67.幸せの終焉 ※
ヴァルが居なくなり、暫くは無言だった。レオナールは歩き出し、すぐ側にあったベッドへと腰を掛けた。
「何故来た」
静寂を破ったのはレオナールだった。彼は悲しげな表情を浮かべていた。
「ヴァルから話を聞いたの。それで話したいと思った」
涙が溢れ頬を伝う。
「1人で抱え込んでバカみたい」
大粒の涙は床へと落ちていく。木材の床がしっとりと濡れた。
「私も違反の罰に耐えるよ」
「無理だ……絶対……あれは俺でも耐えれるかどうかも分からん程だ。例え耐えれるのだとしても、ローズにそんな目にはあわせたくない」
「でも、私のせいでこうなって――」
「違う!!」
レオナールは即座に否定する。手をギュッと握りしめ、震えていた。
「だって――」
「違う。全て俺のせいだ。俺の見通しが甘かった。そもそも俺は長期決戦で考えていたが父上は短期決戦だった。もっとそこをよく考えるべきだった。嫌がらせにせよ何にせよ、何かされるのはローズだけだとばかり思っていた。婚約も破棄されるのを待てばいいと……式は出ずに大事になればそれも1つの手だと……全てにおいて考えが甘かった……愚かだった」
レオナールは両手で顔を覆った。
「酷い言葉を言ってしまった。すまなかった。傷付いているだろうと思っていたが、会えなかった。いや、会いたくなかったんだ。結婚すると約束したのに出来なくて、情けなかったんだ……惨めで、無力で……本当は……こんな俺を見られたくなかったんだ……」
ローズはレオナールの隣に座ると、その手を握って下へと下げた。レオナールの瞳は潤み、涙が零れ落ちている。
「レオナールは分かってないね」
「……何がだ」
「私ね、とっても大好きな人がいるの」
ローズはレオナールに微笑む。
「そりゃあね、子猫が困っているのに助けもしないし、デートの約束取りつけるのに毎日店に来るし、デートをしてみたら腹が立つことにちょっと良い人で、私の小さい時の願いを叶えるために一角獣のぬいぐるみをいっぱいとる。私の推しの女優さんに会わせてくれて、本当は死ぬほど負けなくない試合なのに、私が負けてって言ったら負けてくれる。ダンスを教えるのはとっても下手で、散々好きにさせといて婚約者はいる人でね」
レオナールはジトッとした目でこちらを見る。
「こんな時にそれを言うか」
「ふふっ、うん。しかもそれだけじゃないの、自信家で自尊心が高くて最低で高慢な奴なの」
ローズはレオナールの両頬に手を添える。
「今はとっても元気がないの。でもね、そんな所も可愛いって思っちゃう」
そしてローズは額をレオナールの額とくっ付けた。
「やつれたね……ちゃんと食べてないでしょ。クマも酷いよ。せっかくのイケメンが台無し」
「……そうか。それは良くないな」
レオナールは唇の端を軽く上げて微笑んだ。彼の頬を伝う涙を手で拭う。
「どんな貴方でも愛してるのよ、レオナール」
ローズはレオナールの唇にキスをした。初めて自分からしたキスだった。ゆっくりと離れレオナールを見つめると、今度はレオナールからキスをした。
何度も何度もキスをする。啄むようなキスをし、抱き締めてきた。苦しい程に強く抱き締められたが、振りほどこうとは思わなかった。
「あの日言ったことは全て偽りだ」
「分かってるよ」
「愛している」
「私も」
優しいキスから貪るようなキスになり、何度もキスをされると、今度は生暖かくしっとりとしたものが唇に触れた。すると、いきなりレオナールが顔を逸らした。
「どうしたの?」
「いや……これ以上は駄目だ。止まらなくなる」
レオナールは名残惜しそうに、身体を離した。
「話せて嬉しかった……送ろう……と言いたいがもう遅いな。今日はここに泊まるといい。俺は傍で手でも握って――」
「嫌!」
ローズはレオナールへと抱き着く。
「だがもう遅い。貸馬車屋を使うとしても――」
「違う! だって私、今日は……」
今から言う言葉は、とてもはしたないかもしれない。だが言わなければ、レオナールは紳士的に送り出してしまう。
「レオナールと朝までベッドの上にいたいの」
顔が赤くなっていく。触らなくても熱を帯びているのが分かる。
「今度は意味が分かって言っているのか?」
ローズは頷いた。するとレオナールは一瞬驚いた顔をし、優しく唇にキスをしながらローズを寝かせると、レオナールは覆い被さる。
愛しい者を見るようにじっと見詰められ抱き締められた。レオナールの右手が頬に触れ、ローズの唇にキスをする。柔らかい舌がローズの唇に触れた。ローズは唇を軽く開けると、レオナールの舌が中へと入ってきた。
温かく滑らかな舌が、ローズの舌の上を這う。
「ふぅ……んっ……」
息が漏れ出る。顔の角度を変えながらゆっくりと這わせ絡み合う。舌が1つになるような感覚に、既に頭がいっぱいだった。先程まで固まっていた身体も、レオナールとのキスでとろけていく。
(力入んない……何これ……)
唾液が絡む音がする。上顎をなぞられると、腰が自然と浮いた。そういった経験がなくても、下半身が濡れていく感覚が分かった。頭が沸騰する様なキスを何度もされ、ゆっくりと唇が離れた。
「ふっ……可愛いな……本当に愛おしい……」
とろんとした瞳をしているローズの頭を撫で、余裕の表情で微笑んだ。
「ムカつく」
その余裕の表情が何となく腹が立った。
「何がだ」
「だって、だって私だけ緊張してるし、心臓も早鐘を打つみたいにうるさくて堪らないのに、レオナールはとても余裕そう。こんなこと私にとっては一生に一度かも知れないのに、しかも初めてだし、余裕ないし、きっと痛いだろうし……凄く痛くて全然いい思い出にならなかったら? 嫌な思い出になって欲しくない。とても幸せな思い出にしたいのに、私――」
レオナールはローズの唇にそっと人差し指で触れた。
「まかせろ」




