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29.屈辱

 レオナールは控え室に戻った。


 大会前は多くの選手がいた控え室も、今では数少ない。大半が帰る準備をしている者達である。


 選手は敗北すれば、招待客を迎えに行く。そして専用の席に行き観戦するか街へと行きデートをする。


「チッ」


 舌打ちをして赤く汚れた防具と割れた血石を外すと、受け取る係の者に乱暴に渡した。


「なぁ、なんでそんな不機嫌なんだ」


 レオナールのただならぬ雰囲気のせいで、他の生徒は誰も近寄れず話し掛けも出来なかった。それが出来るのはヴァルだけである。


「別に悪くない。強いて言うならサロメを殺したいと思っている」

「なんで人の恋人にそんな事思うんだよ!」


 レオナールはその質問に答えず、新しい防具と血石を装備した。


「またケンカか。いい加減にしろって」

「売ってきたのはサロメだ。それに、それだけが問題ではない」

「何があったんだよ」

「本人に聞け」



「次試合! スズリ騎士学校エルキュール・オー・フルーブ対、ヴェストリ騎士学校レオナール・ヴァン・ラファル。両選手は準備をして下さい! 続いて、ヴェストリ騎士学校ヴァランタン・ヴァン・ミストラル対、王都騎士学校オーギュスト・デュ・ロシュ。両選手は準備をして下さい!」



 会場からの声にレオナールは大きな溜息を吐いて控え室を後にし、ヴァルも溜息を鼻から漏らして控え室を後にした。


 声援に混じって罵声が聞こえる。罵声を浴びせる事は禁止とされているが、それが守られたことはない。

 普段は罵声を浴びせることが出来ない貴族に、大勢に混じって分からぬよう罵声を浴びせることが出来る。


 特に、ヴァンの貴族を嫌う平民は多かった。なので罵声は他の貴族に比べて多い。

 

 一際大きい歓声が聞こえる。エルキュールが入場してきた為だ。オーの貴族はヴァンの貴族と違い、平民に人気があった。


 ――正義のオーと悪のヴァン。


 そう比較された。

 

(何故負けなければならない……)


 レオナールとエルキュールが出会ったのは、王都の寄宿学校だった。そこは6歳から15歳までの貴族の子供達が通う。

 何かをする度、ああだこうだと注意をしてくるエルキュールが鬱陶しくて仕方がなかった。

 

 2人は位置に着くと互いに睨み合った。


(こいつに負ける? 俺が? 有り得ない。さっき戦ったグザヴィエより弱いのに、何故負けなければならない)


 エルキュールの家系であるフルーブ家は、代々水の弓矢(ウンディーネ)を管理している。なので剣術よりも弓術に力を入れている。所属しているスズリ騎士学校も、同じように弓術に力を入れていた。


 それでも準決勝まで進出しているのは、彼の努力の賜物だった。


「レオナール」


 エルキュールが呼びかけてきた。だがレオナールは返事はせずに眉をひそめるだけだった。

 面倒なことを言うに決まっているからだ。


「最近逮捕された婦女暴行犯に何かしただろう」


 そう言われ、気付かれたことに驚いた。


(王都警備隊に知り合いでもいたか……)


「何の話か――」

「とぼけるな!!」


 そして試合開始の鐘が鳴る。

 剣と剣が何度もぶつかった。その間もエルキュールはレオナールを追求してきた。


「婦女暴行の犯人達は捕まった」

「良かったではないか」

「だがその犯人達は、犯人ではない!」


 剣を交えながら会話をする。集中したいのに面倒な話をされてレオナールは更に苛々した。そして、隙を着いてエルキュールの右脚の血石を壊した。


 赤い液体が飛び散る。エルキュールはレオナールと距離を取った。


「被害者達の目撃情報が一致しない!」

「可哀想に。恐怖のあまり見間違えたのだろうな」

「それなのに、犯人達は『自分がやった』の一点張りだ!」

「犯人なのだから当然だろう」


 エルキュールは歯をギリっと食いしばり、レオナールに向かった。レオナールはそれを受け流し攻撃を返すも、右腕の血石を壊された。


「ブランティグルの警備署の馬車で、犯人達は連れて来られたらしいではないか!」

「そうか、それは知らなかった」

「嘘を吐くな!」

「さっきから何が言いたいんだ? いい加減にしないと――」


 そしてレオナールはエルキュールの左腕と左脚の血石を壊す。


「――ッ!」

「試合に集中しないからだ。剣術は俺より弱いのに、これではつまらん」


 そして馬鹿にするように鼻で笑う。


「ならばはっきり言う。本物の犯人をどこへやった」


 そう言われたレオナールは、エルキュールを真っ直ぐ見て、黒く歪んだ微笑を浮かべた。


「貴様は本当に昔と変わらない。何故善悪の区別が出来ない」

「何のことだか分からんが、自分の正義を押し付けるな。何故善悪を貴様に決められなくてはならない。神か何かだと思っているのか?」


「どんな犯人であろうと裁判はすべきだ。その上で刑罰を受けさせるべきなんだ!」

「何の話か分からんな」

「ふざけるな! 何が貴様の気に障ったのかは分からんが、領地に連れ帰ってすり替えただろう! 本当の犯人はラファル領にいる!」


 それを聞いたレオナールは「惜しいな」とエルキュールには聞こえない声で呟いた。実際、あの犯人達を連れていったのは、ラファル領ではなくテュルビュランス領なのだ。


 エルキュールの推理はもう一歩といった所である。


「ラファル領にはいない」

「いやいる! 絶対に!」

「いない。何度も言わせるな、正義馬鹿」

「何だと!」

 

 そしてレオナールの左腕の血石を壊した。だが同時にレオナールも、エルキュールの右腕の血石を壊す。さらに畳み掛けるように、柄で思いっ切り左頬を殴った。


「ぐッ――」

 

 殴る蹴るの行為は禁止にされている。しかし剣の柄を使うのであれば別である。だがそれをやる人物は少ない。卑怯な手と言われているからだ。

 

 殴られると思っていなかったエルキュールは、横に吹っ飛び臀をついた。口の中が切れたようで、血が一筋流れていた。


 レオナールの行動により、会場はブーイングの嵐だった。


 だがレオナールはそんな事はお構い無しに、エルキュールの喉元に剣先を向けた。そしてそのままエルキュールの胸に着いた血石に剣先を移動させる。


「卑怯者め」

「ルール内だ」


 あとはそこを突けばいい。


 だが――。


「レオナール!!!!」


 歓声と罵声に混じってローズの声が聞こえた。

 どんなに周りがうるさくとも、好きな女の声はよく聞こえた。


 ローズの方を見ると、ピョンピョン飛び跳ねながら大きく手を交差させバツの字を作っていた。そして口パクで「ダメ」と言っているのが分かる。

 その姿が何だか面白く、軽く笑ってしまった。その隣ではサロメが意地の悪い笑みを浮かべていた。


『レオナール様は好きな女の願い1つ叶えられないのですね』


 腕をピタリと止めた。サロメの言葉が頭を()ぎったからだ。サロメが助け舟を出さなければ、ローズは他の案を考えたはずである。


(したたかな女だ。自分が勝利の女神になりたいからと、ローズの肩を持つような事を……ヴァルは何がいいんだ、あんな性悪女の)


『私の為に負けて』


 ローズが言った言葉が鮮明に過ぎる。


(負ける……こいつに? 人生最大の屈辱だ……)


「さっさと留めをさせ!」


 なかなか血石を壊さないレオナールを見て、エルキュールは声を上げた。


『なら負けて証明して! 他の人と違うって、私のこと特別だって』


(何故こんなにも『好き』だと言っているのに疑うんだ。そんなに信用ならないか?)

 

 惚れさせる事は出来たが信用は無いらしい。日頃の行いが祟った結果である。


(王都に来て早々遊びすぎたな……)


 ローズの自分への印象は最悪な様だ。どんなに好意を伝えても、他の女にも同じことを言っていると思われている。


 レオナールは大きな溜息を吐いた。そして、剣を下げるとそのまま放り投げた。


 落ちた剣の音が、ガシャンと響く。


 近くにいた審判とエルキュールは目を見開いた。


「何を……している……」


 顔をひきつらせ、怒りに震えた声でエルキュールは問い掛けた。


「やる気がなくなった。それだけだ」

「ふざけ――」

「審判! 剣を落としても負けだったな。この試合は俺の負けだ」


 そして踵を返して歩き出した。


「え、あ……えっと、勝者!! エルキュール・オー・フルーブ!!!!」


 会場中がざわめいていた。


「ふ、ふざけるな!!」


 エルキュールは大声を上げる。誰が見ても、試合はレオナールが勝っていたのだ。これでは勝ちを恵んでもらったようなものである。


「こんな……こんな勝利……この屈辱は一生忘れないからな!! レオナール!!!!」


 立ち去るレオナールの背中にそう言葉を浴びせた。


「俺だって忘れん」


 そう呟いてレオナールは控え室へと入っていった。




***


「潰せ。暫く何も出来ないくらいにな」


 レオナールは着替えながらヴァルに言った。ヴァルも先程試合を終え、控え室に帰ってきた。そしてキスの際に、サロメから事情を聞いている。


「仰せのままに」


 ヴァルはそう言いながら、玩具を与えられた子供のように、ニヤけた顔で試合の準備をした。


 その後行われたヴァルとエルキュールの試合は、ヴァルの勝利だった。


 それはもう美しい程に、陰湿で悲惨な勝利だったという。


 ヴァルが学生でレオナールの専属騎士を務めているのは、剣の才能があるからだ。


 血石ではない部分に何度も攻撃を当てた。模擬刀でも当たれば痛く、切れる時もある。こうして少しずつ怪我を負わせ、楽しんでいた。隙を見て顔を殴り、エルキュールの美しい顔が血に染まった。


 ヴァルはそれを見て、緩んだ口元を手で抑えた。


 ――正義は勝つ、など誰が言ったのだろうか。


 わざとこちらの血石を壊させ、相手に期待もさせた。ひと通りエルキュールを痛ぶり満足すると、彼の血石を全て壊した。


 ヴァルには人を痛ぶって楽しむ趣味はない。

 ただの憂さ晴らしだった。


 この勝利を大いに喜んだのは、ヴァンの貴族とそれを支持する者だけだった。大半の者はエルキュールに同情し、ヴァルに嫌悪の目を向けた。


 サロメはあまりにも強いヴァルに惚れ直した。


 そして表彰台にはヴァルとサロメが上がり、サロメは嬉しそうにトロフィーを渡してキスをした。

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