38.ダンス
戻ってくると不穏な空気だった。行く前からそうだったが、帰ってくるとより一層酷かった。
「大丈夫?」
「ああ、何も問題は無い」
お茶とシャンパンを持って彼の隣に座った。レオナールはシャンパンを受け取ると、ローズの持っているお茶を見て「それは何だ?」と聞いた。
「分からないけど、なんか酸っぱいお茶」
「ああ……あれか」
味だけで何か分かったらしい。やはり貴族にしか分からないお茶と味なのだろう。オデットも同じお茶を飲んでいるが、美味しそうに飲んでいる。
時間になり、レオナールの両親が階段の上へと上がった。そして客人を出迎える為の音楽が止まった。
「今宵集まりの紳士淑女の皆様――」
2人が舞踏会の始まりの挨拶をする。レオナールとアルベール以外は真面目に聞いていた。2人は余り目立たないよう小声で話し合っていた。
「ねー、レオ。俺の誕生日忘れてない? 先月ですよー」
「ああ、そうだな」
「酷いなー。ルネにはあげたのに。弟には何も無し?」
当主の話しを真面目に聞かなくていいのだろうかと不思議に思うが、自分の両親なのでそんなことが出来るのかもしれない。
「ヴァルはさっきくれたよ? ルネも。レオだけだよ、くれないの。お願いお兄様。お願いお願いお願いお願いお願い! 大好きなお兄様! お願ーい!」
「……はぁ」
仕方なさそうにレオナールは左胸の内ポケットから、銀の懐中時計を取り出した。それはいつも持っている時計だった。
「これをやる」
「やっ――」
案外大きな声が出てしまい、アルベールは口を慌てて抑え、小さな声で「たぁ……」と言った。大声を出したアルベールに、オデットは「もう!」と小声で窘め、ラファル卿は眉をひそめて目で叱りつけた。
アルベールは気まずそうにラファル卿から目を離した後、レオナールから貰った銀の懐中時計を嬉しそうに見つめている。
(仲良いんだ)
兄弟仲が良く、レオナールがお兄さんっぽいことをしていることにも驚いた。銀の懐中時計を渡した後、レオナールはポケットから指輪を取り出し、左小指にはめた。
「それ、何?」
指輪を指さし、そう小声で質問する。
「家紋が入った指輪だ」
「そんなのあるの? 見たこと無かった」
「前は着けていた。だが研修で着けていると身の程知らずの馬鹿に絡まれて面倒だったんだ。それで時計もあるし、まぁいいかと外していた」
「へぇー」
「ま、もう絡んでくる馬鹿はいないから、そろそろ着けてもいいかと思ってな」
そして彼の手を取って近くで指輪を見た。四角い台座に、隼と短剣が刻印されている。
「当主になるとまた違う指輪になる。身に着ける指も右手人差し指だ」
(あ、指決まってたんだ……適当に小指に着けてるのかと思った)
「どうして?」
「さぁな。それがマナーだ」
貴族について書かれた本にもよく分からないマナーが書いてあった。これもそれらのよく分からないマナーの1つだなと思った。
「――では皆様。どうぞお楽しみ下さい」
ラファル卿の挨拶が終わる。
すると再び演奏が始まった。そして男性達は一緒に踊ってくれる女性を探しに行く。誘われた女性はそれを受けたり、断ったりする。パートナーと来ている人は少ないのだと言う。ここは男女の出会いの場でもあるからだとレオナールは言っていた。
(令息令嬢のお見合いみたいなもんなのかな?)
「だーれーにーしーよーおーかーなー」
ルネは立ち上がって女性達を見ている。何人かの女性が彼を見て「私を誘って」と眼力で主張していた。
「程々にな」
レオナールが注意をすると「分かってます」と若干不貞腐れたように言った。
「どの口が言ってるの?」
そうローズがレオナールに言うと、皆は吹き出した。レオナールは無言でこちらを見つめた。
「あ……ごめん」
つい言葉に出てしまった。無言で怒っているのがわかる。
「はぁー、面白いです。レオにそんなこと言うなんて」
「な、言ったろ? ローズは面白いって。じゃあ行きますか、ダーリン」
「ええ、行きましょうかダーリン」
ヴァルはサロメの手を取って広間の真ん中へと移動する。ルネは「では」と女性を漁り――いや、探しに行ってしまった。
「ははっ、ちゃんと意見を言う所もレオの好みだな。では行きましょうか、オデット嬢」
「ええ、アルベール様」
2人も広間の真ん中へと向かった。
「ねぇ、ごめんって」
「別に怒ってなどいない」
「本当に?」
「本当だと思うか?」
「ねぇーほんとにほんとにごめん」
「全く……」
レオナールはローズに手を差し出し、ローズはその手の上に自分の手を重ねた。そして広間の真ん中へと向かう。
「上手く踊れたら、飴をやろう」
「もういいよ、散々貰った」
「嫌いか?」
「…………嫌いじゃない」
「ははっ、ならやらねばな」
人数が集まると、演奏は1度止まった。そして、円舞曲が演奏された。
曲の初めは練習通り、それ以降は練習とは少し違った。周りに人が多くいる中で踊らなければならない。何度かぶつかってしまうのではと思うような時があったが、それは全てレオナールのエスコートによって阻止されていた。
(やっぱり上手いなレオナールは。私は下手だ……)
「集中しろ」
ダンス以外のことを考えていると直ぐにバレる。そして注意をされる。
(何で分かるんだろ)
「顔に出ているからだ」
「え?」
彼はニヤッと笑った。
「心の中を読むのはやめて」
「分かりやすくてな。可愛い子犬のようだ」
「……それって褒めてるつもり?」
「ああ。俺は猫は嫌いだが犬は好きだ」
「ふーん。それはそれは、ありがとうございます」
不満気にそう言うとレオナールは笑う。
「あれ見て、レオナール様よ」
「本当にダンスがお上手ね」
「相手の女は下手だけどね」
「ふふっ、本当。無様で笑っちゃう。人形師に操られたマリオネットだわ」
陰口が聞こえる。だが誰がそんなことを言っているのか分からない。
(そんなの私が1番分かってるから言わないで!)
「馬鹿な言葉に耳を貸すな、集中しろ」
「してるよ!」
「嘘をつくな。リスを見つけた犬のように集中力が無い」
「もう! 聞きたくなくても聞こえちゃうんだよ!」
「そうか……ならもう少し待っていろ。次のタイミングで俺のことしか考えられないようにしてやる」
「ん? どういう意味?」
その質問には答えず、レオナールは口の端を上げて笑うだけだった。そして数十秒後、くるっと回りレオナールに後ろから抱き締められるような体勢になる。その体勢で顔だけ後ろを向いてレオナールの顔を一瞬見つめるのだ。
(ここ結構恥ずかしいんだよね)
そう思っていると、そのままレオナール顔が近付き、唇に重なった。そして直ぐにまたくるっと回り、向き合う体勢になる。目を見開き足が止まりそうになると「ステップ」と注意された。慌ててステップを踏み、持ち直した。
「ななっにすんのっ!?」
「俺しか見えないようになったか?」
「はい!?」
「他を見るな聞くな、目の前の俺にだけ集中しろ」
レオナールがキスした瞬間、数人の女性達が小さい悲鳴を上げ、汚い言葉を使った。だがローズにはそれすら聞こえなくなっており、レオナールの思惑通り彼しか見えなくなっていた。




