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47.39-40話 許されない2人

***

 ――舞踏会当日。

 ――レオナールとローズがワルツを踊り始めた頃。

 ――王都ラファル邸2階。



「はぁー…………ダンスはレティシアと踊れと、あれだけ……あれだけ言ったのに……」


 2階の手すりに寄りかかりながら、ラファル侯爵はレオナールとローズを見ていた。その後ろには一族の当主達、タンペット伯爵を除く11人がソファや椅子へと座っている。

 ラファル侯爵は疲れきった顔で、上座にある1人掛けのソファへと座った。


「どこのローズ嬢だ」

「ローズという名前でしたら、ヴェルトゥリヴィエール侯爵とパンプラ子爵の娘がそんな名前だったかと」

「ヴェルトゥリヴィエール侯爵の娘は金髪だ。パンプラ子爵の娘はローズではなくてロズリーヌで、あそこでブノワと踊っている子ですよ」


 当主の1人が広間を指差す。するとカルム伯爵が「え!?」と驚いたように目を見開き、息子であるブノワを探した。


「白豚と美女。父親の差し金だな」


 口髭を蓄えた50代の男は、赤ワインを手にしながら嫌味ったらしくそう言った。


「その白豚という侮辱は止めろウラガン伯爵! それにまだ分からん!」

「ああ、申し訳ない。だがブノワは爵位を継がないし、()()()には勿体ない美女だなと思ったのでね。怪しむのも当然では? パンプラ子爵が話すきっかけを作りたいだけにしか見えない」

「なんだと!?」


「やめろ! 2人とも。ラファル侯爵の前だぞ」


 ミストラル伯爵が止めに入り、ラファル侯爵は乾いた声で「ははっ」と笑った。


「ウラガン伯爵、ブノワは少しぽっちゃりしているだけだ。可愛いではないか、あれくらい。カルム伯爵、ブノワが彼女と2回踊るのなら、パンプラ子爵と話してくるといいだろうね。いいことだ、恥ずかしがってなかなか踊らない子が、ああやって楽しそうに踊っているのだから」


 はぁ、と重い溜め息を吐く。もう既に何度も溜め息を吐いているが、今日1日で記録更新出来るのではと思えた。2人は気まずそうに「申し訳ありません」と謝罪をした。


「フォルラン」


 ラファル侯爵は壁際で控えていた執事服の使用人を呼んだ。彼は直ぐにラファル侯爵の元へと移動した。


「何でしょうか」 

「この曲が終わったら、レオナールに上に来るよう伝えてくれ」

「畏まりました」


 フォルランは1階へと降りていった。そしてラファル侯爵は、レオナールをじっと目で追った。2人で楽しそうに何か話しながらワルツを踊っている。


「こんな事ならソレイユレーヌ嬢と結婚させておくべきだった」


 レオナールを見たあと、そう遠くない場所で踊っているソレイユレーヌを見てラファル侯爵は呟く。それを聞いたテュルビュランス伯爵は、残念そうな顔をして視線を落とした。


「あの時はアルベール様が加護者になるなんて予想も出来ませんでしたし、公爵家との縁を作るのが重要でしたから」


 本家当主は一族の縁談も管理していた。

 分家令息令嬢の縁談は1度本家へと連絡しなければならない。それを受けるか否かは、本家次第である。縁談を申し込む場合も本家に伺わなければならない。俗に売れ残りと言われる令息令嬢がいないよう配慮もしなければならない。


 全て血筋を保つ為だった。


 本来であれば引く手数多のヴァンの貴族だが、100年加護者が現れなかったせいで、没落を辿ると周囲からは言われていた。


 周りからそう言われている以上、縁談も少なくなる。支持をしてくれている貴族も寝返らないとは限らない。


 自尊心が高い一族である。

 加護者が現れないということに、恐怖と焦りを感じていた。


「だがね、テュルビュランス伯爵。最近思うのだよ。あの時、カノープス公爵からソレイユレーヌ嬢への縁談が無ければな、と。そして私もそんな話を無視すれば良かったなと。だが有無を言わせず別れさせ、カノープスの次男に婿に入ってもらった。ソレイユレーヌ嬢にも悪い事をした。父娘(おやこ)仲も一時悪くさせてしまったね」


 そう言われテュルビュランス伯爵は苦笑いをした。事情を話し、強引に結婚させた。そして約2年間口をきいて貰えず、最近やっときいてもらえるようになったのである。


「別れさせてから、女性関係は派手になった。いや、元々派手だったが、ソレイユレーヌ嬢と付き合っている間は平和だった。だが今ではどうだ? ストレスを毎日飲み込んでいる。飲んでも飲んでも、はい、どうぞ。まだありますよとグラスに注がれる。飲み終わらない。婚約者が出来れば終わるかと思ったのに全くもって終わらない。より酷くなった」


 特大の溜め息を吐く。吐いても吐いても吐き足りなかった。息子の女性関係が派手なのは、自分へ反抗心だということも分かっていた。


 そして近くにいた従僕(フットマン)に紅茶を頼んだ。暫くして目の前に出された温かい紅茶を飲んで、再び溜め息を吐いた後広間を見た。そして気付いたことがある。


「レティシアは何処だ?」


 立ち上がり、手すりの前まで来て探したがどこにもいなかった。


「誰かレティシアを見た者は?」


 当主達全員が首を横に振る。

 舞踏会が始まる前は来ていた。妻であるリリアーヌと共に挨拶をされている。着ているドレスを褒めると「レオナール様から頂きました」と恥ずかしそうに喜んでいた。

 

(案外レティシアを気にかけていると関心したというのに……)


 数分後、曲が終わり皆自由な時間を過ごす。それぞれ相手と話したり、次の相手を探す者もいる。ラファル侯爵はレティシアを探すのをやめ、レオナールを見ていた。ローズと楽しそうに話している所に、執事のフォルランが話し掛けた。するとこちらを反抗的な目で見上げてきた。


(さっさと来なさい。馬鹿息子)


 その意思が通じたのか、レオナールは移動する。階段を上り、こちらへと向かってきた。こちらが怒っているのは分かっているはずだが、レオナールは何とも思っていないような顔をしていた。


「どうかされましたか、父上」


 そう言って口の端を上げて笑っていた。


「何故呼ばれたのか、分かっているはずだが?」


 怒鳴りつけたい思いを押し殺して、静かに話し掛けた。


「皆目見当もつきません」


「……お前という子は」


 ラファル侯爵は今日で1番深い溜息を吐いた。


「呼び出したのは、お前の交際相手(パートナー)のことだ」

「ローズが何かしましたか?」

「分かっているだろう、レオナール。レティシアと何故一緒に来ない」

「レティシアと来なければならない理由が分かりません」


 ラファル侯爵は歯をギリッと食いしばった。これ以上の勝手は見過ごせなかった。ここに来るのもレティシアと来て欲しかった。


「レティシアはお前の婚約者だろう!」

 

 呆れたような声で叱りつけた。


 レティシア・ヴァン・タンペット。

 一族が認める正真正銘レオナールの婚約者である。家柄容姿共に問題なく、サロメとの婚約解消後にレティシアが婚約者となっている。


「私は認めていません」

「ここへの来場もダンスのこともレティシアと、と言っていたはずだ」

「父上がそう言っていただけです」


「レティシアの何が気に入らない!? どこの令嬢だか分からんが交際しているだと? 私を困らせて遊んでいるだけだろう! 遊ぶのも大概にしろ!」


 ここの周りだけ静寂が訪れた。分家当主達は誰も話しておらず、2人のやり取りを見守っている。


「遊びではありません」


 先程まで小馬鹿にするようヘラヘラしていたレオナールは、急に真面目にそう言った。視線もしっかりこちらを見据えている。


「ローズとは真剣に交際しています」


 レオナールがそう言うと、周りがざわめいた。当主達は困惑している。


「お、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「分かっています」

「さっきも言ったがレティシアはお前の婚約者だ」

「私はローズと結婚します」

「お前はレティシアと結婚するんだ!」


 ラファル侯爵はテーブルを拳で叩いた。イライラは最高潮だった。視界の端でテュルビュランス伯爵が薬を用意しているのが見える。なるべく落ち着こうと、ゆっくりと深く息を吸って吐いた。


「レティシアとは結婚しません。婚約を解消します」

「そんなものはさせない!」

「なら無理矢理別れさせますか? そういうのはお得意でしたよね」


 そして再びニヤッと笑う。ラファル侯爵は顔をひきつらせ、ソファの肘掛けを指が白くなるほどに強く掴んだ。


「何度も言う。お前はレティシアと結婚する。来年彼女が16歳になる。その時に結婚するんだ。その準備は着実に進みつつある。それは、お前も知っているはずだ」


「何度も言いますが、レティシアとは結婚しないと言っていたはずです。婚約を破棄したいとも言っていました。それは、父上も知っているはずですが?」

「ふざけるな!」


「ふざけているように見えますか? 本気です。私は誰がなんと言おうと、ローズと結婚します」


 レオナールが真剣な眼差しで見つめる。その目を見てやっと、いつもの遊びではなく本気で言っているのだと気付いた。

 だとしても、それは許されることではない。

 本家であるラファル家が言えば、婚約を解消する事は出来るが、体裁が悪すぎる。ましてやタンペット家に申し訳が無さすぎた。笑い物になるのはタンペット家だ。


 ならばやることは1つである。


「どこのローズ嬢だ。彼女は」


 冷ややかな声でそう言うと、レオナールは「彼女をここに呼ぶのは止めますか」と聞く。


(それが条件か……)


 レオナールがローズのことを話したら、彼女を呼び出そうとしていた。だが言う代わりにローズを呼び出して問い詰めるな、と言いたいのだろう。


 「結婚を認めろ」や「婚約解消を」など大きなことを言わないのは、今ここでそんなことを言っても話が通らないのが分かっているからだ。

 話し合いの平行線を避けた結果だった。


「先に彼女をここに呼び出してもいいんだぞ」

「ならば帰るだけです」

「帰れると思うのか?」


 後方に控えている自身の専属騎士を指さした。他にも警備として騎士が数名会場の所々に配置されている。


「ええ、アルとは話しがついてますので」


 アルベールへと視線を移すと、ローズと何か話している。腰の後ろに差してある短剣は風魔法を使うことが出来た。

 

(仲が良いのもどうしたものか……)


 それと同時にここまで考えている事に感心した。レオナールがそう言うのであれば、何か合図をおくればアルベールが風魔法を使い、ローズを会場から逃がすのだろう。

 魔法を使えば、騎士達は太刀打ちが難しい。


(私が言いそうなことは想定済みか……ならば……)


「1つ条件がある」

「条件? ローズがどこの誰か教えるだけで十分では?」

「もう1つ、やって欲しいことがある」


 レオナールは眉をひそめた。想定していないことを言われたからだろう。


「……何でしょうか」

「レティシアを探して欲しい」


「……彼女がどうかしたんですか?」

「居ないんだ。だから探して欲しい」

「見返りは」

(フクロウ)を付けない」


 レオナールは目を見開いた後、右手を顎に触れて考える。数秒考えた後、「嫌がらせもなしで」と言った。


「良いだろう」

「本人だけでなく周りにもです。親や友人、彼女に関わる――」

「分かっている」

「なら2曲目がそろそろ始まると思うので――」

「2曲目が終わってからで構わない。ただ、2人でここまで来て欲しい」


 眉をひそめ、腑に落ちないような顔で「分かりました」と答えた。


「それで、教えて貰おう。彼女はどこの令嬢だ」


 だがレオナールはまだ考えているようだった。先程の条件を怪しんでいるのだろう。出した条件と釣り合いが取れているのか考えている。


「レオナール!」


 するとレオナールは仕方なさそうに溜息を吐いた。


「彼女は貴族ではありません。平民です」

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