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32.母親からの忠告

*****


 ローズの頭の中はホワホワしていた。人生初めてのキスをしたからだ。


 ―― ムスクが香る優しいキスだった。


 右手でそっと唇に触れる。隣にいるレオナールは、右腕でローズを抱き寄せながら真っ直ぐ前を見ていた。


 そして家の前で馬車は停車し、レオナールが先に降りる。彼が手を差し出し、ローズはその手を取って降りた。


「聞きたいんだが、事故の時に運ばれた病院は何処だ」

「アスク病院。どうして?」

「ちょっと気になった、それだけだ。そうだ、今度一緒に来て欲しい所がある」

「来て欲しい所?」

「舞踏会を兼ねた、一族の集まりが今度ある。そこに来て欲しい」


「……え!? 待って!! だってそれってヴァンの一族皆がいるんじゃないの!?」

「そうだ」


(何言ってんのこの人!?)


「待って待って、無理だよ!!」

「何が?」

「だって、服も何もないし――」

「それなら心配しなくていい」


「ん? どうして?」

「明日わかる」


「ちょっ、ちょっとまって!! え!? 用意してあるとか??」

「さぁどうだか。とにかく、明日はあけておけ」

「その言い方! 用意してあるじゃない!」


 頭がクラクラする。何がどうして用意しているのか分からない。


「私が『付き合わない』って言ってたらどうしてたの!?!?」

「そんなことは有り得ん」

「なんでよ!!」

「俺に惚れないわけないだろう」


 呆れてものも言えないとはこのことだろう。どれだけ自分に自信があるのだろうか。逆に羨ましいとすら思う。


「ムカつく!! 腹立つ!! 無駄にイケメン自己中野郎!!」

「ははっ! お褒めの言葉、ありがとう」

「褒めてない!」

「そう怒るな。綺麗な顔が勿体ない」


 レオナールは怒っているローズの頬に触れた。そして今度はローズの頬にキスをし、ゆっくりと離れた。


「では明日な」

「え、あ、うん」


 驚きながらそう言うと、レオナールは馬車へと乗って行ってしまった。

 

(ダメだ私……綺麗に手のひらの上で踊ってる……ムカつく。いや、そんな事より! 一族が集まる所に行かなきゃいけないの!? 大丈夫なの私!?!?)


 集まりに参加する事で頭がいっぱいになりながら、玄関の扉を開けた。玄関には蝋燭が灯り、柔らかな光がローズを照らす。


 レオナールの家と違い、全ての部屋が光源石ではない。


 魔鉱石は種類や質によって値段が違うが、基本高価だ。光源石は家の大きさや部屋数の違いもあるが、平民の家にはまずまずな品質な物が1つあれば充分だった。


 ローズはリビングに向かうと、母親が心配そうに立っていた。


「ローズ、貴女、貴族と付き合ってるの?」


 母親が問い掛けてきた。窓から馬車が見えたのだろう。


「う、う……ん……」


 先程付き合ったばかりで、そう言うのは恥ずかしい。顔が赤くなるのがわかった。母親はローズの顔を見て顔を顰め「やめておきなさい」と言う。


 まさかの返答に驚き、目を見開いて「え?」と答えた。


「駄目よ。やめておきなさい」

「何で?」

「上手く行くわけないじゃない!」

「そ、そんなの――」

「分かるわ! 生活が違いすぎる!」

「そうだけど、でも――」

「遊ばれてるの!」


「違う! 私だけだって言ってた!」

「皆そう言うのよ」

「でも違うの! 彼は本当にそうなの!」

「あのね、ローズ。貴族が平民に手を出すのなんて、単に自分の欲を満たしたいだけよ。そうやって平民の子達がどれだけ遊ばれてるか」


 母親がまだ現役だった頃も、花を買う貴族達は多かった。そこで花を買い、平民に甘い言葉をかける貴族を見たのだろう。そうやって遊ばれた平民は、飽きれば捨てられ、子が出来ても捨てられた。


「平民なんて、玩具にされて終わりよ。良くて妾だわ……そんなの……お母さん許せないわ……」


 そう悲しげに母親は俯いた。父が外に女を作って出ていった以上、愛人なんて物は許されない。そもそも、そんなものは許されないのだが――。


「大丈夫、そんなものにはならないよ」

「ローズ……」


「私、彼を信じようと思う」


 ローズがそう言って微笑むと、母親は複雑な表情で俯いた。ローズは部屋へと戻って部屋着へと着替えた。

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