66.最愛の人
レオナールの挙式前日――。
日暮れ前――。
「レオ、起きてくれ」
数日前に休暇を取ったヴァルの声が聞こえる。うっすらと目を開け、ヴァルの姿を確認した。
「休暇は終わったのか?」
そう言って欠伸をした。自分でも堕落した生活を送っているなと自覚はある。だがもうそれで良かった。堕ちる所まで堕ちて構わない。分家達にとやかく言われるだろうが、無視すればいい。
「終わった」
「ふーん。良かったな」
ベッドの横にあるソファには、アルベールとルネが寝ていた。2人はワイン瓶を抱えながら寝ている。先程まで3人で飲んでいた。
酒はあの日以降、昼だろうが毎日飲んでいた。
心に空いた穴を埋めたくて、ありとあらゆる酒を飲んだ。だがそんなもので埋まらず、次は女に手を出した。だが穴は広がるばかりだった。満たされず、より惨めになり、更に酒を飲んだ。
ヴァルが居る時はヴァルが止めるが、最近ではアルベールとルネに「程々に」と止められている。お陰で今日は二日酔いではない。
「なぁレオ。今から狩りに行こうぜ」
ラファル領には狩猟用に管理している森がある。ヴァンの貴族の集まりでは、狩りを催し物にしたりもする。
「こんな時間に?」
「そ。夜狩り。気分転換ならラファル侯爵もいいって。明日帰ってくるなら」
帰らない選択肢なんてない。そんな事をすれば、誓約違反によりローズに耐え難い痛みが全身に及ぶ。自分は我慢すればいい。だがローズはそうはいかない。
誓約違反の罪は七日七晩続く。違反しても命があるだけまし、という問題ではない。あれは自害という苦しい選択をさせる為の七日七晩なのだ。
「だから行こうぜ。な? 頼むよ。たまには俺の言う事聞いてくれ」
「常に聞いている」
「いやいやホントに、冗談じゃなく」
(……冗談で無く本当のことだが)
レオナールは溜息を吐いて「分かった」と答えた。
「よしよし! 早速準備しよう!」
レオナールはベッドから出て足取り重く準備していると「ほら、早く!」と何故か急かされた。
「髪もちゃんとしろよ。髭も剃って」
「……何があった」
「へ? 別に?」
「いつもと違う」
「いやいやそんなことねぇよ。あ、でも強いて言えば久しぶりの狩りが楽しみってことかな」
いつもの様子と違うことに違和感を覚えるが、そのまま着替えた。ズボンにシャツ、ベストを着ると、狩り用のブーツを履く。ボサボサだった髪も整え、最近剃っていなかった髭も剃った。
外へと行けば、もう既に馬が用意されていた。1人の従僕が馬の手網を持って用意していた。
レオナールは従僕から手網を受け取り馬に乗った。
「よしよし、じゃあ出発!」
馬を走らせ狩猟小屋へと向かった。そこには狩り用の武器がある。それだけでなく、暖炉やベッドや台所も完備されていた。休憩しながら狩りをする為だった。昔は4人でそこに泊まって狩りをしたこともある。
馬を暫く走らせると、狩猟小屋が見えて来た。馬を繋いで小屋へと向かう。
「マスケット銃じゃなくて弓でいいか。それとも石弓か」
「あー……どれがいいかな」
マスケット銃は苦手だった。弓よりも命中率が低い。これはレオナールだけでなく大半の人がそうで、未だに戦争で取り入れられるのもマスケット銃よりも弓の方が多かった。
「どれでもいいなら弓にするからな」
そう言って狩猟小屋の扉を開けた。
「レオナール!」
その声にハッとする。見ればそこに、ローズが立っていた。
***
話を聞き「行く」と言った時、ヴァルは涙を浮かべて喜んでいた。
最後に話しがしたかった。
レオナールが嘘を吐いていた訳ではなかったことが嬉しく、泣きながら準備をし馬に乗った。彼は彼で本気で愛してくれた。それが嬉しかった。だがその反面、自分のせいだと思った。嬉しさと申し訳なさから涙はその日一日中止まらなかった。
馬に乗るのは初めてだった。ヴァルも「サロメ以外を乗せるのは初めてだ」と言っていた。
何回か休憩し、夜は安全の為宿を取って泊まった。ヴァルは気を使ってくれた。有難かったが何度も振り落とされそうになったので、もう馬なんか一生乗りたくないと思った。
「もうすぐだ」
ヴァルが連れてきたのは小さな小屋だった。休憩時に、本邸には行かずに狩猟小屋で会うことになると言われていたので、ここがそうなのだろう。
「管理人のとこ行ったら、レオ連れて来る。少し時間かかるからゆっくりしててくれ」
そう言うと直ぐに去ってしまった。
小屋の中は綺麗だった。常に管理されているらしい。ラファル家が雇っている森の管理人が、いつ何時「狩りをやる」と言い出しても大丈夫なようにと、毎日手入れをしていると言っていた。
ヴァルは今からその森の管理人の所へ行き、使う事を伝えるのだろう。
(寒っ……)
ローズは暖炉に火を付けた。何もかも揃っているのが流石だと思った。マフラーを取って、洋服掛けに掛けた。
「お尻が……痛い……」
長時間馬に乗っていたせいで臀部が痛かった。1人用ベッドがあったのでうつ伏せになって休憩した。少しばかりウトウトとしていると、外から声が聞こえた。
ハッとして飛び起きる。
狩猟小屋の扉が開き、「レオナール!」と声を出した。
驚いた顔をしてこちらを見ている。目の下にクマが出来ており、少しやつれたようだった。
「な……ぜ……何故ここにいる!!」
ヴァルは「騙してすまねぇ」と俯いた。そんな彼の胸倉をレオナール掴み、拳を振り上げた。
「止めて!!」
大声を出した。レオナールはヴァルの胸倉を離す。
「すまねぇ……でも、話して欲しかった」
ヴァルはそう言うと、「俺はもう1個の小屋に行く」と言い部屋から出ていった。




