56.醜聞(ゴシップ) 2
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――ラファル領、本邸。
レオナールは朝食をダイニングルームで食べている。四角いテーブルに父ラファル侯爵とヴァルも座っている。本邸にいる時は、ほぼこの3人で朝食を摂っている。母リリアーヌはこの場にはいなかった。自室で朝食を食べているからだ。弟アルベールは近くにある村で平民の家を借りているのでこの場には居ない。
ラファル侯爵は新聞を読みながら紅茶を飲んでいた。アイロンがけされたヴェストリ地方新聞だ。他にはラファル領新聞と王都新聞がテーブルの上にある。ヴァルはソーセージを頬張り、レオナールはオムレツを口に含む所だった。
従僕が銀のトレイとペーパーナイフ、そして手紙を1通乗せて入ってきた。
従僕はレオナールに「お手紙です」とトレイごと差出した。それらを受け取り、手紙を開く。
【レオナールへ】
【週刊誌を読みました。フレーズプランタンとファム、ヌーヴォーマレです。ファムは先週、ヌーヴォーマレは先々週のものでした。あれに書いてあることは本当なの? 卒業パーティーは1人と聞いたのに、レティシアさんと参加してるじゃない。私を誘わなかったのは、レティシアさんを誘う為だったの? それならそうと言って欲しい。また別の理由があるなら、こんな形で知るよりも手紙で先に言って欲しかった。ファムには仲睦まじく手を繋いで領地でデートをしていること、ヌーヴォーマレにはピクニックに行ってるって。私は貴方を信じていいんだよね?】
【ローズより】
ローズからの手紙を開き、レオナールは首を傾げた。
(何の話だ?)
「平民とまだやり取りをしているのか」
呆れたようにラファル侯爵は言う。
「ここから見ていても分かる。安っぽい紙の手紙だ」
「だから何ですか」
「私達とは合わない」
「関係ありません」
レオナールは手紙をポケットへと仕舞った。
(週刊誌に何が書いてあったんだ)
「浮かない顔だ」
「そんなことありません」
「そうか。だがいつもと違う」
「何が言いたいのですか?」
「別れ話でも書いてあったのか?」
「有り得ませんね」
「そうか。残念だ」
苛々しながらオムレツを食べる。ラファル侯爵は紅茶を1口飲んだあとヴェストリ地方新聞を畳み、次に王都新聞を開いて読み始めた。
「私は来週王都へ行く。レオナールはいつ王都に来るんだ」
「ヴェルソーの上旬です」
「虹霓会議用の宮廷服を忘れるな」
「分かっています」
「王都に行ったら、あの女と別れ話をすることも忘れるな」
レオナールはラファル侯爵を睨み付けた。ラファル侯爵もレオナールを睨み付けている。
「ヴァル、食べ終わったか? ジャードに行く。準備を」
「あいよ」
「では、失礼します父上」
レオナールが立つと、ヴァルも立ち上がる。2人はダイニングルームを出て行った。
***
「……何だ……これは……」
週刊フレーズプランタンを読んだレオナールは、唖然とした顔をした。
朝食を食べたあと1番近いジャード町まで行き、ローズが言っていた週刊誌を購入した。自室に戻ってそれを読むと、目を疑うような記事ばかりだった。
「いやー、今回ひでぇな」
「酷いなんてものではない。何ひとつ合っていない」
全ての週刊誌を読み終えると、溜息を吐いた。
「やられた。これは父上が記者に書かせている」
「何でそう思うんだ?」
「全てレティシアとの仲の良さを書いている。いつもの蠅共なら、俺の女性関係を面白おかしく書くからな。それに朝食での態度、おかしかっただろう」
週刊誌に載るのは初めてでは無かった。精霊称号の貴族のゴシップは良くある。レオナールは女性関係をよく書かれた。
「週刊誌なんて嘘ばかりだ。ローズはそれを分かっていない。書かれたことが無いからな」
「確かにねぇ。最近だと【仮面舞踏会でピエールピュイ子爵の娘と休憩室でお楽しみ】とかな。【ピエールピュイ子爵の娘と休憩室で楽しんだ後はシスコワン伯爵の娘とテーブルの下で楽しんだ。それがバレたレオナール様は2人に詰め寄られ刺されそうになる】だっけ? ピエールピュイ子爵の娘と楽しんだのはルネだったもんな。シスコワン伯爵の娘とテーブルの下で宜しくやってたのもルネだし、刺されそうになったのも6股がバレたルネだし、それを助けようとしただけだったもんな」
「いっぺん刺されれば良かったんだアイツは」
「ルネの話がほぼレオの話になってて皆で笑ったよな」
「俺は笑えなかった」
何故ルネの話がレオナールの話になってしまったのか。理由は仮面舞踏会だったからでは無いかと、皆で話して結論付いている。その日ルネは獅子の仮面をしていた。それを見た記者が勝手にそう思ったのだろう。
「実際はバトーポン子爵の令嬢と宜しくやってただけだったよな、レオは」
「……覚えていない」
「何だよ、女癖悪ぃのは黒歴史扱いか? 残念ながら俺は覚えてんのよ。休憩室どころかカーテン裏で楽しんでた」
「覚えていない!」
レオナールは週刊ファムを開き、ヴァルは週刊ヌーヴォーマレをもう一度読んだ。
「くくっ、【仲睦まじくピクニックを楽しむ2人】だって。笑える」
「笑えん」
「傑作過ぎる。【レティシア嬢はお茶を用意しようとして、レオナール様にかけてしまった。だがレオナール様は怒ることはせずに、「私ごと飲みたいのかい、愛しい小鳥ちゃん」と笑って許した】ここ、めちゃくちゃ面白ぇ」
「全く笑えん!」
レオナールは机に座って、2番目の引き出しから羽根ペンと手紙、インク瓶、そして印璽を出した。羽根ペンの先をインク瓶に浸す。
「ヴァル、蝋燭の準備を」
ヴァルはマッチと蝋燭、そして燭台を棚から取り出し準備をした。レオナールは羽根ペンを走らせる。
【愛しのローズへ】
【ローズに言われた週刊誌を読んだ。馬鹿げている、有り得ない。全てが嘘だ。確かに卒業パーティーにレティシアは来たが、共に行動すらしていない。父が招待しただけだ。最後の取材も意味が分からない。そもそも取材などされていない。この愚かな週刊誌の内容は、父が金を出して書かせたのだと思う。あんな馬鹿げた記事信じるな。驚く程、何ひとつ合っていない。週刊誌は嘘しか書かない】
【愛を込めて、レオナールより】
書き終えると読み直し、封筒へと入れる。
「こんな内容を大半の奴らは信じるのかと思うと虫唾が走る」
「言ったもん勝ちなとこあるからな」
「ローズはこれを少なからず信じてしまっているしな。父上の思惑通りだ」
「ああ……なるほど。ローズが別れ話をするのを狙ってんのか」
「そうだ」
レオナールは封蝋印をしようと、封蝋を蝋燭の火に近付けた。そして封蝋を封筒に擦りつけ、印璽を押した。
「これを出す……が……」
「どうした」
「いや、今ローズは不安がっている。こんな手紙、気休めにもならないだろうな……」
「出さねぇよりいいじゃねぇか」
「……いや、もう行ってしまうか」
「え!? いつ!?」
「今日だ」
「準備終わってねぇし――」
「簡単な物だけ持って行け。他は現地調達でいいだろう」
レオナールは手紙を破り捨て、馬に乗せる用の鞄を探すようヴァルに命じた。




