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61.全ては偽り

 ――翌日。


 ラファル侯爵が帰った後、レオナールは閉店するまでずっと店にいた。特に何かする訳でもないのだが、ローズが不安になっていることを察したからだ。


 店が終わった後、ホテルの一室を取ることも提案された――もちろん、何もせずに添い寝のみ――が、それは遠慮した。


 何かあれば直ぐに傍にいてくれる。

 そんな彼の優しさが嬉しかった。


(もうすぐで終わる。オデットさんの舞台観に行ける!)


 今日はレオナールとデートだけでなく、推しの舞台も観に行ける。楽しみで仕方がなかった。閉店間際は客も少なくなる。リボンを切ったり、窓を拭いたりしてレオナールが来るのを待った。


 すると、扉の(ベル)が鳴る。


「いらっしゃ――あ、レオナール」

 

 扉の前にはレオナールが立っていた。


「待ってたよ。もう少しで終わるから、舞台……」


 言葉が途切れてしまった。レオナールがいつもの様子と違ったからだ。いつも店に入ってくる時は微笑んでいる。だが今日は違う。あまり視線を合わせず、伏せ目がちである。


「ローズ」

「どうしたの? 何かあった?」


 恐る恐る聞くと、レオナールは視線を上げてしっかりとこちらを見据えた。


「舞台は観に行けない」

「え、そうなの?」

「ああ、そうだ」


 そう言えば昨日、『急だから席が無いかもな』と言っていた。オデットの舞台は人気がある。前日ならキャンセル待ちをするしかない。


「そっか。残念。仕方ないよ」


 舞台のチケットを用意出来なかったことに、レオナールは落ち込んでいるようだ。今思えば、ドレスが盗まれて落ち込んだり、チケットが取れなくて落ち込んだりと、案外繊細なのだと思った。


「また今度、次はもっと前から予約し――」

「また今度はない」


「……え? どうして?」


 舞台が嫌いになってしまったのだろうか。それとも我儘が過ぎてしまったのか。


「ごめん。ワガママだったね、最近の私。もっと遠慮とか――」

「そういう問題では無い」


 やはり様子がおかしい。ローズはレオナールに近付き頬に触れようとすると――。


「別れよう」


 冷氷を浴びたように、心臓がひゅっとなる。全身の血の気が引くようだった。理解が追い付かず、数秒間ゆっくりと考えた後、やっと出てきた言葉は「え?」だった。


「別れたいんだ、ローズ」

「どういう意味で言ってる?」

「そのままだ。想像するまま。破局、恋人同士をやめたい」


 鼓動が早くなる。冗談にしては酷すぎるが、レオナールはこんな冗談を言うような男ではない。


「どうして……」


 声が上手く出なかった。必死にひり出した声は、レオナールにギリギリ届くか届かないかという大きさの声だ。


「せめて理由を教えて」

「理由?」

 

 レオナールは鼻で笑う。


「愛しているのはレティシアだからだ」


 こちらを馬鹿にするように見ると、ローズの手を振り払った。


「本気だと思ったのか? 俺が平民に。有り得ないだろう」

「だって、この間の舞踏会のことも、週刊誌のことも、レオナールを信じ――」

「愚かだな。信じて欲しいと言えば、何でも信じるのか?」

「――え?」

「全て嘘だ。あのドレスの時点で気付け。大切な人はレティシアだ。彼女以外有り得ん。ダンスも父上に言われたからではない。俺が彼女と踊りたかった。週刊誌だって本当のことを書いている。卒業パーティーにローズを呼ばなかった時に、怪しいとは思わなかったのか?」


 ローズは絶句した。小馬鹿にするように話すレオナールは、別人に見えた。


「ローズを愛したことはない」


 呼吸が苦しくなる。信じたくない。


「嘘……だよね」

「何故そんな嘘を吐く」

「だって、昨日お父さんが来た時にそう言えば良かったのに、急にどうして――」

「ふっ……はははっ」


 声を出して大笑いをした。こちらを見ながら笑いすぎて涙が出ている。レオナールは涙を人差し指で拭う。


「滑稽でな。見ていて飽きないんだローズは。何でもかんでも信じてしまうのが面白かった。気付かない鈍感な女だ」


 涙が溢れ出る。ぽろぽろと涙は頬を伝い、床に零れ落ちた。


「ローズもいい思い出になっただろう。金の無い平民が、俺と付き合い、一瞬でも夢を見れたんだ」

「酷い……酷すぎる」

「騙されるほうが悪い。良く考えろ。貴族が平民を本気で愛するなんて思ったのか?」

「信じてたんだよ!! レオナールを!!」


 もう涙は止まらなかった。

 全てが嘘だった。


 涙を拭っても拭っても、涙は溢れ出る。


「ひっく……大好きだから……ひっく…………信じてたのに……こんな、こんなの酷い……」


 もうレオナールの顔は見れない、俯いて両手で顔を覆った。


「悪いな……まぁ、最後に1度やらせてくれたら交際期間を延ばしてやってもいい」


 ローズは目を見開き、右手を大きく振りかぶった。だがそれを振り下げることはしなかった。


「もういい。分かった」


 ゆっくりと右手を下ろした。


「殴る価値もない」


 そして深呼吸をして、しっかりとレオナールを見据える。


「出て行って。2度と私に顔を見せないで」


 ゆっくりとそう言うと、レオナールに背を向けた。

 扉の鈴が聞こえ、レオナールが出て行ったことを確認すると、ローズはその場にしゃがみこんで、大声を出して泣いた。


 今からでも「嘘だったよ」と言いに戻って来てくれたらどんなに良かったか。そうだとしたら、最低な嘘だが許せる気がした。


 レオナールから貰ったマフラーを取って顔を埋めて泣いた。ムスクのいい香りがしたマフラーだったが、もう何の香りもしなかった。

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