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25.門の前

 剣術大会当日の朝――。


 ローズは身嗜みを整え、鏡の前に立つ。収穫祭の時とはまた違う余所行きの格好である。小さな肩がけのポシェットに、レオナールから貰った招待状を入れたことを確認した。


(これが終わったレオナールとはさようならする)


 ここ数日、レオナールのことばかり考えていた。平民と貴族では釣り合わないし、相手は貴族の中の貴族――ヴァンの貴族である。

 どう考えても同じ価値観は持っていないし、それに慣れるとも思えなかった。


 ローズは家の鍵を取り出し鍵を閉めた。1番近い馬車停へ行き、馬車に乗った。何駅か過ぎて降り、王都騎士学校行きの馬車に乗る。馬車はもう多くの人数が乗っていた。今日の為に臨時の馬車も出ているが、それでも人は多かった。


 馬車は騎士学校の前に停車する。


 ぞろぞろと人が降り、ローズも降りた。剣術大会のために学生達が手作りしたであろう門の下で立ち止まる。


(レオナールはここで待つように言ってたよね)


『当日はシュバルの下刻半に門の下で待っててくれ』


 招待状を渡された日にそう言われている。迎えに来ようとしているのだろう。


 構内は屋台が並び、賑やかだった。構内には騎士学生以外にも一般客が多くおり、女性が心無しか多かった。


 それだけでなく門には多くの騎士学生達が立っていた。どうやら女性と待ち合わせをしているようで、女性が来ては腕を組んで入っていく。


(ふわふわの桃色オーラが見える)


 他には女性を口説いている学生もいる。女性達もそれを嫌がるどころか、駆け引きを楽しんでいるようだった。


 ローズはそんな光景を尻目に、門近くに置いてあるリーフレットを取った。


「ねぇ1人?」


 白い制服を着た、王都騎士学生から声を掛けられた。


「構内案内しようか?」


 彼は顔を近付けてきた。

 気付いたのは、彼が酒臭い事だった。構内にある屋台には酒も売っているので、それを大量に飲んだようだ。


「待ち合わせしてるので結構です」

「またまたー。冗談でしょ?」

「なんでそう思うんですか?」

「いやいやだって君は平民でしょ? 俺らからの声掛け待ちじゃないの?」


「……はぁ!?」


 どういう意味かと周りをチラッと見てみると、確かに平民女性達は入り口付近で立っており、声を掛けられるのを待っているように見える。


 どうやらちょっとした出会いの場らしい。

 騎士学生は人気がある。騎士になれば、良い給料が貰え、将来は安定している。そんな彼らから声を掛けられたく、女性達はここで立ち止まるのだ。


「違います!」

「えー、じゃあなんでここにいるの?」

「だから待ち合わせです!」

「ほんとに?」

「ほんとです!」

「ならそいつと遊ぶ前に1回俺と遊ばない?」

「嫌です!」

「ちょっとだけ! ね? こっちおいでー」


 学生はローズの腕を掴んだ。


「ちょっと! 離して!」

「いーから、いーか――痛痛痛痛いッ!!」


 学生の腕をギリギリと掴み、ひねり揚げた男がいる。


「その汚い手を離せ、愚民が」


 緑の制服を着たレオナールである。左腰にサーベルを携え、男を睨み付けながらそう言った。


「――ッお前はッ!」

「離せ」

「分かった分かった! 離す! 離します!」


 学生はローズから手を離すと、「ごめんなさい!」と言いながら急いで走り去って行った。


「チッ……名前を聞けなかったな。だが顔は覚えた」


 レオナールがそう呟く。そしてローズに向き合った。


「美人なのも問題だな」

「お、思ってもないくせに!」

「思っている。前に言っただろう。『顔は優しそうな美人』と」


「……そうだっけ」


 本当は覚えているが、忘れたふりをした。顔が赤くなるのが分かったので下を向くと、レオナールの手が耳に手が触れる。


「頭ならいいか」

「え?」


 「何が?」と聞く前に、レオナールは頭にキスをした。


「――ッ!?!!!???」

「行くぞ」


 固まって動けなくなったローズの肩を抱き寄せ、レオナールとローズは門を潜った。


 周りからは注目を浴びる。そしてヒソヒソと何かを言われているようだ。


「ほら、あの人だよヴァンの貴族の」

「そうなんだ! かっこいい」

「でも隣にいるのって……」

「平民だよね」

「なんで?」


 耳をすませばそんな声が聞こえた。ローズは俯き、早く競技場に着かないかなと考えていた。


(知ってる……知ってるんだってそんな事。私が1番……)


 突きつけられる現実が痛い。もし付き合うとすれば、これは一生付きまとうだろう。


「ローズ、周りの声は気にするな」


 そんなローズに気付いたのか、レオナールは声を掛ける。


「え?」

「俺が選んだ女だろ。堂々としていろ」

「別に――」

「なら俯くな。胸を張って歩け。そんな女を選んだ覚えはない」


 そう言われなんだか腹が立ち、ローズは堂々と歩いた。それを見てレオナールは満足そうに笑った。


 数分後、競技場の前に到着した。メインゲートには長蛇の列が出来ていた。人数も多く、剣術大会の人気っぷりが見て取れる。

 近くには屋台があり、どれも美味しそうで試合が終わったら綿飴を食べようと思った。


「並ぶね」

「ここはな。だがローズは特別招待席だからあっちだ」


 そしてメインゲートではなく、競技場に沿って左へと移動する。すると、小さい門が見えた。スタッフが1人立っている。


「ここでお別れだ。招待状を渡せば案内してくれる」

「分かった」

「最後に聞く。俺の家名は分かったか?」


 ローズは口を少し開いたが、すぐに閉じた。


(声に出さなきゃ……言わなきゃ……『ラファル』だって……)


 だが『言いたくない』。そんな気持ちが現れてしまう。


(もう少し……そばに居てもいいよね……最後なんだし……)


 そう思い首を横に振った。


「そうか。残念だったな」

「そうね。今すぐにでも振ってやりたかった」

「そう言うな。俺はまだローズと一緒に居れるんだと思うと嬉しいよ」


「……その剣で戦うの?」


 ローズは気持ちを誤魔化すように質問し、腰に携えた剣を指差した。


「ああ」

「危なくない?」

「真剣に見えるが、模擬刀なんだ。当たれば痛いし怪我もするが問題ない。俺は強いからな」

「へぇー」

「ははっ、信じていないな?」

「うーん、どうかな」

「ローズ。俺は優勝する。お前の為に」


「え?」


「優勝者は壇上でトロフィーを受け取るんだ。その時のトロフィーを渡す人はローズだ」

「何それ!?」

「優勝者の特権であり、特別招待客の特権だ」


 レオナールは面白そうに笑い「じゃあな」と去っていった。


「いい席で観れるってだけじゃないの……?」


 目立つ事に全く慣れていないのに、大役を任されそうでガックリと肩を落とした。


「ロイクはトロフィーを渡したくてあんなこと言ってたのかな?」


 ローズは招待状を手に取り、スタッフへと渡した。


「ローズ・クロシェット様。レオナール・ヴァン・ラファル様の招待客ですね」


(やっぱり本当にラファル家なんだ……)


「……はい」

「そのまま奥へと進んでください。案内するスタッフがいます」


 ローズは足取り重く、中へと入っていった。

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