28.私の為に
試合はどんどん開始されていく。選手の人数も多いので、8箇所で試合をしていた。
一際大きい歓声が聞こえ、何があったのかと驚いていると、サロメが「あれ」と指を差して教えてくれた。
ここから1番遠い場所で行われている試合のせいだった。銀色の髪の青年がちょうど勝ったのだ。
「あの人、エルキュールって人ですよね?」
「あら、それも知っているのね。そうよ、レオナールの因縁の相手」
「……何で仲悪いんですか? 水の貴族だから?」
「まぁそうね。オーの貴族は私達が何かすると、よく突っかかってくるのよね。でもそれにプラスして、あの2人の場合はポーカーのせい」
「ポーカー? あのカードゲームの?」
「そう。都立学校の時、ちょっとしたポーカーの大会があったのよね。で、最終決戦があの2人だったのだけど、それでレオナールが勝ったの。そしたらエルキュールは『イカサマだ!』って言ってきてね」
「え、それは酷い言いがかりですね」
「まぁ、言いがかりではなくて、イカサマしてたのは本当なのよ」
「え!?」
「レオナールは当たり前だけど『やっていない』って言うでしょ。それに証拠なんて無いから、そのままレオナールの優勝で終わったの。それからより一層仲悪いのよ」
「えぇ……」
(やっぱりあのエルキュールって人、悪い人じゃないじゃない。そりゃ仲悪くもなるでしょうに)
「サロメ」
ヴァルが2回目の試合が終わり、招待席へと来ていた。
「あらダーリン順調ね。私のキスのお陰かしら?」
ヴァルはもう既に1回目の試合を勝ち進んでいた。レオナール同様、ヴァルもとても強かった。防具についている血石はどれも割れていない。流石専属騎士なだけあるなと、ローズは感心していた。
「サロメ嬢のお陰で勝っています」
「もう! ダーリンって呼んでって言ってるのに!」
(仲良いな。ラブラブだ)
「それ本気だったのか? 結構恥ずかし――」
「ダーリン!」
「……ダーリンのお陰で勝っています」
(あ、そうか。勝利の女神のお陰で勝ってるっていう、なんかそういうアレなのか)
ローズは既に、レオナールの額にはキスをしている。そして3回目である次は右頬だった。今更だがやっと気付いたことだった。ちょっとしたお遊びなのだろう。
ヴァルは屈んで、サロメからのキスを待つ。サロメがヴァルの額にキスをした。
「最終決戦まで行ってね。レオナールと当たったら絶対勝って」
「頑張る」
「『頑張る』んじゃなくて絶対勝つの!」
「ハイハイ、分かりましたダーリン」
「ふふっ、よろしい!」
サロメは上手いこと、ヴァルを転がしているように見えた。ヴァルは「次も勝つよ」と言い、立ち去って行く。
「ふふっ、ほんと可愛い。大きいわんちゃんって感じよね」
「え? ああ、そうですね」
確かに忠実な犬のような性格をしている。体格もいいので大型犬と言った感じだ。
(一途なのかな? 女遊びとかレオナールと違ってしてないのかな)
「勝利の女神のキスを早くしてあげたいわ!」
(あ……そう言えばそんなものをしないといけないんだった)
この席でのキスはまだ良い。皆試合を見ているし、注目は浴びていない。だが優勝者のキスはまた違う。話しを聞けば、競技場中心に置かれる表彰台の上で行われると言う。
会場中の注目を浴びる。
それが嫌で仕方がなかった。
「それ、やりたくないんです。回避出来ないですかね?」
「レオナールが負ければ良いんじゃない?」
「……確かに」
そして試合会場を見れば、レオナールが試合をしていた。1回目、2回目と血石はどれも壊れなかったが、3回目となるとやはり選手も強くなるのか、左腕と右腕、そして左脚の血石が壊されてしまった。
(よし! このまま相手の人頑張って!)
「あら。レオナールの対戦相手、優勝候補の1人ね」
「え!」
「なんか強いなって思ったら、ヴェストリのいい家系の子よ。正直エルキュールより強いんじゃない?」
(え! じゃあ負ける可能性はあるってこと!?)
だがそれ以降壊されることもなく、レオナールが相手の血石を全て破壊した。試合が終わり、こちらへと向かって来た。
(何やってんの対戦相手! もうちょっと頑張ってよ!)
これでは本当にレオナールが優勝してしまいそうである。
(やばい……このままじゃ、キスしないといけなくなっちゃう)
レオナールがこちらへと向かってくる。血石の液体せいで大怪我しているように見えた。
「どうした?」
「え、何が?」
「あまり嬉しそうではないな。恋人が勝っているというのに」
「な! 違うでしょ!」
「何が違うんだ。恋人だろう」
「え、そうなの?」
(そうなの!?!?)
「いや違うでしょ!」
一瞬流されそうになったが、ギリギリ違う。ニヤリと笑うレオナールは、ローズがキスし易いように少し屈んだ。ローズは恥ずかしがりながら、背伸びをして右頬へとキスをする。
「ねぇ……その、優勝したら勝利の女神っていうのになるんだよね?」
「ああ」
「それ、嫌なんだけど」
「ん? 何故だ?」
「だって恥ずかしい」
「勝利の女神は皆なりたいものだ。何故恥ずかしがる」
そう言われて考え方がやはり違うなと感じた。
「周りを見てみろ。皆なりたくて仕方ない。だから招待してくれた人を応援している。それなのにローズは何故嫌がる?」
「……もしかして、私が嬉しがると思ったの?」
「違うのか?」
「違う。嫌だよ。大衆の面前でキスするの」
「恋人が優勝して嬉しくないのか?」
「いや、嬉しい嬉しくないとかじゃなくて、嫌なの。キスが」
「……俺とのキスが嫌なのか?」
「違う違う! そうじゃなくって……いや! そうじゃ……あーもう! 大衆の面前でキスするのが嫌なの!」
「だが優勝したらする。そういう伝統だ」
「でも回避は出来るでしょ! レオナールが負ければ!」
「負ければな。だが俺は勝つぞ」
「そうそれ! 勝たないで! 負けて!」
「……はぁ?」
「だから負けて欲しいの!」
ローズがそう言うと、みるみるレオナールの顔が変わる。数秒経ってもレオナールからの返答はない。空いた口は塞がっておらず、目を見開いて怒っているようだ。
「ふざけているのか!?」
「え、いやふざけてはなくて、嫌なの! 表彰台のキスが!」
「だから負けろって!? 次はエルキュールなんだぞ!?!?」
「でも、私の為に負けて欲しい」
「そこは『私の為に勝って』って言うものだろう! 1億歩譲ってせめてヴァルになら――」
「あら止めて下さいなレオナール様。私のダーリンにわざと負けるなんて」
するとサロメが会話に入ってきた。レースの扇を仰ぎながらくすくすと笑っている。
「サロメは黙っていろ!!」
「だってダーリンに失礼ではありませんか? 真剣にレオナール様と闘おうとしているのに」
「ならエルキュールにも失礼だろう」
(あ、確かにエルキュールさんに失礼だったかも)
「今更なんです? エルキュールになら失礼なことをしてもいいじゃありませんか」
そう言ってサロメは笑っている。
(えぇ……それはちょっと……)
ローズは他の案を考えなければと思い、黙って思考をめぐらせていた。
「兎に角、負けはしない。いいな、ローズ」
「え、あー、う――」
「あらー、レオナール様は好きな女の願い1つ叶えられないのですね」
サロメは煽るようにそう言い、レオナールは彼女を睨み付けた。
レオナールとサロメの火花が散る。音が鳴っていないのに、鳴っているかのような幻聴すら聞こえてきた。
「そもそも、騙すようにここに座らせたのですから、そのくらいの願い1つ叶えてもいいと思いますけど? ねぇ、ローズさん?」
「え?」
サロメは自分に助け舟を出しているのだと分かり「はい、そうですね」と相槌をうった。
「ローズ、サロメの言うことに耳を貸すな」
「でもさっ、騙してたのは事実だし。だいたいレオナールは本当に私の事好きなの?」
「何度言わせればいいんだ。好きだと言っている」
「本当に? ほかの令嬢達にも同じこと言ってるんじゃない?」
「違うと言っているだろう」
「なら負けて証明して! 他の人と違うって、私のこと特別だって!」
レオナールは空いた口が塞がらず、顔を引き攣らせた。そしてサロメをひと睨みすると、踵を返して歩き出した。
「ふふっ、ふふふふふふ。ほんとおかしい! ローズさん、貴女とても良いわね。ヴァルが気に入ったって言うからどんな人かと思ったけど、うん。私も気に入ったわ」
「え? 何がでしょう?」
「いえね、わざわざエルキュールの時に『負けて』って言うのはほんといいわね。さぁて、見ものね。プライドが天より高い男がどうするのか」
サロメは意地悪そうに笑い、ローズは今更ながら申し訳ない気持ちになった。




