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48.39-40話 愛し合っていた2人

***


「それで、教えて貰おう。彼女はどこの令嬢だ」


(探す……ただそれだけで良いのか。何故探させる? わざわざ見返りまで用意して。探してどうしたいんだ。梟を付けないのは好条件すぎる)


 梟とは、ヴァンの一族があまり()()()()()()をする為に作った諜報機関だった。

 梟を1番懸念しており、それが付かないとなれば万々歳だった。


(最大の心配はなくなったが――)


「レオナール!」


 どういった意図があるのか分からないが、1番厄介に思っていたことが無くなるならと、仕方なさそうに溜息を吐いた。


「彼女は貴族ではありません。平民です」


 そう言うとラファル侯爵は目を見開いて、顔を引きつらせた。他の当主達は口をあんぐりと開ける者と、酒を吹き出す者と2通りだった。


「な……に……?」


 やっとラファル侯爵は声が出たが、呼吸がおかしかった。


「テュルビュランス卿。父上は息がしずらいみたいです」

「薬は要らない! 大丈夫だ! それよりも平民だと!? 気でも狂ったか!!」

「至極真っ当ですよ。父上も後ろ姿は見ているはずです。剣術大会の特別席にいましたから」

「あの時の平民!?」


 ラファル侯爵は全身の力が抜け落ち、ソファの背もたれに背をつけた。右手で額を抑え、信じられないといった顔をしている。


「では失礼致します」


 レオナールは踵を返してその場を去った。当主達がザワザワしているのが分かる。


(まぁ、想像通りだな)


 そのまま気にすることなく歩き、1階を見渡す。

 部屋の端で副執事シュエットが全体を見回し、何か不備がないか見ていた。問題が起こる前に従僕(フットマン)に支持を出している。

 次にローズを見ると、彼女はアルベールと話していた。さらに全体を見渡し、レティシアを探した。

 だがどこを見ても彼女はいなかった。


 もうすぐ2曲目が始まる。ローズの元へ戻ろうと階段に差し掛かると、下に見慣れた人物が2人、こちらを見上げていた。


「レオナール様、お久しぶりですね」


 そう微笑み、膝を曲げて挨拶をしてきた。レオナールは階段を降りた。


「やぁ、レーヌ。元気そうで何より。ヴァルと話していたのか」


 ソレイユレーヌの後ろで、ヴァルが不機嫌そうに腕を組んで首を横に振った。それを見て苦笑いをした。彼女の性格上、ローズに元恋人であることを気付かれないようにするのは難しいと思っていたからだ。そもそも、ルネに頼んでいたのにヴァルと一緒にいる時点で()()()である。


「ええ、とても楽しい時間でした」

「そうか。ローズには会ったか?」

「会いました。とても可愛らしい方ですね。ですが、本当に交際しているのですか?」

「ああ」


 そう言うと彼女の眉が微かに動く。他の人には動いたことも分からない程だが、レオナールにはよく分かっていた。


「俺の愛する人だ。何か不都合が無いか、優しく見守ってくれ」


 こう言えばソレイユレーヌには何を言いたいのか分かるはずである。


「『見守る』のでは無く、直接お助けしたいのですが」

「いいや、見守るだけでいい」

「サロメとオデットは直接お助けしているのにですか?」

「レーヌ」


「……分かりました」


 余計な事は何も言わない何もしない、と言う約束を取り付けることが出来たようだ。ヴァルは更に不機嫌そうだった。自分が言っても言う事なんか聞かなかったのに、そんな顔だった。


「少し寂しかったもので。我儘を言ってしまいました」

「ははっ、そうか。少々の我儘は可愛いものだ」

「冗談ではなく本当ですよ。寂しかったのです。最近会っていなかったのですから」


 少し不貞腐れたように答えた。レオナールは微笑み「笑って悪かった」と言うとソレイユレーヌは嬉しそうに微笑んだ。


「そろそろ2曲目が始まる。レーヌは――」

「その事なのですが、実は2曲目の相手が見つかりません」

「旦那はどうした」

「別室で賭け事をしているかと」


 ソレイユレーヌの旦那は、ダンスがあまり上手くなく好きではなかった。そんな人や仕事の話しをしに来た人達は、別室で酒を飲んだり賭け事をする。


「それで――」

「レーヌ」


 彼女が何を言いたいのか分かっている。

 これ以上言わせてはいけない。


 女性が相手をダンスに誘うのはマナー違反である。だが誘った場合、それは――周りが見えない程愛しています――そんな意味が込められている。


 彼女は既婚者だ。

 そんな事を言わせてしまうのは良くない。


「俺は踊る相手がいる」


「彼女と2回踊るのですか?」

「ああ」

「私は――」

「さっきも言ったが、少々の我儘は可愛いと思う。だが、今から言おうとしているのは少々の我儘か? それとも度を超えた我儘か?」


「……後者かも知れません」

「なら言わない方が賢明だな」


 それに対してソレイユレーヌは何も答えず、俯いただけだった。


 いつもなら踊ってしまっていただろう。こちらから誘った時だってある。


 だが今はローズと出会い、ここに連れて来ている。踊る訳にはいかなかった。


「ルネと踊るといい」


 そう言いながらヴァルに視線で合図をした。ヴァルはその場を去っていった。 


「そう悲しい顔をしないでくれ」


 俯いていても分かる。彼女がどんな表情をしているのか。絶望の淵にいるのだ。


「そう言うのでしたら、頼みを聞いて下さってもいいのに」

「いつも聞いているではないか」

「今回の頼みも聞いて欲しかったのです」


 レオナールは鼻から息を漏らし、ソレイユレーヌの耳に光る上品なエメラルドのイヤリングに触れた。


「綺麗なイヤリングだ」


 そう言うと彼女は嬉しそうに「ありがとうございます」と顔を上げた。


「とても上質なエメラルドだ。デザインもいい。レーヌに似合うよう作られた特注品だろう」


 角を落とした四角い形をしており、色味が濃く透き通っていた。エメラルドの中でも高級品と言える。


「エメラルドの宝石言葉は『愛』だ。夫婦愛や夫婦円満を意味する宝石でもある。これを贈った人物は、レーヌを想って贈ったと思うが」


 ソレイユレーヌは口をぎゅっと結び、視線を逸らした。エメラルドは浮気防止のお護りにと、交際相手や結婚相手に贈られることもある宝石である。

 レオナールはイヤリングに触れるのを止め、手を下げた。


「旦那を大事にするといい」


 すると、ヴァルが寄越したであろうルネがやってきた。状況を把握し「姉さん。私と踊りましょう」と、ソレイユレーヌに手を差し伸べた。


「では、失礼するよ」


 その場を去るレオナールの袖を、ソレイユレーヌは掴もうと手を伸ばしたが、上手く届かず掠めただけだった。


 結婚後もスッパリと諦めた訳では無い。気持ちを切り替えるのには時間がかかった。


 かつては心の底から愛した女なのだ。

 何か頼まれれば、大半のことは受け入れた。


 今回は頼まれる前に断ったので、自分の中では断ったうちに入らないが、ソレイユレーヌにとっては違うのだろう。まさかの事態に彼女は嘆き悲しんでいる。


 だがもうフォローは出来ない。他の人物にやってもらう必要がある。


 そのままローズの元へと戻ると、ヴァルが好きなナギナミ菓子が置いてあった。


(こんな不味い物が好きなのか? いや、味音痴のヴァルに勧められたんだろうな。可哀想に)


「遅かったね」


 ローズはそう不安げに言う。ソレイユレーヌと一緒にいる所を見たせいだと分かった。


「そうか? そんなに遅くはないが……それとも俺と離れている時間が寂しすぎて長く感じたか?」

「違う! 本当に長かった!」


 レオナールは笑い、アルベールが退いた位置に座った。


「悪かったな、遅くなってしまって」


 謝られると思っていなかったのか、驚いた顔をしていた。そんな所もやはり可愛らしいと思い、少しすると2曲目の始まる音楽が聞こえた。



***


「絶対に嫌です! 平民なんて!」


 口から吹き出してしまい、服についた赤ワインを拭きながらウラガン伯爵は言った。他数人の当主も、同じように服についたワインを拭いている。


「もしレオナール様と結婚したら、平民がラファル侯爵夫人ですか!? その子供は時期当主に!? 頭など下げられない! 死んだ方がマシです!」


 そう言うウラガン伯爵に、他の当主達が同意するよう何度も頷いた。


「分かっている。安心したまえ。婚約解消は有り得ない」


 その言葉にほっとし、皆胸を撫で下ろした。


「未来のラファル侯爵夫人はレティシアだ。何も変わらない」


 そして今日1番の溜息を吐いた。


「フォルラン」


 再び執事を呼んだ。


「何でしょうか」

「あの娘を調べて欲しい」


 そう言ってローズを指さした。


「畏まりました」

「梟は使うな。それ以外なら何を使ってもいい。彼女を調べあげろ」


 フォルランは返事をすると下がった。


 貴族が平民に恋するのは無くもない話だった。よくある話では使用人との恋だった。だが子が出来ると邪魔になり、出て行くよう命令する。

 そこで問題になるのが婚外子の存在だった。


 跡取りが居ない場合、婚外子が跡取りとなる。


 なるべくそれは避けたい。1000年続いたこの血筋に、1度たりとも平民の血を入れたことは無い。


「全く……これでは死ぬに死にきれん」


 ふとレオナールを見るとソレイユレーヌと話しをしていた。やはり彼女と結婚させておけば、こんな心労も無かったのにと悔やまれる。

 平民と結婚することは許されない。特にこの一族では有り得ない。そんなことでは誰もついてこなくなる。現にもう既に不満は続出だった。


 一族が離散してしまうことだけは避けなくてはならない。


 ラファル侯爵はローズを嫌悪感のある目で見下げた。どうしようもない息子だが、愛する息子である。そんな彼を誑かした平民をどうしてくれようかと、考えを巡らせた。

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