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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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夢の始まり

新連載です。


残酷描写マシマシです。動物愛護団体からクレーム入りそうですが、出てくる動物はデータで作られた見かけ上の形でしかありません(と言っておきます)。

現実の銃器も出てきますが、あまり詳しくないので細かい突っ込みはご遠慮ください(夢の中の事ですので)。

十六歳の主人公たちですが、作者が十六歳の頃は同級生がアノマリカリスやハルキゲニアばかりだったような気がする大昔なので、感性や仕組みが違う可能性がありますが、スルーしてください(オドントグリフス君は元気かなぁ)。


基本的なコンセプトは現実世界の生活を圧迫しないVRMMO生活、と言う感じです。

そして主人公たちの目的はゲームを楽しむこと。

そんな物語にしていく予定です。

 走っていた。

 走らなければならない。だから走っていた。

 理由は考えない。

 否。

 理由を考えると別の場面になる。

 親だった。

 母親が何かを言ってくる。しっかりと聞いたワケじゃないが、何を言っているのかは知っていた。と感じられた。

 答えずとも場面は変わり、当然の事として学校へと向かう道を歩いていた。

 既に母親との会話は関係が無くなり、場面にも関係していない。

 振り返ると両親の出身地である田舎の風景だった。

 田んぼと田んぼの間に作られたあぜ道を楽しげに走っている。太陽がまぶしい。

 太陽を仰ぎ見ると、場面は学校の教室だった。

 教室の窓から差し込む太陽の光が印象的だ。

 そこから少し変化が起きるが、本人はそれに気付かない。

 「(友人の佐藤が弁当を持って俺の前の席に腰掛け、話してくるよなぁ)」

 この場面でありがちな状況を考えた。

 当然のように佐藤が弁当を食べながら話しかけてくる。

 「(あ、母さんは弁当に白身魚のフライを入れてくれるかなぁ)」

 そう思ったところでキッチンで冷蔵庫から冷凍食品を取り出している母親を後ろから眺めていた。

 こういう場面では母親から小言を言われる状況が多かったなぁ、と思った瞬間、暗闇だけど暖かい温もりの中に居た。

 ずっとここで温まっていたい。

 そう思っていたが遠くからピピピピと言う音が徐々に大きく聞こえる様になった。

 気付くと、音がスマホの目覚まし音である事を思い出す。


 「あ~、起きる時間かぁ」


 この時点で夢の内容は白身魚のフライと言う事しか覚えていない。それも起き上がり、トイレに駆け込んだ後には綺麗に忘れていた。


 夢とはそんな取り留めも無い、忘れるためのモノだからだ。


 それはいつもの事。


 状況や場面はその都度変わるし、夢を見る事もあるし見ない事もある。見ているかも知れないが、覚えてもいない。

 夢を見たような気がするなぁ、と思っても、着替えをして家を出る頃には忘れている。


 本当に、それはいつもの事。


 高校二年、十六歳の陽平にとってもいつもの事だった。


 学校で昼休みの時間に、佐藤と共に母親が作ってくれた弁当を食べながら最近の話題を話す。


 「アレ知ってるか?」


 「アレ? 合体するなら五機必要だろう?」


 「いや、五人兄弟合体じゃなくてな。ヴァーチャルリアリティのRPGの話だ」


 佐藤の話に陽平は耳を傾けるが、同時に指を舌に付けてから自分の眉に塗る仕草をする。


 「ラノベの話か? それともスマホのヴァーチャルゴーグルの話か?」


 「いやいや、夢の話だ」


 「うん。まだ四十分は寝られるな。首筋にチョップ入れるから後ろ向け」


 「まてまて、素人がそんな事したら、単に痛いだけか、下手したら頸椎損傷で半身麻痺か死んでしまうわ」


 「何の根拠も無いが大丈夫だ。俺を信じるな」


 「いいだろう。ならば戦争だ!」


 「で? 夢がどうしたって?」


 「スマホのアプリに、起動させたまま寝ると、夢の中でリアルなRPGが出来るって夢のような噂があるらしい」


 「よし、首を出せ」


 「いや、マジでマジなんだって。サイトもあるし、いくつか検証サイトも出来てるんだって」


 「未来から来たタイムトラベラーの話を検証するサイトとかもあったよなぁ」


 「確かにそういうのも多いが、なんでも、実際に効果があるのは百人に一人とか、千人に一人って感じで、ほとんどが行けなくてアンチになってるらしいが、行けたヤツが事後報告してる」


 「で、お前は行けたのか?」


 陽平が佐藤に聞く。


 「夕べサイト見つけてから試したが、夢は見なかった、と思う」


 「つまりお前には行く資格が無かった、と?」


 「な、何を言う。偶々夕べは行けなかっただけだ。今夜は行ってくる!」


 「拳を振り上げて燃えているのは判ったが、そもそも、どんな夢なんだ? RPGってどう言う事だ?」


 「あー、簡単に言うとオフライン型じゃ無く、オンライン型のゲームみたいなヤツらしい。それがラノベで使われるネタみたいな、没入型ヴァーチャルって感じで進行するって書いてあったな」


 「没入型かぁ。確かにあれは夢をコントロール出来る技術が無けりゃ実現出来ないだろうなぁ」


 「ああ、それがスマホにアプリを入れて起動させるだけで出来るらしい、ってんで話題になってる」


 「んー、そもそもスマホにそんな処理能力無いだろう?」


 「ああ、だからまじないとか魔法とか言われてるな」


 「まじない…、って、マジ無いって」


 「…一応評価する」


 「寛大な処置に感謝する」


 それから弁当を食べつつ、別の話題に変わり、その日は何事も無く帰宅する事になった。


 そして夕食までの短い時間に、陽平はスマホを充電ケーブルに繋ぎ、ネット検索で佐藤から聞いたサイトを調べていた。


 「うわ。ヒット件数とんでもないな。マジでいろんなサイトが立ち上がってるじゃないか。えっと、本家はどれだ?」


 大雑把な検索では派生サイトも多く引っかかってしまう。そこから目当てのサイトを見つけるのはかなり骨が折れる。こう言った場合、解説サイトを見ると本家へのリンクを貼ってある場合が多いので、そんなまとめサイトを適当に選んで表示させてみる。


 陽平が選んだサイトは、いくつもの掲示板へのリンクや、内容についての比較や矛盾点を指摘もしていて、共通する内容からの大まかな全体像を紹介していた。


 そのまとめから見ると、睡眠中の夢として体験する事になるが、不思議とすっきり目覚めて、疲れや眠気を引きずる事は無いと書かれていた。


 明晰夢という状態があるがコレは夢の中で自分が夢を見ている状態と認識して、さらに夢の内容をコントロール出来る事を言う。つまるところ、それは夢を見るという機能を利用した空想とか妄想と言うモノであり、脳は起きている時と同じように活発に動いている状態だ。なので身体的には寝ているが脳は起きていると言う状況になり、脳の疲労は取れないと言う事になる。


 そのような状況が続けば、疲労からノイローゼになったり精神の影響を受ける代謝関係が大きく乱れる事になり、体調が崩れる事にもなる。


 「夢の中でヴァーチャルリアリティ的に体験するのに、脳も身体もしっかり疲れが取れてる?」


 サイトのまとめでは、この点を矛盾として書いてあった。


 「確かに起きてりゃ脳は疲れるし、夢でも走り回ってる夢を見れば、身体もある程度疲れるはずだよなぁ」


 そして本家サイトへのリンクを選択して押す。


 画面に現れたのは表題も説明も無い青い画面の中央に【スマホ用アプリ】と書かれたダウンロードリンクだけだった。


 「あ、怪しい…」


 通常ならば最低でもアプリ規定に同意したという事実確認でも無いと訴えられる風潮なのに、コレは流石にヤバイか? と思う陽平だったが、つい押してしまった。


 調子よく進むゲームをプレイしている時に、まるで当たり前の様に押しちゃ行けないボタンを押してしまう感覚に近かった。


 陽平自身にとっては、リンクを戻って掲示板での評価とかを見直してからと考えていたが、既にダウンロードは始まってしまった。

 強引に止める事も出来そうだが、何故かそんな気持ちも起こらず、丁度夕飯に呼ばれた事もあって陽平はスマホを置いて部屋を出た。


 そしてダウンロードが完了したアプリは自動的にインストールを始め、誰もいなくなった部屋で怪しい明滅を繰り返した。


 夕飯を終えた陽平が部屋に戻った時には、スマホは自動的にスリープ状態に入っており、画面を押してスリープ状態を解除した時には本家サイトでは無く、まとめサイトの画面が復活した。


 「あれ?」


 何故本家サイトの青い画面じゃ無いんだ? と不思議に思いながらも、どうせダウンロード画面しか無かったんだし、まぁいいか、と追求する事も無くスリープ状態に戻して風呂に入りに行った。


 風呂から上がったら明日の授業用の予習を行う。復讐は何も産まない、と嘯く陽平は復習は手を抜くが予習は手を抜かない。コレのおかげで授業についていく事が出来、そこそこの成績を収めていた。


 予習中にも佐藤やその他一名からの通話を受けたりしたが、それはいつも通りの日常だった。ちなみに女子からの通話は無い。哀れんでやってほしい。


 「うるへい!」


 予習が終わると、いつもなら音楽を聴きながら漫画を見るか、ネットのお気に入りを巡る旅に出かけるのだが、今回は夢の検証のために早寝する事にした。


 スマホは二メートルの充電ケーブルを繋いだままで手に持っている。コレが寝返り等でどうなるかが不安だったが、なんとなく身体に触れていないと意味が無いような気がしたので仕方の無い処置だった。


 「寝返りしても大丈夫なように、胸元に固定する方法とか考えないとダメかな?」


 明日は学校帰りに百円均一ショップを覗こうと考えながら眠りについた。


 そして、いつもよりも早い時間なのに、何故かすんなり意識が遠のいていった。


 ○★△■


 立っていた。


 周りは白い。


 何も無いから白いんだ。


 何も無ければ普通は真っ黒なんじゃ無いのか?


 光源はあるって事かなぁ?


 影はどの方向に出来てるんだ?


 そこまで考えたところで『気がついた』。


 「あれ? 俺って…」


 陽平は自分が夢の中にいる事に気がつき、そして思い出していた。


 「あ、入れたのか?」


 本当は佐藤との話題用に一度経験してみるつもり、と言うだけだった。実際に行動してもいないのに、『やってみた』と言う話は出来ない性質なので、労力もさほど掛からないだろうからとやってみるだけのつもりだった。


 「本当に佐藤の言っていたゲーム世界の夢なのか?」


 周りは真っ白でゲームっぽくは無い。と言うより何も無い。何か変化は無いかと周りを見回しても、何処も霧が掛かったように真っ白だ。


 「これで終わりか?」


 変化が無いので、ゲームでは無く、そう言う夢を見てるだけと結論づけようとしたところで、前方より近づいてくる足音を聞いた。


 何かが近づいてくる。そう考えた時に、反射的に身構える様に身体が動いたが、コレが夢だったのを思い出して全身から力を抜いて近づいてくる何かを待った。


 そして近づいてきたモノが人物だと判り始める。さらにそれが女性らしきフォルムを持っている事も判った。その後直ぐにその女性の存在がはっきりする。


 その人物は美人だがごく普通の女性だった。


 ただ、白いブラウスにピンクのベストを着て、それとお揃いの膝までのタイトなスカートを履いている。ブラウスの首元にはネクタイ代わりのリボンが花のように結ばれていた。


 まごう事なきOLさんだ。


 事務員的では無く、どちらかというと受付嬢とでも言うべき雰囲気だ。


 「ようこそいらっしゃいました」


 陽平の三メートル手前で止まったOLさんはきっちりとした仕草でお辞儀をして挨拶をしてきた。


 「あ、お、お邪魔してます」


 受付嬢にようこそと言われたら、さっさと要件を切り出せば良いのだが、そんな経験の無い陽平は返答に困るような返事をしてしまった。本当にそう言った経験が無いのだから仕方ない。経験が無いんだから。コレだから童貞は。


 「うるへいよ!」


 「は?」


 「あ、ゴメン、ちょ、ちょっと違くて、その、これからどうしたら?」


 「はい。ご案内させて頂きます。私、今回チュートリアルを案内させて頂く鈴木と申します。短い間だけになりますが、どうかよろしくお願いします」


 チュートリアルとは個人向けの指導書と訳される。ゲームに置いては操作方法や覚えておくべき基本事項などをゲームを始める前に指導する事を言う。


 「お、お願いします」


 OLさんに個人指導とか言う単語を思い出してちょっとだけワクワクしてしまった陽平だった。コレだから童貞は。


 (うるせい!)


 今度は声に出さず心の中で突っ込みを入れる。学習能力はあるようだ。


 「ではこちらにおいでください」


 OL風の鈴木さんは、陽平に背中を見せて歩き出す。陽平はそのお尻を見てニヤけるが、後ろから鈴木さんの後頭部の髪の毛を見て一瞬で冷める。


 髪の毛が一筋の乱れも無く、歩くリズムに合わせてフサフサと波うっているのだが、本当に一本の乱れも無かったからだ。


 きっちりとまとめられているのなら判らなくも無いが、少しの動作でもサラサラと流れる様に揺れる髪の毛は一種の不気味さを感じさせた。


 (まるで出来の良いCGだな。つまりゲーム用のNPCって事か)


 NPCとはゲーム用語でノンプレイヤーキャラクターの略称だ。プレイヤーというゲームを遊ぶ人では無く、ゲーム上で人物に見える自動応答する人形とでも言うべき存在の事を言う。


 そしてここが夢の中で、さらにNPC相手なら、何をしても許されるのでは無いか? と言う妄想が沸き起こる。


 (いや、ちょっと待て。利用規約も何も無かったんだから、個人のプライバシーとかも保障されて無いよなぁ。だとすると行動を全て監視されて記録されていてもおかしく無い。羽目を外してあーんな事やこーんな事をやってる姿を実名付きで晒されでもしたら、ワクワク、ドキドキする事態になりそうだよなぁ)


 プライバシーの確保が出来るまでははっちゃけるのは控えようと決意する陽平だった。


 コレだから童貞は。……童貞は関係無いか。


 (ねぇよ!)


 「こちら、身体的な注意事項を教えてくださる後藤さんです」


 OL風の鈴木さんに案内された先には、いつの間にかタンクトップのマッチョなオッサンがいた。肌は日焼けしてテカっている。


 「おう! 俺が後藤だ。よろしくな」


 マッチョな後藤さんはステータスについて教えてくれた。


 まず、ゲームにはレベルがあり、レベルが上がると身体的な能力が変化する。全てが上昇するわけでは無いし、長く使わない技能は減少する事もあるらしい。ただ、直ぐに減る事も無いので、それで減ったとしたらプレイスタイルとして使用しない能力なので、その後に置いてもあまり重要にもならないだろうと言っていた。


 ただし、ある特定の能力が必要な状況や装備品もあるので、出来るだけ満遍なく能力を向上させる方が良いと言う事だった。


 そしてここでは職業設定が無く、職業や称号による恩恵は存在しないそうだ。


 つまり、剣士と言う職業だと、剣による攻撃に補正値が付く、と言う他のゲームで見られる設定が無い。

 逆に魔法使いと言う職業だと剣を装備できない等の制約もあるが、ここでは職業設定がないので、それらも関係が無い。


 つまり、ここでは剣も弓も使えるマッチョな魔法使い、と言うキャラクターに成長させる事も可能と言う事だ。


 そして一番大事なのが、ステータスで管理される身体能力値には幅があると言う事だった。


 物理的能力値である『力』と言う数字は、例えば0~160と言う感じで表示される。コレは全力で攻撃した場合の攻撃力が最高で160となる、と言う事で、コレに武器補正値などが付く事になる。


 0~、と言うのは、力の込め具合に影響される。


 剣を振る場合、バランスを崩した状態で無理に振ってもさほど破壊力には繋がらないと言う事だ。ワザと力を抜く事も出来るが、逆に全力を出す場合にはそれなりに気合いを入れなければならない、と言う事にもなる。


 『力』表示で0~160と表示されていたら、ほぼ80と見て良い、と言うのが後藤さんの解説だった。


 つまり、大凡の目安にはなるが、それに頼るのは危ういと言う事で、実体験を重ねて自分の感覚で自分の技量を知った方が良いと言う事だ。


 さらに称号の恩恵は無いが、二つ名としての称号はあるそうだ。例えば『竜殺し』や『切り裂き』などの実績や評価が名前の前に付いたりする。

 剣のみでワザも使わずに切りまくるだけの攻撃を続ければ『切り裂き陽平』などと呼ばれる事になるかも、と言う事だ。


 これは悪い事をした場合にも適用され、『人斬り』とか『強姦魔』とかも付くそうで、悪い事の方が称号が付きやすいそうだ。


 「強姦…、出来るのか?」


 「出来るぞ」


 陽平がつい聞いてしまったが、マッチョな後藤さんはすんなりと答え、OL風の鈴木さんはその瞬間一歩離れた。笑顔は絶やさなかったのは流石だ。だが強姦魔陽平という二つ名が確定した事は確かだ。


 (してねぇよっ!)


 ちっ。


 (舌打ちした!?)


 そこまでで後藤さんの役割は終わり、次の担当へとOL風の鈴木さんが案内してくれる。心なしか少し距離感を感じたのは気のせいでは無いだろう。


 (う、うぅ~、失言だった~)


 次の担当はきっちりとしたスーツ姿の細身でサラリーマン風の高橋さん。


 高橋さんは装備関係を教えてくれるそうだ。


 まず武器。


 武器は現代日本で知られているモノはほぼ全て使う事が出来る。ただし、消耗品扱いのモノは購入しなければならないと言うのも当然ある。


 簡単に言うと、一発二千万円の対艦ミサイルを撃つ事は出来るが、一発ごとに二千万円が爆散すると言う事だ。もちろん発射装置にも金が掛かる。


 敵モンスターを倒す事で換金物資が手に入るが、低レベルモンスターであれば換金率も高くない。


 つまり初期には棒や石などで低レベルモンスターを狩って、金と経験値を稼ぐしか無い。


 「チュートリアル特典で初期装備が手に入るとかはないのか?」


 「ある事はありますが、武器、防具、回復アイテム、飾り装備の中から一つを選択する事になります」


 サラリーマン風の高橋さんは酌定規的にそう答えた。


 「ちなみに内容は?」


 「武器であればナイフ。防具であればウッドシールド。回復アイテムは生命力回復薬。飾り装備はランダムとなっております」


 「しょぼ…」


 「規定ですので」


 「ちなみにお薦めは?」


 「棒や石などはフィールド上で簡単に手に入りますので、回復薬や飾り装備がお薦めです」


 「飾り装備ってどんなのがあるんだ?」


 「ランダムなので一概には申せませんが、運が良ければユニーク装備が手に入る場合もございます」


 ここで言うユニークとは面白いと言う意味では無く、唯一の、と言う意味だ。


 「他のプレイヤーと会う事も可能なのか?」


 「運が良ければ、とお答えします」


 確実に会える、とは言わないところがなかなかイヤラシいと陽平は思いながら、他プレイヤーと会えるならユニーク装備を持つ意味もあるなぁ、と価値観を改める。


 もしもプレイヤー同士で戦う事になった場合、金で買える装備品などは同等のモノを揃える事が可能であっても、ユニーク装備だけは同じ物が手に入らない。なのでユニーク装備品が決定的な差になる事があるためだ。


 チュートリアル特典は飾り装備にしてみるかと考えながら、高橋さんの説明を聞く。


 武器や防具は現代日本に存在するモノは手に入る可能性がある。しかし、モノによっては手に入れる条件や過程が色々発生するらしい。


 戦車やジェット戦闘機なども金や手に入れるためのコネが必要で、モノによっては専用の敷地や空母とかが必要になったりするらしい。


 国家レベルで管理するモノは、国家レベルの予算が掛かる、と言う事だ。


 (まぁ当然か。でも、手に入れれば一気に他プレイヤーと差が出来るなぁ。いや、最終目的が国家レベルの戦争とかになるのか?)


 「すまん! このゲームの最終目的を聞いてなかった」


 「申し訳ございません。それはプレイヤーの方々がプレイの中で見つけて頂く事になっています」


 サラリーマン風の高橋さんでは無く、OL風の鈴木さんが答えた。


 それは商業目的のオンラインゲームでは良くある形態だった。


 商業目的で作られたゲームなら開発費用も掛かるため、より多くのプレイヤーにより長くプレイして貰い、多くの課金をして貰わないと採算が合わない。なので目的を達したらプレイする意味が無くなると言うのは論外で、長く続けて貰うための冒険の追加に運営側が追い立てられる、と言う現象も珍しく無かった。


 (この夢の中のゲームもそう言う類いになるのかなぁ)


 課金する要素が無さそうな夢の中のゲームで、どういった展開になるのか陽平としては興味を持った。


 (そもそも、夢の中ってのが非常識だもんなぁ)


 サラリーマン風の高橋さんの説明で、最後は回復薬の話になった。


 これから遊ぶゲーム世界では、怪我をした場合でも病院という施設に行けば、有料だが一瞬で全回復させる事が可能だ。さらに持ち運べる薬類はモノによる性能の違いはあるが、病院のように回復させる事が出来る。


 生命力回復薬は大回復、中回復、小回復の種類があり、さらに品質がそれぞれに三段階ある。


 大回復は全快する薬だが、品質が星三つだと二十秒以内の回復。星二つだと五分以内。星一つだと十分以内となる。

 回復量は生命力のパーセンテージに依るので、生命力が五十パーセントの時に大回復ポーションの星三つを使えば十秒程で全快する。星一つだと五分以内だ。


 中回復薬は生命力の五十パーセント回復で同じように三段階。小回復薬は二十五パーセント回復で三段階だ。


 状況によって使い方を選択する必要があり、高レベルプレイヤーであっても小回復薬を常備しておく必要がある。


 当然、大、中、小の順で高額になり、星三つ、二つ、一つの順でも値段が変わる。


 しかも場所によって価格はまちまちで、薬を作れるプレイヤーが大量に売ればそれだけで価格が下がるし、プレイヤーが多く購入すると自然と高額になったりする。


 (つまり回復薬は自力で作れるようになった方が良いと言うワケか)


 錬金術師でも無ければ薬類は作れない、などと言う制約は無いのだから当然自力生産はした方が良い。おそらく薬製作はクエストで手に入る技術なのだろうと陽平は推論し、手に入ってから暫くは薬製作のレベル上げを中心にプレイするスタイルにするべきだろうと考えた。


 そこでサラリーマン風の高橋さんの解説終了した。


 他にも装備品関係で知らなければならない事は多くあるが、それは装備品ごとに仕様が変わるので一概に説明出来ないそうだ。そう言った物は装備品の解説に書かれているか、関わるNPCから聞き取る事になる。もしくは力業で強引に試していくしか無いモノもあるそうだ。


 装備品の解説があるというのは、ゲームとしては当然の仕様だが、現実的では無いと言うのもありがちな話だ。なのでこのゲームではそう言う現実的なスタンスをとっているんだろうな、と陽平は納得する事にした。


 「では実際に戦って貰いましょう」


 サラリーマン風の高橋さんがそう言うと、目の前が一瞬だけ暗くなり、再び明るくなった時にはテニスコート一面分ぐらいの、フェンスに囲まれた広場に居た。横には長い会議用のテーブルが設置され、その上に剣が一本乗っている。


 「まずは剣をとって素振りをしてみてください」


 高橋さんは見えないのに声だけはしっかりと届く。


 陽平は素直にテーブルの上の剣の柄を握って持ち上げようとした。


 「お、おもっ! 重いよコレ!」


 「平均的なロングソードで重さは約二キロです。レベル一ではステータスが足りずに攻撃力も下がる事になります。ですが経験のため、一度はそう言った事例を実感してください」


 「な、なるほど」


 強い武器を持てば楽に経験値が上がると言うワケでは無い、と言う事をチュートリアルで教えようと言うワケか。そう納得した陽平は刀身の方も手で持ってテーブルから引きずり落とす。


 本来なら手袋を着けて剣を握るのだろうと思うが、カミソリというワケでも無いので慎重に持つぐらいなら素手でも危険は少ない。


 「でもコレじゃ攻撃とか出来ないなぁ」


 二キロの棒を持ち上げるのは大した事ではない。だが剣の柄だけを持って振り回す場合はテコの原理で実際の重量以上の力が必要になる。それ故、柄も長めに作られてはいるが、陽平の腕力では誤差程度でしかない。


 「重い洋剣の場合はハンマー投げの要領で振り回してください」


 「あ、なるほど」


 武器としての刃物というと日本刀を想像しがちな陽平は、剣道のように剣を正面に構えて、フェイントを交えながら一瞬で相手の隙を目掛けて剣を振り降ろし、空振りになった場合はツバメ返しとして刀身を反転させて振り上げる、等の戦法を想像していた。


 しかし洋剣の場合は剣道のように使う場合もあれば、ハンマーとして使う場合もある。


 重い剣の場合はハンマー投げの様に振り回して、その遠心力と重量を使って攻撃する。それは大きな破壊力を生むが、連続攻撃には不向きという一面もある。手数が多い方が好みなら短剣などを両手に一つずつ持って攻撃するという方法もある。その辺りは個人のプレイスタイルと言う所だろう。


 ちなみに、日本刀と呼ばれる打刀は平均で約一キロ。刀身は約七十センチ。戦国時代と呼ばれる鎌倉時代の成人男性の平均身長が百五十五ぐらいなので、身長の約半分が使いやすい長さと言える。

 中には刀身が百五十を超える大太刀と呼ばれる物もあるが、刀の様に振ると言う使い方はあまりされなかった。馬上の武士を叩き落としたり、馬の足を叩いて馬を転がす目的が多かったらしい。


 閑話休題。


 陽平は言われたままにロングソードを身体全体を回転させて振り回し、その勢いで頭上まで振り上げる。そして頂点に達した所で正面の地面に向かって勢いよく叩き付けた。


 「なんか、重いツルハシを振るってる感じだな」


 「大変良く出来ました。次は同じように振り回しながら、左右に移動してから振り降ろしてください」


 「あ、はい」


 次は攻撃するタイミングを取る練習か。と考えながら、先ほどと同じように剣を振り上げ、頭上でヘリコプターのローターの様に振り回す。そして前後左右に動いたり、敵モンスターが動き回るのを想定した動きをしてから振り降ろした。


 「とても良いです。今ので行程を飛ばして最期のチュートリアルが出来ます。実行しますか?」


 「どんなのですか?」


 「実際に敵モンスターを攻撃して貰います。動きや攻撃力は低く抑えてありますので、経験値にはなりません。しかし敵モンスターを倒すと言う行為に嫌悪するかどうかを判断するためにも必要な行程になります」


 「なるほど」


 「実行しますか?」


 「やってください」


 陽平の答えで周囲が少しだけ薄暗くなる。そして七~八メートル先に濃い緑の塊が現れた。


 それは蠢き二本の足で立ち上がる。


 緑色をした子供ぐらいの身長の人型をしたモンスター。


 細かいところは見え難いが、栄養失調のように細い四肢と膨れた腹を持ち、緑色の皮膚はテカテカとしている。身体全体は泥の沼から這い上がって来たばかりの様に薄汚れていて、ゴミのような存在、と陽平は思ってしまった。


 (ゲームのモンスターなんだから、もっとコミカルなモノを想像していたが、超リアル志向というのはなかなかキツいんじゃ無いか?)


 「えっと、緑色の、ゴブリンか?」


 異世界ファンタジーモノでは定番の初期の弱いモンスターと言えば、スライムかゴブリンだろう。ツノを持った兎というのも定番であったな。と考えながらゴブリンに向かって構える。


 「いえ。河童ですね」


 「カッパぁ?」


 思わず叫んで聞き返してしまった。


 「はい。河童です」


 「コレって日本妖怪モノだったの?」


 「グレムリンやケルピー、トロールやドラゴンなども妖怪の一種として考えております」


 「いや、確かにそうだけどさ」


 「倒すモンスターをゴブリンに変更しますか?」


 「あー、ゲームが始まったら、河童も出てくるって事か?」


 「おそらく初期段階ではフィールド上での河童との遭遇の方がゴブリンよりも多いと思われます」


 「ならこのままで良いや。始めてくれ」


 「ご武運を」


 声だけの高橋さんの言葉で変にリアルな河童が動き出す。


 陽平はロングソードを振り回し、河童に向かって歩き出した。振り回したまま走れる程、ロングソードに慣れていないと言うのが大きな理由だ。


 河童は高橋さんの言った通りゆっくりとした動きだった。


 「実戦だとどのくらいの動きをするんだろうな」


 そんな事を口にしながら河童の前まで近づくと、陽平は横に移動し、河童の真横から剣を振り降ろした。


 感じたのは、鈍器で頭蓋骨を砕く感触だった。


 単純に言ってしまえば、固めのスイカを使ったスイカ割りだ。


 ただそれだけで一つの命が砕け散る。


 コレがもしも、二十数年掛けて成長してきた家族や友人を多く持つ人間であっても、剣に勢いを付けて振り降ろせば簡単に終わる事になる。それまでの時間や家族の愛情、生きた証さえも全てが無駄に消える。残された家族の喪失感は如何程のモノになるだろうか? もしも自分の愛情を掛けて育てた家族がそんな簡単に殺されたら、俺はどんな感情に支配されるのだろう?


 などと言う感情は置いておく事にした。


 確かに平和な世の中で殺人をすれば、そんな事を考えなければならないはずだ。だが、ここはゲームだし、もしも世紀末のなんちゃらで荒廃した世界になったら、割り切れる自信もある。


 気持ち悪くはなるかも知れないが、必要な状況になったら鶏を捌く事も出来る。


 と、思う。


 (うん。河童とか言うゲーム内のモンスターを『殺し』ても、割り切れてる。俺ってもしかしてサイコパス?)


 陽平は剣に潰されて肉塊になった河童を見下ろしながらそんな事を考えていた。


 「って、もしかして敵モンスターを倒しても消えないの?」


 ゲームとかならは、倒したモンスターのキャラクターを表示し続けるメリットは無いので、倒した事が確認出来る短い時間が過ぎれば消えて無くなるのが定番だ。もしくはドロップ品を回収し終わると消えると言うパターンもあったな。と考え。


 「え? この潰れた肉塊からドロップ品を取り出さなければならないの?」


 などと無駄に騒いでいる間に河童は細かな粒子になって消えていった。


 「はぁ。消えた。剥ぎ取りとかする必要が無いのは助かるな」


 「いえ。剥ぎ取りする必要もあります」


 「え? でも…」


 いきなりの高橋さんの言葉に、消えた河童のいた所を指さす。


 「今回は対象が妖怪系だったので、倒された後は『消滅』しました。ですが実際の肉体を持つ対象であれば、その肉体は消えませんので処置が必要となります」


 「あ、ゴーレムだと、使われた石や泥とかが残ったりするんだ?」


 「はい。動物系が変化したモノですと、変化した状態で残ったり、元の姿に戻ったりしますので剥ぎ取る必要があります」


 「あー、そこら辺もリアルなんだなぁ。あっ、アイテムボックスとかあるのか?」


 「存在します。とだけ言っておきます」


 (つまりプレイヤーの基礎的な能力じゃ無く、後から手に入れる物と言うワケか)


 「判った。次は?」


 「チュートリアルはコレで終了になります。後はご自身で経験し、学習してください。では、チュートリアル特典を選択してください。武器、防具、回復薬、飾り装備のどれを選びますか?」


 見えない高橋さんの言葉が響く中、手に持っていた剣が消える。特典の選択は既に決めていた物で良いと判断して答える。


 「飾り装備を」


 「ランダムになります。宜しいですか?」


 「了解している」


 陽平が答えると、陽平の目の前の空中にデジタル表記の大きな数字が三つ現れた。それは目まぐるしく変化している。


 「三桁の数字にそれぞれ飾り装備が設定してあります。数字はドンドン変わっていきますので、お好きなところでストップと言ってください」


 「何番にどんなアイテムがあるのか判らないから適当で良いよなぁ。じゃあ、ストップ」


 本当に適当に止めた番号は九九一。ぞろ目でも無ければキリ番でも無い、本当に適当な数字だった。


 「おめでとうございます。九九一番のアイテムをお受け取りください」


 そして目の前にいきなり何かが現れる。それを急いで支えるように受け取った。


 「飾り装備ってマフラー?」


 陽平の身長よりも長いロングマフラーで、毛糸では無くフェルトのような肌触りを感じる水色のマフラーだった。


 じっくり見つめるが、普通に長いマフラーにしか見えない。


 「あ、物の鑑定とかって出来るのか?」


 「個人の能力として取得も出来ますが、街の中にある鑑定所で有料ですが細かく正確な鑑定が可能です」


 「つまり、自分で調べろって事かぁ。まぁ、いいや。チュートリアルで配られる程度なら序盤で挽回も出来るだろうし、調べるのもチュートリアルの一環だと思えばいいんだしな」


 「ではこれにてチュートリアルを終了させて頂きます。ご利用ありがとうございました。良き冒険をお楽しみください」


 最期はOL風の鈴木さんの声が聞こえて目の前が暗くなっていく。


 「俺の冒険はこれからだ。先生の次の作品にご期待ください。ご愛読ありがとうございました」


 と言う陽平の呟きに答えるモノは無く、視界は明るさを取り戻していく。

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