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50.41-43話 捜索 2

(急がなくては……)


 先に向かったレティシアを見つけ、隣を歩いた。彼女の目は潤んでいたが、もう泣いてはいなかった。


「何度も言う。レティシア、君を愛していない。今日一緒に来た女性と俺は結婚したいと思っている」


 すると彼女は目を見開いた。『君を愛していない』まではよく彼女に言う台詞だが、他の女性と結婚したいと言うのは初めてだったからだろう。


「だから、婚約を解消してくれ」


 するとレティシアは目に涙を浮かべて俯き、フルフルと首を振った。

 イライラする。だがここでイラついていても仕方がない。


 彼女はまだ15歳だ。

 恋に恋しているのだ。


「君を大事にする男と結婚すべきだ。俺ではない。俺は君を愛していないのだから」

「わ……私は……」


 レティシアは口篭り、黙った。そんな彼女を見て軽く溜息を吐いた。


「君は意地になっているだけだ。友人達に言われないか? 他の人と婚約すべきだ、と」


 彼女は何も言わなかった。これ以上話していても無駄である。いつものように泣いて、ろくな会話も出来ずに終わる。

 毎回の決まった行動(パターン)だった。泣いてしまうと何を言っても駄目だった――いや、泣く前も駄目だが――それに輪をかけて会話が出来なかった。

 レオナールは彼女に聞こえるよう、わざとらしく大きく溜息を吐いた。


 広間に戻ると2曲目は終わっていた。そのまま階段を上り、父ラファル侯爵の元へと戻る。


「お連れしました父上」


 先程まで勢揃いだった分家当主達は、今はまばらである。息子娘孫達のダンスの相手と話しをしに行ったり、仕事(ビジネス)の話に勤しんでいる。ラファル侯爵は紅茶を飲んで、さっきと同じ場所に居た。


「そうか、ご苦労。もう行っていい」


「……それだけですか?」

「ああそうだ」

「そうですか。では失礼します」

「レティシアも一緒に1階に行きなさい。折角だから友人達と楽しんできなさい」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 腑に落ちず訝しげに父親を見ると、父親は知ってか知らずか広間を見下げながら紅茶を飲んだ。何故このようなことをさせたのか質問したいが、それよりも今はローズである。


(温室で待っていてくれればいいが……)


 レオナールはその場を去り、レティシアも後ろから着いてきた。そして階段へと差し掛かると、リンリンとグラスを何度も銀食器で叩く甲高い音が聞こえた。広間はシンと静かになる。何があったのかと音がする方を見ると、父親がグラスとスプーンを手に持って鳴らしていた。


「皆様、3曲目が間もなく始まりますが、その前に――」


 父親はそう言ってレオナールに視線を移した。何故こちらを見るのか分からず顔をしかめる。


「我が愛する息子レオナールと愛する姪レティシアのことです。色々と噂があるのは知っています。ですが噂は噂。ご覧下さい。一緒に行動を共にして、仲睦まじいと思いませんか?」


 レオナールは嵌められたと分かると顔を引き攣らせた。レティシアはどうしたらいいのか分からず、キョロキョロしている。

 1階にいる全員だけでなく、2階で雑談をしていたご婦人達もこちらを見ていた。その中にはレティシアの母であり、叔母であるタンペット伯爵夫人もこちらを見ていた。

 注目を一身に浴びている。


「2人は来年結婚します」


 父親の話は続いた。その顔はとても得意げだった。


「婚約者ですしね。まぁ、当たり前の話なんですが。変な噂があるものでして。それで、今から2人はそんな噂を払拭する為に踊りたいそうです」


 言葉が出なかった。会場皆の視線が集まる。後ろを振り向けば、レティシアはどうせ踊ってはくれない、と半ば諦めているような顔をしていた。


 心の中で悪態をつき、父親であるラファル侯爵を睨み付けた。


 今巷では、婚約破棄をこういった舞踏会や卒業パーティーなどで大々的に報じることが流行っていた。真実の愛を見つけた男もしくは女が、婚約者と婚約を破棄し他の相手と結婚がしたいのだと言う。


 何故そんなことをするのか理解が出来なかった。


 レオナールがその一部始終を見ることが出来たのは、都立学校の卒業パーティーの時である。

 とある伯爵家の令息が、子爵令嬢との婚約を破棄したいとパーティー中にいきなり申し出た。真実の愛を見つけたのだと、男爵令嬢を抱き締めながら言ったのだ。伯爵と子爵。身分は伯爵家の方が上である。だがこの2人の結婚は、事業に失敗し莫大な借金を抱えた伯爵家を、裕福な子爵家が助ける為の契約結婚だった。


 結果、見事に失敗。


 彼は笑い者になり家を勘当された。男爵令嬢はありもしない罪を子爵令嬢に被せようとした罪で修道院に送られた。伯爵家は借金をどうすることも出来なくなり、1、2年後に失踪したと聞いている。


 あんなやり方ではなく、婚約を破棄――いや解消したかった。


 叔母は自分のことを可愛いがってくれた。母親よりも話が通じる人だった。ここでレティシアにダンスを誘わなければ、叔母が恥をかいてしまう。


「……レティシア」

「何でしょうか」


 大きく息を吸って手を差し伸べた。


「私と踊ってくれませんか?」


 踊らないわけにはいかなかった。

 レティシアは顔を上げて嬉しそうにしている。


(解消はまた遠のいたな……)


 あまり嬉しがるようなことをしたくない。希望を持たれたくないのだ。レティシアとの婚約解消は、思ったよりも長期戦になると覚悟した。


 レティシアはレオナールの手を取り、共に階段を降りた。曲が流れ一緒に踊った。彼女は輝く瞳で嬉しそうに踊った。レオナールは早く終わらないかと思っていたが、なるべく顔に出さぬよう心掛けた。


 曲が終わりお辞儀をして、その場を離れた。レティシアは友人達の元へ行き、涙を浮かべていかに楽しかったかを話している。レオナールは急いで温室へと戻った。


 だがそこには誰も居なかった。噴水の水が流れる音だけがする。


(まずい……何処に行った)


 集中し、気配を探るとこの家に居ないことが分かった。


 こんな暗い中1人で外へと出てしまったのだと、鼓動が早くなった。襲われてもおかしくない。いや、襲われないわけがなかった。ブランティグルの中はまだ大丈夫だとして、そこから出ればドレスを着た女が1人で歩いているのなら、金品目当てに襲われる。


 全身の血の気が引き、慌てて広間へと戻りアルベールを探した。3曲目はまだ始まっておらず、彼はソファでオデットと楽しげに話していた。


「アル、頼みがある」

「あ、レオー。さっきのダンスご苦労さまー。今回は父さんの方が上手(うわて)だっ――」

「そんなことはどうでもいい!」


 余計な会話なんかしていられなかった。鼓動はずっとうるさく鳴り響いている。


「何怒ってんの?」

「ローズが外へと出て行った!」


「……はぁ?」

「出ていった。レティシアのことを聞いて、温室に居るはずが居ない! 気配もない!」


 するとそんな会話を聞いたサロメが「自業自得じゃない」と呟いた。いつもなら言い返すが、そんな時間は無い。


「でもいくら何でもこんな真っ暗の中帰らなくない?」

「ローズならやりかねん!」


 彼女はそういう女だった。変に気が強いのだ。そんな所が愛しい部分だが、今は止めて欲しいと思った。


「門までの道を今歩いているはずだ。もう出てしまっているかもしれない。何処まで行っているのか分からない。1秒でも早く捕まえたい。魔法を使って行ってくれ!」

「んー……居ないと思うけどなぁ」

「頼む! アル! アルベール! お願いだ!」


 そう言うとアルベールは驚くように目を見開いた。数秒後に「分かった」と言うとオデットの頬にキスをした。


「オデット、ごめん行ってくる」

「俺は後から馬車で行く。ローズをホテルまで送らねばならん」


 アルベールが立ち上がるとヴァルが「なら俺が馬車運転してやるよ。御者は今休憩室だろうしな」と立ち上がった。


「すまない」


 レオナールがそう言うと3人は広間を後にした。


 そこからはローズが見つかるまでの時間が永遠に感じた。何事もなく早く見つかって欲しいと、右手を胸に置いて6人いる神全員に祈った。


 すると、先程まで走っていた馬車の歩調が緩やかになり止まる。ヴァルとアルベールの話し声がすると、コンコンと馬車の壁を叩く音が聞こえた。

 

(見つかったか……)


 ひと安心し、ほっと溜息を吐いた。


 馬車を降りると、ローズはこちらを睨み付けるように見ていた。目が潤み、真っ赤なことから泣いていたのが分かる。申し訳なさから目を逸らし、自分の不甲斐なさから溜息を吐いた。


「レティシアのことは――」


 ――バチンっ!!!!


 話している途中で、思いっきり左頬をひっぱたかれた。ヴァルとアルベールは口を大きく開けて唖然としている。


「ホテルまで送って」


 ローズは冷たく言い放ち、馬車へと乗り込んだ。レオナールは気まずそうに馬車へと乗り、向かい側へと座った。鋭く冷たい視線が突き刺さる。暫くすると馬車は動き、ホテルスレイプニルへと向かった。

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