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42.楽しい恋バナ

「ふふっ、そうですね……悲しいことに、それはもうずっと前から片想いです」

「いつからですか?」

「うーん……多分10年くらい前でしょうか」


 彼女は恥ずかしそうに、持っていたハンカチを何度も揉んだ。


「わぁ、随分長い。切っ掛けは何かあったんですか?」

「幼心にも、格好良いなって思っていたんです。話せばドキドキするくらいには、好きな顔立ちだったのでしょうね。でも1番のきっかけは……」


 少女は当時を思い出し、軽く視線を下げた。


「幼なじみ達と隠れんぼで遊んでいたのですが……私、隠れるのがすっごく下手で、直ぐに見つかってしまって。日も暮れるからこれで最後って時に、意地になってダメって言われてた遠くの小麦畑の方まで隠れたんです」


「でも、それだと――」

「勿論見付かりません。だってズルをしているんですもの。それに加えて私は迷子になってしまったんです」

「あららー」

「畑も広くて、意地で遠くまで歩いてしまい、その上迷子です。いくら探してもいない私に皆大慌て。大人も出てくる羽目になりました」


 少女は再び視線を上げる。そして嬉しそうに微笑んだ。


「皆で私を探しました。ですが日が暮れて辺りはもう暗くなってしまって、私はしくしく蹲って泣いていたんです。で、そんな時に見つけてくれたのが――」

「片想いの相手?」


「そうです。私にとっては王子様に見えました。泣いている私の手を引いて、一緒に戻ったんです」

「それは確かに好きになってしまいますね」

「ふふっ、そうですよね。私の手を引く横顔がとても格好良くて、大好きな人になりました。それから数年が経った今、私は彼の婚約者になりました」


「……え? えーーーー! おめでとうございます!」

「ふふっ、ありがとうございます」


 大団円ハッピーエンドである。彼女も幸せそうに笑っていた。

 だがここで1つ疑問がある。

 何故彼女は泣いていたのだろうか。意中の彼と結ばれたのである。泣く必要は無い。


「え……っと……その――」

「何故泣いていたのか? ですよね?」

「あっ……ごめんなさい」

「いいんです。なんだか、話したい気分で。知り合いや友人に話しても『また泣いてる』とか『いつもの事でしょ』としか言われませんから。いっその事、知らない人に聞いてもらいたいなって。だから聞いてください」

 

「……私なんかで良ければですけど」

「ありがとうございます」

 

 彼女は意を決したように、息をゆっくりと吸う。


「彼、私を誘ってくれないんです」


 そう言う彼女の表情はとても悲しそうだった。


「え……?」

「私との婚約が嫌なんです、彼。こういったパーティーは婚約者や交際相手と入場するものでしょう? ですが、彼は私と一緒に入場してくれません。他の女性と入場します」


(そうなんだ……)


 『こういったパーティー』に初めて来たので、一緒に入場する人を誰と一緒でなければならないとかは分からなかったが、彼女がそういうのならそうなのだろう。


「実は今日は少し期待したんです。もしかしたら一緒に入場してくれるのかなって。ですが、案の定声なんてかけてくれませんでした。1人会場に行って入場して、友達と話して……で、そこで友人達が聞いた話しでは『他の女性と入場するらしい』と」


「……そんな」

「それで居た堪れなくて、相手の女性も見たくないのでここに避難していたんです」


 どうやら彼女は壁の花ではなかったようだ。だがここで泣いていた理由が余りにも酷い。ローズはその婚約者に腹を立てた。


(こんな可愛い子をないがしろにするなんて……)


「なんて酷い婚約者なんですか……あ、ごめんなさい」


 いくら酷い婚約者でも、他人からそう言われるのは嫌だろう。そう思い彼女に謝ると、彼女は笑っていた。


「よく言われるんです。『何がいいの?』って。でも、説明出来なくて。好きなものは好きなんですよね」

「分かる!」


 ローズもサロメから言われたことだった。でもやはり説明が出来ない。好きなものは好きなのである。


「すっごく分かります! 私も言われるんです! 実は私、交際相手がいるんですけど、いい所は顔だけと言いますか、性格が俺様でまぁ酷くて。でもやっぱり好きなんですよね」


 腕を組んで、うんうんと頷きながら話した。すると彼女は笑って「仲間ですね」と答えた。


「好きなものは好き。本当にそうですよね。私はよく『婚約解消したら?』とも言われるんです。でもこの婚約は、私にとって運命なんです。だって、彼は1度他の女性と婚約していたんです」

「え!」

「その前は他の女性と交際を。巡り巡ってやっと私に好機が訪れて来たんですもの。絶対手離したくないんです」


 彼女はショールを置いて立ち上がった。そして「見てください、このドレス」と言ってくるりと一回りした。


「わぁ! 可愛い……ん?」


(あれ……これって、このドレスって――)


「このドレス、彼が贈ってくれたんです。いつもそんなことしないのに。だから…… さっきも言いましたように今日は少し期待していたんです。一緒に入場してくれるのかなって」


 ミントグリーンに白い小花の刺繍があしらわれたドレスである。そのドレスは、レオナールと一緒にクラルテへと行った時、ショーウィンドウに飾ってあった物だ。

 とても彼女に似合っており、まるで妖精のようだった。


(え、店員さん……同じドレスは売らないって言ってたよね……)


「分かっているんです。私のことなんてなんとも思っていないって」


(手を加えたり色を変えたりなら売れるって……これは、あのショーウィンドウで見たままのやつ……手を加えられてない……)


「でも、こんな風にドレスを贈られたら少しは期待しません?」

「ええ……そうですね……」


(レオナールが『大切な人への贈り物』として買ったドレス……だよね)


「……とまあ、こんなことが理由で泣いておりました。気まずい思いをさせてしまい申し訳ありません」

「いえ……その……大丈夫ですよ。お話ありがとうございます……」


 ローズは混乱する頭を整理させた。


 彼女の好きな相手は昔、交際相手がいた。だが破局しその後、婚約者が出来た。だがそれもなくなり彼女が婚約者となった。彼女が着ているドレスは、レオナールが『大切な人への贈り物』として贈ったドレスだ。そして彼女は婚約者からそれを貰っているのだ。


(ああ……嘘だと言って……)


「あの、失礼ですが、お名前を聞いても宜しいでしょうか」


 胸が張り裂けそうである。考えていることが間違っていることを祈った。だが、無情にもそれは覆されることは無かった。


「あ、申し訳ありません。レティシア・ヴァン・タンペットです。私もお伺いして宜しいでしょうか?」

 

 ローズは口を手で抑えた。動揺して手が震える。俯いておかしくなる呼吸を必死に落ち着かせようと、大きく息を吸った。


「あの……大丈夫ですか?」


 先程までの違う様子のローズに、レティシアが気付いて顔を覗き込んだ。


「え!? 顔が真っ青ですよ!」

「あ、大丈――」


「レティシア?」


 心臓が跳ね上がった。会いたくて、今1番会いたくない相手である。


「レオナール様」


 レティシアは立ち上がり、膝を曲げて挨拶をした。レオナールがこちらに歩いてくる足音が聞こえる。


「探したぞ。また訳の分からない所にどうしている。いや、それよりも――……」


 レオナールがこちらを見ている。「何故ここにいる?」もしくは「何故一緒にいる?」と言った顔だろうか。


「いや、何でもない……。レティシア、父上が探している。広間へと来てもらう」

「エメリック伯父様がですか?」

「そうだ。さっさと来て欲しい」


「……分かりました。それと、このドレスありがとうございます。御礼を言えていませんでしたので――」

「そんなことはいい。早く」


(ああ……本当にあげたんだ。レティシアさんが大切な人なのね。冷たい態度を取っているけど、本当は、彼女が大切なんだ。私は、いっときの……)


「お話聞いてくださり、ありがとうございました。あと――」


 レティシアはローズへと近づき、「実はこちらの方が先程の話の人なんです」と耳打ちした。


「……そうですか」


 レティシアは微笑んで膝を軽く曲げてお辞儀をすると、温室から出て行く。レオナールはそのまま立っていた。何を話したらいいのか、ローズは分からなかった。


「彼女を父上の所まで送る。それでやることは終わるから、ホテルに送ろう」


 沈黙を破ったのは彼だ。


(彼女を探すことが、『やらなければいけないこと』だったのね……)


「もう少しだけ待っていてくれ」

「よくそんなことが言えるね。私、彼女と話してたの。婚約者なんでしょ?」


「……少し待っていてくれ。話すから。だから――」

「否定しないんだ。やっぱり婚約者なんだね」


「……そうだ。だが――」

「帰る」


 立ち上がってレオナールの横を通り過ぎようとすると、「ローズ!」と腕を掴まれた。


「離して!」

「話しを聞いてくれ」

「嫌! もう家に帰る!」

「その格好で家には帰れないだろう。それにもう夜遅い。外は真っ暗だ。そんな格好では何があるか分からないぞ」


 ローズはレオナールの腕を振り払った。そのまま何も言わずに俯いたまま立っていた。レオナールはそんなローズを抱き締めようとしたが、ローズは1歩後ろに下がって拒否をした。


「……直ぐだ。直ぐに戻る。ここに居てくれ」


 何も答えなかったが、レオナールはそこを立ち去った。ローズはここに留まる気にはなれなかったが、直ぐに動くことも出来なかった。

 何で、どうして、と考えが巡り、涙が溢れ出てきた。


(上手くいけば二股しようとしてたってこと? それとも結婚までのお遊び? みんな知ってて黙ってたんだ……ああ、違う。言おうとしてたけど……そうか……そう言えば、『あいつ本当に嫌な奴よ』とか、『噂と違って案外良い奴、なんて思ったら大間違い』って言ってたもんね……私が……バカだったんだ……)


 ローズは脱力したようにベンチに座る。何もしたくなく、何も考えたくなかった。


(もう嫌だ……どうしたら……)


 何分か経った頃、このままいてもどうしようもないと思い、立ち上がった。


「帰ろう」


 そう呟くと、歩く気をなくした足に鞭を打って歩き出した。

 ローズは再び邸宅の中に入って玄関へと向かう。そして、来た時の馬車を探したが何処に置かれたのか分からなかった。


(結局レオナールを待たなきゃいけないの?)


 頬に伝う涙を拭い、ローズは再びラファル邸へと入った。そして広間へと戻ると、男女の歓談でうるさかった広間が静かだった。


 クラシック音楽が響き、大声で話していた男女はヒソヒソと小声で話している。

 何があったのかと不思議に思っていると、広間中央でレオナールとレティシアの2人だけが踊っていた。その周りを遠くから取り囲むように、周りは見ている。


(何……これ……)


 ダンスは女性からは誘わない。ならば、レオナールから誘ったということだ。


「ねぇ、見てくださいな。レティシア嬢のあの嬉しそうなお顔」

「結局、あの2人が結婚するのですね」

「まぁそうでしょうね。いとこ同士ですし、一族的にはそれが1番だと思っているでしょうから」

「なら今日レオナール様と一緒に来た女性はどうするのでしょうね」

「そんなもの、愛人にするに決まっているでしょ。大勢いるうちのね」


(なるほど……わざわざ探し出してまで一緒に踊りたかったってことね……)


 ローズは踵を返して広間を出ると、そのままラファル邸を出た。

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