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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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イノシシとクマ

 佐藤一は後悔していた。なんでこいつと組んだんだろう、と。


 ゲームの攻略は体育会系の連中だけで構成された四人組パーティが率先して進めると言う事で、佐藤一は中堅のゲーム攻略を目指していた。


 はず。


 はずなんだが。


 「行っくよー!」


 斥候役の伊藤悟が釣ってきた成猫ほどの大きさの蟻五匹を、林一華が火の魔法で丸焼きにしつつ、加藤孝史がトドメを刺すというループが行われていた。


 林一華は二本の魔法の杖を持っている。これは火の魔法の杖と風の魔法の杖だ。


 火の魔法で高温の炎の塊を出現させ、その塊を風魔法で操る事で、蟻の集団を真横から一薙ぎに焼き払うという荒技を使っていた。


 「やっぱ、最後の方は温度が低くなっちゃうかなぁ?」


 「かなぁ? じゃねぇ! なんだ! あの綱渡りみたいな魔法の使い方は! 二つを使う余裕があるなら、もっと確実な方法があるだろ!」


 林一華の感想に佐藤一が噛みつく。


 「えー? 一度で沢山倒せるりーずなぶるな魔法の使い方だよぉ!」


 「そのせいで一体に対する攻撃力が減っただろ! 生きていれば全力で攻撃してくる様なモンスターを相手に余裕を見せすぎだ!」


 「余裕があるからやったんじゃん。しかも使う魔法の数が減ったんだよ! 褒めるのが普通でしょ!」


 ギャーギャーと言い争いが始まる。本当に良くある光景なので、伊藤悟と加藤孝史はお互いに顔を見てから肩をすくめ合う。そして伊藤悟はさっさと次の獲物を釣りに行った。


 その間に加藤孝史は銃のカートリッジを交換し、取り出した方のカートリッジに銃弾を補充していく。


 そして、ふと顔を上げたときに、遠くで伊藤悟が手を振っているのを見つける。どうやらこっちに来いと言っている様だ。


 「佐藤君、林さん。移動するよ。静かにね」


 加藤孝史はそう言って歩き出す。


 クラスのまとめ役は佐藤一が担っているが、このパーティの進行は気弱な加藤孝史が担っているような状況だった。


 渋々、口を閉じて加藤孝史についていく佐藤一と林一華。


 進んでいくと、先行している伊藤悟が身を低くしろと言うジェスチャーをする。


 三人が中腰で伊藤悟の元に到着すると、伊藤悟は口に人差し指を立てて静かにしろとジェスチャーし、前方を指差す。


 そこには、一頭のイノシシがいた。


 鼻先から尻までが約二メートル程で、完全に成獣のイノシシだ。呑気に鼻先で地面を掘っている。


 イノシシを見て佐藤一は手の平でバッテンを作る。無理というサインだ。それに対して林一華が拳を握って二度突き出す。行ける行ける、と言うサインだ。


 二人の意見を聞いた伊藤悟はバッテンを出し、加藤孝史もバッテンを出し、頷いて撤退の方向に指を差す。


 それに対して林一華は握り拳で親指を立て、親指を下に向けて拳を上下する。しかし三対一の結果には逆らわず、撤退には従おうとする。

 林一華とて、大型のイノシシ相手では全員の全力が無ければ勝つことが出来ないと判る。


 そして撤退するため移動を始めようとした時に林一華が気付いた。


 イノシシが土を掘っていたのをやめて、林一華たちの方向を向いている事を。


 佐藤一たちに見せるために、イノシシの方向を指差す。振り返った佐藤一たちも直ぐに状況を確認出来た。


 「せ、せ、せん、戦闘用意!」


 佐藤一の号令で四人が散らばる。


 一般的に猪突猛進と言うようにイノシシは一直線の突進だけは素早い。その反面、行き止まりなどに詰まった際の後退はかなり拙い。しかし広い草原ではその縛りは無いと言える。そもそも草原にイノシシがいる事自体が稀なのだが、この世界でそれを言っても仕方が無い。


 とにかく、状況的に逃げる難易度が高いと言うワケだ。なので佐藤一も仕方なく戦闘を開始しすると号令を掛けた。


 前衛は佐藤一ただ一人。銃と魔法は後衛に回り、斥候役は遊撃になる。これはいつもの狩りの手順だが、これ以外の配置があるワケではない。


 なので佐藤一はビビり気味だ。


 柄の長い斧という感じのバルディッシュを構える。イノシシは既に突進の態勢を取っている。


 そして突進。


 真っ直ぐ佐藤一を目掛けて突っ込んでくる。意外に早いが、すねこすりや赤へるの突進を体験しているので落ち着いた行動が取れた。


 バルディッシュの斧部分は、木を切る斧と比べると上下に伸ばされた格好になっている。簡単に言うと斧の刃の部分を横から見た場合、三日月状の形をしていて、その内側のヘコんだ部分が伸ばされて柄に繋がっていると言って良い。


 なので槍として突き刺す事も出来る構造だ。


 ただし怯ませるぐらいの効果しか無いが。


 佐藤一はバルディッシュの先をイノシシの眉間に刺さるように突き出す。当然、突き刺さる寸前にイノシシは頭を振って突き刺しを回避しようとした。


 ホンの一瞬の状況だ。


 一週間前の佐藤一ならば、対応出来なく、イノシシに跳ね飛ばされていただろう。だが、一瞬で切り替えた佐藤一はイノシシの眉間に刺すのを諦め、その後ろに見える背中にバルディッシュの先を突き刺した。


 さらにバルディッシュの柄に体重を乗せ、上にジャンプするように踏み出した。


 棒高跳びの要領でイノシシの上を飛び越えたのだ。しかも微かだがイノシシにダメージを与えている。


 イノシシは完全に佐藤一を敵としてターゲットにした。


 距離的には通り過ぎた佐藤一よりも林一華の方が近かったのに、再び佐藤一に向かって突進を始めた。


 いつもの型に落とし込めた。


 いつもはここでもう一度佐藤一が避け、通り過ぎた敵モンスターを魔法と銃で倒す形を取っている。今回も同じに出来るかも、という希望が生まれた。


 そして佐藤一にイノシシが迫る。


 今度は避けるだけで良いが、単純に避けるだけでは突進攻撃から攻撃方法を変えてしまう可能性がある。具体的には噛みつき攻撃に変更されたら、佐藤一たちには攻撃方法が無くなるのと同じ事になる。


 なので当たらなくとも構わない攻撃を行う。イノシシとタイミングを合わせたバルディッシュの振り下ろしだ。佐藤一は、当然イノシシはバルディッシュを避けると思っていた。しかしイノシシはあえて頭でバルディッシュを受け、そのまま突進する方法を取った。


 焦った佐藤一が、かろうじて右方向に身体を投げ出す事によって避ける事に成功した。しかし倒れてしまい、直ぐに反撃は難しい。


 本来致命的な隙になるその一瞬は、イノシシが通り過ぎた事で回避され、同時に魔法攻撃と銃撃がイノシシに向かって炸裂する。


 倒れた佐藤一が立ち上がって構えるまでの時間稼ぎに伊藤悟が佐藤一の前に出る。しかし、イノシシは加藤孝史を攻撃目標に変更した。


 「しまった! ヘイトが移った」


 狙われた加藤孝史が銃で撃っているが、ますますヘイトを集める事になっていた。そして銃弾はほとんどが筋肉で止まり、内蔵まで届くモノは無かった。要するに『肉を切らして』いる状態で『骨を断つ』まで至らない。このイノシシは数ヶ月後に鉛毒で死ぬかも知れないが、少なくとも今は全力で戦える状態だ。


 そしてイノシシの突進をなんとか躱す加藤孝史。だがバランスを崩してよろめく。


 林一華が加藤孝史に当たらないようにと、大きくカーブする炎の弾をイノシシにぶつけようとするが、イノシシが予定していたポイントに移動しなかったので空を切った。


 加藤孝史の元に駆け寄る佐藤一。バルディッシュは左手に持って、右手には尻の上の位置に横に固定しておいた剣鉈を抜いて構えて、加藤孝史の前に出た。


 そしてバルディッシュで牽制した後、剣鉈を思い切り突き刺す。


 佐藤一としては腹を狙ったが、突き刺さった場所は太ももだった。


 はっきり言って運が良かった、としか言いようが無い。


 おそらく後ろ足の大事な筋を切る事に成功したのだろう。イノシシは片方の後ろ足を完全に動かせなくなった。


 イノシシから遠ざかるように移動していた佐藤一がそれに気付いた。


 「今だ! 畳み掛けろ!」


 そしてイノシシは、林一華の魔法、加藤孝史の銃、さらに佐藤一と伊藤悟の予備の銃での的になった。


 イノシシが事切れたのは、それから十分が経った後だった。


 魔法の火であぶられ、銃で撃たれ続けて黒い塊になったイノシシを前に、四人は脱力して座り込む。


 暫くは誰も何も語らなかった。


 漸く佐藤一が動き出し、黒い塊になったイノシシに向けてスマホをかざし、鑑定を実行させた。


 【魔法で焼かれ銃で撃たれ続けて死んだイノシシ ♂ 五歳 鉛の弾丸まみれなのであまり食用には向かない】


 「普通のイノシシだった…」


 佐藤一はさらに脱力した。


 佐藤の言葉を聞いた他の面々も力無くうな垂れている。


 魔物でも無く妖怪でも無い、普通のイノシシという野生動物相手に、魔法や銃を持っているのに命がけの戦いになった。


 本来はそれが当たり前なのだが、ここまでゲーム的な強さに調子に乗っていた佐藤一たちには、ある意味衝撃的だった。


 「帰って装備の見直しだな」


 佐藤一がそう呟くと、皆がのろのろと立ち上がり、夢見の街ミイヤに向かう進路を取って歩き出した。




 渡辺健二、松本剛、山口敦は陽平から脳筋トリオと呼ばれている。その三人に武藤寛太が加わって四人でのパーティを組んで夢見の街ミイヤから離れた草原で蟻を狩っていた。


 渡辺健二は剣道部で、十二人しかいない部では部長の次の実力を持っている。部長と渡辺健二が牽引役となって大会などでは三回戦はほぼ勝ち抜くが、それ以上だともう一つという状況が続いていた。

 そこでこの夢の中のゲーム世界でも剣を振り続け、一つ上の段階に自分の力を進めようと考えていた。


 もちろん剣道と真剣とでは扱いが変わるが、剣を振る筋力と戦いに対する心構えを鍛える面では打って付けと考えている。


 当然得物は刀で、夢見の街のホームセンターで買ったステンレス合金製だ。


 それを左斜め下から切り上げ、蟻の顎の間に切り込む。しかし力が足り無く、少し食い込んだ所で止められた。直ぐに蟻が頭を振って振り放そうとするが、渡辺健二はジャングルブーツで刀の背を思い切り蹴った。


 その勢いで刀は蟻の頭を真っ二つに切り裂いた。


 哺乳類系統なら完全に絶命の一太刀だったが、蟻はまだ意思があるかのように蠢いている。しかし獲物が何処にいるかも判らなくはなっているようで、渡辺健二はジャンプすると二つに割れた蟻の頭に着地して踏み潰す。同時に蟻の腹部と呼ばれる足が生えている二番目の塊に向けて刀を突き刺し、ぐりぐりとかき回した。


 後は放っておいても死亡判定にはなるだろうが、念のために六本の脚を切り取っていく。


 いささか過剰攻撃のように見えるが、家ネコの成猫ほどの大きさがある昆虫の蟻という怪物に対する攻撃としては当然の対応だった。


 松本剛は柔道部だが、本来は格闘技全般を体験したかった。しかし一人の高校生が電車などを使っても通える範囲内にそう言った道場などが無かったために、柔道で基礎訓練をする事にしていた。それでも柔道の成績は良く、地区大会でも三位以内は常連の部類に入り、スポーツ推薦の枠に入れるぐらいの実力を示していた。


 しかしこの夢の中のゲームでは実際に殴って粉砕したり、捻り切るなどの致命的なワザを使えると判り、防刃グローブにメリケンサック、肘当て、膝当て、ジャングルブーツを駆使した肉弾戦を行使する狂戦士に成り果てた。


 さらに軍用ナイフや拳銃なども躊躇わずに使用するので、軍隊式格闘術という意味のマーシャルアーツを自分なりに構築したと言っても良い。本人は軍隊式格闘術という存在を知らなかったが。


 そして成猫程もある蟻を相手でも、蟻の顎をかいくぐり、蟻の脚に逆関節を入れてねじ切り、的確に軍用ナイフを頭部と腹部の関節にねじ込むなど、嬉々として近接格闘戦を行っていた。


 山口敦はバスケット部だ。ギリギリ百七十と言う身長で、小回りの利く身体を生かした機動を得意とするが、他のプレイヤーとは高さで適わない場面が多い。なのでジャンプ力を常に鍛えているが、それも伸び悩んでいた。


 そして教室で陽平が夢の中のゲームでジャンプ力が上がったと知り、是非にとも参加したくなった。しかし、自分のゲームでの適性が『力』では無く『器用』である銃だと知って、少し落ち込みもした。


 だが銃には器用さ、力、そして動体視力がかなり有効に作用すると感じ、やりがいも感じている。男の子として銃に興味があるのも大きいが。


 戦闘スタイルは二丁拳銃での超接近戦。銃で敵の攻撃を受け止めたりはしないが、籠手、すね当て、ジャングルブーツで攻撃を防ぎつつ、ほぼゼロ距離で、銃口を敵モンスターに押しつけて撃つと言う方法を好んでいる。


 今回もジャングルブーツの先を蟻の顎にワザと噛ませてから、拳銃二丁の銃口を蟻の頭に押しつけて銃撃した。さらに蹴り上げて蟻の顎から脚を解き、胸部と腹部にも銃弾を入れてトドメを刺した。


 武藤寛太は部活には所属していない。中学までは野球部に所属していたが、高校では入部するつもりが始めから無かった。基本的に趣味として勝った負けたのプレイを楽しみたいだけだったので、高校での野球は自分とは合わないと感じていたからだ。


 それでも野球は好きなので、社会人なども参加している草野球のチームに入れて貰い偶に河原のグラウンドで試合を楽しんでいる。


 こう言ったスポーツで楽しみたい、と言う性格なので、魔法を主体としていても皆と戦う事は楽しいと感じていた。


 楽しみたい。しかしやるからには全力を尽くす。


 そして周りは脳筋だった。


 三人の影響を受けて、武藤寛太も接近戦主体の戦闘スタイルになった。


 蹴りを入れ、蟻の触覚を引きちぎりつつ、魔法の杖を押し当てて炎の魔法を撃ち込む。撃ち出すという作用を省いた炎の魔法で、纏わり付いて燃やし続けると言う性質を意識している。


 本来焼く事は出来ても燃やす事は難しい生物が燃え続ける事になる。


 ……単に焼き続けているだけだが。


 そして炎から逃れようと暴れている蟻に、剣鉈を抜いて突き刺してトドメを刺した。


 「ふぅ。蟻はしっかり倒せるようになったな」


 武藤寛太が未だくすぶり続けている蟻を見ながら呟く。


 「倒せるのは良いが、ドロップが何も無いんじゃなぁ」


 「まぁ、これはこれで面白いんだがな」


 「予備の刀が減るから、金は稼ぎたいんだよなあ」


 山口敦、松本剛、渡辺健二がそれぞれに感想を言う。


 渡辺健二の予備の刀が減る、と言うのは、乱暴な刀の使い方で刀を曲げてしまう事が多々あるためだ。曲がった刀は反対方向に曲げ直して使っているが、何度か曲がると流石に武器として命を預けるワケにはいかなくなる。なのでマジックバッグに入れてある予備と交換しているが、何本もあるというワケでは無い。


 「やっぱ、もう少し先に行って、もう一段階強い敵と戦うか?」


 「俺はその方が良いと思うが、皆はどんな感じだ?」


 武藤寛太の提案に松本剛は即座に賛成する。


 「帰りも戦うとしたら残弾が気になるが、一、二度やってみる分には構わないな」


 「刀の予備はあと一本だけだ。ロングソードもあるが、予備としては心許ない。やはり試して一度、と言う所だな」


 「じゃあ、とりあえずどんな敵がいるのか見てみる、と言う事でいいな」


 武藤寛太のまとめに皆が頷いて同意した。


 そして休憩を終えて歩き出す。だが少し歩いただけで次の敵となる存在を見つけた。


 熊だった。黒い毛に覆われ、しっかりとした成獣の大きさを持っている。立ち上がればおそらく二メートルを超えるだろう。


 まだ武藤寛太たちには気付いていない。


 武藤寛太、渡辺健二、松本剛、山口敦の四人は、互いに頷き合い、ゆっくりと静かに後退した。


 流石に戦いに慣れた脳筋トリオプラスワン。引き際はしっかりと弁えていた。

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