32.母親からの忠告
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ローズの頭の中はホワホワしていた。人生初めてのキスをしたからだ。
―― ムスクが香る優しいキスだった。
右手でそっと唇に触れる。隣にいるレオナールは、右腕でローズを抱き寄せながら真っ直ぐ前を見ていた。
そして家の前で馬車は停車し、レオナールが先に降りる。彼が手を差し出し、ローズはその手を取って降りた。
「聞きたいんだが、事故の時に運ばれた病院は何処だ」
「アスク病院。どうして?」
「ちょっと気になった、それだけだ。そうだ、今度一緒に来て欲しい所がある」
「来て欲しい所?」
「舞踏会を兼ねた、一族の集まりが今度ある。そこに来て欲しい」
「……え!? 待って!! だってそれってヴァンの一族皆がいるんじゃないの!?」
「そうだ」
(何言ってんのこの人!?)
「待って待って、無理だよ!!」
「何が?」
「だって、服も何もないし――」
「それなら心配しなくていい」
「ん? どうして?」
「明日わかる」
「ちょっ、ちょっとまって!! え!? 用意してあるとか??」
「さぁどうだか。とにかく、明日はあけておけ」
「その言い方! 用意してあるじゃない!」
頭がクラクラする。何がどうして用意しているのか分からない。
「私が『付き合わない』って言ってたらどうしてたの!?!?」
「そんなことは有り得ん」
「なんでよ!!」
「俺に惚れないわけないだろう」
呆れてものも言えないとはこのことだろう。どれだけ自分に自信があるのだろうか。逆に羨ましいとすら思う。
「ムカつく!! 腹立つ!! 無駄にイケメン自己中野郎!!」
「ははっ! お褒めの言葉、ありがとう」
「褒めてない!」
「そう怒るな。綺麗な顔が勿体ない」
レオナールは怒っているローズの頬に触れた。そして今度はローズの頬にキスをし、ゆっくりと離れた。
「では明日な」
「え、あ、うん」
驚きながらそう言うと、レオナールは馬車へと乗って行ってしまった。
(ダメだ私……綺麗に手のひらの上で踊ってる……ムカつく。いや、そんな事より! 一族が集まる所に行かなきゃいけないの!? 大丈夫なの私!?!?)
集まりに参加する事で頭がいっぱいになりながら、玄関の扉を開けた。玄関には蝋燭が灯り、柔らかな光がローズを照らす。
レオナールの家と違い、全ての部屋が光源石ではない。
魔鉱石は種類や質によって値段が違うが、基本高価だ。光源石は家の大きさや部屋数の違いもあるが、平民の家にはまずまずな品質な物が1つあれば充分だった。
ローズはリビングに向かうと、母親が心配そうに立っていた。
「ローズ、貴女、貴族と付き合ってるの?」
母親が問い掛けてきた。窓から馬車が見えたのだろう。
「う、う……ん……」
先程付き合ったばかりで、そう言うのは恥ずかしい。顔が赤くなるのがわかった。母親はローズの顔を見て顔を顰め「やめておきなさい」と言う。
まさかの返答に驚き、目を見開いて「え?」と答えた。
「駄目よ。やめておきなさい」
「何で?」
「上手く行くわけないじゃない!」
「そ、そんなの――」
「分かるわ! 生活が違いすぎる!」
「そうだけど、でも――」
「遊ばれてるの!」
「違う! 私だけだって言ってた!」
「皆そう言うのよ」
「でも違うの! 彼は本当にそうなの!」
「あのね、ローズ。貴族が平民に手を出すのなんて、単に自分の欲を満たしたいだけよ。そうやって平民の子達がどれだけ遊ばれてるか」
母親がまだ現役だった頃も、花を買う貴族達は多かった。そこで花を買い、平民に甘い言葉をかける貴族を見たのだろう。そうやって遊ばれた平民は、飽きれば捨てられ、子が出来ても捨てられた。
「平民なんて、玩具にされて終わりよ。良くて妾だわ……そんなの……お母さん許せないわ……」
そう悲しげに母親は俯いた。父が外に女を作って出ていった以上、愛人なんて物は許されない。そもそも、そんなものは許されないのだが――。
「大丈夫、そんなものにはならないよ」
「ローズ……」
「私、彼を信じようと思う」
ローズがそう言って微笑むと、母親は複雑な表情で俯いた。ローズは部屋へと戻って部屋着へと着替えた。




