52.幸せな時間を
朝、ヴァルがレオナールを迎えに来た。ヴァルが持ってきた着替えにレオナールは着替えている。シャツを脱いだレオナールの身体は引き締まっていて、胸板は厚く腹も6つに割れていた。
「見蕩れるな」
「見とれてない!」
ローズは後ろを向いてレオナールを見ないようにした。因みにローズはもう平民服へと着替えている。
「触りたかったら触っていいぞ」
「いい!」
ヴァルはわざとらしく咳払いをした。自分もいますよと、だから早くして下さい、とアピールする為だ。ローズは気まずさから大人しくし、レオナールはヴァルを睨み付けた。
「悪ぃけどな、レオが居ねぇからラファル侯爵はカンカンだ」
「何故怒る。意味がわからん」
「レオとレティシアが王都にいる間、食事は一緒に摂るようにってさ」
「は?」
ズキリと胸が痛む。どんなにレオナールが彼女に思いはなくても、一緒にいられるのは嫌だった。レオナールはローズをチラッと見たあと、再び着替え始めた。
「なら今度から食事は外で摂ろう。朝も夜も」
「え……えぇ!? 嘘だろ!! 何時起きになるんだ!!」
「そうだな。余裕を持って1刻半早く出るか」
「げっ!!」
ヴァルは絶望の表情を見せる。ローズはそれを見て悪いと思いながらも少し笑ってしまった。
「そうだ、ローズ」
「ん?」
「これから朝食と夕飯は一緒に食べないか?」
「え、いいの?」
「ああ。ただ早起きになるぞ。それと夕飯は学校帰りに迎えに行く。店が終わったら待っていてくれ」
「分かった。でもそれっていつまで?」
「今月末だな」
「今月末までにはレティシアさんは帰るってこと」
「……違う。これもしっかり話していなかったな。俺達の王都研修が終わるんだ」
「あっ……そうか……」
(毎年の事だから知ってたのに……)
地方騎士学生の王都研修は3カ月であり、毎年この月末に地方騎士学校へと帰る。
「帰った後は手紙を書く。卒業したらこっちに来る」
レオナールは着替え終わると「終わったぞ」と言う。振り向くとシャツにベストの私服を着ていた。
「え、あれ? ローズは卒業パーティーに呼ばねぇの?」
ヴァルがそう言うと、レオナールは「ああ」と答えた。ローズはそもそも卒業パーティーのこと自体初耳であったので、首を傾げた。
「1カ月後に騎士学校の卒業パーティーがある」
すると、レオナールは察して説明した。
「でも、それは学校でやるからここからは遠い。ラファル領だからな。それにローズは仕事がある。休んで来て欲しい所だが、母親をあまり店舗には出したくないのだろう」
「え……何で知ってるの!?」
「昨日酒を飲んだ後、泣きながら話していた」
「う、嘘……」
「嘘は言わん」
レオナールはコートを羽織ると「おいで」と、左手を差し伸べてきた。ローズはその手を握る。
「送ろう」
3人とも部屋を出た。それからはヴァルが朝乗って来た馬車で送って貰い、帰りにキスをして分かれた。舞い上がる気持ちを抑え、明日を楽しみにした。
***
次の日の朝――。
何時もより早く起きる。帰り際に迎えに行く時間を言われた。ローズは早起きをし、支度をする。
「なぜそんなに早いの?」
突然声を掛けられビクッと肩をふるわせた。母親はまだ寝間着姿で目を擦っている。
「あっ、うるさかった? ごめんね」
「ねぇ、どうしてもう用意しているの?」
「えっと……」
言えなかった。レオナールと朝食を摂るのだと言えば反対されるに決まっている。
「朝早く行ってお掃除しようかなって……あ、あと夕食なんだけど、暫くはナディアの家で食べるから」
すると母親は「そう」と言って再び部屋へと戻って行った。ローズはほっとして胸を撫で下ろした。しばらくすると、馬車の音が聞こえる。
窓から除けばレオナールが降りてきた。そのまま玄関に向かうので、ローズはドアノッカーを叩かれないようにする為、慌てて玄関へと向かい扉を開けた。
「おはよ」
そう言って直ぐにドアを閉めた。
「おはよう。急に扉が開いて驚いたぞ。待ちきれなくて窓から見ていたか」
「違うッ!」
そう怒りながら馬車へと向かった。
「可愛いな」
レオナールはそう呟くと、ローズの後ろをついて行き、馬車へと乗った。
馬車に乗るとヴァルが寝ぼけ眼で「はよ」と言った。まだ眠いらしいく、欠伸もしている。
「おはようございます」
「前にも言ったが、ヴァルの事は気にするな」
ローズはこくりと頷くと、馬車は走り出しレオナールは肩を抱き寄せた。ヴァルは終始目をつぶり、ウトウトとしている。
ヴァルを見ていると、ローズも眠くなってきた。そんなローズに気付いたレオナールは肩を抱き寄せ「寝ていいぞ」と言い、頭にキスをした。
「うん……」
そのまま目をつぶった。
ローズが寝ていると、1軒のカフェに着いた。【王様の朝食】と看板に書かれてあり、朝食が人気のカフェだった。よく雑誌に載っている所である。
馬車は停車し、3人は降りた。
「わぁ、嬉しい!」
「早く中へ入ろう。寒すぎる」
ただでさえ朝は冷え込む。吐いた息は白かった。寒さが苦手なレオナールを、ローズは可愛いとも思った。お店に入ると、暖炉が燃えており暖かかった。中には何人か男性が食事を摂っている。身なりが綺麗なので、中流階級以上の人達だとローズには分かった。
(平民はいないのね……まぁ、そうか。このお店高いしそういう人達の店だものね)
どのお店にも、平民が使うような安っぽい店から、貴族達が使う綺麗な店があった。この【王様の朝食】という店は後者の人達の店だ。
(私の格好浮くなー)
扉の前で待つと店員が来た。ローズの格好を見た後レオナールとヴァルの騎士学校の制服姿を見て席に案内した。ヴァルは1人別の席に座ると、メニューを渡された。
メニューには絵が描いてあり、どれも美味しそうに見えた。
「どれにする」
「このスクランブルエッグとベーコンのセットにしたい」
「分かった」
レオナールは鈴を鳴らし店員を呼んで注文する。店員が居なくなると、言わなくてはならないことを思い出した。
「言わないといけないことがあって」
「どうした?」
「ドアノッカー叩かないで欲しいの」
「……親に反対でもされているのか?」
「うん……そんなとこ」
「そうか。なら今度しっかり挨拶を――」
「ダメ! それはまだにして。お母さん、レオナールのこと良く思ってない。今は何を言ってもダメだと思う」
「……分かった」
「ありがとう。もう少し私が説得するから。マシになったら言うから」
「そうか」
「レオナールも反対されてるよね。私平民だし……」
ローズは俯く。レオナールは言わないが分かってはいた。平民と貴族という2人の仲が、なんの障害もなくすんなりと結ばれる訳が無い。
「そうだな。レティシアから婚約解消の申し出があれば1番簡単なのだが」
「レティシアさんとの婚約が解消されても、他の人を婚約者にするんじゃないかな」
「その時は父上が死ぬのを待つのも手かな」
「え!?」
「心臓が悪くてな。そう長くは無いと言われている」
「……そんな。レオナールは悲しくないの?」
「それとこれとは別問題だ」
そう言うと彼は、両手をテーブルの上に置いて「ほら」と言う。何がしたいのかよく分からず首を傾げると「手を」と言われた。
そこで手を繋ぎたいのだと分かり、ローズはレオナールの手に自分の手を置いた。レオナールは満足そうに手を握る。
「ローズは触れたり触れられたりするのは嫌か?」
「嫌じゃなくて慣れてないだけ」
「そうか。なら嬉しいのか」
「……うん」
恥ずかしくなる。顔を赤らめて視線を外すようにして答えた。そんなローズを見たレオナールは笑っていた。
「でも、レオナールは触りすぎなとこある。馬車でもキスするし、私――」
「いいではないか。好きなんだから」
「――ッ!」
「遠慮はしない。するつもりもない」
レオナールは意地悪そうに笑う。そんな笑顔も素敵だなと思ってしまったのだ。




