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53.愛人

***


 数日後――。


「ありがとうございました!」


 ローズは今日も元気に花を売る。ここ最近毎日が楽しく感じるのは、レオナールとの食事のお陰だ。


(ふふっ、売り上げ悪くない! むしろ良い!)


 あれから毎日朝食と夕食を共にしている。そして今日も食事を一緒に摂る予定だ。

 店はあと数刻程で営業時間は終わる。鼻歌を歌いながら、暇な時間は床を掃除した。リボンを整えたり、水入れ替えたり、ショーケースを拭いたりと仕事をしていた。

 仕事が終われば、レオナールが迎えに来る。食べたい物は遠慮なく言った。我慢せずに行きたい所を言う方が、レオナールは嬉しそうだったからだ。連れて行ってくれる所は、何処も美味しい店だった。


(今日はどこにしようかな……)


 そんなことを考えていると、入り口の(ベル)が鳴る。ローズが振り向くと、綺麗なドレスを着たご婦人が店内を物色するように見ていた。彼女の後ろには侍女と思われる人物もいた。


「いらっしゃいませ」


 ご婦人の顔を見て言うと、何処かで見た顔だと気付いた。


(……この人、レオナールのお母さんだ)


 舞踏会で見た時も思ったが、レオナールに何処と無く似た美人である。

 名前はリリアーヌ・ヴァン・ラファル。レオナールからそう聞いていた。舞踏会へ向かう馬車の中で『まぁないだろうが、もし、会話することがあってもしない方がいい』と意味の分からないことを言われたことがある。


「悪くないわね。花の手入れはいい方よ、貴女」


 入り口近くにある薔薇を見て、彼女は言った。


「え?」

「それで、貴女がレオナールの交際相手かしら?」

「あ、はい」

「そう」


 すると「あれを」と店内にあった椅子を扇で指し、侍女はリリアーヌの元へ椅子を移動させた。


(か、勝手に……)

 

「花を買いに来たんじゃないの。お話をしに来たのよ」


 リリアーヌは座る。やっていることは勝手な行動だが、所作ひとつひとつが綺麗で振る舞いが何となくレオナールに似ている気もしなくもない。


「お茶はないのかしら」

「え? あ、ありませんけど」


 ここは花屋である。客に出すようなお茶はない。


「あらそう。まぁいいわ。長居するつもりもないから。気にしないでちょうだい」


「……ありがとうございます????」


 調子が狂う。お茶がない方が当たり前だと言うのに、何故かこちらが悪いような言い方をする。腹が立つと言うより、頭に()()()が大量に浮かんでくる。


「単刀直入に言うわね。レオナールはレティシアちゃんと結婚させるわ」


 いきなり入ってきて、いきなり椅子に座り、いきなりそんなことを言われ、ローズは目を瞬かせた。


「それは、彼本人がそう言っているんですか?」

「いいえ」

「なら――」

「そうよね、別れたくないわよね。だから別れなくていいわ」


「…………はい?」

「愛人になってあげてちょうだい」

「はい!?!?」


「愛人でいいと思うわ。貴女平民だしね」

「そっ、なっ、え!?!?」

「分かってないのね貴女。貴族と平民、全く身分が違うの。それは分かるでしょう? 貴族の世界は大変よ。色んな所に顔を出して、挨拶して、嫌みやら嫌がらせやらに耐えないといけないのよ。サロンだって開かないといけないし、招かれたら準備をしないといけない。何かそそをすれば永遠に突っつかれ笑われるのよ。ダンスだって、マナーだってよく分かってないでしょう? ラファル侯爵夫人なのよ。全てを完璧に仕上げなくてはならないの、私のようにね。分かる?」


 ローズは黙る。言われていることはもっともである。何も間違ったことは言っていない。


「それに比べて愛人はそんなことを気にしなくていいわ。何もしなくていいのよ。正式に愛人になるのなら、こんな花屋なんてしなくていいわ。別邸に住まわせてあげる。綺麗な服に、美味しい食事が貴女を待っているわよ。子供が出来たらそれなりに援助もするわよ。平民との子とはいえ、私の孫だものね。きっと可愛いと思えるわ。良いと思わない?」

「私は――」


「賢いなら今すぐ答えを出さないで。考える時間をあげるわ。また今度来てあげる。明日はお休みかしら? 一緒にお茶をしてもいいわね」

「え? 明日も仕事です。休みはニニブとシャマの日だけです」

「あらまぁ! 週に2回しかお休みがないじゃない。明日も仕事なんて、良く働くのね。もう明日に備えて今日の仕事は終わりにしたらどうかしら」


「……え」


 週に2回しか休日がないとリリアーヌは言うが、それは普通のことだった。ニニブとシャマの日は大半の店が休日になる。


(この人、生粋の貴族だ)


 お店がいつ休みなのかを把握していないのだろう。全てを使用人任せにしてきたのだと分かった。もしくはお店が休みでも、「行きたい」と言えば開けてもらえたのだろう。


「あらどうしたの、そんな顔して。ああ、意外と私が優しくて驚いたのかしら? よく言われるのよね。私、慈悲深いのよ」

「あ、はぁ」


 会話が疲れる。レオナールの言っている意味が分かった。ただただ疲れるのだ。


「結婚だけが全てじゃないわ、お嬢さん。良い答えが聞けたらいいのだけど。またね」


 そう言って去っていった。そのまま置かれた椅子を、ローズは元に戻す。言いたいことだけを言って帰って行った。


「愛人……」


 もし父親が外に女を作っていなかったら、それも選択肢の1つだったのかもしれない。だが愛人なんかになってしまえば、母親は毎日泣くに決まっている。


「絶対に嫌……それだけは……」


 だがリリアーヌの言うように、平民の自分に侯爵夫人が務まるとも思わなかった。そんな気持ちを抱えながら仕事をした。



 数刻後、レオナールが店に迎えに来た。いつものように微笑みながらローズを抱き締め、頬にキスをした。


「何処へ行きたい?」

「う……ん。どうしようね……」


「……どうした」

「え?」

「様子が違う。何があった」


 ローズはリリアーヌが来たことを話した。そして言われた内容も話した。すると、レオナール表情は怒りの表情へと変わる。


「母上の言った事は気にするな。俺からちゃんと話をする」

「でも、その通りだなって思ったの。私には侯爵夫人なんて大役務まらない」

「大丈夫だ。その時は教育係をつける。ローズは賢いからな。すぐ覚えるさ」


 ローズは不安な顔を止めて無理やり笑顔を作った。レオナールはそんなローズを安心させようと抱き締める。


「そんな顔するな。結婚後の話だ。楽しんで話そう。時間はたっぷりある」

「でもレオナールは今週末帰っちゃうでしょ」


「直ぐに帰ってくる。また王都に来た時にでもゆっくりと話そう」


 今週末には王都研修が終わる。レオナールは領地へと戻ってしまう。


「寂しくなる……」


 そう言うとレオナールは再び強く抱き締め、額にキスをする。そしてローズは閉店の最後の確認をすると、2人は外へと出て行った。

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