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7.待ち合わせ

 ――収穫祭当日。

 ――ブランティグル。

 

 王都にはいくつか貴族の居住区がある。

 ここブランティグルがその1つで、西ヴェストリ地方に住む貴族が王都に居住を構える場所だ。鉄の柵に囲まれ、入り口は2箇所。

 それぞれに門番がおり、平民が用も無しに入る事は出来ない。


「あぁー、サロメにー会えーるー。ららー、愛しのーサ――」

「うるさい!!!!」


 そのブランティグルにある、とある邸宅のリビングでサロメへの愛を歌ったヴァルにレオナールが怒鳴った。普段着ている騎士学校の制服ではなく、普段着のズボンにブーツ、シャツにベスト、そして首元には装飾スカーフのクラバットを着けている。


「ちょっと歌ったって良いじゃねぇか」

「ちょっと!? 朝食食べてからずっと暇さえあれば歌っている!! しかもまともな歌ならまだしも、お前の変な作詞作曲だぞ!! 頭が痛くなる!!」

「頭痛薬差し上げましょうかー? ぶへっ」


 レオナールは座っていたソファにあったクッションを、ヴァルへと投げつけた。


「行けって! 愛しのサロメが待っているぞ!」

「ハイハイ。まー、そろそろ約束の時間だしな」


 ヴァルは部屋にある時計を見た。そろそろサロメが居る王都カルム邸に行かなければならない。前日の夜にヴェストリ地方から馬車でそこに着いているはずである。


「じゃあ行ってくる」

「どうぞごゆっくり」


「……なぁ、本当に――」

「俺のことは何も考えず、楽しんでこい。ほら」


 シッシッと手で払うと、ヴァルは出て行った。レオナールは自室へと戻り窓の外を見る。ヴァルが王都カルム邸の方へと歩いている。

 王都カルム邸はここから見える位置にある。ずっと見ていると、ヴァルが扉のベルを鳴らし、執事が出た後直ぐに女性が出て来た。そしてヴァルに飛び付きキスをしている。何か話したあとすぐに中へと入って行った。


 それを見て小さく一息吐くと、出掛ける準備をする。コートを羽織ると手袋をはめる。財布等はコートの内ポケットへと入れ、忘れ物が無いか確認した。

 部屋を出てそのまま玄関へと向かい、扉に手をかけた時だった。


「どちらへ」


 突然声を掛けられ、心臓が止まる思いをする。誰も居ないと思いそのまま玄関へと向かったのだ。だが気付かぬ所に居たらしい。

 振り向くと20代後半の執事服を着た男が立っていた。


「シュエット……毎回思うんだが、俺を驚かせようとしているのか?」


 彼は領地にある本邸では副執事をしている。だがレオナールが王都に研修に行くことになり、彼も王都へと着いて行き、その間だけここで執事の役割をしている。

 

「驚かせたなら申し訳ありません。ですが、どちらへ」


 じっと何かを見透かすように、金色の目でレオナールを見続ける。その目は暗闇でも獲物を逃さぬ梟のようだった。


 この目は小さい頃から苦手である。 そればかりか彼は気配を消すのが上手く、先程のようにいつの間にか現れては驚かされている。


「外に出掛ける」

「何用ですか?」

「ずっと中にいるのは窮屈だ。近所を散歩する」

「お戻りはすぐですか?」


 彼は優秀な使用人だ。若くして従僕(フットマン)から副執事にまでなった男だ。普段はいいが、こんな時は少し厄介だった。


「……散歩に飽きるまでだ」

「なら、私もお供しまし――」

「いや! 大丈夫だ。本当に」


「……左様ですか。ヴァランタン様には――」

「ヴァルには言うな。せっかくのサロメとのデートを邪魔する訳には行かないだろう? それに、そこら辺を歩くだけなんだ」

「かしこまりました」


 するとシュエットは扉まで移動し、玄関の扉を開けた。


「行ってらっしゃいませ、レオナール様。くれぐれもお気を付けて」

「ああ」

「暗くなる前に帰ってきて頂けると、こちらも安心します。お早いお帰り、お待ちしております」


 そう言われ気まずそうに外へと出た。


(あれはバレているな……)


 レオナールは花屋へと向かった。




***


「んーーーー?」


 ローズは自宅にある姿見の鏡前で、どの服を着るか悩んでいた。


「これは、なんか地味な気がする。こっちも。私、似たような服しか持ってないんだっけ?」


 数少ない外出用の服でこんなに悩むとは。これなら何か服を買えばよかったと後悔した。


「服、最後に買ったのいつだっけ? 去年? あー全然買ってない。流行りが分からないー!」


 大きく溜息を吐いた。


「あら? デート?」


 悩んでいると母親から言われる。


「いやー、デートって程じゃないんだけどー」

「そうなの? でも、気になる相手なんでしょ?」

「え!? 違うよ!!」

「そう? ならどうしてそんなに悩むの?」


「……確かに」


 悩んでいる事が馬鹿らしくなり、もうこれでいいかと手に持っていた服にする事にした。今着ている服を脱いで着替える。

 お洒落しなければならない相手では無いと言うのに、この地味な格好に気を落とした。


「ふふっ。髪の毛を結ったらいいわ。座って」


 傍にあった椅子に座り、母親は櫛と髪紐を手に取った。リボン等の可愛いものは無いので、黒いシンプルな髪紐だ。


「可愛らしさは無いけど、髪を結うだけで雰囲気も変わるから」

「別に可愛くしなくていいもん」

「そんなこと言わないの。相手はローズを誘った見る目のある男なのでしょ?」

「うーん、う……ん?」


 そうじゃない。相手は遊んでいるだけなんだと伝えたいが、娘が遊ばれていると知ったらいい気がしないと思うので、言うのはやめた。


「はい、出来た」


 いつもそのままの髪はハーフアップになり、三つ編みでアレンジが加えられている。


「ありがとう。行ってくる」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」


 ローズは小さなショルダーバッグを掛け、外套を羽織る。


「はい、マフラー」


 母親がレオナールから貰ったマフラーを差し出した。


「いや、これは今日――」

「寒いわよ。今日も。首元あっためれば体も温まるから」

「そうなんだけど」

「それにしても手触りいいわね。よくこんな高級なマフラーくれたわねぇ」


 ローズは苦笑いをして、マフラーを巻いて家を出た。


***


「時間通りだな」


 何時もとは違う格好のレオナールを見て、やはり貴族だと思った。身につけている服はシンプルだが、綺麗であるし高級そうだからだ。そんな私服姿も格好良いと思ってしまうところが腹立たしい。


(それに比べ私は……)


 遊ぶことを了承したものの、隣を歩いていいのかと変に不安な気分になる。


「行くぞ」

 

 レオナールは左肘を軽くローズへと出す。その意味が分からずキョトンとし、突っ立ったままだ。


「え、何?」

「何って……掴め」

「え!?」

「デートなのだろう? ローズが『デートしても』って言ったのではないか?」

「あ……」


(そう言えば、そんな風に言ったかも。ただ遊ぶだけって考えてたけど……)


「ほら、行くぞ」

「え、あ、うん……」


 ローズは慌ててレオナールの腕を掴んだ。第三者から見れば腕を組んだ恋人同士に見える。2人は歩き出し街中へと向かった。

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