6.デートの約束
あれから毎日、ローズは苛々する事になった。何故ならレオナールがローズに会いに来るからだ。
だいたい来るのは開店直後。来る度にデートへと誘って来た。その度に断っていたが、余りに執拗いので心が折れかけいる。
「もぉ、疲れたよ……」
「お疲れさん」
今日はナディアの家で夕食をご馳走になっている。そこで、レオナールの愚痴をこぼした。
今日の鍋の中身は、白いんげん豆や野菜、そして豚肉をトマトで煮込んだものだった。ローズは皿に取ったそれを、スプーンで口へと運んだ。
「ああ、美味しい。疲れた心に染み渡る」
「ふふっ。まぁ、でもその悩みは羨ましいかなー」
「ええ!! どうして!?」
「だって、そんな風に情熱的に言い寄られた事なんてないもの。しかも貴族だよ? こんなこと普通無いじゃない?」
「例えそうだとしても、アイツの性格は破綻してるし、面白がってるだけなの!」
そう言ってローズは怒りでバケットを引きちぎった。
「腹立つ!」
「でもマフラーはしてる」
ナディアはローズが椅子に置いた黒いマフラーを見やった。
「こ、これは、一応貰った物だし! 寒いし使わないと勿体ないから!」
「そんな所が脈アリに思われるんだよー」
「うっ……」
それはあるかもしれないと反省した。だが普段自分が使うマフラーより明らかに高級であり、触り心地が良い。1度使うと、なかなか他のものには出来なかった。
「ねぇ。もうさ、デートしちゃったら?」
「え!? 嫌だよ!!」
「でもさ、案外良い奴かもしれないよ?」
「それは無い!!」
「でも分からないじゃない? 私はね、旦那のこと初めて見た時、タイプじゃないしこの人とどうこうなるのは有り得ないなって思ったよ。でも、あんなゴツゴツして厳ついけど、話してみたら繊細で素敵だなってなったし」
ナディアの旦那は歴戦の戦士のような顔と体格なのだ。だが話してみれば、案外話しやすく優しい人物なのだとローズも思った事がある。
「でも……」
「収穫祭あるし、その日にしたら? 遊び人なんでしょ? 1回会ったら満足するかもしれないし」
収穫祭――。
それは、悪魔が溢れると言われる日に、収穫した食べ物等をお供えし精霊達に助けて貰う為のお祭りである。
その為、街の中心にある広場では祭壇が作られ、そこにお供え物をする。そして街中に屋台が溢れ、1日中騒ぎっぱなしである。
この時期になると街中に収穫祭のポスターが貼られる。因みにローズの店にも貼られている。
このミーズガルズ王国では、精霊が悪い者を退治してくれると信じられていた。
「それに、何も知らないのにふってしまうのはもったいないと思うのよね」
「…………うーん……考えてみる」
***
――次の日。
「いいよ。デートしても」
本日も性懲りなくレオナールはローズをデートに誘う。
「なら何時が――」
「今日じゃない。今度のニニブの日にやる収穫祭よ」
「……収穫祭か」
レオナールは眉間に皺を寄せ、考えているようだった。あんなにもデートに誘ってきたのだから、直ぐに「OK」の返事を貰えるかと思ったが、そうでも無いので驚いている。
(何だろ……収穫祭は他の女と用事があったとか?)
有り得る話である。見かける度に違う女と一緒にいたのだから、口説いているのは自分だけで無いはずだ。
そんな事を考えると、ちょっとモヤモヤした気持ちになった。連日口説いといて、結局他の女とも遊ぶんだな、へーそうですか、と言った気持ちだ。
レオナールは軽く溜息を吐いたあと、「分かった」と答えた。
「迎えに来る。この店に来ればいいか?」
「いいわ。時間はシュバルの上刻で」
「分かった。何処に行きたい?」
「私が当日考える」
「ほぉー」
「何よ」
「だいたいの女は、『貴方にお任せします』って言うからな。珍しいなと」
「あら、嫌いになった? 止める?」
「いや? むしろ可愛いと思う」
「……え? なんて?」
「『可愛いと思う』そう言った」
この男の何が嫌かって、恥ずかしげもなくこんな事を言う所だ。そんなことを真っ直ぐ伝えられたことなど無いので、お陰でペースを乱される。
「収穫祭、シュバルの上刻だぞ。忘れるなよ」
「あんたこそ忘れないでよね!」
「勿論。じゃあまた明日来る」
「ええ、またあし――……え!? 何でよ!! もう収穫祭に会う約束したじゃない!」
「だからといって、その日まで何処にも行ってはいけないなんて決まりはないだろう」
「この詐欺師!!」
「ぷはっ、本当に可愛いな。じゃあな、ローズ」
レオナールは出て行った。
「何なのよ、アイツは……」
もう居なくなった空間を見て、ローズはポツリと呟いた。
レオナールは外へと出ると、道路を渡り、停まっていた黒い馬車へと乗り込む。
「はぁー、毎日毎日懲りねぇなぁ。いつまでやんの」
馬車に乗っていた背の高い青年――ヴァルが呆れたように言った。
「俺の熱烈な想いが届くまで」
その言葉に対し、ヴァルは「ははっ」と笑った。
「レオに対してなびかねぇ女ってのは興味あるけどな……何がそんなに気に入ってんだ?」
「『何が』と言われると、難しいな。けど――」
街中に貼られていた収穫祭のポスターを見遣り「可愛いなと思う」と言い、軽く笑った。
「なぁ……まさかと思うけどよ……収穫祭遊ぶ約束してねぇよな?」
顔を顰めてヴァルは怪しむよう聞いた。
「ああ、していない」
「ほんとだな! その日1日家に居るんだよな??」
「居る。そう言っただろう」
「……ならいいけどよ」
「サロメが王都に来るのだろう? 久しぶりにデートでも何でもしてくればいい」
「するよ。レオが出掛けねぇならな」
「出掛けない。護衛の仕事なんか心配するな」
馬車はそのまま王都騎士学校の門へと向かった。