34.ダンスの練習
――翌日夕方。
「もう嫌!! もう我慢出来ない!! もう疲れた!! もう休む!!」
ローズは店でしゃがみ込んでそう叫んだ。仕事で疲れてそう叫んだ訳では無い。
「駄目だ。1週間もないんだぞ。一族だけでなく、他の貴族達も来るんだ」
そんなローズの前に腕を組んで立ち、レオナールは軽く怒るように言う。
ローズは少し前まで店仕舞いをしていた。花を入れている桶に水をたっぷり入れ、冷蔵ケースを閉める。床を掃いて葉っぱや茎のゴミを取っていた。
いつもならその後すぐ帰るが、今日は帰れなかった。
昨日、ヴァルと昼食を食べた後、もう1度店に戻ると採寸をして終わった。ドレスをどんなデザインのものにしたのかは見せて貰えず、当日の楽しみだと言う。
そしてこれから1週間、閉店後は店に残るように言われた。
ダンスの練習をするからだ。
ダンスのことなど全く頭に無かったローズは、目の前と頭の中が真っ白になった。だがそれはレオナールも分かっていたのか「教える」と言う。
平民も踊らないという訳では無い。だが貴族のダンスとは全く違うものだ。平民のダンスは陽気な音楽に適当な振り付けで、その場の雰囲気を楽しむ。
上品とは程遠かった。
「ゆっくり少しずつ教えて!」
「そうしている」
「全っ然っ!」
(レオナールって教えるの下手!!)
レオナールは幼い頃から、なんでもこなしてしまう男だった。出来ない事を努力して出来るようにする、といったことをしたことが無い。
なので教え方が分からない。出来ない人の気持ちが分からないからだ。
「レオ、もっとゆっくり分かりやすく教えてやれって」
「やっている」
「やってねぇの。自分が思ってる倍はそうしてやれって。ローズだって初めてのことで疲れもするし、ヒールだって履いたことねぇのに履かされて、それでいきなり最初っから最後までは無理があるって」
「そうだよ!!」
(ヴァルありがとー。ヴァルが先生やってよー)
だがそれは許されなかった。レオナールが自分が教えると言って聞かなかったからだ。初め、ヴァルが教えたがったのでダンスが好きなのかと思ったが、それは違うと今わかった。レオナールの教え方が下手なのを知っているから、彼は自分が教えると言ったのだ。
「はぁ……いいだろう」
レオナールは手を差し伸べ、ローズはその手を取って立ち上がった。ヴァルは手元にある録音石を叩く。すると音質の悪い円舞曲が聞こえた。
***
――1刻後。
「ふむ、まぁまぁだな」
ローズは四つん這いになりながらレオナールを睨み付けた。
(まぁまぁですって!?)
そもそも、「円舞曲を踊るぞ」と言われ「円舞曲って何?」の会話から始まった。平民学校では、音楽なんていう授業は無い。それにしては大分踊れるようになっている。
「もういい……やりたくない……」
「はぁ?」
レオナールはヴァルに教え方のアドバイスを受けたが、やはり根本的に何が分からないのか分からない為、教え方は下手だった。ローズはそれでも必死に練習し、ダンスが出来るようになった。
「なら休憩。腹減った。なんか適当に買ってきてやるよ」
「やったー!」
「何でもいいな? ローズは嫌いな食べ物あるか?」
「ないです! 美味しければ何でも! 甘い物があればなお嬉しいです!」
「あいよ」
ヴァルは店を出ていった。ローズは立ち上がって、仏頂面で椅子に座った。蝋燭の暖かい光が店内を照らす。だが2人の間に流れる空気は冷たかった。
「何故怒っている」
怒っているローズに気付いたのか、レオナールは不思議そうに聞いてきた。怒っている原因が分かっていない事に、ローズは余計腹が立った。
「考えれば?」
そう言うとレオナールは目を細め「ほぉ」と不機嫌な声を出した。
「言っておくけど、怒ってるのは私! レオナールは怒らないでよね! 私が怒ってるの!」
「だから何故怒っているのか聞いている」
「考えて!」
「考えた。だが分からん」
「全然考えてない! 考えたら分かる!」
「分からないから聞いている!」
「だから、レオナールは怒らないで!」
「聞いているのに言わないからだ!」
互いに睨み合いになり、ローズは大きい溜息を吐いた。
「じゃあ言うけど、教え方が下手なの」
「は?」
「先生が下手なのに、私すっごい頑張って覚えてる」
「……それで?」
「分からない!? 下手な先生に教わってるのに、頑張ってここまで踊れるようになったの! なのにやっと出てきた言葉が『まぁまぁだな』だよ? もっと飴を頂戴!」
「飴? ならさっきヴァルに言えば――」
「違う! その飴じゃない! 飴と鞭の飴! レオナールは練習中ずっっっっと鞭。鞭と鞭。鞭鞭鞭鞭鞭ーーーー鞭!!!! 鞭の猛攻。鞭を――」
「分かった分かった。もういい」
するとレオナールは右手で顎に触れ、少し考えた後立ち上がり、ローズの元まで歩み寄った。
「悪かった。謝る。だからヴァルが来るまではやるぞ」
「え、嫌だ」
「ちゃんと飴をやる」
そう言われしぶしぶ立ち上がる。
「ちょっと出来たら飴頂戴。じゃないとやる気しない」
「分かった」
「ほんとにちょっとした事でも褒めてよ!」
「はいはい」
そしてレオナールの目の前に立つ。
「録音石を叩くぞ」
「うん」
「1、2、3――」
所々、プツプツと切れる円舞曲が流れる。レオナール曰く、「録音石は高級な物でもこんなもん」らしく、これでも綺麗に流れていると言う。粗悪な録音石はプツプツ切れるだけでなく、ガーガーとガチョウが鳴くような音が入り、聞くに耐えないと言う。
ステップを踏み、右手首を相手と交差するように重ねると、2人でゆっくりと回る。そして、レオナールはローズの腰に右手をまわしてグッと引き寄せた。何度やっても少し恥ずかしくなる。怒っているのに恥ずかしくなるのが嫌だった。今度はレオナールが左手を横へと伸ばすと、ローズはその手の上に右手を重ねた。
こちらが下手でも、レオナールがエスコートしてくれる。
(ムカつく)
教え方は下手だが、ダンスは上手かった。ヴァルは練習前に「レオはダンス凄ぇ上手ぇけど……教える……うーん……」と言っていた。
彼の言葉は間違っていなかったのだと分かる。そんなことを考えながら踊っていると、レオナールの足を踏んでしまった。
「ローズ、集中」
足を踏んでも「痛い」とも言わず、彼はそのままダンスを続けた。
本番でも、足を踏んでも止まっては駄目だと言っていたので、それを想定して続けているのだろう。ダンスが終わると、足を曲げてお辞儀をした。レオナールは右手を胸に当て、腰をまげてお辞儀をする。
「ふむ……2点ほど褒める所があった」
「たった!?」
「足を踏んだ。大幅減点だ」
「あっそ」
不貞腐れ、頬をふくらませた。
「そう怒るな。飴をやる」
そう言うと、レオナールはじっと見つめてきた。何故見つめられるのか分からず首を傾げると、左腕で抱き寄せられた後、右手を頭に添えられキスをされた。
「――な、ぬわぁ!?」
「まず1個。次は2個目」
「ちょっと待っ――」
そして再びキスをされる。
1回目のキスは短かったが、2回目のキスは1つ目に比べて長かった。柔らかな唇はゆっくりと離れると、レオナールは意地悪げに笑った。
「こ、これが飴!?」
「そうだ」
「信じらんない! キスすることが飴だと思ってる!」
「ならないか?」
「ならない! 褒めるだけでいいの!」
「そうか? 顔が真っ赤で嬉しそうだ」
「ぬわっんでっ」
変な声を出しながら、ローズは自分の両頬に触れた。触れる前から分かっていたが熱い。レオナールの言うように真っ赤なのだろう。
「ほら、もう1度やるぞ。1、2、3――」
「ちょっと待っ――」
もう既にレオナールはダンスを始めてしまい、ローズも釣られるようにダンスをした。
(バカバカバカ! どうして踊っちゃうの!!)
何度も練習していた成果が出てしまい、上手く踊れてしまった。すると再びレオナールは笑う。
「飴が効いているな」
「違う違う! 練習の成果!」
「照れるな。可愛い奴め」
「ほんとに違う! キスして欲しくて頑張ったんじゃない!」
「分かった分かった」
そう言い笑いながらローズの腰に腕を回した。
「もう! 本当に――」
「シー」
文句を言おうとすると、彼は人差し指を唇に押し当ててきた。ローズは黙って立ち尽くした。
「無駄口が多い。減点するぞ――」
その手を頭に回すとキスをしてくる。今度は何度も啄むようにキスをしてきた。
(褒める点何個あったの……?)
時には短く、時には長く、顔の角度を変えながらキスをしてくる。
ローズはレオナールの胸に両手を置いて、軽く押して止めるよう意思表示をしてみた。だが止めることはなく、それどころか腰に回す腕の力は強くなり、何度もキスをする。
唇を味わうかのようなレオナールのキスに、ローズは頭の中が痺れて真っ白になった。今日覚えたダンスステップを忘れそうである。
「ふぅ……はっ……レオナ……もう……や――」
「お待たせー! 案外早かっ――……あっ……」
ヴァルが手に紙袋を持って帰ってきた。2人の状況を見たヴァルは数秒固まり、踵を返した。
「時間潰してくる」
「ああ、そうしろ」
「ちょっと待って! 大丈夫です! ご飯食べたいです!」
ローズは慌ててヴァルを止めた。レオナールは不機嫌そうに椅子へ座った。
ヴァルが買ってきたのはパンだった。食べた後、缶に入った飴を貰った。
その後、練習は毎日した。この日以降、ヴァルは馬車で待機になり、レオナールはしっかりローズへ飴をあげた。やはり何度も練習すれば上手くなる。
飴のせいではない。練習のせいだと信じ込ませながら、ローズはレオナールのキスを受け入れた。




