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20.招待

 朝、ローズは目を開けて驚いた。いつも見ている天井とは違う、天蓋付きのベッドだったからだ。


(そうだ……レオナールの家に泊まったんだ)


 柔らかい背中の感触、手触りのいいシーツと毛布、枕もふわっとしたいい枕だった。着ている寝間着は客人用のもので、しっかりアイロンがけされていた。

 部屋には暖炉があり、そこには使用人(メイド)が1人しゃがみこんでいた。火をつけようとしている。数分して暖炉に火がつくと、使用人は立ち上がった。


「あっ、あの」


 ローズが声を出すと驚いた顔をしたが、すぐ「何でしょうか」と答えた。


「おはようございます。えっと……イネスさんでしたよね? その、起きたんですけど、着替えとかレオナールは何か言ってましたか?」


 お風呂に入った後、部屋に案内されたあとは直ぐに寝てしまった。なのでレオナールには会っていない。


「あっ……その、レオナール様に直接聞かれてもいいかと」

「え?」


 意味がわからずキョトンとしていると、使用人は気まずそうに「失礼致しました」とだけ言って出て行ってしまった。


「何? どういう意味?」

「配慮してくれたんだろう。俺達が()()()()()を迎えたんだと思ってな」

「そういう朝って何――え!?」


 暖炉とは反対側を見れば、レオナールが横で寝ており、ローズは顔を引きつらせた。


「面白い顔だな。嫌いではない」

「何、な、なんで、なんで――」

「安心しろ。そういう朝は迎えていない」

「いや、なんでここにいるの!?」

「ローズが『そばにいて』と言ったからだ」


「……う、嘘」


 おかしい、すぐ寝てしまったと思っていた。だが昨晩レオナールと話したらしい。


「覚えてない……」


「そうか。残念だ。可愛かったんだがな。それから着替えはあれだ」


 レオナールが部屋にある椅子を指を差した。椅子の背もたれに服が掛かっている。


(良かった。普通の服だ。ドレスじゃない)


 令嬢達が着るような日中用ドレスだったらどうしようかと思っていたが、用意されていたのは平民の私服だった。


「ありがとう」

「どういたしまして。新品では無いがな」

「誰かから借りてるの?」

「いや、貰った」

「え?」

「彼女の台詞をそのまま言うと『いっぱいありますから、返さないでくれると有難いです。気に入らないなら違う物を』と」


「私服がいっぱいある平民ってどんな人?」

「内緒だ」


 そう言って笑う彼を見て、聞くことを諦めた。ローズは軽く溜息を吐いて、着替えようかとベッドから降りた。

 そこでハッと気付く。


 レオナールが出ていかないと着替えられない。


「ねぇ、着替えるから出て行って」

「そうしてやりたいが、まだ無理だ」

「どうして?」

「暖炉をつけたばかりだろう。まだ寒い」


 そう言われ、昨晩ヴァルがレオナールの苦手な物に『寒さ』と言っていた事を思い出した。


「ヴァルがレオナールは寒いのが苦手って言ってたけど本当なのね」

「そんな話しをしていたのか」

「そうよ。まるで猫みたい。嫌いだって言ってたけど、名前もネコ科だし猫なんじゃない? 同族嫌悪ね」


 そう言うと明らかにムスッとした顔でこちらを見てきた。それが面白く満足気に少し笑った。


「まったく……惚れた女でなければ許していないぞ」

「ほ、惚れ――」

「今更何だ。何度も言っている」


 レオナールは起き上がり背伸びをした。そんな仕草にもドキッとしてしまう。


「何だジッと見て。俺のかっこ良さに惚れたのならいつでも胸に飛び込んでくればいい」

「惚れてない!」

「恥ずかしがるな」

「違う!!」

「じゃあ何だ」


 ここで見惚れてしまっていたなど言いたくない。より調子に乗るだけだ。


「……お礼を……言おうかなって」

「何の」

「寒いの苦手なのにマフラーくれたり、昨日もコート脱いで被せてくれたから……そのお礼。あと助けてくれたこととか」

「ああ、そんなことか。昨日聞いたから気にするな」


(……覚えてないんだけど)


 ローズは視線をそらして服を手に取った。アイロンがけされている平民服だ。着古しているようには見えない。新品にすら見える。


「着替えたら1階にあるダイニングルームに行くといい。朝食がある。俺も着替えなくてはならないからもう行くぞ」

「部屋温まってないのにいいの?」

「何だ。まだ居て欲しいなら言え」

「違う!! 聞いただけ!! もう行って!!!!」


「ははっ。本当に可愛いな」


(また私で遊んでる!)


 レオナールはベッドから立ち上がると部屋を出て行った。


 ローズは服を着替える。ブラウスに袖を通し、エプロンスカートを履いた。姿見の鏡の前まで歩き、何処か変な所はないかと確認する。


(なんか、凄く生地がいい気がするんだよね……ん?)


 スカートの裾に小さく刺繍が入っているのが見えた。その部分を手に取り見てみると小さく【オディリア】と刺繍がある。


(えぇ!? これってオディリアの!?!?)


 唖然とし、どうやって貰ったのかを考えた。


(服を簡単に貰える関係なのよね……夜にそんな急な事を頼める関係なんて、ただの知り合いじゃ出来ないもん。やっぱり絶対昔付き合ってたんだ!)


 ローズはモヤモヤとした気持ちで1階へと向かった。だが行ったはいいが、ダイニングルームが何処にあるのか分からない。階段の下で立ち止まっていると、昨日の執事らしき人物が現れた。


「ローズ様、おはようございます。どうぞこちらへ」


 そう言ってローズを案内した。案内された部屋に入ると、6人程座れるような長方形のテーブルに、寝ぼけ眼のヴァルが座っていた。ローズは執事らしき人物に案内されるまま歩き、椅子を引かれたのでそこに座った。


「おはよ」


 彼はそう言いながら、トーストされた食パンに齧り付いた。テーブルの上には銀食器とお皿が用意されている。


「おはようございます」

「眠ぃ。ローズはちゃんと寝れたか?」

「お陰様で。ヴァルは寝てないのですか?」

「んー。後始末があって」

「後始末?」


「……まぁほら、強姦魔を警備隊に突き出したりなんだり……レオもまだ眠いんじゃねぇかな」

「え? そんな感じには見えなかったんですけど」

「なんだ、もう会ったのか? それとも一緒に寝てたのか?」


 冗談交じりに彼はそう言うが、それは事実であったのでローズは何も言えずに俯いた。


「……マジ?」

「違っ、でも、何もなくって――」

「いいって恥ずかしがんねぇで」

「ほんとに違うんです! なんか添い寝してくれただけで――」

「レオが? 手出さねぇで添い寝? ……ふーん」

「疑われても仕方がないんですけど本当に――」

「いや。そうなのかもしれねぇなって思っただけだ」

「信じてくれるんですか?」

「ああ。ま、手出さねぇってことは、レオにとってローズがそれだけ大事で本気ってことだ」


「……え? どういう意味ですか?」

「そのままの意味。なぁ、レオが女を取っかえ引っかえしてたのは知ってたか?」


「あ……はい。毎回違う女性とデートをしているのは、見たことありますので」

「なら話しは早ぇな。まぁ、見てた通りレオは女癖悪くてな。俺も周りも頭が痛てぇのなんのって」

「それでも女性は来るんですね」

「来るよ。レオもそれ利用して遊んでた」


「……やっぱ最低野郎なんですね」

「あ、やべ。レオの好感度が落ちちまうな。なら挽回するような事言わせて貰うと、ローズに会ってからはそんなこともしてねぇ。ましてや、同じベッドで寝て手出ししてねぇなんて普通はねぇの」


「……はぁ」


 そうは言われても、何が凄いのかいまいちよく分からない。


 そして執事が朝食をローズの目の前に置き、紅茶を注いだ。ハム、オムレツ、ソーセージ、そしてサラダが乗ったプレートを目の前に置かれ、また違うお皿にマフィンとケーキが乗ったお皿を置かれた。


(朝食豪華過ぎ……ケーキまである……)


 平民家庭では、朝食にはパンと卵料理くらいしか出ない。そこにベーコンがあれば贅沢な方である。ましてやマフィンやケーキなど有り得ない。試しにケーキをひと口噛じると、甘くない食事用のケーキだと分かった。


 執事は扉の前に待機すると、ローズは湯気だった紅茶を口に含んだ。


「うーん……ピンと来てねぇみてぇだな。もっと直接的に言うと、やりたいだけの相手じゃねぇってこと」

「げふっ」


 ヴァルにそう言われて、ローズは紅茶をむせてしまった。慌てて傍にあったナプキンで口を抑えた。


「大丈夫か?」

「だ、だ、大丈夫です」

「そうか。これで少しは好感度上がったか?」

「どう、どうなんでしょうね……」


「素直じゃねぇなぁ」


 ニヤッとヴァルは笑うと、ソーセージを頬張った。ローズは自分の気持ちを見透かされているようで、目を逸らしてマフィンをかじった。


「ま、例えローズがレオを振ったとしても、俺はそれでいいと思う」

「え?」

「出来れば、結ばれて欲しぃけどな。でもローズ次第だし、何よりレオが本気になる相手が久しぶりに現れたってぇのが俺は嬉しいのよ」


(久しぶりに本気になる相手……それって前は元カノだよね……)


「ヴァルは、昔からレオナールを知ってるんですか?」

「知ってるよ。幼なじみだからな」

「それじゃあレオナールの……」


 聞きたいのは元恋人のことである。気になって仕方がない。終わったことなので気にすることはないのだろうが――。


「ん?」

「前に本気になった相手って元カノのことですよね?」


「……そういうの気にするタイプ? なら聞かなかったことに――」

「その相手ってオディリアのことですか?」


 そう言うとヴァルの動きがピタリと止まった。


「…………へ?」

「オディリアです。あの有名舞台女優のオディリアです。彼女がレオナールの元カノ――」

「いや、ちょ、ちょっと待っ――」

「そうなんですよね?! だって人と会わないオディリアがわざわざレオナールとなら会うし、この服だってオディリアの――」


「何の話しをしている」


 レオナールが入って来た。ヴァルの前に座り、ジッとこちらを見ている。


「別に」


 ローズがそう言うと、次はヴァルに視線を移した。


「はぁ……ローズはレオの元カノが気になるんだと」


(え! 何で言っちゃうの!!)


「……それで?」

「それで、その元カノはオ……オディリアだと思ってる」


「……は?」

「だから……ふっ……くくっ……元カノが……」


 ヴァルは言葉に詰まっている。笑いを堪えているように見え、何がそんなに可笑しいのかと疑問に思った。


「ぷっ……くくっ、ダメだー! 笑っちまうってこんなの!」


 遂に堪えることをやめ、大笑いしだした。何故そんなに笑うのか分からずキョトンとしていると、レオナールが大きく溜息を吐いた。


「元恋人はオディリアではない」

「え! だって気軽に会える関係でしょ? この服だってオディリアのでしょ!」

「よくわかったな」

「裾に名前が刺繍してある。だからそうなのかなって」

「違う。そもそも元恋人なんか気にしてどうする」

「気になる! 元カノがオディリアなら私なんか――」

「だからオディリアではない! やめろ! そんなに気になるなら言うが、相手はローズの知らない女だ。もうこれでいいな?」


「……はい」

「ひひっ……いやぁ久しぶりに笑ったね。くくっ……まぁローズ。元カノがどんな相手だろうが、気にすることねぇよ。終わってんだから」


「別に気にしているのは、なんというかミーハー心というか、いちオディリアファンとして気になっただけで――」

「はいはい。ほんと素直じゃねぇなぁ。お似合いだぜほんと。はやく付き合っちまえよ」


「い、嫌です!」

「だってよ」

「うるさいぞ。ヴァルはさっさと学校に行ったらどうだ」

「え? 今日は学校があるの? シャマの日なのに?」


 昨日のニニブの日もシャマの日も、店や学校などは休日が多い。なのでシャマの日に学校があるのは珍しかった。


「剣術大会の準備すんの。レオはお留守番な」

「ヴァルは出るってことですか?」

「そ!」

「じゃあヴァルが騒がれてる精霊称号の貴族?」

「ん? なんだそりゃ」


「今回の剣術大会、凄く人気でチケット取れなくて。精霊称号の貴族が出るからって」

「あー……それは多分俺じゃねぇな」

「でもヴァルも精霊称号の貴族なんですよね? レオナールは出ないって言うし」

「もう1人いる。多分そいつだな。俺なんかより、そいつの方が注目されてんじゃねぇかな」

「それって誰ですか?」


 そう言うとヴァルの顔は曇る。レオナールのことを見ると、ムスッとした顔でコーヒーを飲んでいた。


「え……何か変なこと言いました?」

「いんや。ただな、そいつと俺ら……特にレオは仲良くねぇんだ」

「へー」


「まぁ、(オー)の貴族なんだ。オーの貴族と俺ら(ヴァン)の貴族は仲が悪い。そんで今回注目されてんのは、多分、オーの貴族の本家――つまりはフルーブ家次期当主、エルキュール・オー・フルーブじゃねぇかな」


 どうやらあの本に書いてあった通り、本当に仲が悪いらしい。結構しっかり書いてある本だなと感心した。


「どんな人なんだろ」

「銀髪で正義感たっぷりのいけすかねぇ奴よ」


(……ん? 銀髪? そう言えばエルキュールって……)


「その人見たことあるよね?」


 そう言ってレオナールを見ると、溜息を吐いた。


「そうだ。ブラギ座で見たあいつだ」

「やっぱり! ……いい人だったよ」


 助けて貰った時の事を考えると、特に悪い人ではなさそうである。むしろ平民と平等に接し、平民の味方をしてくれたのだ。悪い貴族と良い貴族がいるなら、良い貴族に分類されるだろう。


「え、何?」


 2人が酷い顔でこちらを見ていた。どうやら相当あの男が嫌いらしい。


「上辺しか見ていないからそう思うんだ」

「そう……かな?」

「そうだ。俺のやることなすこと全てに突っかかってくる嫌な奴だぞ。剣術大会に出ないってだけでも突っかかってきたからな」


「……ねぇ、なんで出ないの?」

「ヴァルが出場するからだ」

「なんでヴァルが出ると出場しないの?」

「俺が出て、ヴァルと当たることになれば、ヴァルは棄権せざるを得ない」


「……何それ。主従関係だから? それともレオナールが弱いのを隠す為?」


 するとヴァルはコーヒーをむせた。咳き込んだ後、再び笑っている。


「…………は?」

「いや、昨日の人達には強かったけど、剣術だったら違うだろうし」


「……ほぉ」


(あ、これ怒ってる)


 目を細めじっと見てくる。余計な事を言ってしまったと後悔したがもう遅い。


「ははっ、笑える。レオにそんなこと言う奴はいねぇな。くくっ……いいねぇ、ローズ。レオが気に入るのも分かる……ぶふっ」


「……ヴァル」

「何?」

「俺も出場する」

「はぁ!? レオが出るなら俺は棄権――」

「しなくていい。それからローズ」

「何?」

「剣術大会の特別招待状を渡す。必ず来い」


 どうやら凄くプライドを傷付けたらしい。少々面倒だなと思いつつも、ローズは剣術大会を観戦しに行くことになったのだ。

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