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37.舞踏会

 大理石のツルツルした床の上を歩く。ただでさえ慣れないハイヒールで歩くのは大変だったが、そこはレオナールが配慮してゆっくりと歩いてくれた。

 そのまま部屋の右奥隅にあるソファの元まで辿り着く。1つのローテーブルを囲むように、2人掛けのソファが4つ置いてあった。既にヴァルとサロメ、そして他に男性が1人座っていた。ローズはヴァルとサロメに会釈をすると、2人は微笑みながら右手に持っていたシャンパンを上げて返してくれた。


「アル、アルベール」


 こちらに後ろ向きで座る男に声を掛けた。


「やぁー、レーオー。久しぶりー」


 彼はにこやかにそう言って立ち上がった。舞踏会用の刺繍が入った膝丈くらいのコートにベスト、翡翠の瞳に緩く波った髪質がレオナールと同じである。違うのは髪型で、レオナールと違い前髪を作っている所だ。顔はどちらかと言えば可愛らしい印象で、母親よりも父親に似ている様だ。

 

(わー! 加護者様だ! 凄い、あれがパランケルスの魔具、風の剣(シルフィード)


 通常武器の類は持ち込み禁止だが、彼は許されている。腰の後ろには装飾用にも思える美しい短剣を携えていた。


 それが風の剣(シルフィード)だった。


 国内で唯一、風魔法が使用出来る人物である。この加護者はヴァンの一族からしか選ばれない。

 だが問題もあった。加護者には好きになれるのではなく、魔具である風の剣(シルフィード)が選ぶ。風の剣(シルフィード)に触れ、はめられた石が光らなければ加護者にはなれなかった。


 風の剣(シルフィード)加護者は100年もの間、誰も選ばれることがなかったが、アルベールは100年振りに選ばれ、風の剣(シルフィード)加護者になった人物だった。


 このことは大ニュースとなり、ヴェストリ地方は1カ月お祭り騒ぎだった。


「紹介す――」

「ヴァルから聞いてるよ。ローズでしょ? はぁーん。確かにレオの好み」


 アルベールはローズの目の前で立ち止まり、顔をまじまじと見ながらそう言った。


「え、えっと」 

「初めましてローズ。僕はアルベール。アルって呼んで」

「ですが、加護者様――」

「あ、あ、あー。それダメー。アルでいい」


「ほら、だから言っただろう。嫌がると」

「う、うん」

「それと紹介するね。僕の婚約者、オデット。んー、どこ行ったかな、あっ、いたいた」


 そう言って彼は、女性達が4人でまとまって話している所へ行く。そして1人の女性を連れて来た。


(ん? んんんー!?)


 すぐに分かった。少し雰囲気が違うのは、舞台化粧では無いからだろう。


「オ、オ、オディリア!?」

「ふふっ、お久しぶりですね、ローズさん。素敵なドレスですね」


 大好きな女優がここにいる。ローズは口をあんぐりと開けている。レオナールは仕方なく、ローズの口を右手で閉じた。


「どどど、ど、どう、どうし――」

「落ち着け」

「だっ、だって――あ! 他人の空似?」


 頭が混乱し、訳の分からないことを口走った。せっかくドレスを褒めてくれたのに返すことも出来ない。レオナールは大きく溜息を吐く。


「彼女はオデット・ヴァン・セゾニエ。オディリアという名前で舞台女優をしている。ヴァンの一族で同一人物だ。そして、アルベールの婚約者だ」

「え! レオナールの元カノじゃないの!?」

「そうそうそれ。レオの元カノだと思ってたっての聞いたよ。めちゃくちゃ笑った」


(そうか……ヴァンの貴族で弟の婚約者だから楽屋に行けたんだ……安心した)


 ほっと胸を撫で下ろす。くすくすとオディリア――いや、オデットは笑っていた。


「レオの元カノ教えてあげようかー?」

「あ、知りた――」

「やめろ。知ってどうする。アル、いい加減にしろ」

「冗談だってー」


 彼がそう言うのなら、きっとここに来ているのだろう。ナディアと恋話をした時、「元カノの存在? 気にならないよ」と言っていたが、どうしても気になってしまう。知った所でどうしようもないのだが――何となく気になってしまうのだ。

 気にならない人もいれば、気になる人もいる。それだけである。


「元カノなんかどうでもいいと思うわ。それよりも、もっと他の存在が問題よ」

 

 そう会話に入ってきたのはサロメだった。シャンパンを飲んで目を細めながら言った。


(他の存在……さっきみたいに周りで悪口を言ってくる人達かな? メリッサ嬢みたいなレオナール大好きな人物とか?)


「サロメ、止めとけって」


 ヴァルが止めると、サロメはフンッと鼻を鳴らした。


「黙れ」


 レオナールがイライラしている事が分かった。サロメを睨み付け、低い声色で言っている。サロメも黙ってレオナールを睨み付けた。


「ローズさん、飲み物を貰いに行きましょうか」


 オデットがそう言いながら、ローズの腕を組んで引っ張るようにして歩いた。


「え、う、あいでもでも――」

「行ってこい」


「……分かった」


 そしてオデットと共に飲み物を貰いに行く。何の話をしているのだろうかは後でサロメに聞くことにした。


 部屋の端では、この間会った執事服を着た使用人が、周りを気にかけながら小さなテーブルの上にワイングラスやシャンパン等の飲み物を次々入れている。


「あの2人のケンカはいつものことなの」

「やっぱり、そうなんですね」


 ローズはお酒がそこまで得意ではないので、ティーカップに入ったルビー色のお茶を貰った。


(酸っぱい? ……けど……うーん、美味しいかな?)


 初めて飲む味で、「とっても美味しい!」とはならないお茶だった。こんな場所で出されるのだ、高級なお茶に違いない。きっと平民には理解出来ない美味しさがあるのだろう。そして、レオナールの為のシャンパンも貰った。


「緊張してます?」


 そう微笑みながらオデットが声を掛けてきた。


「うあ、は、い」

「舞踏会初めてですものね」


 どちらかと言えば舞踏会のせいで緊張しているのではない。オデットが近くにおり、話し掛けてくれている。


 ()()の女優が目の前にいるのだ。


(やっぱり妖精みたい……毛穴どこにあるの? まつ毛なっがっ! 本当に本当に――)


「美しいお嬢さん。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」


 右に顔を向けると、美青年が声を掛けてきたのだと分かった。ミルクティーベージュの髪に整った顔立ち。綺麗な瞳は夜空のような色をしている。


(イ、イケメンだ……白馬の王子様、いや天使みたいな顔してる。レオナールとは違うイケメンだ)


 もし誰かに「天使の顔を描け」と言われたなら、彼の顔を手本にして描くだろう。


「えっと、彼女はオデットさんです」


 美しいお嬢さんと言えば、オデットである――ローズ的には美しいというより可愛いとは思うが――そう思い紹介してみたが、美青年は「違います」と首を振った。


「貴女の名前ですよ」


「……私!?」

「そうです。ねぇー、オデット。彼女を紹介して下さい」


 美青年はじっと瞳を見詰めてくる。見れば見るほど端正な顔立ちで、こんなにも顔が良い人は見たことがなかった。


「やめた方がいいわ」

「何故です? いいじゃないですか」


 そう言って距離を詰めてくる。そして勝手にローズの右手を取った。


「お嬢さん、最初にダンスをする相手はもうお決まりですか? 良ければ私と――」

「彼女はローズさん。レオナール様が連れて来た相手よ」


 すると、手の甲にキスをしようとしていたルネはピタリと止まった。目を見開き、パッと手を離すと1歩後ろへと下がった。


「もっと早く言ってください!」

「『やめた方がいい』と言ったわ」

「それだけじゃ分かりませんよ!」

「全く……ローズさん。彼は私達の幼なじみなの」


 そして小声で「レオナール様より女性関係は派手でね」と言った。


「聞こえてますよ、オデット。ヴァルから話しは聞いてます。初めましてローズ。ルネ・ヴァン・テュルビュランスです」


(テュルビュランス? 聞いたことあるような……ないような……?)


「アンジュリュンヌでしょ。アンジュリュンヌ・ヴァン・テュルビュランス」

「言わないで下さい。嫌いなんです。ルネって呼んで下さい」


 アンジュリュンヌの方が顔に合っている気がするが、本人が嫌っているのなら言わない方が良いだろう。


「あと、さっきのことは絶対レオに言わないでくださいね」


 ローズは笑いながら「分かりました」と言った。


「そろそろ戻りましょうか。ルネも一緒に行くかしら?」

「ええ、行きます」

「ルネは誰と来たの?」

「1人で来ましたよ。そうじゃないと楽しめないじゃないですか」


 そう言うルネにオデットは呆れたような溜め息を吐いた。そして3人は先程いたソファ席の方へと向かった。




***


「こんなの許されないわ。ローズさんに何も言わないなんて」

「今日言おうと思っている」

「もっと前に言うべきよ。それに今正式にお付き合いをしているのですよね? その時にでも言うべきでした。何故言わなかったのです? ああ、言ったら振られますものね」


「うるさいぞ、黙れ。サロメには関係がない」

「可哀想に」

「黙れ。ヴァル、黙らせろ」

「なぁ、サロメ。もういいって。2人の問題だ」


「例えそうだとしても同じ女として見過ごせないわ! ほんとに、こんな男の何がいいのかしら」

「趣味がいいんだ。ヴァルと違ってな」

「なんですって!?」

「サロメもうやめろってマジで。レオも」


 2人が静かに睨み合っていると、ローズとオデット、そしてルネが戻って来た。

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