番外編 未来へ
「で、ふぉだったぁ?」
ローズの結婚式の後、丘の下に置いていた馬車へと入ると、ヴァルがそう聞いてきた。
「……いい式だった」
「ろぉーずきれぇひゃっあふぉ」
「……そうだな」
「ひょかったなぁ。ほのあほくぁるてぇか? ほれほもふぁふぃおんかふぇりゅりゅかぁ?」
「……リヴィ、ヴァルが何を言っているのかわからん。止めてやれ」
ヴァルの膝の上に乗り、ヴァルの口を上下左右に引っ張っていた少女を、レオナールは抱きかかえた。目がクリっとした可愛らしい顔立ちに翡翠の瞳、ゆるく波打った髪の少女だった。
「いひひッ」
オリヴィア・ヴァン・ラファル。
アルベールとオデットの娘で、愛称がリヴィだった。リヴィはにっこりと笑うと、レオナールに抱きついた。
「おじちゃま、おかーり!」
「ただいま、リヴィ」
レオナールもリヴィを抱き締めて微笑む。ヴァルの隣には絵本が置いてある。絵本に飽きたリヴィが、ヴァルの顔で遊んでいたのだと分かった。
「『このままクラルテか? それともパピヨンかペルルか』って言ったんだ」
「全部だ。リヴィに似合う服を全て買う」
「……またオデットに色々言われるぞ。『直ぐに大きくなるのに着きれません』って。レオもラファル侯爵もリリアーヌ様もみーんな服買うからよ。そもそも、アルはドレスとかあんまり着せたくねぇみてぇだし。平民の服で泥だらけになって遊んで欲しいって言ってたぞ」
「なら平民服を仕立てて貰おう」
違う、そうじゃない。
そもそも平民服は仕立てるものではないが、ヴァルは呆れて何も言えなかった。
「いやぁ、あのレオがなぁ、まさか姪っ子にデレデレになるなんてなぁ。ローズにリヴィと一緒にいるレオ見せてやりてぇ」
「俺を何だと思っている。俺だって可愛いものは愛でる。リヴィは丸呑みに出来そうなほど可愛い。それだけだ。なー? リヴィ?」
膝の上に座るリヴィを見ると、リヴィは笑いながら「なー」と同意した。
「抱っこして泣き止ませようとしてる姿なんて、絵描き呼んで描いてもらおうかと思った」
「はぁー、何故皆珍しがるんだ。俺なんかより父上の方が気持ちが悪いのに」
「微笑ましいじゃねぇか」
「あれが?」
「そのうちレオの子供にもそんな態度になると思うと笑えるけど。もうすぐだな。楽しみだろ」
「……どうなんだろうな。よく分からん。父親になる実感がない」
「まぁ、それは俺もそうだったよ。ライアンが産まれてやっと実感が湧いた」
「そんなものか」
「男はそんなもんじゃねぇの?」
「ふーん」
レティシアは結婚してから変わった。前までの大人しく自分の意見を言わない女ではなくなった。というのも、何も言わないレティシアに苛々が爆発し注意をした。
『意見を言え。我慢を美徳とするな。俺に好かれたいのなら、俺に好かれる努力をしろ』
そう注意すると、少し驚いた顔をして「分かりました」と言ったのだ。それから徐々にレティシアは変わっていった。そして初めて、レティシアを見てみようと思ったのだ。
よく考えれば話し合いというのはあまりしてこなかった気がする。
馬車はどんどん教会から遠ざかる。
心から愛した女には幸せになって欲しい。
ローズの隣にいた男は、自分なんかよりずっと彼女を幸せにしてくれる。変な男に騙されてはいないかと思ったが、要らぬ心配だった。
彼女は見る目があるということを忘れていた。
「おじちゃま」
「どうした?」
「いとこ、たのしみ」
リヴィはそう言うが、『いとこ』が何かよく分かっていないだろう。
「ははっ、そうか……俺もだ」
レオナールは真っ直ぐ前を向く。教会を振り向くようなことはしなかった。目の前にいるリヴィを抱き締め、絵本を読んだ。




