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46.32.5話 大切な人へのドレス 2

 ――剣術大会翌日。

 ――ローズにドレスを渡そうとする前の時刻。


「もう疲れた、もう嫌だはぁぁぁぁ」


 レオナールの私室で、ヴァルはソファに寝そべりながら溜息を吐いた。げっそりとした顔の彼は、天蓋付きのベッドに横たわるレオナールをジトっとした目で見ている。


「誰のせーかなー、誰かさんのせーなんだよなー」

「うるさいぞ。俺も疲れている」

「レオは自業自得じゃねぇか!」


 それに対してレオナールはムスッとした顔で黙った。

 昨日の夕食は最悪な空気だった。父親は病院にいるらしく帰ってこなかったのはいいが、母親は剣術大会のことを根掘り葉掘り聞いてきて面倒だった。隣に座るレティシアは、大会について何も言わず、悲しげな表情を浮かべながらご飯を食べていた。


(婚約解消すればあんな顔をすることもないだろうに……何故してくれないんだ……)

 

 何度も『婚約解消がしたい』と言っているのに、一向に彼女は首を縦に振らない。女性関係が派手なことも、彼女を好いていないことも、彼女の耳に入っている。


 全く理解が出来ないでいた。


「俺がさぁ、大会終わった後、どれだけ大変だったか聞くぅ?」

「いや、いい」

「まじですっげぇ大変だったんだからな。『レオナール様は婚約解消を望んでいます』って言ったらさぁ」

「言わなくていい」

「ラファル卿はブチギレて発作起こすしぃ」

「言わなくていい!」

「サロメとのデートどころじゃなくなるしぃ」

「だから言わなくていいと言っている!」

「発作起こしたの俺のせいみたいな空気になるしぃ、父上から『何で手紙に書かないんだ!』って家ですっげぇ怒られるしぃ」


 話しを一向に止めないのでレオナールは諦め、ベッドで寝ていたのをやめて座り直した。


「……はぁ……そうか……」


「何が腹立つってさぁ、剣術大会さぁ、コンスとセレスも来てたんだよ。コンスはさぁ、『ヴァルもいろいろ忙しかったんでしょう。それよりも優勝したことを褒めてあげて下さい』ってフォローいれてくれてさぁ」

「ほぉ、コンスタン殿らしいな」


 コンスタンはヴァルの10歳上の兄だった。コンスタンが話した台詞の部分を、ヴァルは似せた声色で話した。かなり似ていたので、レオナールは内心、流石兄弟だなと感心した。


「なのになのになのになのに!! セレスが『いや、そんな事よりもレオナール様のことの方が重要では?』って、俺が怒られんの見たくて見たくてしょうがねぇって顔してんの!!」

「そうか、それはセレスタン殿らしいな」


 セレスタンはヴァルの5歳上の兄だった。セレスタンが話した台詞の部分を、ヴァルはかなり似せた声色で話した。これも似ていたので、レオナールはやはり流石兄弟だなと感心した。


「『そんな事より』って何!? 自分は優勝出来なかったクセによぉ!! ずっとニヤニヤニヤニヤしやがって!! どぉやったら誰にもバレねぇであいつ殺せる!?」

「諦めろ」


 ヴァルはソファにあったクッションを引き裂きそうだった。長男コンスタンとは仲が良いが、次男セレスタンとは仲が悪い。幼い時から仲良くしている所を見たことはなかった。


「クソっ! 腹立つ! ストレスがやべぇ……もぉ飲みに行こぉぜぇ!」

「分かった」

「レオの奢りだからな! アルとルネも誘おうぜ!」

「どうぞ。だがローズにドレスを渡してからだ」

「よっしゃ! なら善は急げだ。ドレスお持ちしますねレオナール様」


 ヴァルは立ち上がると、茶色く滑らかで艶のある衣装ダンスを開けた。レオナールも立ち上がり、背伸びをする。


「コートも取ってくれ」

「分かってるって……え……あれ?」


 様子がおかしい。ヴァルは首を傾げて眉をひそめた。


「どうした」

「ドレスってここに置いてたよな?」

「ああ」

「無ぇ」


「……は?」


 レオナールはヴァルの隣に行き、衣装ダンスの中を見た。いつも置いてあった場所には何も無い。


「どっか移動させた?」

「いや、させていない」


 移動させた覚えもない。綺麗さっぱり無くなっている。


「昨日、確かにあった。確認したからな……何で……あ……あーーーー!!」

「何!?」


 珍しくそんな声を出すレオナールに驚いて、ヴァルは肩をビクッとさせた。


「やられた! 母上だ!!」

「え? リリアーヌ様がどうした?」

「母上が盗ったんだ! 俺が朝食を食べてる間に!」

「えぇ……いくらリリアーヌ様でもそんな事するか? ドレスあり過ぎて、孤児院に寄付して迷惑がられてんのに? しかもあのドレス結構若い子向け――」

「違う! レティシアにあげたんだ!」


 頭を抱え唸り声を上げた。母リリアーヌの言動を考えれば有り得る話である。こんなことを勝手にしてしまう人なのだ。


「疲れる……ストレスが溜まる……」

「とりあえず1回確認しようぜ。まだわかんねぇじゃん」




***


「ええ、あげましたよ。レティシアちゃんに」


 リビングで何かのハーブティーを飲みながらリリアーヌは答えた。一切悪びれる様子もなく、「何が悪かったの?」と言った顔である。

 レオナールはギリギリと歯を食いしばり、握る拳は震えていた。ヴァルは顔をひきつらせ、レオナールがリリアーヌにいつ飛びかかってもいいように心の準備をした。


「何故あげたのですか!」

「いいじゃないの。可哀想だったんだもの」

「『可哀想』!? 勝手に盗られた私の方が可哀想です!」


「馬鹿を仰い! 特別招待席にレティシアちゃん呼ばないで他の女を呼んだくせに」

「私はレティシアに気持ちがないんです!」

「そのうち好きになるわよ」

「いい加減に――」

「この話しは終わりよ。もうあげたんだもの。すっごく喜んでたわ。靴もアクセサリーも可愛いかったわ。レティシアちゃんに似合ってたわね」


 そう言ってハーブティーをひと口飲んだ。


「うん。美味しいわ。話しはそれだけかしら? 私、もう少ししたらオデットちゃんの舞台を観に出掛けるの。一緒に行く?」


 レオナールは怒りが収まらない。今までひたすら我慢してきたが、遂に殴ってしまいそうである。ヴァルは見かねて「大丈夫でーす」と言い、レオナールを半ば引ずるように連れ出した。そして、そのままローズの元へと向かった。


「何よ。一緒に行ってくれてもいいのに」


 リリアーヌはハーブティーと共にテーブルの上にあった、木苺味のマカロンを手に取って食べた。

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