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59.目を覚まして

 あれからレオナールとは、食事をしたりデートをしたりと楽しんでいた。たまに「ナディアの家ににお泊まりに行く」と嘘を吐いてレオナールのホテルに泊まったりもした。

 レオナールはただ抱き締めるだけで何もしてこなかった。


 その度に愛されていると実感出来た。

 だが最近は王都ラファル邸へと泊まっているので、お泊まりはもうしていない。


 デートも毎日ではない。レオナールは仕事をしているらしい。「貴族は毎日遊んでるのかと思った」と言うと笑われた。だが平民と違い肉体労働ではなく、投資や経営の仕事で、レオナールは学生のうちからそれらをやっていたと聞いた。

 今更だが親の金で遊び呆けてる坊ちゃんではないと知り、なんとなく安心した。


 今はレオナールと食事をした帰りだった。馬車で送るとも言われたが、母親に見られたくなく少し手前で馬車は降りている。だが家の中に入ると、母親が玄関前で立っていた。

 

「ナディアちゃんにさっき会ったの。一緒に食事なんてしてないじゃない!」


 母親の顔は真っ赤だった。夕食のことは「ナディアの家で食べてる」と言っていたからだ。


「なんて嘘を。なんかおかしいと思ってたのよ。ムスクの匂いがしてたから。あの貴族と遊んでいるんでしょ! 貴族にとって平民は遊び相手だと言っているでしょ!」


「……そうだけど、でも彼は本気だよ。婚約破棄しようとしてて――」

「婚約破棄!?」


 しまった、口を滑らせてしまった。ローズは慌てて口を抑えた。


「ローズ! 貴女やっぱり――」

「お母さん止めて! 彼を悪く言わないで!」

「いいえ! 言わせてもらうわ! 貴族だろうが何だろうが、ローズを手篭めにしようとするなんて! しかも婚約者がいるですって!? いい加減目を覚ましなさい!! 貴女、浮気相手にされてるのよ!!」

「ちがっ……いや、そうだけど――でもっ――」

「私がどんなに浮気相手に悩まされてきたか、知らないわけないでしょう!!」


 ポロポロと涙を零し、母親は訴える。


「目を覚ましてちょうだい……お願いよ……」


 消え入るような声で訴えかけてくるが、ローズは「ごめんなさい」と言って自室へと走った。




***


 王都ラファル邸の書斎では、ラファル侯爵が机に向かい無表情で目の前に立つレオナールを見ていた。扉の前には執事フォルランが控えている。


 ラファル侯爵はもう笑顔など作っていなかった。周りに家族しかいないため取り繕うのを止め、レオナールを睨み付けた。


「あんな平民にうつつを抜かして恥ずかしくは無いのか?」

「何が恥ずかしいのか分かりません」


 ローズと食事に行っていることがバレたのだ。使用人につけられていることは分かっていたが、特に隠す必要も無かったので何もしなかった。


「身分が違う。あの女が侯爵夫人を務めることが出来ると思うのか? マナーも何も無い。社交界にだって出たことが無い。これから先、苦労するのは目に見えている。誰にどんな態度や発言をするのか分かったものではない。お前が笑われるんだぞ」

「それは覚えればいい話です。教育係を付けます。最初は苦労するでしょう。ですが――」

「お前がやっていることは、一族の恥だ。平民ごときに……何をしているんだ……」


「私は常々、愛のある結婚がしたいと言っていたはずです」

「ふざけているのか?」

「父上には私が冗談好きの人間に見えているのですか?」


「あんなレベルの女ごまんといる。お前が平民を選べば一族は離散する。誰もついて行かない。お前が不幸になるんだ」


 ラファル侯爵は深く溜息を吐いた。


「ならば結婚はしません。それと私は今後王都で暮らします」


 ラファル侯爵は「その金は出さない」と言おうとし、口を開いたが止めた。レオナールはもう既に、自分で投資をして稼いでいる。

 商才があったのだ。出来の良い我が子を、昔はよく自慢したものだった。


「目を覚ませ、レオナール。あの女は金目当てだ」

「違います」

「いつから何も見えなくなった。レティシアと結婚をして子を作れ。あの女は愛人にでもすればいい。子が出来ないのだからな」


 レオナールは眉をひそめ、内ポケットにある血の誓約書を確認した。


「……何故それを?」


 誓約違反があった場合、署名された名前は焼き焦げた跡のようになり消えて無くなる。だが両名の署名ともそんな様子はなかった。


「私の情報網を甘く見るなよ」


 ラファル侯爵はフンっと鼻を鳴らす。レオナールは舌打ちをして、近くの暖炉に誓約書を投げ入れた。暖炉の炎は1度緑色に揺らめくと、銀の煤を出しながら誓約書をあっという間に燃やした。


「愛人にはしません」


 ラファル侯爵は傍にあったティーカップを投げ付けた。カップはレオナールの頬を掠め、壁に当たって砕け散った。そして、顔を歪めて胸を掴むように抑える。

 フォルランはラファル侯爵の元へと走り、懐から薬を出した。


「あまり怒りますと、心臓に悪いですよ」

 

 レオナールがそう言うと、「誰のせいで」とラファル侯爵は呟く。レオナールは大きく息を吸って真っ直ぐラファル侯爵を見た。


「ローズは私にとってかけがえのない存在です。誰よりも、何よりも」

 

 ラファル侯爵はレオナールを睨み付ける。


「お前は将来この一族を率いるんだ……レティシアには悪いが、愛人でいいではないか。レティシアとの子が出来さえすれば、分家達も大人しくなる。目を覚ませ!」


 レオナールは首を横に振り、書斎を後にした。


「お前がそんな態度なら、無理矢理にでも終わらせる。夢を見るのは終わりだ、レオナール」


 ラファル侯爵はギリッと歯を噛み締めた。

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