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62.あの日のこと

 レオナールと別れた1カ月後――。



 あれからレオナールは、数日間王都に居たらしいが、今はもう領地へと戻っている。


 あの日の事が全て夢なら良かったのにと何度も思った。


 だがある日、借金を返しに銀行へと行くと、担当の人から「全額支払われています」と言われた。それに加え「貴女宛てに」と金貨1000枚を渡された。


 夢ではなく本当だったのだと絶望した。

 手切れ金なのだろう。

 大金を貰って絶望するとは思わなかった。


 今接客中の男性客は、彼女にプロポーズをするらしく、赤い薔薇いっぱいの花束を作っている。

 紙を巻いてリボンで可愛らしくラッピングをした。


「これでどうでしょうか?」

「とてもいいですね。これでお願いします」

「金……金貨1枚です」


 料金を受け取り、薔薇の花束を渡した。すると男性は「ちょっとお願いがあるのですが」と遠慮がちに言う。


「どうしました?」

「実はこれを捨てて欲しいんです」


 男性客は右手に持っていた新聞をローズへと渡す。鞄を持っていない彼は今から彼女に会うので、新聞が邪魔なのだ。


「いいですよ。プロポーズ頑張って下さいね」


 笑顔で送り出すと男性客も「はい」と言って出て行った。ローズは新聞を捨てようと手に取ると、大きく出ていた見出しが目に入る。


【ラファル家次期当主レオナール様、ついに挙式!】

【3日後、ついに結婚式が行われる為、参列者が続々ラファル領へ――】


 ローズは新聞をゴミ箱へ力強く投げ入れた。心臓が破れそうに痛い。見たくもない記事を見てしまった。失恋の悲しみは今だあり、立ち直れていなかった。心が苦しくて仕方がない。一刻も早く忘れ去りたいのに、周りがそうさせてくれない。


(大丈夫、大丈夫……息を大きく吸って……)


 深呼吸をして落ち着かせた。考えたくなくても、最近の新聞の話題はこればかりで、目に入ってしまう。入ってしまう度に呼吸が苦しくなった。


「あんなクズ野郎、早く忘れるのよ……」


 そう呟き、右手を胸に置いて大きく息を吸って吐いた。


「ローズ」


 後ろから知った声がした。何故彼の声が聞こえるのか分からない。彼は守るべき主人と一緒に領地へいるはずだった。ローズは振り向く。


「ヴァル? どうしてここに居るんですか?」


 黒いコートに黒いズボンの全身黒い格好に、黒い鞘と柄の剣を携えている。息切れをしながら、彼は悲しげな表情でこちらを見ていた。


「ローズに頼みがあって来た」


 そう言ってじっと見据えてくる。


「何ですか? レオナールの結婚式の花束を作って欲しいとか?」


 ふんっと鼻を鳴らして、ヴァルを無視するように箒と塵取りを持って床掃除をした。彼が悪いわけではない。だがレオナールに関わる全てを、なるべく視界に入れたくなかった。


「ラファル領に来て、レオと話して欲しい」


 そう言われたローズはヴァルを睨み付けた。だがヴァルは怯まず話しを続ける。


「急いでいるから馬車じゃねぇけど、ローズは乗馬出来ねぇよな。俺の後ろに乗って――」


 ローズは持っていた箒と塵取りを床に投げ捨て、ガシャンと大きな音を立てた。

 

「どうしてですか!! 私が何て言われたか分からないでしょ!! とても酷いことを言われ、別れたんです!! 絶対に会いたくないです!!」

「分かってる。けど、違うんだ。レオは――」

「レティシアさんと結婚するんですよね!! 新聞で見ました!! 私のことはお遊びだったんですから!!」

「違っ――」

「仕事があるので出て行って下さい!!」

「無理だ。出て行けねぇ。話しを――」

「嫌です!! それとも新聞は嘘でレティシアさんと結婚しないとかですか!?」


 そう言うとヴァルは黙る。そしてやっと言葉を出した。


「……レティシアとは結婚する」


 ヴァルは深く溜息を吐いた。そして苦しげな表情をする。ローズはほら見た事かとふんぞり返った。


「正直、2人の結婚はもう止められねぇ。結婚はする。けど、理由がある。話を聞いて、それからレオと話すか考えてくれ」

「それは、レオナールが話したいって言ってるんですか?」

「違う。レオは……」


 ヴァルは言葉に詰まり、俯いた。薄らと涙を浮かべているように見える。


「ローズと話さなくていいって言ってる」

「わぁ! 奇遇! 私もです!」


 満面の笑みでそう答えた。


「ローズ! レオが何て言ったのかは知らねぇが、酷い言葉で振ったのは知ってる! でも決して本心じゃねぇんだ!」

「どうでしょうか」

「レオはローズに嘘なんか吐いたこと無かっただろ。だけど唯一吐いた嘘が、あの日、ローズに言った言葉だ」

「逆なんじゃないんですか? いつものが嘘で、あの日のが本心」

「違う!!」


 身振り手振り大きく、ヴァルは必死にローズに訴えかけた。


「もうあんなレオ、見てられねぇ……」


 そう呟いた後、「頼む」と頭を下げた。


「――ッ」


 ローズは何も言えなくなった。大貴族の1人である彼が、平民に頭を下げている。そんなことは通常――いや、絶対に有り得ない。ヴァルは真剣に頭を下げている。服もよく見れば泥で汚れていた。ラファル領から必死にここまで来たのだろう。


「会ってどうするんですか……レティシアさんと結婚するなら、私はヨリを戻すことなんて出来ません」

「分かってる。でも、こんな終わり嫌じゃねぇか? こんな、恨むような終わり方」

「もう会うこともないと思うので特に」

「ローズ……」


「私、忘れたいんです。レオナールのこと……」


 我慢していた涙が溢れ出てしまう。絶対に泣くもんかと決めていたのに、涙が床に落ちていく。


「分かってる。でもそれは、話しを聞いてからにしてくれねぇか……話しを聞いて、それでも会ってくれねぇならそれでもいい。こんな終わり方じゃねぇ。もっと……」


 ヴァルは頭を上げる。そして「レオを想って終わらせて欲しい」と言う。ローズにはその意味がよく分からなかった。だが、話を聞かなければヴァルは帰りそうにもない。


「……分かりました」


 ヴァルを早く帰らせる為だった。ローズは少し早めの【閉店】と書かれた札を扉へと下げた。


「ありがとう。本当に……」


 心底ホッとしたような顔をして、ヴァルは笑う。


「行くかどうかは分かりませんけど……」


 ローズは傍にあった椅子に座る。ヴァルはあの日あったことを、ローズに話し出した。

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