54.見送り
――月末。
――早朝。
ローズはブランティグルへ向かっていた。
朝早く領地へと出立するのだと、レオナールから聞いていたからだ。時間は未定。準備出来次第なるべく早く出立する。
帰るのはレオナールとヴァルだけではなく、両親達も帰るのだという。
(会えるわけないのに……)
待ち合わせはしていない。もう行ってしまったかもしれない。此方には気付かないかもしれない。それでも良かった。
運良く馬車が見れれば御の字だ。
ブランティグルの近くに着くと、何台もの馬車の音が聞こえた。隼に短剣の紋章の馬車なので、ラファル家の馬車だと分かる。もう既に馬車は門を通り、去って行く所だった。
(良かった、見れて)
寂しい気持ちと嬉しい気持ちが入り交じる。
週末は会いに行きたいが、ラファル領は遠い。ラファル所有の馬は特別な馬らしく1、2日程で着くらしいが、普通の馬なら3日は最低でもかかってしまう。大衆馬車の乗り継ぎも多く、なかなか行きにくい。かといって貸馬車で行こうにも、料金が倍以上かかり、宿代もかかる。
「さよなら」
昨日の夜、別れの挨拶はした。また会えるのは2カ月後だ。卒業試験があるらしく、レオナールも忙しい。
ローズは踵を返し、その場を立ち去った。レオナールから貰ったマフラーを強く身体に巻き付け、寒さと悲しさを誤魔化した。
「ローズ?」
後ろから声がした。振り向けばレオナールが立っている。馬車が1台だけその後ろに停まっていた。
「なぜ――」
レオナールが話し終わる前に、ローズはその胸に飛び込んだ。
「会えたらいいなって、そう思ってダメ元で来たの」
そう言うと、レオナールは強くローズを抱き締めた。
「たまたま外を見ていて良かった。そうでなければ分からなかった」
「私の想いが通じたのかな」
「そうかもしれん」
2人は顔を合わせ笑った。
「寂しいよ」
「2カ月なんてあっという間だ」
「そうだけど、レオナールのいる3カ月といない2カ月は、2カ月の方が長いと思う」
「可愛いことを言う」
ローズは涙を堪えて、レオナールを見つめた。ムスクの香りがする。マフラーからではなくレオナールからだ。抱き締められた腕の強さが心地良い。唇が重なり、ゆっくりと離れた。
「手紙を書く」
「待ってる」
レオナールはローズの額にキスをすると、馬車へと戻った。ローズはレオナールが乗っている馬車が見えなくなるまで、その場で立って見送った。
***
レオナールとヴァルが乗る馬車が停車したかと思えば、レオナールは降り、女の元へとかけて行った。御者に停車するよう言い窓から見ていれば、その女と抱き締め合った。
「あの女をどうにかしなくては」
抱き締め合う2人を馬車から見て、ラファル侯爵は苛々するように言った。迎えには妻リリアーヌが不貞腐れたように座る。
「だからね、私言ったのよ。愛人になりなさいって。それなのにレオナールったらね『余計な事を言わないで下さい』って怒るの。苛々してるようだからリラックス出来るハーブティーを入れてあげたら、要らないって言うし……酷いわよね!」
「……そうだな」
「反抗期が長すぎるわ。サロンの皆にもね――」
リリアーヌは話す。その話を聞いている振りをしながら、ラファル侯爵はローズをどうしようか考えた。先ずはどういう人物なのか調べたい。諜報機関である梟はつけない約束をしてしまったので、使用人に調べさせているが時間と金がかかっている。
「――だと思わない?」
「ああ、そうだな」
「でしょう。それでね――」
暫くすれば当主達を集めた会議をする。王都で会議が開かれるからだ。その時までに何としてでも全ての情報を集めたい。
だがそれと並行して、2人の仲も引き裂いていきたい。それで別れるなら御の字である。
(後でフォルランに週刊記事の記者を呼ぶよう言うか……)
あまり気が進まないやり方を思い付き、溜息を吐いた。何故こんなことまでしなくてはならないんだと思うが、やらなくてはならない。
結婚式の準備はもう進めている。
式場も、飾る花や参列者への招待状、衣装から何から何まで全てが決まっているのだ。
ここで中止になど出来なかった。
「――なの? 貴方」
「そうか」
「『そうか』ではなくて好きかどうかを聞いてるのよ」
「え? ああ、好きだよ。愛しているよ、リリアーヌ」
するとリリアーヌは「まぁ!」と嬉しそうに声を上げた。
「そんなふう言ってくれるほど、私のハーブティーを愛してくれているのね!」
「え!?」
「嬉しいわ、本当に。貴方だけよ。2人の息子はそんなこと絶対言わないもの」
話を全く聞いていなかったので、適当に話しを合わせていた。キラキラとした目で嬉しそうに言うリリアーヌに対し、ラファル侯爵は何も言えなかった。




