33.ドレスは?
――翌日。
ローズは朝のお茶を入れ、リビングでゆっくりしていた。母親は出掛けている。教会へお祈りをしに行っているのだ。母親は毎週末お祈りをしている。ローズは母親と比べてそこまで信仰心は無い為、お祈りは月に1回しかしていなかった。
(そういえばレオナールはいつ来るんだろう)
昨日、ドレスを持ってくると言っていた――実際は言っていないが、言い方から多分そうだと思われる――が何時にとまでは言っていなかったので、出掛けようにも出掛けられなかった。
(時間聞けばよかったな。お腹すいてきたし)
すると、玄関扉を叩く音が聞こえた。窓から外を覗くと馬車が見える。直ぐにレオナールだと分かり、玄関扉を開けた。
「おはよ――ぐっ」
ローズが扉を開けると、レオナールがいきなり抱き締めてきた。
「おはよう」
「ちょっと!」
「少しこのままでいさせてくれ」
何故かは分からないが、レオナールらしくなく落ち込んでいるように見えた。
「どうしたの?」
「癒されている」
「えぇ!? ほんとにどうしちゃったの!?!?」
いつもツンケンしている猫が、甘えてくるような可愛らしさを感じた。
ローズは黙ってレオナールの背中に腕を回した。やはり身体付きは良い。胸板は厚く筋肉質だった。たまに見る貴族はでっぷりした体型や、逆にヒョロっとした体型だったりするが、レオナールは違う。しっかり鍛えてある身体付きだった。
「はぁ……」
「本当にどうしたの? なんか落ち込んでるみたい」
「俺だって落ち込む時はある」
「え?」
否定されると思っていたが、そうではなく驚いた。どうやらここに来る前に、レオナールでも落ち込むような大きな出来事があったようだ。
(こんな俺様な人が落ち込む事ってあるんだ)
「こんな俺様な人が落ち込む事ってあるんだ」
「おい、どういう意味だ」
「え、あ」
つい心の声が出てしまった。レオナールは離れると再び溜息を吐いた。
「出掛けるぞ」
「え? どこに? その前にドレスは?」
レオナールは何も持って来ていない。手ぶらである。
「今から買いに行く」
「え? あ、そうなんだ。用意してたんじゃなくて、買いに行くってことだったの?」
昨日の言い方からして、完全に用意しているものだと思っていた。だが違ったらしい。
「そうだ」
ムスッと不貞腐れている。いつも自信のある瞳は光を失っているようだ。何故こうなったのかは分からないが、正直――。
(可愛い)
「かっ……げふん」
危うく言ってしまうところだった。「可愛い」などは多分言わない方がいいだろう。
「どうした?」
「んー、別に!」
「そうか。ならもう行くぞ」
そう言ってレオナールはローズの手を引っ張った。
「ちょちょっと待って! 鍵閉める!」
「そんなもん使用人に閉めさせろ」
「そんなもん居るわけないでしょ! もう!」
ローズは手を振り払い、慌てて家に戻った。鍵を見つけ、バッグとコート、そしてマフラーを身に付けた。母親に【出掛けてくる】と書いた置き手紙を置いて、外へと出る。
レオナールは馬車の前で待っていた。
「遅いぞ」
「何でよ! すぐ来たでしょ!」
レオナールは軽く笑うと、馬車の扉を開けた。そして彼が手を出してきたので、その手を取って馬車に乗り込んだ。
「おはよ、ローズ」
「おはようございます」
中にはヴァルが足を伸ばして座っていた。ローズはヴァルの向かい側に座る。
「悪いね。デートについてきて。まぁ、これからは完全に2人っきりってのは少ねぇから、そこら辺は覚悟しといてくれよな」
「これってデートなんですか?」
「一応そうだ」
レオナールも乗り込んできた。そしてローズの隣へと足を組んで座る。
「ヴァルのことは気にするな」
「う、うん」
「店には、入らねぇでやるよ」
「当たり前だ」
フンっと鼻を鳴らして、ローズの肩を抱き寄せた。レオナールは本当にヴァルのことを気にしていないらしい。
「ここからだと1番近いのはクラルテだが……クラルテでも構わないか?」
(クラルテ? なんか聞いたことあるな……なんだっけ)
「うん。多分?」
「ならそこでいいな」
レオナールは馬車内の小窓から御者に行き先を言うと、馬車は出発した。
***
馬車に揺られ数十分。王都のとある広場近くにある店で止まった。華やかなショーウィンドウには、数名の令嬢がそこにある服を見ていた。可愛らしい文字の看板には、月と太陽が描かれている。硝子扉の入り口には【予約の方限定】と看板に書いてあった。
(あれ? ここって……この店……クラルテって……)
入り口の上に【エギュイーユ クラルテ】と書かれた看板を見て顔を引きつらせた。
「ちょっと待って!」
「どうした?」
「こここここ、ここってあのエギュイーユクラルテ!?!?」
「そうだ」
クラルテが何の店なのかやっと分かった。平民には馴染みが無さすぎてピンと来なかったが、ここは高級服を売る有名店である。正式名称はエギュイーユクラルテだが、クラルテと呼ばることが多い。
「……他が良かったか? なら他の――」
「そうじゃないけど……」
「なら問題ないな」
馬車から降りて、レオナールは店の横にあるブザーを鳴らした。扉が開き、黒服を着た品の良い若い女性店員が出てきた。
「予約されていますか?」
「いや」
「大変申し訳ありませんが、本日は全て御予約で――」
「分かっている。だが、どうしても必要でね」
「ですが――」
「頼む」
そう言ってレオナールは銀の懐中時計を出した。店員は目を見開き、「少々お待ち下さい」と再び店の中へと入っていった。
数分後、「お待たせしました」と店員が扉を開けた。
「どうぞお入り下さい」
2人は中へと入った。白を基調とした店内に、煌びやかなシャンデリア。艶のあるシルクのソファや滑らかに光るテーブル。そこら辺の小さな店とは違う大型の店舗で、誰が見てもここが一流の仕立て屋だと分かる。店内では店員と一緒に何組かがドレスを選んでいた。その店内の奥には40代半ばの女性が立っていた。
「レオナール様、ようこそいらっしゃいました」
そう言って深々と頭を下げた。白いシンプルなワンピースドレスに羽付きの白い帽子を被っている。
「クラルテ夫人、お久しぶりです。急ですが彼女のドレスが欲しいのです。特注で」
「かしこまりました」
クラルテ夫人に「どうぞ此方へ」と奥の小部屋へと移動した。そして近くにあったソファに2人で座る。
「どういった用途のドレスでしょうか」
「舞踏会で着る用です。今週末には用意して欲しい」
(え!? 今週末だったの!?)
「今週末……急ですね……」
「申し訳ない。その分料金は弾む」
「……かしこまりました。何とか致します」
クラルテ夫人はテーブルの上にあった資料を広げる。何枚も真っ白なドレスの絵が描いてある。
「初めまして。えー……」
「ローズです」
「ローズ嬢。好みをお伺いしても宜しいでしょうか?」
(ローズ嬢!?)
平民のローズにこの呼び方は合っていない。目を丸くして言葉が出なかった。
「どうかされましたか?」
「え、あー……えーと、ちょっと分からなくて」
(もう分からないからレオナールに全部決めて貰いたいよ)
「かしこまりました。それから色味ですが、ローズ嬢の肌や瞳、髪色から淡い色でも深い色でも似合いそうですね。ストライプ柄が今の流行りですが――」
クラルテ夫人は何枚もの資料を再び出した。様々な色や柄が描かれており、1つに絞り込むのが難しそうである。
「どれも可愛いですね」
「ありがとうございます」
「悩んじゃうんだけど……」
何枚か手に取って見比べていると、ぎゅるりとお腹が鳴ってしまった。
「あっ……」
「なんだ腹が減ったのか?」
「だ、だってもうお昼時――」
「そういやそうか」
「……あのさ、ご飯食べて来たいんだけど、ドレスよく分からないからレオナールが決めてくれない?」
そう言うと、レオナールはキョトンとした顔で「は?」と答えた。
「いや、だからドレス決めて欲しい」
するとレオナールは吹き出して笑いだした。
「ローズは……くくっ……ドレスよりも食欲か」
「笑わないで! だって分からないんだもの!」
憧れが無い訳では無い。だが本当に分からないのだ。色々な形のドレスの絵を見せられても、何が自分に似合うのか分からない。着た事がないのだから当たり前である。
「いや、いいぞ……ふっ、くくっ……分かった。飛びっきり似合うものを選んでやる」
「……ありがと」
とても馬鹿にされているが、もうそれで良かった。再びお腹が鳴りそうなのである。2回目のお腹の音を聞かれる前に立ち上がった。
「ヴァルに言って、一緒に食事を摂れ」
「分かった」
ローズは扉を開けて、先程歩いて来た店内を歩く。貴族の令嬢達が店員と共にあれやこれやとドレスを選んでいた。
(凄い。どの服も可愛い……高いだろうけど……)
そして店舗の入り口の扉に手を掛けると、ふと右側ショーウィンドウにあるドレスが目に入った。ミントグリーンの布地に白い小花の刺繍があしらわれたドレスである。
(わぁ、可愛い)
どのドレスも可愛いが、特にこのドレスが可愛かった。スカートは何段も重なっており、フワッとした花びらのようにも見えた。
「そちらのドレス、お客様にとても似合いそうですね」
「え」
店員の1人が微笑み、横に立っていた。
「あ、いや、そんなっ――」
「こちらのドレスは完売しておりまして、同じものを見本として置いてあるだけなのですが……レオナール様のお連れ様ですよね? ご試着されていきますか? 全く同じドレスは、購入された方と被りますので御遠慮させて頂いているのですが、刺繍やレース等、手を加えたり色を変えたりして販売することは可能ですので」
「いやいや、大丈夫――」
「いえいえ、御遠慮なさらず」
「いえ、ほんとに、その、あの、あれなんですよ、もう持ってるので」
「え?」
嘘を吐いた。店員に上手く断る為だった。
「あっ、あー! そうですよね! 思い出しました! 申し訳ありません」
「……思い出した?」
「ええ、そうですね。そういえば以前、レオナール様はこちらの商品を購入されていますね」
「え!?」
「『大切な人への贈り物』と仰ってました。お客様への贈り物だったんですね? 大変失礼致しました」
「あっ……はぁ……」
ローズは扉を開けて外に出た。
(『大切な人』って誰? 私? でも貰ってないしな……以前買ったっていつの事?? 元カノと付き合ってた時に買ったとか?? いやでもそれは無いか。2、3年前だもんね。なら、私と付き合う前にどっかの令嬢にせがまれて買ったとか……?)
そう納得させて、ローズは馬車に乗り込んだ。




