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39.獅子の居ぬ間に

 曲が終わると先程まで座っていたソファに戻った。他の皆も戻ってくるが、ルネだけは戻ってこなかった。どこに行ったのかと見渡せば、女性と2人で話していた。


(……すんごい美人だなあの人)


 サロメもオデットも美人だが、ルネと話している相手は輪をかけて美人だった。ミルクティーベージュの髪をハーフアップにし、煌びやかな髪飾りとドレスを着ている。美の女神と言っても過言ではない。


(ここには美人しかいないの?)


「ルネが気になるのか?」


 右隣でレオナールがじっと見つめながら聞いてきた。


「え、別に――」

「残念だが、あいつは俺の女には手を出さないぞ」

「そんなんじゃないって!」


 そんな風に思われたのかとムッとした。確かに格好良いとは思ったが、別に気になる相手ではない。するとレオナールは吹き出し、「冗談だ」と笑う。


「心配なんかしていない。ローズは俺に夢中だからな」

「ちょ、こんなとこで恥ずかしいこと言わないで!」

「大丈夫だ。周りをよく見ろ。誰も見ていないし、気にしていない」


 ローズが視線を移すと、ヴァルとサロメもアルベールとオデットも気にしていない様子だった。と言うより、それぞれ2人の世界に入ってイチャついている。


 2組とも互いの鼻がくっつく程に顔を寄せ、「舞踏会が終わったら私の部屋に来るわよね、ダーリン」「もちろん行きますよダーリン」や「なぁオデット。未来の子供の名前を考えたんだ。君の舞台名に因んで、男の子ならオリヴィエ。女の子ならオリヴィアがいいな」「あら、それはとても素敵ね」と、それはもうとんでもないイチャイチャのオンパレードだった。


(ここはどこ!? 私が知ってる世界じゃない!!)


「顔が真っ赤だ」

「だって、驚いちゃって」

「ぷはっ、そんなに恥ずかしがることはない。こんなものだ。特にこの集まりはな」

「どういうこと?」


 するとレオナールも鼻がくっつく程に顔を近づけてきた。


「ちょちょ、ちょっと!」

「駄目だ、離れるな」


「なんでこんなことを!?」

「もう察しているだろうが、ここは見合いの場だ。だから、この人は自分のだと周りに主張している……とまぁ、そんな言い訳を作ってイチャついているんだがな」


「どっち!?」

「半分本当。実際こうでもしないと誘ってくる」

「レオナールも誘われた?」

「いや、女からは声を掛けない。掛けるのはマナー違反だ。掛けて欲しいときは目で訴える。それに男が応じるかどうかは分からないがな」

「なるほど……でも、もし誘われても断ればいいんじゃないの?」

「誘いを断るのは失礼になる。騒ぎ立てる頭が足りないやつがいるんだ。そんな奴は殴ってしまえばいいが、後々面倒だからな。そういう面倒ごとを避けるためにこうしている」

「ふーん。大変なのね。貴族の世界も」


「そういうことだ」


 レオナールは微笑み、ローズの両頬に手を添えると額にキスをした。顔が赤くなる。なぜサロメもオデットも、恋人とそんなことをして顔が赤くないのだろうか。恥ずかしさにローズは仰け反る。


「駄目だ。仰け反るな」

「だって!」

「さっき説明しただろう。それに、俺以外の男と踊れるのか?」


「……無理です」


 練習の成果で多少踊れるようになっているが、正直レオナールのリードがなければ上手く踊ることは出来ない。


「なら、大人しくしていろ。上手かったぞ、さっきのダンス。飴だ」


 レオナールの唇が開いて、ローズの唇と重なる――だがその一歩前で「レオナール様」と声を掛けられた。


 キスを止められ、明らかにイライラした声色で「何だフォルラン」と、レオナールは執事服の男性を睨みつけた。


「旦那様がお呼びです」


 レオナールは眉をひそめ、上を見上げる。見上げた先にはラファル卿が手すりに肘を着き、寄り掛かりながら無表情でこちらを見ていた。


「うわー。めっちゃ怒ってる」


 アルベールがそう言うと、レオナールは鼻で笑った。


「行ってくる」

「え、待って! 私は、その……うーん……」


 もし万が一、億が一にでも誘われたらどうすればいいのだろうか。だが誘われることなんて有るのだろうかと悶々としていると、レオナールはそれを察したのか「誘われたら断れ」と言った。


「え、でも失礼なんじゃないの?」

「あんな話信じるな。嘘に決まっているだろう」


「え!?」

「断っていい大丈夫だ」

「変に考えちゃったじゃない!」

「悪かった」

 

 そしてレオナールは額にキスをした。


「いい子で待っていろよ」

「うん……ん? なんか犬扱いしてない?」

「ははっ、気付いたか」

「もう!」

「安心しろ。ただの犬ではない。愛着のある可愛い犬だ」


 ローズがムスッとしていると、レオナールは「行ってくる」と執事と共に行ってしまった。ほんの少し寂しさを覚え、彼の後ろ姿を目で追った。


「久しぶりに見た。レオが楽しそうなの」

「本気だって言ったじゃねぇか」

「そう言われてもさ、中々信じれないだろー?」


 アルベールはオデットとイチャつくのをやめると、遠くにいたルネの方を見た。ローズも同じように見てみると、ルネはまだ美の女神と話している。だが先程と違い楽しい雰囲気と言うよりは、深刻そうな雰囲気だった。


「うーん……大丈夫かな……」


 ヴァルもアルベールの方を見てルネと美の女神が話しているのに気付き、顔をしかめた。


「ちと厳しそうだな」


(美の女神を落とせるかの話し?)


 ヴァルとアルベールが話している間、サロメとオデットはお茶を飲んで話していた。


(私もお茶おかわりしてこよう。あとなんか食べ物取ってこよ)


 ローズは「飲み物と食べ物取ってきます」と立ち上がって、部屋の端にある長いテーブルへと向かった。


 真っ白なテーブルクロスの上には、花瓶に花が活けられていた。その花瓶の間に、サンドウィッチやカナッペ等の片手で食べれる食事や、マカロンやケーキ等の甘い物が並ぶ。


「美味しそう……」


 ローズは白いお皿を取り、玉子サンドウィッチとハムとチーズのサンドウィッチ、そして、ピンクと白のマカロンを1つずつ乗せた。


 すると、後ろの方からヒソヒソと声が聞こえる。


「ねぇ、あの子。レオナール様と来られた子よ」

「ああ、あの子が」

「頭にくるわ。踊っている時にキスまでしていたんだから」

「どうせ遊ばれてるわよ」

「でもなんであんな子なのかしら、特に美人でもない」

「食事も取りすぎで笑っちゃう」


(悪かったわね!)


「どう考えてもレティシア嬢の方がよっぽどマシよね」


(レティシア?)


「初めまして、ローズさん」


 ローズの左側から挨拶をする声が聞こえ、顔を向けると美の女神が微笑んで立っていた。その後ろにはルネが眉をひそめて立っている。


「えあ!? 美のめっ……ゲフッ……ごめんなさい。初めまして」


 驚きすぎてつい口に出しそうになり、咳き込んで誤魔化した。近くで見ても美しく、四方八方どの角度から見ても美人だった。


 ルネが1歩前に出て「ローズ、紹介しますね」と言い、右手を美の女神に向けた。


「私の姉です」

「え、お姉さん?」

「はい」


(通りで! 美形姉弟(きょうだい)だったんだ!)


「では、以上です。行きましょう、(ねぇ)さん」

「え?」


(それだけ!? 紹介下手すぎない!?)


「あら、私は少しローズさんとお話しがしたいのだけど」

「話すことないでしょう。行きますよ」


 ルネは必死に彼女を連れ出そうとするが、彼女は全く動こうとしなかった。


「レーヌ」


 今度は後ろから声が聞こえた。振り向けばヴァルが立っていた。


「あらヴァル。久しぶりね。研修はどう?」

「久しぶり。研修はまぁまぁ……それで、何話してる」

「挨拶をしようかと」


「その挨拶は終わったか? なら――」

「いいえ、自己紹介もまだなのよ。改めまして、ローズさん。ソレイユレーヌ・ヴァン・テュルビュランスです。以後お見知りおきを」

「はい終わったな。ローズ、サロメとオデットが話してぇことあるみてぇだから戻るといい」

「え? はい」


 もう少しソレイユレーヌと話してみたかったが、そう言われてしまったので立ち去ろうとした。


「ねぇ、ローズさん」


 もう話し掛けられることは無いだろうと思っていたので驚き、「はい?」と若干声が裏返った。


「レオナール様とのダンスは楽しかったかしら?」


 ソレイユレーヌは微笑んでいる。この微笑み1つで竜を殺せるのではと思う程だった。だがその質問の意図が分からない。


「えっと……はい」

「もしよろしければ、次は私がレオナール様とダンスをさせて頂いてもよろしいかしら?」

「え?」


「レーヌ。それは、レオが決めるだろ」

「あら別にいいじゃない。私から誘っても」

「良くねぇだろ。あんまレオを困らせんなよ」


 若干ヴァルは怒っているようだった。それでもソレイユレーヌは微笑みを崩さない。むしろ一層美しく微笑んでいる。


「困っているレオナール様も素敵なのよ」

「冗談じゃなく言ってる」

「あら、私もよ」


 静かに、とても静かに火花が散っているようだった。それを見たルネがローズの腰に触れて「行きましょう」とソファ席へと促した。


「え、えっと」


 どうすればいいのか分からないでいると、ヴァルが「端っこにあるナギナミ菓子が美味いから持っていけよ」と遠くを指差した。それを聞いて、ここを離れて欲しいのだと思い従った。


(ナギナミ菓子、これね)


 白い綺麗な半透明のゼリーのような菓子だった。他にも黒と緑色の物がある。ローズは白色のナギナミ菓子を1つ取って、ルネと共にソファ席へと向かった。


「ほら見て、ソレイユレーヌ嬢ですわ」

「はぁ、本日もお美しい……」

「本当ですわ……レオナール様とお似合いの恋人同士でしたのに……」


(……え?)


 ルネは顔をひきつらせ「聞こえちゃいました?」と聞くと、ローズは何度も頷いた。


(あんな美人が元カノ!?!? 確かにレオナールも格好良いから釣り合いは取れてる……美男美女の恋人同士……それに比べて私は……)


 急に足枷をつけたように足取りは重くなる。ソファへと座った。溜息を吐いて肩を落とす。


「ダメでした」


 ルネは苦笑いをしながら、その場にいたアルベール、サロメ、オデットへ告げる。


「だから言ってしまえば良かったのよ」


 サロメは呆れるようにそう言った。


「ごめんなさいね、ローズさん。レーヌが元恋人ってことを教えるなって言われていて……レオナール様なりの配慮なのよ。気にするだろうからって」


 オデットはそう言うと、隣に移動してきた。ローズは「ははっ」と乾いた笑い声を出して、先程取ってきたナギナミ菓子を頬張った。甘さ控えめのモチっとしたお菓子だった。


「あんな美人と付き合ってたなんて……私なんて道端にある雑草です。私の何が良かったのか」


(悲しすぎて泣きそう。このお菓子が美味しい事が救いだ……)


 ローズは深い溜息を吐いた。


「あら本当にとても気にするのね」

「私、恋愛経験がないんです。でもレオナールは違いますよね。経験豊富だから、前の彼女と比べてどうなんだろうって。元カノと比べて上手くやれてるのか、我儘じゃないかとか、何か変なことしてないかなとか」

「私にはその気持ちが分からないわ。過去は過去。今は今よ」


 そう言ってサロメはお茶を飲む。サロメの言っていることは最もである。首を降り、自信を持とうとお茶を一気に飲んだ。


「それにね、レーヌなんかよりももっと気にすべき相手が他にいるわ」

「サロメ!」


 オデットがサロメを窘める。アルベールもルネも顔をしかめた。そう言えば舞踏会が始まる前もそんな事を言っていたような気がする。


「それってもしかして、レティシアって人ですか?」


 先程令嬢達が名前を上げていた女性はレティシアという名前だった。それを聞いてサロメは「あら、知ってるじゃない」と言い、他の3人は目を見開いて驚いていた。




***


「どうしてローズさんと話しをさせてくれないの?」


 ソレイユレーヌは右頬を触りながら、首を傾げる。一挙一動見ている者の心をときめかせた。だが彼女の行動にヴァルは全くときめかない。それは彼女がレオナールの元恋人ということもあるが、それよりも彼女の性格をよく知っているからだった。


(よく言うよ……)


「同じ人と付き合ったもの同士、ちょっとお話したかっただけなのに。レオナール様が何が好きで何が嫌いなのか。何に興味があって無いのか。彼女が知らないことは私が教えて差し上げてもいいしね。きっと楽しいわ」

「それが駄目だって言ってんの」


「あら残念。良いお友達になれると思ったのに」


 ソレイユレーヌはふぅと残念そうに溜息を吐くと、微笑む。


「もういい加減、レオの袖引っ張るのやめろって。結婚したんだろ。旦那がいる。さっきだってダンス踊ったんだろ? レオのことは忘れろ」


 先程まで微笑んでいたソレイユレーヌの顔は崩れる。彼女は急いで扇子で口元を隠した。


「……貴方に何が分かるって言うの?」


 先程までの朗らかな声とは違い、冷たく刺すような声だった。


「ヴァルは良いわよね。大好きなサロメと婚約出来て」


「……2人のことはずっと見てた。俺も残念だったよ。けどな、あれから2年も経ってる。辛い思いをしたのはレオだって同じだ。今レオは前を向いてる。ローズとの幸せが長く続いて欲しいと思う。だから、変に口を出さねぇでやってくれ」


 ソレイユレーヌはヴァルに向けていた視線を外す。


「ダンスには誘うわ」

「レーヌ!」

「誘うくらい問題ないでしょう。それに受けるかどうかはレオナール様次第よ」


 するとレーヌは扇子を閉じて再び微笑む。


 レオナールはサロメを性悪と言うが、ヴァルにはどう考えてもソレイユレーヌの方が性悪としか思えなかった。


 綺麗な顔の裏側を散々見てきた。レオナールに近付こうとする女を、裏で蹴落としてきた女である。勿論、レオナールはソレイユレーヌの行動を知っていた。それを知っても「可愛いな」と笑っていたのだから理解が出来なかった。


 まさに()()()()カップルだったのだ。


 レオナールは思っていることを言う女が好きだった。無欲よりも欲のある女がいい。欲しい物を遠慮せずに言える、我儘な女が好きなのだ。顔は可愛い系より美人系。


 ソレイユレーヌは完璧だった。

 ローズは毛色が違った。とても珍しかったのだ。


「レオはレーヌの頼みは断らねぇ。それ分かってて言ってんだろ。レオを愛人扱いすんのやめろって」


 ヴァルは静かにソレイユレーヌを睨み付けた。

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