに玉に命令を言ってみたが、玉は何の反応も示さなかった。高橋によると言葉をかけるだけでは無く、どのように動き、どんな結果になるかを明確に思い浮かべながら言葉にしろと言う。
何度も繰り返したがなかなか上手く行かず、その間は高橋も鈴木もまるで時間が止まったように動かなかった。おそらく次のステップに移行するまで、そのまま待機すると言うシステムなのだろう。
ならば焦ることは無いと考え、じっくりと玉に向き合った。
余裕が出てくると玉が単なる石のボールでは無い事が判る。
直感的に感じたのはゴーレムという単語だ。だが玉には手足が無い。だからこその玉だが。
「(ああ、だから転がれという命令なのか)」と納得する。
物理法則では外から力を加えないと、物の移動速度は変わらないと言う絶対の法則がある。
それは止まっていると言う速度ゼロにも適用される。
その法則を覆す力が魔法だ。
魔法というモノが一種の物理的な力であれば法則は覆らないが、念じる力を物理現象に転じる仕組みが判らないのでその明確な判断は出来ない。
しかし魔法があるのなら移動能力の無い玉でも移動できるだろう。
陽平の話では夢の中のゲームに魔法が有るという。
杖という特別な道具を使えば、念じる心の力を攻撃する炎に変えてくれる。ならばこの石の玉も同じなのだろう。
そう思って石を見た。
目には石が見える。しかし、目以外の認識の領域に引っかかるモノがあった。
図形だ。
丸の中に四角が描かれ、その四角の中に上下にギザギザが描かれている。
そこで唐突に理解した。
丸は物質としてのガワだ。その中の四角は押さえつける枠だ。上下に行き来するギザギザは魔法の力で、使う者がこの図形に魔法の力を込めると意味を成す。
つまり、物質に魔法の力を込めるための図式という意味だ。
しかもギザギザ。これは何度も行き来すると言う事で、封じるだけじゃ無く増幅も意味する? そう考え、山本光雄はこれは込めた魔力を一定期間継続させる図式だと結論づけた。
「(そう。継続だ。維持じゃ無い。バッテリーじゃ無くアンプ。増幅器だ。でも、それなら、他の魔法にも使われてる? 陽平君の話だと火の魔法は五芒星の魔法陣が描かれたって言ってた。違う! 増幅器じゃ無い! アンプだと別に魔力源が必要になるから。だとしたら? あ、命令だ。命令文がココに入るんだ)」
線が七本でギザギザが描かれていることから、山本光雄は七つの命令が入れられるとあたりを付けた。問題は命令の細かさだ。文法は自分が理解している日本語で充分ではあるはずだが、単に『転がれ』と言う命令で良いのか、方向指示が必要なのか、重心点の移動を指示する必要があるのかが問題になってくる。
さらに方向はどう指示するのか、玉にとって『前』とはどちらかも問題になる。
「(転がれ、と言うから問題なのか? 僕の思うがままに動け、と言うリモコン方式なら? リモコン方式という命令文を実行出来るのかな?)」
ここまで来たら実際に使って確認するしかない。そう考えて山本光雄は玉を手に取り、言葉に変えた念を込めた。
「僕の命令に従え。僕の指示する先に転がれ。止まれと念じたら停止して魔力を解放しろ」
込めた念はその三つだけだった。だがそれだけでも気分が悪くなる程疲れてしまった。
「(これが魔力枯渇? 倒れるギリギリかも知れないほど気分が悪い。言葉三つは多すぎたかな)」
おそらくココでは転がれの一言だけでOKだったのだろう。だが既にやってしまったからには無駄には出来ない。
山本光雄はフラつく頭を振りながら立ち上がり、玉に向かって命令を下した。
「行け!」
用意された的としてのイタチの妖怪に向かって指差すと、玉は勢いよく転がり始めて、直ぐにイタチに衝突した。
だが単に石で出来た玉が転がっただけなので大したダメージにはなっていないが、化けイタチも石の玉も消えたので、一応は課題終了という事なのだろう。
「お見事!」
そう言ったスウェット姿の高橋さんが消えて、エプロン姿の鈴木さんだけが残った。
「お疲れ様でした。これでチュートリアルは終了です。最後にチュートリアル特典を選んでください。ナイフ、ウッドシールド、回復薬、飾り装備のどちらを選びますか?」
「か、飾り装備…」
陽平たちの話から始めから飾り装備に決めていた。
「飾り装備はランダムになりますが宜しいですか?」
その問いにはコクっと頷いて答える。
「ではお好きなタイミングでストップとおっしゃってください」
いきなり目の前に三桁の数字がスロットマシンのように現れ、数字がドンドンと変わっていく。
「ストップ!」
何時ストップをかけても同じだと理解しているので、本当に適当なタイミングで声を出した。
選ばれて出てきたのは大きめの虫眼鏡、拡大鏡だった。どう使うのか、その説明は無い。
「では、良き冒険をお楽しみください」
事前の情報通りにチュートリアルが終了した。
そして気がついたらコンクリートの街の中、寝間着で道に立っていた。これも事前情報通り。だとしたら次はすねこすりか赤へるとの戦闘だ。
鈴木千佳や小泉澪の話では陽平に助けられて武器を貸して貰えたらしい。その陽平自身は完全に素手で倒したらしいので、体力に自信があれば素手でも倒せる相手なのだろう。
しかし山本光雄は体力に自信が無い。
なので他の誰かに頼って武器を貸して貰う以外無い。陽平のおかげで初心者は助けて貰える風潮が出来上がっているので、山本光雄が出ていって助けてくれと言えば、クラスメイトなら余裕で助けてくれるだろう。
だがやはり、他人に話しかけるのは怖かった。
クラスメイトなら大丈夫だと判ってはいるが、もしかしたら、と考えると前に進むことが出来なくなってしまう。
学校の教室ではほどよい距離を保ってくれるクラスメイトはある意味貴重だ。それが、もしもこの夢の中のゲームでは山本光雄を負担に感じて排除しようという気持ちを持たれたとしたら、今後は学校でも針のムシロ状態になってしまう事も考えられる。
そうなったら引きこもりになるしか無くなる。
そんな『もしも』が頭を駆け巡り、二の足を踏んでしまう。でも皆と同じゲームは共有したい。その二律背反が頭を悩ませる。
結果として、戦わずにこのゲームの中で過ごすだけでも良いのではないか、と言う逃げの思考に囚われる。
「そ、それなら、まずは安全地帯を探さないと…」
この夢の中のゲーム世界で死ぬと、現実世界でもゲームのことを忘れてしまう。
ゲーム以外のことは忘れないので特に生活で困ることは無い。さらにぼっちでコミュ障な山本光雄なら、困ることは全く無いと言える。
しかし少しでも皆との共通の話題を求める山本光雄には忘れる事が嫌だった。
せっかく非現実的な夢の中に来たのだから、せめて同じ世界でクラスメイトの行く末を見たかった。
だから死ねない。生き延びる。そのために安全地帯を確保しなければならない。
それが山本光雄の答えだ。
そこから山本光雄の冒険が始まった。
と言っても戦うのでは無く、隠れてやり過ごしつつ、安全な場所を探す冒険だ。
初めの内に出てくる敵モンスターの情報は判っている。先ずはそれをしっかり視認できるようにならなければならない。気がついたら襲われていた、と言う事では生き延びることは難しい。
そしてビルの陰、路地裏を慎重に渡り歩いて進む。
一度ビルの中にある店に入ってみたが、中でならば敵モンスターは出現しないことが判った。だが店には入れる店と入る事が出来ない店があった。
街を賑やかに見せる書き割りみたいなモノだ。
つまり中には入れる店と入れない店を見極める必要があった。だが、ゲーム的知識があればそれは問題では無い。陽平の話からコンビニ、ドラッグストア、魔法の店、ホームセンターなどの系統を選べば良い。
流石にこの夢の中のゲーム世界で英会話教室や着物の着付け教室の建物に入れない、と言うのは問題無いだろう。
しかし山本光雄にとってはそう言った関係の無い店に入って、敵モンスターをやり過ごしたかった。
実用可能な店だとクラスメイトが利用する可能性が捨てきれず、その時は苦手な会話をする必要が出てきそうだからだ。
そう考えても、実際は実用可能な店にしか入れない。クラスメイトに会わないことを願いつつアンティークな雰囲気を現代技術で作り出した感がたっぷりある店に逃げ込んだ。
陽平の情報通りそこは魔法の道具を売っている店だった。
本来ならすねこすりなどを倒して金を稼ぎ、こう言った店で武器になりそうな道具を購入するのだろう。陽平の話では魔法の杖があるらしい。
普段は決して目にすることの無い魔法の道具。買えなくとも見てみたい衝動はしっかりあった。
魔法の杖、魔法のほうき、魔女が怪しい薬を煮込んでいる姿を想像出来そうな鍋を小さくしたような物、水晶玉、平たい石のかけらに文字が刻まれた物、植物の苗木、目鼻口が浮き上がったリンゴ、継ぎ接ぎだらけの革で装丁された分厚い本などなど。いかにもな魔法の道具が乱雑に置かれている。
値段と名前は表示されているが、どんな道具かは判らない。判るのは説明が書かれている魔法の杖だけだ。
なんとなく見た目だけを楽しんでいたが、そのうちの一つに細かい文字がびっしりと書かれた目玉が入った保存瓶があった。
理科室に保管されている目玉の標本の様な物だ。
じっくり見つめても何が書かれているのかも判らない。
ふと、自分が拡大鏡を持っていることを思い出した。どうせ、と言う思いで拡大鏡で覗き込んでみる。
すると目玉の文字が意味のある図形に変わって見えた。
見えた図形は四つ。しかし拡大鏡を通さないと複雑な文字がびっしり書かれているだけに見える。つまりその拡大鏡は拡大するだけでは無く文字の意味も偏光させていると考えるべきだと考察した。
四つの図形の内二つは先ほどのチュートリアルでも見た丸四角ギザギザの動作命令魔法だ。二つあると言うことはその分、命令を多く込められる事を意味するが、それだけ多くの魔力を使うと言うことでもある。
残り二つの内の一つはガワとしての丸の中にきっちり収まる正三角形。さらに三角形の中にきっちり収まる逆三角形が描かれている。
最後の一つにはガワとしての丸の中に四角。さらに四角の中に接する六角形と、中に再び四角、その中に星形の図形がある。
動作命令の魔法以外は初めての図形なので、その意味する所が判らない。何か説明文は無いだろうかと標本瓶の周りを見ると倒れていた値段表があった。
『傀儡の眼二万五千』
「(魔法の道具の店で傀儡って事はゴーレム? もしくはゴーレムのように動かせる目? 遠隔目視が出来るドローンとかかな?)」
色々可能性を想像してみるが、魔法の意味が判らないので結論は出なかった。それでもこの夢の中のゲーム世界の魔法法則を解析するとっかかりが出来た感じがして、山本光雄は拡大鏡で店の中の魔法の品を観察する事にした。
まずは名前と使い方が判る魔法の杖。
拡大鏡で覗くと火の魔法は丸に星形。水は丸に三角形と、同じ大きさの上下を逆にした逆三角形を重ねた六芒星。風は丸に正四角形と、四角の中にきっちりと収まる大きさの四十五度傾けた正四角形。土魔法は丸に正三角形と、その三角にきっちり入る逆三角形。
「(あ、傀儡の眼にあった魔法と同じだ。あれは土魔法を使う様に予め作られているって事か。つまり土系統のゴーレムを作るための核になるとか?)」
目玉の標本の解析が進んだ事に喜び、さらに他の魔法の道具を見ていく。
次に拡大鏡で見たのは袋に藁を詰めて人型になる様に太めの糸で強引に縫った出来の悪い人形。目に当たる部分は不揃いなボタンを二つ縫い付けてあるだけだ。
『身代わり人形五万五千』
「(ゲームとかで時々見かける、即死級の攻撃を一回だけ身代わりになってくれる人形…かな?)」
ゲームの中の身代わりは設定により様々なパターンが存在する。
死亡判定を一度だけ無かった事にして、体力を一ポイントで踏みとどませる物や、体力を全快に戻してくれる物、さらには呪いを肩代わりしてくれたり、特定の現象のために生け贄になってくれる物などなど。
どれも持っていればプレイヤーのキャラクターの活動力が無くなった時に発動してくれる便利道具だが、あったからと言って万全というわけでも無い。それでも一つは持っておきたい常備薬みたいな物だ。物によっては同時には一つしか所持できない、と言う物もあるが。
その身代わり人形を拡大鏡で覗き込んでみると、傀儡の眼でも見た丸四角六角丸星という一番複雑だった図形が大きく一つあり、次に二重丸の中央に小さな黒丸が一つとミミズがのたくった様な文字が書かれた図形がある。そして小さめの正三角形の図形をいくつも並べて六芒星を形作った図形の三つで正三角形を描いていた。
それから店中の魔法の道具を見ていった。
結果として判った事は、図形は文字みたいな物だが、事象を表した表意文字と言う事だ。文字として言葉にする必要は無いので表音文字でも表語文字でも無い。意味だけの文字だ。
一つ一つが電子機器の部品に相当し、全体で一つの機能を発揮する電子回路だ。
そして魔力は、この夢の中のゲーム世界では人の心の力であり、世界に干渉する力だ。
これはかなり危うい。その可能性に気付いた。
魔法を使う個人がそれぞれ核爆弾を持っている状況になる事もある。
現実でも最悪の場合、個人一人の判断で核爆弾を爆発させる事は出来る。しかしその準備のためには多くの人の力が必要だ。だが魔法はもっと少人数の力添えでそれを可能にさせる。最悪一人でも実現出来てしまうだろう。
「(魔法が現実に存在しなくて助かった)」
山本光雄は心の中で安堵した。
「(でもこの夢の中のゲーム世界でなら良いよね?)」
安心した山本光雄は魔法の危険性も忘れ、店に展示してある魔法の道具を次々と観察していく作業を再開した。
魔法の店に展示してある道具を一回り観察し終わり、もう一度改めて始めから見直そうと考えていた時、カチリと言う音と共に空気がフワッと動いた。
店の扉が開かれたのだ。
驚いて店の出入り口を振り返ると、そこに四人の女性がいた。
陽平のギルドメンバーの生産職の四人だった。
「あ、山本君」
先頭で入ってきた中村梓が店の中の山本光雄に気付いた。山本光雄は逃げたくなったが、店はたいして広くも無く、出入り口は四人に塞がれている。
「山本君も来たんだね」
中村梓の言葉に山本光雄は怖ず怖ずとだが、なんとか頷く。
「山本君は何かと実際に戦った? お金有る?」
中村梓がごく当たり前の会話を切り出すが、これが山本光雄にとって大きな負担になった。答えるべき言葉が溢れてどの単語から口に出して良いか混乱し、結局無言で固まる事になる。
そこに斎藤董子が少しだけ前に出る。
「ん」
斎藤董子が山本光雄に向かって頷く。
それを見た山本光雄は少し考えてから返答として頷く。
「ん」
さらに斎藤董子が頷くと、今度は山本光雄は一回だけ首を横に振った。
「ん」
さらに斎藤董子が頷く、そして山本光雄が頷くか、首を横に振るを繰り返した。それを十数回繰り返した後、斎藤董子は岡田小梅に向かって無言で頷いた。
「山本君はまだ武器も無くて戦ってないんだね。飾り装備だけでお店の中を見てただけだって」
岡田小梅が中村梓にそう報告した。
「そっか、たしか佐藤君が山本君のために装備一式揃えていたから、先ずはそれを取りに行こうか」
「ん」
中村梓の言葉を聞いた斎藤董子が山本光雄に向かって頷くと、山本光雄も頷く。そして五人は言葉少なくホームセンターへ移動を開始した。
ここに、この五人の会話に突っ込みを入れる者は一人もいなかった。
夢見の街ミイヤにある夢役所のロビーホール。その片隅にある休憩用コーナーで五つのパーティの十九人が座って顔を突き合わせていた。
これは佐藤一に対策を求めるパーティからの連絡が重なった事で、佐藤一が攻略組の十九人に対して集合をかけた結果だ。一応生産組にも出席できるのならば集まって欲しいとは通達してある。
まず話し合われたのは夢見の街ミイヤの外の実状だった。
始めはスライムや猫程の大きさの蟻が数匹という、極簡単に対処出来る敵モンスターだった。
だがスライムや蟻は単なる掃除屋で、実際は現実世界にもいるイノシシや鹿、クマなどの獣だ。しかも現実世界よりも若干だが戦う事に特化している様だった。
命がけの戦いならば勝つ事が出来る算段はつく。だが誰かが犠牲になる可能性がある。
ペナルティがつくが生き返る事が可能なタイプのゲームではなく、死ねば参加資格を失うゲームだ。犠牲を前提に戦うわけにも行かない。
大人数で銃を撃って倒す。と言う方法も取れなくも無いが、あまりにも多いと同士撃ちの危険もある。敵モンスターも大人しく的になってくるわけでも無いから単純に人数を増やしても犠牲が増える可能性しか無い。
今のところ出てきた対策はショットガンを使う事ぐらいだ。
もっと破壊力のある武器を、と考えても、武器が大型化すると取り回しが犠牲になる。
四人組のパーティで三頭のクマと戦う事になった場合、遠くから狙えるのならば対戦車ライフルでもあれば一、二発で一頭ずつ倒せるだろう。しかし五メートル前方に突然現れて襲われた場合、一発目はともかく二発目を撃つ余裕はほぼ無い。大型の武器故に強いが足かせにもなる。死んだら終わりなので、数回に一回成功すれば良い、と言うワケにも行かない。
基本は旅だ。一カ所に陣地を作って獲物がかかるのを待つと言う狩りでも無く、目的の場所へ移動しながら戦うと言うのが前提条件になる。マジックバッグがあるので多少はマシだが、大型の武器はそれだけで負担が大きい。
大幅にレベルアップして、長さ二メートルはある銃を片手で取り回しできる程に力がつけば良いが、そこまでの道のりも遠いし、そんな力があるのなら鉈で攻撃する方が便利だという話にもなる。
単純に移動するだけなら車などを使うという手段もとれそうだが、これは戦ってレベルを上げながら旅をするというゲームだ。戦わずに移動だけするのならば必ず行き詰まる。ならば黙々と戦ってレベルを上げろ、と言う現実を突きつけられて、皆が頭を抱えていると言うワケだ。
「確かに妖怪を倒してレベルを上げて装備を整えろ、ってだけなんだがなぁ」
佐藤一が結果を口にする。
「もっともな話だが、それよりもゲームバランスがおかしい。街の中で、始めはすねこすり一匹、次に二匹、河童とかに変わって、ボスは大型の化け猫と取り巻き、と言う感じで敵のレベルも上がっていった。これはゲームバランスとしては普通だったはずだ」
佐藤一の意見に陽平が持論を述べる。
「つまり、野生の獣たちの前にもう一段階、別のお友達がいると言う事か?」
「それか、武器のレベルが一段階上がるか、だろうな」
「ゲームバランス的にはお友達で、獣たちを越えた所で新しい武器、って思ったが」
「それは俺も思った。とにかく獣たちを相手に無理するのは本筋じゃ無いだろうな」
佐藤一と陽平の会話は実際に街の外で戦ったクラスメイトも同意する所だった。
「それと解体! 蟻が群がる所で四人で解体とか無理!」
小林優美が追加の意見を述べて、テーブルに突っ伏す。小林優美にとっては生々しい生ものから生き血がしたたる事に怯えた印象しか残っていなかった。
「場所的にもほとんど草原って所だったから、吊す木とかも無かったしなぁ。まぁ血抜きなら多少でも傾いてる場所に置けばなんとかなるだろうけど、流石に時間もかかるな」
「ああ、川もなかったから洗うのも冷やすのも無理だな。だいたい肉や皮を取って来たって売れるのか? 食えるのか? 使えるのか? って問題もある。そもそも俺たち、飲み食いもしてないワケだしなぁ」
「ゲームやラノベ的に考えれば素材? 牙とか心臓とか魔石とかかな?」
「触るだけで丸々収納、なんていう無限収納なんてラノベの主人公だけで、ゲームには無いしな。だとしたら、そう言うパーツしか取るトコ無いのかもなぁ」
皆を代表するように佐藤一と陽平の掛け合いが続く。中にはゲーム知識が乏しい者もいるので、この状況での意見が出てこない者もいる。そう言った者たちのためにも態々判っている事を言葉にした掛け合いだった。
その二人もそれ以上意見が出なくなり、そろそろ短期的な目標を示そうかという雰囲気が出てきた時、夢役所のロビーホールに複数の足音が響いた。皆が足音を追う。
生産組の四人がロビーに入ってきた所だった。さらに山本光雄がいる。
山本光雄の恰好は佐藤一が用意したジャケットとパンツ、そしてジャングルブーツだ。
それを見た佐藤一はなんだか嬉しくなった。しかし山本光雄の性格を知っているので声をかける事は無い。
「中村さん!」
比較的近い位置に座っていた遠藤多喜恵が声をかける。ちなみに一番近い位置にいたのは山口敦だったが、いの一番に女子に声をかける勇気は持っていなかった。
「遠藤さん」
「会議に参加する?」
「えっと、まずは登録」
中村梓はちらっと後ろを気にするそぶりを見せる。それだけで山本光雄の登録をしに来た事が判った。
「判った。終わったら意見を聞かせてね」
この会話を聞き、佐藤一はテーブルの下でグッと拳を握った。
「クラス全員が揃った所で一気に異世界転移、とかって無いよな?」
「ぶ、不気味な事言うなよ…」
陽平の冗談を笑えない佐藤一だった。いや、十八人だった。
ドキドキな佐藤一が見つめる先で、生産組の四人に指示されつつ山本光雄が登録を終え、スマホを受け取った。しかし何も起きず、山本光雄は生産組の誘導で住居申請の受付ブースに移動した。
その様子に大きな溜息が出る。
「あー、なんだっけ?」
「ボケたねぇはじめさん。ごはんは寝る前に食べたでしょ」
「わしゃボケとらんわい! ちゃんと陽平に一千九百八十円を貸したまま返してもらっていないのを覚えとるワイ」
「その後二千七百八十円を借りてたでしょ? しっかりしてくださいよ」
佐藤一と陽平との漫才が始まったので、他の皆も肩の力を抜いてそれぞれで話し始めた。
ワイワイガヤガヤとなった休憩コーナーに生産組が来て、佐藤一からは一番遠い位置に座った。山本光雄もいる。
「あー、揃った所でおさらいだ」
佐藤一が、生産組が実際に参加していなかった街の外での戦闘を語る。
街の外にはスライム、成猫ほどの蟻が出てくるが、本当の敵モンスターはイノシシや鹿、クマなどの獣で、スライムと蟻は草原の掃除屋として獣が死んだ後の残骸を処理しているだけ。獣も現実世界よりも若干だが強めに設定され、戦いからは逃げない性質が強い。レベル差を感じたり、戦闘してから逃げる可能性はあるが、今のクラスメイトたちのレベルではほぼ逃げない。
そして獣を倒せるかと言うと、かなり不安があって、下手をすると誰かが犠牲になる可能性が高い。
「つまり、レベル差がいきなり爆上がりで対応が厳しく、もしかしたら他でレベルアップする必要があるんじゃないか? と話し合っていた所だ」
「なるほど」
佐藤一の話に答えたのは中村梓だけで、他の四人はコクコクと頷くだけだった。
「そういうワケで生産組からは何か気付いた事は無いか?」
「え? えーと、どう?」
中村梓が他の四人を振り返ると斎藤董子が山本光雄と向かい合っていた。
「ん」
斎藤董子が頷く。それに応えるように山本光雄がコクリと頷く。
「ん」
斎藤董子が頷く。それに応えるように山本光雄が指を空中に掲げて円を描いた。
「ん」
斎藤董子が頷く。それに応えるように山本光雄が空中に横一本の線を描く。
そんなやり取りが続いた。
そして斎藤董子頷くと、今度は岡田小梅に向かい頷く。岡田小梅は吉田恵にぼそぼそと話し始め、何かを納得した所で口を開いた。
「もしかしたら山本君が魔法の強化が出来るかもって」
攻略組の十九人はその一言に驚愕して椅子を立った。
「「「「今ので通じたのかよ!!!」」」」
会話が成立した事に驚いていた。