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40.気になる

***


「それってもしかして、レティシアって人ですか?」

「あら、知ってるじゃない」


 ソレイユレーヌよりも気にすべき相手は、『レティシア』という女性だと言う。だが彼女が一体どのような存在であるのか分からない。


「誰なんですか。レティシアって」

「教えてあげるわ」


「言ったらダメよ」

「どうして?」

「レオナール様から話すことだわ」

「今でも後でも変わらないと思うのよね」

「変わるわ。それに、ヴァルが怒るわよ」


 そう言われサロメは顔をしかめ「そうね」と言って、持っていた紅茶を置いた。


「え……じゃあ教えてくれないんですか?」


(すっごく気になるのに!)


「ええ。言うのやめるわ。でもね、ローズさん。私から言わせてもらうと、あいつ本当に嫌な奴よ。今貴女にはレオナール大好き眼鏡がかかってる。それを一度外して頂戴。噂と違って案外良い奴、なんて思ったら大間違いなんだから」


「はぁ、相変わらずサロメはレオが嫌いですね」

「まだ根に持ってんだってー」


「当たり前でしょ!」


 フンッと鼻を鳴らして、サロメは目の前にあったマカロンを頬張った。ローズは再びナギナミ菓子を口に入れようとする。


「それ不味いでしょ?」

「え?」


 アルベールが眉をひそめてそう言う。


「いや、結構美味し――」

「いいよ、いいよー。無理しなくて。どうせヴァルが勧めたんでしょ。ヴァルそれ好きだから。でもヴァルってちょっと味音痴な所あるんだよねー。だから無理して食べなくていいんだよー」


(え!? 美味しいと思ってたんですけど!?)


「そんなこと言わないであげて。ダーリンは味覚の幅が広いだけよ」


 ローズは愛想笑いをしながら「まぁ、折角なので」とひと口食べた。


「そうだ。レオ待ってる間に面白いこと教えてあげるー」


 今度はアルベールが隣に座る。


「何ですか?」

「サロメは昔、レオの婚約者だったんだー」


「えぇ!?」

「安心して。全く好きな相手ではなかったから」


 当時のことを思い出したのか、サロメはギリギリと歯を食いしばっていた。それを見てアルベールは笑う。


「いつも喧嘩ばっかりしてたのにね。父さん的には、レオにズバズバ意見を言えるからって理由で婚約者にしたみたいなんだけど、まぁ揉めてね。笑っちゃうでしょ」

「は、はぁ」

「そんでさ、その時レオが『娼婦顔の女は好みじゃない』ってサロメのこと言ったもんだから――」

「一生許さないわ! あの男!」

「とまぁこんな感じで恨みが深くてね」


 アルベールは笑いながら説明する。


(なるほど……それは嫌いになるかも……)


 だが失礼なことをサラッと言ってしまうのが、レオナールらしいなと思った。


「でもそん時にいいことも言ったんだよ。サロメとヴァルは付き合ってるから絶対に無理、ってレオが言ってね。でも2人はその時付き合ってなくてさー」

「え!」

「ヴァルはサロメのことずっと好きだったのに、告白もなーんもしないでいたから、レオが思いきって嘘ついて、色々あって2人は急遽付き合うことになったんだよ」


「まぁ……それは感謝してるわ。でも、それとこれは別よ!」


「それとね、ヴァルは昔うちに住んでたんだ。ここの王都ラファル邸じゃなくて領地の方ね。家族の問題でなんだけど――」

「家族の問題?」

「うん。ヴァルはミストラル家の三男なんだけど、次男と仲悪くてさ。その次男がヴァルを虐めるわけ。今はやられたらやり返せるけど、5歳も違うから小さい時はやられっぱなし。それで、ミストラル卿がうちにヴァルを預けたの。だから、父さんはヴァルのこと甥っ子みたいに可愛がっててね。レオはこう言えば婚約破棄になるって分かってたみたい」


 そう言えば王都ラファル邸に泊まった時、次男と仲が悪い、とヴァルは言っていた気がする。

 サロメはバツが悪そうに紅茶を飲み、ヴァルの方を見た。ローズもそちらに視線を移すと、ヴァルはまだソレイユレーヌと話し合っている。あまり楽しそうな雰囲気ではなかった。そして2人は移動し、先程レオナールが上って行った階段の下で立ち止まった。


「レオはもう少しかかるかな」


 アルベールは2階を見上げる。ここからはレオナールとソファに座ったラファル卿が見える。他にも数人の大人たちが1階を見渡していたり、それぞれ談笑していた。

 また1階の端では、中年のご婦人達が笑って話し合っていた。


(踊るのは若い人達ばっかりなのか……あ、そうか。お見合いなんだっけ)


 貴族に跡取り問題は付き物だった。血縁関係が無ければ爵位は継げず、もし子供がいない場合、遠縁から探し出さなければならなかった。見たことも聞いたこともない遠縁に財産を渡すより、我が子に遺したい。なので、こういった場は重要だった。


(跡取り……本当に大丈夫なのかな……いや、いやいや、そもそも結婚するまで付き合うとは限らないか……でも……いや……うーん……)


 不安が付きまとう。ローズは2階にいるレオナールを見て、早く帰ってこないな、と願った。


「そういやブノワが踊ってたよ」


 アルベールがそう言うと「え!? 本当に!?」とサロメが驚いていた。


「うん。珍しいよねー。あ、ブノワってサロメの双子の弟なんだけど、あそこにいるサロメの顔に余白を足した――」


 雑談は続く。アルベールは色々と教えてくれた。ローズが退屈しないように話してくれたのだ。


 しばらくすると、レオナールが話し終わったのか階段近くにいるのが見えた。そのまま目で追うと、階段を下りてそこにいたヴァルとソレイユレーヌと話している。次にヴァルがそこから去ってこちらに戻ってこようとしている。

 ヴァルが去った後、レオナールはソレイユレーヌの頬に触れ、優しく微笑んで何か話していた。


(え……何あれ……)


 そんな姿を見てしまい、ローズはモヤモヤした気持ちが溢れ出す。レオナールはソレイユレーヌに対して優しいように思えた。彼女を見る表情は、以前一緒にいたメリッサ達とは明らかに違う。

 

(嫌だ……そんな顔しないで……頬にも触れないでよ……)


 ソレイユレーヌはレオナールに未練があることも見ていて分かった。どうしてもそれが気がかりでモヤモヤしていたが、その度に「大丈夫、レオナールに未練はない」と心の中で言い聞かせていた。


 だがもし、レオナールにも未練があるのだとしたらどうすればいいのだろうか。


(もしそうなら、私はあんな美人に勝てるの……?)


 ヴァルがこちらに戻ってくると、ルネと話して今度はルネがレオナール達の元へと向かった。そしてレオナールは此方へと戻ってきた。テーブルにあるナギナミ菓子をひと目見ると、何故か眉をひそめていた。


「遅かったね」


 ローズはそう不満げに言う。自分でもなんて可愛くない女なんだと思う。愛嬌ある女なら、もっと柔らかく優しく微笑みの1つでも浮かべて言うだろう。


「そうか? そんなに遅くはないが……それとも俺と離れている時間が寂しすぎて長く感じたか?」

「違う! 本当に長かった!」


 レオナールは笑い、アルベールが退いた位置に座った。


「悪かったな、遅くなってしまって」


 少しすると2曲目の始まる音楽が聞こえ、レオナールはローズに手を差し伸べた。

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