45.32.5話 大切な人へのドレス 1
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――剣術大会終わり。
――レオナールが王都ラファル邸へと帰った後。
レオナールは家に戻るとシャワーを浴び、天蓋付きのベッドに横になった。
「流石に疲れたな」
そう呟き小さく溜息を吐くと、ローズのことを思い出す。
案外自分に惚れている様だと安心した。ローズにはああ言ったが、自分への第一印象があまり良くなかった為、惚れさせることが出来ないことも覚悟した。
(いらぬ心配だったな……)
ホッと胸を撫で下ろし、起き上がって衣装ダンスを開けた。そしてラッピングがされたある箱を確認する。箱は大中小の大きさの物がそれぞれ1つずつある。
それは全てのローズの為に買ったものだ。
大きい箱にはドレス、中ぐらいの箱には靴、小さい箱にはアクセサリーが入っていた。レオナールはそのうちの大きい箱を開けた。淡いミントグリーン色をベースに、白い小花の刺繍がいくつもしてあるドレスだった。
街を歩き、ショーウィンドウに飾られているのを見て買ったものであり、もしローズと交際出来なかった場合、捨てられてしまうものだった。
(明日渡さねば……)
そう思っていると、扉を叩く音が聞こえる。コーヒーを頼んでいたので、持ってきたのだろうと返事をした。すると、シュエットが銀のトレイにティーポットとティーカップを載せて入ってきた。中身はルビー色の液体で、明らかにコーヒーではない。
「それは紅茶か? 頼んだのはコーヒーだが?」
眉をひそめ、不機嫌な声を出した。シュエットは「申し訳ありません」と答えると、テーブルにそれらを置いた。
シュエットがこんな間違いをする訳が無い。そう疑問に思っていると、今日はいつもと違うのだと思い出す。
「ああ……母上か……」
そう言ってガックリと肩を落としながら、右手で頭を抑えた。今日は自分の剣術大会の為、両親が来ている。勿論泊まるのはこの家である。母親は剣術大会に興味はない為、王都に来はしたが舞台を観ていたのだろう。
そして先程帰ってきたのだと分かった。
「用意をしていましたら、奥様がお見えになられまして――」
「何となく察した。ああそうか……雑草茶か……」
「失礼ね! 雑草茶ではなくて薬草茶よ!」
40代のほっそりとした女性が扉の前に立っていた。年齢の割には若く見え、どことなくレオナールに似ていた。
「もう! 可愛い息子の為に、疲労回復効果のあるハーブティーを入れたと言うのに」
「その可愛い息子はコーヒーが飲みたいのです。ハーブティーは好きではないと、何度も言っていますが?」
「そうね。でも、コーヒーよりもこっちの方が良いでしょう?」
「せめて紅茶を――」
「疲れているんだからこっちになさい」
ゆっくりと唸るような長い溜息を吐き「はい」と答えた。母親は何を言っても聞かないのだ。無駄な押し問答をするよりも、さっさとこちらが折れた方がいいことを知っている。
「全く……サロンでは人気なのに、どうして貴方もアルベールも嫌がるのかしら。お父様だけね、美味しいと言ってくれるのは。あ、それと今日はレティシアちゃんが夕食を共にしますから」
そう言われ目を見開いて「はぁ!?」と大声を上げた。
「どうしたの?」
「何故レティシアが! 王都タンペット邸はすぐそこですよ!」
王都タンペット邸は道路を挟んで斜め前にある邸宅だった。ブランティグルは貴族の居住区なので、家が近かった。
「でも貴方の婚約者じゃない」
「私は認めていません」
「無理よ。1度ならず2度までも。それに、サロメちゃんの時は双方共に合意があったけど、レティシアちゃんは違うじゃない」
「ですが――」
「もう諦めなさいな。お父様は2回解消することを許さないわ」
「嫌です」
「いい歳して駄々を捏ねるのはやめてちょうだい。レティシアちゃん可愛いのに。何が問題なの」
「全部です」
「もう、そんなこと言って意地悪するんだから。可哀想でしょ!」
「意地悪とかそう言う問題ではありません」
「とにかく! 夕食は一緒です! あと――あら、それは何?」
そう言って母親は衣装ダンスの中にある箱を指差した。レオナールは、これ以上面倒になるのが嫌だったので「特に」と言い衣装ダンスを閉めた。
「私への贈り物?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「ならレティシアちゃん?」
「有り得ませんね」
「じゃあ誰に贈るの?」
「答えません」
「……貴方、他の子にそれを上げるつもり? 見たところクラルテのお店の箱よね? 箱の大きさから服じゃないの。誰にあげるの」
「教えません」
「まさか本命が出来たの?」
「どうでしょうね」
「やめてちょうだいそんなの。それ、レティシアちゃんにあげなさい」
「は? 意味がわかりません。何故、私がレティシアにドレスをあげなければならないのですか」
「貴方からの贈り物だってなったら喜ぶでしょう」
「……もう本当にいい加減にして下さい。これをあげることは有り得ません」
「ドレスの1つや2つあげなさいよ。減るもんじゃあるまいし」
「減りますよ!」
「レティシアちゃんにプレゼントも何もした事ないじゃないの。彼女は貴方の婚約者なのよ」
「ですから、認めていないんです! 勝手に婚約者にされて――」
「そうやってレティシアちゃんを蔑ろにするから、お父様も私も色々言いたくなるのよ。それじゃあ私は行きますから。あ、そのお茶は飲むこと! いいですね!」
レオナールは返事をせず、黙って目を逸らした。母親は溜息を吐いて部屋を出る。シュエットも同じタイミングで部屋を出た。
仕方なくカップを手に取り、ひと口飲んだ。
「酸っぱっ」
顔を顰めて口を手で抑え、カップを置いた。
(不味っ……)
母親は『サロンでは人気』と言っていたが、レオナールには何がいいのか分からなかった。
(余計疲れた、ストレスが溜まる……)
母親に話が通じたことなど1度もない。花に本を読み聞かせている様なもので、苦手な相手だった。レオナールはそのままベッドに横になり、夕食の時間になるのを待った。




