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8.行列

(何故私は腕を組んでるんだろう……)


 レオナールのペースに巻き込まれ、上手く自分のペースに出来ない。


 こんな風に男の人と歩いたことは無い。ロイクと出掛ける時はあるが、腕は組んでいなかった。そもそもか彼は幼なじみなだけなので、そんなことは有り得ないが。


「行きたい所は決まったか?」

「うん。人気のお店があってお昼ご飯食べたい」

「分かった」


 レオナールと歩いて気付いたことがある。ロイクと歩く速さが違うことだ。ロイクは歩くのが速かった。だがレオナールは速くなく、ちょうど良い。いや、歩調を合わせてくれている。


(……案外優しい……――じゃなくて!)


 考えを振り払うように、首をブンブンと横に振った。


「どうした?」

「な、何でも」


 不思議そうにローズを見るレオナールに対し、ムスッとした返答をした。

 中心部へと近付くと垂れ幕や道の飾り付けがされていた。また暫く歩くと人の列が見え始めた。


「ここ、この列の先のお店」


 店の前には最低でも1時間は並ぶであろう列が出来ている。この店にした理由は来たかったという理由もあるが、1番の理由はこの列で困らせる為だ。

 普段のレオナールを見て、並ぶことが嫌いそうだと思いここにしている。


 ――嫌がらせである。


「ここ知ってる? ナギナミ国の料理を出すお店で人気なの」


 普段から行列は出来ているがここまででは無い。今日は休日であり、収穫祭の為こんなにも列が出来ているのだ。


「いや、初めてだ」


 レオナールはじっと遠くにある建物を見ている。


「いつもはここまで列無いんだけど、まぁ仕方ないから並ぼ」

「いや、そんな必要は無い」

「え?」


 ローズが眉をひそめると、「行くぞ」と歩き出した。行列の横をどんどん歩いていく。


「ねぇ! 私ここで食べたいんだけど!」

「ああ、構わん」


 そう言う割には列に並ぼうとしない。どんどん前へと進み、店の前まで来てしまった。だが入り口では無く、裏へと回ろうとする。


「何処にいくの?」

「入り口だ」

「入り口ってさっきのとこ――あれ?」


 店の裏へと来ると、もう1つ入り口があった。裏口と言うには勿体ない作りの入り口だった。前には店員が1人立っていた。


「いらっしゃいませ、お客様」


 店員はレオナールの格好を上から下までさっと確認する。


「これでいいか?」


 レオナールはコートの内ポケットから銀の懐中時計を取り出した。表面には何かの紋章が彫られていたが、ローズにはよく見えなかった。


「ええ、問題ありません。どうぞ此方へ」


 店員は奥から1人店員を呼ぶ。そしてその店員と少し話した後、レオナールとローズを案内する。ローズは店員の態度に目を見開いた。


(何!? 何が起きてるの!?!?)


 案内されるまま2階へと上がる。1階とは違い、2階はテーブルや椅子が少なくゆったりとした空間になっている。


 いくつかテーブルは空いていたが、そこに案内されるので無く、もっと奥へと案内される。


「1つ個室が空いていますので、そちらにご案内致します」


 店員は何部屋かある個室を横切り、1番奥の個室の扉を開けた。ローズが先に中へと入る。

 

「わ!」


 思わず声を出してしまった。入ってすぐ目につくのは大きな窓である。見下ろせば並んでいる列が目に入る。その前には2人がけのソファが2つと、テーブルが1つ。部屋には暖炉がついており暖かかった。


「服をお預かりします」


 ローズは慌てて外套を脱ぎ店員に渡す。


(こんな事されたことないから、焦る……)


 もたもたするローズだが、店員は気にする様子もなく預かった外套をハンガーへ吊るし、備え付けられたハンガーポールへと掛けた。レオナールはもう既に脱いでおり、それと手袋を店員に渡す。

 

(な、慣れてる……)


 手際よく渡すレオナールを見て、生まれの違いを見せつけられた気分になった。彼にはそれが普通なのだ。店員はローズの椅子を引きローズが座ると、レオナールも椅子へと座った。


「こちらがメニューです」


 彼は2人にメニューを渡すと部屋を出て行った。ローズはキョロキョロと周りを見渡す。


 こんな部屋があるのは知らなかった。1階の席にはオープン当初1度だけ来たのだ。だがその後、話題の店となり行列が出来るようになってからは来ていない。

 窓の外を見て行列を見る。本来なら最後尾にいたであろう。


「嬉しくないのか?」

「え?」

「来たかった店なのだろう? だが嬉しそうに見えない」


 レオナールは不思議そうにこちらを見ている。


「いや、嬉しいんだけど、外の列って何だったのかなって。2階少し空いてるし」

「ああ、ここはなんと言うか、普通席では無い」


「……え?」

「特別席、とでも言えばいいのか。店にもよるが男爵以上であれば入れたりする。もっと高級店になれば子爵以上と決まっている店もある。王都中心部のほとんどの店には、こういった席が用意されている」

「し、知らなかった」

「批判がなるべく来ないよう、入り口は別だしな。知らないのも無理はない」


「う……ん」


 ふぅ、と一息吐いた。そして、外に並んでいる人達に申し訳無い気持ちになった。


「それで、食べたい物は?」

「あ、そうだね。頼まなきゃ……」


 メニュー表を見ると、「え!?」っと声を上げてしまった。


【ランチAコース 大銀貨3枚】

【前菜、主菜(ご飯またはパン、スープ付き)、食後の飲み物】


【ランチBコース 大銀貨4枚】

【前菜、主菜(ご飯またはパン、スープ付き)、本日のデザート、食後の飲み物】


【ランチCコース 大銀貨5枚】

【前菜、副菜、主菜(ご飯またはパン、スープ付き)、本日のデザート、食後の飲み物】


 メニューが3つしか無い。その3つは金額が違うコース料理である。


(コースだけ!? コース料理なんか無かったのに! いや、あったのかな。上の階専用なんだこれ。下は庶民用のメニューなんだ)


「どうした?」

「……悩み過ぎちゃって」


(お金もっと持ってくればよかったー)


「ローズ、この後の予定は?」

「えーと、ちょっと街中を歩いて何か見たり買ったりしたいかなーって」


「そうか。甘い物は好きか?」

「好きだけど……」


「この後も何か食べたりするのか?」

「うーん、かもしれない」

「なら、Bで十分か」

「え? う……ん」


(勝手に決められた!)


 レオナールはテーブルに置いてあったベルを鳴らすと、数分後、店員がやって来た。レオナールが注文をしているが、ローズには大銀貨4枚の事しか頭に無い。


「ローズ」

「あぇ? 何?」

「主菜はどれにする」


 見ると主菜は選べるらしい。メニューの裏に下の階でも見たメニューが書いており、慌てての鶏の照り焼きとパンにした。スープは味噌汁と決まっており、【本日の味噌汁】は茸の味噌汁だった。


「酒は飲めるのか?」

「あんまり飲んだことない。でも多分飲める」

「そうか、なら――」


 レオナールはテキパキと注文している。そんな姿を見て少し格好良いなと思ってしまった。注文し終え、店員は出て行った。


「さっきからどうした?」

「何が?」

「いつもの元気が無い」

「そう? いや、そうかも」


 ふぅ、と小さく溜息を吐いた。


「私思ったの。貴方のこと――」

「レオナール」

「え?」

「名前。ローズは俺を『貴方』としか呼ばない。レオナールと呼べ」


「……別にいいでしょ」

「俺は良くない」

「何でよ」

「好きな女からは名前で呼んで欲しい」


 まただ。恥ずかしくはないのだろうかと不思議で仕方ない。恋愛経験は皆無なので、こんなことを言われただけでも顔が赤くなる。


「それで?」

「あ……私、あな――……レオナールのこと何も知らないって思ったの」


 レオナールはローズを驚いたように見ていた。


「どうしたの?」

「いや……初めてそんな事を言われた」


 そう言ったレオナールは口の端を上げて少し嬉しそうだった。


「何が聞きたい」


 根掘り葉掘り聞いてしまっては、嫌がられるかもしれない。だがそれでも良い。次いでに言えば、ローズはレオナールの事を本当に何も知らないのだ。ただ毎日デートに誘ってくる、騎士学校に通う青年なだけである。


「どうして私をデートに誘うの? 第一印象良くなかったでしょ」


 寝ている所にいきなり上から乗った女など、良い印象な訳が無い。次の日に店に来てデートに誘う意味が分からなかった。


「いや? 別に」

「え!? あんなことしたのに!?!?」

「ああ、悪くなかった」


「……どうして」

「俺に変に媚びを売ってくる奴らと違ったからだ」

「媚び……?」


「俺に話し掛けてくる奴らはな、喉に張り付くようなベッタリとした声で話し掛けてくることが多いんだ。態度も好かれようとする魂胆が丸見えだ。そういうのは嫌いではない。奴らなりの努力だしな。だが、流石に連日だとなんというか……察してくれ」


「それで?」

「まぁ、ローズは違っただろう? それで気になった。話してみて興味が湧いたし、可愛いなと思った」


(可愛い!? どこをどう見たの!?)


「それだけだ」

「そう……」


 あまり腑に落ちないが、彼の中では何かが良かったらしい。


「女の趣味が悪いんじゃない?」

「よく言われる」

「そう言われるとムカつく」


 チラッとレオナールを見ると、面白そうに笑っている。


「他は何が聞きたい? 何でも答えてやる」

「何でも?」

「ああ」


 そう言われ少し意地悪な質問をしたくなった。


「そうね。過去の女の人の話とか。今まで何人の人と付き合ったの?」


「ふーん、なるほど……」


「何?」

「ローズは元カノの存在が気になるタイプか」

「な! 別にそんなんじゃ――」

「良いだろう。教えてやる」


 そう言ってニヤリと笑う。


「付き合ったのは2、3年前に1人だけだ」


「え……ええ!? 待って!!」

「何だ」

「でも、私が見る度に違う女の人と一緒だった!」

「ああ、あれは付き合っていない」


「……どういう意味?」

「そのままの意味だ。付き合っていない。向こうから勝手に来る」

「花は! 恋人にあげてる花!!」

「面倒だから『恋人』と答えた。『付き合っていない女にあげる』とは言わん。花をあげるのは特に意味は無い」


「でも、相手は凄く喜んでると思う」

「だろうな。強いて言うならそれが目的だな。喜んで貰えるならそれでいい。でもな、ローズ」

「何よ」

「ローズにあげたマフラーには意味がある」


「……え!?」

「他の女にやった花束と一緒にしないでくれ」


 レオナールは真っ直ぐローズを見つめる。真剣な眼差しに、どうしたらいいのか分からなくなった。


「え……と、私――」

「お待たせしました。食前酒でございます」


 店員が部屋に入ってきてくれたお陰で、助かったような気がした。レオナールのように感情を真っ直ぐ伝えられると、どうしたらいいのか分からなくなる。


(違う……これは、皆に言ってるんだ。私だけじゃない)


 ドキドキとした鼓動を落ち着かせ、テーブルに置かれたほんのり甘くて飲みやすい梅酒を飲んだ。

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