43.自暴自棄
(もうどうだっていい……どうなったっていい……)
馬車の場所が分からないので、そのまま歩いて帰ることにした。足が痛くなろうが構わなかった。
暴漢に襲われようとも、それでもいい気分だった。なんなら襲われて死にたい気分である。
日を跨いだ時間、ブランディグル内は誰も歩いていなかった。貴族の居住区なので道は綺麗で街灯もある。そこまで怖さは感じなかった。
(ほんとにバカみたい。浮かれてた……貴族なんて平民のことお遊びとしか思ってないのに……私だけは違うって思ってた……)
手当てをした足が再び痛くなってきた。血が滲んでいるのが脱がなくても分かる。ズキズキとした足でゆっくりとそのまま歩き続けると、ブランティグルの門まで来た。門番はローズを見て不可思議に思い、首を傾げる。
「こんな時間におひとりですか?」
「はい。出て行きたいんです」
「それは止めた方がいいかと。私達も危険がわかっていて出させる訳にはいきません」
「でも――きゃっ!」
食い下がろうとすると、突風が吹き抜け転けそうになった。だが転けることは無く、とある人物に支えられていた。
「ふぅ、見つけた」
抱き締められるように支えられていた。顔が近くて驚いていると、門番は「アルベール様」と言い、右手を胸に当てお辞儀をしている。
「はいはい、ご苦労さまー。ローズ、探したよ。ちょっとこっち来て」
そのまま門から少し離れた所へと移動し、アルベールはローズを離した。よく見ると彼の右手には短剣を持っており、それが魔具、風の剣だと分かった。
「良かったー。あの門番優秀だな」
そう言って風の剣を、腰にある鞘へと納める。鞘と柄に嵌め込まれた緑色の石が、光源灯に照らされ輝いていた。
「どうしてここにアルベール様が?」
「アルで良いって」
「無理です。バチが当たりそうで……」
流石に『アル』と気軽に呼べる存在ではない――本当はレオナールもヴァルも気軽に名前を呼んでいい存在ではないが――そう思い俯いていると「んー……分かった」と言い、残念そうに溜息を吐いた。
「それで、どうしてここにいらっしゃるのですか?」
「レオから言われた。レティシアのこと知ったんでしょ? それで、温室にもどこにも居ないからさ、帰ったのかもしれないって。探して止めといてって言われて魔法使って急いでここに来た」
「魔法?」
「そう。風を使って移動すんの。めっちゃ早く移動出来る。馬車や馬なんかよりもね」
「そう……ですか」
「流石に『こんな真っ暗の中帰らなくない?』って言ったんだけど、『ローズならやりかねん』ってさ。本当に帰ってるとはね。レオの言う通りだ」
そして「ははっ」と笑う。ローズは俯いて「ほっといて欲しかったです」と言うと、アルベールは鼻で息を漏らした。
「ねぇ、ローズ。いくらなんでもこんな夜遅くに女性1人で歩くのはダメだよ。皆心配する」
「もうどうでも良かったんです。正直死にたいとすら思いましたから」
目から涙が溢れ、流れ落ちた。そのまま止まることなく、静かに流れる涙をハンカチで抑えた。
「婚約者がいるなんて知らなくて……それに……」
彼女はとても良い子だった。悪い子、嫌な子だったらどんなに良かっただろうか。こんなにも心を傷めなくて済んだかもしれない。
「レオナールは彼女を――」
「ローズ。ちゃんとレオと話しな。レオはレティシアのことは今日話すつもりだったんだよ。変な形で知られる予定はなかったんだ」
「どんな形で知ろうとも、婚約者が居ることには違いがありません」
「とにかく話して。さっきもレオは慌ててたんだ。ローズが居なくなってあんな焦ったレオ初めて見た。僕に頼み事をするのも珍しいんだよ……命令は良くあるけど」
「無理です……会いたくない。だって――」
『大切な人』は私じゃない。
辛い現実が重くのしかかる。言葉にも出来ない程だった。言葉にしてしまえば、それをら完全に認めることになり、胸が苦しくなってしまう。
「ダンスだって……踊って……ひっく……」
女性からはダンスを誘わない。それはマナー違反だと教わった。ということは、あの2人のダンスはレオナールから誘ったということである。わざわざレティシアを探し出してまで踊りたかったのだろう。
「ダンス? あー、アレ見ちゃってたのか……そうか……でもあれは父さんが――」
「もう良いんですっ、私はっ、私のことはっ、レオナールにとってっ、ちょっとっ、遊びたかった女っ、なんですからっ、はっ」
(あれ……なんでだろ……息が苦しい)
「そんなことないよ」
「そんなことっ、あります、だからっ、会いたくないしっ、帰りたっ――」
「ローズ!」
アルベールに大声で名前を呼ばれ、両肩を掴まれた。驚いて目を見開いていると「落ち着いて」と優しい声で言われた。
「息をゆっくり吸って。呼吸が変になってる。気付いてないでしょ」
言われて気付く。だが抑えようにも抑えられない。
「落ち着いて。ゆっくり吸って……吐いて……ゆっくり……そうそう、そのまま……」
ローズは言われた通りに呼吸しながら、アルベールは背中をさすった。どれくらい経ったか分からないが、だんだんと呼吸が落ち着いてきた。
「申し訳……ありません」
「大丈夫だよ」
アルベールは微笑み、「レオと話そう」と言う。
「ですが――」
「これからどうするのかは分からないけど、ちゃんと話し合った方がいい」
「……そうでしょうか」
「うん。話し合いは重要。正直レオは話しにくいことを後回しにする悪い癖があるんだ。その結果が今日のこれなんだよね。だから責めるだけ責めたらいいんだよ。なんなら殴ったって罵ったっていい」
そして「そんなことが出来るのに、このまま居なくなるのは勿体ないでしょ」とニヤッと笑う。そう言われて少し笑ってしまい、軽く頷いた。
「あっ……噂をしてればなんとやら」
アルベールの視線の先には馬車がいた。
(そう……そうだ。ちゃんと話す……悲しんでばっかりなんて、なんか私が損してる気分……文句を言ってやるんだから!)
ローズは両頬をバチンと叩いて気合いを入れた。近付いてくる馬車の御者席には、ヴァルが座って馬を操作していた。
そして2人の真横に場所をつけた。
「お疲れ」
ヴァルが御者席から話し掛ける。
「門番が優秀だった」
「へぇ、珍しい」
ヴァルは後ろの壁を拳でコンコンと2回叩いた。すると、馬車の扉が開きレオナールが出てきた。一瞬だけ目が合うと、レオナールは目を逸らし何を言おうか悩んでいる様子だった。ローズはそんな姿のレオナールに何だか腹が立った。
そしてレオナールは深い溜息を吐いた。
(溜息!? ふざけないでよ!)
「レティシアのことは――」
――バチンっ!!!!
レオナールが話している途中で、ローズは思いっきり彼の左頬をひっぱたいた。大きな乾いた音が響く。レオナールは目を見開き、ヴァルとアルベールは口を大きく開けて唖然としている。
「ホテルまで送って」
冷たく言い放ち、馬車へと乗り込んだ。レオナールは気まずそうに馬車へと乗る。ヴァルとアルベールは顔を見合わせると、互いに吹き出した。
馬車はホテルスレイプニルへと向かう。アルベールは風魔法を使って王都ラファル邸へと戻った。




