53.愛人
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数日後――。
「ありがとうございました!」
ローズは今日も元気に花を売る。ここ最近毎日が楽しく感じるのは、レオナールとの食事のお陰だ。
(ふふっ、売り上げ悪くない! むしろ良い!)
あれから毎日朝食と夕食を共にしている。そして今日も食事を一緒に摂る予定だ。
店はあと数刻程で営業時間は終わる。鼻歌を歌いながら、暇な時間は床を掃除した。リボンを整えたり、水入れ替えたり、ショーケースを拭いたりと仕事をしていた。
仕事が終われば、レオナールが迎えに来る。食べたい物は遠慮なく言った。我慢せずに行きたい所を言う方が、レオナールは嬉しそうだったからだ。連れて行ってくれる所は、何処も美味しい店だった。
(今日はどこにしようかな……)
そんなことを考えていると、入り口の鈴が鳴る。ローズが振り向くと、綺麗なドレスを着たご婦人が店内を物色するように見ていた。彼女の後ろには侍女と思われる人物もいた。
「いらっしゃいませ」
ご婦人の顔を見て言うと、何処かで見た顔だと気付いた。
(……この人、レオナールのお母さんだ)
舞踏会で見た時も思ったが、レオナールに何処と無く似た美人である。
名前はリリアーヌ・ヴァン・ラファル。レオナールからそう聞いていた。舞踏会へ向かう馬車の中で『まぁないだろうが、もし、会話することがあってもしない方がいい』と意味の分からないことを言われたことがある。
「悪くないわね。花の手入れはいい方よ、貴女」
入り口近くにある薔薇を見て、彼女は言った。
「え?」
「それで、貴女がレオナールの交際相手かしら?」
「あ、はい」
「そう」
すると「あれを」と店内にあった椅子を扇で指し、侍女はリリアーヌの元へ椅子を移動させた。
(か、勝手に……)
「花を買いに来たんじゃないの。お話をしに来たのよ」
リリアーヌは座る。やっていることは勝手な行動だが、所作ひとつひとつが綺麗で振る舞いが何となくレオナールに似ている気もしなくもない。
「お茶はないのかしら」
「え? あ、ありませんけど」
ここは花屋である。客に出すようなお茶はない。
「あらそう。まぁいいわ。長居するつもりもないから。気にしないでちょうだい」
「……ありがとうございます????」
調子が狂う。お茶がない方が当たり前だと言うのに、何故かこちらが悪いような言い方をする。腹が立つと言うより、頭にハテナが大量に浮かんでくる。
「単刀直入に言うわね。レオナールはレティシアちゃんと結婚させるわ」
いきなり入ってきて、いきなり椅子に座り、いきなりそんなことを言われ、ローズは目を瞬かせた。
「それは、彼本人がそう言っているんですか?」
「いいえ」
「なら――」
「そうよね、別れたくないわよね。だから別れなくていいわ」
「…………はい?」
「愛人になってあげてちょうだい」
「はい!?!?」
「愛人でいいと思うわ。貴女平民だしね」
「そっ、なっ、え!?!?」
「分かってないのね貴女。貴族と平民、全く身分が違うの。それは分かるでしょう? 貴族の世界は大変よ。色んな所に顔を出して、挨拶して、嫌みやら嫌がらせやらに耐えないといけないのよ。サロンだって開かないといけないし、招かれたら準備をしないといけない。何かそそをすれば永遠に突っつかれ笑われるのよ。ダンスだって、マナーだってよく分かってないでしょう? ラファル侯爵夫人なのよ。全てを完璧に仕上げなくてはならないの、私のようにね。分かる?」
ローズは黙る。言われていることはもっともである。何も間違ったことは言っていない。
「それに比べて愛人はそんなことを気にしなくていいわ。何もしなくていいのよ。正式に愛人になるのなら、こんな花屋なんてしなくていいわ。別邸に住まわせてあげる。綺麗な服に、美味しい食事が貴女を待っているわよ。子供が出来たらそれなりに援助もするわよ。平民との子とはいえ、私の孫だものね。きっと可愛いと思えるわ。良いと思わない?」
「私は――」
「賢いなら今すぐ答えを出さないで。考える時間をあげるわ。また今度来てあげる。明日はお休みかしら? 一緒にお茶をしてもいいわね」
「え? 明日も仕事です。休みはニニブとシャマの日だけです」
「あらまぁ! 週に2回しかお休みがないじゃない。明日も仕事なんて、良く働くのね。もう明日に備えて今日の仕事は終わりにしたらどうかしら」
「……え」
週に2回しか休日がないとリリアーヌは言うが、それは普通のことだった。ニニブとシャマの日は大半の店が休日になる。
(この人、生粋の貴族だ)
お店がいつ休みなのかを把握していないのだろう。全てを使用人任せにしてきたのだと分かった。もしくはお店が休みでも、「行きたい」と言えば開けてもらえたのだろう。
「あらどうしたの、そんな顔して。ああ、意外と私が優しくて驚いたのかしら? よく言われるのよね。私、慈悲深いのよ」
「あ、はぁ」
会話が疲れる。レオナールの言っている意味が分かった。ただただ疲れるのだ。
「結婚だけが全てじゃないわ、お嬢さん。良い答えが聞けたらいいのだけど。またね」
そう言って去っていった。そのまま置かれた椅子を、ローズは元に戻す。言いたいことだけを言って帰って行った。
「愛人……」
もし父親が外に女を作っていなかったら、それも選択肢の1つだったのかもしれない。だが愛人なんかになってしまえば、母親は毎日泣くに決まっている。
「絶対に嫌……それだけは……」
だがリリアーヌの言うように、平民の自分に侯爵夫人が務まるとも思わなかった。そんな気持ちを抱えながら仕事をした。
数刻後、レオナールが店に迎えに来た。いつものように微笑みながらローズを抱き締め、頬にキスをした。
「何処へ行きたい?」
「う……ん。どうしようね……」
「……どうした」
「え?」
「様子が違う。何があった」
ローズはリリアーヌが来たことを話した。そして言われた内容も話した。すると、レオナール表情は怒りの表情へと変わる。
「母上の言った事は気にするな。俺からちゃんと話をする」
「でも、その通りだなって思ったの。私には侯爵夫人なんて大役務まらない」
「大丈夫だ。その時は教育係をつける。ローズは賢いからな。すぐ覚えるさ」
ローズは不安な顔を止めて無理やり笑顔を作った。レオナールはそんなローズを安心させようと抱き締める。
「そんな顔するな。結婚後の話だ。楽しんで話そう。時間はたっぷりある」
「でもレオナールは今週末帰っちゃうでしょ」
「直ぐに帰ってくる。また王都に来た時にでもゆっくりと話そう」
今週末には王都研修が終わる。レオナールは領地へと戻ってしまう。
「寂しくなる……」
そう言うとレオナールは再び強く抱き締め、額にキスをする。そしてローズは閉店の最後の確認をすると、2人は外へと出て行った。




