49.41-43話 捜索 1
***
「ずいぶん楽しそうでしたね、元カノさんと」
さっき謝ったにも関わらず、ローズは不満げだった。元恋人を気にするのは知っていたがここまでとはと驚く。
「そうか?」
「ええそうですよ! 頬っぺなんか触っちゃって」
「……触っていないぞ」
「嘘つき! 見てたんだから!」
何かそれっぽいことをしたかとソレイユレーヌとのことを思い出し、イヤリングのことかもしれないと思った。
「……多分それは、頬を触ったのではなく彼女のイヤリングに触ったんだ。嫌な気持ちにさせたな。悪かった」
「……別に」
「まぁ正直。ローズが嫉妬してくれて嬉しいとは思うが」
こんなにも嫉妬するとは思わなかった。こんなに可愛らしいのなら、もう1度ソレイユレーヌと話してもいいかもしれないとすら思うが、それはやめた方がいいだろう。
「愛しているのはローズだけだ。信じて欲しい。だから、俺が誰と話していようと、自信を持て」
そう言うとローズは頷いた――と思ったが途中で止めてこちらを不安そうに見つめてきた。
「ねぇ……聞きたいんだけど」
「どうした」
「レティシアって誰?」
「誰から聞いた」
(サロメか)
そう思い近くで踊っていたサロメを睨み付けた。
「言っておくけど、サロメさんじゃない。噂でレティシアって名前を聞いたの。それで、レオナールと関係があるみたいだから、皆に聞いたんだけど教えてくれなかった」
「……そうか」
「それで誰なの」
ローズはレティシアのことが気になるのか、ステップが疎かになっている。
「集中」
「でも――」
「終わったら話す」
踊りながら話す内容ではない。言わなければならないが、この場で言うのではなく、2人だけの時にしっかりと話したい。
「今聞き――痛っ」
「どうした?」
「足、靴擦れで……」
(靴擦れ? 全く……早く言えばいいものを我慢したな)
レオナールは踊るのを止めて立ち止まった。
「どうしたの?」
「早く言え」
ローズを横に抱きかかえた。嫌なのか暴れ始める。
「ちょちょちょ――」
「暴れるな。落としてしまう」
ローズの顔が赤くなった。ヒソヒソと話す女性達を無視した。そんなことよりローズの足が心配だった。そしてそのまま広間から出て行った。
「え、あれ。どこ行くの?」
「リビング。今は休憩室として解放しているからな。そこで手当てをしよう」
そのままリビングへと向かって中へと入った。ローズを1番手前のソファへと座らせた。
「足はどっちの足が痛い?」
ローズの前に跪くと「両方。小指と踵」と返答があった。
ローズはスカートの裾を少し上げた。そして靴を脱がすと、靴下には小指の辺りに血が滲んでいた。
「ちょっといいか?」
「え?」
ローズのスカートの中に手を入れ、靴下を留めていたガーターリボンを取った。そしてそのリボンをソファへと置くと、再びスカートの中へと手を入れた。
彼女の靴下を脱がす途中、彼女の滑らかな足に触れる。こんな状況でなかったら押し倒していただろう。だが流石に今そんなことは出来ない――いや、以前の自分なら押し倒していたかもしれないが、ローズはそういうのを嫌がる人物だ。彼女の場合はゆっくりと順を追うのがいい。
「ふむ。これは痛いな」
靴下を脱がし、足先が露になった。小指と踵の皮がむけており、痛そうである。
「救急箱が何処にあるか」
「え……自分の家なのに分からないの?」
「分からん」
「なんで!?」
「持ってきたことがない。言えば使用人が持って来る」
「あっ……そう」
「3曲目は足を考慮して踊るのは止めよう。だからこのまま帰ろうとは思うが、その前に俺はやることがある。それが終わったらホテルまで行こう」
「え!? レオナールも泊まるの!?」
「いや、送るだけだ」
「あ……そう……」
「何だ。泊まって欲しかったのか?」
「ち、違う!」
「そっちが希望ならお望み通りに」
「違うってば!」
「何が違う。どう違う。言ってくれないと分からないぞ」
「もう! レオナール!」
「ははっ、いやいやほんと可愛いな。愛おしくて仕方がない」
からかい甲斐がある。もっと傍にいたかったが、レティシアを探さなければならない。残念に思いながらも部屋を出て行った。
まずは地下にある使用人ホールへと向かった。そこには休憩中の使用人や、料理人がいる。階段で下がり、最初に出会ったメイドにローズのことを頼んだ。これでローズの足のことは大丈夫である。
次に階段を上がって、もう1度広間へと戻る。
集中し、レティシアの気配を探した。場所はすぐに分かる訳ではない。かなり集中しなければならない。直ぐにわかる気配もあればなかなか分からない気配もある。その中でも群を抜いてレティシアの気配は分かりにくい。気配をシュエットのように消している訳では無い。ただ単に分かりにくいのだ。
更に密集して人が多い所ではより分かりにくい。
(……面倒だな)
過去に迷子になったレティシアを探したことがあるが、とても苦労したことを思い出した。円舞曲を踊る人々を確認し、広間の隅々まで探した。その中でレティシアの友人達に声を掛けると「広間から出て行きました」と言われた。
(またか……)
何となく予想はしていた。きっと他の部屋で泣いているのだろう。パーティーで他の女性と入場したり、踊ったりする度悲しい顔をして涙を浮かべている。
それがイライラさせる。
婚約破棄を願い出ても、「嫌です」の一点張りだった。
こんなにも自分を大事にしていない男と結婚するよりも、他の大事にしてくれる男と結婚した方がレティシアも幸せになれる。そう態度で分からせようとしても、分かってくれなかった。
(何処にいる……)
解放している部屋は少ない。先程行ったリビングにはいなかった。他の部屋の前を通ると、男の声と女の艶のある声が聞こえる。人の家で何をしているんだとも思うが、自分も他の家が主催するパーティーでよくやっていたことなので何も言わなかった。
パーティーではこんなことはまぁあることだった。特に仮面舞踏会では酷かった。
(何処だ。家の中には居ないのか?)
男女が交わっている部屋にいるわけがない。
仕方なく中庭へと出た。中庭はレティシアがよく好んで見ていた場所だ。だが冬である今は寒い。こんな所に長い時間いるとは思えなかった。
(寒い……)
何より自分もこんな所に居たくなかった。寒い所が苦手だからだ。ローズには猫のようだと言われだが、逆に寒い所が得意な人物がいるのかと問い質したい。
(居ないな……)
見つからず戻ろうとすると、温室が視界の端に見えた。灯りが点いている。そして何となくレティシアの気配を感じた。だがそれだけでなく、ローズの気配も感じる。
急いで温室へと向かうと、話し声が聞こえた。声がする方へと歩いて向かう。
「え!? 顔が真っ青ですよ!」
「あ、大丈――」
「レティシア?」
思ったとおり、レティシアがいた。そしてローズもいた。
「レオナール様」
レティシアは立ち上がり、膝を曲げて挨拶をした。
「探したぞ。また訳の分からない所にどうしている。いや、それよりも――……」
(何故ここに……休憩中何かあったか。他の女達に何か言われ避難したか……いや、それよりも婚約者だと分かってしまったか?)
もしそうなら余り良い事ではない。自分の口から注意しながら話すべきことである。
「いや、何でもない……。レティシア、父上が探している。広間へと来てもらう」
「エメリック伯父様がですか?」
「そうだ。さっさと来て欲しい」
「……分かりました。それと、このドレスありがとうございます。御礼を言えていませんでしたので――」
「そんなことはいい。早く」
わざわざ「母上が盗み、レティシアに渡した」とは言わなかった。そう言ってしまうことで更なる会話を生み出したくない。「お返しします」と言われ返されても困る。それに今は父の元へと早く引き渡したい。
「お話聞いてくださり、ありがとうございました。あと――」
レティシアはローズへと近づき、何かを耳打ちすると「そうですか」とローズは答えた。その顔はとても悲しそうに見えた。
レティシアは微笑んで膝を軽く曲げてお辞儀をすると、温室から出て行く。
(……まずいな)
「彼女を父上の所まで送る。それでやることは終わるから、ホテルに送ろう」
彼女の表情からして、レティシアが婚約者だとわかっているようだ。はやく終わらせ話さなければならない。
「もう少しだけ待っていてくれ」
「よくそんなことが言えるね。私、彼女と話してたの。婚約者なんでしょ?」
「……少し待っていてくれ。話すから。だから――」
「否定しないんだ。やっぱり婚約者なんだね」
「……そうだ。だが――」
「帰る」
ローズは立ち上がって横を通り過ぎようとする。このまま帰すわけにはいかず「ローズ!」と腕を掴んだ。
「離して!」
「話しを聞いてくれ」
「嫌! もう家に帰る!」
「その格好で家には帰れないだろう。それにもう夜遅い。外は真っ暗だ。そんな格好では何があるか分からないぞ」
ローズは腕を振り払った。そのまま何も言わずに俯いたまま立っていた。そんなローズを抱き締めようとしたが、ローズは1歩後ろに下がって拒否をした。
「……直ぐだ。直ぐに戻る。ここに居てくれ」
彼女は何も答えなかったが、レオナールはそこを急いで立ち去った。




