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58.烏合会議

 数日後――。

 王都ラファル邸。


 ラファル侯爵は王都へと来ていた。それだけでなく、ヴァンの一族当主達も集まる。


 王都で虹霓会議(こうげいかいぎ)と言われる精霊称号と王の親族達で行われる会議があるからだ。それに伴い、今回はまずヴァンの一族で会議をした。


 長方形のテーブルを囲む様に皆が座る。ラファル侯爵が上座に座り、ラファル侯爵に近い位置から伯爵、子爵の順番に座った。

 テーブルの上には何枚もの書類と紅茶を注がれたティーカップが、それぞれの当主の前に置かれていた。ラファル侯爵は紅茶をひと口飲んで憂鬱そうに溜息を吐いた。


 ローズの情報をあれから使用人達を使って探しているが、情報が全て埋まらないからだ。()であれば、建物に侵入したり、人を()()傷付けたりはするが、あっという間に全ての情報を得る事が出来る。あんな約束などせず梟を使えば、こんな苦労も無かったのに、と悔やまれる。


「では、皆集まったようだから烏合会議を始める」


 ラファル侯爵がそう言うと、それまで話していた当主達は鎮まった。


 烏合会議と名付けられているのは、初代ラファル家当主のエアリエルが、会議中ギャーギャーピーピーと騒ぐ子供孫達を見て、愛と皮肉を込めて「まるで烏合の衆だわ」と言ったことからそう名付けられた。一向に進まなかった会議は、そのひと言により皆冷静さを取り戻し、何の問題もなく進むようになった。


 それ以降、戒めを込めてそんな名前が付いていた。


 主に話し合うのは国防や仕事の話、そして縁談の話である。


 まずは国防の話である。他国の動向を探っている者達から話を聞き、対策を練る。ヴェストリ地方は海に面している為、海の防衛を国から任されていた。そして次に仕事の話だった。魔鉱石などの輸入売買の話。会議が始まって何刻かした頃、執事フォルランが銀のトレイに、1通の手紙とペーパーナイフを乗せて部屋に入ってきた。


 ラファル侯爵の元へそのトレイを差し出す。ラファル侯爵は手紙とペーパーナイフを受け取り、それを開けた。ひと通り目を通すと「素晴らしい」と嬉しそうな声を上げた。

 

「アールヴにいるタンペット伯爵からの手紙だ。魔鉱石はギヌヘイムよりも、こちらに多く回して貰えるようになったそうだ」


 アールヴ連合王国もギヌヘイム帝国も、海の向こうにある国だった。

 当主達から喜びの声が上がる。ラファル侯爵は「まぁまぁ」と落ち着くように指示をした。


「本当にこれは喜ばしい。国王陛下も了承の案件だったからね。だが、そのうちギヌヘイムに露見するだろう。そうすれば数年以内に戦争になる可能性がある。いや、確実に戦争になる。勿論、向こうから仕掛けてくる。となれば大義名分を持ってギヌヘイムと戦争が出来る」


 そう黒い笑みを浮かべながら、手紙を封筒へと戻した。


「その時は全力で我が子を支えてやって欲しい」


 当主達は口々に「承知しました」と答える。


「ですが、帝国に聖女が現れてしまったら危険なのでは?」


 ギヌヘイム帝国の聖女が居なくなってから約50年が経つが、新たな聖女は現れていない。毎回現れる時はなんの前兆もなく不意に現れた。


「セゾニエ子爵、それでも問題はないのだよ。ギヌヘイムの聖女は毎回争いごとを好まない。アールヴの聖女と同じだ。前線で戦うよりも他のことで忙しいだろうさ。それに対して我が国は加護者が今は4人共揃っている。例え好戦的な聖女だったとしても、何方が優位なのかは明らかだ」


 ラファル侯爵は満足そうに笑った。


「さてさて、良い話を聞いた。私はとても機嫌がいい。フォルラン、新しい紅茶を。冷めてしまったのでね。全員分を」


 扉の前で控えていた執事フォルランは部屋を出ていった。ラファル侯爵は「では次に」と書類を捲る。


「ああ……そうだ……これを話さなければならないね。皆気にしているだろうからね」


 ラファル侯爵は深く溜息を吐いた。先程の嬉しそうな表情から一変し、憂鬱な表情を浮かべる。


「あの平民女についてだ。梟を使えないからこんなにも時間が掛かった。それに、情報も全てではない」

 

 当主達はその内容を読むと眉をひそめた。書類にはローズの身辺について書かれていた。生年月日から家族構成、卒業校、職業、趣味趣向、事故など、ローズについて大半が調べられていた。


「近くの花屋の女だ。それと昔、事故に巻き込まれたと調べて分かった。だが入院したアスク病院での情報が無い。犯人は分かっている。レオナールだ。先回りをして病院に口止めをしている」


 「金をいくらでも積む」と言っても、情報が開示されることは無かったので、レオナール本人が何らかの形で口止めをしたと考えられた。


「頑なに言わなかったと言うからな。血の誓約を使ったに違いない。全く……精霊の粉は貴重だというのに」

「失礼ですが、こんな女、気にされなくてもいいのでは? さっさとレティシア嬢と結婚させればいいと思いますが」

 

「そうは言うがね、ウラガン伯爵。別れて貰わなければ、結婚誓約書に署名しないだろうからね。それでこの女との子供が出来たら? 当主候補は庶子になる」


 その話しを聞き、ウラガン伯爵を初め他の当主達は顔をしかめた。


「それは避けなければ……レオナールは私に反抗的だ。意地でも別れないだろう。ならば彼女を説得し、別れてもらうしかない……テュルビュランス伯爵、先程からどうしたのかね」


 ローズについての書類を読んだあたりから、テュルビュランス伯爵の表情は曇っていた。


「いや……その……この女、知っているかもしれません」

「何?」

「数年前、アスク病院で教育をしたんです。その時に馬車の暴走で事故に遭った平民がいました。酷い状態だったのと、良い機会だったので私が手術をして見せたんです」


「そんな大事なことなんで覚えてないんだ!」


 ウラガン伯爵が怒鳴るとテュルビュランス伯爵は「患者の名前と顔なんかいちいち覚えてない!」と怒鳴り返した。


「それで?」

「名前は覚えていませんが、診察内容は覚えています。術後特に問題も無いですが、その女は子供が出来ません」


「……何?」

「事故で子供が出来なくなっているはずです。それと、事故を起こした相手が治療費を払わなかったので、その女が払っています。私の名前を記録から消させましたので、レオナール様も気付かなかったのでしょう」


 ラファル侯爵は目を見開いた。


「そうか……そうかそうか、テュルビュランス伯爵。でかしたぞ、素晴らしい!」


 憂鬱な表情は一変し、再び嬉しそうな表情へと変わる。


「隠したかったのはこれか……なるほど、これで婚姻は絶対に有り得ぬ話になった。いや、元から有り得ぬが、より有り得ぬ話になった」


 そして扉を叩く音が聞こえる。フォルランが、銀のトレイにティーポットとティーカップを乗せた従僕(フットマン)を連れて入って来た。

 当主達の前に紅茶を入れてテーブルへと置いて行く。ラファル侯爵は前に置かれたティーカップを手に取った。


「いやしかし、我が子ながら情けないな。完全に金目当ての女ではないか。借金を返してもらい、裕福な生活をしたいのが明らかだ。こんな女に騙されるとは……ぶふッ」


 ラファル侯爵は紅茶を口に含んで吐き出した。皆驚き、紅茶を持っている者も書類を持っている者も、動きを止めた。ラファル侯爵は目を瞬かせて驚き、懐からハンカチを取り出して口を抑えた。


「ゲホッ……酸っぱい!? フォルラン……これは……この紅茶は?」

「こちらは、奥様が――」

「リリアーヌが!?」


 テュルビュランス伯爵を除くティーカップを持っていた当主達は、その言葉を聞いてゆっくりとカップを置いた。


「フォルラン、悪いがこれを下げ――」

「貴方、ハーブティーはいかがでした?」


 開いていた扉から、レオナールの母でありラファル侯爵の妻であるリリアーヌが入ってきた。


「リリアーヌ……驚いたよ……紅茶を頼んだはずが、君の自慢のハーブティーだったからね」

「ふふっ、サプライズは成功ね。美味しかったかしら?」


 純粋な目でラファル侯爵を見て、リリアーヌは質問をした。


「……ああ…………とても」

「あら、良かった。前にレオナールに出したら不評だったのよね。アルベールにも。そう言ってくれるのは貴方だけだわ」

「――そうか。だがリリアーヌ。私は今紅茶が飲みたくて――」

「遠慮しなくていいわ、身体にいいから飲んでしまってね」


「……ありがとう。それと、何か用があるのかい? 今会議中だから出来れば後に――」

「そうね、手短に済ませるわ」

「――よし、分かった。なら早く」


 ラファル侯爵は全てを諦め、リリアーヌの話しを聞くことにした。


「私、誕生日に船が欲しいって言ったじゃない?」


 「その話は今する必要があるの?」とは聞かなかった。もう手早く終わらせたかった。


「ああ、ガレオン船のことか」

「やっぱり違うのにしたいのだけど」

「え!? もう完成間近だぞ!?」

「あら、そうなの? ……なら……まぁいいわ」

「――そうか。話しはそれだけか?」

「そうね。それと今から舞台に出掛けて来るわ」


 そう言ってラファル侯爵の頬にキスをすると、リリアーヌは出て行った。誰もハーブティーに手を付けない中、テュルビュランス伯爵だけは、そのハーブティーを美味しそうに飲んだ。


「……フォルラン、これを下げてくれ。皆のも、いや、テュルビュランス伯爵以外のを下げて至急新しい紅茶を」

「畏まりました」

「続けよう、諸君。それで、今回何か報告があると聞いたが、テュルビュランス伯爵」

「あ、はい。新しい薬が完成しまして――」


 会議はまだまだ長く続いた。それぞれ当主達が新しい情報を報告する。今回の報告はラファル侯爵にとって良い事ばかりで機嫌良く終わった。

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