30.告白
レオナールが勝ちそうになり、慌てて大声を上げた。もう駄目だと諦めたが、レオナールは試合を放棄した。
「よ、良かったぁ」
「あら、本当にローズさんの事が好きなのね」
ふふっとサロメは笑う。
「……どうなんでしょうね。きっとほかの女の人にも――」
「それは安心したらいいわ」
「え?」
「ローズさんのことを他の女と同じように思っているなら、あそこで負けたりなんかしないわね。むしろ勝つわ」
「そうでしょうか」
「ええ、だってエルキュールにあんな形でも負けるなんて、あの男にとって最大の屈辱よ。プライドすっごく高いんだから。それをローズさんの為に折ったんだもの」
「確かにプライドは高いですね」
「そうよ。自信を持っていいわ」
やっと自分が特別なのだと思えた。それまでどんなにレオナールが愛の言葉を綴っても、「そうは言っても他の人にも言っているのでは?」と心の隅で思っていた。
「満足か?」
数分後、レオナールが迎えに来た。その顔は不機嫌そのもので、とても愛する女性へ向ける顔ではない。
「ごめん。でも、ありがとう」
そう言うと、レオナールは大きく溜息を吐いて「行くぞ」と腕を出してきた。
「え、決勝観ないの?」
「観なくていい。どうせヴァルが勝つ」
そしてレオナールはさっさとしろとばかりに、眉をひそめて腕を掴むように圧をかけてきた。ローズが腕を掴むと、サロメをひと睨みしてその場を後にした。
会場の外に出ると、綿飴の屋台は終わりかけのようで、もうそろそろ締めようとしていた。
「あ、食べたかったのに」
つい言葉に出してしまった。会場に入る前、ちょっと食べたいなと思っただけである。するとレオナールは「何が食べたい」と聞いてくる。
「え、えっと……」
「何が食べたいんだ。早くしないと閉まるぞ」
ローズは「あれ」といって綿飴を指さした。赤、黄、青、緑、白の5色に彩られた綿飴で、木の棒に刺さっている。
「あんなもの甘いだけだぞ」
「いいの!」
平民は甘い物を滅多に食べれるものではない。レオナールはお金を払い、それを受け取るとローズへと渡した。
貴族のマナー本を読み、お金をこちらが払うなど一切言わないようにした。言えばレオナールの機嫌が悪くなる。
ローズは綿飴をひと口食べた。すると、唾液で綿がトロリと溶けだし口の中で消えた。
「美味しい!」
自然と顔がほころぶ。レオナールはそれを見て微笑み、歩き出した。
「楽しかったか?」
「うん、意外と」
「そうか。ここまでどうやって来た」
「大衆馬車だよ。乗り継いで」
「また大衆馬車か。大衆馬車が好きなのか?」
「違うよ! 貸馬車は高いでしょ! 大衆馬車と違って!」
(こんの金持ちめ!!)
「そうか。なら送ろう。うちの馬車がある」
そして敷地内の端に移動する。そこには多くの馬車が停まっていた。どうやら寄宿生以外は馬車で来る人が多いらしい。
隼と短剣が描かれた紋章に常磐色の馬車の元へとたどり着く。帽子を被った30代くらいの御者が、もう既に待っていた。
レオナールが御者と話した後、一緒に乗り込み出発する。貸馬車屋の馬車と違い、やはり高級感がある。座椅子は綿ではなく、艶のある滑らかなベルベット生地で、内装もシンプルではなく彫刻がされていたり、背面や側面はクッションがついているように柔らかかった。
(すごっ。貴族って感じ)
「どうした」
「ううん。別に。あ、綿飴食べる?」
「いらん」
「えー、美味しいのにな」
「そうか。俺には良さがわからん」
「貴族様には分からないでしょうけど、なかなか甘い物ってら食べれないのよ平民は」
そう言うと、レオナールは眉をひそめた。
「ローズ」
「何?」
「その貴族だの平民だの言うのはやめろ。将来はローズも貴族になるんだからな」
「……それってどういう意味?」
「そのままの意味だ。いずれラファル侯爵夫人になるのだろう」
そう言われて固まった。レオナールが言っているのはプロポーズに近い。嬉しい反面、絶望が襲う。
子供が出来ないローズは、レオナールと結婚は出来ない。
「なんだ」
「いや……ちょっと結婚のことなんだけど、それは無理かなって」
「何故そう思う」
「そもそも、付き合ってないもん」
「……ローズ?」
「だから、そういうのは考えないでお互いちょっと遊ぶぐらいで――」
「ローズ!!」
レオナールは大声を出した。眉をひそめ怪訝そうにこちらを見ている。
「何が不安にさせている」
「え? 別に――」
「言ってみろ」
「だから、本当に――」
レオナールはローズの両手を取った。じっとローズの目を見つめる。
「あっ……私……」
言ってしまってはもう会うことは無いだろう。1000年血筋を保ってきた大貴族である。跡取り問題は重要なのが明白だった。
向かいに座っていたレオナールは、ローズの隣に移動すると肩を抱き寄せた。
「ひっく……ごめん……でも言ったらもうダメなんだって思ったら……」
「ほう。よっぽど俺に惚れていると見える」
「もう!」
「ははっ……まぁ、冗談はさておき、何故そう思う?」
「絶対そうって決まってるから」
「そんなの分からないだろう。言え」
そう言われ、ローズは言う決心をした。いずれは分かることなのだ。遅かれ早かれ別れるのなら、傷は浅いうちがいい。
「……私ね、借金があるの」
何を言われるのかと身構えていたレオナールは、ホッとしたように軽く息を吐いた。
「そんなことが理由か?」
「んーん。その借金が出来た理由が問題」
ローズは大きく息を吸って吐いた。
「子供が出来ないの」
ローズの大粒の涙が、スカートに落ちた。
馬車の中に静寂が訪れる。ローズはレオナールの顔を怖くて見ることが出来なかった。顔を見ず、そのまま俯いて理由を話し始めた。
馬車の事故に巻き込まれ一命を取り留めたが、木の破片が下腹部に刺さっていたせいで子供が出来ないこと。事故の相手は逃亡し、治療費の借金があることを伝えた。
「だから、結婚なんて無理だよ」
話し終えるとローズは涙を拭った。あとはレオナールからの別れの言葉を待つだけである。
「そうか」
そうレオナールは呟くと、ローズのこめかみにキスをした。レオナールの顔を見ると微笑んでいた。驚いて目を見開くと「大丈夫だ」と優しく言った。
「でも――」
「子供のことは心配しなくていい」
「だって、次期当主でしょ! しかもラファル家の!」
「養子を取ればいい」
「……え?」
「養子だ。平民には馴染みはないだろうが、貴族ではよくある。うちの一族でもよくやる」
「そうなの?」
「ああ。それに俺には弟がいる。今度結婚するんだ。養子を取れないなら、その2人の子供が跡取りになればいいからな」
「そう……なんだ」
「だから気にしなくていい。そんなことで悶々とするな」
「うん……」
「まぁだが、驚いたな」
「……そうだよね。『子供が出来ない』なんて言われたら誰でも――」
「いや、そっちではない」
「ん?」
「ローズが結婚を意識しているってことだ。意識しているのは俺だけだと思っていた」
みるみる顔が赤くなる。
(顔が、あつい!!)
嬉しさと恥ずかしさが同時に襲う。前からそうだがレオナールは何の恥ずかしげもなく、そんな台詞を吐いてしまう。
「やはり可愛いな」
レオナールはローズの瞳に浮かぶ涙を人差し指で拭った。
「そう言えばしっかり言っていなかったな」
「なに?」
「ローズ、愛している。結婚を前提に俺と付き合って欲しい」
ふざけた様子もなく、手を取って真面目に見詰めてくるレオナールに動悸が止まらなかった。
「は……い……」
恥ずかしさのあまり俯いた。するとレオナールは顎に触れ、自分と目線が合うように上へと向けさせた。
ムスクの香りがより強く香ると、柔らかい唇が優しく重なった。




