57.振る時は
――3日後。
ローズはお店に立っていた。どんなに落ち込んでいても仕事はしなくてはならない。むしろ、こんな時こそ仕事に打ち込み、頭のモヤモヤを考えないようにしたい。
(ダメダメ……考えない。集中!)
ローズは花束用のリボンを整理し、床に落ちた葉を掃いて掃除をした。客が来れば懇切丁寧に接客をした。
レオナールのことを考えないようにする為だった。だが何故かムスクの香りがする。
(どういうこと? 幻覚ならぬ幻嗅?)
まだ仕事は終わっていない。あと1刻程残っている。考えないようにしたいのに、レオナールのことを考えてしまっている。
「考えないー考えないーレオナールのことはー考えないー」
「そうか、残念だ」
「……え?」
振り返るとレオナールが立っていた。
「鈴も鳴ったと言うのに、振り向かないのはどうかと思うぞ」
「嘘……」
「本当だ」
「そっちじゃなくて、何で? 何でレオナールがここにいるの? ヴェルソーの上旬に来るんじゃないの!?」
「あの手紙を見てな。ローズが不安がっているかと」
「え!?」
レオナールは近付きローズを抱き締めた。強く強く抱き締め、頭にキスをした。
「案の定だったな」
「違う! 別に不安なんかじゃ……ただ真実が……知りたくて」
涙が溢れそうだった。なるべく泣かぬように堪えた。直ぐに来てくれたことと会えたことが、素直に嬉しかった。
「それについて話しに来た。店を閉めれないか? 今すぐ話したい」
「ダメ。あと1刻あるし、今日は売り上げ良くないの」
「なら、今ある花を全て買おう」
「え!? その花どうするの!?」
「孤児院に寄付する。郵便屋はすぐそこだろう。配送の手配をしてくれ」
ローズはいくつも花を束ねると、郵便屋へと赴いた。郵便屋で働く男の子が、花と記入済みの受け付け伝票を持っていく。
「では行くか」
***
――ホテルスレイプニル。
「部屋ここ? 凄く広い」
「空いているのがこの部屋と、この間ローズが泊まったような部屋だけでな。ヴァルがそっちに泊まる」
舞踏会の日に泊まった部屋の、倍はある広さだった。ベッドはシングルではなくクイーンサイズで、ソファやテーブル、仕事用の机もある。シャワー室やトイレも覗いたが、やはり倍の広さだった。
そして気付いたことがある。荷物が少ないのだ。長期滞在する予定にしては、鞄1つしかなく少なすぎた。
「荷物これだけ?」
「ローズのために急いで来た。だからこれだけだ。足りないものはこっちで買えばいいからな」
「……どうしてホテルなの? ブランティグルの家は?」
「準備の前に来てしまったからな。使用人もいないから、ホテルだ」
「なるほど」
「来週は父上が来るから、その時にはブランティグルだ。さてローズ。おいで」
レオナールはベッドの上に座り、両手を広げる。ローズは首を横に振った。
「ダメ。ちゃんと話してくれないと」
「さっきは素直に抱き締められていたのにか?」
「ご、誤魔化してもダメ!」
ローズはレオナールの腕の中ではなく、隣に座った。
「週刊誌に、領地でデートしてるとか、ピクニックしてるとか書いてあった。卒業パーティーも一緒って」
「ああ、読んだ。ローズの手紙を呼んで週刊誌を買った。あれは――」
「私のことを呼ばなかったのは、レティシアさんと一緒に行くためだったんでしょ! だから――」
「違う。まず話を聞いて欲しい」
ローズは言いたい言葉を飲み込み「分かった」と答えた。
「あの週刊誌に書いてあることは嘘だ」
「……どこら辺が?」
「全部だ。一緒に卒業パーティーなど行っていない。確かにレティシアは卒業パーティーに来た。だがそれは父上が招待している。それだけであって、共に行動はしていない」
「ダンスと取材は?」
「踊っていないし、最後にあった取材は全くのデタラメだ。取材なんか受けていないのだからな」
「ならファムとヌーヴォーマレの記事は?」
「全部嘘だ。デートもしていないし、ピクニックなんて以ての外だ。そもそもレティシアは領地にすら来ていない」
「え? じゃああの記事は?」
「父上が記者に金を払って書かせている。週刊誌はポストにでも入っていたのか?」
「何でわかったの!?」
「やはりな。ヌーヴォーマレの記事が先々週なのに、今更手紙を寄越すのは可笑しいと思ったんだ」
レオナールは溜息を吐いて、ローズの手を握る。
「ローズが週刊誌を読まないから、わざわざご丁寧にポストに入れたんだ」
「何で読んでないって分かったんだろ」
「俺の様子を見てそう思ったんだろうな。ローズが週刊誌を読めば、手紙で何か書くだろう。そうなれば俺の顔色が変化する。けど、そんなことは起きていないから、ローズが週刊誌を読んでいないのだと分かったんだ。それでポストに」
「な、なるほど」
「父上の目的は俺達を別れさせることだ。週刊誌を読めばローズが別れ話をする可能性もある。それが父上にとって最良だった。けど……」
「ん? 何?」
「ローズは俺にゾッコンだから振ることはないからな」
「違う!! 約束だから!! 私から振らないっていう!!」
「良く言う。好きで、好きで、堪らない癖に……」
だんだん近付いてくるレオナールの顔を、避けることはせずにそのまま目をつぶった。レオナールの手が頬に触れる。何度も何度もキスをして、互いに見つめ合って笑った。
不安だった気持ちは、まさかの訪問で無くなった。
(来てくれて良かった……)
幸せ過ぎてどうにかなりそうだった。今なら空をも飛べそうである。だがローズは分からなかった――いや、見ないよう気付かないようにしていた。
この幸せが永遠に続かないことを。
崩れ去る時はあっという間だということに。




