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31.祝いの言葉

*****


 ――剣術大会終了後の会場。

 

 まだ興奮冷めやまぬ会場で、ヴァルとサロメはヴァンの貴族席に来ていた。

 席には一族が座る椅子と小さな円形のテーブルがいくつか置いてある。テーブルの上には、コーヒーや紅茶、そしてワイン等のお酒が置いてあり、それぞれ飲みながら観戦していたようだった。


 ヴァルは優勝後、表彰台に上がりサロメとキスをした。そして閉会の挨拶があった後着替えていると、ここへ呼ばれた。決勝後はサロメとのデートの時間である。本当はすぐにでも行きたいが、当主達が待っているのだからそれは出来ない。


(めんどくせぇ……)


 こうなる事は予想はしていたことだった。だがなるべくその予想通りになって欲しくなかった。


(優勝を祝う空気じゃねぇんだよなぁ……)


 表向きは勝利を祝う為。だが本当の目的は別にある。

 ヴァルとサロメは早くこの場を離れたい一心だった。


「やぁ、ヴァランタン。それにサロメ嬢も。久しぶりだね」


 最前列の椅子の中心に座る40代程の男に話しかけられた。

 目の前にいるその男は、右手にティーカップを持ち、左手にはティーソーサーを持っていた。爽やかな優しい笑顔を貼り付け、ヴァルをじっと見つめる。何度も見た事のあるその顔は、怒りを抑えている時の顔だった。


「ご無沙汰しております、ラファル侯爵」


 ヴァルはその男の前に立ち、右手を胸に当ててお辞儀をした。サロメはスカートの裾を持ち、足を曲げて頭を下げた。


 現ラファル侯爵は、レオナールの父親でありヴァンの一族の本家当主である。ここにいる分家を従え、彼の言うことは絶対だった。

  

 お辞儀を終えたヴァルとサロメは、背筋を伸ばしまっすぐ立った。


「まずはヴァランタン、優勝おめでとう。先程の決勝は素晴らしい戦いだった。お陰でサロメ嬢は勝利の女神になることが出来た。ミストラル伯爵もカルム伯爵も鼻が高いだろう」


 ヴァルは隣同士に座っていた自分の父親であるミストラル伯爵と、サロメの父親であるカルム伯爵に目を向けた。2人は軽く口の端を上げる。

 本来であれば兄弟のように仲の良いこの2人は、もっと騒いでいる。酒を飲んで2人でゲラゲラと笑っているだろう。そんな2人がそれをしていないところを見ると、ラファル侯爵の手前かなり抑えていると分かる。


「ありがとうございます」

「試合終了後はフルーブ侯爵がわざわざ文句を言いに来たくらいでね。負け犬の遠吠えというかなんというか、愚かで醜いったらありゃしない。試合での出来事をピーピーと。まぁいつも通り、笑顔で追い返してやったさ」


 ヴァルは左隣――と言ってもかなり遠くにある――オーの貴族の席を見た。エルキュールの周りに何人か集まっている。

 気に入らない銀髪の男は、頬を布で巻いた氷鉱石で抑え、傍では婚約者と思われる女性が心配そうに手を握っていた。


 それを見て、もっと痛ぶっても良かったな、と後悔した。


「まぁ、それはいい。ヴァランタン、素晴らしいのひと言だったよ。本当におめでとう。それに比べ、レオナールはいきなり試合に出場すると言ったり試合を放棄したりと、相変らず自由気ままで本当に…………あっ」


 ラファル侯爵はさも今思い付いたように、ハッとした顔をして両手を叩いた。


「そうだそうだ、聞きたいことがあってね」


 わざとらしい声色で問い掛けてきた。


「何でしょうか」


 やっと本題に入るようで、ヴァルはゆっくりと息を吸って吐いた。


「レオナールが特別招待した女性は誰かね」

 

 当主達の視線が一気に集まっているのが分かった。視線が突き刺さる。ラファル侯爵は紅茶を手に持ちひと口飲んだ。飲みたいから飲んだと言うより、少しでも冷静でいられるように飲んだように見える。


「分かりません」

「ほぉー、そうかそうか……うむ、なるほど……何とわかりやすい嘘だろうね。レオナールと君はそんな仲では無いだろう、ヴァランタン。君が、知らない、訳が無い」


(今回はいつもより怒ってんな……)


 レオナールの女性関係が派手なことは、一族皆が知っていることだった。周りの当主達がどう思っているのかは分からないが、その事に頭を悩ませ痛めていたのはラファル侯爵である。

 

 女性との噂が上がる度、ラファル侯爵はレオナールへ注意をしている。直接言う時もあれば、距離が離れた位置にいれば手紙でも注意をしていた。


「申し訳ありません。ただの平民であることしか本当に分からないのです。適当に声を掛けたのでしょう。気にされる程ではありません。いつものことです」

「それは本当か?」

「はい」

 

(いつもの数倍怒ってんな……何で…… あぁ、そうか……)


 今回の事は噂にもない女性だったのだろう。

 寝耳に水なのだ。しかも相手は平民である。

 

 ヴァルはふぅと疲れを吐き出して、ラファル侯爵から視線を外した。そして奥の椅子に座っている少女と目が合った。彼女はヴァルと目が合うと、まだあどけなさが残る可愛らしい顔を伏せ、赤い口紅をさした小さな口をギュッと結んだ。瞳には薄らと涙が滲み、化粧が落ちないようにしながらハンカチで目元をおさえていた。


「いやね、再三言ってたんだよ。手紙でだがね。特別招待する女性はしっかり考えるようにと。返信も【分かっています】と書いてあってね。それなのに、まぁ驚いてしまってね。私に対する嫌がらせで誰も呼んでいないのかと思いきや……」


 ラファル侯爵は大きく息を吸って吐いた。紅茶を持つ手は震えていた。


「しかも今度は平民だろう? いやね、遊びもここまで来るとなんと言うかね。始め腹は立ったが、もはや呆れていてね」


 ヴァルは鼻で息を漏らした。ローズの事は遊びでは無い。だが今これを言うと面倒になる。何も言わないほうがいいだろうと、口を開かなかった。


「私はあの子が何を考えているのか分からない。ヴァランタン、あの子は何を考えている?」


 ヴァルは視線を落とした。だが、言わなくてはならない。それに、レオナールは今までずっと直接でも手紙でも言っていたのだ。


「レオの……――レオナール様の考えは今も昔も変わりません。それは、ラファル侯爵もご存知では?」


「……というと?」

「レオナール様は――」


 ヴァルがレオナールの望む事を言うと、ラファル侯爵は顔をひきつらせ自身の胸を抑えた。

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