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63.証明 1

 ――1カ月前のあの日。

 ――王都ラファル邸。


 レオナールは書斎でヴァルと一緒に、とあるガレオン船の資料を見ていた。母リリアーヌが「船が欲しいわ。それで旅行がしたいのよね」と夫であるラファル侯爵に頼んだ船だ。


白百合(リスブロン)号。名前は決まっているらしい」

「随分可愛らしい名前じゃねぇの」

「母上の船だからな。まぁ、気分が変わって要らなくなったから使っていいとさ」


 資料を持ってじっと見つめる。机の上には何枚もの資料が置いてあった。


「貰ってどうすんの? ついに客船を営むのか?」

「いや、いつもの商船にする。ちょうど欲しかった所だ」


 ラファル家の収入は、土地の収入よりも貿易が主な収入源だった。海に面した領地を活かし、海外との取り引きをする。いくつもの船を所有し、貿易を牛耳っていた。

 レオナールは個人で中古の船を買い取り、家とは別に個人的にもしていた。元々は、ラファル侯爵が勉強させる為「自分でやってみろ」と言ったことが始まりだった。あれよあれよと上手くいき、今では投資にも手を出している。


「そんでどうすんの?」

「アルを乗せる。急ぎの荷物は白百合(リスブロン)号が受けるようにする」

「ああ、なるほど。風魔法は船と相性いいな。じゃあアルが船長?」

「そうなるな」

「ぷはっ、似合わねぇな、アルベール船長」


「話してみたら案外乗り気だったぞ。まぁ休みは定期的にくれと言われたが」

「そりゃそうだ。オデットが可哀想だしな」

「そこら辺は考えてやるさ」

「レオは乗らねぇの?」

「俺はローズと王都で過ごすからな。まぁ、気が向いたら有り得るかもな」

「乗るなら俺も乗るから、そん時は言ってくれよな」

「分かっている」


 レオナールは時計を見る。今日はローズの店へと行かなくてはならない。オデットの舞台を観に行くのだ。前日だったので席は開いていなかったが、無理矢理空けさせている。


「まだ時間はあるな」

「孤児院から花のお礼状が来てる。あと新しい投資の話がいくつか来てるけど見る?」


 ヴァルは紙の束を机の上から取った。


「お礼状は捨てていい。投資のは少し見ておく」

「あ、見るんだ。聞いといて何だけど、舞台終わってからにしたら? 少し休めよ」

「ローズといる時に休んでいる」


 レオナールは書類を読みながら答えた。そして投資すべき案件かどうかを見分けている。 


「いや、そうじゃねぇ――」

「言いたいことは分かるが、そんな暇はない。ローズとの関係は俺への信頼で何とか繋がっている。なるべく一緒にいて安心させてやらねば。父上がまたローズに何をするか分からん…………父上は今どこだ?」

「書斎。さっき確認した。父上とテュルビュランス伯爵も来てる」


 何故その2人が書斎にいるのかわからず、レオナールは眉をひそめた。


「何故だ?」

「分かんねぇけど、虹霓会議で何か話すんじゃねぇの?」

「ふーん……まぁいい。今日の舞台を観終わったら、父上への対策をもう少し練ろうと思う」


「お2人とも、お暇?」


 そう言って入って来たのはリリアーヌだった。


「逆に聞きますが暇そうに見えましたか?」


 暇ではない。書類を持ち、仕事をしているのが見えているはずである。なので、リリアーヌがそう聞く意図は「一緒にお茶をしましょう」だった。レオナールはそれを分かっていたが、敢えてそう返した。


「もう察しが悪いんだから。お茶がしたいのに」

「今は無理です」

「あらあら、そう言っていいのかしら」

「どういう意味です?」

「今日オデットちゃんの舞台を観るのよね?」


「……そうですが」

「貴方の席、いい場所じゃないでしょう。無理矢理空けさせた席だもの。でも私はとても良い席のチケットを持っているの。お父様がくれたのよ、このチケット。残念だけど貴方にあげてもいいわ。今日は妃殿下のサロンに呼ばれているの。だから、一緒にお茶をするのなら、これをあげてもいいわ」


 リリアーヌはチケットを2枚出した。レオナールはそれを見ると、リリアーヌが言っていることが本当だと知った。


「まったく。この日は妃殿下のサロンがあるって前に言ったのに。忘れてチケットを取ったのよ、お父様。他の日にして欲しいわ」


 ラファル侯爵への不満をリリアーヌは漏らす。

 レオナールは顎に手を触れて少し考えた後、「分かりました」と答えた。全てはローズの為だった。リリアーヌとの苦手なお茶の時間も我慢しようと思えた。


「お茶にします」

「なら早くしましょう、出掛ける前の1杯のハーブティーは大事よ」


 リリアーヌは踵を返す。レオナールとヴァルは立ち上がってリリアーヌについて行く。


「コーヒーがいいです」

「ダメよ。ハーブティーよ」

「私とヴァルだけコーヒーにして下さい」

「ダメと言っているでしょう。もう入れたんだから」


 意味ありげにヴァルと目を合わせると、2人ともガックリと肩を落とした。リリアーヌは前を歩いている為、そんな2人の様子などつゆ知らず。

 リビングに着き椅子へと座ると、従僕(フットマン)が3つのティーポットと3つのティーカップを大きな銀のトレイに乗せて持ってきた。


 それぞれの前にひと組ずつ置くと、最初の1杯を注いで周り、部屋の扉の前で控えた。


「うん、美味しいわ」


 リリアーヌがひと口飲む。レオナールもヴァルも飲む気にはなれなかった。だが飲まなければ面倒なことも分かっていた。


 深紅の色をしたハーブティーが湯気を立てている。見覚えのある色と香りがするハーブティーだった。


「ぶふぅッ」


 右隣を見れば、ヴァルがティーカップ片手にハーブティーを吹き出し、口を抑えていた。初めて飲んだのだろう。味音痴のヴァルでも駄目らしい。


「母上、このハーブティーは以前飲みました」


 あの酸っぱかったハーブティーである。口に合わず残したお茶だ。


「そうよ。早く飲みなさい。これ美容にいいのよ」

「こんな物を飲まなくても、母上は充分美しいですよ」


 そう言ったあとハーブティーを口に含んだ。なるべく早く飲み終わるように一気に半分ほど口に入れた。味わうことはせず、一気に舌の上を通過させた。


「本当に思ってもないことを言うんだから」

「何故息子の言葉が信じられないのです。同じことを父上が言ったら信じるのでは?」

「あの人は私に本当の事しか言わないもの」


「……父上はハーブティーが嫌いですよ」

「もう! 本当に貴方は嘘ばかり!」

「父上は本当は嫌いなのですよ。母上に気を使っているのです」

「一体何の冗談かしら……あらヴァランタン、ちゃんと飲みなさいね」


 1度吹き出した後、ティーカップを置いたままのヴァルにリリアーヌが注意する。ヴァルは顔をひきつらせティーカップを持った。


 レオナールは再び一気に口に含ませ、今度はティーカップ全てのハーブティーを飲んだ。ノルマは終了である。リリアーヌはカップの中のお茶を飲めば、ティーポットのお茶を飲まなくても咎めない。


「言っておくけど、これ本当に人気なのよ。私が王都で流行らせたんだから」

「こんなのが?」

「そうよ!」


 ヴァルを見ると勢いをつけるために小さく深呼吸をして、一気にカップの中を飲み干した。飲んでいる最中は目をギュッと閉じ、嫌なことが早く終われと願っている子供のようだった。


 どうやら自分よりもとてつもなく口に合わなかったらしく、飲み終わった後もずっと口を抑えている。


「どうして貴方達の口に合わないのかしら」

「だからコーヒーがいいと言っているではありませんか」

「次は違うハーブティーにしましょう」


 「ああーーーー!!!!」と叫びたい気持ちを抑え、大きく息を吸って吐いた。溜息しか出ない。何故こうも話が通じないのか。


「失礼致します」


 すると執事フォルランが入って来た。


「レオナール様、ヴァランタン様。旦那様がお呼びです。飲み終わりましたら直ぐに来るようにと」


 こんな時ばかりは呼び出しが有難い。そう思い、直ぐに立ち上がった。ヴァルも同じで立ち上がる。


「では失礼します。チケットを」

「つまらないわ。もっと母親との時間を大切にしてちょうだい」

「しているではありませんか」

  

 不貞腐れながらリリアーヌはレオナールにチケットを渡した。こんなにも大事にしているというのに、気に入らないらしい。

 リビングから暫く歩いたところで、ヴァルが「あのお茶何だ? くそ不味ぃ」と不満を口にした。


「母上がここ暫く入れ込んでいるハーブティーだ」

「うげぇ、すっげぇ苦い。気分悪くなってきた」

「苦い? 酸っぱいの間違いだろう」

「はぁー、レオは分かってねぇなぁ。俺はレオの舌よりお繊細(デリケート)なの。あれは酸っぱいんじゃねぇ、苦いの」

「何が『お繊細』だ。鳥肉と牛肉の違いも分からんくせに」

「分かるわ!! はぁ……マジで気持ち悪ぃ……」


 ヴァルは顔をしかめて胃のあたりをさする。余程ヴァルには合わないお茶だったのだろう。書斎に着いた時には、より一層気持ち悪そうにしていた。


「失礼します」


 2人は中へと入る。ヴァルは扉の近くで控え、レオナールはラファル侯爵の近くまで歩いた。机の向こうにはラファル侯爵が座っている。更にラファル侯爵の後ろには、専属騎士がいる。これはいつもそうだった。だが今日はその2人だけでなく、ヴァルの父であるミストラル伯爵とルネの父であるテュルビュランス伯爵が側に立っていた。


「座りなさい」

 

 椅子に座るよう促されるが座らなかった。


「直ぐに出かけますので結構です」

「あの女の所か?」

「そうです」


 バチバチと火花が散る。部屋はシンっとしており誰も話さない。暖炉の中で燃える木の音だけがパキッと鳴っていた。


「行く前にこれに署名を」


 ラファル侯爵は机の上にあった1枚の紙を、スっとレオナールへ差し出す。レオナールはそれを手に取って見る。


「誓約書?」


 こんなものを出されたのは初めてだった。手に取ってレオナールは読んだ。


【誓約書】

【私は、ローズ・クロシェットと婚姻関係を結ばないことを誓約致します。また、レティシア・ヴァン・タンペットと精霊暦1022年ポワソンの月下15日に婚姻関係を結ぶことを誓約致します】


 最後には日付けと署名欄がある。


「書きません」


 レオナールはその誓約書を机の上に置いて、ラファル侯爵へと差し戻した。


「そうか……」


 ラファル侯爵はミストラル伯爵を見遣ると、ミストラル伯爵は悲しげな表情で俯いた。


「何ですか。レティシアと結婚しなければヴァルを専属騎士から降ろす、ではありませんよね?」

「正直それも考えた。だが、そんな事をしても意味は無い。どうせ、お前が雇い直す」

「よくお分かりで」


「だから最後に機会(チャンス)をやろう」

「機会?」

「そうだ」


 すると、後ろからバタンと音がした。振り向けばヴァルが膝をつき、右手で口を抑えている。


「……ヴァル?」


 直ぐにヴァルは吐き出した。先程のハーブティーと思われる物が滝のように流れ出す。レオナールは驚き、ヴァルの元へと駆け寄った。


「どうした!?」

「これっ……違っ……俺が飲んだ……がぁっは……これっは、ハーブ……じゃ……」


 ずっとヴァルは嘔吐していた。こんなにもヴァルが苦しそうにしているのに、ミストラル伯爵は動かない。レオナールはヴァルの身に何があったのか思考を巡らせた。


『あれは酸っぱいんじゃねぇ、苦いの』


 ヴァルが言っていたことを思い出す。

 レオナールは目を見開き、ラファル侯爵を見た。

 ヴァルの勘違いかと思っていたが、違うと分かった。


 本当に苦かったのだ。


「何を飲ませたのですか!!」


 ラファル侯爵をこれでもかと睨み付けた。


「お前が母親想いの良い子で助かったよ。それとも私が上げたチケットのお陰か?」

「いいから話して下さい!!」

「テュルビュランス伯爵が持って来た新しい毒薬だ。それを、リリアーヌの()()()()ハーブティーに入れた。言っておくが、リリアーヌはこのことを知らん。私が入れたからな」


 ヴァルの顔は青ざめ、「頭が割れる」と苦痛の表情を浮かべる。頭を抱え込む様にしてのたうち回った。息がしずらいようで、叫び声の合間に大きく音を立て必死に呼吸をしている。

 

「ヴァル!!」

「今は頭痛だけだが、そのうち痛みは全身に回る。耐えられない痛みだそうだ。長く長く苦しんで、息絶える。そうだな、テュルビュランス伯爵」


「……そうです」


 ラファル侯爵は懐から小瓶を出した。


「解毒薬だ」


 遮光瓶の中には液体が入っている。


「レオナール、お前は言ったな。あの女が何よりも大事だと。掛け替えのない存在だと。ならば証明しろ。あの女と結婚するか、ヴァランタンの命か」


 レオナールは唖然とし立ち尽くした。


「比べる対象が全く違います!!!!」

「私にとっては同じでね。さぁ、どうする。私はどちらでも構わない」

「父上はヴァルが大事ではないのですか!?」

「大事だ。だからこそ、亡くなってしまっては悲しいな。せめて葬儀は盛大に」

「――ッ!!」


 レオナールは苦痛の表情を浮かべ「署名します」と答えた。


「だからそれを下さい!!!!」

「その前にその女と別れてもらう」

「――はぁ!? 今そんなことを言っている場合では――」

「それくらいの時間はあるそうだ。直ぐには死なない、素晴らしい毒薬だ。流石テュルビュランス家の薬だな。その女にはなるべく酷い言葉で振ってこい。2度と自分へ愛情を向けることがないようにな」


 薄ら笑いを浮かべる自分の父親に殺意が芽生える。レオナールは「分かりました」と答えると、ヴァルに左腕を掴まれた。苦悶の表情で首を横に振るが、レオナールはその手を振り払い、部屋から出ていった。


「バティスト卿、レオナールについて行ってくれ。本当に別れるのか見てきて欲しい」


 ラファル侯爵の後ろに控えていた専属騎士は、そう言われてレオナールについて行った。


「ヴァル!」


 レオナールが居なくなり、ミストラル伯爵がヴァルへと駆け寄った。しゃがみこみ、身体を支えながら背中をさする。そんなことをしても、ヴァルの苦しさは逃れない。


「フィリップ!!!! これは、この薬は、本当に死なないんだろうな!!」


「……多分」

「多分!?」

「ルネが最近作った薬だ。『苦しむだけ苦しんで死なない薬』だと言っていた。間違って飲んでしまった時用の解毒薬も一緒に作ったと。治験もしたと言っていたが、私は実際には見ていない。だから――」

「そんな確証の無いものを持ってきたのか!?」

「そうは言うが、そもそもこんな薬を使われるようなやつなら死んでも構わないと思うだろう!! だがまさか――……」


 テュルビュランス伯爵は口を噤んだ。


「私はフィリップとルネを信じている。特にルネは調薬の才能がある。そのルネが完成したと言うのなら、完成しているのだから問題ないよ。だからステファン、心苦しいだろうが我慢して欲しい」


 そう言ってラファル侯爵はヴァルを見下げた。


「悪いね、ヴァランタン。先程聞こえたように、この薬は死ぬことは無い。ただ苦しいだけだ。拷問薬なんだ。これを君に飲ませたのには理由がある。君が私に嘘を吐いたからだ。君は言ったね? 剣術大会の日、あの平民は知らぬと。レオナールのいつもの事、だと」


 ふぅとラファル侯爵は軽く溜息を吐いた。


「だから、少しの間苦しんでおくれ」


 ヴァルはこの言葉を聞いて絶望した。本当にレオナールが署名するまで、解毒薬は貰えない。頭痛は限界を超え、体の節々と内蔵を掻き回されるような痛みが出てきた。父ミストラル伯爵が身体をさするが、気休めにもならなかった。

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